異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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間章「遷りゆく人々」

 

 少年がダメな大人を退散させ、少女がダメな大人を奮起させている頃。

 

 日本において騎士ベルディクト不在の報が関係各所で激震を奔らせながらも、その周到な準備に救われる形であらゆる業務に破綻の兆候は見えていなかった。

 

 数時間で再接続された少年のポケットは今もちゃんと仕事をしていたし、通信もサクッと繋がるようになったので指示を受けるにも問題無い。

 

 それにしてもイギリス支援に大量の物資が日本側から持ち出されていたが、そもそも少年が真面目に日本で備蓄していたものであって、誰も困らなかった。

 

 善導騎士団と陰陽自衛隊の缶詰や各種の物資一式。

 

 シェルター建造に必要な金属元素類などは日本政府が少年の要請で貸し出した無人区画の山間部に置かれた大量の巨大タンクが数百個から千数百個空になっただけだ。

 

 コレが少年の個人用の備蓄だと言えば、多くの人々の顔が引き攣るだろう。

 

 毎度毎度北米の備蓄を使い果たすわけにも行かないと第二第三のベルズブリッジの建築用に蓄えられていた代物であった。

 

 その多くは日本全国のリサイクル業者などに卸した大量の原子変換後のゴミ資源だ。

 

 錬金技能で日本全土のゴミの埋め立て地を完全無欠に消滅させた彼が手数料と称して頂いた分である。

 

 山を切り崩すどころか。

 

 山が消えて更地になった険しい山岳の奥にある其処はもはや日本かどうかも怪しいSF染みた無人のコンビナートのように現地のメディアは伝えている。

 

 都市伝説というヤツである。

 

 近付くといつも誰かに見られているような気分になるとの話は使い魔の監視網が敷かれているというだけの事に過ぎない。

 

 まぁ、そんな場所だからこそ、少年の目を欺瞞出来る人物達が丁度良いと住み着いていたりするのだが。

 

『ヴァルタ~~~あの子、イギリス行ったみたいだよ~~』

 

『カズマも恐らくそっちか。つーか、オレらの上司が言ってたが、大西洋に何かヤバイのが埋まってるんだっけか?』

 

『ま、どうにかするでしょ。ウチのカズマなら』

 

『はは、ズタボロになって死んだらオレらと同じようにする気だろうしな。あの蛙は……』

 

 二つの影がタンクの上にちゃぶ台一つ。

 

 大型のディスプレイを置いて、給湯ポットを置き、急須を置き、お茶をしばきながら善導騎士団のおかげで近頃復活したらしい菓子。

 

 チョコレートケーキやチョコレートの詰め合わせをバクバクと貪っていた。

 

 テレビには普通に報道番組やワイドショーが入っている。

 

『顔しかなくても味は分かるし、消化出来るってんだから、便利だよなぁ。オレらの身体』

 

『出来る事なら満腹とかも実装して欲しいとこだけどね』

 

『つーか、チョコって祝い事の時に食ってたけど、本当はこういう味なんだな。代用は代用。ホワイトチョコが微妙って大人連中が言ってる意味が解るわ』

 

『そだね。あ、こっちのココナッツ風味も美味しい』

 

『お、どれどれ……確かに旨いな。こっちのバナナやマンゴー味も中々。苺味もいいな』

 

『……ねぇ、何で紅茶やカフェオレじゃないのよ?』

 

『あ、悪りぃ。紅茶は売り切れてたんだよ。珈琲はそんな詳しくねぇんだわ。何分、現物なんか飲んだ事無かったし……』

 

『今度、こっちで買ってくるわよ? いい?』

『OKOK』

『で、BFCの連中何か大人しくない?』

『力でも溜めてんだろ。気配は日本にあるし』

『あいつも何か見ないね……』

『妹ラブなヤツに今更だろ』

『ガトーショコラって美味しそう……買ってくるね。今度』

『並べよ? オレらは真面目な魔族様の公僕だからな』

 

 そんなやり取りをしていた二人がフッと後ろを向くと。

 

 浅黒い肌に溌剌とした笑みの男が見えた。

 

「元気ですかぁあ!!?」

 

『あ、はい。元気元気……チョー元気だよ』

『うぃーっす。元気っすよぉ』

 

「今日はお裾分けですッ!! (ズン)」

 

 ヴァルターとユンファの前に大量のチョコレートケーキやらチョコレート菓子やらが箱で置かれた。

 

『おすそわけ?』

 

 オズオズと訊ねるユンファにキラッと歯が煌めかせられる。

 

「実は教団の信者の方達にパティシエの方が増えちゃってさ!! 毎日、教祖様にってお裾分けしてくれるんだよね!!」

 

『……羨ましい話ですね』

 

 ヴァルターの言葉にアハハハと笑いが返される。

 

「子供達にも分けてるんだけど!! 毎日20kgぐらい届くんだよね!!」

 

『……はい。それでオレらに押し付―――お裾分けに来たと』

 

