不死の暗殺者 9対9 チームバトル型聖杯戦争 作:どっこちゃん
まもなく朝日を迎えようとする丘の上で、二騎のサーヴァントは対峙する。
この聖杯戦争において、最後まで残った二騎である。
もはや対決は必至であった。
言葉も音もなく、アサシンは突貫した。
相手はセイバー。自らの不死性を持っても正面からの戦闘ではアサシンが勝つことは難しい。
だが、今のセイバーは先程のライダー同様に消滅寸前だ。
既に彼に魔力を供給するマスターは存在しない。
ならば、勝機はある!
「我が敵の首は落ちよ!」
対するセイバーはおもむろに、大剣を掲げ、宝具を使用した。
やはり、余裕がないのか。
だがセイバー、それは己の首を絞めるだけのことだぞ!
内心で吠えるアサシンの首に、枷のごときマーキングが現れる。
調べは付いている。セイバーの宝具は「遠隔断頭」。
このマーキングを介して一定範囲内に居る全ての敵の首を同時に落とすという断頭の呪いだ。
その内実は既に看破し、把握している。
アサシンは前進しながら、頭足類の足で出来た手で枷を外そうとする。
このマーキングそれ自体はそこまで強固なものではない。来るのがわかっていれば破壊するのは容易――――
「!?」
そこでアサシンは驚愕する。破壊は容易なはずのその枷に、触れることが出来ない!?
「ひとつの首は、落ちよ!」
セイバーは大剣を一閃した。
シャレコウベ型のヘルムにくるまれた首が飛ぶ。
『――そういう、ことか』
アサシンにさえ知られることの無かった、セイバーの奥の手。
それがまったく望みどおりの効果をもたらした――が、セイバーは警戒を緩めない。
手ごたえがないのは初戦でそうだった。あの時も、確かに息の根を止めたのだ。それでもこの暗殺者は起き上がってきた。
そして、朝靄の予兆の中で垣間見るその五体は人のものではなくなっている。
これで殺しきれると思うことこそがあり得ない。
「
瞬間、横すべりする様に虚空へ投げ出されたアサシンの首、その切断面から、なんと表現したものだろうか?
触手、――というよりも、それぞれが意思を持った鼠の大軍の様な、或いは群れ成して空を覆うイナゴの群れの様な。
兎角、異様な生物の群れが溢れるように出現し、アサシンの首だけを、この世に繋ぎとめた。
蟲かネズミか、或いは何かの胎児の様な未成熟な生き物だったのか、兎角それらは湿った音を立てて、互いを喰らいあうように結合を繰り返す。
そして瞬く間に、歪な人型を形成して見せた。
シャレコウベの仮面だけが、それを辛うじてサーヴァント・アサシンだと認識させる。
その大部分は、この世では形容することすらできない異形の残骸で出来ている。
「ガ――――はッ!!」
アサシンは黒い血を吐いた。
右目からは黄緑色の粘液を滴らせ、シャレコウベ型のヘルムの内側からは融解した脳漿じみたモノがにじみだしてきている。
この身もまた限界――否、限界など等に超えてしまっている。
それでもなお、アサシンはセイバーめがけて突貫した。
歪な五体は悲鳴にも似た奇妙な軋みをあげながらも、人体には不可能な駆動を持ってアサシンを加速させる。
「――なるほど、それがカラクリか」
しかし、それを待ち受けるセイバーは冷然と言葉をこぼす。
首から下を異形の存在と置換しての延命。正しく狂気の沙汰である。
その姿は、もはや人が正気をもって受け止められる現界を超えていた。
しかし、それでもセイバーの心胆を揺らがせるには足らない。
彼もまた、この場所にたどり着くまでに、多くの壁と限界を超えてきたのだから。
「ァァァ――――――ガァァァァアアアアアッ!!!」
アサシンはセイバーの
翻すというよりは、慣性すら無視して身体そのものを強引に捻じ曲げたと言った方がいいだろうか。
そうして、強引にセイバーの側面へ、そして背後へと回り込む。
黒い体液が血煙となって飛散し、いびつな残像を造り出す。
そして、骨格の存在しない右腕を振りかぶり、鋼の鞭の如くセイバーへと振り下ろす。
特筆すべきはその速度だ。サーヴァントをして目視を許さぬ駆動。己の安全を一切考える必要がない故の動きである。
しかし、セイバーの大剣は過たずその腕を斬りとしていた。
