異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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第100話「休日の夜」

 

 都心に珍しくないゲリラ豪雨が降った夕暮れ時。

 再び緋祝家に戻ってきた少年達は各々の寝床を作るべく。

 

 途中で寄って買った布団一式を()()()敷き詰めていた。

 

 少年は別の襖で四方を囲まれた部屋にしようと思っていたのだが、それは許されず。

 

 明日輝とヒューリが今日の夕飯を作り、残りは寝床作りという事になった。

 

 ハルティーナはキッチリとベッドメイクをしていて、フィクシーも卒なく熟した。

 

 少年も普通に敷いたのだが、何故か布団を引っ張り出してきた悠音が3人分も布団を敷いて室内は10畳程あったのにキツキツであった。

 

『うぅ~~狭いけどキモチイイ……あ、この枕好みかも……』

 

『そうか? 今日の夜が終わったら、こちらに進呈しよう』

 

『ホント!? やった!! フィクシーさ……フィクシー大隊長ってやっぱり良い人だわ!!』

 

『フィクシーお姉ちゃんくらいでいい。そう歳は違わないのだ。精々数歳……年上は敬うべきだが、時と場合に寄る』

 

『気さく!! 有能!! うぅ~ん。家のヒューリアお姉ちゃんに分けて上げたいくらい』

 

『はは、御淑やかさではヒューリに負けるぞ。あちらは本物の王家用の帝王学に王家用の所作を赤子の頃から叩き込まれた根っからだ。私は大事に育てられはしたが、精々が良いところのお嬢様が限度だろう』

 

 川の字ならぬ密集陣形。

 少年の左右にフィクシーとヒューリ。

 頭部方面にはハルティーナ。

 

 足元には悠音と明日輝が頭を合わせるようにして布団が敷かれる事となり、実質的に少年が中心で曼荼羅のようであった。

 

 ついでにフィクシーが何処から知識を仕入れてきたのか。

 

 フワフワムッチリした素材の枕を大量に買い込んできて20人分くらい少年の布団を中心に敷き詰め、枕投げを開催する旨を宣言。

 

 布団というよりは枕に埋もれて眠ることになるかもしれず。

 

 悠音は目をキラキラさせていた。

 

『お姉ちゃんて、フィクシーお姉ちゃんと出会った時、どんな人だった?』

 

『責任感と諦観と義務感の塊』

『え?』

 

『だが、今は違うな……前よりも良い顔をするようになった……この世界に来て二人で生き残ろうとしていた時、部下と上司の間柄ではあったが、こんなにも親密に付き合う事になるとは思っていなかった……』

 

『そうなんだ?』

 

『ああ、何処かで私かヒューリがどちらかを庇って死ぬ未来しか思い付かなかった……それがそこの誰かさんのおかげで変わったんだ……他人と共に生きる事が楽しい事なのだと私もヒューリもきっと知らなかった……それを教えてくれたのは間違いなく……』

 

『あ、察し……ぅ~~ん。さすベル(´・ω・)』

 

『あの~~悠音さん。それはもう通った道なので出来れば、普通に褒めてくれた方が……』

 

『ベルはカワイイし、探偵役出来るし、ついでにちゃんとツッコミも入れられる期待の超新星よ(・ω・)』

 

『何か凄い盛られてる気が……』

 

 他にも年相応にハルティーナが微妙にウキウキしていて、ベルにとってはこういうイベントもお泊りには必要なのかもしれないと思わされる切っ掛けになった。

 いつも真面目なハルティーナが年齢基準で嬉しそうにしているところなど、レア中のレアなのだ。

 

 少年に笑みを向けるようになってからも基本的には敬う対象として控えめに喜ぶのが基本であったのでベルにしてみれば、新鮮であったかもしれない。

 

『……ハルティーナさんて、こういうのお好きなんですか?』

 

