異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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第97話「真実へと続く道」

 

『Zを発見!! 繰り返すZを発見!!』

『何だ?! この数は!?』

『掃討開始!! 掃討開始!!』

 

『どうして、関東のど真ん中に普通のゾンビがいるんだ!?』

 

 陸自と警察がゾンビのローラー作戦を敢行して十時間程で発覚した大量の関東圏全域でのゾンビ隠し事件は直ちに日本国政府に報告され、対ゾンビ事件用に特捜部が設置された。

 

 嘗て、ゾンビが現れ始めた頃。

 

 敵国などにゾンビを送り付けて生体兵器にしようとした輩が多数いたのだ。

 

『まさか、()()なのか!? あの頃の事で懲りなかったってのか人間は!!?』

 

『クソ!? ゾンビ・テロは極刑だぞ!? 分かってんのか!? こいつらを持ち込んだ奴ら!?』

 

 その多数はユーラシア大陸、アフリカ大陸で破滅させた敵国と運命を共にしたが、それにしても極刑に値する犯罪としてゾンビの生産と持ち込みは死刑というのが生き残った国々の法律にはしっかりと書き込まれた。

 

『米軍に要請掛けるか!? 上に掛け合ってみた方がいいんじゃないか!?』

 

『いや、騎士団から支給された装備で行けてる!! CPも恐らく却下だろ』

 

『大丈夫なのか!? こんな数、制圧した事ねぇぞ!?』

 

 アフリカ、ユーラシア、北米、南米。

 

 失陥した大陸から押し寄せて来る難民は各地の国家で厳選が重ねられた為、年齢や気性や精神性、技術や知識や実績で問題ないと思われる者達のみを受け入れた経緯がある。

 

 日本国内においては多数の国家から亡命政権に極僅かな領土を与えて、山間部を開発して居住させる事になったが、伝統的な同盟国という地位に指定された米国からの3000万人という受け入れに反比例し、その大義名分によって各国からの受け入れは極めて限定的なものになった。

 

『こいつら、古いタイプじゃない!? 子供もいやがる!?』

 

『日本で売られた数年前の服を着込んだ大陸のゾンビなんかいるわけねぇよなぁッッ!!』

 

『クソが!? この間の死体が消えた事件の被害者か!?』

 

『成仏しろよ!! 恨むなよ!? クソォオオオオオオオ!!!』

 

『こんな事をした奴を絶対に許さねぇ!!』

 

 G7各国それぞれで10万人ずつ。

 

 日本と直接の戦争をした事がない友好国からは2万人。

 

 領土問題を抱えていない遠方の中小国家からは1万人。

 

 その上で年齢制限は6歳以下が必ず半数。

 

 政治家以外の技術者と科学者と独自文化の継承者が残りの半数。

 

 ただし、国内に抱える不法移民、滞在して自国に戻りたがらない、自国が受け入れを拒否した人間の数だけ、その受け入れ人数は亡命政権下への難民収容定数を削る仕様とした。

 

 この事から、日本国内の不法移民の強制送還法の整備と同時に全ての国家が不法入国者の強制送還を受け入れた為、彼らは日本から一掃。

 

 通常の帰化制度が日本においても各国と同様に停止され。

 

 帰化者も受け入れ人数にカウントされた為、特定の国家からの受け入れは0人という事もあった。

 

 この事から大量の摩擦を周辺国と抱えたりもしたが、ユーラシア大陸の失陥寸前には日本国内に逃げ込もうと悲鳴を上げた国々が殆どであり、彼らは海自によって大半が領海内から引き返すように言われて全滅するか、強制的に突破しようとして哨戒ラインで日本国政府の依頼を受けた米海軍に全て不審船として撃沈。

 

『一体、誰がこんな事をッ!?』

 

『オレたちゃ子供を撃つ為にいるんじゃねぇんだよ!!』

 

『クソォ!? クソォ!?』

『背後に回られた!! C班!!』

『了解!! ただちに排除する!!』

 

 国連が深刻な懸念を示しはしたが、各国の現状で受け入れ拒否は妥当である事は何処の国家も分かっていた為、事実上は黙認された。

 

 日本国内の法規整備が急ピッチで進んだ最初期の数年で亡命政権の執政下地域にない日本領土内で新規帰化制度で入ってきた帰化者及び外国人に対しては【在留特別許可取り消しに関する特別実刑執行諸法】俗称【在特刑法】が適応された。

 

 これは特定の重大犯罪を犯した帰化者及び特別在留許可によって新規に受け入れた亡命政権下の外国人の犯罪者に対して検察の求刑が一律の無期懲役刑もしくは死刑となる事を意味し、彼らはこれを大人しく受け入れるか、もしくは放逐刑……ユーラシア大陸のゾンビに飲まれた場所へ輸送、投棄するという事実上の新たな死刑方法に同意するかとなった。

 

『ようやく生活が安定してきたって言うのに!!? まだ、オレ達は―――』

 

『ゾンビの恐怖からは逃れられないでしょう。我々の生きている世界がもう漫画なのですよ!!』

 

『可哀そうに……ちゃんと、天国で親御さんに会えよ……』

 

 この法案の可決後、非難の中核となっていた通常帰化者及び新規帰化者、野党層の多くが沈黙したのは重大犯罪の項目に外国人及び帰化者の日本国内での()()()()()()()()()()()()()()()()が入っていた事に起因する。