「そういう事さ!! 何かあったら呼ぶから、その時はよろしくぅ!!」

 

『あ、そう言えば、九州で支配領域拡大中って言ってましたけど、どうなってんです?』

 

「これ、支配地域のマップね」

 

『……何か九州の市街地が大半紅いんですけど』

 

「影響力の行使だけなら、いつでもやれるレベルって事さ♪」

 

『相変わらず仕事早いっすね……ゼームドゥス閣下』

 

「ノンノン!! 今の僕は―――」

 

『分かりました。タクヤさんでいいっすか?』

 

「それでお願いするよ!! じゃ、これで。これから熱血教室の時間だから」

 

 男がいつの間にか消えている。

 

 そして、彼らの前には大量のケーキと菓子の箱だけが残った。

 

『……ねぇ、熱血教室って何?』

 

『考えるな。感じろ……アレはそういうのだ……たぶん、一番厄介なのもアレだ。我らの領主閣下よりもな……』

 

 そうして暇な二人は再びケーキの箱を開封し、中身をフォークで食し始めた。

 

『―――旨』

 

『やっぱ、紅茶かカフェオレ買ってくるか……善導騎士団様々だな』

 

 二人の不死者はのんびりと東京方面を見やる。

 未だ復興中。

 ついでに各地では変異覚醒者が大発生。

 更に各地でカラフルな家々が次々に整備中。

 

 全国で1日に数万件前後家を無くした人々に供給される住宅には次々に人々が入っていく。

 

 持ち家や土地がある人々にも建て替えやリフォームと同様に新規のシェルター付きの一戸建てが渡されており、各地の賃貸物件は今やガラガラだ。

 

 しかし、それでも彼らの顔に絶望は無い。

 理由は単純だ。

 

 不動産を襲撃前の時価+25%で善導騎士団が買い上げる旨が発表され、既に10兆円近い規模で都心から関東圏の不動産を全て買い上げている最中。

 

 更にマンションの類も破壊されたものは全て無料で再建するか。

 

 あるいは土地そのものを騎士団が買い上げて人々の暮らす新総合住宅団地。

 

 要は完全なシェルター完備型の防衛設備マシマシな場所として造成。

 

 人々に無償で供給していたのである。

 

『シェルター暮らしも悪くなかったけど……此処が新天地かぁ……』

 

『オレ達は運が良い方だろ。まだ団地が整備されてないところが一杯だし』

 

『そういや、地下都市計画が進んだら、こっから直通エレベーター出来るんだってよ』

 

『へ~~遂に人類も地底人になるのか……ネットの地底人存在派が消えそうw』

 

『そん時は地底人じゃなくてマントル人がいるとか、そういうのになって復活するさw』

 

『違いないwww』

 

 これは企業体などにも及んでおり、今まで賃貸でやっていた企業に社屋を無料プレゼントなどと言ってやはりリフォームか新社屋を無料で提供していた。

 

 まぁ、まずはシェルター住まいで家を無くした人々が優先とはいえ、それでも日本各地のあらゆる土建業者が新型のアシスト・スーツ姿で鉄骨を運び、巨大な木材や資材を運び、どんなに小さい会社でも1日に10棟ペースで内装以外を全て仕上げている様子は異様であった。

 

『社長!! 遂に念願の我が社の社屋が!? 賃貸じゃないんですよ!!』

 

『ああ、そうだな!! だが、我ら中小企業に税金払えると思うか?』

 

『そ、それはこれから次第でしょう!!』

『善導騎士団関連の業務増やすか?』

『それが良いかと……政府からの融資もありますし』

 

『あ、それじゃ、御引渡しはこれで完了とさせて頂きます』

 

『あ、はーい……』

 

『土建業者。いいね……あっちに手ぇ出してみるか』

 

 動きの精密性。

 筋力の爆発的な増大。

 体力の激増。

 集中力の長時間持続。

 更に事故防止用の防御方陣。

 

 全てを備えたソレを纏う人々が日本全国の何処でも見られた。

 

 全損判定された家屋は内部のものを全て周囲に吐き出して貰ってから一度少年の導線で資源化されて完全な更地にされ、地下まで解析された場所に地下シェルターを埋設。

 

 その土台の上に彼らは家を建てている。

 

 日本全国で一戸建てに必ずシェルターが付随し、充足するまで凡そ3か月。

 だが、彼らには既にその後の予定が知らされており、食いっぱぐれる気配は未だ無かった。

 

『これで市の全損家屋の49%が立て直されましたね』

 

『我が社のロゴが入った家がその内の20%……悪くない気分だな』

 

『まぁ、業務体制はブラックですけど』

 

『そうか? 24時間4交代制で40人も雇ってる優良企業だと思うが……』

 

『善導騎士団のおかげで夜間作業も昼間と同じように捗るとはいえですね……』

 

