異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

119 / 231
第99話「休日の流儀」

 現代の戦争というのは不正規戦。

 

 要はゲリラだのテロだのとの戦闘と要塞や重要拠点の強襲による敵司令部、命令系統の破壊を要点とする。

 

 大別された戦闘形態は今後も大国間の核抜きの大戦争でも勃発しない限りはそのままのはず、であった。

 

 ―――『こちらチャーリー……お客さんは新宿方面に移動中』

 

 これが十五年前までの潮流であり、ゾンビによるパラダイムが起こって以降は超重物量戦と呼ばれる物資と弾薬を補給し続け、消耗し続ける大規模な広域戦線における消耗戦……そういった形態が主流となった。

 

 ―――『確認した。人力のみで警護ってシンドイのな』

 

 ゾンビの恐ろしいところは数であり、一体でも通常の市街地に入った時点で市街戦での人口を磨り潰すような戦いが展開され得る事にある。

 

 そのターゲット自体が通常火器でも対応出来る代わりに圧倒的な物量と戦わねばならないという点で以て、機甲戦力はガラクタと化した。

 

 ―――『……愚痴るな。陸自がお飾り呼ばわりされたのをもう忘れたのか? それに我々は少なくともまだ機械に頼っている方だろう』

 

 ゾンビ1体に対する攻撃力に地雷一発、脚を破壊するくらいでもいいのだ。

 

 ―――『そうかぁ? ドローンは使うな。直接監視に双眼鏡すら使うな。800m以上離れろってのの何処ら辺が機械の恩恵を受けていると?』

 

 航空機などを飛ばすよりは地雷を基地の周囲に満遍なく数十万個埋めた方が効率的なのである。

 

 ―――『……Nシステムは使えてるだろう。周囲の監視カメラもだ。要はお客さんが明らかに監視されていると意識しない程度の距離を保てという話だ』

 

 だが、そういった敵を一掃出来る戦略BC兵器は利かなかった。

 

 ―――『それでもあちらは分かってるんだろう? もういっその事―――』

 

 要は人類最強兵器の一角であるバイオケミカル兵器……ウィルス兵器や毒などの類がまったく意味を為さなかった。

 

 ―――『言うな。あちらからの要望だ』

 

 神経系そのものを破壊する事は出来たのだが、神経が破壊されて尚、筋肉が自力で動き……頭部を完全に物理的に破壊せねばゾンビの活動は止まらなかったのだ。

 

 ―――『ゾンビ侵入の初期対応訓練積んでたはずの陸自じゃ力不足でした、じゃ格好付かないからって……特殊作戦群をこういう事に使うかぁ?』

 

 この非常識なゾンビに対抗する術は銃弾で頭部を破壊するだけで良かったが、生憎とゾンビの駆逐が途上国で破綻して以降、各国の専門家チームは戦略核兵器による飽和攻撃による面制圧以外は無力と結論。

 

 ―――『少しでも政府からの風当たりを考えての事だろう。そもそも制服組も背広組も何処も彼処も猫も杓子も人不足だ。あの戦略的な政軍要衝の破壊で市ヶ谷は地上が壊滅、霞が関の役人も政治家も現地にいた数割が死亡したんだ。我々は護れなかったんだよ……何を言ったところで言い訳は苦しい』

 

 大陸の多くの国家が超規模密集形態と呼ばれるゾンビの絨毯突撃によって逆に戦力を呑まれ、駆逐されつつ仲間になっていった。

 

 ―――『でも、人外どころか魔族なんてオカルト想定してなかったんだからしょうがないだろ。黙示録の四騎士への対応はMU人材系の人事権を握ってた事務次官肝煎りの計画で本格始動前だったわけだし……』

 

 人類の敗北は正しく北米からゾンビを駆逐し掛けた米国が南米の総人口による超規模密集形態―――MZG(マス・ゾンビ・グラウンド)……ゾンビの動く大陸と称された半径50~100km四方の移動戦力によって壊滅した時に決したのである。

 

 ―――『今、政府は自衛隊の本格的な魔術戦力化を考えてるそうだぞ。MU人材を鼻で笑ってた連中が今や三顧の礼で迎える手筈とも聞く』

 

 以後、地上戦力は単なる水際対策と内部へのゾンビ進入時の制圧殲滅戦闘に特化して整備される事となり、これは従来の対テロ戦闘などを発展させた戦闘教義として生き残った諸島系国家に対Z戦術として普及。

 

 ―――『……はぁ、これでまた戦場にパラダイムが起きたわけだ。内向きの戦略想定は見直されるだろうしなぁ』

 

 祖国奪還を求める勢力以外では超重物量戦の戦闘教義の研究は左程行われていない……要は何とか人類の永続が確保出来るまでは現状維持に力を注ぐというのが彼らの言い分であり、殆どの国家はソレを是としたのである。

 

 ―――『外も内もだ。敵は黙示録の四騎士を筆頭とした常識の埒外の存在。奴らによる破壊活動に対しての市街戦とゾンビ・テロや大陸でのMZG打破の為の戦略戦術研究は魔術の登場で一気に進展したらしい』

 

 だが、そんな風向きも変わりつつある。

 

 ―――『そんな事を巻き起こした重要人物がアレかぁ……朽木さんや神谷1尉も陰陽自に行っちまったし、オレも行こうかなぁ。奇妙で愉快な陰陽自ってやつにさ』

 

 その台風の目。

 

 そう目されるのが一人の少年であるとは末端の自衛官達は前まで知る由も無かった。

 

 ―――『馬鹿。適正0って出てただろ。お前も……それにオレ達がそんな玉か? 漫画やアニメの世界に浸れる連中じゃなきゃ厳しいよ。実際……』

 

 だが、善導騎士団の本格的な始動と共に陰陽自の噂は流れて来ており、少年の名は現場にまで広まっていた。

 

「うぅ……どうしてこんなことにぃ……」

 

 少年は店から出て来てからガクリと肩を落とす。

 

 後ろから出て来る女性陣はホコホコしており、ちょっと頬が朱い。

 