 

 亡命政権の日本国内での勢力拡大は日本国内の勢力と共同では事実上不可能になったのである。

 

 また、亡命政権も亡命時の日本との綿密な契約に基き、日本国内の法規に違反する法令は全て無効とする旨を制約させられていた為、宗教系や独裁系の法律は事実上消滅。

 

 大抵の亡命政権は日本の国内法による制限の下、アメリカ及びG7の亡命政権などの指導を受けながら議会制民主主義とそれを下敷きにした新法を敷く事となった。

 

『一階制圧完了!!』

『地下制圧完了!!』

『二階制圧完了!!』

 

『周辺の哨戒に警察が来てくれている。鑑識が来るぞ。A班は護衛に付け』

 

 実際に適応された案件が数年で数百件、更に過去の帰化者に対してや帰化者の2世3世などにも日本国内での犯罪者化を防止する為にこの法規を適応する事が議論されている。

 

 人権擁護派は大きな声を上げているが、帰化者や亡命政権の執政下にある地域から出てきて犯罪を行った外国人が実名報道を義務付けられるようになると徐々に勢力は退行。

 

 日本国内は帰化者、外国人擁護の人権派と厳罰支持の現実派に分かれて大論争となったのも数年前の話であり、今は国外からの()()()()が法律を守るなら問題ないという世論に傾いてた。

 

『××署の鑑識が到着しました』

『分かった。引き続き任務に当たってくれ』

『善導騎士団と陰陽自の方も到着しました!!』

『案内してやってくれ』

 

 国民がこの厳し過ぎる人権無視の悪法と貶されて久しい法に納得しているのには理由がある。

 

 大抵の場合、重大犯罪と位置付けられても人命が関わらず、()()でないならば、通常の法規で裁かれるという事実があるのだ。

 

 仏の顔も三度まで法、と揶揄されたソレは今や日本人と亡命政権下の外国人、犯罪を犯しそうにもない帰化者達にとっては逆に治安維持の為の必須法規として受け入れられている。

 

 実際運用されている事が報道されてから、それらの犯罪の発生率が劇的に下がった事は政府広報によって今もしっかりと月毎に発表されていた。

 

 ―――善導騎士団東京本部。

 

「以上が前日に提出された参考映像資料だ」

 

 今会議室となっているのは本部地下の最奥。

 ベルの私室。

 正確には研究室であった。

 

 対魔騎師隊の面々とフィクシー以下いつもの面々が揃ってソファーや新規に出されたパイプ椅子などに座って顔を合わせ、テーブルの上に浮かんだ虚空の映像に見入っている。

 

「それでさっそくで悪いが八木一佐殿。見当は付いているのかお聞かせ願えないだろうか?」

 

 フィクシーの言葉に今は運航を停止しているシエラ・ファウストから久方ぶりに下りてきた八木が持参していたブリーフケースから資料を数枚取り出した。

 

「我が国と亡命政権の関係と法規に関しては先程話した通りだ。実際、身内が海自や米海軍に殺されたと恨む者もいるし、放逐された者の家族が憲法違反と訴えた事もある。事実として政府関係者や米海軍、海自を狙ってのテロ未遂や無差別殺傷を企図した事件も何件か起こった。情状酌量の余地はあるとして無期懲役だったが」

 

「今回はつまり亡命政権下の人々の仕業であると?」

 

「今現在、幾つかの亡命政権が()()()()()に発生した日本人や日本側に立つ帰化者、外国人を狙う犯罪組織を確認している。その殆どは亡命政権下の実働部隊が検挙摘発して数年から10年単位の懲役。危険思想が見える場合は無期懲役で精神的な改善を行うようカウンセリングもしている」

 

「だが、今回の一件は確実に組織的なものだ。そちらから最初期に提供された資料を見る限り、全ての建物が登記上は何処かの亡命政権下の企業となっている」

 

「数時間前に警察が事情聴取に向かったが、奇妙な事があったそうだ」

 

「奇妙?」

 

 フィクシーが首を傾げる。

 

「登記を行ったはずの人物の事を誰も覚えていない、そうだ」

 

「……魔術師か」

 

「恐らく。MU人材による精神系の術か能力によって企業は利用されていただけ、と見るべき状況で……こちらとしては考えたくない話になっている」

 

「考えたくない?」

 

「MU人材が反日本を標榜するテロ思想に染まっている可能性がある」

 

「……関東圏の封鎖を突破して誰にも気付かれない実力を持ち、広域でゾンビを拡散出来る組織力と行動力……か。相手が見えないと厄介だな」

 

 フィクシーが先日の通常ゾンビの発生なども勘案して瞳を細める。

 

「ただ、痕跡は色々と警察の方で辿っているらしい。聞き込み、監視カメラの確認、住民や企業の職員の些細な言動、特に車両の洗い出しで同じナンバーを付けた同型車が何台か絞り込まれているそうだ。相手はまだ見えないが数週間以内には組織のある地域や拠点の在処くらいは分かるのではないかと説明された」

 

「ならば、そちらは任せておく事にしよう。我々騎士団は捜査のような事には疎いからな。魔術師関連の捜査になった場合には何人か、こちらから人員を派遣するか。陰陽自の方からはどうだろうか?」