『へ? い、いえ!? ちょ、ちょっと、憧れてたと言うか……大陸のお友達でこういう事を一緒にするような子はいませんでしたから……いつも技を掛け合うような方はいたんですけど』

 

 少年はいつもいつも傍で護ってくれて、また共に戦う自分の右手として仕えてくれている少女の恥ずかしそうな顔に次の機会に自分でも何か企画してみようと心に決めた。

 

『ふぁ~~終わった~~ぁ゛~~このまま寝ちゃいそう』

 

 ベッドメイクが終了した後。

 

 悠音がポフンと上に載って寝そべり、気持ち良過ぎてふやけた顔になる。

 

『『晩御飯出来ましたよ~~』』

 

 二人の姉の声に全員が待ち遠しかったとばかりに悠音を先頭に襖を開けて、そのまま居間へと全員が向かった。

 

 今日は初めての休日……という事で料理は豪勢だ。

 

 メインはヒューリが作ったと胸を張る大陸式のカツレツ。

 

 衣はザクリとしているが、肉も厚くジューシーな魔術で中まで加熱した一品。

 

 王家と言えども、現実的に料理は野営技能の一つであり、もしもの時は自分で食事を作って摂らねばならない。

 

 だからこそ、少女は基本的にそういった家庭的な技能も一通り習得していた。

 

 黄金色に上がったカツレツは日本式のトンカツと違って、牛肉に香辛料を塗して揚げる代物であり、ソース要らずで塩と肉汁と香料によるハーモニーで頂く。

 

 付け合わせは芋のカラメル煮だ。

 

 砂糖が貴重だった時代から高級将校クラスに王族が手ずから振舞った一品は甘く辛く飴色に染みた芋と牛肉だけで十分主食に耐え得る。

 

 姉の料理スキルに感心しつつも副菜や汁物を作ったのは明日輝である。

 

 前菜はレンゲに盛られた一口で味わうサーモンとイクラのマリネをエビの擦り身を蒸したモノに盛ったレストラン張りの代物だ。

 

 スープは重いカツレツを補うように玉ねぎとセロリなどの香味野菜を煮込んだ簡易のコンソメと卵のスープで胃に優しい。

 

 サラダはトマト一つを湯剥き後に甘く爽やかな熱い調味液に浸して急速に冷やし、中まで味を染み渡らせてから半分凍らせ、薄く切り分けて華のように葉野菜と共に一人一人小鉢に盛られた美しい一品。

 

 大陸中央はパン食であるが、日本式に白米が付いて完成である。

 

 デザートは都心で買ってきた東京銘菓の詰め合わせ。

 

 今や殆ど和菓子が主らしいが、それでも砂糖が今も値段こそ上がったが大量に供給されている事は日本が未だ他の国々よりも豊かである事の象徴だろう。

 

 食後のお茶には日本製の紅茶が用意されている。

 

「お姉ちゃんもお料理上手!! お姉様みたい」

 

「い、妹に料理で負けたままでは姉の沽券に関わるので今後も精進する事にします!!」

 

「ふふ、いつでもお相手しますよ。ヒューリア姉さん」

 

 姉妹間のパワーゲームがバチバチと火花を散らす横でフィクシーが食事にしようと全員に号令を掛け、席に着いた彼らは日本式に頂きますと手を合わせた。

 

「やっぱり、明日輝さんの料理の腕って凄いです。今日昼時に食べた店の料理にだって劣るものじゃありません……」

 

 一口食べてから少年がどうしてこんなに料理が上手いのだろう、と。

 

 当人に視線を向ける。

 

「ありがとうございます……実は家、お母さんがお料理あまり出来なくて……普通に作れはしたんですけど、お医者様だったので時間が……でも、病気だったお父様にしてもらうわけにも行かなくて……それに缶詰はあまり好きではないようで、私が……」

 

「そうだったんですか。確かにお父様は軍に同行する時以外は缶詰って口に合わなくて自力で料理してたって聞いた事あります」

 

 ヒューリが嘗て聞いた話を思い出すように語る。

 

