不死の暗殺者 9対9 チームバトル型聖杯戦争 作:どっこちゃん
「――――――ッ!!」
アサシンは、自分でも判然としない何事かを叫んでいた。
周囲の人垣を吹き飛ばしたアーチャーは、間髪入れずに宝具を使用し、リアを己の
アサシンが、道具であることから救い出そうとする少女を、敢えて道具として扱うという行為。
もとよりただの利害関係による共闘である。しかし、それをふまえてなお、アーチャーの行いは
――だが、同時にこれは通理に合わぬ裏切りでもある。
アーチャーとて、今のアサシンにとって、それがどれだけ許せぬことなのかは知っているはずだ。
にもかかわらず、アーチャーはリアを狙った。そしてアサシンに見せつけるように、彼女を武器として
アサシンにはアーチャーの動機が理解できない。――ただ、その意思表明だけは明確に受け取っている。
この上ない、明確な敵意。二度と修復できないレベルでの盟約の破棄。
それだけはしっかりと理解できた。受け止めた。
だが、今すぐに取って返してアーチャ―を狙うという訳にもいかない。
アサシンはむしろ、リアとアーチャーに背を向けて、周囲を取り囲む雑兵の間へ強引に身体を割り込ませた。
ここでアサシンが退けば、この異形の大隊はリアにも殺到することだろう。
そして、アーチャーにはリアを守る理由などない。――使い捨てられるのがオチだ。
さらにはこの空間から出る手段もない。
この空間の主、ランドルフ・カーターを排除する以外には!
「ふむ! ――それでもなお、前に出るか!
アサシンの意図と判断を見透かしたかのように、ランドルフ・カーターは咆えた。
アサシンの判断は正しい。
ここでカーターとその手勢を野放しにすれば、この戦場の趨勢が致命的に傾くことは火を見るよりも明らかだ。
アサシンとアーチャーの分裂はカーターにとってはどうでもよいことなのだ。
むしろ、双方を排除したいカーターにとっては、アサシンがアーチャーへ襲い掛かってくれた方が良いに決まっている。
それが解るからこそ、アサシンは無理にでもカーターを狙って前進するしかないのだ。
だが、もとより物量差は圧倒的だ。そんなやり方で届くはずもない。
「ならば、どうする? アサシンよ!」
そんな意図のこもる魔術師の問いに、アサシンは言葉ではなく剣戟によって応える。
「――!?」
魔術師は面長の面相を一層に蒼ざめさせ、紅く
先ほどまで雑兵に囲まれて往生していたはずのアサシンは、その一撃で包囲の一角を薙ぎ払ったのだ。
まぐれではない。また一角を削り取り、さらに前進して狗面の異形共を蹴散らす。
また、強力に任せるばかりではない。
時として、巨体は影のように閃いた。
素早く、的確に、音もなく。
群れ成す敵勢の間をすり抜け、溶け込むようにして死角を突き、次々と死体の山を築いていく。
明らかに、先ほどまでよりも動きが良い。
まるで水を得た魚とでも言おうか。
「――そうか、
魔術師は総身を戦慄かせ、喉を絞り上げるような声を上げた。
どこまでがアーチャーの意図なのかは、アサシンにも解らない。
頭のどこかで、そう思いたくはないという、珍しい意見が聞こえてくる。
しかし、そんな思いとは裏腹に、殺せば殺すほどにアサシンの動きは精彩を取り戻していく。
リアを――何かを
その生涯を掛けて磨き上げてきた技術は、技巧は、全て相手を一方的に、さらに言うなら、相手に気付かせることさえなく、ただ
そんな暗殺の泰斗が、何かを守りながら戦うというのなら、それは畢竟、枷としか言いようのない道理である。
「――だが、しょせんは暗殺者。戦場に在っては極小の砂粒にすぎぬ!」
激昂したように咆えるカーターが、まるでオーケストラの指揮でも執る様に両腕を振るう。
すると、先ほどヨグがやっていたように、空間がばらばらと組み変えられていく。
ただ闇が広がるだけだった納骨堂には無数の柱がそびえ始め、そこから無数の人骨が雨のように降りそそいでくる。
そして闇の奥から、次第に音が聞こえ始める。
降り積もった白骨をキシキシと踏みしめるようにして、ひとつ、またひとつと、新たな異形の影が現れる。
それは瞬く間に、完全武装の軍勢と化した。
進軍してくるのはどれほどの数なのか?