 彼らの出てきた雑居ビルの数階に入っている店名にはラブ・ランジェリー・ショップ・リーベとあり、少年は洩れなく犠牲者として、身体の済みから隅までロスの女装マッチョ店員と同じような体格で同じような見た目のオネェにしっかり図られて、似合う《しっかりした下着》を揃えられてしまった。

 

 女性陣も本来なら立ち入り絶対アウトだろう悠音も明日輝も年齢誤魔化しまくりで大小様々な下着を太っ腹なフィクシーが経費で落としたので『買っちゃった♪』と少年にちょっと恥ずかしそうにしながらも自信満々で見せ付けてきた。

 

 もう少年の心はプラモ屋で養った英気0である。

 

「実に良い買い物をさせてもらった。日本は進んでいるな」

 

「そうですね。ふふ……」

 

 フィクシーがケロッと感心した様子となり、ヒューリが微笑む。

 

 だが、少女達の過激さが進んでいるの間違いじゃなかろうかと少年は思う。

 

 何と言うか……フィクシーもアレだったが、一番アレな下着を買ったのはヒューリだったのだ。

 

 まだ過激だけど許容範囲なものを選んだ悠音や明日輝とは明らかに違って隠す為の下着では無かったというか。

 

 内側を薄く隠してチラリズムを演出しながらも中を強調して見せるための下着があるとは思わなかった少年は……それをヒューリがちゃっかり着込んでいるのを想像しただけで気を失いそうになった。

 

(近頃、魔力的な上昇のせいでヒューリさんの趣味嗜好が過激化の一途を辿っているような……い、一応今度お話ししないとかなぁ……)

 

 一番控えめで一番可憐な下着を選んだのは女性陣で一番最前線に立つ事が増えたハルティーナである事は少年の心の底に仕舞っておく案件であろう。

 

 仲間達にもこっそりチラッと見せてくれたというか。

 

 少しだけ意見を聞かれたので答えたら、少年が恥ずかしくなるくらい嬉しそうにカウンターへ買いに行ったのである。

 

「フィクシー大隊長。ベル様。どうなされますか?」

 

 この間、()()()()()()()()もあってし、今日も微妙にハイテンションなヒューリから目を離せないまま。

 

 少年はハルティーナに先導されて駐車場へと向かう。

 

「そろそろお昼の時間ですけど」

 

 楽しい休日にも少年の苦労は尽きない。

 だが、それこそが楽しいという事なのかもしれず。

 

 気持ちを切り替えた少年は懐から取り出した懐中時計を見てフィクシーに視線をやる。

 

「そうだな。朝から移動に買い物にと忙しかった。食事にしよう……ふむ……ユーネリア、アステリア。お前達に聞こうか」

 

「「え?」」

 

「未だ我々はこの国に疎いのでな。何か食べたいものや有名な食事処があるなら、そちらでどうだろうと思うのだが……」

 二人がピタリと止まった。

 

『ハ、ハードル高いの来たわよ。お姉様!?』

 

『そ、そうですね!! お、お昇りさんである我々にそういうのはちょっとハードルが……』

 

 ヒソヒソする姉妹が少年に下着の入った紙袋を導線で懐に仕舞って自宅へ届けてもらってから、う~んと考え込む。

 

 上京そのものが初めてな上。

 

 姉妹達はティーン少女が憧れるようなものに微妙な疎さがあった。

 

 実家の特殊な事情などもあるし、今時は何処からでもネット通販でお買い物が普通に出来る時代であって、カワイイ下着どころかファッション・アイテムなんて殆ど外へ行く必要も無く手に入る。

 

 特に強いこだわりがあるわけでも無かった彼女達は最低限の化粧とすら言えないリップを塗ったり、お肌に紫外線対策するくらいが関の山。

 

 カワイイ服は当然欲しい方ではあった。

 が、格安のリーズナブルなブランドで十分。

 

 本日、目一杯オメカシ……という程ではないが、僅かにフレグランスを付けたりはしていても、彼女達の垢抜けなさ的なものは根っからであった。

 

 まぁ、明日輝の胸と悠音の溌剌とした色気は普通なら周囲の男が放っておかないレベルではあったが、視線除けの結界が張られていて、彼女達を最初から見ている者か話し掛けられた者でなければ、見付ける事も出来ない。

 

「どうしよう?」

「どうしましょうか?」

 

 結局、二人が考え込んでいる様子でダメそうなら提携関係にある大手メーカーの端末で検索しようとフィクシーはシレッと現代情報機器に適応している様子でフリック検索の手順を思い浮かべた。

 

「その……」

「?」

 

 フィクシーが横に視線を向けると少年が逸早く情報端末で検索したらしい結果を全員に提示する。

 

「皆さんでホテルのビュッフェはどうでしょうか?」

「ふむ? 宿泊施設のレストランか……」

「そ、それにしましょう!!」

 

 明日輝が渡りに船だと頷く。

 

「あ、スイーツとかタベホーダイだって、女の子の夢よね。ウンウン」

 

 悠音もそれっぽく船に乗った。

 

「では、そこまでの道を先導します」

 

 ハルティーナがベルから端末を受け取って、先頭に立つ。

 

「そうですね。食べ放題はいいかもしれません。近頃、結構お腹が空いて困ってますし」

 

「え? ヒューリアお姉ちゃんも?」

「え? ユーネリアもですか?」

 

「うん。なーんか、お腹空くの早くて毎日あの子達並みにご飯お代わりしてるの」

 

 あの子達がザックリと猫ズな時点で会話は微妙におかしな事になっているが、猫達が並みの人間の食事を3人前くらい食うのは彼らの中ではもはや一般常識並みに浸透した出来事(今朝から)である。

 

「じゃあ、食いしん坊なお二人の為にもそこにしましょう」

 

「ふむ。東京で一番高い宿泊施設か。まぁ、もしもの時はテーブルマナーくらい教えよう」

 

 フィクシーが経費で落ちるからいいかと日本国の経済活動に参加する決意を固める。

 

「では、行きましょう」

 

