異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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第115話「太陽を落とす鯨」

 

 ―――北海道戦線午後4時23分網走市街地。

 

「馬鹿な……あの人智及ばざる熱量を受けて未だ健在だと? そんなはずは―――」

 

 廃墟となった商店の一つ。

 その奥で呟きが零されていた。

 

 眼球に接続された遠隔地を使い魔によって観測する術式は確かに機能している。

 

 故にこその呟きであろう。

 巨大な氷に包まれた鯨。

 

 それが予想を遥かに上回って未だ残る氷塊を溶かし切れずに山岳の空中に浮いていた。

 未だ太陽の如き輝き。

 

 スヴァローグ。

 

 火神の名を冠した彼らの切り札の一つを支え切っている。

 

 他の兵として遣わしていた使い魔達。

 

 物理打撃を得意とする家精ドモヴォーイ。

 再生能力を持つ森精レーシー。

 水の魔力を司る水精ヴォジャノーイ。

 光の魔力を司る光精ゾリャー。

 炎の魔力を司る火神スヴァローグ分体。

 

(何故だ!? ゾンビの圧倒的な継戦能力とゲリラ戦術は確かに米軍すら、消耗せざるを得ない代物だった!! この使い魔群もまた通常火器では火砲並みの威力が無ければ、市街地でのマシンガン程度は問題なく弾く!! その上で常人を上回るだけの高機動力に其々の能力!! 総合的な打撃力だけ見れば、先進国の機甲戦力とも同数の殴り合いならば競り勝つのだぞ!!)

 

 まずゾンビ相手に消耗した相手を叩く手筈だった。

 

 スヴァローグで邪魔な機甲戦力を排除すれば、後は使い魔達の軍団で相手を蹂躙出来るはずだった。

 

 通常火器は無力。

 

 今、関東圏で善導騎士団とやらが出回らせている重火器の対怪異用の弾も何とか入手して戦闘に入る前に試したが、そう問題は出なかった。

 

 銃撃を見舞う相手を殴り殺す方が火力の集中よりも早かったのだ。

 

 だが、そういった事前の確認が何一つとして用を成していない。

 

 敵戦力の何処かを包囲壊滅させれば、軍団の火力も補給出来るし、ゾンビ化して屍として更に戦力も増強可能だった。

 

 そう、だったのだ。

 

「在り得ないッ!! 今現在の熱量が3万度!! これで融けない氷などあるはずがない!! どうして融けないッ!! どうしてだ!!」

 

 喚いた者の顔は怒っていた。

 だが、その背後で溜息を吐く者が一人。

 

「君が考えて分かる事なら、当の昔に対処出来ているはずだ」

 

「ッ―――貴様!? 001(ダブルオー・ワン)!!! 何をしに来た!! 此処は我が管轄!! 直ちに消えろ!!」

 

008(ダブルオー・エイト)……君はもう少し冷静になるべきだ。あの鯨に蓄えられた莫大な魔力を全力投入しているとすれば、そろそろ魔力も尽きる頃だろう。見てみるといい。あの鯨の高度は下がって来ている」

 

「何!?」

 

「スヴァローグは役割を果たしている。そう遠くない時間に鯨も墜ちるだろう」

 

「ははッ!! ならば、それこそ貴様の出番など無いぞ!!」

 

「……そうか。なら、君は此処を死守してくれ。この規模の戦域で使い魔とゾンビを制御誘導する方陣の再構築は短時間では不可能。此処が落ちれば、道県の掌握は事実上無理になる」

 

「言われなくても分かっている!! ああ、分かっているとも!!」

 

「……健闘を祈る」

 

「ハッ!! 貴様に祈られるような事など無い!! 夜戦となれば、こちらに分がある!! ゾンビによる浸透強襲を成功させ、前方集団を壊滅させてみせるとも!! 十勝は我々の制圧下となるのだ!!」

 