幾千か。幾万か。まるで判然としない。
そもそもこの納骨堂自体が、どれほどの広さなのかも見当がつかない。
その兎角、ひたすらに広大な
「――さぁ、どうするアサシン! この布陣を前に、貴様の『暗殺』、成るや否や!!」
虚空を歩み、その軍勢のただ中に陣取った
もはや手癖のごとき殺法で押し切れる物量ではあるまい。
少なくとも対軍規模の武装、あるいは宝具が必要だ。
しかし、アサシンにはそれが叶わない。
暗殺者は一人、降り積もるシャレコウベの中に取り残され、佇む。
対する軍勢はむしろ無限ともいうべき物量で臨む、悪夢の軍団である。
本来ならば「詰み」だ。
「――無論、成るとも」
しかし、このドクロ面の巨漢は、事もなげに言った。
相手はしょせん魔術師――戦いの素人でしかない。アサシンはそう確信する。
なぜアサシンが、このハサン・サッバーハが伝説の暗殺者たりえたのか。
それを、この魔術師はまったく理解していない。
「……
そして、アサシンは
破損した心臓が、ただちにそれを代用する異界の生物の臓器と入れ替わる。
同時に、アサシンの身体が膨れ上がった。
同時に尋常でない、もはや鼓動などとは呼べない大脈動が、その五体を、そしてこの巨大な納骨堂を駆け巡っていく。
その血は五体の隅々から
まるで大排気量のエンジンを人間の身体に無理矢理捻じ込んだかのような有様だ。
その五体が、瞬間的に視界から消え失せた。
瞬き程の後、その巨躯は、虚空に坐するカーターの眼前にまで迫っていた。
「――――――――――ッッ!???」
声にならない絶叫を張りあげたカーターは虚空から転がり落ち、下で兵に受け止められる。
その横顔と胸には、長大な傷が刻まれていた。
魔術師は異形達に抱かれながら悶絶した。
再び声にならない苦悶を叫ぶ。その命に従い、雑兵は一路、アサシンに群がる――否、群がろうとするのが、それすらが叶わない。
アサシンの駆動が早すぎたのだ。もはや人間に許される動きではなかった。
カーターは察する。先ほどの攻撃が
そしてカーターの使役する異形――
隊列を組む異形を、
圧倒的であったはずの軍勢が、まるで障害にもならない。
軍勢は薙ぎ払われ、アサシンは容易にカーターへ肉薄する。
いや、容易にではない。
アサシンの五体は血まみれだ。凄まじい速さでここまで来れたのは、アサシンが敵勢の攻撃をまったく避けようともせず、攻撃のみを優先して敵を排除するからなのだ。
その負傷箇所を次々に異界の異形と入れ替え、無かったことにして、アサシンは迫りくる。
――そう。これこそがこのアサシン「不死のハサン・サッバーハ」の真骨頂なのだ。
歴代のハサンの中でもっとも泥臭く、もっとも血なまぐさい暗殺行使によって、伝説を漆黒に彩った殺人機械の最高傑作。
泥沼の地獄でこそ、最も真価を発揮するハサン。それがこの男なのだ。
相手を
「なんという――おお、なんという!!」
恐怖に身をよじりながらも、魔術師は感嘆を叫んだ。
「そこで待て魔術師。――面倒がない」
何の感慨も、なんの情動すら見せず。あくまで「作業」然として己に迫る伝説の暗殺者に、カーターは一変、打ち震えるような恐怖を叫んだ。
それが、その絶叫がこの広大な伽藍へ幾重にも反響・収束し、音の波となってアサシンの耳を、そして五臓六腑を
魔の音響兵器であった。言わば、この空間を操るカーターの奥の手であったのだろう。
何者にも
しかし――
「……
すぐさま置換。黒衣に包まれたその腹部が、一時的に異様な形状に膨らみ、ザワザワと蠢いた後で、元通りに収まった。
アサシンは面倒臭そうに、奇妙な色合いの
そして、無言のまま、魔術師へと迫る。
およそ、人の佇まいとは思えなかった。正しく悪夢のごとき光景だ。
嗚呼、
本物の異形なのだ。こんなものが、人類の歴史には存在していたのだ!