目視が叶わなくても、動きを予測することは出来る。
速いだけなら物の数ではないのだ。
アサシンは身体を置換したことで彼自身が持つ繊細な戦闘技術を失い、身体能力にかまける攻撃しか繰り出せなくなっている。
それでは、英霊たりえるまでに昇華されたサーヴァントの剣技に競り合うことなど不可能だ。
「
――が、その切り落とされた断面から、さらに赤錆色の刃が飛び出した。
いや、刃ではない。それはまるで、無数のいばらの蔓のようであった。
身の毛もよだつような形状のそれは、一気に半径数十メートルにまで伸長し、周囲の空間を余さず埋め尽くした。
まるで鉄条網の巣だ。セイバーの五体が、そして、アサシンの五体までもが、この切れ味鋭い鉄条網に余すことなく絡め取られたのだ。
両者の苦悶が唱和する。
それでもなお、闘争は終らない。
アサシンは鉄条網の根である右手でセイバーを引き寄せ、残った左手を振りかざす。
皮膚が引き攣れ、肉が切り裂かれるが、構う事は無い。
自らの肉体を犠牲にできるのがアサシンの優位たり得る要素だ。
このまま、セイバーを排除する!
しかし、アサシンの思惑を外れ、セイバーもまた我が身を省みず、拳を振り上げた。
その身を覆う甲冑はもはや鉄くず同然となっており、身を守るための役目を果たさない。
故にセイバーもまた、その鉄条網に皮膚を引き裂かれ、肉を抉られる。
だが、生身でありながらセイバーは止まらない。
アサシンの驚愕を前に、セイバーは拳を振り下ろす。
「何――を!?」
さしものアサシンもこれには驚愕を隠せない。
異形となったアサシンは常人の倍近い巨躯を誇る。鉄条網に阻まれて、セイバーの攻撃は届かない。
それはわかる。だが、何故それで身を裂いてまで自らの宝具を打とうと――破壊しようとする?
――――まさか!
アサシンは気づいた。しかし、気付いてももはや避けようもない。
セイバーの持つ大剣はその場で炸裂した。
アーチャーがやっていたのと同じ
高密度な魔力の塊である宝具を破壊することで、驚異的な破壊力を生み出す、英霊にとっての奥の手。
しかし、アーチャーの宝具とは違い、セイバーの宝具はまさしく一点もの。代替など聞くはずもない。自らの分身と言ってもよかったはずのものなのだ。
それを、まさか使い捨てて見せるとは。
ぼろ雑巾のようになりながら、アサシンは悟り、同時にいぶかしんだ。
セイバーのこの一戦に賭ける並々ならぬ決意を。
よもや、ここまで死に物狂いで聖杯を求める故を持つ英霊だったとは。
「…………
再び、吹き飛んだ右半身を置換し、アサシンは立ち上がる。
問題はない。ただ、今の爆発で顔の右半分が吹き飛んでしまった。
今、そこにはみっしりと
それらは血色の絹糸を吐き、崩れかかる骨、筋肉、皮膚を繋ぎ合わせる。これで表面はなんとかなる。
しかし脳へのダメージは看過できない。脳はまずい。脳だけは置換が不可能だ。
この宝具の核となるのが、開頭手術によって加工された彼の脳そのものなのだ。
その脳にダメージがある。
同時に、右半身には巨大な鳥の翼と足が出現していた。
それらはあまりにも巨大で質量比が有りすぎた、この場から移動することもままならない。置換が想うようにいかない。
脳への損傷のせいだ。
さしものアサシンも動揺せざるを得ない。
そこへ、なおも駆け寄る影がある。
セイバーは総身を血に染めながら、再び別の異形へと変貌したアサシンを補足する。
盟友を失い、誇りの象徴だった剣までをも使い潰した。
それでも、セイバーの
すべては、
セイバーは丘の斜面を駆け下る。
傾斜は緩やかだったが、それでも足を取られる。
魔力も残ってはおらず、宝具も使用できず、五体は満足に動かない。
それでも、躊躇はない。
セイバーは、小山のようになったアサシンに、己の身を叩き付けるようにして突貫する。
狙いは頭部だ。切り離した頭から身体が生えてきたことを想えば、その能力の根幹がそこにあるのは必然である。
セイバーは流麗であった剣技を捨て、がむしゃらに掴みかかり、そして中腹から折れてしまった大剣を振りかぶる。
もしやこのため、自らの剣を殴りつけたというのか!?