 駐車場で車両に乗り換えた全員がそのままの姿でホテルまで向かった。

 

 途中、都内のあちこちの姿が彼らの目に飛び込んでくる。

 

 ディミスリル粉末を吸い込まぬようマスク姿で出歩く人々。

 

 道端を染める金属粒子の砂はまるで東京砂漠の字面が現実になったかのようだろう。

 

 首都高や主要路線のあちこちで善導騎士団のマークを付けられたトラックが走っており、大量のディミスリルを回収してはあちこちから湾岸方面へと向かっていく。

 

 瓦礫、血の染み、金属粒粉、廃墟街。

 人通りは最盛期程ではない。

 

 にしてもかなり減っており、それでも人々は今日も糧を得る為に速足だ。

 

 交差点の先からパトランプの点滅が見えており、陸自のディミスリル改修された哨戒機が空を飛び、消防車や救急の音色もまだ途絶えていない。

 

 だが、それでも人は慣れる生き物で既に光景は日常へと溶け込んでいた。

 

「………」

 

 車両の外に見える世界の在り様は少年達がやってきたからこそのものだ。

 

 関東圏の市街地やあちこちがそうなってしまった。

 

 山奥の村落や山間の集落にも同じような事はあるようだが、それでも都市部よりは少ないという。

 

 道行く人々が自分の創ったM電池やMHペンダントを下げているところを見れば、少年もまた社会には貢献しているのだろうと思えはするが、一番良いのはソレが必要無くなる事なのだと分かっている。

 

「どうかしましたか?」

 

 ヒューリが助手席の少年の横顔に気付いて背後から訊ねる。

 

「いえ、僕達がもっと頑張らないと。そう思っちゃって……」

 

 少年が見ていたものを少女もまた見て理解する。

 

「……ふふ、ベルさんは真面目過ぎるんですよ。どんな人間だって完璧じゃありません。それに頑張ったから良い結果になるわけでもない。だから、いつでも自分に出来る事をしましょう。自分が心から疲れてしまわないように……」

 

「そう、ですね……」

 

「私はベルさんがいてくれたから、あの北米での旅を最後まで戦い切る事が出来ました。ベルさんが頑張ってくれて、皆がそれぞれに出来る事をして互いを補い合ったから、ああして私達は生き残れたんです……此処でもきっと同じですよ。この国の人にも頼りましょう。もっと沢山」

 

「あはは。本当にヒューリさんには敵いません。言う通りです……ちょっと気を張り詰め過ぎてたのかもしれません僕……」

 

 少年が頷く。

 

「ベルは今日お休みなんだから、休んでればいいのよ。ね? お姉様」

 

「そうですね。ベルディクトさんはお休みするべきです。ええ、私達だって毎日あの講義をミッチリ聞かされたら、耳に胼胝が出来ちゃいますよ」

 

 両手を耳に当ててヒラヒラと像みたいになったらどうしようと明日輝が笑い、悠音が確かにと同意した。

 

「ベルさんの講義は厳しいですか?」

「大陸標準言語も習ってるんですよ。実は」

 

「あ、そうそう。アレも難しいわ。魔術の術式を練るのは楽しくなって来たけど」

 

 ヒューリの言葉に明日輝と悠音がそう少年の授業を評価する。

 

「取り敢えず、まずは基礎をと思って……かなり重要な部分だけは全部一通り。アレが終わったら概論が終了した感じで、そこから更にお二人にとっての重要項目を1つずつ基礎からって感じです」

 

「アレでまだ内容ほんわかしてるんですね(汗)」

「お姉様。あたし、怖い|д゚)))」

 

 悠音がその話を聞いて、本当に一生分くらい真面目に勉強してたのにアレ以上に難しいのかとプルプルし始める。

 

「だ、大丈夫ですよ。悠音さんのカリキュラム内容は基本的に悠音さんの頭じゃ絶対に短期間じゃ覚えきれませんから、途中から魔術で知識は頭に直接入れる方式になりますし」

 

「え(;´Д`)?」

 

 思わず悠音がその絶妙に失礼な言葉に固まった。

 それに気付かず少年は安心させるような笑みを浮かべる。

 

「本当は全部教えたいんですけど、時間がとても足りません。そもそも空間制御系の魔術はかなり理論派で実践も出来る高位階梯者が大陸単位でも10万人を切るくらいですし、彼らのような秀才が15年くらいでようやく半人前、30年で一人前の世界です」

 

「サ、サンジュウネン―――」

 

「悠音さんを普通の実戦レベルにしようと思ったら、これから少なくとも50年くらい毎日毎日勉強して貰わないとなので」

 

「((((;゚Д゚))))」

 

 もう完全に怯え切った悠音は姉の後ろで涙目だった。

 

「なので魔導で知識そのものは頭の内部に全部詰め込みます。必要に応じて思い出す必要がありますけど、基本的には戦闘に応用するなら、それでOKです」

 

「良かったですね。ユーネリア」

 

 シレッと古き時代を常識として持ち合わせる元お姫様は普通なら100年と言われる事もある魔術体系の習得が半世紀なら妹も行幸という顔となる。

 

 そこに常の普通に乙女もオバサンになるくらいの年月である、というような一般常識的な応答は無かった。

 

「そもそも悠音さんには理論で詰める空間制御方式は合わないでしょうし。空間創生結界は根本的には知識と想像力の世界なので」

 

「つまり?」

 

 明日輝がヨシヨシと妹の頭を撫でる。

 

「ええと、悠音さんは今日のお夕食何かな~くらいの気持ちで術式を適当に編んで後は想像力や知識で補強すればいい感じです」

 

「案外簡単なんですか?」

 

「いえ、資質が無い人にとってはそれこそ1000年掛かっても不可能な事ですから……そもそも()()()()()よりも()()()()()()()……これは魔術の基礎の一つであり、概念論的なものは極めれば、理詰めと同等です」

 

「今のままでも大丈夫って事?」

 

 悠音の言葉に少年が頷く。

 

