異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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第85話「陰陽自衛隊」

 

 その日も常と同じだった、と誰もが言う。

 

 しかし、その異変が起こった時、全ては終わっていた。

 

 最初期個体発見から15分後。

 

 封じ込めは成功したかに思われたが、それより早く関西圏全土において多数のゾンビの目撃報告が警察と消防に殺到し、国家非常事態宣言が発令。

 

 関西では予め決められていた計画が実行に移された。

 

 都市区域の対ゾンビ用防災避難は4段階の状況に分けられる。

 

『押さないで下さい!! シェルターにはまだ空きがあります!!』

 

『15人の定員になりましたので、このシェルターは閉めさせて頂きます!!』

 

『シェルター内のマニュアルは再確認しておかれるよう願います』

 

『無線は常に付けっ放しでお願いします!!』

 

 第一段階、国民の小規模シェルターへの15人前後の避難及び隔離。

 

 第二段階、小規模シェルターの数で計算した一定区域を賽の目状に隔離して警察及び自衛隊、米軍がドローンを用いて封鎖。

 

 第三段階、封鎖した区域内の徹底したゾンビの駆り出し及びシェルター内の人員の経過観察。

 

 第四段階、経過観察期間終了後の汚染区画及びシェルター内のゾンビ駆除。

 

 ゾンビの多くが加速度的に増えていく原理は基本的に人がゾンビに殺された、殺されそうになったという事実を隠してのゾンビ化の媒介によるものが大半であった。

 

 ゾンビに傷付けられて死んだ者はゾンビとなる。

 

 このプロセスが解明されてすら、多くの国家が国内に持ち込まれたゾンビに殺された扱いとなる患者の移動をコントロール出来なかった事が確認されている。

 

『マジかよ……クソ、傷負ってる奴いないよなぁ!? なぁ!?』

 

『同性の身体を確認し合うとかやんなきゃダメなのか?』

 

『薬は!! 薬は何処ですか!! この子、熱が出てて!!』

『備蓄は2か月分ある!! 病人は介護者と隔離だ!!』

 

『心配要りませんよ~お母さん。此処には治療設備と薬がちゃんとありますから』

 

 特に大規模シェルターなどでは疑心暗鬼で凄惨な殺し合いすら発生した事例も確認されている。

 

 要はヒューマンエラーを阻止し、ゾンビと接触した人間を完全に封鎖区画内に封じ込め、小分けにしてゾンビ化プロセスを遮断、媒介と蔓延を防止する。

 

 その後、経過観察を行いながら、3週間の現状維持を行い、最終的に安全が確認された後にシェルターから解放して正常化した区画に戻す。

 

 このような手間を掛けなければ、全滅するとゾンビ発生から数年目には分かっていたにも関わらず、ゾンビに接触して傷を負ってしまった人々に自制という言葉は無かった。

 

 実際、生き残る為だと仕方なくゾンビ化しそうな親族や家族や友人、恋人をシェルターに連れ込んだ者が大勢いた。

 

 そして、欧州では国内のパンデミックは防がれなかった。

 

 十分な防疫や兵器、武器弾薬、シェルターが有ったにも関わらずだ。

 

『オレ達は助かる。オレ達は助かる。オレ達は助かる』

『止めろよ。気が滅入る。防災教育で習ったろ?』

『笑えって言うのか!! こんな状況で!?』

 

『ほら、お笑いのDVDだ。日常系アニメもあるぞ。無料だ。良かったな』

 

『クッ……こんなのが、こんなのが何になるって言うんだ!?』

 

『オイ―――殺すぞクソ野郎。笑ってニコニコしてろ』

『ひ?!! お、脅す気か!?』

『あーそうだよ。だがな?』

『な、何だよ!! オレが何したってんだよ!?』

 

『お前みたいな奴が発狂してシェルターがぶっ壊れた事例ばっかだぜ?』

 

『――――――ッ』

『いいか。笑え。死にたくなけりゃ、三週間耐えろ』

『三週間……三週間……長過ぎるだろ……』

『発狂するなら、ゾンビの前にオレがお前を殺してやる』

『じ、自分のスペースに戻ればいいんだろ!! 戻れば!!』

 

 EUの掲げた人権という概念はゾンビの蔓延を助長した。

 

 人権意識故に人を救い、より多くの人間が救ったはずのゾンビ化した人間に食い殺された。

 

 だと分かれば、多くの国が独裁に奔るのも無理からぬ事。

 

 しかし、結局のところ今更に人権を制限しようとしたところで多くの人々はそれを良しとせず。

 