「料理、大変でしたけど、毎日やっていたら楽しくなって……将来は料理人でも食べていけるって父も母も言ってくれていました……私は趣味の範疇だったんですけど、誕生日プレゼントに包丁とか料理器具とか揃えてくれて……」

 

「そう言えば、ウチのオーブンとか炊飯器とか調理器具って大抵お姉様の誕生日に来たものばっかりだった気がするわ」

 

 姉妹が誕生日の度に増えていく器具を使いこなすのが姉妹での日課だったっけ、と苦笑する。

 

「このお家を維持していけるように善導騎士団であたし一杯働くわ」

 

 悠音がそう箸を置いて拳を握って姉に告げる。

 

「なら、私は皆さんにちゃんとした食事を提供しなきゃいけませんね。その厚意へ恥じぬよう報いる為にも……」

 

 妹達の様子にヒューリはちょっとだけ瞳をウルリとさせていた。

 

「わ、私だって妹を養うくらい異世界だってやってみせます!!」

 

 その光景にフィクシーもベルもハルティーナも微笑ましいという顔をしていた。

 

「マヲ~?」

「クヲ~!!」

 

 テーブルの端では昼間は居なかった猫ズが何やら会話しており、自分達の分も忘れるなと箸で自分達を指して胸を張って、周囲の苦笑を買った。

 

 こうして和やかな食事時は過ぎていく。

 

 食事を終えた頃には全員が満ち足りており、お茶を嗜んでは小さなお菓子を人数で割ってシェアし、品評会まで開いた。

 

 喋る間にも時間は過ぎ。

 

 そうして全員が風呂へと入る事となったが、さすがに少年は一番最後に入る事を譲らず。

 

 女達が代わる代わる入った残り湯を頂いて、ちょっと上せつつ、誰もいない脱衣所でこっそり用意していた普通の下着を外套のポケット経由で取り出そうとして―――その前に出てきた一枚の紙……『今までのお前の下着は予備も含めてもしもの時の替えとして陰陽自にある金庫に厳重保管しておいたぞ。フィクシーより』という通告に青褪めた。

 

 籠にはもう脱いだ下着は無く洗濯中。

 

 そして、()()()()()()()()()がピシッと卸したてで入っていた。

 

「うぅぅ……どうして、こんな事にぃ……」

 

 ガックリ項垂れた少年は仕方なくソレを穿き。

 

 フィクシーによって用意されていた寝間着……フルスリップ……つまり、スッケスケのソレを着込んで……お情けで渡されたらしい薄いストールが一枚。

 

 ヒタヒタと冷たい床を歩いて気を重くしつつ今日の寝床に向かうと。

 

 少し空いた襖の中からは涼風が漏れ出ていた。

 

 少年が野外での快適な住居環境維持用にと作った魔力で冷風と熱風どちらも出せる円筒形の魔術具が壁の四方に置かれているらしく。

 

 まだ暑い時期にも関わらず、涼やかな室内は人口密度が高いにも関わらず、快適であった。

 

 だが、その内部から奇妙な香りがしているのに少年が気付く。

 

 チラッ。

 襖から少年はその内部を覗いてしまった。

 

『ぅ~~これ気持ちよくなる飲み物ですねぇ~~フィ~~』

 

「?!!」

 

 いつも、最低限の身嗜みと礼節を忘れないヒューリが胸元を(はだ)けて、黄色いパジャマ姿で過激な下着の一部をチラリと見せつつ、フィクシーに絡んでいた。

 

『わかるぅかぁ~~? こどもぉにもぉ、まったく、まぁあああぁったく害が無いぃ……単なる霊薬だぁ~~酒精とは違ってぇ~~魂魄に作用するぅ~~秘蔵ものだぁ~~オンミョウジバタケでぇ~~このあいだにぃ、栽培した霊草をなぁ~~~けっひゃひおうの~~~いっぴんら~~ふふふ』

 

「!??」

 