その歩み来る恐怖の結晶を前に、魔術師、ランドルフ・カーターは全身を恐怖と狂気に染め上げ、そして奇妙にうわずる様な声を上げた。
「ランサー!! 来るのだ、ランサーァァァ!!!」
カーターが叫んだ次の瞬間、両者の頭上から、三つの人影が割り込んできた。
ランサー自身が空間転移によって姿を現したのだと分かった。
それに巻き込まれたのか、アーチャー、リアも共に虚空から
刹那の内に、各々の視線が、思考が交錯する。
アサシンは僅かに
「――――」
「――――」
互いにだけ聞き取れるほどの声が交わされた。
カーターへ投げ放たれた短剣は、それを守るように姿を表したランサーによって弾かれ、雑兵の群れ成す床面に落ちた。
そして――アーチャーは体勢を立て直しながら、鉛の矢を番え、アサシンの腕の中へと落ちていくリアへ向ける。
その目が物語っている。『どうしてだって? その方が、面白いからさ』と。
頬をくゆらせながら笑うアーチャーが放った矢は、リアの背中を射抜いた。
――これで「パス」が切断される。
当然それはアサシンとリアを繋ぐ「パス」だ。
これで、リアがアサシンへ向ける親愛も慕情も、
さぁどうする? アサシン? 君のその、淡い幼子の様な想いは踏みにじられるかもしれない。
負傷は代用できても、まさか、この想いまで、別の物で代用できるわけじゃないだろう? ――
「――自爆しろ、リア! アサシンを殺せ!」
さぁ、見せてくれ。
さっきまで何よりも大事にしていたはず者が、自分に牙を剥く瞬間。
そのとき、キミの生まれたての雛鳥みたいな想いが、どんな風に振る舞うのかを。
増愛の極致。一方的な愛と憎悪、そして無関心。拒絶と絶望。
それに、この不器用な暗殺者がどう応えるのか。
反射的に殺すのか? それとも諦観する? 泣き叫んだり? それでも一方的に庇護する?
それとも、予想もつかない反応を見せてくれるのかい?
アーチャーは美貌をあらん限りに歪めてほくそ笑む。
――が、その返答は、瞬くマズルフラッシュによって成された。
リアだ。ノータイムの応射であった。
アサシンの身体を足場に、歪みねじれていた二挺のアサルトライフルを瞬時に「
アーチャーは無防備に、このがむしゃらな魔弾の雨を受けることとなった。
「――なっ!?」
魔弾の雨に打たれる痛みよりも、驚愕こそが先に立つ。
時間の退行によるリロードのせいで、たまたま「鉛の矢」が無効化されたのか?
いや、それでもアーチャーに抗ったことがそもそもありえない。
今やアーチャーとの間にも、リアの「パス」は繋がっている。
リアにとって今の「アーチャー」は「アサシン同様」に、この上なく信頼のおける、大事な存在の筈なのだ。
なぜそれに銃口を向けるような真似が出来る?
そして、どうしてアサシンも、それを当然のことのように補佐しているのだ!?