 結果として人権擁護者の大半は他を道連れにして一緒に家族、親族、恋人、友人などのお腹の中に一部が収まって仲良くゾンビとなった。

 

 独裁国家はそれよりは多少マシであっただろうが、何分、欧州、ユーラシア、アフリカ、中東……繋がった大陸の国々は何処か一国が崩れれば、その国民の全てがゾンビと化すドミノゲームを前にして銃弾が持つはずも無く。

 

『この国に来る前の事を思い出すな……』

『何処のご出身ですか?』

 

『ああ、EUの小国でね。日本のハコブネ・プラン。こっちではノア・プランと言ったが、アレに救われたんだ。日系の企業で技術者をしていて……』

 

『そうですか。こちらは一般枠でした。あの地獄から何とか逃げ出したって言うのに……また、穴倉生活を体験する事になるとは……今度こそお終いか……』

 

『一般枠? そりゃ凄い。余程に優秀だったんですね……』

 

『ははは、ちょっと人とは違う研究をしてただけの冴えない男ですよ。万年学会で馬鹿にされてたのに日本で研究者をしていた恩師が……一般枠でも可能性があるって捻じ込んでくれて』

 

『ほぉ? 政府に太いパイプがある方が恩師とは羨ましい』

 

『あはは、変人ですよ。言語学者で魔法使いを自称するマッドサイエンティストでした。ただ、米軍と共同研究を何かしていたとか』

 

 最終的に巨大なシェルターに入って生き残ろうとした富豪層や指導者層は15年の歳月を前にして基本的に長くて数年しか想定されていなかった穴倉生活中、狂気に当てられて自殺や自決、内部環境を維持出来ずに衰滅、更には食料の為に争ってシェルター運営に必要な人物達が殺し合った末に詰んで自滅というところすらあった。

 

『封鎖完了したと北の米側から連絡がありました!!』

 

『南と東はまだか!!』

『後01:00必要だとの事です』

『間に合うか……』

『後退中の南部封鎖部隊が襲われています!!』

『安定した東から1個中隊抽出する!!』

『ドローン管制塔から連絡です!!』

『どうした!!』

『こ、後方都市部にゾンビ出現多数!!』

『馬鹿な!? 完全に封じ込めたはずだ!!』

『現地の守備隊が応戦に当たっています!!』

 

『仕方ないッ、西から2個中隊を抽出し、直ちに救援へ当たる!!』

 

 自衛隊と警察、米軍によるゾンビ掃討作戦は次々に区画を区切って封鎖し、順調に推移、したかのように見えていた。

 

 しかし、彼らが気付いた時には溢れ返る程のゾンビ達が後方から次々に襲来し、何処も彼処も慌ただしく応戦する羽目になった。

 

 死傷者は首を斬るか、頭部を破壊するのが鉄則。

 

 しかし、その時間すら許されなかった者達は区画を封鎖と言いながらも不意打ちで部隊に損耗を出し、後退を余儀なくされたのである。

 

 自衛隊駐屯地が陥落後、すぐにこの15年で新設された米軍基地及び周辺の関連施設もシェルターを除いて陥落。

 

 封鎖が完了しそうな時に後方へとゾンビの群が現れた事で更に封鎖が広域化される事になった。

 

 制圧された地域を奪回しようにも周辺地域に拡散しようとするゾンビの封じ込めに何処の部隊も人員を裂かれた結果として十万体近いゾンビ達が蔓延る都市部と基地周辺にはもう迂闊に彼らも攻め込めなくなっていたのである。

 

 不用意な戦闘で包囲部隊の何処かが突破されれば、国内へのゾンビの蔓延は確定的であり、その結果は火を見るより明らかだったのである

 

『第三師団司令部がシェルターに籠って早2時間か』

 

『通信が途絶して生きていると思うか? 騎士の力が働いていたら、我々も覚悟を決めねばならんな』

 

『分からんよ。だから、待つしかない……』

 

『ゾンビがこの蒸し暑さで腐ってくれてたらと思わずにはいられんな』

 

『統合幕僚監部が移設された朝霞駐屯地からです!!』

『何?! 幕僚監部は何と言っている!!』

 

『増援を7人送る。制圧終了まで封鎖を継続せよとの事です』

 

『はぁぁ? 7人? 何だ? 何の符丁だ? 何処の部隊だ!!』

 

『……魔法使い派か……』

『まさか?! 村升事務次官は北米じゃないのか!!』

 

『数日前に壊滅した市ヶ谷の元同僚が、魔法使い派の同僚から聞いた話を教えてくれた。陰陽自衛隊の活動が開始されたらしい。大物が計画を動かしていると』

 