「管理下の100(ハンドレット)の同志達は回収させて貰った。構わないだろう? もう統率者狩りは半分以上成功している。君が浸透分断されなければ、その必要も無かったが」

 

「ッ―――好きにしろ!! オレは忙しい!!」

「では、自分()これで失礼する」

 

 声が途絶えた後。

 闇の中。

 倉庫の中。

 

 巨大な円環の中央に座り込んでいる彼はあからさまに舌打ちして、地表に刻まれた方陣の輝きを一層強める。

 

「……それにしても陰陽自衛隊。奴らの火力は脅威だ。我らが使い魔を貫き破壊する銃弾だと? レーシーの再生すら追い付かん程とは」

 

 戦線の使い魔達は次々に陰陽自衛隊の攻撃で地に付していた。

 

 完全破壊。

 

 頭部と胴体をバラバラになるまで破壊される事が殆どであり、腕一本から制御出来るとはいえ、殆ど被害らしい被害を与えられもせず。

 

 一方的に撃ち倒されていた。

 

「スヴァローグさえ自由となれば、こちらを分断していた戦力を逆包囲からの殲滅に持っていける。だが、ゾンビ共の脚が遅いッ!! クソッ!! 地雷の類でも踏んだのか?!」

 

 彼は知らない。

 そう、知らない。

 

 見えざるスマート地雷などというものがある事すら想像していない。

 

「直接掌握出来る使い魔と違って状態の確認が完全破壊されたかどうかだけしか分からんのがもどかし過ぎるッ!! 改良の余地有りだな」

 

 陰陽自衛隊の最初期の攻勢によって、前方集団のゾンビ達の一部は連隊規模で壊滅しており、後詰もほぼ吐き出してしまった。

 

 今、十勝より後方にいるゾンビは少数。

 

 何とかシェルターを使い魔で襲撃して、数十程は予備戦力としてゾンビ化が完了していたが、それにしても最後方での出来事であり、戦力移動には今しばらくの時間が必要だった。

 

「次々にシェルターを奪われてしまっては……魔術を使うドローンだと。小賢しいッ!! 幾つか破壊したが、回収しておくか。あの方に届け、更なる対策を練らなければ」

 

 そうして彼は己の指先と化した使い魔達に再度の指令を送ろうとして。

 

 不意に視界が歪んで倒れた。

 

「あ、れ……?」

 

 身体が動かない。

 声が出ない。

 意識が明滅する。

 ゆっくりと沈み込んでいく。

 そして、10秒後。

 

 高速で突入してきた善導騎士団の隷下部隊の一団が即座にその意識を失った相手の体に魔力制御を不可能にする拘束器具。

 

 腕輪と首輪と手錠を付け、更に衣服を即座に切り裂いて、背中に刻印を魔力で焼き付けるシールにディミスリル合金の粒粉で細工した代物を張って、魔力電池を押し当て―――瞬時に無力化を完遂させた。

 

 超常の力もまた完全ではないがほぼ封じられるソレを背中に受けては今のところ単なるこの世界の魔術師は無力である。

 

『ガスの充填終了。制圧完了しました!! 術式解析を開始します!!』

 

 次々に地面の方陣に解析用の円筒形の魔力電池型のビーコンが置かれる。

 

『―――ビンゴですよ!! こいつはゾンビ共の誘導方式に関する術式です!! 隠蔽されてた魔力のネットワーク化された各地の方陣を確認。地下埋設場所も今判明。本部に情報の転送を開始』

 

『停止用の術式は……さすがにダメですね。術者の承認無しには不可能なようです。ですが、命令の内容は解析出来るようです!! これで敵戦術は解析出来ます!!』

 

『即時解析して現場に回すぞ!! ログは!!』

 

『はい……良しッ!! 残ってます!! すぐに術者を交代させたと術式側に誤認させて乗っ取りを!!』

 

 次々に方陣からデータが吸い上げられていく。

 

