異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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第141話「掌握」

 

―――アイルランド北部消失より3日。

 

 アイルランド南部。

 

 無数の街並みが瓦礫と化し、父母を亡くした子供が見知らぬ大人達と共に見知らぬ道を歩き、辿り着いたのは今もシェルターが出来上がり続ける()()()であった。

 

 数百万単位の人々を受け入れ続ける巨大都市型シェルターは正しくSFそのものだ。

 

 空を巡るのは同じ驚愕のアリア。

 

 其処彼処で人々は最初に誰かが上げた声を踏襲し、二の轍を踏んで同じリアクションをしていた。

 

 だが、シェルター内に入る前に幾らか人々は選別され、18歳以下の単身者。

 

 要は孤児になった子供達は引き取り手となる者がいたとしても、その人物の査定が済むまではイギリス政府からの公認を受けて、陰陽自と善導騎士団が預かる事となった。

 

 3歳以下の乳幼児は総計で12万人弱。

 それ以上で7歳までの幼児が33万人弱。

 8歳から14歳までの親の養育がまだ必要な層が92万人弱。

 その内の約3割が孤児であった。

 137万人の内の40万程である。

 

 こういった災害時に統計的には子供達が犠牲になる確率が高く。

 

 生き残った後も大人達の不安増大から暴力によるストレスの発散先にされる事があった。

 

 人身売買が今や存在しないという状況にあっても子供を食い物にして支援を受け取ろうという大人はいる。

 

 結果的に預かる事になった子供達を両組織は避難者の中からすぐに選び出した保育関係者や教育関係者を編成して預ける事を決定。

 

 児童保護用のシェルターを新設し、そちらに移した。

 

 乳幼児などを今まで見ていた親代わりの者達にもパスを発行して、その内部での居住と世話をする事を許可し、その際にはプライベート空間以外の場所で基本的に世話させる事となった。

 

 子供達の危機という事もあり、多くの支援が集まった事で40万からなる誰もが何とか暮らせている現状でもマンパワーは足りず。

 

 同じ孤児でも10歳以上の子供も編成し、器質的に向いているかどうかを九十九に診断させてから各種のシェルター運営上の業務を割り振る事になった。

 

 問題行動がある子供はすぐにカウンセリングなどを行える臨床心理士を集めた一角に移動させて落ち着くまで待機させもしている。

 

 こうして大人達の手を借りながらも子供達が自活する事には大いに異論が出た。

 

 子供に掃除させたり、業務の一部をやらせたり、労働力を搾取しているとの批判であった。

 

『ぜ、善導騎士団は子供に強制労働を強いるのか!!?』

 

『な、何て事!? 子供に掃除や洗濯をさせるなんて!?』

 

『一体、どういう事なのですか!? 事と次第によっては―――』

 

『子供達を労働から解放して下さい!? みんな、泣いてるじゃないですか!?』

 

『はーい。いないないばぁ~~~泣かないでね~お~よちよち(=゚ω゚)ノ』

 

『おしっこ~~~う~~~』

 

『せんたくものはこっちだよ~~あ、男子~~ちゃんとせんたくものたたんでよ~~ぐちゃぐちゃにするのは自分のだけにしてよねぇ~~』

 

『アイロン要らない柔軟剤なんだってー』

 

『聖剣エクスカリバー!! やっぱ、ビームが最強武装だね!!』

 

『え? 今はやっぱりロンゴミニアドだろ? 遅っくれてるなぁ。あ、ピックアップにようやく……引かなきゃ!!?』

 

 大人達の横では子供達が空元気ながらもある程度は馴染んだ様子でもう社会を作っており、諸々の業務に勤しんでいる。

 

 実際にやらされているのは自分達の住まう区画の掃除や洗濯。

 

 掃除用ドローンのスイッチを入れて掃除用パックの交換をしたり、洗濯物を運んで洗濯機に入れてスイッチを入れて乾燥までしてドローンの作業台に積んで各区画のリネン室に運んで……的なものだ。

 

 子供達の面倒を子供が視ると言っても基本的には人力が必要な簡単なものが主なのは当たり前だろう。

 

 後はゴミを出したら、ゴミ箱に入れる的な日本ならば普通だろう事をし、その際には分別もするという程度だ。

 

 ドローンが配置された各区画内で行われる重大な行為は基本的に医療行為やカウンセリングのようなものだけだ。

 

 日常的な世話で大人がしなければならないものとそうでもないものを明確に線引きして少ない人員でやりくりしている善導騎士団が()()()()()()()()()()()()()()()と堂々と言い切った事は正しく彼らの正論だった。

 

 そもそもの話、子供達が不安の中でも比較的大人しくしていたのはそういった不の感情を一時でも忘れさせてくれる娯楽や遊びや仲間という何よりも精神安定に欠かせない寄って立つ社会が提供されていたからである。

 

 誰だって見知らぬ大人を最初から信用など出来ない。

 

 1万弱しかいなかった教育者達に全部残らず1人で愛してやれというのは如何にもブラックな業務体制であって、体にも心にも優しくない。

 

 子供達であろうと出来る者はやらせるという方針と生活を与えた事は善導騎士団にしてみれば、大陸中央式一般論であった。

 

『強制労働? いえ、子供達にとっては社会性を養うごっこ遊びですよ』

 

『あれがごっこ遊びかね?! ええ!? どう見ても強制労働だろう!?』

 

『あ、そう言えば、奥さんに他の女性との婚約の言い訳を今日中に考えなくてよろしんですか?』

 

『フゴ?! ば、な、い、いきなり君は何を言って!?』

 