『どうして黙ってた!?』

『……関東の件があったからだ』

 

『善導騎士団ッ、今、関東を救ってると噂のアレか?! あの技術が本当にMU人材由来のものなのかすら疑わしいんだぞ?! 一部では北米の都市国家が独自に戦線都市の技術を回収していたという話もあるッ!!』

 

『懐疑的なのは分かる。だが、現実に期待せざるを得ないだけの成果が既にある』

 

『……7人で十万単位の敵をどうにか出来ると? ただでさえ市街地戦だ……“あの女”が来たとて、駆除には数日以上掛かるだろう』

 

『まずはお手並み拝見と行こう。陰陽自衛隊……山のモノか海のモノか。この状況をどうにか出来ると言うならば、な』

 

 ゾンビとの市街地戦は避けるべし。

 

 損耗した傍から同僚がゾンビになっていく恐怖と現実の無常な暴力を前に兵士達は鴨撃ちの漁師のようにジッとゾンビ達を遠距離から狙撃で減らす事しか出来ていなかった。

 

 そんな手詰まり感が漂う最中。

 彼らは空に見るだろう。

 世界が陰り、空を飛ぶ何かを。

 

『航空、潜水艦?』

『何だアレは!? 砲兵隊に連絡を』

『待って下さい!! アレは!!』

『アレ……関東で話題になってた空飛ぶ鯨!?』

 

『善導騎士団所属の水空両用飛行潜水艦シエラ・ファウスト号、だと?』

 

『眉唾眉唾言ってたけど、マジかぁ!? マジなのかぁ!?』

 

『司令部に連絡!! 現在地は第3師団駐屯地上空!!』

『監視班から伝令!! 数人の降下部隊を確認!!』

 

『自滅する気か!? まだ、数千体は残ってるんだぞ?!!』

 

 シエラ・ファウスト号の到着と同時に彼らの中から数人が地表へと飛び降りた。

 

 ベル、カズマ、ルカの三名だ。

 

 基地の広い敷地と見通しの良い視界を全面的に生かせるカズマの力と護りに適したルカ、誰とでも上手く連携が取れるベルの組み合わせは陰陽自衛隊の初戦闘を補佐する観点からもコレしかないというものだろう。

 

 市街地戦闘は兵士の頃は本業であったクローディオ、その市街地に行った事のある安治、重症者を治療出来るヒューリ、市街地内の狭い路地裏でも戦えるハルティーナの4名。

 

 ヒット&アウェイで大量の敵を掃討可能なクローディオをハルティーナとヒューリが補佐し、その上で市街地のナビを安治が担当する組み合わせは安定した戦果が見込めた。

 

「夜になる前にゾンビを可能な限り掃討します。安治さんには総隊長として僕らの状況もお送りします。要望があれば、仰って下さい」

 

『未熟な隊員を押し付けて済まない。騎士ベルディクト。君には二人を指揮し、シェルターの確保と基地を制圧したゾンビ達を叩いて欲しい。可能なら基地の通信設備と装備を確保して貰いたいが、絶対条件ではない。まずは生存。そして、シェルター内の自衛官達を。どうか頼む』

 

 その言葉にカズマとルカが互いの顔を見合わせ頷く。

 

『教官。オレ達、まだまだかもしれないけどよ。それでもやるぜ』

『安治総隊長。ご命令下さい!!』

 

『そうだな。教官役がいつの間にか生き残ったからと隊長になった……ならば、オレも覚悟を決めるべきか―――カズマ、ルカ両名は必ず騎士ベルディクトと共に任務を完遂し、帰投せよ!!』

 

『『了解!!』』

 

 最もゾンビが多い市街地へと向かうシエラ・ファウスト号の甲板。

 

 見えずとも全員が敬礼していた。

 

 そして、基地へとダイブした彼らは丁度そのまま地面へとフワリと降り立つ。

 落下が動魔術による逆加速で相殺されたのだ。

 

 一瞬掛かった慣性もそのままに三人がゾンビの群れの中、6挺のサブマシンガンを構えて背中合わせにフルオートで引き金を引いた。

 

 最初の弾倉は全て動体誘導弾。

 

 それも射程が降下地点から基地の外までは届かないように飛距離を調整された代物だった。

 

 弾倉が空になるまでの十数秒。

 

 マズル・フラッシュに照らし出された彼らの顔は確かに駐屯地を監視していた自衛官達に目撃されていた。

 

 ロングマガジンが地面に落され、カラフルな新しい代物が装填される。

 