――わからない。ただ、射すくめるようなリアの視線がアーチャーを見ていた。
アーチャーは謎を抱いたまま、雪原の様なシャレコウベの海へ落下する。
しかし、多少魔弾を受けただけだ。この程度で消滅するはずもない。
すぐさま周囲には雑兵が群がってくるが、問題はない。
跳ね起きるようにして、すぐさま異形の雑兵を射抜く。
「――いったいなぁ……。そうガッつくんじゃないよ!」
イラだつように吐き捨て、連続で金の矢を雑兵へ放つ。
すると、すぐさま雑兵同士の間で仲間割れが起こる。
「あぁ……いやでも、これはこれで面白いよね。――なんでボクに反抗できた? 僕とアサシンと、何が違う?」
背中からだった。
安全を確保して一息吐いたアーチャーの心臓を、その時、鉄杭のような短剣が貫いたのだ。
「――ッ」
やはり、激痛よりも驚愕こそが先に立つ。
アサシンの武器だ。しかしアサシンではない。
振り返るより先に、短剣からはバネ仕掛けの刃が飛び出した。
アーチャーの少女のように華奢な胸板に、大穴が穿たれた。
「…………ああ、そっか、キミか」
ようやく振り返った先には、イグがいた。
忍び寄ったのではないだろう。
最初からいたのだ。
そして自らの元へ落下してくるアーチャーを目にして、最後の力を振り絞ったに違いない。
その五体はもはや生きているのが不思議なほどの有り様だった。
――そうか、そこまで見越してか。アサシン。
アーチャーは納得しながら、音もなく崩れ落ちたイグを見下ろした。
本当に最期の力だったのだろう。もう息は絶えていた。もしかしたら、アーチャーがここに落ちる前から息は止まっていたのかもしれない。
アサシンは、そこに死に掛けのイグがいるのを見越して、短剣を投擲していたのだ。
ランサーがそれを弾くのも、
イグがどれほどアーチャーを憎んでいたのか、アサシンは理解していたという事か。
そして、リアがアーチャーの傀儡とはならないことも。
「なんだぁ、……意外と、
アーチャーは
心臓はサーヴァントにとっても急所である。
如何に神に近い存在であっても、こうなっては生き残ることなどできない。――詰みだ。
「ごめんね。……性分でさ。言い訳にならない、けど……」
そう言って、アーチャーは見開いたまま事切れいてるイグのまぶたを伏せる。
「それでリアも……そういうこと、か――なるほど」
そして血を吐きながら、しかし最期に弓を執る。
一方、アサシンとリア、そしてカーターとランサーの四者は再び距離を置いて対峙していた。
趨勢は元に戻っていた。
雑兵は再び周囲に溢れ出し、アサシンは守るべきリアを抱え、ランサーはカーターの護衛に戻り、カーターはその五体を修復する。
再び
金糸のような軌跡を残し、それはこの巨大な納骨堂の天蓋にまで達し――炸裂した。
「――ッ」
しかし、それは納骨堂を破壊することもなく、また何者かに危害を加えるようなものでもなかった。
一見して何の意味も見いだせない。まったく無駄な行いであった。
「なんと……断末魔のつもりか! 無様なり、アーチャー!」
先ほどまでの己の醜態を忘れ果てたかのように、ランドルフ・カーターが咆える。
イグの横に倒れ伏したアーチャーは、しかし、皮肉げに苦笑した。
「……そんなわけないじゃん。」
そして、目を閉じ、呟く。
――
「ただの
次の瞬間、この巨大な納骨堂、そのものが揺さぶられるような衝撃が襲った。
この空間そのものを外側から叩き割ろうとするような、鈍重な衝撃であった。
そして、誰もが見上げた虚空の先。ひび割れた空間の向こうから、
「――来てるだろうと思ったよ。キミは、読みやすい」
「
煌めくような黒雲に彩られた巨大な