『お相手の方が今日はシェルターの料理場に勤める事になると一報が在ったような無かったような? 今朝プロポーズすると決めたんですよね?』

 

『(わ、私の心が読ま―――)?!!』

 

『なら、お早目にした方がいいですよ? あ、それとも奥さんにこちらから本日のご予定をお伝えしておきま―――』

 

『失礼する!!? 急用を思い出した!!』

 

『ああ、そう言えばマダム。御宅の()()()()は大丈夫ですか? また、()()が無いって泣き叫んでるそうですけど?』

 

『ハッ?! な、何の事かしら!?』

 

『あ、でも安心して下さい。ペンダントを付けた以上、もうどんな形であれ、お子さんが嵌っていたお薬は効きませんから』

 

『だ、だから、何を!!?』

 

『ただ、社会的に隠したいからって監禁するのはどうかと。()()()()がそろそろ出る頃合いですから、傍に付いていた方が良いんじゃな―――』

 

『し、失礼しますわ!!? ちょっと、これから用事が!!!』

 

『あ、そう言えば、そちらの方はまずご自分のお子さんを泣かせない事が先決じゃないでしょうか?』

 

『は?! わ、私に行ってるの!? バカな事言わな―――』

 

『ええと、さすがに躾だからって拳で殴るのは止めておいた方がいいですよ。例え、カメラが見てなくても()()()()()()()()()

 

『ヒッ?!! (何、このガキの目……こんな冷たくッッ?!!)』

 

『保安部が今日中に証拠映像付きで厳重注意と親権剥奪と身柄保護を行いに行く事になってますから、そろそろ対応に帰ったほ―――』

 

『そ、そいえば、今日は人と会う約束がッッッ?!!!』

 

『ええと、そこの―――』

 

『そういえばッッ?!! もう子供を迎えに行く時間だったんだ!!? 私はこれで!!!』

 

『ああ、確か―――』

 

『あ、ごめんなさい!! わたし、実は急用を思い出しました!?』

 

『どうやら、此処に問題は何一つ無かったようだ。僕もこれで……ッッ!!』

 

 そもシェルターに入るまでドローンが蒐集した避難民のデータは全て九十九が管理分析分類し終えている。

 

 要は誰の個人情報も丸裸だ。

 そして、そのデータは全て少年の手の内だ。

 

 そして、犯罪や後ろ暗い人を省みない行動があるかどうかまでもちゃんとドローンは闇夜の中だろうと見逃さない。

 

 心理状況を数字としてリアルタイムで九十九に視覚化され、少年に目の前で映され、あらゆる背後の人に言えない状況を指摘されては異論を挟む人々も顔を引き攣らせるしかなかった。

 

 ()()()()()()()()()が聞くに値するかどうか、というところまで精神的に追い詰められて尚、子供達を見知らぬ異邦人から救おうという奇特な人物は残念ながら声を上げた人々の中には混じっていなかったのである。

 

 例え、それが正しい意見であろうが、お前が言うのでは聞くに値しないとやんわり言われて彼らは全員逃げ出したのだ。

 

 まるで心を読んでいるような異論封殺係(仮)な少年を言い負かせる人々はいなかった事はそのまま子供達の安定した生活にとって幸いだっただろう。

 

 無論、少年は読心能力なんて無い。

 

 が、自分の統括する研究関連の情報は読み漁り続ける真面目な魔術師であり、魔導師である。

 

 人の感情の動きや何を考えているのかをその洞察力で仕草や視線や表情から現代学問の叡智たる統計学や臨床心理学を用いて推論を図り、九十九のデータを読み込めば、相手の一番痛くて折れるところを突くなんて朝飯前であった。

 

(やっと行ってくれた……)

 

 感情的な人々であるならば、尚更読み易いのは当たり前だろう。

 

 自称有識者な人々が『お前らに秘密なんてあると思ってんの?』と笑顔で暗に示され、心の底まで圧し折られそうな心配(きょうはく)で逃げ出していく光景は……きっと何れ畏怖を以て多くの人々に吹聴される事だろう。

 

 善導騎士団には心を圧し折る事に長けた悪魔のような笑顔の子供がいる、と。

 

「ふぅ……(・ω・)」

 

 いつもの顔でギリギリ回している業務を破綻させようとした大人達を追い払った少年はあっという間に保育関連の業務を受け持つ女性騎士から広まったらしい騎士ベルディクトの名前と共に一部の礼儀正しい子供達に手を振られながら見送られ、それに手を上げて応えつつ。

 

「ええと……」

 

 アイルランド中部の設置観測基地化した黒武のデータやらシェルター運営の問題点が垂れ流されているタイムラインを見つつ。

 

「そうそう……」

 

 問題解決に奔走するイギリス政府側の公務員達に諸々の命令を電子空間上で出して動かしもしつつ。

 

「物資は……」

 

 未だポケットで濁流の如き工程を消化して都市のシェルターを増設しながら、同時進行で日本側の止まっていた復興工事用の基礎工事もやりつつ。

 

「ああ、まだ色々と……」

 

 陰陽自研の各種の業務決済にも精を出し、黒武と黒翔と各地の防衛計画用の装備の生産ラインの整備もしつつ。

 

「ベルディクトさん」

「ベル!!」

「ベル。おるか~」

 

 ようやく落ち着いて手が空いた姉妹とリスティアがやって来るのに合流した。

 

「皆さん。ヒューリさん……は保健業務関連を受け持ってるんでした。シェルターの守備任務の引継ぎが終わったんですね」

 

「うむ。その通り!! という事で指示を仰ぎに来たのじゃ。北部は不用意に近寄れんじゃろうし、周辺観測にはもう鳥の使い魔が大量じゃからな」

 

