不死の暗殺者 9対9 チームバトル型聖杯戦争 作:どっこちゃん
あらゆるものを粉砕する漆黒の濁流が姿を現した。
「
黒雲を纏った
セイバーと別れたライダーは戦車を駆ってこのカーターの要害まで戻り、そして外で気をうかがっていたのだ。
魔術的に加工された古い屋敷であった。
外から見ればさほど巨大でもない。しかし、中はすさまじいまでの広大さを誇る。
そんな、奇怪極まる居城であった。
空間が魔術的に加工されていることはライダーも察していたし、その上で彼の戦車ならばそれを貫くことも出来るはずだと見越していた。
しかし、外からでは中の様子。――それもランドルフ・カーターの所在を知ることが出来ない。
一撃でカーターめを仕留められなければ、ライダーの負けなのだ。
発想は大胆に、そして実行は繊細に。
確かな戦士としての経験則から、ライダーは行動していた。
そして、アーチャーもまたそれを十二分に理解していた。
だからこそ、読めた。
魔力の供給を断たれたことを不審に思ったライダーが、こちらに舞い戻ってきているに違いないということ。
彼に加護を与える神々の力を借りれば、キャスターの陣地を抜けることも、カーターの城を破壊することも容易であること。
だからこそ、アーチャーは最後の力で、邸外に居るライダーに、ランドルフ・カーターの居場所を知らせるための一矢を放ったのだ。
――カーターはここだ。と、外のライダーに知らせるために。
ライダーはそこへめがけて渾身のチャージアタックを仕掛け、まぎれもなくランドフル・カーターを捉えるに至ったのだ。
そしていま、空間ごと外壁をぶち抜き、巨大な車輪がカーターとランサー、そしてアサシンとリアへ迫る。
「留まれ、ライダァーーーッ!!」
当然、カーターは瞬間的に令呪を使用した。
ニグが死んで魔力の供給は断たれているが、令呪そのものはカーターに接収されたままなのだ。
――しかし、それすらも、ライダーの戦車を包み込む黒雲『
その効果は、ライダーの道を阻む、あらゆる障害を「時間の退行」によって跳ね除けながら轢殺を行うというものである。
当然、ライダーが容認しない令呪の効果すら、この宝具の前では「障害」と見なされるのである。
ゆえにランドルフ・カーターは驚愕を叫びながら巨大な車輪に掛けられることとなった。
巨大な戦車はそのまま巨大な納骨堂を『空間ごと』打ち破り、亜空間の内外を問わず蹂躙していく。
雪原の様なシャレコウベの地平は消え失せ、そこに列を成していた異形は霧散し、現れたのは、――如何にも貧相なあばら家であった。
ひなびたような森に囲まれた、いかにも辺鄙な丘の上に立つ、古ぼけた古民家の残骸というべきものであった。
それも今のライダーの齎した大破壊によって、もはや家屋と言うべき形容にさえ不釣り合いな様相を呈している。
「――なんじゃあ? 実体はこんなもんだったんかのぅ?」
開けた丘を彩るのはもはや月だけであった。
その廃墟のような丘の上には、まるで悪夢から投げ出されたかのような人々が、或いは呆然として、或いは物言わぬ遺骸となって点々と転がっている。
その中から、朱い髪の女が身を起こした。
長い悪夢から覚めたような顔をしている。
女は体中に負った傷に顔を歪める。身に覚えのない負傷なのだ。
今が何時なのかもわからない。なにがあったのかが、ようとして知れない。
「――なにが……私は……なんで」
月を見上げて、尚も困惑を露わにする。見覚えのある月ではない。なぜあんなにも月が丸く輝いている?