 

 神谷が頷く。

 

「陸将。おっと、陰陽将に掛け合ってみます。恐らく、すぐに部隊が派遣されるでしょう」

 

「陰陽自に所属するMU人材の団体とやらにも心当たりが無いか訊ねるべきだな。安治総隊長、可能でしょうか?」

 

「ああ、こちらでもそうしようと思っていたところです。一両日中には」

 

 安治がフィクシーに頷いた。

 

 大人達の話を横に隊員の中核であるルカと片世はベルの横の寝台でヒューリに手を握られたまま眠っているカズマを見つめていた。

 

「この寝顔があの爆発を起こしたかと思うとちょっとウズウズするわね♪」

 

「片世准尉……」

 

 呆れた瞳でルカが戦闘狂(バーサーカー)にため息を吐く。

 

「あはは、ウソウソ。でも、ルカ君も凄いと思うでしょ? アレ、後で計測した数値確認したら核並みの出力だったそうよ。いやぁ、私も核みたいな事は出来ないし、ちゃんと育ってるじゃない。ホント、将来有望ね~カズマは……」

 

「核並みの出力でも倒せなくなってる彼は……確実に強敵でしょう。ヴァルター・ゲーリングの事は前から知っていました。本気を出せば、それなりのはずなのにどうして最下位に近い順位に甘んじてるのだろうと」

 

 瞳を閉じて治療に専念するヒューリは無言。

 その合間にもガチャッと扉が開かれた。

 

「ベル。エヴァン先生連れて来たよ」

「ベルディクトさん。お連れしました」

 

 悠音と明日輝。

 

 両側から手を引かれて微妙な顔でやってきたエヴァが今はクッションに背を凭れさせて起き上がっているベルを見てツカツカと歩いてくる。

 

「調子を見てくれと煩く言われたが、必要無いだろう?」

 

「ええ……一応、単純に気が抜けた状態だと思うので」

 

 ベルが昨日から寝台の上で力が抜けた様子で臥せっているのは誰もが知っていたが、実際に検査してみても本人が何度自身で解析してみても、問題は見つからなかった。

 

「でも、ベル。まだ、立てないし……」

「よ、良くなったかどうかだけでも……」

 

 心配性な姉妹にヒューリが薄っすらと笑み。

 

 エヴァは溜息を吐いて軽く少年を検診してから二人を見やる。

 

「大丈夫だ。私はこれでも忙しい!! 今日もまだ手術が7件あるんだぞ。失礼する!!」

 

「あ、少し待ってもらえませんか?」

 

 エヴァがさっそく扉の前で待っている元教え子。

 

 顔面も治った市長時代に養育していた研究職系の子供達を見やって戻ろうとした時、ヒューリから声が掛かって立ち止まる。

 

「腕一本犠牲にして核弾頭並みの出力を得たバカな患者がどうかしたか?」

 

「その、ちょっとコレを……」

 

 相変わらず口が悪いとは思いつつも、ヒューリがエヴァを呼んで数時間前に施術が完了した腕の接合部を見せた。

 

「ふむ? 爛れているわけじゃないが……これは何だ?」

 

 エヴァが微妙に瞳を細めて、その接合部を見つめる。

 

 顎に手を当てて考え込んだ彼の視線の先では接合部がまるで葉脈か何かのような盛り上がり方で歪んでおり、木の根にも見えるような太い血管の如き肉の根が張っていた。

 

「まるで腕側を胴体部から侵食しているようにも見えるな。安治総隊長。何か心当たりはあるか?」

 

 エヴァの言葉に安治がすぐ傍までやってきて、症状を見る。

 

「……関係あるかどうかは分からないが、当人の家系は陰陽師の技能を使うもので、葉紙術。植物を育てたり変異させたり、紙で式神……使い魔のようなものを作る術に長けていたそうです。この子の家族はあの魔力の散布時の異変で全員が家と共に巨大な樹木になった事が確認されている。この間、共に一度だけ帰郷した時に見てきたが、確かに樹木の中に人の顔があった」

 

 初めてカズマの今の家庭事情を聞いた全員があのいつも明るい少年は仲間の事だけではなく、そこまでのものを抱えていたのかと驚く。

 

「なる程? つまり、コイツの家系の能力。血統の力のようなものか?」

 

「フィー、ベルさん。何か知ってますか? こういう方面の情報は持ってなくて」

 

 ヒューリの言葉にフィクシーが傍まで来て、接合部を見やる。

 

「同じような能力は知っている。確かドライアードのような妖精と生物の中間のような生き物は頭部さえ無事なら叩き切られても回復すると聞いた事がある」

 

「妖精さんですか?」

 

「まぁ、植物と生物の中間のような生き物は大陸にも多い。人間の中にそういう能力を持つ者がいたとしても驚くには値しないが……最初の大怪我の時はこういう症状は見えていたのか?」

 

 エヴァも安治も首を横に振る。

 

「ちょっと、カズマさんの手を触らせて下さい。少し解析してみます」

 

 ベルが姉妹の介助を受けて立ち上がり、そっと手の甲に魔導方陣を展開して、相手の腕に触れ、調べ始めた。

 

「………カズマさんの接合部の細胞が変質してます」

 

