不死の暗殺者 9対9 チームバトル型聖杯戦争   作:どっこちゃん

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託すもの、託されしもの

 バーサーカー・ラブクラフトは、また一人、現実に投げ出されていた。

 

 周囲には何かが焼け焦げような匂いと、何かが燃えたかのような臭いと煙で満ちていた。

 

 ――何が起こった!?

 

 解らなかった。ただ、尋常でないことが起こっているのだということだけはわかった。

 

 恐怖が満ち始める。

 

 再び、その臓腑に。

 

 ラブクラフトは恐慌をきたしたかのように、瞳孔を開いたまま、右往左往を繰り返す。

 

 そもそも、今がいつで、ここがどこで、自分がなぜここにいるのかもわからないのだ。

 

 恐ろしかった。全てが恐ろしかった。

 

 そして、気付く。

 

 自らの背後に何者かの息づかいがあることに。

 

 目を血走らせ、ラブクラフトは振り返る。

 

 その『恐怖』は最高潮に達しようとしていた。――が、

 

「……大丈夫?」

 

 そこに居たのは一人の少女だった。

 

 ラブクラフトは、唖然として、その少女を見下ろす。

 

 青白い肌の痩せた少女だった。喪に服すような黒い服は見た目の年齢に比べてどこか幼げで、奇異と言えば奇異だった。

 

 しかし、少女の顔には、(けわ)しさがなかった。

 

 穏やかで、どこか安堵したような。

 

 柔らかい表情で、言葉をかけてくる。

 

「大丈夫?」

 

「あ、ああ。――大丈夫だよ、ありがとう」

 

 バーサーカー・ラブクラフトは、見上げてくる少女の姿に、恐怖を忘れて微笑み返した。

 

 ようやく、()()()()()()()に出会えたせいかもしれなかった。

 

 そして、周囲を見渡す。

 

 けぶるような靄は晴れ、その丘には何者の姿も見つけられなかった。

 

 そこには何の異形も怪奇現象も存在しなかった。

 

「怖いものは、もうないよ」

 

「――ああ、そうだ。そうだった。〝恐怖は物語の中にこそ〟……」

 

 そういって、バーサーカーが安堵の息を吐いたその瞬間に、その喉笛が切り裂かれた。

 

 まるで花でも摘むかのような手際だった。

 

 ……おそらくは、彼自身の魔力量もほとんど残っていなかったのだろう。

 

 その身体は血を流す余地もなく、塵となって靄の中へ溶け込んでいった。 

 

 バーサーカー・ラブクラフトは最後まで、この儀式における何の詳細も知ることなく、消失した。

 

 だが、その最後の表情はどこかほっとしたような、穏やかなものであった。

 

「アサシン」

 

「バカなことを……」

 

 (あな)に呑み込まれたはずのアサシンも、また戻っていた。呑み込まれる前の姿でだ。

 

 リアとライダーの決死の策は成功したといえる。

 

 そして、それをすべて察したからこそ、アサシンは迷わずバーサーカーを仕留めることが出来たのだ。

 

 恐怖をあらゆる力の根源とするなら、恐怖を覚えるほどの時間も与えず仕留めればよい。

 

 アサシンは無論のこと、ハモン・ストークから情報を得たライダーもその答えに行きついていた。

 

 だが、アサシンにしてみれば、なぜせっかく逃がしたはずのリアが危険を冒してまでこんなことをしたのかが解らなかった。   

 

 彼にしては珍しいほどに憤慨して、言葉をかける。

 

「なぜ逃げない!? こんな場所にいる理由は」

 

 しかし、これを無視したリアは、アサシンへ大股で近づき、その(すね)のあたりを蹴り上げた。

 

「――!?」

 

 アサシンは困惑する。

 

 しかしリアは取り合わず、問答無用でアサシンに抱きついた。

 

「……私、怒ってる」

 

「…………ッ?」

 

「私が、どうしたいかも聞いてッ。命令されるだけなら、何も変わらないッ」

 

 顔を伏せたまま、言葉尻を震わせるリアに、アサシンはただ唖然とするしかない。

 

「これで、独りで、逃げて! それじゃ、なにも、変わらない!」

 

 繰り返すリアに言葉を返すことが出来ない様子のアサシンは、幾分さまよわせた後で、異形の左手を、リアの頭に乗せた。

 

「すまなかった」

 

 アサシンにはリアの言いたいことが分かったわけではない。ただ、その心が、どうしようもなく揺れ動いているのだということが分かった。

 

 まるで普通の、誰かと交流し喜怒哀楽を現すことのできる、普通の人間の様に。

 

 アサシンが取り戻した激情のままに、リアの救出を望んだように。

 

 リア自身にも望むことが、生きる理由が芽生えたのだということが分かった。

 

 感じたことのない高揚と安堵がアサシンを包んだ。

 

 繰り返し、頭をなでる。

 

「……変な感じ」

 

「すまん」

 

 左手の代わりについているのは、ぶよぶよとして奇怪な色合いの、頭足類の足だ。

 

 人の手のようにはいかない。それでも、リアは嫌がるそぶりを見せず、アサシンもやめようとしなかった。

 

 どのくらいの間だったか、二人は万感を込めるようにしてそうしていた。

 

 しかし、不意にリアの身体は崩れ落ちた。

 

「――ッ!」

 

 アサシンはそれを受け止める。

 

 ――わかってはいたことだ。拙い技巧による大魔術の強行。魔術回路のオーバーフロー。

 