 術式を機械的に解析したデータが魔術具でコンバートされて、次々に命令の上書きを行っていく事で最後にはスヴァローグ。

 

 未だ山岳直上で鯨に纏わり付いていた火神を止めるかに思えた。

 

 その時だった。

 バジリッッと方陣が明滅して焼き切れる。

 その際の衝撃は人体ならば、一撃で粉々になる程度。

 

 だが、そこにいた人物達の中で恒常型の方陣防御を受けていないという者は一人を除いていなかった。

 

 ドガッと。

 

 辛うじて全身骨折と開放骨折だらけでも即死しなかった相手を慌てて部隊の人員達がMHペンダントを多重掛けして、更に自前の治癒術式を掛けていく。

 

『ほ、方陣が焼き切れました!! 恐らく、条件付けされた罠です!! 最後のログを―――何だコレ!?』

 

『どうした!!』

 

『ヤバイです!? 最後の強制コマンドが恐らく現場に一番近いシェルターを破壊して襲え。もしくはシェルターが遠い場合は人間を無差別に襲えという内容に変更されていますッ!!』

 

『今と変わらんだろう!? 何か違うのか!?』

 

『該当する使い魔がこ、後方にまだ3万体!! このままでは情報提供されていた通り!! あの使い魔にゾンビ化機能がある以上、十勝以北が全滅しますッ!!』

 

『まだ後詰の戦力を残していたか!?』

 

『スヴァローグ? 全力で民間人を襲え―――クソッ!? この術式のコマンド書いた奴ッ!! マズイです!! あのシエラが抑えていた敵のコマンドが変更されました!! 現地部隊に退避命令を!! あの火力が前線全域に降り注ぎますッ!!』

 

 その情報が戦線にもたらされるより早く。

 

 夕暮れ時へと向かっていた山岳直上で異変が起こっていた。

 

 今の今までシエラ・ファウスト号に火力の全てを集中していたソレがフッと輝くのを止めた。

 

 いや、今まで全方位に放出していた熱量を己の内側へと収めたというのが正しいだろう

 そうしてようやくソレの姿が露わとなる。

 

 基本は左程変わらない。

 金属で出来たレリーフの巨人。

 だが、大きさと象形はさすがに今までとは違っていた。

 巨大な5mはあるだろう脈動する赤熱した装甲。

 

 内部からの熱量が空けて見える巨大な血管の如き魔術方陣が両手両足両膝両肘。

 

 関節部を蔽い。

 猛々しい炎の意匠が鏤められた装甲に守られた頭部。

 それはまるで日本の鬼の面にも似て。

 

「   」

 

 その手が不意に最も近い地表の米陸軍部隊に向けられた。

 

 途端だった。

 

 その翳した方角の地面が瞬時に灼熱したかと思うと一瞬で昇華されて半径40mが爆裂した。

 

 固体が瞬時に気体へ変わったのだ。

 

 恐ろしい熱量の集束が見えざる死となって陸軍部隊の1ユニット120名を丸々蒸発させたのである。

 

『な―――マズイぞ!!』

 

 シエラ・ファウスト号内部。

 

 何とか背後の敵の中枢を強襲し、制圧したと僅かに息を吐いていた八木が慌てて今の魔力残量で使える攻撃オプションに僅か目を細める。

 

 莫大な魔力を全て再氷結に注いだ結果。

 

 何とか4時間を大幅に超えて敵の熱量攻撃を受け切ったシエラ・ファウスト号ではあったが、その代償に今や艦が使用出来る基本能力以外のロクな攻撃方法が無かった。

 

『スタンドアロンに変化したッ。乗っ取りは失敗か!!』

 

『制圧部隊から伝令!! 魔術方陣が焼き切られ、罠が発動!! 全使い魔が強制的にシェルターや民間人、軍前衛を無差別攻撃するコマンドで固定化されたと!!』

 

『通信は可能だな!!?』

『は、はい!!』

 

