異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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第143話「進みゆく者達」

 

 何かイギリスでカルトが摘発されて、大人が殆ど記憶喪失の挙句に女性は上から下まで全員ほぼ妊娠していて、内部には触手が背中に生えてる胎児がいます。

 

 とか、猟奇的過ぎて正気が削れそうな話が善導騎士団に『どうしたらいい?』と何故か投げ込まれた当日の朝。

 

 騎士団の提案はイギリス政府にサクッと承認された。

 

『邪悪な感じもしませんし、普通の異種として育てればいいのでは? お手伝いしましょうか?』

 

 まぁ、ハッキリ言おう。

 もう疲れたよ。

 後はよろしくね?

 

 丸投げ(カルトに洗脳されていた人々の療養を善導騎士団が請け負ってくれたという体での暴投)行為であった。

 

 さすがに呆れた善導騎士団側だが、今この状況でこれ以上の問題を受け入れられないというイギリス側の話は最でもあった。

 

 一応、魔術師が所属する【正史塔】にも話は寄せられたようなのだが、そんなのに関わってる暇もなければ、面倒を見たい奇特なヤツもいないという話。

 

 結果として、大陸で半世紀くらい前なら()()()()()()であった為、それを知る魔術師であるフィクシーと少年が受け入れを決定。

 

【黒武】で運ばれた記憶喪失……FCの3人と同じように魂魄を焼却された大人達と前後の記憶が無い少年少女を合わせて1000人近く。

 

 受け入れる為のシェルターまで数時間で完備しての療養が開始された。

 

『お腹大っきいねぇ。お姉ちゃん』

『ママのお腹の方が大きいよ……』

『ママ? お姉ちゃんのママも大っきいの?』

『………うん』

 

『そうなんだ~~お友達になろう!! お腹大っきい同士だよ♪』

 

『そう……だね……ママ』

 

 胎児は急速に成長しているらしく。

 

 堕胎などの処置が不可能になっていた事もあるし、実際にそんな事をする必要性も大陸中央でなら必要無い話であったので、善導騎士団側も受け入れに拒否感などは無かった。

 

 特に大陸中央諸国は異種、亜人と呼ばれる人々との共存社会だ。

 

 彼らには人権もあれば、選挙権だってある。

 

 人型ではない相手も一定数はいたので、そういった存在の国家と現在も戦争したりする事もあった地方諸国とも違って完全ウェルカム状態。

 

 九十九による人々の生活補助や精神科医達などのカウンセリングも相まって、その日の内にやってきた彼らはシェルター都市内で穏便に受け入れられた。

 

 カルトに囚われて記憶喪失になった人々や子供達が来たと話題になった後、生活や仕事や遊び、諸々の面でボランティアによるサポートもシェルター間の地下通路を使って開始された。

 

 MHペンダントの効果もあってか。

 

 順調に胎児達は女性が全員妊娠3、4か月目と解る状態で推移。

 

 忌避感よりは憐憫の方が勝った人々は彼らに優しかった。

 

 多くの人々にも彼らがカルトによってお腹の子供を変質させられている云々という話はされており、被害女性のサポートに全力を持って当たるというお題目で騎士団は強制的に彼らを()()()として認定した。

 

 ―――【余計な噂は要らない。いいね? 君達】

 

 そういう事を暗に言われた事に気付いた賢い難民達は善導騎士団の悪魔みたいに心を圧し折って来る子供の噂も相まって触らぬ神に祟りなしのスタンスを確立。

 

 邪推や真実を突くような悪辣な噂が流行する事も無かった。

 

『パパ。どうしたの? ごはんよ』

 

『あ、ああ、そうなのかい? 僕がパパ、なのか? 本当に?』

 

『そうよ? 昨日も言ったわ。忘れちゃったの?』

 

『ママ。ほら、ご飯食べて。前はひよこ豆の缶詰好きだったでしょ』

 

『ママ? え~いつも言ってるけど、わたしママじゃないよ~』

 

『……うん。ママ……僕がママを護るからね……』

 

『パパ、ママ……本当にパパとママ、なの……これじゃ……ボソッ(殺せないよ)』

 

『え? え? 僕パパなの。嘘だ~お姉ちゃんおかしな事言わないでよ~♪』

 