 原形をとどめていられただけでも奇跡的な事なのだ。

 

「あまり、責めてやるな。本人の選んだことだ」 

 

 アサシンは、リアを抱えたまま跳び退る。

 

「身構えんでいい。ワシはどうやらこのこまでのようじゃからのぅ」

 

 ライダーだ。ライダーはただ一人、アサシンとリアからさほど離れてもいない場所で胡坐をかいていた。

 

 アサシンが声を掛けられるまで気づけなかったのは、その五体がほとんど視認すらできないほどに希薄になってしまっているからであった。

 

「この通り、もうすっからかんよ」

 

 本当に、もう間もなく消滅しようとしている状態だ。  

 

 確かに、警戒に値する状態ではない。

 

「……」

 

「なかなかに、気骨のある娘だのぅ。先が楽しみだわい」

 

「……」

 

 アサシンは応えない。リアを抱えたまま、背を向けようとする。かかずらう意味などない。

 

「ときに、アサシンよ! 聞いた話だが、貴様、何やら英霊の真似事をしたいらしいな」

 

 それでもなお雷轟のごとき声が響く。

 

「……そんなつもりはない」

 

「まぁ聞け。貴様聖杯が欲しかろう。その娘を救うには、それしかあるまい」

 

「……」

 

 アサシンは足を止めた。

 

「これからここへ、セイバーの奴が聖杯を持ってくるはずだ。――ワシの代わりにその相手をせよ! 一人の英霊として、正々堂々とな」

 

 アサシンは無言で拒絶を返す。意味が解らぬと。

 

「そうでなくば、その娘は救われぬ!」

 

「……ッ!?」

 

「そ奴がなぜ逃げることを拒んだか? つまりは()()()()()()()()()()()()ということよ。即ち、その娘には英雄たる資格がある!」

 

「…………」

 

 畳みかけるようなライダーの言葉に、アサシンは何らの反応を変えなさい。当然といえば当然のことであろう。

 

「……とまぁ。火急のことゆえ言い含めてみたが、さて、正鵠(せいこく)を射とるかはわからん。そもそも、英霊たる資格なんてものが本当にあるのかはワシも知らぬ」

 

「なにが言いたい?」

 

 さしものアサシンも言葉を返さないわけにはいかない。あまりにも唐突。且つ難解すぎる物言いだ。

 

 だが、ライダーはマイペースに言葉を続ける。

 

「なにせ、ワシはある英雄に憧れて、自然とそれを目指しただけのことなんでのぅ。だが、英雄とは、すなわちそういうものよ。まずは憧憬ありき! それに尽きる」

 

 依然として理解が追い付かない。アサシンは立ち去るわけにもいかず、ただ無言を返す。

 

「わからんか? なぜその娘が貴様に怒りを向けたのか。それはな、貴様の振る舞いが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()からよ」

 

 アサシンはさらに押し黙り、ライダーは呵々と大笑する。

 

「そう言うものよ。勝手に憧れ、勝手に理想を押し付けてくる。だがな、それがいわば、英霊の不文律ともなるのだ。期待、憧憬、羨望。――それがただの人を英雄に変える!」

 

 アサシンはやはり無言のまま、懐中のリアを見下ろす。

 

「貴様はな、当にその娘にとっては英雄なのだ。お前が嫌だとは言っても、もう手遅れでしかない。――だからのぅ。()()()やめておけ。一度救うなどと言ったなら、とことんやれ。命だけでなく心も、理想も、憧憬も。全て救って見せよ!!」

 

「……理不尽の、極みだな」

 

 こぼした言葉に、再びライダーは大げさなほどの大笑を返す。

 

「まっこと正鵠! だが、それでこそ我らは英雄なのだ。最期にどう転ぶかは知らぬが、貴様はその娘に手本を示さねばならぬわけだ。これより先、どう生きるかの」

 

「どう、生きるか……」

 

「応ともよ、貴様はその娘に、どう生きてほしい?」

 

 その言葉に、アサシンは我知らず、息を呑んだ。

 

「……人として。人として当然の、――いや、何かに使われるのではなく、……そして、何かの悪意に、屈さぬ者であってほしい……」

 

 彼等の人生を歪めた何かに、屈さぬだけの意思を持つ者で、あってほしい。

 

 アサシンは思った。そしてようやく、己の願いの形を見いだした。

 

 アサシンはリアに、この少女にただ生きてもらいたかったのではない。託したかったのだ。

 

 己の思いを、託したかった。

 

 己が生きたかった、己の望む生き方を。何物にも屈さぬ、まさに――そう、英雄のような生き方を。

 

 託したかったのだ。

 

 自分を救ってくれるような英雄に、自分がなりたかった。その憧れと羨望を託したかったのだ。

 

 そしてこの少女に、自分が生きれなかった人生を託すというなら、確かに、()()()()()振る舞いは出来ない。

 

 暗殺者に。ハサン・サッバーハにならなかった己は、きっとそういう英雄を望んでいたはずだ。

 

「ライダー、俺は……」

 

 すると、もはやライダーの姿は、そこにはなかった。

 

 丘に風が吹きこむ。

 

 いつの間にか月は姿を隠し、東の空は白み始めていた。

 

 それを背にして立つ独りの騎士の姿が、そこにはあった。

 

「――ようやく会えたな、アサシン」

 

 まるで夢見た英雄がそのまま姿を現したかのような。

 

「わがマスターの仇、討たせてもらう」

 

 そんな堂々たる威風を纏うセイバーの姿が、そこにはあった。   

 

 

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