『戻って来ている全機甲部隊に伝達。直ちに全力での戦域防御、支援態勢に入れ。更に遠方のHMCCに連絡を入れろ。全兵装をフルオープン!! 周辺の全観測機器をフルレンジで稼働させ、奴を完全に捕捉する!! アレが空にいる間に全火力を投射して破壊するぞ!!』

 

 今現在、空を飛んでいる敵は地表に対して優位な大規模攻撃を仕掛けて来るだろう。

 

 だが、それは裏を返せば、何処からでも物理的に攻撃が届く遮蔽の無い場所にいるという事だ。

 

 戦域制圧機能は単なる試金石に過ぎない。

 

 シエラ・ファウスト号において最も重視されたのはどんな敵の攻撃にも墜ちない防御力と情報戦機能そのものであり、魔導機械学による高度電子戦機能及び情報収集能力こそが本丸。

 

 防御は全て魔導と冶金学の技術で持ち堪え、その技術の延長線上にある大量の情報観測能力、処理能力が今、稼働しようとしていた。

 

 CICで八木が艦長席横のコンソールに始動キーを差し込む。

 

『全領域管制システム【C4IX(シー・フォー・アイ・エックス)】を起動!!』

 

 ガチリと回されたキーに連動して、CIC内の全観測機器の色合いがまるで黄昏色の如く染め上がり、今までの電気駆動から更に魔力を流し込む魔力導線に沿って次々に機器が立ち上がる。

 

 それは室内を奔り抜け、更には艦内全域へと広がって幾何学模様……いや、魔導方陣の群れを映し出す。

 

『起動確認!!! 全観測機器より情報流入開始!! OS動作正常!! βテスト版のエラーは確認出来ず!!』

 

『処理開始!! 量子通信網の構築まで残り4秒、3、2、1、全ユニットの統合情報処理システムとの相互リンク確立!!! 全観測データの共有承認!! 【超地平距離兵装(オーバー・ホライゾン・レンジ・ウェポン)】OHRWのロックを解除!! 全火器管制を艦長席へ!!!』

 

『全観測機器をアレに向けろ!!』

 

 艦長席の周囲に今、北海道戦線において展開された全ての機甲戦力と兵達の超長距離射程兵器群の発射資格たる魔導方陣が浮かび上がる。

 

 それは黄昏色の円環に全ての情報機器が繋がった瞬間、艦内に流れ込む全情報が集約されたという事だ。

 

 八木がこの艦の主の代わりに席へと座る。

 

 それとほぼ同時に次々と今、艦長席からの射撃要請を受けた全ての兵員と機甲戦力の全兵器がたった一点の虚空に向けて砲口と銃口を向け準備が完了した旨が緑色の光点としてCICの全天投影で方角毎に点灯していく。

 

 地平線の彼方を狙い打つ全兵器の完全同調攻撃(パーフェクト・シンクロナイズ・アタック)

 

 それはシエラのCICに集約された情報制御によって、次々に微調整を繰り返し、周辺観測機器から得られたデータによって如何なる距離からも射程内ならば、火力集中を可能とする。

 

 それが例え、地平の彼方。

 地球の見えざる先だろうとも。

 

『全兵装の完全同調を確認!! 最短到達時間10秒!! 目標への照準時間差処理開始!!』

 

 その兵器毎の微調整は既存の同目標を戦車やヘリなどで狙い撃つというような事の延長線上にある力だ。

 

 既存の量子コンピューターとは比例せず。

 

 汎用性に優れ、火器管制に特化出来る新型戦術戦略情報統合処理システム【C4IX】は中身だけを見れば、元々が自衛隊の用いていた代物を新しいハードとシステムでコンバートした代物であり、出来る事が100倍は増えた……そう本当にただ高度化された代物だ。

 

 同時に任意の対象を照準する機能が携行火器にすらも付随したというだけの事。

 

 その射程を維持するのは魔導と現代科学の融合である重火器の利点。

 

