不死の暗殺者 9対9 チームバトル型聖杯戦争 作:どっこちゃん
降りそそぐような月光の下、キメラたちは我が道を征くがごとく歩を進める。
「もふふふふ。いっくにゃ~。いっくにゃ~。急がなくて、いいのかにゃー?」
もふもふとした猫のようなキメラが弾むように言った。先ほどから一番落ち着きがない個体だ。
「来るであろう。向こうから」
甲冑のキメラが応える。その五体は一見して重厚な装甲で覆われているように見えたが、その実、彼は甲冑どころか、衣服の類いすら身につけてはいなかった。
「〝お父様〟は自由にせよ、とのことでしたが」
「その通りだ」
合流したドレスの女が言うと、その細い身体を偉丈夫の剣士が抱き上げた。
「俺はセイバーを斬る。この機は逃せん」
女も笑顔を浮かべる。
「私が必要ね?」
「その通りだ」
「ダメよダメよ……」
黒衣をすっぽりとかぶった。黒子のようなキメラがぼそぼそと声を上げる
「ヒヒン……策は大事よ。相手は英霊……ワシらは獣。分が悪い……」
「黙れ。黒子め」
「ヒヒン……」
再び甲殻――否或いは甲虫のごとき硬質な外皮に全身を包まれたキメラが、この黒子を殴りつけた。
すると黒子はべたりと地にひれ伏し、そのまま月下の陰翳に交じりこんだ。
瞬く間にその姿は消え失せてしまった。まるで跡形もない。
「あーあー、隠れちゃったにゃ。なかよくするにゃー。兄弟なのにぃ」
それきり、この黒子の姿はどこにも見当たらなくなった。
「フン。知ったことではない。――だが策は肝要。こちらは多勢。まずは奇襲よ。正攻法。取り囲んで。そのまま潰す」
甲虫のキメラが憮然と言う。
「うーん。上手くいくかにゃあ?」
「出来なくてもやる。これは我らの命題。仕損じるわけにはいかぬ」
「セイバーは俺がやる。――いや、俺たちがな」
剣士の偉丈夫が再度の気を吐くと、その腕の中に居た女は笑顔を浮かべ、偉丈夫の首元にしなだれかかる。
すると、その身体が細く引き絞られるように萎縮し、次の瞬間にはまるで物干しのような、鋭い剣へと変貌していた。
純白のドレスも、漆黒の髪も同様に変質し、今やそれが人型であったものとは思われない。
「フン。まぁいい。だが手伝え。最初の奇襲は。その後に分断する」
「承知」
――いやよいやよ。危ないのは――
どこからともなくなよなよとした声が聞こえた。
「期待などしておらん。
どこからともなくヒ、ヒ、ヒーンと、馬の嘶くような声が応と応える。
「苛めちゃダメなのにゃ~」
もふもふが咎めるが、甲殻は黙殺する。
「――決まりだな。急ぐぞ」
長剣を担いだ剣士がやおら、先頭を切って駆け出した。
「もっふふふふ。競争するにゃー!」
モフモフとした体毛をなびかせるキメラが、途端に尻尾を立て、その全身を波打たせるようにしてそれを追いだした。
まるで流体が四足で駆けるかのような姿だった。
「――幼稚なヤツらよ」
同時に、全身の甲殻をカラカラと鳴らしたキメラは、背中の甲殻を割り開き、羽化したての蝉のような薄羽を展開した。
それをけたたましく羽ばたかせ、巨体を宙へと浮かび上がらせる。
あの黒子も、何処からか付いてきてるのだろう。蹄の鳴る音がそれに続く。
まるで無邪気な駆け比べのようだった。
そうして五体のハイエンド・キメラたちは一路、まだ見ぬ宿敵の元ヘ向けて「進軍」を開始した。
――同刻。
巨体がうねる。まるで山だった。
大岩のような巨体が、覆いかぶさるようにして圧してくる。
重機の類いですら、容易に破砕されていただろう。
とんでもない怪力のキメラだった。
犀と象とを掛け合わせ、それに狼の牙を与えて人型に押し込んだような。
そんな、獣人と称することさえためらわれるような怪物だった。
「はっはーッ! たぃしたぁバケモノよのぉ!」
自らの数倍はあろうかというそのキメラを手四つで受け止めながら、気勢を吐くのはライダーである。
みしみしと、巨岩を受け止めるライダーの身体からは軋むような音が漏れ出てくる。
さしもの英雄をもってしても、この巨獣相手の力比べは無謀だったのだろうか。
――否。
「――だがなぁ! この程度ならぁ、うちの
ライダーの気勢は、そしてその喜悦はみじんも揺るがなかった。