「そもそも魔術が大陸で滅び掛けてるのはその概念論より唯物論を極めた魔導の方が汎用性が高くて誰でも使えて、極めて継承も容易で……みたいな利便性の塊だからです。でも、逆に概念論的な魔術じゃなきゃダメな術師もいるんです」

 

「フィーやベルさんはそうですよね?」

 

「ええ、特に力のある術師や古い資質を持つ者は……悠音さんも理詰めよりも概念論的な方が力を発揮出来るタイプですから、最終的には()()()()()()()()()()()を創るのが目標で十分でしょう」

 

 その言葉に悠音が姉の後ろから出て来る。

 

「私の考えた一番良い世界……」

 

「旧く強力な力を持つ高位魔族などはソレを事象改変や世界改変、現実改変のような形で世界に反映させます。形はそれぞれですが、悠音さんが一先ず目指すのはそれよりも下……この世界に自分の箱庭。魔術師ならば、工房もしくは家を建てる事でしょう」

 

「家……」

 

「自分だけの領域。部屋でも構いませんし、小箱のようなものでもいい」

 

 そこまで聞いて悠音も自らの想像力を刺激されたのか少年に真面目な顔で向き合う。

 

「……この小さなビー玉でもいい?」

 

 朱い紐で結わえられた玉には未だに少年に言われた通り、魔力が込められ続けていた。

 

「ええ、最初に言った通りですよ」

 

 少年が悠音が静かに聞いてくるのに頷く。

 

「悠音?」

「ユーネリア?」

 

「お姉様。ヒューリアお姉ちゃん……あたし、今なら何だか出来そうな気がする……」

 

「なら、家に帰ったら静かな場所でやりましょう。ここ最近の課題も順調みたいですし」

 

 二人が頷き合うのを見て、ちょっとだけ羨ましくなったヒューリが苦笑しながら、姉妹達の頭を一人ずつ撫でた。

 

 悠音は元より明日輝もさすがに姉にそうされては照れた様子で……少年に和やかな表情(*´ω`*)で見られて恥ずかしそうに俯いた。

 

「ベル様。そろそろ付きます」

 

 フィクシーの黒翔と共に駐車場へと入った彼らはやはり人通りが少ない場所から玄関に入り、レストランへと向かう。

 

 店舗内で先払いで支払った後。

 

 彼らは店内のシステムを聞いてから、思い思いに4人掛けと2人掛けのテーブルに着いた。

 

 少年と対面に座る一人はフィクシーだ。

 

 会話しながら、食事する彼らはフィクシーに箸、フォーク、ナイフ、諸々の作法などをレクチャーされつつ、人口を養う為に缶詰食が主流になりつつある昨今、未だビュッフェ形式を取っている高級レストランの底力に舌鼓を打つのだった。

 

「う……大陸中央でも此処までの料理は中々……美味しいですか? ユーネリア、アステリア」

 

「「(>_<)(物凄く高速で首を縦に振る姉妹)」」

 

 食文化が生存の為に都市部でこそ衰退している現状。

 

 露地栽培の生野菜などは専業農家などなら政府にほぼ全量買い取りされている。

 

 食品ロスを極力削る為、生の野菜は全てアメリカ式の長期保存調理でビタミンを壊さずに滅菌処理、缶詰にされて主に東北や北海道に送られ、漁業者もまた魚の変化後は漁獲量は上がっているが、売上は落ちていた為、同様に買い上げられている。

 

「本当に美味しいです……あの森にいた時はもうこういう食事は摂れないものだと思っていました……(=_=)(思わず実感が籠った騎士少女)」

 

 アメリカと違って放牧に適さない地形が多い日本ではカロリーベースで見た場合の生産効率の悪い肉よりも炭水化物を優先する。

 

 結果として動物性の蛋白質、魚肉以外の肉という肉は安い外国産が消えた後はほぼ全てが缶詰とされて等しく分配された為、生肉というのは今では稀少そのものであった。

 

 日本各地で出回ってこそいるが、その量は多くなく。

 価格も5倍以上に跳ね上がっている。

 価格統制してすらそれなのだ。

 

 その系統の業種に就けば、左団扇だと今は農業や畜産などの1次産業が人気職だったりする。

 

「そう言えば、陰陽自では牛や豚を調理したものが出ていたな。ベル……アレは日本政府から仕入れていたのか?」

 

「あ、いえ、実はアレ僕が研究してるもので」

 

 明日輝なども何とかネットを駆使して仕入れてはいたが、それも限界であって、殆ど食卓に並ぶ肉と言えば、魚肉であった。

 

 見た目さえ気にしなければ、切り身でお安く牛肉や豚肉代わりの蛋白源として出回っている為である。

 

 無論、今は一匹丸々はほぼなく。

 不気味な頭部を切り離して一匹や半身での販売が主流だ。

 

「え? でも、畜産とかさすがにまだ手を付けてないですよね? ベルさん」

 

 食糧事情に現場の声を聴いて詳しくなって来ているヒューリが首を傾げる。

 

「はい。そもそも研究室で創ってるものですから」

 

「え?」

「ん?」

「「???」」

 

「そう言えば、前に肉を研究室から運んだ事がありました」

 

 ハルティーナが思い出した様子で肉すら創る自分の護衛対象の凄さにちょっと尊敬した瞳になる。

 

「ええと、食肉用の生肉が足りてないという事は来た当初から分かってたんですが、軍の食糧事情的に肉を扱わないというのも不満が出そうな話だったので魔導でちょっとズルしました」

 

「ズル?」

 

 首を傾げるフィクシーに少年が食器を置いて、自分の端末を取り出して情報を呼び出してソッとテーブルの上に見せる。

 

「……この培養器……あのエヴァの……」

 

「はい。前々から色々と確認したり、研究資料読んだりはしてたんです。エヴァさんにも色々と聞いて参考にして……シスコの【無貌の学び舎】やこちらに来ている子達、それから提携企業の各研究者の方にもお話を聞いて……」

 

 その端末内の映像には……シスコでゾンビの培養をしていた円筒形カプセルが映っていた。

 

「そ、その……結局、どうやって創ってるんです?」

 