 リスティアが大きく頷く。

 

「どうしたらいいんでしょうか? 痛滅者だとさすがに不用意に使って消耗させたりも出来ないですし」

 

「そうそう。お休みしててもいいって話だけど、さすがにお休みする程、働いてないわ」

 

 三人とも痛滅者にさえ乗っていれば、恩恵を受けて通常待機で乗り込んだまま3日徹夜したくらいでは消耗しない。

 

 実際、いつでも万全に飛ばせるようにしておく以外では温存するのも戦術的には正しく。

 

 だが、何かをしたいという彼女達に何もさせないというのも解決手段ではないと知るからこそ、少年はポンと閃いた。

 

「ロンドンの方に痛滅者で出向して下さい。あっちの方でハルティーナさんが困ってるそうなので」

 

「ハルティーナが? よし来た。では、サクッと行くのじゃ!!」

 

「現在地は痛滅者側にデータを転送しておくので」

 

「……ベル。大丈夫?」

 

 今まで少年の顔色を見ていた悠音が少し心配そうに尋ねる。

 

「ちょっと大変ですけど、僕にしか出来ない事ばかりですから」

 

「うん……あんまり無理しちゃダメだよ」

「はい。ありがとうございます。悠音さん」

 

 少年がその頭を撫でるとちょぅと複雑そうながらも笑みで少女が答えた。

 

 今はさすがに大人バージョンだ。

 

「それと明日輝さんの方に聞きたいんですが、大丈夫ですか? 特にお腹とか」

 

「あ、はい。()()()は静かなもので今はスヤスヤしてるみたいです」

 

 明日輝も大人バージョンであるが、さすがにお腹の部分は普通に見えるようにしていた。

 

 大人になっても膨れていた為だ。

 

「なら、構いません。あまりストレスを与えないようにして下さい。まだ分からない事や解析出来てない事ばかりなので明日輝さんの身にもしもがあるといけません……」

 

「はい。気を付けますね。でも、大丈夫ですよ。時々、この子……啼く事があるんですけど、不思議な響きがして……とっても安らかな気持ちになるんです」

 

「そうですか。いつ生まれるのかすら未だ分かりませんけど、用意だけはしてあるので……変化があったらすぐに知らせて下さい。ちゃんと、そういう講習とか現場知識とか専門の方に色々と教わっておいたので対処は可能ですから」

 

「は、はい。でも、やっぱり、は、恥ずかしいです……」

 

 思わず明日輝が大きな胸をゆさりと揺らして片手を少し曲げて頬を少し蔽った。

 

「大丈夫ですよ。元々、僕も医者の端くれですから。一応、異種用の出産関連の知識はあります。さすがに実地まではしてませんけど、産み方も色々あるので安心して下さいね」

 

「は、はい。もしもの時はよろしく、お願いしますね? ベルディクトさん……」

 

 姉のあからさまに乙女な笑みに妹及びリスティアは『姉妹でベルさんの赤ちゃんをどれだけ産めるか競争します!!』とかヒューリが言い出さないかと少し心配になった。

 

 今のヒューリは安定こそしているが、もはや嘗てとは違い。

 

 恋愛モンスターというか。

 

 過激な意見がニッコリ笑顔で飛んでくるようになっている。

 

『わ、私はですねぇ!! ベルさんをただ××して×××するくらい××××したいだけなんです』とか、お茶の間に届けられそうにない事を平然とした様子なのにポロッと零すのだ。

 

 まぁ、慌てて後でふと我に返り、訂正したりもするのだが、心が駄々洩れ。

 

 なので、姉妹とリスティアとフィクシーの間では今の状態のヒューリを後で戻ったら黒歴史になりそうという意味でブラック・ヒューリと名付けていたりする。

 

 こうして少年に別れを告げた三人は自分の痛滅者が載せてある黒武へと向かい。

 

 すぐに後部ハッチから出発してロンドンへと向けて飛翔していく。

 

 その光景は黒翔で未だ避難民を誘導したりしている為、目立たなかった。

 

「じゃあ、さっそく……(・ω・)」

 

 また、いつもの顔に戻った少年は仕事を始める。

 

 農業従事者と土木作業員や建築業者を難民の中から集める為に。

 

 お仕事の斡旋を開始するのだった。

 

 *

 

 カッコン。

 

 そんな擬音がしそうな男達が劇画チックに固まるのも無理は無かった。

 

 いきなり、地元が壊滅して、よく分からん内に避難した先に見知らぬ都市が()()()()()、救助部隊と名乗る極東の人々に混じる子供に農業と土建業のスペシャリストを募集中(高給)とか言われ、ノコノコ出て行ったら、よく分からん建築物資やよく分からん農業資材やよく分からん樹木やよく分からんスーツを出され。

 

『皆さんの身体機能をアシストするスーツを配給します。農業関係者の方は現場での食料生産用のマニュアルを置いてあるのでそれの範囲内で今後避難者に配る食料の生産計画を立てて、種類毎に提出をお願いします。建築業者の方はスーツを着込んでの周辺防衛設備の建設をお願いします。こちらでインストラクターの方は大量に手配してあるのでご心配なく』

 

 とか、言われて北米や日本から通信してくる人々に何故か母国語で話し掛けられ、色々とレクチャーされながら試行錯誤を始める事になったのだ。

 

 シェルター周囲の景観を考えながらインテリア・デザイナーや家具業者、建築士サイドからの意見も交えつつの愉しい都市工作。

 

 何故か放り込まれた先で働かせられている彼らに出された代価はシェルター内での嗜好品の優待権利であった。

 