「どういう事、ベル君?」

「恐らく、コレは……樹木というより……」

 

「何か気になる事でもあるのだろうか? 騎士ベルディクト」

 

 ルカと安治が訪ねる。

 

「僕も医者の端くれなので大陸中央に行く前には医術師としても食べていけるよう色々と準備していたんですが、あちらでは多くの種族を見る為にかなり覚える事が多くて……その中の症例に同じようなのが確かあって……カズマさんて人間ですよね?」

 

「どういう事ですか? ベルさん」

 

 ヒューリが首を傾げる。

 

「カズマさんが今も身体を冷やしてるのは知ってると思いますが、カズマさんの細胞の核内に熱量を動力源とする術式みたいなのが見えます」

 

「何?」

 

 フィクシーがそれに反応して、少年の肩に手を触れさせて、目を閉じる。

 

「確かに見えるな……コレは熱量と物質の転換式か? 見た事の無い魔術言語に体系だが……」

 

「確か、カズマさんの家族は樹木になったんでしたよね?」

 

「あ、ああ……」

 

 安治が頷く。

 

「それは恐らく正確には樹木ではなくて質量を補填された細胞が石化して、そう見えるだけなんじゃないかと」

 

「石化?」

 

「恐らくですが、カズマさんのご先祖様が自分の血統を魔術的に改良した結果なんじゃないかと。細胞内にある式は僕らの世界で言うところのエネルギーを別のエネルギーに変える際に使う転換式というのに似た代物で、コレは魔術師ならみんながみんな使うものです。僕が魔力を物理的なエネルギーに転化する際にはこの転換式を使います」

 

「続けてくれ」

 

 ベルが安治の言葉にその先を語る。

 

「カズマさんの血統は恐らく、この式を組んだご先祖様が熱量を用いて物質を生み出すくらいの大魔術師だったんでしょう。基本的には植物の光合成みたいなものを思い浮かべて下さい。ただ、熱量そのものを物質にするようなのは通常の魔力から物質を生み出すよりも遥かに難しいです」

 

「つまり、ご先祖が使っていた力を得た、と?」

 

「得たというよりは元々在ったモノがようやく開花したというのがたぶん正解です」

 

「開花?」

 

「魔力や魔術に関する才能が無かったので今まで魔力が大量にある環境下でもご家族のように石化しなかったんです。石化は恐らく防衛反応の一種で熱量を吸収して身を護る物質を大量に生み出し補填した末の状態と考えれば」

 

「なる程……」

 

 安治が頷く。

 

「普通の魔術師としての才能のあるご家族は恐らく魔力が熱量に転化した後、それを細胞内の術式が更に転換して石化。カズマさんは生死の境を彷徨った後、2度目の命の掛かった戦いで細胞内の術式が開花……再生能力が義肢を侵食してる。という事なのではと」

 

「この子は大丈夫なのか? 樹木になったりは……」

 

「難しいところです。細胞内の式を制御出来なければ、熱量を喰われて石化。逆に熱量を吸収出来るなら、能力でカズマさんが事実上死ぬ事は無くなるでしょう」

 

「要はバランスが重要という事か」

 

 安治にベルが頷く。

 

「カズマさん個人の資質と血統の能力。これを制御出来たなら、無限に物質を生み出す事が出来るかもしれません」

 

「……無限の物質……」

 

「ただし、血統の力である転換式の完全な制御が必須です。生み出す物質の指定や様々な制御が利かなくなれば……癌細胞のように無限に増殖する物質の塊になるかもしれません」

 

 その場の全員がカズマを見つめていた。

 

「……ベル。その話、後で詳しく教えてくれ」

「カズマさん。起きてたんですね」

 

 ゆっくりと身体を起こした少年が横に姉妹に付き添われて立つ少年を見据える。

 

「ちょっと前にな。それにしてもご先祖様は一流だったんだな。まったく、才能が受け継がれて無いのが悲しいところだ」

 

 そう自嘲気味に苦笑するカズマだったが、すぐに少年へ視線を向ける。

 

「なぁ……あいつら、本気でオレ達と戦ってたと思うか?」

 

「はい。いいえ」

 

「はは、お前らしいな。オレもそう思う……何かオレ達に教えたいんだよ。それがハッキリ分かった……オレにトドメも刺さなかったしさ……今回のゾンビ発見もあいつらがそうさせたんじゃないかって気がするんだ……」

 

「はい。僕もそう思います。彼らはただの敵じゃありません。そして、何が真実だとしても、()()()だとしても、本心を聞くまで何も断定する必要はありません」

 

「ありがとよ……」

「いえ……」

 

「悪りぃ。何か肩のとこがスッゲェ寒い感じで眠いんだ……もうちょっと、このまま……」

 

 カズマの意識が今度こそ落ちた。

 

「カズマさんの体調はこちらで管理します。後で対応策を検討しましょう。それで、ですが……これから皆さんに絶対に戦ってはいけない相手に付いてお聞かせします」

 

 全員が少年を見つめた。

 何か話があるのだろうかと。

 それからの数分。

 

 少年は自分と出会った老蛙の事を全員に語って聞かせた。

 

「ええと、ベルが言いたい事はどんな事があっても、絶対戦うなって事?」

 

 悠音に少年が頷く。

 