宝具を放棄してもなお、武器として使用するため!?
アサシンは戦慄した。が、頭部を守ろうとした左腕が斬りおとされる事は無かった。
それはもはや剣などとは呼べる代物ではなかった。
鈍器だ。ほとんど魔力も通っていない。剣の残骸でしかない。
だが、セイバーは渾身の力でをれを叩き付けてくる。
二度、三度、五度、六度。幾重にもがむしゃらに叩き付ける。
――死闘であった。
互いの全てを掛けての、死闘である。
アサシンはひしゃげた左手を置換しようとしたが、そこに出現したのは数万度もの炎が通う管であった。
火を吐く管蟲の喉笛であろうか?
兎角、炎が炸裂し、セイバーは吹き飛ばされた。
しかし、すぐに立ち上がる。
ダメージはさほどでもない。背後に障害物がなかったことが功を奏したのか?
いやそれよりも、彼の身体がすでに
――能わず!
構わず前に出ようとするが、すでに重さを失いかけているにもかかわらず、身体を思うように動かすことができない。
軽いはずの身体が、石木にでも置き換わったかのように、ままならない。
愛剣をへし折ったのも、半分はこのためであった。
もはや彼には、己が大剣を持ち上げることさえできなかったのだ。
抜け殻となってしまった剣の残骸にさえ、ただならぬ重量を感じる。
満身の力を込めて、それを抱え上げる。
決着は、近い。
「――――なぜだ」
そこへ、声が掛かった。
自らが誤って置換した火焔に身を焼かれたアサシンは、四肢を含む五体の大半をナメクジの様な原生生物のそれに置換し、そこに横たわっていた。
そうでもしなければ、なにが出てくるかわからない状態だ。
宝具を、置換をコントロールできない。
なによりも、このまま無理に戦えば、共倒れは目に見えている。
それはダメだ。それだけは……。
「ナゼ、そうまでして戦う!? ……そこまでして聖杯が欲しいのか」
アサシンは必至でセイバーに言葉を掛ける。
よもや、言葉でセイバーを止められるとでも思っているのだろうか?
ありえないことだった。
アサシン自身そんなことはわかっている。言葉で止まるならば、誰も英霊になどならない。
不断の意思によって事を成したからこそ、彼らは英霊足りえたのだから。
「オレハ――助けたい、だけだ! その俺から、聖杯を奪うのか」
それでもアサシンは声を振り絞る。
何故かはわからない。ただ、セイバーならば、それを理解できるのではないかと言う、一抹の期待があったのかもしれない。
「聖杯が、無ければ、彼女は助からない――俺のことはどうしてくれてもいい。だが、俺のマスターだけは、救ってほしい」
今の自分は正義の為に、弱きものの為に正義を成そうとしている。
そうだ、勝負などどうでもいい。自分を殺してくれても構わない。
だが、それを、こんな自分の命さえをも惜しんでくれた少女がいるのだ。
それを救うために聖杯がいる。
これは邪心でも、我欲でもない。
それは英霊が抱く、気高き望みなのではないのか?
