不死の暗殺者 9対9 チームバトル型聖杯戦争 作:どっこちゃん
「ああ、楽にしてくれ。これはこの国の遊戯盤だそうだ。チェスのようなものだという」
部屋に入ってきた男は、開口一番、テーブルの上に並べられたままだったそれらを見ながら言った。
初老の男だった。大柄で、鷹揚な言葉をゆっくりと、しかしはっきりと綴る。そんな印象の男だった。
「私はチェスが好きでね。――この聖杯戦争という儀式を知って、サーヴァントの差違や戦術的な価値を、チェスや、――この「将棋」の駒になぞらえて考えていたくらいさ」
実際にテーブルの上に散らばった将棋のコマを手に取りながら、何故か明かりもつけず、闇に向けて語り掛ける。
「たとえば、「セイバー」。これはチェスよりも将棋の方が説明しやすい。これだ。金将・あるいは銀将と言うそうだ。攻撃にも使用できるが、他の駒のようにあまりバタバタと動かず、常に主の前に立ち、これを守るために立ち回る。
その本質は「守備」であり、「防衛」にある。即ち「守り」にこそ有用な駒なのだ。
私が愚考するに、このセイバーと言うクラスが最優のクラスと呼ばれるのは、単純な強さ故ではない。この「防衛力」。つまりは、マスターを守り抜く力に秀でていると言う点にあるのだ」
応答する声はない。しかし続けて、男は別の駒をつまみ上げる。
「次にランサー。槍兵はこの「桂馬」だ。これに限って言えば、チェスの「ナイト」の方が適切かもしれないな。その特性は「敏捷性」。敵や障害物を用意に飛び越えて、自分に優位な位置を占有。優位を確保しだい、――「一刺し」! 攻撃でこそ優位に立つ駒だ。――ただ、その敏捷性故に「セイバー」の堅い「防御」が相手では分が悪い」
次いで手に取るのは大駒、飛車と角行。
「そうだね。この二枚はそれぞれにライダーとアーチャーに相当する。――この手のゲームは、『戦術』を競うものであるが故に、この手のコマが重要視される。チェスで言う所のルークとビショップだな。だが、それは相応の広さの戦場が確保されている場合に限る話だ」
男は将棋盤の上に飛車を置き、ス――と盤面を移動させる。
「特に――「飛車」。「ルーク」と同様に、前後左右に動けるこの駒は「ライダー」。その特性は「機動力」。
一見強力だが、戦場が狭まるだけで容易に「ランサー」や「セイバー」の餌食となってしまう。「機動力」を活かせる広い戦場が必須だ」
部屋には窓のようなものはなく、まるで闇が幾重にも敷き詰められたかのように、暗かった。
「そして「角行」。チェスだと「ビショップ」だな。これはアーチャー。はるか遠方の意識の外から狙撃を行う事の出来る唯一のクラスだ。その特性は「射程の利」。ライダー同様に戦場と射程の有利が確定されている以上は、セイバー相手でも勝ち目のあるクラスと言える」
答える声などない。しかし、この男はただ
「うむ。反面――「ライダー」には注意が必要だ。「機動力」によって「射程の有利」を潰される可能性がある。……ふむ? ライダーの不得手? そのライダーが苦手とするのはランサーだな。小回りの利かない「機動力」を「敏捷性」で翻弄することが出来るだろう。――見事に三すくみ、ならぬ四すくみが出来上がっている、という訳さ」
闇は応えない。
「もっとも、このクラスの特性や相性は召喚される英霊の能力や個性によって左右される。そのためこの四すくみが現実に当てはまるかは未知数だ。この思考は実効性が薄いかもしれないな……」
男はしばし考え込むが、不意に破顔して笑顔を見せた。何者の姿もない闇間へ向けて。
「ああ、すまない。話しを戻そう。バーサーカー。これは「歩」或いは「香車」だ。少し説明は難しいが、ポーンとは少し違う。要は、前にしか進めないという駒だ。『最もハズレのクラス』とはよく言ったものだな。こんな駒だけを渡して勝ち残ってみろ、とはね」
男は皮肉げに笑う。応答はない。
「だが、単純な『戦力』の増強は安易には侮れない。あらゆる盤面において「歩兵」が勝敗を分ける事は珍しくないのだから」
依然として講義でもするような口ぶりだったが、闇は清聴するばかりだ。
「このように、セイバー・ランサー・バーサーカーはいわば「戦力」としての価値を持つクラスだ。単純な闘争にこそ真価を発揮する。それらよりも幾分「戦力」は劣るものの――「戦術」的な価値を持つのが「アーチャー」と「ライダー」その真価は戦場を俯瞰してこそのものだ」
男は一つ、咳を差し挟んだ。
「なにが言いたいか解るかね?」
闇は応えない。
「これらの駒はあくまで、戦争のための「兵器」と呼ぶべきものだと言っているのだよ。真っ当な戦争の、戦場でこそ意味を持つ駒……。では本当に恐ろしいのはそれらの兵器か? それとも戦術家か? それとも戦士か? そうではない。――彼らはあくまで駒。武器と、それを扱うもの。それそのものは、けっして脅威ではない」
言葉だけが、ただ空しく残響する。それを受け取る相手などない。
あるのは闇だけなのだ。
「真の脅威とは「戦略」的な視点で動く駒――もはやそれは駒ですらない。言わば「盤外戦術」で動くサーヴァント!」
男は盤を傾け、全ての駒をテーブルの上にばら撒いてしまった。
「それこそが真の脅威だ。即ち、キャスターとアサシン」
何者の姿もない盤を指し、それこそが完成した陣形だとでも言うかのように。
「私の選択は正しかった。――ここまではね」
男は続けた。
「〝お父様〟」
ノックと共に声がする。流暢な女の声だ。
「どうした」
ドアが開き、瀟洒な白のドレスに身を包んだ黒髪の女が姿を現す。大粒の瞳を潤ませた。桜色の唇の女だった。
スラリと立つ身姿は過不足のない細身の長身で、まるで造ったような、完璧な容姿をした女だった。
「ドクターが至急、研究室までいらしてほしいと」
「そうか。――そろそろだろうは思っていたが……」
お父様と呼ばれた男――魔術師オルロック・オルフロストが振り返ると、開いたドアから差す灯りで、影の中に居た者の姿が露わとなった。
小柄な少女だった。飾り気のない黒衣に身を包み、癖のある髪を両サイドで乱雑にまとめてある。
まるで喪に服す幼な子のような服装だった。ただ、大きく開いた胸元には漆黒の薔薇が染め抜かれている。
蒼白の肌はまるでそれを暴き出すためのキャンバスのようでさえあった。
闇から姿を露わした少女は、顔も上げず手持ちの魔導器のようなものに、何事かを熱心に書き込んでいるようだった。何かを必死に記録するように。
まるで、ゲームデータをセーブでもするように。
「では、行こうか」
男はその少女を待つこともせず、白いドレスの女の方を伴って部屋を後にした。
残された少女はその作業を終えてから、一人で男を追った。
再び闇に閉ざされた部屋の床には、ひとつの駒が落ちていた。
すると、闇が形を持つように凝結し、それをつまみ上げた。
そして、そのままベキリ、と砕く。
サーヴァント・アサシン。影に潜む暗殺者。
三度殺され、その度に
「マスター……」
不死の暗殺者は一言だけ、そう言葉を発すると、再びその身を陰に浸し、そのままいずこかへと消え失せた。