 次は視線誘導弾。

 

 魔術師技能が未熟なカズマとルカは一発ずつとなるが、それでも音に吊られて基地内部から走り出して来たゾンビ達が次々に頭部を撃ち抜かれて途中で撃ち倒されていく。

 

 ベルはそんな彼らの方面は見ず、可能な限り周辺情報を脚の下から展開した魔導方陣による解析で収集。

 

 すぐにシェルターと内部の自衛官達を確認し、誰もゾンビには成っていないし、傷も負っていない事を確認する。

 

「シェルターは無事です。ゾンビは足音だけで9000体以上。まだまだ来ます!! 撃ち続けて下さい!!」

 

「「了解!!」」

 

 基地の内部に銃声が響く。

 1秒に10発以上。

 

 彼らの視線の先にいる全てのゾンビが次々に一発の狂いもなく頭部を撃ち抜かれて死体の山があちこちに増えていく。

 

(こいつらだって人間だったんだ……オレは今、人だった相手を撃ってる……だけど、許してくれとも御免なさいとも言う資格は無いんだよな。これはオレが決めた道で、オレが選んだ仕事なんだッ!!)

 

 ゾンビ達の中に自衛官の衣服を来た者達が混じり始める。

 

 意外な事にルカが照準をブレさせたのとは対照的にカズマはブレなかった。

 

 走るゾンビ達が一定以上に増えたら、ベルがソレをカバーするようにフルオートで掃射。

 

 音に吊られるゾンビ達が集まる中。

 

 3人のロングマガジンは次々に消費され、10分、20分と撃ち続ける内に少年から直にマガジンを受け取るようになり、30分を超えた頃。

 

 彼らの周囲は正しくゾンビ達の死体で埋め尽くされていた。

 

 一言も無駄口を利かず。

 

 ただ撃ち続けたカズマとルカが音に吊られて出て来るゾンビが消えた事を確認し、ベルに視線を向ける。

 

 その瞳は確かにもう子ども扱いされるものでは無くなっていた。

 

「お疲れ様でした。マガジンを補給後、建物内に残っている敵を掃討します。屋内戦闘になります。今までの自衛隊での訓練を思い出して冷静に。敵の位置は予め分かってます。通常弾で確実に殲滅して下さい」

 

「「はい!!」」

 

「行きます。まずは残存するゾンビを、その後にシェルターを。こっちです!!」

 

 少年に引き連れられて、二人が施設内に突入していく。

 だが、呆気なく彼らの前でゾンビ達は沈黙していく。

 

 更に20分の掃討後。

 

 三人が八木から聞いていた建物内の地下シェルター外壁のパネルに予め聞いていたコードを打ち込むとすぐに隔壁が解放。

 

 内部で銃を持って構えていた者達がコスプレ少年少女を前に目を丸くした。

 

「こちらをどうぞ」

 

 八木から預かったテープレコーダーを渡して一分弱。

 

 現状を理解していくシェルター内の自衛官達に少年は謹製の極めて軽い自衛隊の正式採用しているサブマシンガンであるM9。

 

 カラフルな73gの9mm弾を使うソレを通常弾と共に手渡していく。

 

 次々に体積を無視して外套の中から現れる重火器に彼らの顔色は極めてオカシな色合いに染まっていたが、それも気にせず。

 

 少年は善意マシマシな武装を渡してから、敬礼した後。

 そのままカズマとルカを連れて去ろうとした。

 

「君達はッ!! 君達は一体!?」

 

 その声の主は定かではない。

 

 だが、シェルターの中に響いた声は全ての自衛官の声を代弁していただろう。

 

「陰陽自衛隊所属。対魔騎師隊」

「退魔、騎士隊?」

「あ、それ、きっと漢字間違ってるっすよ」

「カズマ」

「おっと、口が滑った」

 

 ルカに窘められ、カズマが笑みを浮かべてから頭を下げ、三人がそのまま駆け足で……カズマのみがホバー移動でその場から去っていく。

 

「アレが陰陽自衛隊……」

 

 自衛官達が外に出る合間にも銃声が響き、3人が次々にクリアした建物の隙間を抜けて市街地方面へと鍵付きらしい車両に乗って消えていく。

 

 それを見た自衛官達は大量のゾンビの死骸にただ茫然としながら、一つだけは確かだと報告書に書く内容を決めていた。

 

 ―――緊急事態であり、未成年で免許を持っていなかったとしても、彼らが陸自の備品である車両を現地調達して運転した事は当時の判断において極めて合理的な行動であり、何ら咎めるものでは無いものと信じる、と。

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