「今の僕達には絶対勝てません。その上で言えば、あのクラスの高位魔族は主神クラスと良い勝負どころか競り勝つくらいの力があります。此処は彼らを押し留める力が存在せず、七教会も無い。フィー隊長も勝つ事は100%不可能です」

 

「そ、そんな化け物が……」

 

 ルカが思わず顔を引き締め、逆に片世は目をキラキラさせた。

 

「あ、片世さんも世界崩壊のスイッチとか押したくないなら、控えて下さい。というか、惑星を粉々に出来るクラス相手じゃどうにもなりませんよ?」

 

「え~~惜しいわ~~(*´ω`*)」

 

 安治と神谷、八木はもう何をどう報告すればいいのかという顔であった。

 

「蛙に滅ぼされる世界。マジで洒落にならねぇ……」

 

 神谷が思わず素になる。

 

「どう上層部に報告したものか。迷うな」

 

 八木が溜息を吐き。

 

「そのままを報告すればいいのでは? 我々にどうこう出来ない事を考えても仕方ないでしょう。神様を倒せる蛙が攻めて来て滅ぶというのなら、その時も我々は戦えばいいだけなのですから」

 

 安治はもはや元部下達の事があってからは肝が据わり切ったらしく。

 

 そんな風に八木へ言ってみせた。

 

「それにしても、一億周期級の高位魔族か……本来なら聖女クラスが必要な案件だな」

 

 フィクシーが面倒事になったと己の未熟さを思っているところで少年が少し自信なさそうに対抗策を口にする。

 

「辛うじて僕が死ぬ前提で戦えば、何とかなる、かもしれません。可能性が極めて低いですけど……」

 

「馬鹿者……そんなのは却下だ」

「そうですよ!! ダメです!! そんなの!!」

「そうよ!? ベルが死んだら勝ったって意味ないわ!!」

「そうですよ!! ベルディクトさん!!」

 

 フィクシーと三姉妹にそう言われて、少年が言ってみただけですからと笑って両手を前に出しつつ、顔をズイッと近づけて来る三人を押し返しながら頷く。

 

「取り敢えず、ヴァルターさん達の事ですが、一旦棚上げにしましょう。今回の事件の解析もまだ済んでいませんし、今後の展開次第でしょうから。まずは日本国内の不安要素であるゾンビ・テロの首謀者の摘発。それが終わるまでは……」

 

 チラリと少年に見られて、フィクシーが頷く。

 

「分かっている。ユーラシア大陸への遠征は延期だ。今回の事で装備もかなり強くなった。黙示録の四騎士達の馬には劣るだろうが、それでも戦えるだけの力は手に入れたと言える。しばらくは訓練と生産に取り掛かろう。幸いにして未然にテロも防げた」

 

「そうですね」

 

「こちらの一通りの顔合わせと協定の締結も済んでいる。対魔騎師隊との連携を軸に合同合宿をしようと安治総隊長と話していた事もあってな。今後は東京本部と富士樹海基地を交互に行き来しながら、選抜メンバーを鍛える事になるだろう。北米の方でもバージニア女史達が進めていた計画が次の段階に入ったと連絡があった。忙しくなるぞ」

 

「僕も頑張りま―――」

 

「それに当たってお前には週休二日制を言い渡す。ベル」

 

 少年が被せられた言葉に驚く。

 

「フィー隊長?」

 

「……前々から考えていた事だ。お前の双肩に全てを賭けてしまっては私と此処にいる大人達の立つ瀬がない。報告書を読むなら休みの夜でも出来るだろう?」

 

「で、でも、その……」

 

「北米のガウェイン副団長の秘書を半分連れて来る事が決まっている。決裁者としても有能な者達だ。幾らか仕事を任せてもいいようにな」

 

「あちらは大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫だから、連れて来るに決まっている。無理しなくていい時まで無理をさせては今後の団でそういう状況が蔓延りかねん。これはその予防策でもある」

 

「それは……」

 

「ただでさえ、お前の魔導はずっと使われっ放しなのだ。北米のロスもシスコもお前のおかげで最初期の予定分の工事は終わったらしいが、次から次へと都市や要塞へ新規技術で手を加えているだろう?」

 

「え、えっと、あちらでも何とかゾンビに対抗出来るようにですね」

 

「騎士ベルディクトを休ませてあげて欲しい、というのはあちらの者達の願いでもある」

 

「え?」

 

「皆が皆。お前によって楽をさせてもらっている事に感謝していたぞ。だからこそ、自分達だけでも何とか出来るようにしなければとも思っていた。工事関係者達やバージニア女史、そこの男の親友も定休日くらいは付けてやってくれと言っていたぞ」

 

 エヴァがその言葉に視線を逸らす。

 

「皆さんが……」

 

 少年が胸に手を当てて、少しだけ瞳を潤ませそうになった。

 

「休めば、閃きもやる気も湧いてくるだろう。それにお前の魔導が止まったとしても、戦えるようでなければ、我々の戦力増強は完成されたとは言えない」

 

「それは、そうかもしれません……」

 

「人の上に立つ事を覚えたなら、人並みに休む事も覚えろ。何がお前を高みに導くかは分からないのだから……それはお前が日常で見つけた何かかもしれないし、誰かと笑い合った時に閃く何かかもしれない。だからこそ……」

