不死の暗殺者 9対9 チームバトル型聖杯戦争 作:どっこちゃん
しばしの刻を彷徨うようにして後、セイバーはそこへ行きついていた。
感覚としては当て所なく進んでいただけだったのだが、おそらくは引き寄せられていたと考えるべきだろう。
その開けた広場には、一つの玉座が安置されており、そこに一つの杯が忽然と、そして
――聖杯。
間違いなかった。淡い光を湛えた金色の威容に、まるで手繰り寄せられているかのような感覚を覚える。
そう言えば、自分はあれを求めて、こんな儀式に参加していたのだったな。
セイバーはそこで、淡く光り輝く金の杯を見据え、他人事のように考えていた。
あれを取るのが至上の命題であることは確かだ。
故国の永遠の安寧と繁栄を願うつもりだった。
英雄としてはそれが当然の「願い」であると、信じて疑わなかった。
だが、今となってはその「願い」は
聖杯を取り、故国の、万民の為に願うよりも先に、まず果たさねばならぬことが多すぎる。
――そのためにも、まずはアサシン。
あの間者との決着を付けなければならない。そして――
「おう、チビ助」
その時、頭上から声が掛かった。
「……」
夜の彼方から飛来するかのように、巨大な
ライダーである。
「あの「聖杯」。本物のようだが、ありゃあ、明らかに『釣り』よのぅ」
セイバーの応答を待たず、ライダーは戦車の上から、脂下がったような声を掛けてくる。
「それで? キサマはどうするつもりだ」
「……」
やはり、セイバーの合いの手など待ちもせずに、ライダーは手前勝手に言葉を続ける。
「魔術師どもにしてみれば、アレは見逃せん宝なんじゃろうが、ワシはそこまでの興味もない。英霊にとっての『宝』とは、それそのものだけで意味を持つものではない」
これにはセイバーも黙したまま同意する。あれに手を伸ばすよりも先に、すべきことがある。
「それに、気付いとるか? 魔力のパスとか言うのか? あの女郎との繋がりが途切れとる。さて、向こうでもなぁ~んかあったと見えるのぅ」
「……なにが言いたい?」
「なぁに――それなら、この機に乗じてキサマと決着を付けるのもやぶさかではない、と思ってのぅ」
セイバーは初めて、ライダーを見る。
実際、その意図は分かりやすかった。
こうして傍らに降り立つ以前から、ライダーの剣呑な殺気はセイバー自身に向けられていたのだから。
――来るなら拒みはしない――
セイバーは静かに、剣の柄へ手を掛ける。
ライダーとは一応の盟約関係。同じ立場でカーターに使役される身ではある。
アサシンとの再戦の機会を与えてくれたカーターへの義は果たさねばならない――が、向かってくるなら斬り捨てるのに迷いはない。
しかし、剣気を持って応えるセイバーに対して、ライダーが太い眉を寄せて破顔した。
「まったく。その刃のごとき、武骨な男よな。しかし、だからこそ、――キサマしかおらん」
「……」
「この戦において、ワシが最期に雌雄を決するに足る相手は、やはり、キサマしかおらぬ。というハナシだ。――しかし!」
ライダーは合いの手も求めず、一方的に、そして彼方へ大喝するかの如く放言する。
「忌々しい話だが、今はあの魔術師めの令呪が互いの身体を縛っておる。
本来は聖杯を争って相争う運命にある彼らだが、今宵の戦いに在っては、あのランドルフ・カーターの令呪により死闘を禁じられていた。
魔力の供給こそ途絶えているが、今もこの縛りは健在なのである。
「ワシは、ここで一度戻ろうかと思ってのぅ。あのカーターめの所にな。このつまらん縛りを何とかせんと始まらん。――その間に、キサマは
一方的に宣下するかのような、或いは当然の仕事を言付けるかのような物言いであった。
「……」
「何ぞ、異論でもあるかのぅ」
「――いや、元より言われるまでもない」
これにはセイバーも唖然と息を呑んだが、すぐに意を決した。
セイバー自身はカーターに反するつもりはない。しかし、ライダーとカーターとの間の盟約について、自らが口を出すべきでもない。