『そうよ。私もママじゃないのに~~お母さん何処行っちゃったんだろ?』

 

『そっか……もう覚えてないんだね……私にした事……』

 

『『???』』

 

『いいの……じゃあ、お名前教えて……お友達になって?』

 

 シェルター内で繰り広げられた会話の一部だけで多くのカウンセラー達が頭を抱えたくなったのは間違いない。

 

 が、両親がある子供達には両親と友達になってあげて欲しいと彼らは説明。

 

 逆に両親だった者達には自分のお腹の子の為にも()()()()()()()()()()()()()()と穏やかに過ごして欲しいと提案。

 

 諸々の生活面でのサポートの他にも妊婦特有の配慮も為された。

 

 まぁ、それで嘗て子供達にされた事が癒えるわけでもなく。

 

 子供達の方が大人達よりも実際には深刻なのかもしれず。

 

 それを忙しさである程度は忘れさせ、時間が解決する事もあると臨床心理士達の奮闘が始まる事になった。

 

 それからの数日。

 

 身体が大人な子供と子供達が互いに何とか支え合いながら生活するという状況が生まれた。

 

 今までにないモデルケースとして気が払われたのは事実だ。

 

 突如として彼らはシェルターでの共同生活を送らねばならなくなった。

 

 この状況で彼らを団結させるにはどうすればいいのか?

 

『イケー!! イグゼリオーン!!』

『お歌が世界を救うんだって!! 素敵!!』

『こ、こいつ変形したぞ!?』

『ちょーのーりょく? すごーい!!』

 

 その端的な回答として共有スペースで放映されるANIMEや遊戯が用いられた事は然して不思議でも無いだろう。

 

 低年齢化した大人達も子供達も一緒の話題が取れてコミュニケーションの道具となったのだ。

 

 ある意味で子供しかいないシェルターでは身体の大きさはともかく。

 

 全員が子供らしく日本のコンテンツに夢中であった。

 

『今後の出産時期についてなのですが、日本側の医師会から産婦人科医が数百人派遣されてくるとの事で―――』

 

『子供達や大人達の絆を深める為にも事前に教育しておく必要がありますな』

 

『医療資源は善導騎士団側から提供されますし、生まれた子供の養育も本人達が望めば、北米や日本での受け入れは可能だとの話です』

 

『今後然るべき時期に彼らには入念な事前知識を与えて周知しておかねば』

 

『ストレスを感じている子供達により一層の娯楽として集団でのパーティーの準備などを行わせるのはどうでしょうか?』

 

『祭りかね? 妊婦への配慮は必要だろうが、男性側には働く意欲を高めて団結させるにも良い案かもしれん』

 

 女性はこれから更に母になる試練などがあるわけだが、それもそれで一致団結させる為のテコになるかと臨床心理士達の一部は考えていた。

 

 善導騎士団が出産を前提にしている以上、彼らに出来るのはそれまでに女性達へ決心やら決意やらをさせて、準備させる事だけだ。

 

 そもそも異種の出産関連の情報は全て善導騎士団が、というよりは少年が明日輝の為に万全に情報を集めて用意しておいた備えがあった。

 

『こちらの情報をよく読み込んで置いて下さい』

 

『異種に関わる出産事例と具体例としての出産方法全般のマニュアルですか……』

 

『今後、皆さんには医師として精神安定や妊婦の方達に処方する薬に付いても扱う為の知識を備えて頂く事になるので、数日後までにマニュアルの内容を読み込んで欲しいんです』

 

『……精神科医として一応はそういった薬剤にも詳しいつもりですが、この載っている薬は……』

 

『我々が持ち込んだ新薬です。皆さんにはこちらも時には処方して頂きます』

 

『(人類が未だ知らない成分……これが善導騎士団……超技術集団の力なのか……)』

 

 MHペンダントの他にもその時に備えた薬剤の開発や出産方法も諸々真面目に用意した少年は明日輝くらいの年齢でも安全に子供を産めるように術式によるプログラムまで組んでいた。

 

 これが流用される事は不可避だ。

 

 精神科医達も大きく動き出したシェルターでは分厚いマニュアルを彼らが業務の傍らに読み込む姿がよく見られるようになった。

 