『まぁ、そう言わんでくれ。今が稼ぎ時で頑張りどころだ。社員とバイトを増やして今度は地下にも殴り込みを掛けるんだからな』

 

『……更に従業員教育を充実させましょう……まだ、我らにも出来る事がある。これ程に嬉しい事もない……でしょう?』

 

『ああ、こんなちっぽけな会社が人類決戦用の砦を造る一つの歯車になるってんだから、善導騎士団様々だろう……』

 

 日本の全都市の土建業者には地下へ二次退避用の地下都市圏とその各地を結ぶ巨大トンネルの建設が打診されていた。

 

 正しく、人類史上初めての試み。

 

 その偉業と呼んで良いだろう未来に向けて彼らは歩みを進める。

 

 如何なる未来が待っていようと。

 

 彼らの内心に思い描かれる世界は確かに未だ人類が滅ばぬ都市の姿。

 

 震え起つではないか。

 

 人類の終焉を目前とし、全てが無駄だと諦めの境地に達した人々が大半でゾンビ相手にはどんな建物も無力と思って間違いなかった。

 

 しかし、彼らには人々を護れる力があると。

 騎士団は夢を見せた。

 新たな技術、新たな建材、新たな工法。

 全てを民間に卸した彼らの号令の下。

 

 人類とゾンビの最後の決戦に向けて人々の生活を護る最後の砦を作って欲しい。

 

 そう、騎士団のお偉いさんが彼らに頭を下げたのだ。

 

 オンラインで見た者も現地で見た者も賭けてみようと思った。

 

 まだ、自分達は生きているのだから。

 それが死んで消えゆく人々への慰霊でもあると。

 

『日本国土建業者の皆さん。此処にただ墓標を立てる事は簡単です。でも、それは今やるべき事じゃない。死者の為に出来る事は死者を慰めようとする事だけじゃない。人々が笑顔でいられる場所を造り、彼らが大丈夫なのだと笑って消えていける今を造れるのは皆さんだけなんです』

 

 墓標よりもまた人々が笑顔で生きていける都市を。

 

 そう語ったアフィス・カルトゥナーの言葉に巨大な拍手が起こった事はニュースにもなった。

 

 名実ともに今や騎士団の顔となった年若き青年。

 

 その握られた拳と下げられた頭の数だけ会議は進み、議論は結末を得て。

 

 あらゆる分野で躍進が始まっていた。

 

 熱気に包まれ始めた日本という国家は同じ方を向いていた。

 

 超高齢化社会にして人々がまた大勢死んだ。

 

 しかし、それでも人々の中に希望は枯れていなかった。

 

『ニュースをお伝えします。政府統計によりますと、過去2か月間の間に産婦人科を受診した女性の数は前年比を遥かに上回っており、各地では対応に追われています』

 

 政府による人口維持の為の人工出産技術による新世代の創生。

 

 そういった形でしか国家を維持出来ない程まで追い詰められていたはずの人々の中にまた産婦人科に通い始めた女性達が増え始めた、とのニュースが流れた。

 

 それは今までの変異覚醒が種族単位での変化にまで達したからなのかもしれなかったし、善導騎士団が齎した巨大な経済変動が子供を儲けられるだけの活力を取り戻したからなのかもしれない。

 

 これからは更に日本各地に散らばった黙示録の四騎士の魔力の残差、己を突き動かす衝動を強化する魔力などによっても人々は大きく精神を賦活させるだろう。

 

 だが、何にしろ。

 

 絶望的に低減していた出生率に急激な回復の兆しが見えたと明るいニュースは新都市の建造の話と同時に盛り上がり始めていた。

 

『政府は幼児から大学教育までの一貫無償化を掲げており、今後は善導騎士団の後援の下で子供達の学びの場はまた変化していく事になるでしょう』

 

『民間では対ゾンビ護身術が隆盛しているようです』

 

『善導チャンネルの登録者数が遂に8億人を突破したとチャンネル自体から公表があり、記念に全人類規模でのプレゼント・キャンペーンが開始される模様です』

 

『有識者間では新世代の子供達への生存の為の軍事教練を一部義務化する方針が良いのではないかと―――』

 

『北米式の教育方針は現在、アフィス・カルトゥナー氏を通して、ロス、シスコ両都市国家からのノウハウの輸入という形になりそうだとの―――』

 

 人々の口に昇るのは新世代への祈りだった。

 

 ゾンビのいない世界。

 

 いや、ゾンビがいても強く逞しく生きていける時代を。

 

 そう、人々は望んだのである。

 

 それは日本列島内部の亡命政権も米国もまるで同じであった。

 

 記憶にある過去が必ずしも良い時代だったとは思えないかもしれない。

 

 だが、それでも理不尽に大勢へ死が降り掛かる事は無かった。

 

 自らの愚かさに押し潰されるように消えていった祖国を思えばこそ。

 

 今度はと。

 次の世代にはと。

 遺して誇れるものを。

 

 彼らの瞳にはそんな輝きがあったのだった。

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