それはマスターとしてのカーターの器量にかかっているのだ。
例え、仮にであっても、複数のサーヴァントを従えようというなら、それは当然問われるべき資質だ。
なにより、ライダーの提唱する英霊のあり方は、セイバーにとっても腑に落ちるものだった。
そう、我らは「聖杯という結果」よりも、己の「英霊たる過程」にこそ意味を求めなければならない。
それが、サーヴァントの在るべき形なのだ。
醜悪な我執によって聖杯に引き寄せられるのは、正当の英霊にはあるまじきこと。
セイバーの確固とした応答に、ライダーは太い笑みを浮かべる。
「ならば急ぐことだな。ワシの戦車は見ての通り――速さに長ける!」
言うが早いか、巨大な戦車は煌めくような黒雲を纏いながら加速し、空間ごと捻じ曲がっているはずの結界を突き抜いて、彼方へと消えた。
――宝具か。
以前宝具を使って見せたセイバーへの返礼……と言うよりも意趣返しであろうか。
――それもいいのかもしれぬ。
本来
故に一人、夜を
聖杯を取るためではなく、あれを持って英霊をおびき寄せようなどと言う不遜を働いた外道を仕置きするためである。
ただ真っ直ぐに。
その様はまさしく孤にしてなお堂々たる〝進軍〟に他ならなかった。
さて、その外道とは何者か? アサシンだろうか? ――それとも?
案の定――いくらも近づかぬうちに、影に覆われた足元が波打ち始める。
先ほど、彼ら一向を分断せしめた影の大津波である。
――笑止! 二度目はない。
セイバーを剣を抜き、来たる奇襲に備えた。
危惧も、動揺もない。
なにが来ようと斬り捨てるのみ――
「――!?」
だが、その盤石だったはずのセイバーの身体は、しかし、不意に
攻撃を受けていたのだ。
しかし見えていた攻撃だった。
対応できるはずだった。
だが、驚愕がそれを許さなかった。
そう、見えていたがゆえに!
彼に襲い掛かったそれは、見覚えのない獣だった。
見覚えのない
しかし、その気配には、確かな覚えがあった。
「――フィオン!?」
違えるはずがない。彼と共に伝説となった久遠の「
セイバーはこのありうべからざる事態に、致命的な隙を晒すこととなった。
「――――――――――ッ!!!」
地をどよもすが如き咆哮と共に、二本足の巨獅子は、一切の容赦もなくかつての盟友へ襲い掛かってきた。
「フィオン!!
セイバーの呼びかけには応えようともせず。
薄暗い――そこは書斎であった。
この屋敷の内外を埋め尽くす異形には似つかわしくない、そこは簡素な書斎だった。
薄暗くカビ臭い、さほど広くもないその部屋の中には、書き散らかされた紙片が散乱していた。
ひとりの男が、その中に埋もれるようにしてひたすらに何事かの文字を書き続けてる。
黄ばんだような使い古しの紙面には、
まるでこの屋敷の惨状を、呪われた文句で写し取ろうとしているかのようである。
――男は、ランドルフ・カーターであった。
「マスター」
彼は、この魔術師は未だ健在であった。
それどころか、彼の徒弟たちが命を賭して戦い、そしてことごとく討ち取られたことにすら気づいていないかのようであった。
しかし、ここは彼の要害なのだ。そんなことがあり得るのであろうか?
「ああ、ソニア。……日誌を書いていたんだ。――ああ、いや手紙だったかな? そう、書いていたんだ。もう、長いこと、書いていたんだ」
魔術師は女の声に応える。しかし、その言葉はどこか夢現に浮かされるかのようなであった。
「マスター。賊が」
「……?」
「マスター……」
書斎の
朱い髪の槍持つ乙女である。
「マスター」
「――良いだろう!」
しばし、
魔術師、ランドルフ・カーターは黄昏色のマントを羽織り、決然と歩を進める。
「迎え撃つぞ。ランサー!」
「――御意に」
朱い髪をなびかせた女はそれに続く。
ランドルフ・カーターは出陣した。この聖杯戦争において、最期の戦場たりうるその場所へ。