 甘味やら普通の繋がる電子機器やら缶詰生活に飽き飽きしていた人々に生の食材で生の牛肉豚肉鶏肉(人工蛋白質合成もの)やら避難先という事で芋と缶詰の生活を覚悟していた彼らにしてみれば、食い物は破格。

 

 人類三大欲求。

 

 食欲を前にして彼らもわけ分からんけどやろうという気になったのだ。

 

『うぉおおぉおぉ!? 肉!!? 肉だぁ!?』

 

『肉喰うなんて何年ぶりだ? 魚には飽き飽きしてたんだよ……』

 

『この分厚いステーキ……北米で食って以来じゃねぇかなぁ……』

 

『この鳥の煮込み料理……ちょっと、祖国の味に似てやがる……うぅ』

 

『え? お代わり……いいの? (ゴクリ)』

 

『こ、こっちにも追加をくれぇ!! っ……っ……この料理塩味効いてんな』

 

『こっちにもだ!! ぅう、何もかも懐かしいぜ……』

 

 渡された種から即座に穀物や植物が収穫出来るとか言われたり、400kgくらいの建材なら持って歩けるとか言われたり、何か人口肉なんですとか言われながら昼飯にステーキやハンバーグや肉入りの煮込み料理が大量に出てきたり、奇妙で美味しい現実が彼らを襲ったのである。

 

 いつゾンビが出るかも分からない壊滅した都市から歩かされ、空飛ぶ乗り物に運ばれて避難生活中であるはずだ。

 

 だが、中身が何故か普通に働いて侘びしい缶詰を喰ってる時より住環境や食卓が華やかというか賑やかになっているというのはどんな冗談なのか。

 

 そう昔の料理がまともに食えた頃の事を思い出して思わず涙で塩味がきつくなった料理を喰う人々も大量であった。

 

 やっぱり、人間は人間性を維持するにはそれなりの手間暇が掛かるのである。

 

 それを国家が限界まで人数を養う為に切り詰めさせた事はまったく合理的な回答ではあったが、正に()()を使い世界を変革する超技術集団を前にしては児戯かと膝を付く以外無い。

 

 無論、そんな人々に()()()()()()()()するのが善導騎士団だ。

 

 メシマズ国家と言われて久しいイギリス人も陰陽自が招集したらしい料理人や料理関係の研究者が作ったメニューにはニッコリである(フィクシーの薬の効果も多少はあるかもしれない)。

 

『ほらぁ!! 煮込み料理班は仕込みもっと早くぅ!!』

 

『此処は有名レストランじゃないのよ!! 丁寧に素早く以前に機械や道具も使って!!』

 

『業務用洗濯機で洗え!! 400台回せるようになってるって事だ!!』

 

『ポテトや皮の厚いのをとにかくぶっこんで回しなさい!!』

 

『ちんたら炒めてんじゃねぇ!! オーブンやレンジも出来るだけ使え!!』

 

『煮込み料理は最低限の仕込みの後はすぐに入れて煮なさい』

 

『コンロは3000台あるんだから、流れ作業で入れてけよぉ!!』

 

『焼き物は行程少なくしてシンプルでいいのよ!! 塩と香辛料だけでも十分感動もんでしょ!!』

 

 現地の料理人達も招集されており、現場での個人への配給を優遇するという話で次々にシェルター内のキッチンでは運び込まれてくる食材で数百万人分の腹を満たす料理が造られ、缶詰などと一緒に栄養が偏らないようにと温かい内に室内や食堂に配給された。

 

 彼らの労働勤務体制は24時間6交代制。

 

 室内への配給は病人や今も両手両足などが不自由な者に限られる。

 

 だが、それでも十分な支援体制とは言えないとばかりに仕事が山の如く避難民に分け与えられたのは必然である。

 

『衛生処理班は保健衛生関係の資格者で固めて!!』

 

『オムツの処理はトイレにそのまま流していいって教えてあげて!!』

 

『清掃業務は各ブロックで自治会を組織させてやらせるのよ!!』

 

『生ゴミ以外は全部一緒にしてって言ってるじゃない!!』

 

『カウンセラー足りないわよ!! B-33ブロックに追加で四人頂戴!!』

 

『病人は四肢欠損してる患者やウィルス病原菌由来以外治ってるでしょ!! カウンセラーに診断結果出させてから規定日数で職業毎に復帰出来るように計らうわよ!!』

 

『い、忙し過ぎる……でも、まだ疲れないって、このペンダント本当に大丈夫なんだろうな?!』

 

 不満やストレスなど生きる為の労働を前にしては大抵吹き飛ぶ。

 

 ついでにこの間はお前を良識的な人間に洗脳してごめんなという謝罪会見までしたMHペンダントが問答無用に配給されていた為、善からぬ事を企んだり、人を蹴落として楽に生きたい系な人々すらも渋々効率は悪いがお仕事はこなすのであった。

 

 この嫌とは言わせないシェルター運営方式がザックリと人々の間に浸透していく速度は急速と呼んで差し支えないだろう。

 

『イ、イグゼリオンが負ける?!! が、頑張れ!!? ここで負けたら地球は―――』

 

『おぉ~~~神よ!! 魔法少女達に永久の安寧を……』

 

『オレはこれでターンエンド!!』

『くくく、チェックメイト』

 

『オレはこれでボスに154点ダメージだぁあああああああ!!!!』

 

『ひぃ?! 狂った仲間に殺されるとかありなのかよぉ!?』

 

『ああぁあぁ……化け物に食い殺されるENDとかサイテー……』

 

『うぅ、良かった~~~これでオレはこの子とけ、けけ、結婚ENDだ。やったぁあ!?』

 