 イヤな予感がしたヒューリが訊ねたくないなぁと思いつつも訊ねる。

 

 少年が魔導で少女達のテーブルの上に端末の画像を映し出す。

 

「「「「!!?」」」」

 

 大きな半透明の培養器が数基存在し、その内の半分には人の腕や脚らしきものが浮かび、もう半分には牛の胴体部分の部位が複数個入っていた。

 

「こ、この脚や腕ってもしかして?」

 

「ええ、カズマさんやルカさん、フィー隊長が使ってる義肢です」

 

 陰陽自の食堂で肉を食った事のあるフィクシー以外の全員が背中に汗を掻いた。

 

「ええと、この義肢の中身は前にヒューリさんにも説明した“終わりの土”なんですが、遺伝情報が組み込まれてないままに培養したものは魔力を与えれば、生理食塩水だけで培養出来て大量に増やせるので……人間の腕に加工すれば、人間に移植出来る遺伝変化型の義肢へ。培養中に動物の遺伝子を入れれば、そちらの遺伝子を持った血肉になるんです」

 

 特に近頃、お腹が空いて昼は必ず2、3人前の肉入り定食を頼んでいたヒューリと悠音の顔色は微妙に青い。

 

「ただ、そのまま培養すると脳髄まで出来ちゃうのでどうしたものかなと思ってたら、特定のタンパク質を与えれば、特定の部位が細胞から形成されるとの事だったので。この国の技術も用いて、遺伝情報入力後の変化した動物の特定部位の培養に成功しました」

 

「そ、それって凄い事、ですよね?」

 

「ええ、一応はこの国の技術も入ってますし。義肢は首から上の脊椎と脳髄以外は移植可能なパーツとして部位毎に複数培養して、もしもの時に備えようかと。既にカズマさんとルカさんには了承を取ってあって、パーツ単位での培養が進んでます。特にカズマさんは腕のスペアを大量に……」

 

「だから、ズル、か……正道とは確かに言えんが仕方あるまい。この技術そもそも今あの男と子供達が毎日移植している義肢の生産効率を上げる為のものだろう?」

 

「え?」

 

 思わずヒューリが目を丸くし……しかし、すぐに理解する。

 

 いつも自分達が医療現場で取り扱っていたZ義肢が何処で量産されていたのかを。

 

「はい。関東圏で命は取り留めたものの。未だに両手両足どころか内蔵を失って寝台に臥せっている方は大量にいますから」

 

 ベルがフィクシーに頷いて語る言葉にヒューリが医療現場で問題になっていた事を思い出す。

 

「それってMHペンダントで辛うじて持ってる人達の事ですか?」

 

「はい。なので高速で義肢や内臓、脊椎などのパーツを一括で培養出来ないと足りない状況らしくて……シスコ側も義肢の精度や生産性を上げてはいますが、それでも需要に供給が追い付いてないのが現状なんです」

 

「そ、そういう事だったんですか。命を救う為の技術がお肉を創る技術に応用出来たって事なんですね……」

 

「しばらくしたら、100万tくらい牛豚の各部位を生産して日本及び世界各地のご家庭にばら撒く予定です。小分け冷凍で日常の備蓄。更に塩漬け真空パック、乾燥、缶詰化して災害用の超長期保存用備蓄という具合で」

 

「……何か味も分からなくなりそうな壮大なお話を聞かされた気がします」

 

 ヒューリが思わぬところで少年がまた偉業というか。

 

 極めて重大な事を知らぬ間にやっていた事に驚きつつも、その道行が明るいものになる事を祈らずにはいられなかった。

 

 まぁ、それでもやっぱり、培養器の中に入った豚バラのブロック肉とかには顔が引き攣ってしまったが。

 

「食事を終えたら、今度は―――」

 

 フィクシーがそう提案しようとした時だった。

 絹を裂くような悲鳴が周囲に響く。

 

「ベル!!」

「はい!!」

 

 阿吽の呼吸。

 

 少年はそれだけで周囲にあるゴーレムを通常起動し、周辺を魔導で解析する。

 

 ホテル一つ分くらいならば、いつも非活性化状態で不可視化したまま引き連れているゴーレム群の一部を用いれば、あっという間であった。

 

「玄関ロビー……ゾンビです!! 通常型が3体!!」

 

 それを聞いて、フィクシーがハルティーナに目をやって、二人が駆け出していく。

 

 残ったヒューリが少年と共に頷き合う。

 

「店の方に周辺の騒ぎが収まるまで此処にお客さんを匿うようにと。僕は外で何が起ったのか解析して来ます。悠音さんと明日輝さんは一緒にこの場所をヒューリさんと護って下さい」

 

 頷いた三人を後ろに少年が虚空から外套を椅子から取って着込む。

 

 すると、今まで詰めていたというより、ポケット内に入れ込んでいた部分が展開され、いつもの外套に戻った。

 

 それを見た他の客が驚く中。

 

 店の外に出た少年は魔導による解析を継続して周囲3㎞圏内を解析しながら、ゾンビの発生が無いかを視覚情報に投影される地図で監視しながら、先行した二人が既存に片付けたゾンビが倒れるロビーに到達する。

 

「お二人とも怪しい人物は?」

 

「いや、この三体のゾンビだけだ。今、支配人をボーイに呼ばせている」

 

 フィクシーが言った傍から走ってきたボーイと支配人らしきスーツの男がやってくる。

 

「ゾ、ゾンビ!? この場所にゾンビが!?」

 

 二人に外套を手渡した少年が慌てて狼狽していた支配人を前にして見上げる。

 

「善導騎士団の者です。ゾンビの発生時、此処のレストランを使用させて貰っており、即時対処させて頂きました」

 

「ぜ、善導騎士団?!!」

 

「さっそくで悪いのですが、ゾンビが発生する心当たりはありますか? 今現在、警察に通報しており、周辺地域3㎞圏内は封鎖されます。その前に一応は訊ねておくべきかと思うので」

 

「あ、ありません!!」

 