 フィクシーが完全に座った瞳で白目を剥いてビクビクしている姉妹を何故か肩の手もワキワキさせて、背中から三つの腕で揉み解していた。

 

 勿論、最後の一本はグラスを持っている。

 

『ゆーねりあ~~あしゅてりあ~~?』

『気もひよくれ寝てひまったようらなぁ~~』

 

 二人の手の傍には未だに怪しげな赤光を氷に溶かし放つ液体の入ったグラスがあり、グビリッと一息で両者がどちらも杯を空ける。

 

『けっひゃの~~でんとーの~~まっしゃーじだぁ~~まりょくばいじょう!! しゅばらしいぃ!!』

 

『でひゅよねぇ~~よかっらねぇ~~ふたりとも~~』

 

『『(=ω=)チーン』』

 

 その阿鼻叫喚の地獄絵図。

 

 人体のツボを、姉妹達の背中を高速連打しつつ、関節を曲げたり、明らかに殺人ヨガ的な曲げ方をしていたフィクシーの横で妹達にニコニコしている姉はまったく止めようともしない。

 

 だが、確かに効力はあるようで室内には妹達の身体から噴出する魔力が活力が感じられる程に桃色の煙として躍動しており、少年は『見なかった事にしよう……』と踵を返そうとして。

 

「どうかしたんですか? ベル様」

「へ?」

 

 背後に音も気配も無く立っていたハルティーナに思わず振り向く。

 

「ハ、ハルティーナ……さん?」

「さぁ、入りましょう」

 

「え、ちょ、ま、待って下さい。こ、この中は危険なんで―――」

 

 少年が途中でハルティーナが片手に怪しげな液体と氷の入ったグラスを見付けて固まる。

 

「大丈夫ですよ。皆さんは酔っているようですが、私は酔ってません」

 

「よ、良かった~~と、とにかく此処は危険です。一緒に退避しましょう!!」

 

「退避?」

「は、はい!!」

 

「分かりました。つまり、こ、子作りを所望……なのですね(真顔)?」

 

 思わず少年が噴出しそうになった。

 

 しかし、よくよく見て見れば、ハルティーナの視線というか。

 

 瞳が奇妙な程に魔力の励起した転化光で仄かに煌めいていた。

 

 まるで猫の瞳を夜に覗き込んだような気分。

 

「あの、まさか、酔ってないんじゃなくて、酔ったのが分からな―――」

 

「し、知ってますよ? ベル様は……きょ、巨乳よりも小さな胸の方が好き、なのですよね(迫真)?」

 

「あの、お話を聞いて下さ―――」

 

 グイッと少年の腰を片手で引き寄せ。

 残ったグラスの中身を呷った少女が瞳を覗き込む。

 

「わ、私だって女です。あのお二人と、か、関係を持った事くらい……分かります(*ノωノ)」

 

 思わず少女がグラスを床に落として顔を両手で覆って赤面した。

 

 ご丁寧にグラスは対衝撃に優れた代物らしく。

 使用者の正気を戻すように割れたりはしなかった。

 

「あの?! 何か、いつものハルティーナさんとは別人みたいにグイグイ来てません?!!」

 

 自己完結してしまっているらしい。

 

 少女がベルを()()()()()()()()で見つめた。

 

「い、異世界で人肌が恋しくなる事くらいは……こ、こう見えても朴念仁ではないのです!! 私もこ、恋した事はありませんが、だ、男性と一夜を共にするくらいの度胸は―――」

 

「あぅ~~ハルティーナさ~ん。帰って来て下さ~い?!!」

 

 少年は涙目だ。

 

「そ、それにベル様なら初めての方としては、と、とても光栄に思えますし、そもそも……あ、あの子達を産んだ時に心は決まったというか……父や祖父は形から入れば、自然にそういう気持ちが湧くものらしいと母や祖母との馴れ初めを……あ、ウチはどちらもお見合い結婚だったのですが」