 

 全員の顔を見て、同時に頷きが返った事に少年は涙を瞳の端に貯めて頷く。

 

「お姉様!! ベルの部屋って殺風景だから、家に泊まってもらったら?」

 

「そうですね。お休みの日くらいはお仕事から離れてもいいはずですし、どうでしょうか? ベルディクトさん……」

 

 悠音の提案に明日輝が少年に訊ねる。

 

「そう、ですね。じゃあ、お休みの日はお二人のお屋敷にお世話になりま―――」

 

「勿論、フィーや私も一緒で構いませんよね? 無論、クローディオさんだって来ていいですよね? ベルさん?」

 

「あ、えと、その、ど、どうでしょう? お二人とも……」

 

「それは……はい。いつか、その……ヒューリア……()()()()にはそうして貰おうかと思ってたので……」

 

 コクンと明日輝が少し恥ずかしそうな感じに頷く。

 

「お布団足りるかな? あ、じゃあ、それも今度のお休みに買って来よう? ね、ベル!!」

 

「そうですね。そうしましょうか」

 

 姉妹達が次々に必要なものを上げては買い物リストが出来上がり。

 

 少年の周囲で次々にお休みの予定が立てられていく。

 

 その様子に大人達は自分達側であるつもりだろうフィクシーを見てから、全員で指差して、その会話の輪に加わるように無言で示した。

 

 それに申し訳なさそうになりながらも入っていく背中を見送って、こっちはこっちで仕事の話をしようと大人達は今後の予定を詰め始める。

 

 陰陽自衛隊富士樹海基地の時間はそうして過ぎていく。

 

 しかし、その場にいない者が一人。

 クローディオ・アンザラエルは幕僚監部。

 

 陰陽自衛隊のトップ達が集う場に出席する事となっていた。

 

「で、だ。騎士クローディオ……君は現状をどう考えているのかね?」

 

 陰陽幕僚長である結城の下。

 

 数名の人員が詰めている其処は外部から完全にシャットアウトされた基地の地下会議室の一つだった。

 

 防音、傍聴どころか。

 防爆、防魔力まで行う優れものである。

 

 椅子に座ったダークエルフは歳の頃が40代から60代までいる幕僚達を前にして軍て何処も変わらんなぁという感想を抱きつつ答えた。

 

「はは、現状ですか。オレは現場指揮官としてなら、それなりの部類ではありますが、戦略練るタイプじゃないですよ。ガウェイン副団長と協議したらどうです?」

 

「君の実力は申し分ない。片世准尉との戦闘も拝見させて貰った。そして、善導騎士団副団長は現在日本国政府との間で調整に掛かり切りだ。現状を知っている貴方だからこそ、我々はこうして話を聞こうという事になったわけだが」

 

「いやぁ、過分な評価痛み入ります。ですが、止めといた方がいいですよ?」

 

「ほう? 我々が貴方に何を話そうとしているのか。もう知っているような口ぶりだが……」

 

 幕僚の一人がそれも魔術の一種かと興味深げに訊ねる。

 

「ははは、こんな場所に軍のトップがガウェイン副団長とかフィクシー副団長代行も呼ばずに実働隊の隊長呼ぶなんて、幾つかの選択肢しかないでしょう」

 

『分かったような事を……』という顔をする者もいた。

 

 が、クローディオがどういうタイプの軍人であるかを理解した男達はお見通しかという表情を浮かべる。

 

「で? 日本政府はともかく。現場であるアンタらの判断は? 陸自に任せ切りにも出来んでしょう」

 

 男達の幾人かが煙草で間を補う。

 

「……4か月以内だ」

 

「核心となる情報を教えて頂きたい。何故、その時期なんです? こう言っちゃ何だか、ウチのベルが来てなくても同じ期日だったように思えるのは何ででしょうかねぇ?」

 

「……そこまで分かるのか」

 

 幕僚の一人が煙草を灰皿に揉み潰した。

 

「そりゃ、陰陽自の人員の準備が良過ぎるの見れば解ろうってもんでしょう。普通、新兵科や新設する軍の部隊なんて冷や飯ぐらいが普通だ。でも、此処に運び込まれてくる善導騎士団とは関係ない物資はこの基地を満たして余りある」

 

 今まで準備していたのだろう、と暗に言われて。

 男達も実際そうである為に肩を竦める。

 

「我々は陸自内でも独自にMU人材として活動してきた。言わば、自衛隊に参加した魔術師の一派だ。と、言っても顔も名前も知らないまま、個人個人の理由から入隊しただけに過ぎないがね」

 

「それを陰陽将のお爺ちゃんに拾われた、と」

 

「ははは、お爺ちゃんというつもりはないが、まぁ……年老いたのは否めないな」

 

 カラカラとその場に似付かわしくないような陽気さで結城が肩を竦める。

 

「我々が独自に活動を開始したのは15年前。ゾンビによる北米の発生時期」

 

「その後は戦線都市と各国の繋がりを洗っていた」

 

「日本国政府にも極秘でな。そもそも魔術など使う必要もない生活では我々は単なる互いの秘密を護り、共に協力し合える互助会程度の意味合いしかなかった」

 

 幕僚達の言葉に『釣れたな』という感想をクローディオが抱く。

 