 そんな事を露知らずな子供達は元気に遊ぶなり、九十九が合成する殆ど人間と聞き分けが不可能なレベルの音声で吹き替えられたアニメに一喜一憂するなり、配給された全員で遊ぶ方式のカードや盤上遊戯や双六やTRPGなどで友好を深めていた。

 

 無論、それとて自身に科せられた業務内容をこなせば、少しグレードアップする大人達と同じような方式でやる気を出させている。

 

『こうして地球の平和は護られました。ですが、彼らは知らなかったのです。新たな侵略者の魔の手が地球へ再び延ばされている事に……続く(九十九の合成音声吹き替え)』

 

『絶対、みんなを護るんだからぁああぁああ!!!(九十九の魔女っ娘吹き替え)』

 

『貴方の負けです。(ゲームオーバーを告げる九十九の合成音声)』

 

『おめでとうございます(ゲームクリアを告げる九十九の合成音声)』

 

『くくく、だが、我は滅びぬ。人が存在する限り……何度でも蘇る!!!(ボス役をやる九十九の合成音声)』

 

『シナリオ終了。新たなキャラクターの制作を開始して下さい(GMをやる九十九の合成音声)』

 

『おめでとう。君は生き残った報酬を受け取るといい(ゲーム内報酬を渡す九十九の合成音声)』

 

『私、君と結婚出来て幸せだよ……(乙女役もこなす九十九の合成音声)』

 

 人間の脳内の報酬系を弄る手練手管に長け始めた善導騎士団(九十九を使う一部の少年)などの高度な人心掌握、人心誘導術はもはや魔術染みていた。

 

 それを知るのは殆どの状況を把握する八木や海自組みくらいなものであった。

 

 まぁ、そんな内心で理解出来た事実を政府に報告したりしないのが彼らの良いところなのかもしれず。

 

 あるいは染まってしまった故の弊害なのかもしれなかった。

 

 職業倫理的にはグレーなのかもしれないが、命令されていない事ならば全ては彼らの心の内に秘して良いと彼らは断じる。

 

 少年が人々を生かそうと己を削って今も戦い続けている事を知らぬ者は無い。

 

 誰よりも長く働き。

 誰よりも長く勉学に励み。

 誰よりも人の死を理解し、視ているのだ。

 それで尚、人類には生きていて欲しいと。

 そう願う姿こそが彼らには尊く思える。

 

 米国内で起きていた事なども少年に近い陰陽自内の人々には伝えられているし、その人の業の悪辣さに比して黙示録の四騎士達を前に手が鈍る事も無かった。

 

 ヒューリなど国民を実験の犠牲にされた国家の重鎮だったかもしれない人物だ。

 

 それでも全てを押し殺して騎士として戦う事を選んでくれている事を見れば、彼らの善導騎士団への信頼は絶大。

 

 最初から騎士として転移に巻き込まれた者達にもこの事実は公開されている。

 

 部外秘ではあるが、それにしてもサボタージュしているという話も無いのだ。

 

 わざわざ関係に罅を入れるような報告は問題外であった。

 

 *

 

 アイルランド南部がアイルランド南部?のような疑問形で変質していく最中。

 

 ロンドンの史跡。

 

 周囲には石積みの小さな館跡しかない尖塔に痛滅者が降り立っていた。

 

 途中、空から御越しの際は裏側に回って下さいとの通信が魔術で入り、その通りにリスティアと姉妹達が降りたら、景色はすぐに早変わりし、数百台の車両が置かれた駐車場の端に1人女性が佇んで彼女達を出迎えた。

 

【正史塔】の職員であると告げた相手に駐機する場所を指定された彼女達は降りてから裏手から扉を潜り、内部の巨大なエントランスに驚き。

 

 エレベーターで上階へと上がってハルティーナのいる一室へと向かった。

 

「ハルティーナさん!!」

 

 悠音がタタッと軽やかに少女の傍に駆け寄る。

 

 室内には今も陽光が降り注いでおり、片面はガラス張りだ。

 

 ただ、やはり内装からしてもホテルように洗練された家具類が多く。

 

 今は亡き国家の特産品がソファーやらインテリアの形で残っていた。

 

「問題があるとベルディクトさんから聞きました。どうしたんですか?」

 

 紅のフカフカな絨毯を歩いて明日輝が後ろから続き、リスティアがハルティーナの近くの椅子に座る少女を見やる。

 

「現地協力者かのう?」

 

「はい。ベル様は忙しいそうなので連絡だけ入れたのですが、皆さんには初めてになります。現地協力者になってくれるシュルティ・スパルナさんです」

 

 三人が揃って頭を下げ、慌ててシュルティもそれに倣った。

 

「それで問題とは何が起こったんじゃ?」

 

 リスティアの問いにハルティーナが傍にあった中型のディスプレイの付いた端末を手渡す。

 

「……ふむ。ま、人間そういうもんじゃろ」

 

「「?」」

 

 姉妹達が首を傾げて、リスティアが理解した様子で肩を竦めつつ、端末を手渡す。

 

「ええと? 何か色々な格好の人が……ハルティーナさん相手に投げ飛ばされてるんですけど」

 

 明日輝が首を傾げる。

 

「はい。昨日の説明会場での一幕です」

「えっと……何でこんな事に?」

 

「いえ、皆さんに今までの魔術はこれから廃れるので趣味の範囲に留めて、効率の良い大系で現実的な対処をお願いしますと言ったら、なら実力を見せろと言われまして」

 

「それでどうして投げちゃう事になったの? 魔術合戦とかするんじゃないの?」

 