 

「(ダ、ダメだ。完全に自分の世界に入っちゃってる?!! こ、此処はちょっと強引にでも魔術でササッと退避しな―――)」

 

「こ、恋というのは分かりませんが、お仕事や私事で尊敬出来て、敬愛出来る方となら……け、結婚とは行かずとも、そ、そういう関係にくらいは為れるとお、思います!!」

 

 少年が優しく座らせられ、バーンと襖が開かれ。

 

「フィクシー大隊長!! ヒューリアさん!! いえ、フィクシー!! ヒューリア!! 同じ女性としてベル様の所有権を一部主張します!!」

 

「なぁにぃ~~? はりゅてぃーにゃ~? ん~~おまえのはたらきにめんじ~~2割りくらいはいいだろう!! ヒューリ!! おみゃえはどうら?」

 

「べ、べりゅひゃんはわらひのれひゅからね? しぇ、しぇいしゃいのたちばをしゅちょーしにゃいなら……なにょかに1回!! 1かいらけならッ、いいれふ!!」

 

「うぅ~~もうダメだ~おしまいだぁ~~」

 

 少年がズルズルと襖の奥に少女達によって引き摺られ、はだけた下着や寝間着もそのままに腕で身体を絡め取られていく。

 

『べりゅひゃんかわいい♪ かわいいかわいいかわいい♪』

 

『べりゅぅ~~おまえにものまひゃてやるろ~? ん? みじゅがない……ロッきゅでいいか』

 

『ベル様はう、上がよろしいですか? 下がよろしいですか? え? わ、私はう、後ろからでもか、構いません、よ?』

 

 バチンと襖が閉められた後。

 

 緋祝邸には悲鳴やら嬌声やら寝息やらズダーンバターンという物音やら少年の必死に諫める声やら諸々が木霊し、夜は更けていく。

 

「マヲ~~?」

「クヲヲ~~♪」

「マァ~ヲ~……」

「クヲクヲ!!」

 

 猫達は主の私事には我関せずとの結論を出したらしく。

 

 姉妹達の夢に入っていた時とは違い。

 何かする事もなく。

 

 のんびりと尻尾を揺らしつつ、屋根の上で竹林を背景に夏から秋になりつつある空に満月を望むのだった。

 

 *

 

 世界の片隅で休日が満喫されている頃。

 また、やはり世界の片隅で何かが蠢ている。

 

 関東圏では現在、全隔離領域の3%近い地域において廃墟が発生しており、善導騎士団と日本国政府による合同での生活空間、居住地の確保によって何とかスラム化だけは避けられていたが、街灯も無い地域が一部存在している。

 

『集まったな?』

 

 特に怪異の一斉摘発時に使われた4か所は夜ともなれば、真っ暗闇で周辺地域への道には大きく封鎖するテープが張られ、その先は危険地帯として数日後にはベルの魔導によって更地になる事が決定していた。

 

『あの方達はユーラシア大陸において今仕事中だ。この日本においては我々が主導して来迎の下準備をせねばなるまい』

 

 闇の中。

 複数人の声がしている。

 

『彼女はどうやら善導騎士団にやられたようですね』

 

『仕方あるまい。功を焦ったのが悪い』

 

『ま、分不相応な事件を起こせば、目を付けられて当然よ』

 

『我々は少数だ。数の上でも力の上でも劣っている』

 

『彼女のおかげでこちらの情報が漏洩した可能性もありますよ』

 

『益々不利ね。特にこの国では……』

 

『だが、我々が活動出来ているのだ。魔族共の働きのおかげで此処からは加速度的に物事が進むだろう』

 

『ですが、関東圏全域で再び活動不全に陥る者が出始めていますよ。恐らく、情報にあった善導騎士団のあの魔力を使う者の仕業でしょう』

 

『……こればかりはどうにもならない。そもそもが想定外だ……まさか、あの方達以上に魔力を励起し続けるとは……』

 