「当時、MU人材が扱う物資や資材の流れを独自の情報網から監視していた我々は北米の米軍施設で魔術の研究が為されている事までは突き止めていた」

 

「結局、ゾンビが偶発的に生まれたのか。あるいは単純に意図して生み出されたのかは分からなかったが、黙示録の四騎士達の襲来後は米国への疑念は拭えなくなった」

 

「そして、米国が日本の北海道や東北で土地を大規模に租借、亡命政権を維持するに至った後、彼らの動向は常に監視してきた」

 

「日本政府にも黙って?」

 

 クローディオの言葉に全員が肩を竦める。

 

「君はいきなり知らない未知の技術を持っている人間が自分のウチの軍高官になっていると知ったら、どうするかね?」

 

「まぁ、左遷させるわな」

 

「そういう事だ。我々はこの緊急事態に対してある程度の制御が効く地位に収っていたかった。我々自身は日本を護る為に今も自衛隊に席を置いている」

 

「そして、晴れて陰陽自衛隊の椅子に収まったから、ようやく身動きが取れるようになった、と」

 

 クローディオに頷きが返る。

 

「そういう事だ。憲法の停止下においてならば、我々にも幾らかの融通が利く。日本国政府の力が無くなり過ぎても国を護れないが、日本国政府の縛りがきつ過ぎてもこの国を護れない」

 

「護るのに攻める必要は無い、と言わされるのが平和だった国の軍人には辛いところか。本当に平和なら何も言う事は無かったのだがな……」

 

「それが分からぬ人間が今の日本にすら多過ぎる。大局を見れば、恐らくこのままの現状維持は10年持たない。それは米軍も承知しているだろう。あちらの秘匿する未来予測技術は我々と比べてもかなりのものだ」

 

「日本政府は知らない風な言い草だな」

 

「知らないとも。何せ占いで10年後には滅びている、米軍は戦線都市由来の超技術の一部を秘匿している、危険な存在だ、と言われて……君は魔術を知らない人間が納得すると思うかね?」

 

「あははは、そりゃそうか。で? 西の大陸には何があるんだ?」

 

「……北米の監視時から、米軍がユーラシア中央付近の国々に大量の工作員を派遣していた事が知られている。ロシアの崩壊は一説に米国がパワーバランスの調整の一環として行ったとの話もある。事実として北米から米軍がユーラシア中央にゾンビを輸送していた事が分かっている」

 

「勿論、日本国政府は知らない?」

 

「当たり前だよ……政府へ無駄に米国への不信感を植え付けても我が国は護れなかった。この国を護るには米軍が必須だ。自衛隊の規模で護れていたのは純粋に彼ら在日米軍の後ろ盾があればこそなのだ」

 

「そもそも占いや魔術による遠見で得た情報なぞ、立証能力に欠ける。裁判で証拠にもならん程度の代物だ」

 

「だが、事実だろ?」

「法がそれを許さないのだよ」

 

 苦々しい顔をする者が多数。

 

 クローディオが雁字搦めな陰陽自の上層部の葛藤を前にこいつらも苦労してんだなぁ、という顔になってしまった。

 

「そのゾンビの輸送した場所に何かあるのか?」

 

 その言葉に全員が沈黙した。

 同時に今まで殆ど黙っていた結城が語り出す。

 

「……前々から魔術師達の業界には東南アジアの西、ユーラシアの中央、中東の東、その場所に何かあるのだ、という伝承があった」

 

「伝承?」

 

「東方の三賢者。古き遠方より来る神々。稀人、怪異達……世界の神話の源流を辿っていくと幾つかのものがユーラシア大陸の中央の()()()()()()()。という事が分かっていた」

 

「ほうほう?」

 

「この極東にも、その類の伝承などはある。そして、各地の魔術師の血筋は古ければ古い程に大陸中央から伝播したような痕跡がある。という、研究成果を出した米国研究者がいてね。彼は先日ようやく米軍から解放されて今は我々の支援で日本国内で暮らしている」

 

「……何かがある?」

「何かではない。力ある何か、だ」

「力ある……」

 

 クローディオがその眉唾というよりは胡散臭いを通り越し……現実なら嫌な部類の話に眉を顰めるしかなかった。

 

「米軍でも最高機密だそうだよ。博士と呼ばせてもらうが、()が言うには15年前にはもう発掘調査隊がユーラシアに入っていたらしい」

 

「発掘調査……遺跡か?」

 

「まぁ、魔術や神、そういうのの源流に近いものが見付かったのは確実と彼は言っていたよ。そして、その一部は戦線都市に運び込まれたとも……彼は前々から表の世界にいるというのに魔術というものに興味がある人材でね。話は信用出来るものだったし、我々もそれを事実と見ている」

 

「それで西に出征しようってのか?」

 

「ああ。これで我々の理由は分かって頂けたかな?」

 

「いや、分からねぇな? その場所に行けば、大きな力が手に入るって? 不確実だろ? そんな情報で軍なんぞ送るとしたらば、そいつは余程の馬鹿だろうよ。で? ホントのところは何を拾いに行く?」

 

 クローディオが鋭く核心を突く。

 

「君達が来なければ、我々は最終的に現状維持を選んでいたよ。君が察した通り、一部の部隊を陸自から離反させて送り込み……人類を永続させる為の成果を持ち帰らせる計画でもあった」