「いえ、私はそういうのに向かない系なので」

 

「「ぁ……(;´Д`)」」

 

 姉妹達がようやく気付く。

 

 ハルティーナは基礎的な魔術くらいは出来るが、攻撃魔術なんて出来ない。

 

 というか、根本的に魔術師技能はあるが、その技能を五体を用いた己の流派の攻撃に転用する事が彼女の魔術と呼べるものであるので……まぁ、魔術を見せろと言われて出来るのは正しく五体による魔術技能の行使だけであった。

 

 投げ飛ばされているのは手加減の結果。

 

 だが、それが通常の魔術師に屈辱なのは想像の範囲内だろう。

 

 それも自分の半分も生きていなさそうな文字通りの小娘にである。

 

「装備を脱いでもう一戦しろと言われたのですが、もしもの時に着ていないと困った事になる可能性もあったのでお断りしたらへそを曲げられてしまって。皆さんには私が装備を脱いでいる間の事をよろしくお願いしたいと」

 

「そういう事だったんですね……ま、まぁ、仕方ないですよね」

 

 明日輝が半笑いになった。

 

「では、皆さんも来たので地下の闘技場の方へ」

 

 こうして全員が再びエレベーターに乗って地下へ。

 硬質な普通の地下通路の先へと向かうと。

 

 既に多くの魔術師達が集まっている様子で観客席には関係ない連中も大量。

 

 何故か普通に賭け事になっていた。

 

「お、下馬評が……何々? あんな小娘にコケにされて小娘に入れるヤツは死ね? あはははは、素直じゃの~~♪」

 

 リスティアが思わず微笑ましいものを見るような笑みで今のレートが書かれたボードを見た。

 

 圧倒的に魔術師側の方に勝利予想が集まっている。

 

 賭けているのはきっと前日に投げられた連中の関係者に違いなかった。

 

「では、行ってきます。あ、これは尖塔の方に頂いた活動資金なのですが、皆さんでどうぞ」

 

 ハルティーナがポンとポンドの札束を三人に渡してスタッフ・オンリーの看板が掛かった扉から奥へと入っていく。

 

 そうして数分後。

 

 スポーツ用の動き易そうなジャージ姿で髪を纏めてスタスタ出て来た。

 

 そこには何かを気負った様子など微塵も無い。

 

 リングの外から『お嬢ちゃん。大丈夫か~~』とか『おむつは取れたのかよ~~』とか『負けたら頭をいいこいいこしてやるからな~~』とかヤジが飛んでいる。

 それを聞いた三人は肩を竦め、シュルティは何処かハラハラした様子になっていた。

 

「そう言えば、何人相手なんじゃ?」

 

「あ、聞いてませんでした。ええと、シュルティさん、でいいですか?」

 

「あ、はい!!」

 

「今日はハルティーナさんは何人と戦う予定なんですか?」

 

「ええと、その……決まってません」

「え?」

 

「飛び入り参加可能で10分以内に飛び入り参加する人間がいなくなったら終了、です」

 

「え、えぇ?!! そ、そんな無茶苦茶じゃない!?」

 

 思わず悠音が正直な感想を上げる。

 

「いや、そうでもなかろう。ぶっちゃけ、ここらの連中は全員見る限り後衛。ついでに低階梯ばかりじゃ。ま、姑息な手段やら諸々使って戦わねば互角かも怪しいであろう。それを承知で対戦人数未定にしたハルティーナの方こそが賢い。彼らを取り込む方策としてはコレ以上は無かろう。我々はあくまで実力を示して使える人材が欲しいというだけじゃ。敵を倒すのが目的ではないからのう」

 

「でも、大丈夫でしょうか? ハルティーナさん……」

 

「何じゃ? 心配か?」

 

「さすがに数人くらいじゃ負けないと思いますけど、人数未定なのはやっぱり……」

 

「く、あははははははっっ」

 

 思わずリスティアが大笑いした。

 

「心配性じゃな。お主らの目もまだまだ……」

「ど、どういう事? リスティ」

 

 悠音に元お姫様の肩が竦められた。

 

「ワシが太鼓判を押そう。あの一見して融通の利かなそうな真面目護衛は……まぁ、装備など無くともそこらの十把一絡げには負けんよ。超越者なぞで無くとも、な。あ、全賭けフェイルハルティーナじゃ」

 

 締め切り間際にリスティアがポンドを全てハルティーナの勝利に賭けた。

 それも完全勝利に。

 

『え~~これより善導騎士団との【正史塔】所属者による交流試合を―――』

 

 外面的なアナウンスが入るものの。

 誰一人として、そんなのは聞いていない。

 碧い少女が1人。

 灰色のジャージで立っているだけだ。

 

 それに対して戦えない後衛職系な術師とはいえ……ズラリと―――。

 

「30人とか多過ぎませんか?!」

 

 思わず明日輝が抗議しようかという声を上げる。

 

「ま、前衛の実戦経験豊富な相手じゃ。ハンデとしては妥当というよりはかなり控えめじゃな。というか、連中脂汗掻いとるぞ? どうせ、相手を消耗させる為だけの捨て駒役じゃろ。志願しただけ見込みのある連中じゃな」

 

 少女達がガヤガヤしている間にも試合が始まっていた。

 

 男女問わず。

 年齢問わず。

 

 ローブやら普通の洋服に身を包み。

 多少、おかしな装い。

 

 大量の宝石やら大量の装飾やらを身に纏ったり、あるいは身に付ける様々な物品、小物に付けた者達がバラバラに散らばって次々に攻撃用らしき呪文を詠唱。

 