 ベルが生み出した超長距離射程を可能とする魔術具化された銃器の能力故だ。

 

 それで超々距離だろうも威力は十二分。

 

『全HMCC砲塔への最大魔力充填まで残り12秒!!』

 

 数百km先の部隊を瞬時に援護してみせようという馬鹿なプランをやっているのだ。

 今は精々が北海道圏内の敵に当てる程度。

 

 出来なくてはこの先の計画なんて不可能。

 

 膨大な情報処理と重火器の照準と発射の誤差を魔術による術式の補佐で補い。

 

 CIC内の真下に組み込まれたC4IXを基板上で奔らせるシステム本体。

 

 魔導量子電算システム【九十九(ツクモ)】は電子機器と各兵器、各兵員が奔らせる全ての術式の情報を電子上の情報と相互置換し、互いを同等に演算する。

 

 汎用量子コンピューターは今現在実用化されてこそいる。

 

 が、本来その開発は国家事業。

 

 十年単位での技術進歩があってようやく潜水艦に乗せられるかどうかという大きさなのが現実だ。

 

 だが、処理能力が十倍以上違うというだけのみならず。

 

 CICに乗せられた試作たる科学と魔術の融合演算機たるソレは従来の人類の叡智では未だ解き明かされていなかった魔術側の事象すらも演算する。

 

『対象の魔力反応から形質検索、ヒット!! 魔力形質解析!! 結界及び魔力誘導を確認!!! 敵防御形式を検索終了!! 方陣防御を抜く為の威力算出完了!! 全兵器の出力最終調整開始!!』

 

 北海道北部。

 

 今、次々に周囲に陸自や米陸軍が制圧した場所で空へと銃口と砲身を向けた機甲戦力と兵員達の足元。

 

 ガシャリと足元の靴底周囲から展開した鉤爪状のスパイクがコンクリも岩盤も土の上ですらも関係なく大地を噛み締め。

 

 魔力式の杭が足元から彼らを縫い留めた。

 

『全シークエンス完了!! 発射タイミングを艦長席に!!』

 

 八木がそれと同時に己の目の座るキャプテンシートの左右から出て来た銃型のトリガーと弾丸を、マシンアームで展開されたセーフティーを確認し、受け取る。

 

 漆黒のガバメントと白銀の銃弾。

 

 八木が改造されたチャンバー横に増設された装填用の穴へと術式のトリガーとなる刻印弾を入れ込んだ。

 

 途端、艦内の方陣が今までの黄昏色が嘘のように漆黒へと染まっていく。

 

 魔力という魔力が、転化光すら漏らさぬ程にガバメントへと集約されたのだ。

 

 それを示すのは弾丸が銃口内で輝き出せば、一目瞭然だろう。

 

 その集積と吸収に全艦を動かす電力も魔力もほぼ全て必要なもの以外は途絶えたのである。

 

(常人にも使える大規模儀式術……この所作そのものが認証行動にして術式展開予備動作……これ程の力なのだ……合理性だけで全ては語れない。いや、語ってはならないのか)

 

 八木がいつか撃つ事も無かった蒼い少年から貰った銃を今も懐に感じながら。

 

 その手に入れた力を前方のキルマークのように十字で区切られたレティクルの中心へ向ける。

 

『最終全安全装置解除―――この一撃が人の歴史の悲惨さの幕開けとならぬ事を願って!!!』

 

 それは格好を付けたのでもなければ、意図して出た言葉でもない。

 

 儀式中核たる八木の、僅かに目を閉じた彼の、偽らざる言葉だ。

 

 この技術と威力が人類を再び愚かな戦争へ駆り立てない事を想っての叫びに違いなかった。

 

 ガチリと引き金が引かれたと同時に八木は視た。

 

 その弾丸が発射される様子を。

 

 そして、その弾丸こそが儀式の最後の一押しである事を。

 