 

 朽木が結城が頷くのを確認してから、資料をクローディオの前に配布した。

 

「………何だと」

 

 資料を見た男は思わず素で低い声を出していた。

 

「刺激が強過ぎるかと思っていたのでね。君達の話では、黙示録の四騎士が使う鎧……()()と呼ばれているソレは君達の世界最大の軍事組織が保有していた鎧型兵器に似ているそうじゃないか」

 

「それがどうした?」

 

「米国はソレを何処からか持って来て研究していた、という事が君達からの話で明らかになった。丸っきり同じかどうかは知らんがね」

 

「あの資料か」

 

「そうだ。我々も元々怪しんではいたのだ。黙示録の四騎士と米国の関係を……奴らの使う兵器が米国内やユーラシアの何処かにまだあるんじゃないかと。だが、米国の動向を掴んではいても、その疑いには確証が無かったのだ」

 

「安易に調べようと部隊も派遣出来ない、と」

 

「いや、部隊は派遣したとも……ゾンビ相手にこっぴどくやられたがね」

 

「数年前の大陸への揚陸作戦か?」

 

「ああ、そういう事だ。もし、我々の予想が正しければ、我々も奴らに対抗出来る兵器を手に出来るかもしれない……そう見込んでいたのだ」

 

「だが、失敗した」

 

「残念ながら。だが、君達と接触した時、君達から報告を受けた時、我々は確証を得た。そして、また己が手に入れていた資料から、君達の事を君達よりもある程度は知っていた事を知った。君達のマークを見た時、驚いたよ。そういう事なのか、と……」

 

 クローディオが資料の中の現像された写真をカメラで撮ったと思われる一枚の画像資料に目を細める。

 

「君達は異世界からの旅人だが、また別の旅もしていた、という事なのだろう……」

 

 ダークエルフが瞳を細めて椅子に深く腰掛ける。

 

「君達が話してくれた状況と我々が前々から知っている話を総合し、近頃ようやく整合性の取れる話を思いついたのだが……蓋然性の高いものとして、こんなのはどうだろう?」

 

 彼の沈黙は重く

 

「君達は異世界からバラバラに()()()()()()()()()()()。現代、君達はゾンビを倒せる英雄として降臨し……過去、世界を変革する神や稀人として、この世界に君臨していた……実に浪漫のある話だと思わないかね? クローディオ・アンザラエル大隊長殿……」

 

 彼の瞳は、クローディオの他者を射抜く瞳は、ただ資料内の建物を見つめ続ける事しか出来なかった。

 

 そこにあるのは確かに騎士団のマークが入った正門。

 

「オレに何をさせたい?」

 

「何、簡単な事だ。君から騎士団に働き掛けて欲しいのだ。鎧を見付けた時、それの所有権を寄越せとは言わない。せめて、黙示録の四騎士と彼らの勢力を倒すまで貸与して頂けないかとね」

 

 にこやかに結城が手をテーブルの上で組んでダークエルフを見やる。

 

「………アンタみたいな顔の奴知ってるぜ」

「おお、ご同類かな?」

 

「オレが最後に戦場で殺し損ねた味方の大将がそんな顔でなぁ」

 

 思わず部下達が食って掛かろうとするも、結城が手で制した。

 

「興味深い話だ。是非、続きを聞きたい。大隊長」

 

「善人面で自分の正義をこれっぽっちも疑わねぇ。正論で幾らでも人が殺せたんだソイツ……まぁ、オレの元上司なんだが……」

 

「くく、あははははは!!! そうかそうか。そして、君はその幾らでも殺せた理由の一つだったわけだ?」

 

 本当におかしそうに結城が笑う。

 

「ああ、そうだよ。アンタも同じに見えるぜ? 結城陰陽将殿」

 

「ありがとう。戦場帰りの叩き上げに言われて、これ程に嬉しい言葉も無い。然りだとも大隊長殿。この身はもはや護国に捧げた。倫理が消し飛んだ時代に国家を残そうとするなら、修羅にもなるさ」

 

 戦場で出会ったなら、一番相手にしたくない相手。

 

 それが今味方である事が何よりもクローディオに渋い顔をさせた。

 

「ああ、まったく、悲しい話だが私のような人間も今の時代には必要とされるのだよ。献身も犠牲も常識を超えて平然とやれる人間が……それを当人が一番国家にとって好ましくないと理解しているのにな」

 

 老人の顔は至極真面目で至極真っ当そうに見える。

 

 そして、事実として自分が国家にとっては害悪の類である事を認識し、困ったような表情もその吐露された感情も本物であろう。

 

「……はぁ」

 

 クローディオが微塵も揺らがない()()()()()を前にして溜息一つ。

 

 写真を再び凝視する。

 大陸にいた頃。

 

 毎日のように酒場から帰って来る時、見上げていた巨大な球体。

 

(まさか、こんなところで見る羽目になるとはなぁ……)

 

 写真の中では色褪せた球体(レリーフ)が門の上部に刻まれていた。

 

 崩れ掛けた()()()()()()()()()は薄暗い世界で廃墟のように砂へ埋没し、誰もいない破壊された扉を晒して静かに其処で佇んでいたのだった。


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