 60代の男が少年を前にして直に答えたのは確かに年若い少年少女達の気迫が常人のものではないと理解したからだ。

 

「善導騎士団はゾンビ災害に対する現場での捜査権限を有しています。お力添えを……このビルをただちに封鎖して下さい。それとホテルにチェックインしている人間のリストとゾンビになった者が関連している人間にいないか照会もお願いします。写真はコレを使って下さい」

 

 撮ってすぐに現像出来るカメラという便利グッズもある日本。

 

 陰陽自の基地からお取り寄せしたソレで3体の頭部の無いゾンビの遺体。

 

 衣服を撮った少年がその数枚の写真をボーイと支配人に手渡す。

 

「お願いします。ゾンビの再発生を確認した場合の対処の為、ホテルの全人員を一番大きなホールへ。ゾンビ化しても即時隔離遮断する事も可能ですので避難誘導をお願いします」

 

「わ、分かりました!!」

 

 少年がテキパキと初動対応を行う様子をフィクシーは本当に逞しくなったなと思いつつも、周囲に怪しい人物がいないかと気を張り巡らせて、観察する。

 

 ゾンビの発生時、すぐに客達は逃げてしまった為、周囲に人影は無かったが、混乱時に落とされたバックなどが周囲にはちらほらと有った。

 

「支配人。現場の監視カメラの映像を確認させて欲しい」

 

「は、はい。ただいま!! 君!! ボーイ仲間を集める前にこの方達を警備室へ」

 

「わ、分かりました。支配人!!」

 

 フィクシーがゾンビの遺体を見えない簡易結界でその場に閉じ込め、その場をハルティーナに任せてベルと共に警備室へと向かう。

 

 階を上がり、数分で辿り着いたスタッフオンリーの文字が掛かれた警備室。

 

 しかし、その内部にノックしても応答は無く。

 ボーイが扉を開けようとした瞬間。

 フィクシーがボーイの腕を掴んで後ろに下がった。

 途端、扉を開けて腕が突き出される。

 内部からは人間にしてはオカシな呻き声。

 

「ゾンビ化してる?!! でも、解析結果は―――」

 

 そこで初めて少年は魔導の解析でゾンビの反応が出なかった理由に気付く。

 

「MHペンダント?」

 

 警備室から溢れ出したゾンビは2名。

 

 どちらもその胸に治療用術式のペンダントが掛かっていた。

 

「そうか―――ペンダントの効力でゾンビ化してても肉体の反応は……」

 

「ベル!!」

 

 赤黒い瞳から血の涙を流しつつ、大口を開けて齧り付こうとしてきた制服を着た男達。

 

 袖からいつものガバメントを取り出した少年は視線誘導弾により彼らの頭部を弾き散らした。

 

「ヒッッ―――?!!」

 

 ボーイがフィクシーの前でゾンビから離れようと限界まで仰け反る。

 

「ベル!! 内部の機器は!?」

「あ、は、はい……だ、大丈夫みたいです」

「ゾンビは結界で封鎖だ。今は映像の確保を優先だ!!」

「了解です」

 

 後ろでボーイにまたゾンビが出たと支配人へ伝えさせに言った後。

 

 ベルが操作した警備室のディスプレイにすぐ十分程前からのエントランスホールの映像が映し出され、二人が見入る。

 

「……ゾンビが現れる瞬間……此処ですね」

 

 早送りで確認していた少年がすぐに当該箇所を見つけ出す。

 

 其処にはいきなりチェックインもしくはチェックアウトしようとした3名の女性客がいきなり、耳や目から血を流したかと思うとホテルの従業員にカウンター越しに襲い掛かろうとするシーンが移っていた。

 

「いきなりゾンビ化した?」

 

「ゾンビに殺されなければ、ゾンビにはならない。映像中にゾンビらしき姿は無い……一体、どういう事なんだ……」

 

「コレは……ゾンビに付けられた傷や致命傷になる事象によって絶命した瞬間にゾンビになったという事なのではないかと推測します」

 

 フィクシーが困惑する中、少年がゾンビ化した瞬間の女性客達の映像を見つめながら振り向く。

 

「時間差か。だとしても、ゾンビと出会っていたら普通は……」

 

 叫ぶなり逃げるなり通報なりするのが普通だろう。

 

「ええ、でも……女性三人の情報は先程見ましたが、それで何となく見当は付きました」

 

「本当か?」

 

「さっき、ゾンビの解析をした時、その……女性の方達の身体に()()()()()が残っていたみたいで……それにバックには化粧品やちょっと高額なお金が入ってました」

 

「……水商売か?」

「恐らく、娼婦だったんじゃないでしょうか?」

 

「ふむ。見えてきたな……だが、だとすれば、それはつまり……」

 

「ええ、恐らく」

 

 少年がフィクシーが合点した事に対して肯定する。

 

「でも、この場所にもゾンビが出現したという事は警備員を一瞬で殺せる手段を持っていたという事です。ホールに向かいましょう。マズイ事になったかもしれません。出来るだけ気取られずに……」

 

「分かった。それで殺害方法は?」

 

「恐らく時間差で即死させる毒です。解析したら微量の毒の類が検出されました」

 

「そうか……」

 

「男性というので当たりを付けました。先に先行させていたゴーレムで解析して毒を持った男性が要たら、それでほぼ間違いないでしょう」

 

「分かった。対処はそちらに任せる」

 

 少年が次々に現場のヒューリへと指示を飛ばしていく。

 

 その間にエレベーターに乗った彼らは雨が降り始めたのを見た。

 

 暗雲が周囲には立ち込め始めている。

 

 当事者らしき者達を集めたホール内に辿り着いた時にはホテル周囲は土砂降りとなっていた。

 

 そこでは不安そうな顔の大人達やら少人数の子供達がザワ付きながらも用意されていた椅子に腰を下ろしたり、出された軽食やビュッフェから運ばれてきた料理を摘まんでいた。

 

「善導騎士団の方ですか!? また、当ホテルの人間がゾンビになったとボーイから!!」

 

 ホール手前で走ってきた支配人はもはや青白い顔色になっていた。

 