 次々、次々、次々、北海道中の原野で荒野で田畑で山岳で市街地で空に向けて時間もバラバラに一点に向けて完全に肉体を制御操作された者達と機甲戦力の一撃が撃ち上げられた。

 

 ある砲弾は極めて遅く。

 音速よりも遅く。

 しかし、絶対的な威力を持って虚空を飛ぶ。

 

 ある銃弾は常人の魔術師ならば出力不可能だろう超高圧高威力の積層魔力の激発によって秒速9kmを遥かに超えて雷の如く飛ぶ。

 

 ある砲弾はある銃弾の軌道をなぞって背後から飛び。

 

 ある銃弾は次々に砲弾と銃弾が交錯して上下左右に絡み合うような軌道の最中、直線どころか螺旋を描く。

 

 そして、八木の放った銃弾はレティクルの中央に命中する寸前。

 

 白い何かを纏いながら、男に見えるようになった死の空白へと沈み込んで空間を跳んだ。

 

「縛滅呪法【死澱窮鎖()】!!!」

 

 叫びと同時にCIC内の漆黒が無限の如き光。

 いや、空白によって呑み込まれていく。

 まるで世界を塗り潰すような。

 だが、それが弾丸の飛ぶ先なのだと本能的に彼らは知る。

 死の象徴たる弾が死の空白を超えて、世界に届く。

 その一部始終を彼らは見ているのだ。

 

(これが騎士ベルディクトッ、君が見ている世界か!!!)

 

 巨大な儀式術。

 

 それはベルがシエラ・ファウスト号に込めて来た魔力と術式によって励起され、常人にすら見えるように強化された魔術の顕現に他ならない。

 

 そして、それこそが術式の中核として八木に与えられた力。

 

 どのようなシステムも兵器も、その事実と事象を補強するものでしかない。

 

「   」

 

 儀式が完遂される為に飛ぶ弾丸は空白を突き抜け。

 チャンネルの最中を膨大な魔力によって飛翔し。

 唐突に火神スヴァローグの胸元。

 その奥、中央に存在する炎に大穴を開けた。

 馬鹿馬鹿しい話かもしれない。

 だが、それを見ていたCICの者達は理解する。

 炎に()が入った。

 そう、存在そのものに罅が入ったのだ。

 

 その罅を割り砕くように銃弾が弾けた瞬間に鎖のようなものが穴から肉体を絡め取っていく。

 

 次の100分の1秒の間に起きた事を語れば、単純だ。

 突如として肉体に入った罅に小銃の弾が飛び込んだ。

 

『砕け散れ!!! 偽りの太陽!!』

 

 その叫びは意志のみで放たれたものか。

 

 飛び込んだ弾が更に罅を広げ、広がった罅へ更に銃弾が楔の如く狙い違わず撃ち込まれていく。

 

 まさか、そんな馬鹿な。

 なんて事を想う者はCIC内にはいない。

 これはそういう魔術なのだ。

 敵に楔を撃ち、鎖で縛り、滅する。

 

 それをただシステムが円滑に誤差も無く予め組まれたルーチン通りに行っているに過ぎない。

 

 全ての砲弾銃弾の弾道が描き出す高低のある絡み合う軌道は正に鎖。

 

 全部隊、全兵器、全兵員から銃弾も砲弾も1発ずつ。

 

 些細な誤差さえ許されず。

 

 瞬きの間に―――ソレは罅と銃弾と砲弾の集積の結果。

 

 そう、単なる水が高きから低きに流れるような当然の結果として。

 

 全魔力、全術式、全弾頭の一斉起爆及び事象の顕現によって、陸自隊員32人、米陸軍232人を焼滅させた時間と引き換えに虚空でその存在を正しく塵芥として消し飛ばされた。

 

 その極大の爆発は花火のようにも見えて。

 上空1200m地点。

 空に君臨した小さな太陽は確かに日を跨ぐ事もせず。

 落日を前に墜ちたのだった。

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