『では、どうします?』

 

『この地の人間がやっているテロを更に推し進めさせる。この世界の方式でゾンビを増やしても我々には有益だ……そろそろ潰されるだろうが、前々から準備していた件を明日にでも実行させよう』

 

『そうですか。確かにそれなら……まったく、同胞を恨み全体を危険に晒す……滅び掛けている癖にあの愚かしさ……やはり変わりませんね。この世界の人間は……』

 

『……抗う者もまた等しく愚かだ。連中のようにな……未だに奴らの勢力がこの地には根を張っている。研究所を幾つか確認した。襲って内部の成果を解き放つ』

 

『へぇ、やっぱりあったのね……でも、一体何してるの?』

 

『魔術師の生体実験だろう。我々にしてみれば、奴らの勢力を退行させ、同時に活動領域を広げる機会であり、善導騎士団の陽動ともなる。やってみる価値はあるはずだ』

 

『ですが、魔族側は良い顔をせんでしょう? 勝手にやれば、あちらとの敵対も……』

 

『構わん。我々如きを駆逐したところで大勢は動かんのだから』

 

 ―――【へぇ~~面白い事話してんなぁ。クソ屍共】

 

「「「?!!」」」

 

 暗闇の中。

 薄ぼんやりと魔力の転化光が周囲を照らす。

 

 逃げようと踵を返そうとした者達がその行く手にも同じ光を見付けて、袋のネズミになっている事に気付いた。

 

『貴様らは?!! 魔族側の―――ッ!!?』

 

「オイオイオイ~~そんなビビッてちゃ話になんねぇぞぉ~~? その研究所の場所とやら、教えてもらおうか。ああ、それからあいつらの後ろにいたのはお前らだったんだな」

 

『―――何か問題があるか!? 魔族の手先め!? 貴様らのような人間を止めたイレギュラーとて我々にとっては滅すべし怨敵に代わ―――』

 

 パァンと声の主の両手が弾けて消えた。

 

『ぐぉぉぉおおッッッ?!!?』

 

「おい? 誰が勝手に喋っていいっつった? テメェらクソ屍共に人権なんぞねぇんだよ。この雑魚が……頭ん中覗き終わったか?」

 

「え? あ、うん。場所は全部。人間の方の顔もバッチリ」

 

 少女の声と共にニヤリとした声の主が片手を上げる。

 

「じゃ、退場してもらおうか。オラッ、とっとと死ねや!!」

 

『に、逃げ―――』

『ク、紅蓮さ―――』

 

 パァンと頭部が弾けた動く死体が動かぬ死体に戻って倒れ伏す。

 

「精々、化けて出ろ。そん時はオレがまた殺してやる」

 

「うっわ~~悪役ぅ……」

 

「今更だな。こんな身体で正義の味方も何も無ぇだろ?」

 

「それにしてもこんなのが背後で糸を引いてたんだ……」

 

「ハッ、結局は人類同士の内ゲバを外から煽ってただけだろ。別に珍しいこっちゃねぇさ。昔の大国ってのは代理戦争やってたって話だ。こいつらがその位置に取って代わってたってだけじゃねぇか」

 

「でも、どうすんの? 上から命令は降りたけどさ」

 

「あくまでオレ達は魔族側の手駒だが、指示された事以外についちゃ何ら制約は受けてねぇ。頚城としての役割もある以上、匆々に処分はされねぇ。こいつらの敵とこいつらが操ってた連中、ついでに米国様にもしっかり償って貰おうか」

 

「悪ぅい顔してるわよ?」

「そっちこそ」

 

「……全部、聞かされてる以上、戦うしかないのよね。私達……」

 

「ああ、そうだ。誰の思惑だろうが、オレ達はオレ達の戦いをすりゃいい。見せてやろうぜ? 悪党や他人の幸福を食いもんにする野郎共に……世の中にはお前らみたいなクズを絶対に許さねぇ()()もいるんだって事をなぁ……」