自らが小兵であることを利して、圧してくる巨獣の重心を制したライダーは、そのまま巨獣を天高くまで放り投げ、さらにはコンクリートの地面に叩き付けたのだ。
哀れ、巨獣は自らの自重で頭を割られてしまった。
「さっすがぁ――――だけど、セリフがいまいち決まらないよねぇ」
「やかましいわ!」
脇から揶揄してくるアーチャーにライダーもまた笑顔のまま罵声を返す。
この辺りのやり取りは、すでに勝手知ったものと言う所か。
そのあいだにも、彼らを取り囲む雑兵――多種多様の相を並べるキメラが断間無く彼らに襲い掛かってくる。
カーターの指示に従い、
「おい、魔術師ども!! ――それで、先へはどう進みゃあいいんかのぅ!?」
さらなる雑兵を蹴散らしながら、ライダーが怒声を張りあげる。
すると、呼応するように火炎が弧を描いた。
夜空にもう一つの円月が、煌々と現れ出でた。
途端に無数のキメラ――つまりはこの砦を守る雑兵たちは目を瞬く。
火炎――幻燈による催眠術であった。
途端に警戒心を失くしたその雑兵たちを、舐めるような火炎が焼き焦がす。
ニア――と、その魔術師はそう名乗った。
「――少々お待ちを、ヨグが結界を解析しておりますので」
この青年は、今もセイバーと共に敵兵を切り捨てているヘビのような女戦士〝イグ〟と共にこの戦線に加わったカーターの徒弟であった。
この幻燈の魔術師〝ニア〟と、戦士〝イグ〟、そして今迷宮と化した魔術結界を攻略中の老齢の男、〝ヨグ〟がこの戦端に加わった徒弟である。
そしてこの結界とは、あのオルロック・オルフロストがキャスターの陣の上に敷いた空間結合の魔術のことである。
どうにも空間そのものが歪みネジくれた上ででたらめに結合してしまっているらしい。
適当に前進しても元の位地に戻ってしまうような仕様となっているのだ。
これには戦士たるサーヴァントたちでは対処できず、入り口でモタついている間に雑兵に囲まれてしまったわけである。
「ちょーっと、考え無さすぎたねー。あーあ、せっかくラビュリントスみたいなとこから抜け出せたのにねぇ」
迷路の先はまた迷路だよ。などと言いながら、アーチャーも軽快に弓を引き絞る。
「確かに、カーターめの居城に似とるな。……にしても、」
と、ライダーが顔を眇め見るのは群れ成す敵兵でも、道を阻む迷宮でもなく、傍らでアーチャーが放つ『黄金の矢』であった。
「なーにー? まさかバテちゃったの?」
言葉を切ったライダーの脇で、アーチャーがいつものようにくすぐるような声を上げる。
「たわけ」
しかし対するライダーの声色は常とは異なる、奇妙に上擦った、しかも怖気るようなものだった。
「んー? どうかした―? あれあれー? なんか気付いちゃった、みたいなー?」
それを察したのか、アーチャーは可憐な仕草でぺろりと舌を出した。
そして再び、襲い来る敵勢に向けてこれもまた美麗な、銀の
およそ戦士の扱うものとは思えない、か細く繊細なそれは、まるでオモチャか釣竿かと思われるような弓だった。
まるで精緻な宝石細工だ。
宝石細工と言えば、戦場に立つこのアーチャー自信の身姿もまた、戦士のそれとは思えない代物であった。
基本的には下着の――それも相当にきわどいものしか身に付けていないのだが、何故か上半身にだけはゆったりとしたパーカーのような装束をふわりと纏い。その周囲を重力を無視したような金細工の鎖が幾重にも取り巻いているのだ。
それらは比喩ではなく重力に縛られてはいないようで、アーチャーの周りをまるで土星の輪のように取り巻いてはゆっくりと周回している。
金鎖は無数のシンボルが連なって出来ており、まずは翼や羽のシンボルに、♂・♀・!・!?・☆・♪……果ては交合する男女の姿。そして↑↓←→の矢と、さらには大小の弓を模したシンボルが連なり、彼の周囲に浮いているというありさまだ。
まるで、
「よもや、神々が直々に、とはのぅ……」
ライダーは小声でぼやく。
アーチャーが放つのは比喩ではなく「黄金の矢」であった。
およそ、英霊の座に招かれた者で、この矢の内実を見間違える者はないはずだ。
「――さぁ、みんな。僕らのことを守ってくれる?」