 そう、詠唱していた。

 何秒掛かるのか。

 

 だが、広がっている相手を倒すのに手加減まで強いられる少女が動き出したところで誰か1人。

 

 いや、数人倒せたとしても詠唱終了まで30人は倒せない。

 

 そう、犠牲前提の消耗戦が展開―――されなかった。

 

 ドサリと彼らが次々に倒れていく。

 

『おっとぉおおお?!! どうした事かぁ!? 30人がいきなり倒れ伏したぁあ!?』

 そうして10カウント後に彼らが従業員達にイソイソと片付けられていく。

 

『解説のジョゼフさん!! 一体、彼らは何をされたのでしょうか? 異世界から来たと言われる善導騎士団の彼女はどうやってあの数を一瞬で? 魔術具も無く。詠唱もせず。魔力の気配も感じられませんでしたが……まさか、何かしらの能力を持っていたのでしょうか?』

 

『解説のジョゼフです。いやぁ、かなり珍しいものを見させて頂きました。というか、アレですね。単なる物理的な指弾ですよ』

 

『指弾? あれですか? 指で弾いてモノを飛ばす?』

 

『ええ、相手が倒れる寸前の彼女の指に注目して下さい』

 

 虚空に映像が出る。

 

 すると、術師達が倒れる寸前に少女の指が掻き消えていた。

 

『でも、何を打ち出したのでしょうか?』

 

『空気ですよ。単純無比ですね。後、狙ったのは顎でしょう。脳震盪ですね。というか、常人の筋力じゃありませんよ。魔力が充溢してはいるようですが、単純な肉体能力が桁違いなんでしょう』

 

 会場がざわつく。

 

 何もさせずに手加減されてバッタリ全員が倒れ伏したのでは顔も引き攣ろうというものであった。

 

「アレ……クローディオさんの技じゃありませんか?」

 

 明日輝の言葉にリスティアが肩を竦める。

 

「東京本部で習っておったんじゃろ。というか、あの技ならば、あの片世にも出来たと記憶しているが」

 

「ハルティーナさん。凄い!!」

「ハルティーナさん。が、頑張れ~~!!」

 

 悠音が驚く横ではシュルティが応援し始める。

 その間にもまた次の連中が入って来ていた。

 

 さすがに今度は防御用の方陣を最初から身体に張り巡らせている。

 

 時間を稼いで消耗させる為、最初の連中は少ない魔力を攻撃か防御のどちらかに集中するという事が決められていたが、今度はどちらも最初から全開。

 

 ゴングが鳴ると今度は一斉に散開―――するよりも早く少女の姿がその場から消えて、真正面の数十人の人の塊が次々に壁際に吹き飛んでグッタリと倒れ伏した。

 

『そ、速攻ぉおおお!!? み、見えませんでしたよ!? というか、結界を張っていたのですよね!?』

 

『ええ、張ってましたね。間違いなく。それを衝撃で剥がして全身を強打する軽い魔力の波動を手元から放出して吹き飛ばしたんでしょう。見るべきは精密な制御の方ですよ。手加減されてるはずなんですが、相手の結界を瞬時に見切って、丁度彼ら全体を吹き飛ばす程度に調整とか……どういう教育受けたら、ああなるんだか……』

 

 また会場が静まり返る。

 

「な? 言ったじゃろ」

 

「「(´Д`)……」」

 

「頑張って下さい。ハルティーナさぁん!!」

 

 リスティアの言葉通り。

 次から次へと数十人単位で後衛職が投入された。

 

 解説された手練手管で一撃で吹き飛ばされないようにと防御に魔力を極振りして、相手に速攻で突撃して仲間の攻撃時間を稼ごうという者もいたし、それにはさすがにハルティーナも時間を取られたのだが、今度は攻撃が当たらない。

 

 仲間が増えるという事は攻撃出来ない対象が増えるという事だ。

 

 仲間を盾にされて次々に攻略されてはどうしようもない。

 

 基本的に致死性の攻撃はご法度になっていた事で終始ハルティーナの優位で進んだ交流試合は惨憺たる有様で……最後にはまだ詰めていた数百人からなるエントリー済みの連中は全員がこれは無理だと匙を投げてリタイヤ。

 

 ついでに我こそはという連中は会場にはいなかった。

 ハルティーナとて人間だ。

 体力は消耗する。

 

 しかし、魔力は未だ十分ですぐに自己治癒して回復しているのがインターバル中に会場全体から見て取れた為、自分達では無しの礫なのは彼らにも解ったのである。

 

『え~では、【正史塔】のオーナー側から交流試合の勝敗が下りました。時間内に再出場再試合希望者無し、飛込み参加者無しでこの試合の勝者は騎士フェイルハルティーナとなります』

 

 会場はざわついていた。

 

 しかし、ハルティーナは従業員からマイクを一本借り受けると周囲の魔術師達を見て、こう言う。

 

『皆さん。一言言わせて頂けるなら、今日……私は失望しました』

 

 ざわりと術師達の視線が険しくなる。

 

『私に勝てる。勝てない以前の問題です。貴方達には戦う気力が無い。心の何処かで諦観に支配されている。例え、卑怯な事をしても勝ちたいという気迫すら無い。ガムシャラに前へ進もうという気概も無い。そのご大層な知識の詰まった革袋に魔力以外で何が詰まっているのか尋ねるべき事態です』

 

 ブチ切れそうな者は多数。

 

 だが、その冷ややかなハルティーナの瞳に誰もが言い返せるようなヤジも飛ばせなかった。

 