 

 闇の中で世界が形を変えていく。

 

 次の朝、廃墟を見回りしていた警察の一部がゾンビの死体を発見し、すぐに善導騎士団と陰陽自に回収と検死依頼が舞い込む事になるが、それはまだ数時間後の話であった。

 

 雲に隠れた満月が出た頃。

 

 そこにはもう声の主達は影も形も無くなっていたのだった。

 

 *

 

『ッ、クシュ……』

『お~い。カズマ~~』

 

 自宅横の栗林。

 ついでに梨林と畑。

 

 兼業農家だった実家横にはそれなりの敷地が広がっており、いつもの如く適当に学校帰りに梨を一つ貰っていた少年(カズマ)は農作業中の祖父の声に林の中を歩いて行く。

 

『ようやく来たかぁ~』

 

 髭も無く。

 

 頭部には毛の一本も生えてない眉だけ白い細めのジジイ。

 

 だが、酒豪で他の老人達の中では慕われている。

 そんな彼の祖父はいつの時代のものか。

 

 ビール瓶用の箱を引っ繰り返して座っており、片手には煙草と携帯灰皿姿。

 農作業用のジーンズにタンクトップ姿に手拭となれば、もはや立派な老農夫と言った風情。

 

 燦々と降りしきる陽の下。

 

 いつも優しい老人は少年にニコヤカな笑みを浮かべていた。

 

『おう。クソジジイ。どうしたんだ?』

 

『こりゃまた魂消た。ワシを前にクソジジイ呼ばわりとは……はは、本当に口が減らん奴だなぁ』

 

『オレのオヤツを毎日のように平らげてボケたフリするから、クソジジイでいいと思うんだ絶対』

 

『ははは、ちょっとしたお茶目じゃよ。お茶目』

 

 日に焼けた小柄な体躯。

 

 カラカラと笑う老人はフゥ~と煙草を一服してから灰皿の中に押し込んだ。

 

『結局、お前には何も術を継がせられんかったなぁとこうして化けて出てやったというのに』

 

『化け……まだ、生きてるだろ。クソジジイ』

 

『はは、まぁ死んどるようなもんだ。だが、言いたい事があってな』

 

『言いたい事?』

『お前さんの力はご先祖さんと同等だ』

『ご先祖さん?』

 

『ん、ああ、明治ぐらいまではウチもまともな術を持つ奴が幾人か残っておったらしいんじゃが、特に必要無いから廃れたんじゃよ。じゃが、時折はご先祖さんの血筋、始祖に似たもんが出る』

 

『始祖……』

 

『ほら~今時のアニメや漫画で出るじゃろ? カモノなんたらとかアベノなんたらとか、アシヤなんたらとか……』

 

『ああ、そういうのね。そいつらに似てるって事か?』

 

『いいやぁ? ウチのご先祖はそもそもがだなぁ、人間じゃなかったらしい』

 

『はぁ? 人間じゃねぇって、陰陽師だったんだろ?』

『ああ、ありゃ正確じゃない』

『どういうこったよ。ジジイ』

『ウチのご先祖さんは南蛮人だったんだと』

『南蛮人?』

『要は外国人じゃよ。それも2000年以上前の』

『……歴史の授業されてもなぁ』

 

『陰陽寮が出来る前からいたそうじゃ。だが、この日本の人間に請われて術の開発に携わったらしい。殆ど上手くいかんかったらしいが、幾らかの成果は平安で花開いたとか』

 

『……オンミョウジの傍流の傍流だったんじゃないのか?』

 

『間違ってはおらんとも。だって、オンミョウジの家系に請われて婿入りしたらしいからのう』

 

『………なぁ、何で今更そんな……』

 

『お前には術師としての素質が殆ど無い。いや、皆無で一般人並みじゃな』

 

『ここで貶すのかよ……』

 

『じゃが、それはな? 表向きの話なんじゃよ。ウチの家系はオンミョウジというのが建前。一番大切な血統としての能力は数世代に1人くらい出る本命の方じゃ』

 