 という事で少年は元々明日輝の為に用意していたデータを彼らの為に転用する際、必要になる諸々のデータを生で取ったり比較したりする為、当人を連れてシェルターにやって来ていた。

 

『此処が保護された皆さんのシェルターなんですか? ベルディクトさん』

 

『はい。今日は此処でちょっと交流を深めて頂ければ、その最中に色々と計測はこっちでしちゃいますから、何も難しい事は無いです。安心して下さい』

 

『は、はい……でも、皆さん受け入れてくれるでしょうか?』

 

『大丈夫ですよ。此処の人達も英語こそ話せますけど、人種も元々の国家もバラバラですから』

 

 此処ではいつもの姿で。

 そう言われ、明日輝は精霊による偽装を解き。

 姿はいつものに戻っていた。

 

 こうして少し遠慮がちにやってきた明日輝であったが、どうやら仲間と思われたらしく。

 

 すぐに同年代や年上の女性達の間に入れた。

 アニメやゲームの話。

 どの男子がカッコいいか。

 大人の姿の方がモテル云々。

 

 そんな話に事情を聞いている明日輝は和やかに対応出来た。

 

 それからの数時間で少年が諸々のデータを比較計測し終わった為にシェルターの外へと帰る事となり、明日輝を幾らかの女性陣が見送りに来た。

 

 中には子供とその親……中身は幼児の少女なども多数いた。

 

 見送りに頭を下げた明日輝がシェルターの外に出ようとした時。

 

 不意打ちだっただろう。

 まるで海豚のような鳴き声が世界に響いた。

 それは物理的な震えではない。

 

 しかし、確かに聞こえた様子で特に女性達の反応は顕著だった。

 

 二十代後半くらいだろう女性がテテテと駆けて来て、明日輝に微笑む。

 

「お腹の赤ちゃんがまた来てねって……その子に挨拶してるよ。お姉ちゃん」

 

「っ、そう……そうですね。また、来ますね」

 

 少年が少女達の交流を見つめながら、確かに空気が変わったことを感じる。

 穏やかなものが流れ始めたシェルター内は何処か喧騒も静かになった。

 

 二人で傘を差して、周囲を雨避けの術で蔽いながら雨音すらも遮断された最中。

 

 明日輝は少年を見やり、言う。

 

「ベルディクトさん」

「何ですか?」

 

「……この子はきっと近い内に……この子がそう望んでるのを感じるんです……会いたいって……そんな気持ちが……流れ込んできて……」

 

「そうですか。さっきのはあのシェルターの中でお腹にいる子達に挨拶したのかもしれませんね」

 

「はい……でも、少しだけ……」

「少しだけ?」

 

「この子の力が日に日に強くなってるのが分かるんです……」

 

「強く?」

 

「……私、この子のお母さんになれるんでしょうか……」

 

「ならなくていいですよ」

「え?」

 

「なるものじゃなくて、なっているもの。そして、なろうと努力したならば、きっとなれるもの。そう母は言ってました……」

 

「ベルディクトさんのお母さんが?」

 

「はい。母は僕にいつも優しかった。でも、それが今なら普通じゃなかったんだって分かります。僕は動く死体……そして、母は時折……僕を墓地の碑にある一つの名前で呼んでいました」

 

「ッ―――」

 

「僕が何故って聞いたら、自分の弱さだって……でも、愛しているって……そう言ってくれました」

 

「そう、ですか……」

 

「お二人のお母様だって、きっとなろうと努力したはずです。なっていたはずです。僕にとって母は確かに母でした。そうしてくれた事には感謝しかありません。してくれた人がいる。なら、してあげればいいんですよ」

 

「私達に母がしてくれたように、ですか?」

 

「ええ、それが思い出せる限り、出来ている限り、明日輝さんはきっと良いお母さんのはずです」

 

「……はい。ベルディクトさん」

 

 少しだけ瞳を潤ませて、コクリと頷いた少女は少年に肩を寄せる。

 

 そのまま【黒武】まで向かう時間は確かに少女にとって掛け替えのないものだっただろう。

 