『そして、貴方達のやる気の無さに告げる言葉ならば、単純です。その抱えている屑鉄にすら劣る大系を捨てて奴隷のように我々の魔術を受け入れ、唯々諾々と従って歯車になるのなら、少しは貴方達にも生きている価値があるでしょう。いえ、そんな事をせずとも貴方達が滅びていくのを我々は眺めているだけでもいいかもしれません』

 

 拳を握る者は幾多。

 歯を食いしばった者は更に多い。

 

『今、滅亡に瀕している祖国の中で力を持ちながら腐っている貴方達は最低と評価するにも値しない。負けた? 戦えない? 最初から目に見えている? 魔力が低い? 才能が無い? 馬鹿馬鹿しい……』

 

 もうリスティアは苦笑を通り越して肩を竦める。

 辛辣な本当に単なる事実を言っているのだろう少女。

 

 その瞳に真っ当に反論出来る者は……其処にいなかった。

 

『まだ、貴方達にはその五体があるでしょう。まだ、生きている時間があるでしょう。捧げられる命があるでしょう。存在しているだけならば、微生物達の方が世界を支えている分、マシと言える。お綺麗な言葉でつべこべ自分へ言い訳するより先に今、己の職務と戦っている兵士と公務員達を見習ったらどうですか? 負け犬共』

 

 従業員達は心得ている様子で客席とリングの間にある結界を解いた。

 

 次々に図星を突かれて痛過ぎる顔の紳士淑女。

 怒りに突き動かされた雑魚。

 

 言い返せない程に打ちのめされて泣きながら叫びながら突進する馬鹿。

 

 諸々が少女に襲い掛かる。

 

『1万人だろうが10万人だろうが今の貴方達なんて何も怖くありませんよ。この程度で鎧を使ったら我が流派と鎧を造って下さった方の名に泥を塗ります。()()()()()()はしないので存分に掛かって来て下さい。まぁ―――』

 

 少女が無数の大人達の間を駆け抜けた瞬間。

 

 次々に相手は吹き飛んで壁に叩き付けられ、グッタリと意識を失っていく。

 

『―――貴方達相手にマイク一つ分のハンデでいいのかどうかは疑問ですが』

 

 もはや周囲はしっちゃかめっちゃかであった。

 あらゆる攻撃魔術が爆裂し、自爆や自己犠牲を厭わず。

 

 味方を巻き込んでも構わない勢いで次々に普通の人間なら即死だろう攻撃が諸々……雷撃だの礫だの氷だの爆発だの何でもありで放たれる。

 

 しかし、少女は極めて冷静だ。

 

 襲い掛かって来る連中を次々に投げ飛ばし、盾にし、囮と化し、その上でちゃんと即死したりしないように味方からの攻撃からすら守りつつ、気を失わせる以外の事はせずに単なる打ち身やら肺の空気を吐き出させて行動不能にしていく。

 

 魔力を使っただけの徒手空拳。

 

 片世に毎日のように鍛えられた彼女は今や仲間達の一部からミニ片世とか言われるくらいにはかなりアレな部類だ。

 

 最後に残っていたリスティアは何処からか降って来た傘を差して、蒸気が冷えて天井から落ちて来る水滴を遮っていた。

 

 アワアワしている悠音と明日輝とシュルティであったが、ようやくハルティーナが笑みを浮かべているのを見て、落ち着きを取り戻し。

 

 ああ、騎士ってこういう人達なのかなぁという顔になった。

 

 血脈というものか。

 

 ガリオスの騎士は基本的にアレと大陸中央諸国では話のタネだ。

 

 それが堅物に見える少女であろうと変わらないという事実はヒューリ辺りが知れば、やっぱりハルティーナさんもガリオス人なんですね、という事になるかもしれない。

 

 その当人がいないので単純にハルティーナ個人がイギリスの術師からアレと言われるようになる事件は昼過ぎには終了した。

 

 客が全員ノックアウト。

 

 マイクは途中で壊れたのでマイク分のハンデが要らないくらいとは少女に認められただろう。

 

 そうして、彼らは満杯の医務室でMHペンダントを掛けられて次々に外へ出されながら、イギリスの公共放送に映る少女の姿を見るだろう。

 

 善導騎士団が善導チャンネルで大々的に発表した内容はこうだ。

 

 黙示録の四騎士を討ち取った騎士。

 若干十歳と少しの代々騎士の家系の少女。

 

 彼女こそが善導騎士団次期大隊長候補にして重要人物の護衛役を担う当人すらも重要人物そのものである女。

 

 騎士フェイルハルティーナであると。

 思わずシュルティは目を丸くし。

 他の術師達もまた納得した。

 そうして、思った事だろう。

 己の不甲斐なさというものを。

 

 こうして再びその日の内に開かれた説明会には大勢が詰めかける事になる。

 

 その数は先日の3倍。

 

 そして、ハルティーナに一度でも挑んだ者は罰が悪そうな顔で戦いを見ていた者達やその映像を音声付で聞いていた者達は真剣な面持ちで彼女の事務職みたいな端的な説明を聞き……術式大系の転換を受け入れる書類にサインしたのだった。

 

 一躍時の人になったハルティーナであったが、それを聞かされてもケロリとした表情で肩を竦め、取り立ててリアクションは無かった。

 

 あの勝利は全て戦術を組み上げて、自分の能力を最大限に発揮させてくれた少年と仲間達あってこそだと彼女こそが身に染みていたからだ。

 

 そもそも消耗していた敵の大将首一つ。

 

 それも後方の都市を護れずの勝利など彼女にとっては敗北でしかなかった。

 

 こうしてロンドンの魔術師業界には爆弾低気圧が炸裂したような衝撃と新たな時代の風が吹き始めるのだった。


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