「――立て」
しかし、返答はにべもない。アサシンは声を荒げる。
「何故だ!? 正当の英霊だというなら、無力なる者の助けとなるべきではないのか!?」
セイバーはかまわず、身体そのものを引きずるようにしてアサシンへ距離を詰めてくる。
アサシンをして、なおもその心情は計り知れなかった。
もはや、問答をする余地さえないほどの消耗しているのか?
「ただ、――ただ魔術師共が我欲のままに定めた法によって、敵となったから、討ってもいいのか!? 無力な、利用されただけの子供の未来を踏みにじることが、お前にとっての英雄の振る舞いなのか!? セイバー!」
あらん限りの、最期の力を振り絞って、人のものとは思えぬ青い血を吐きながら、アサシンは訴える。
思いのほか、余計なことまで言ったのかもしれない。
だが、本心だったように思う。
本当にこの男が、己やリアにとっての、仰ぐべき正当の英雄だというのなら、ここでただ、敵を斬り捨てるだけの挙に出るはずがないと、そう思った。
論理からではなく、きっと、願いから。かつて見た憧憬に存在してほしいという一心だったのかもしれない。
「――能わず!」
しかし、間近から応える声は、断固として揺るがない。
「な……ぜ……」
問う声に、一泊の息を吐き、セイバーは応えた。
「貴様が手にかけた我がマスターもまた――〝自由を夢みた乙女〟であったわ!!」
満を持して、万感をこめるかのような声で、セイバーは断じた。
「――――ッ」
アサシンは二の句を告げずに絶句する。
「…………そうか、お前たちは、そうか、最初から、……
セイバーは最初から、一人の騎士として、そして一人の英雄として、守りきれなかった少女に殉じようとしていたのだ。
その少女を、花でも詰むように殺しておきながら、別の少女を助けたいと願うのは、確かに滑稽でもあり、また虫が良すぎる。
傲慢で悪辣な、喜劇でしかない。
アサシンは、アーチャーが目論んでいたことをようやく理解していた。
おのれの持つ願いのあまりの馬鹿馬鹿しさに、アサシン自身が気付きもしていなかったこと。
その欺瞞と罪が白日にさらされる瞬間を、アーチャーは望んでいたのだろう。
この場にアーチャーがいれば、笑い転げていたかもしれない。
アサシンは、すんなりとそう理解することが出来た。
いっそ自分でも笑いだしたいような心持ちであった。
「そうか。――ならば、もう」
「立て」
どろりと、すべてを投げ出すかのように
アサシンは顔を上げる。そこには変わらずに剣を構えるセイバーの姿があった。
「なぜだ――俺には、もう」
「問答は無用。――誰かを救いたいと願うなら、その一点に殉じろ! たとえ何が有ろうとも媚びるな! へつらうな! そしてけっして膝を屈するな!!」
叩き付けるかのような声だった。
ただ、そこに込められているのは、害意でも恨みでも、嘲笑でもなかった。
「――」
アサシンは、骨も入っていない体をくねらせ、身を起こす。
「それが英霊の示すべき姿だ」
「――
そしてアサシンは起き上がる。
もはや自分の身体が何に置換されているのかもどうでもいい。
ただ、リアを助けるという、その一心にすべてを託し、この男との決着をつける!
セイバーもまた、距離を開け、折れた剣を構える。
サァ――と、光が差した。太陽の、夜明けの光だ。
「「――――――――――ッッ!!!」」
アサシンは顔をあげ、声にならぬ雄叫びと共に、セイバーに突貫する。
セイバーもまた、塵へと帰り始めた五体を疾駆させ、咆哮と共にそれを迎えうつ。
両者の五体が、光の中で影絵のように交錯した。
――――長い夜が明ける。