不死の暗殺者 9対9 チームバトル型聖杯戦争   作:どっこちゃん

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セイバー、アーチャー、ライダー。集いし三英霊。

 奇怪な宮殿であった。

 

 バロック調の家屋が、まるで天然の洞穴の如く歪み、各種自然物を模すがごとく変じてしまっているのだ。

 

 しかも、その広大さと言ったら城や宮殿などという形容では追い付かないレベルだ。

 

 その空間は三次元的に()()()()()いるかのようであった。

 

 まるで虚空で打ち据えられた雨礫が四散するがごとく、放射状に柱と壁とを投げ出しているのだ。

 

 数千を超える階段が、粗雑な石畳が、巨大な渓谷が、縦に立ち並ぶガレー船が、まるで巨人の庭園を模すかのように繁茂し、華美を極めるバロック建築の粋ををあざ笑うように咀嚼(そしゃく)している。

 

 ちぐはぐに噛み合った「地形」と「装飾」がある種の奇形的モザイク然として縦横にそそり立っているという具合だ。

 

 奇怪であった。あまりにも奇怪だ。まるで巨大な蟻塚だ。

 

「あの、カーターっちゅうマスター。ありゃあ、いよいよおかしいのぅ」

 

 その迷宮とでもいうべき場所の一室でのことであった。ライダーが肌も露わな女たちを侍らせながら吐き捨てた。

 

 とどろくような声音だが、語調は呆れたかのような韻を含む。

  

「この居城一つとってもそうだ。まともじゃあなかろう、のぉ?」

 

 巨漢であった。侍らす女たちがまるで野ウサギか子猫のようだ。

 

 女たちは先ほど無辜の男たちを魔力に炉にくべ続けていた、ニグと呼ばれた女たちとまったく同じ顔をしていた。

 

 全てが同じ顔だ。

 

 黒髪に、白い肌、豊満な肢体はミルクのように艶めいて、今にもとろとろにもとろけだしそうに見える。

 

 今も給仕にいそしむ女たちも、サーヴァントたちの元に侍る女たちもみな同じ顔をしていた。

 

 世にも稀な美貌が居並ぶ様はいささか奇異でもあったが、英傑たちはさほど気にした風もなく杯を傾ける

 

「誰も聞いてないよぉ」

 

 応えるのは同じく長大な寝台に寝そべる、矮躯の少年である。

 

 否、一見して少年と言い切ることも難しい、それほどのに可憐で愛らしい容姿の少年であった。

 

 中性的な容姿はむしろ年端もいかぬ乙女のそれと映る。紅顔の美少年とはまさしくこれかと膝を打ちたくなるほどの容貌であった。

 

 サーヴァント・アーチャーである。

 

「というかぁ、公共の場でそういうのはやめてほしいんですけどぉ」

 

 少年――アーチャーは、飽くこともなく美酒と美女の柔肌とを味わっている巨漢、ライダーに告げる。

 

 しかし、かくいう本人も膝枕をはじめとして、女たちの柔肌に、縦横に包まれているような状態なのは変わらないが。

 

 ライダーは、ケッと安っぽく息を吐く。

 

「知ったことではないのぅ。今や()()()がワシらの生命線よ。愛でて、可愛がろうて何が悪いか。だいたい、マスターを落とされてなお、取り繕うツラなんぞ、お互いに持ち合わせておるまいに。違うか? おー?」 

 

「たしかに。それはかくも然りけり。――け、ど。それらならあのカーター()()()()にも礼を言うべきじゃない? 陰口は英霊としてどうなのさ」

 

「キサマこそ、まったく敬っとるようには見えんがのぅ」

 

 そうして二人のサーヴァントは片やゲラゲラと、片やけらけらと、ともに哄笑する。

 

 その時、まるでそれを咎めるかのような咳払いが、この歪な部屋の中に響いた。 

 

 セイバーだ。他の両名と異なり、この男が侍らせるのは女ではなく、野牛ほどもあろうかという巨大な獅子であった。

 

 ライダーとアーチャーが遊楽と淫蕩にふける間、この男はこうして臨戦態勢のまま、傾けるでもない酒杯片手に、まんじりともせず寝台の端に座っていたのだ。

 

「なんぞ文句でもあるのか、剣士めが!」

 

 女たちを振り落とすようにして、ライダーは立ち上がる。

 

 巨体はたちまち熱した岩のように固く、分厚く膨れ上がり、臨戦態勢に入る。

 

「まーまー、何せ生きた時代が違うからねぇ。お行儀のいい騎士様には僕らのノリは合わないってことじゃない?」

 

 アーチャーはライダーに言うが、対するセイバーも剣の柄に手をかける。(はべ)っていた巨獅子が唸り声を上げる。

 