『本命……』

 

『ぶっちゃけ、この便利な時代に陰陽の術が使えたから何? って思わんか』

 

『ぶっちゃけ過ぎだろ……』

 

 特別な血統とか全否定な話に少年が溜息を吐く。

 

『だが、それでいいんじゃよ。所詮は外部向けの言い訳じゃからな』

 

『言い訳?』

 

『家長に一子相伝の秘惑在り。火に好かれし者、汝こそ白木の血統の純正にして正当なりし御方の血脈。そういうこった』

 

『オレが……純正……』

 

『ウチのご先祖さん。始祖は超長生きの生き物、だったらしい。ついでに特別な能力を持っとった。だが、それを扱い切れんで死ぬ生物でもあった。だが、この地に神代の時代降臨し、時が過ぎて今の陰陽師達の祖となる者達と出会い、自らの能力と叡智を貸す代わりに命を繋ぐ法を共に編んだ』

 

『それって、熱量を物質にって……そういう事か? 今のオレと同じ……』

 

『陰陽師達はなぁ。当時ですら神話であった始祖と共にその血に呪いを施し、火の神として崇め……その力を以て木火土金水の理を組んだらしい』

 

『それって……陰陽師とかいうのがそもそも……』

 

『……火を納める為に土と金を生む仕組みを考え、それを血という水に封じ込め、木として安定させる……ご先祖さんは最盛期、真に神だったらしいぞ』

 

『神……』

 

『火……人が手にした中で最大の事象。当人は単なる生物に過ぎんと言ってたらしいが、崇められる内にその信仰は魔力となり、その力は天を蔽った。また、火は盛んとなり、ご先祖さんは呪いですら封じ切れなくなった身体の火を地下の炎海に封じて今も大地が崩れんように日本が沈まんように支えとるんだと』

 

『……馬鹿馬鹿しい話だな。ホント……』

 

『ああ、そうとも。馬鹿馬鹿しいじゃろう? カズマとは数間(かずま)の事。数えられた間を示すんじゃ……代々、血統に継がれてきた名じゃよ。白木とは正しく能力そのものじゃ。だから、御方の御力を呼ぶ時はな。古くからこう呼んでおる』

 

 スゥッと老人が息を吸って、力強く告げる。

 

『【白火血神木(はっかけんしんぼく)】』

 

『………』

 

『古い書体で書かれとるとカッコよいんじゃがなぁ。封じられし、火と血と神の名を取り戻した時、お前さんは本当の姿となろう』

 

 老人の姿が急激に出てきた濃霧によって隠されていく。

 

『クソジジイ!!?』

 

『カズマ……時間は無いぞ……やがて、死が天を蔽う刻限が来る……ワシらにはどうにも出来んものが……だが、お前と仲間達ならば……永遠の頚城たる者と共に始原の都に向かえ……』

 

『オイ!? クソジイイ!?』

 

『ふ……まさか、我が孫が久方ぶりのカズマとは……最後に会えて良かったぞ? 火は全ての源たるもの……この冷たき大宇を温める大いなる力……お前が照らせ……この暗黒の世を……』

 

 霧が全てを蔽った時。

 

 ハッと目覚めた少年は自身の部屋で満月に照らされていた。

 

 デスクトップのパソコン1つと寝台に机に本棚とクローゼット。

 

 地表の宿舎に敢て部屋を構えている少年は起き上がって、窓を開け、寝台に腰掛けて空を見上げる。

 

 風は未だ温く。

 

 しかし、月は静かに全てを照らし出し、空気は何処か浮ついたような気配を漂わせていて。

 

「……確かに受け取ったぜ。ジジイ……」

 

 伸ばした手は月の輝きの中。

 

 まるで、最初からそうであったかのように金属めいた質感が、肌の形を象る装甲が、移植してまだ数日しか経っていない腕を鎧っていた。

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