自分が、この十日余りの記憶を失っているのだということに。
彼女の名はハモン・ストーク。
名の知れた魔的建築の大家であり、当初からこの聖杯戦争に参戦することをほのめかしていた魔術師の一人である。
言葉通りに日本へ乗り込んできた彼女らは、早々にこの街はずれの丘に陣取り、布陣した。
彼女らにしてみれば、いっそ何もない場所であることが望ましかった。
まったくのゼロから、他の魔術師が予想もできない魔術結界の敷設と要害の建造を可能とするのが、彼女らの強みなのである。
霊地を確保する必要すらなかった。
ストークの魔術をもってすれば、既に存在する霊地から水を引く様にして、必要な亜空間レイラインを人工的に構成することすら可能なのだ。
すべては順調だった。
先代である祖父、ハンドロマリウス・ストーク。家令のハロケル。グルカの戦士にして魔術使いでもある護衛のドゥマ・ビカール。そしてストーク家代々の乳母にして異能持ちの女イェン・ツェーリン。
そして当主であるハモン。
ハモンがサーヴァントを召喚し、祖父とハロケルが補佐を。ドゥマがひきつづき護衛を。そしてイェンがいざというときのストックとなる。
完璧な布陣だった。
後は、彼らにふさわしいサーヴァントを呼び出し、相対する愚かな英霊を、魔術師共を、正当なる手管にて蹂躙するだけ。
――だった。ハズなのだ。
だが、全ては消えてしまった。訳が分からない。
召喚したサーヴァントが何かをした――のは、なんとなくわかっている。
ハモン・ストークは虚ろな目で周囲を見回す。
「あぁ……そんあ」
周囲には死体が転がっているばかりだ。
死体だ。祖父の、幼馴染みの、友人の、乳母の。
ともにストーク家を背負い、高みを目指すハモンを支えてくれるはずの、――家族の死体だ。
「そんな……そんな、あぁ……お爺さま」
同じ顔をした死体がいくつも並ぶ。異様な光景だった。
その中から一つの祖父を抱き上止め、ハモンは涙を流した。
――バカな! こんなことがあっていいものか!
「ハルファスよ! なにゆえこのような仕打ちをなさる! まだ、まだ足らぬを申されるのですか!?」
ハモンは涙ながらに叫んだ。
ハルファスとはストークの魔術師が代々奉ずる悪魔の名であり、自らを召喚した者へ、要塞の建築と亜空間の操作術を授けるとされる。
その悪魔と契約し、すべてをささげて奉ずることで始まったのがこのストーク家の魔術なのだ。
そも、『ストーク』とはコウノトリを意味し、悪魔ハルファスが姿を現すときにとる姿のひとつとされる。
当然、彼らは英霊召喚に当たってこの悪魔ハルファスの降臨を望んだ。
むしろ、それはストークの魔術師にとって何物にも代えがたい欲求であったともいえる。
聖杯など余剰でしかない。
彼らは英霊の血でその杯を満たし、それをハルファスに捧げることを何よりも望んでいたのだ。
――しかし、あの召喚の時、全てが狂い始めた。
あのサーヴァント「バーサーカー」のせいで……。
召喚は完璧だったはずだ。
代々伝わるハルファスの遺物を触媒とし、英霊ではなく悪魔を呼ぶためのシステムハックも万全を期した。
変則的ではあるが問題はないはずだった。
だが、何の因果か、――あるいは
彼女らが呼び出してしまったのは、悪魔などとは呼べない。
ただの陰鬱な眼をしただけの、人間でしかなかったのだ。
そうだ。あの「バーサーカー」。
あの、なんの力もない唾棄すべきサーヴァントが、全てを無に帰した。すべてを貶め、辱めたのだ。
滂沱の涙に泣き濡れていたハモン・ストークはそこでぴたりを泣き止むと、朱い髪を振り乱して幽鬼のごとく立ち上がった。
生気の通わぬ目を見開き、そして、見つける。
――忌むべきサーヴァント、バーサーカーこと「ハワード・フィリップス・ラブクラフト」を。
バーサーカー自身もまた、混乱していた。
何が起こったのかが理解できない。
いや、それよりもなぜ、自分はここにいる?
男は、ただ茫然と夜の丘に佇んでいた。
長身ではあったが、特段に険のある顔ではない。
体格も戦士のそれとは言い難く、手にする文物も魔導の器具ではない。
いうなれば、総身余すことなく一般人のそれと言っていい。
それもそのはずだ。彼は英霊でも神話の登場人物でもなく、また激動する歴史の渦中にあった人間でもない。
ただの作家だ。無論、創作史の中にあって知る人ぞ知る著名なる大家なのは間違いない。
――が、この神話の残滓が行き交う、本物の魔術儀式の只中にあって、彼の存在は、ひたすらに頼りなげなものでしかない。
「ふぅむ。アーチャーの奴は逝ったか。骨ぐらいは拾ってやろうかと思うたが、仕方ねぇのぅ」
ハモン・ストークは怨嗟の声でバーサーカーへ叫びながら、それに駆け寄ろうとしていた。
バーサーカーもそれを聞き止めたが、彼には何のことなのかがわからなかった。
ただ、鬼気迫る女の形相に恐怖を覚えただけだ。
そこに、巨大な戦車が舞い降りたのだ。虚空から、月を遮るようにして。
「にしても
ただの魔術師には、そして
臨戦態勢にある圧倒的強者の前に合って、弱者同士の諍いなどは掻き消されてしまうのが道理である。
「おい、カーターよ! ランドルフ・カーターとやらよ。何をしとる!? なにやら様変わりしとるのぅ。どういう始末じゃあこりゃあ?」