「なんじゃあ。どこかで猫が鳴いとるのぅ。痩せて貧相な野良ネコじゃわいな、こりゃあ」

 

「――それは、我が盟友(とも)への侮蔑のつもりか?」

 

「嫌か? ――だったら唸るのをやめさせぃ。貴様の飼い猫であろうに」

 

 セイバーは静かに立ち上がる。対するライダーも、この上ない喜悦を交えて牙を剥く。

 

「やるか、チビ助めが! ちょうどいいわい。ワシも伯父御(おじご)と同じような、でかい獅子の毛皮が欲しかったからのぅ」

 

 死闘は厳禁――のはずだったが、こうなれば止まらないのがサーヴァントだ。

 

 無論周囲のニグ達は止めようと口々に(さえず)るのだが、これを押しとどめるような力は彼女たちには無いようだった。

 

 むしろその両雄の威容に、(おのの)き、気を失う者が後を絶たなかった。

 

「やーめーなーよー。大体、セイバー。君だってあの魔術師に思うところはあるんだろう? 僕らの不満も理解してほしいなぁ」

 

 今にも弾けそうなその空間にあって、唯一人悠然と寝そべったままのアーチャーは諭すような声を出す。まるで聞き分けのないワルガキにでも言い聞かすような語調である。

 

「昨日ここに来たばかりの君と違って、僕らはもう何日もここにいるんだ。気を使えとは言わないけど、もうちょっと協調性を見せてほしいなぁ」

 

「…………」

 

 その言葉に、セイバーは何も言わず剣を収めた。

 

「ハン――余計な真似を」

 

 ライダーも不満そうに愚痴をこぼしつつ、拳を収める。

 

 そして床で腰を抜かしているニグたちを腕いっぱいに抱えて、再び寝台にその巨大な腰を落とす。広大なはずの部屋全体が軋むようである。

 

「まーまー、仲良くしようじゃないの。僕ら目的は同じなんだしさぁ」

 

 目的。そう、彼ら三英傑がここに集うのは、彼らのマスターをことごとく討ち取った憎き暗殺者、サーヴァント・アサシンへの報復を望むが故であった。

 

 そして彼らはそれぞれの思惑と必殺の方策を抱え、再びあのアサシンと相打つことを誓っている。

 

 そのためには、他者よりも先にアサシンに相まみえる必要がある。

 

「まぁいいわい。――いいか、剣士よ。確認するぞ。()()()()()だ! それまで勝負は預けてやる。まぁ、あの間者めを誰が討ち取るかと言えば。このワシだろうがな。ふん。二度と起き上がれんように、直々に灰にしてくれるわ!!」

 

「(灰に、ねぇ……)。そーそー、その時は恨みっこなしだね。その辺はわかってるね、セイバー」

 

 アーチャーは猫のように笑って見せる。

 

 この上なく愛らしい笑顔であったが。ただの少年が浮かべるようなものとは思われぬ、浮世離れした光がそこにはあった。

 

 果たして、セイバーはそれをどう取ったのか。

 

 彼は何の応答もなく、すでに温くなっていた酒杯を煽った。

 

「ハンッ、気取りおって。――――ときに、アーチャーよ。その口ぶりだとキサマ、ワシが何者か、知っとるような口ぶりよな」

 

「あらら? わかんない? せっかく同郷なのに、つれないなぁ」

 

「はて、こんなめんこい益荒男なんぞ、いずこで聞き知ったものか」

 

「君はわかりやすいよね。いっくら有名だからって、おじさんおじさん言いすぎ」

 

「むむ? そんなにかのぅ?」

 

「そんなにだのぅ」

 

 そういって、アーチャーはけらけらと笑った。

 

 一旦は怪訝(けげん)そうな貌をしたライダーも、すぐに考えるのをやめたようで高笑いを上げる。

 

 古いタイプの英雄像そのままの男である。

 

「お三方」

 

 その時、甘い香りとともに別の女――ニグの、これはおそらく()()であろうと思われる女が姿を現した。

 

 先ほどまであの蛇のような女傑とむつみあっていた個体だ。

 

 他の従者に比べ、()()()まともな衣装を来ているのがそうだと、三人のサーヴァントたちは気づいていたであろうか。

 

「機は満ちました。『鬨の声を上げよ』とカーターさまのお申しつけです」

 

 すると三者はともに視線を上げ眼光を放つ。それぞれの五体に、高密度の魔力が満ち満ちていく。

 

 稀有なる戦闘代行者。

 

 いかなる機械兵器を持ってしても比較にならぬ存在が、今その本領を発揮すべく駆動し始めるのだ。

 

 開戦の時は近い。今宵、総勢20名のもの戦斗があだ花よろしく相殺しあうその時まで。

 

 猶予は、あと、ほんの少し……

 

 


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