アーチャーは自らが射抜いたキメラ兵に向けて語り掛ける。
その矢に射抜かれたキメラの雑兵たちは死ぬことも、傷を負うこともなかった。
ただ一変、身を翻して、周囲に居た別のキメラに襲い掛かるのだ。
同士討ちが相次ぎ、キメラたちは殺し合う。
矢を受けたキメラたちは己の命が尽きる瞬間まで戦うのを止めなかった。
アーチャーの言葉を受けて、すでに死に体であった個体までもが、死力を振り絞り立ち上がるのだ。
その瞳には、幻影どころか、己の命をすら顧みぬ狂気ともいえる信仰心、あるいは羨望と崇拝の念までもが浮かんでいた。
「――強烈な「恋慕」を強制する黄金の矢、か」
隣でイグと共に雑兵と切り結んでいたセイバーも、これには口を開く。
「そういう事だね。ま、サーヴァントには
英霊たちの力は圧倒的だったが、それでもなお、武威を魅せるだけでは、この軍勢は揺らぐものではないようだった。
「ふん。しかしよくもまぁ、惜しげもなく宝具を使って見せるのぅ」
「やだなぁ。僕らは同盟中じゃないかぁ。宝具のひとつ。奥の手のひとつくらい見せてみないと信頼なんて得られなくなーい?」
アーチャーはいかにも愛らしい、しかしあまりにも人間味のない、作り物じみた笑顔を浮かべる。
「むむむ……」
ライダーは、困惑したように四角い顎を掻いた。
「むむむじゃないぞぉ。――セイバー、キミはどぉ? やっぱり」
「――いいだろう」
「ですよねー……って、え?」
「お?」
アーチャーとライダーは意表を突かれたように声をそろえた。
「〝見せる〟と言っている」
いっそ、ぶっきらぼうとさえ聞こえる言い草で、セイバーは己が剣を、高々と掲げ上げた。
その刀身に、その両腕に、その鋼鉄に覆われた五体に、夜をも焦がさんとするほどの魔力が集約していく。
「お――おいおい、こっちまで吹っ飛ばすような代物じゃングッ」
何気に気の小さいことを言うライダーの口を、背伸びしたアーチャーの指先がはっしと押さえつける。
「いやいや。男気があるね! さすがは〝最良のクラス〟に選ばれた男!」
集中しているセイバーには見せないよう、アーチャーは艶めかしい口元に指を立てる。
好機である。
よもや、乗って来るとは思わなかった。本来は
それがこうもあっけなく。――これは僥倖だ。
キャスター討伐後もなお聖杯を欲するというのなら、後に争うことになるはずの相手サーヴァントの手の内を探ることは必須の心得であった。
アーチャーはセイバーを見据え、今度は牙を剥くように微笑んだ。
それを知れるなら、自らの宝具の情報も餌にするのに惜しくはない。なによりも「奥の手」は残してある。
そう判じれる狡猾さが、この弓兵にはあった。
或いは、その見てくれとはまるで似つかわしくない老獪さ、と言うべきか。
「我が敵の首は落ちよ! 二十、三十、十万の首は――落ちよ!!」
宝具発動のキーが唱えられると、結実した魔力は波動――そうとしか言いようのないものとなって、セイバーの身体を中心に周囲へと迸った。
「それと――お前たちも「首」に気を付けろ」
そこで、まるで言付けでもするような口ぶりで、セイバーはそう付け加えた。
「――おん?」
「なにを――って、」
すると、周囲を取り囲むキメラたちだけではない、アーチャー・ライダー、そしてニア・ヨグ・イグの魔術師たちの首にまで、揃いの「枷」のようなものがはめられていたのだ。
魔力によって疑似的に構成されたものであるのは間違いない。それがまるで首輪か何かのように、いつの間にか総員の首元に据えられていたのだ。
「さっさと
言って、いよいよセイバーは巨剣を執る両腕に力を込める。
――なにをするつもりなのか? わからない。だが、わからなくても全員がその意味を察知していた。
雄叫びと共にライダーはそれを握り潰し、アーチャーも手にした矢でそれを切り裂いた。
ニアとヨグ、魔術師たちの枷は剣士イグが手早く切り取った。
「――
どれも間一髪であった。次の瞬間、セイバーが剣を振り下ろすと、彼らを取り囲んでいた数百ものキメラたちはそのことごとくが首をはね落されていたのだった。
どさどさと骸が倒れ伏す音だけが響き渡り、後には月光と沈黙とを従える騎士の威容だけが残された。