ライダーは、先ほどの渾身のチャージアタックに巻き込まれながらも無傷を晒すの男に対して怒鳴りつけ、さらに、
「それにランサーよ! キサマの格好はどういうことじゃあ? 戦士の出で立ちじゃねぇのぅ。こっちも様変わりしとる!」
どうことじゃあ? こりゃあ!? と怒声交じりにハモンへ
当然、あまりの圧に両者は口を開けない。なによりも応えるべき回答を持ってはいないのだ。
どういうことなのか? なにが起こったのか? それを理論整然と説明することのできる存在は、この場にはいなかった。
「――ヒっ」
とうとう耐え切れなくなったのか、バーサーカー・ラブクラフトは恐怖に顔を歪めて逃げ出した。
魔術を使うでなく、魔力で身体を強化するでもない。
魔獣を呼び出すわけでもなく、虚空を駆けることもしない。
ただただ、いきなりの災禍に見舞われた一般人がそうするように、自らの脚をもつれさせながら、たどたどしい足取りで逃げるだけだ。
「……なんだかのぅ。なにがどうなっとる?」
「ランサー? ……違う、私はハモン・ストーク! 由緒ある魔術師だ。この聖杯戦争に参戦し、……そして、あの『バーサーカー』を召喚して……それで……うぅ……」
逃げ出すバーサーカーを見たハモンは叫んだ。
しかし言葉は最後まで言葉にならず、再び頭を抱えてしまった。
「ふぅむ。あちらがサーヴァントでこちらがマスターとな? なにがなにやらまるで解らんが、どうやらマスターとサーヴァントが逆になっとったということか……さて、どうしたもんか」
無論。敵陣営であることは間違いない。本来ならまとめて轢殺すべきなのだろうが、ライダーとしては拍子抜けでしかない。
「おい女。どうやら、お前もワシらと同じく、あの「バーサーカー」に化かされとった次第のようじゃのぅ。本来ならこのまま始末する所だが、戦う気もない女をただ殺すのも気が引けるわい。ワシのマスターをやる気があるなら考えてやらんでもないぞ」
「……私は……聖杯はいま……」
「うむ。セイバーの奴が持ってくる手筈になっとる。そして、ワシと奴とで最終戦を執り行おうという次第よ。華々しくな。――そのためにも、ワシもこちらをさっさと片付けてしまいたくてのぅ」
すると、虚ろだったハモンの目に、次第に光が戻り始める。
「――け、契約に同意します。英霊殿。私の望みは祖父並びに家人の敵を討つこと。どうか力をお貸しいただきたい」
そう言って、ライダーを前に跪いた。さすがは魔術師、通常の人間とは異常事態に対する対応力が違う。
「うむ。少々つまらなそうな奴じゃが、まぁ良かろう。――して、まずは教えよ。あのバーサーカーは何をしおった?」
「それは――おそらく『投影』の魔術に近いことだと」
「はん?」
「投影とは……通常何かしらの物品を魔力で複製する魔術のことです。あのバーサーカーはあの狂った――そう、己の心象たる『狂気の世界」を複製し、この世のあらゆるものへ幻燈の如く投影するのです。そして、他の文物・人に至るまでを己の狂気の世界で染め上げてしまう」
ライダーはしばし難しそうな顔をして見せたが、すぐに嘆息した。そもそも魔術云々を解説されても意味はない。
「つまりは、アレは狂戦士たる「狂気」が内で無く外に向かうという訳か? はッ――。狂気のクラスとは言ったもんだが。なんとも、けったいなヤツを呼んだものよのぅ」
事実、当人には己はサーヴァントである自覚すらないようである。
「おもしろくもない。ただ面倒なだけの手合いよな。――どのみち、雌雄を決すべき相手でもないわ!」
「では、契約を――」
引き
その身体を何かが強く叩いた。二度、三度。さらには数え切れぬ衝撃が彼女の身体を射抜いた。
「なぬ!?」
気配がなかった。
物陰から奔った閃光の群れが、ハモンの身体をズタズタに引き裂いたのだ。
憐れ、ハモン・ストークは報復さえままならぬまま絶命することとなった。
「――――ぬぁ!? キサマ!」
ライダーが声を上げる。
機関銃を放りだして物陰から走り出したのは、黒衣の纏ったドクロ面の男。アサシンである。
アーチャーが戻っていたことは察していたライダーであったが、アサシンまでもがこの場に居るとは、今の今まで思いもよらなかったことだ。
面倒なことになる前に魔術師を始末したアサシンは、一路、バーサーカーを追う。
ライダーは後回しでいい。
悠然と構えてはいるが、もはやほとんど魔力は残っていない。
魔力の供給を断たれて幾何の猶予も残されていない状態なのだ。
アサシンの状況判断は的確であった。
リアを安全な場所に退がらせ、まずはマスター足りえる魔術師を始末した。
これで、後は放っておいても
――それでもなお、今アサシンが奔っているのは、バーサーカーへの未知の懸念の様なもののためであった。
具体的に何が問題なのかは判然としない。
今しがたハモン・ストークの口から聞き及んだバーサーカーの性質。
狂気の投影。
完全には理解しがたい性質だが、それでも一サーヴァントが行うことである。
英霊としての格も低い。見るからに何かの間違いで召喚された一般人だ。
ならば、疾く、始末してしまえばいい。
だがアサシンはここにきて、言いようのない焦燥にかられている。
ただの無力なはずの男を、なぜか看過することが出来なかった。
暗殺者としての勘が告げているのだ。
これは、コイツは、今この場で、この手で始末しなければならないと!