「残念ですが、警備員のお二人がやられていました。対処しましたが、警備室は封鎖です」

 

「そ、それでこれからどうなるのでしょうか!?」

「いえ、もう犯人の目星は付いたので」

「え!?」

 

「今からホール内の人間をエントランスに移動させて下さい。その際にこちらの指定する分け方での誘導をお願いします」

 

「わ、分かりました。警察の方がもうお見えになっていますが、そちらは?」

 

「そっちには善導騎士団からもう連絡が入っていて周囲を封鎖しているはずなので、お客さんを護送車で一旦警察の方へ渡しておいて下さい」

 

「わ、分かりました!!」

 

「それとホテルの内装に関して後で善導騎士団の建築部門から連絡が入ると思います。全て無料で請け負うので設計だけ考えて頂ければ」

 

「へ?」

「では、お願いします」

 

「は、はい……(。´・ω・)?(一体、何を言っているのだろう、という顔)」

 

 スゴスゴと少年から聞いた分け方で避難してきた客達が次々にホール内から掃けていく。

 

 そして、最後に数人の男女が残され、一人ずつ出ていき。

 

 残ったのは男女が一組。

 片方の女は40代の黒髪の日本人女性。

 

 もう片方は米国人らしい金髪に筋肉隆々の以下にも軍人という感じの男だった。

 

「オイオイ。どうしてオレ達だけなんだ?」

 

 白シャツにゴツイ銀のベルトと青と白のストライプが入ったズボン。

 

 これからゴルフにでも行くのかという恰好の男は葉巻片手に少年少女しか残っていない相手を訝し気に見た。

 

「ええと、さっき女性三人とお楽しみでしたよね?」

 

「おっと、お嬢さんに聞かせられるような内容じゃぁないな」

 

 少年は『僕、男なんですけど』という言葉は飲み込んだ。

 

「善導騎士団です。どうぞお答下されば」

「……噂の……ああ、そうだよ。三人呼んだが?」

「その胸ポケットに入ってる薬は渡して貰えますか?」

「ん? まぁ、いいが……コレがどうかしたかね?」

 

 胸ポケットから目薬が出されてテーブルにコトリを置かれる。

 

「ソレは誰かからの貰いものですか?」

 

「いや、部屋に置かれていたものを彼女達の一人が―――」

 

 言っている合間にもベルが抜き打ちでガバメントを連射した。

 

 ()()()()()

 

 だが、その銃弾は女の前方で腕によって防がれる。

 

 威力が足りないとでも言うように後方へと吹き飛んだ女性が壁に着地してから、獣のように四つ足になるとホールのシャンデリアに跳躍して蜘蛛のようにブラ下がる。

 

『どうして分かった?!!』

 

「ひぃ?! 何だ!? どういう事だ!!?」

 

 ベルは銃を下げて、男性をヒューリ達によって壁際に引き摺らせつつ、女……まだ人間らしい形を保っていたゾンビ……四つ足で歩かなければ、確実に人間と見分けが付かないだろう()()()()()()()を前にして目を細める。

 

「確かにその目薬は毒ですが、彼女達にソレを使ったのは彼じゃない。最初から分かってたんですよ。彼を特定して、彼の連れだと言う貴女を見た時から」

 

『どうしてだ?! そんな事、解るはずが―――』

 

「ウチのベルは特別な魔眼でな。誰かを殺した者は見ただけで解る。そして、北米産ゾンビの発生原理がゾンビに殺されてゾンビになる、というものである以上……ゾンビにするには自分の手で殺さねばならない。違うか?」

 

 フィクシーがシャンデリアにぶら下がる女に訊ねる。

 

 すると、女の身体がゆっくりと膨れ上がり、日本人らしい顔形や体形が崩れたかと思うと内部から巨大な斑模様の肉体が露わとなった。

 

 女性らしい胸部は存在するものの。

 もはや人間というよりは筋肉の塊。

 

 そして、顔もまた化け物染みて乱杭歯によって顔の下半分が覆われ、目も完全に赤く染まってしまっていた。

 

 今まで彼女の顔となっていた人間の女の皮が引き裂かれ、ベチョリと粘液と共にホール内へ落ちる。

 

 その胸元にはMHペンダントが下がっていた。

 

「あの女性だったモノは貴方とどういう関係ですか?」

 

「い、行きずりの関係だ!! か、かんけ……うぉええぇえ!!?」

 

 少年の問いにヒューリに背後へ庇われた男が涙目で喚きながら数時間前の事を思い出した様子で口元を抑えた。

 

『天国を味わせてやっただろうに。これだから男は……』

 

 化け物と化した不死者。

 女だったモノが毒ずく。

 

「で? 貴方は……北米の方ですね?」

 

 少年の瞳が細められる。

 

『どうやら頭は回るようだ』

 

「近頃のゾンビ・テロでオカシなことが色々あったそうで……どうやら関東が混乱する前に失踪した人間もゾンビになっていたとか。そもそも死体はゾンビに出来ない。そういう話だったはずですが、それも怪しくなっていた」

 

『それで?』

 

「先日の関東圏以外でのゾンビ・テロでは関東の死体が使われていた。つまり、単純に推測するなら、この世界には北米産式で増えるゾンビと別方式で死体をゾンビにする方式が確立されている。先日発見されたゾンビの保管庫で見つかったゾンビは別方式の方でしたが、今回のゾンビ発生は死体を処理して行う方式ではなかった。つまり、状況から考えて……」

 

 フィクシーがベルから受け取った帯剣をゾンビ女に構える。

 

『く、くくく……善導騎士団。あのお方やあの方々が気に掛けるわけだ』

 

「やっぱり、最後の大隊……意志がある黙示録の四騎士と同じような個体ですね? それも人間に偽装出来るタイプ……此処は魔族側に任せたのでは?」

 

『そうだとしても、監視は必要だろう? 適度にこの国の人間を殺し、争い合わせる方法として我々のような者が派遣されたに過ぎん。あの方々は忙しいのよ』

 

「そうですか。聞きたい事は聞きました。本来なら生け捕りですが、自爆されても適いません。此処は殲滅させて貰います」

 

『いいのかしら? 善導騎士団で我々の仕込んだ数のゾンビに対処し切れるとでも? 早くしないとみぃんなゾンビよ?』

 

「……毒は解析させて貰いました」

 

『だから? それをわざわざ呑ませる時間があるとでも?』

 

「そもそもの話をしましょう。貴方達がもっと形振り構わず毒を浄水場に流し入れるとか、食料品の加工業者になって流通させるとか。そういう事をしていれば、その時点でこちらとしてはお手上げなんですよ。()()()

 

 何を言いたいのかを察したゾンビが押し黙る。

 

「でも、実際にはそうされていない。今までの対ゾンビとの闘いでそういった事例は確認されてもいない。だから、最後の大隊の()()()()()にも気付いているんですよ。詳細はまだ推測の域を出ませんけどね?」

 

『……危険だ。お前は危険だッ!!』

 

 女ゾンビがベルの言葉に顔色を変えて、歯を剥き出しにして威嚇する。

 

「まぁ、それに対処ならもう済んでます。周辺10km圏内に大量の雨を降らせている最中ですよ。僕が生成中の解毒剤入りで。霧状でも湿度としてでも十分な量が接種出来ているはずです。屋内にいても完全密閉式の場所でなければ、空調に取り込まれただけで効果はあるでしょう」

 

『な?!! そんな馬鹿な方法が―――』

 

 ベルが外套内部からサブマシンガンを取り出してシャンデリアにぶら下がるゾンビに向ける。

 

「規模の拡大と再生産は魔導のお家芸。それにあの毒……魔術の痕跡がありました。特定の魔力に反応して効力が劇的に引き上げられるものみたいですが、時間差を生むのに便利だからって魔術を使っちゃいけません。それじゃあ、僕が対処可能になっちゃうじゃないですか?」

 

 ―――女ゾンビが全てを解析されている己の状況に僅か喉を干上がらせた。

 

「最初から単なる時間差で効く普通のものを使っていれば良かったんですよ。効果が出るまでの時間稼ぎしていたのは貴方だけじゃない」

 

『小僧ッッ!!』

 

 女ゾンビが少年に襲い掛かろうとしたが、それより先に引き金が引かれた。

 

 次々に自分の肉体と頭部に着弾する弾丸を避けるか弾こうとしたものの。

 

 それが叶う事は無かった。

 何故か?

 銃弾の初速がライフル弾すら超える速度だったからだ。

 

 肉体に潜り込んだ刹那に内部へ込められた魔導が運動エネルギーを全方位への衝撃に転換。

 

 要は貫通する前に起爆してその肉体を爆ぜ散らかした。

 

【衝撃転換弾】

 

 ベルが研究していた魔術版のVT信管……要は自動で敵至近もしくは内部で爆発する弾であった。

 

 全員が方陣でその衝撃波を緩和したものの。

 血風が周囲には漂う。

 

「ひ、ひぃぃぃ……?!!」

 

 完全に腰が抜けた男は善導騎士団の威容を前に気を失ったらしく。

 

 チーンと白目を向いていた。

 

「あ、その人は警察に引き渡しておいて事情聴取を。周囲のあの人の仲間を探してみます。最後にケチが付いちゃいましたけど、恐らく2時間もあれば、引継ぎ出来ると思うので……夕飯の食材を買ったら、緋祝家に帰りましょう」

 

「ベル。カッコいい……た、探偵みたいだったわ!!」

 

 悠音が目をキラキラさせる。

 

「い、いえ、探偵なんて上等なものじゃありませんよ。最初から道理で考えて、見えているものを指摘するだけの作業でしたし、時間稼ぎしてただけです」

 

「でも、立派でしたよ。ベルディクトさん……だって、黙示録の四騎士の仲間を言い負かして怒らせてましたし」

 

 明日輝がそう妹に同意する。

 

「ベルさんの事をあのゾンビは危険て言ってましたが、実際ベルさんをあの北米で倒せなかった事がきっと彼らにとって最大の誤算になるでしょう。つまり、ベルさんはヤバイんです。最後の大隊というかゾンビ全般にとって」

 

 目を輝かせたヒューリがウンウンと頷く。

 

「ベルヤバ?」

 

 一言も発せずにゾンビをカウンターで打ち滅ぼそうと構えていたハルティーナが首を傾げる。

 

「何かもうソレでいいですハイ」

 

 少年が不本意ながらも肩を落とした。

 

「さ、お前達……片付けは警察に任せて我々は現状の引継ぎだ。資料は明日作って送るという事でいいだろう。最低限の仕事をしたら、また休日の再開だ。ベルの雄姿も見たし、今日は満足だ……ふふ……」

 

 フィクシーが音頭を取った。

 

 それから警察に事のあらましを伝え、ゾンビに関する詳細な話をした全員が車両で去っていく際。

 

『アレが善導騎士団……』

 

 警察官達はゾンビを嵐のように駆逐して、嵐のように去って行く背中を複雑以上な気持ちで見守っていた。

 

 ―――『臨時ニュースをお伝えします。臨時ニュースをお伝えします。今日正午頃、東京都心にてゾンビ警報が発令され、15分後に解除されました。都内ホテルにおいて出たゾンビをその場に居合わせた善導騎士団の団員が即座に対処した為、被害は広がっておらず。ホテル側の損害もホール一つとエントランスの一部に留まっており、警察発表では犠牲者は5名との事です。一人は世田谷区在住の―――』

 

 政府はこの事件を機にゾンビの市街地摘発の為の専従捜査魔術化部隊を陸自と警察内部に創設し、その教導を陰陽自に任せる事になるが、それはまた別の話。

 

 ただ、騎士の手で犠牲者が最小限度に留められたという事のみが報道され、善導騎士団への報道は静かに過熱する事となったが、その実態は未だ民間には漏れ聞こえて来る程度しか知られておらず、謎の超技術集団という真実のみが独り歩きし始めていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。