バーサーカー……であるという自覚すらないラブクラフトは総身を恐怖に染めて、逃げていた。
恐ろしかった。
虚空を滑るように移動する巨大な戦車。
その上に居た、常人とは思えぬ気配を纏う大男。
いや、それだけではない。その脳裏には、想像もしたことがないほどに生々しい光景がフラッシュバックしていく。
人獣混在の異形達。同じ顔をした女の群れ。
異形の窯の中で融かされていく人体。
向けられる銃口。ほとばしる血潮。――そしてシャレコウベ。
「――ああ、あああああッ」
もっとも恐怖を掻き立てるソレ。バーサーカーは月へ向かって進む足を止め、胸を掻き毟るようにしながら身を折った。
恐怖は留まるところを知らなかった。
加速する。恐怖が、根源的にして途方もないそれが、身体の内外を埋め尽くしていくかのような。
異常だった。むしろ異常だった。
恐怖は身近なものだった。心惹かれるものだった。
――だがこれはおかしい。
恐怖は実体をもたない。
だが、実体のないはずの恐怖が、なぜ身体の中で蠢いている?
感じる。何かが進行していく。
あらゆる恐怖を糧として、無限に膨らんでいく。
そして恐怖は絶頂を迎える。
目の前に現れた、それ。
黒衣を纏い、顔には蒼ざめる死人の皮膚の様な白骨が。骨が!
ジグザグの、ちぐはぐの身体。吐き気を催す。
人とは思えぬ、異形の身体。
或いは獣のような、或いは蟲の様な、或いは蛇のような。
あるいはどんなものにも形容しがたい、名状し難き異形の継ぎ接ぎ。
目の前に立った異形のシャレコウベは、じっと彼を見つめてきた。
脂汗が吹き出し、視線すらもが定まらない。
体内で何かがざわめいている。
手が向けられる。
――いや、それは手ではない。人体の左腕に相当する場所に繋がっている、まるで――、嗚呼。
おぞましい。深海に蠢く頭足類のそれによく似た―――――――――。
「あああああぁぁぁぁぁああああああああああああッ!!!」
絶叫する。恐怖とは、恐怖とは、おのれの内から沸き起こるもの。
そして同時に、あらゆる地平に潜むもの。
凶手の右手に相当する場所に添えられたソレ。
チキチキと、何らかの岩場に密生するフジツボを想わせるソレは、ゾロゾロと蠢き彼の身体へ侵入してくる。
満たされていく。
臓腑が不快な異形で満たされていく。
口を塞がれ、絶叫は体内へと逆流する。
何もわからない。ここがどこなのかも、なぜこんあ目に合うのかも。
彼にはわからない。
ただ、恐怖だけが、はっきりとしていく。
恐怖の輪郭だけが、鮮明になっていく。
恐怖だけが残った。
彼の割合よりも、恐怖の割合こそが勝っていく。
恐怖だけが残る。
バーサーカーは消える。
ラブクラフトは死ぬ。
――そして、新たなる世界が花開く。
恐怖の投影は外側から内側へ、そしていま再び内側から外側へ。
かつて彼の創りだした物語は、彼の死を持って新たなる神話へと祀り上げられた。
そして、かの神話は、いま再び、彼の死を持って
「|プロビデンスの館にて死せるラブクラフト夢見るままに待ちいたり《ふんぐるい・むぐるうなふ・らぶくらふと・ぷろびでんす・うがふなぐる・ふたぐん》」
その禍言は、死せるバーサーカーの口ではなく、歪みねじれた虚空の亀裂から聞こえていた。