(どうしてでしょうか。悠音の世界にいた時よりも……胸が熱くて……罪作りな人ですね。ベルディクトさんは……姉さんに色々な初めてを奪われちゃうのが惜しいです。本当に……)

 

 これから自分達の関係がどうなるのか。

 それは神為らぬ少女には分からない。

 しかし、妹と共に決めていた事がある。

 それは姉には言えない二人だけの秘密。

 一番最初の権利はヒューリに。

 それがどんな最初なのか。

 それは未来だけが知っていた。

 

 *

 

 時間が過ぎていく。

 それと同時に雨は止む気配も無く。

 

 イギリス本土は豪雨による土砂崩れなども頻発し始めていた。

 

 しかし、雨が降っている以外はカルト以外に善導騎士団の手が煩わされる事は無かった。

 

 現状維持の間にシェルター都市では雨でも屋外作業出来るように天候制御の術式を常時発動出来るよう地下に儀式場を新設。

 

 これと同時に日本や北米間との大規模転移が可能になるまで秒読み段階へと入った。

 

 今のところイギリス本土では魔術師達の魔術大系の転換が急ピッチで進められており、日本と北米では最初期の数百人が完了。

 

 各地を結ぶ儀式場に少年が貯蔵していた莫大な魔力を用いての空間転移による大規模な建築関連の物資流通を加速させた。

 

 少年が今までやっていた事が一気に数百倍の容量で可能となったのだ。

 

 空間内での工作は未だ不可能であったが、すぐに日本中で建築ラッシュになったのは言うまでもない。

 

 今までの建築関連の業務にゾンビ殲滅時に破壊された建造物などのリフォームも加わる形となった事は復興の加速を人々に印象付けた事だろう。

 

『あら、奥さん!! 御宅のリフォーム始まったの!! 早いわねぇ!!』

 

『ええ、荷物はそのままでいいって言うものだから……』

 

『何かまたカラフルよねぇ。シェルターと同じで』

『外側と土台と地下を一日で造っておくって話で』

『穴の開いたリビングや屋根や二階は?』

 

『ゾンビを片付けてから床を一部取り換えるのに5分しか掛からなかったわ』

 

『ホント、凄いわねぇ……』

 

『ええ、本当に……何でも空間を越えて色々取り出せたり、送ったり出来るんですって……』

 

 次々に出来上がっていく地方の田舎の街並みはもはや魔法。

 

 小さな山間部の農村が2週間もせずに1000戸を超える街並みに生まれ変わる事が当たり前に見られるようになったのである。

 

 関東圏では人口の大規模な減少に喘ぐ都市もあったが、流出した人口から騎士団は土地の管理や権利を有償で引き受ける形で大規模な再開発に同意してくれるならば、生活に対する特典を付けるよという話を持っていった。

 

 これでほぼ8割方が提案に賛同。

 

 結果として人口減少と共にゴーストタウンになるはずだった地域は家々など転移で移すか、解体して更地とし、各資源や各資材の備蓄基地などが整備された。

 

 何処の地域がゾンビに占拠されたりしても生き残りを図る為の措置だ。

 

 缶詰からトイレットペーパーから棺桶まで何でも超長期保存可能な代物は備蓄物資となった。

 

『そう、集団移転希望で……』

『土地の方はどうなさいますか?』

 

『同意は取れてる。そちらの案を採用する事で纏まった。町内会でも残るのは3件だけだ』

 

『分かりました。では、個別に詳細な移転計画書を明日までに配達致しますので、善ければ再び纏めて提出して頂ければ』

 

『……あの土地は備蓄基地になるんですよね?』

 

『ええ、この地域の人々がもしもの時は物資がすぐに供給出来るように整備される予定です』

 

『残る人達が基地に勤められないかって話をしていてですね。実は会社が他に行くって話で』

 

『そうですか。確認してみますが、恐らくまだ決まっていないはずです。ですから、そちらの方達にはこちらでお仕事の話は持って行く形に……よろしいですか?』

 

『どうか、お願いします』

 

 無限にも思えるディミスリル系資材が埋蔵された基地が次々に立てば、その周囲で住まう者達には更に迷惑を掛けると善導騎士団から雨霰と支援が舞い込む。

 

 結果的に商業圏としては縮小したが、生きていけなくなる人間はいなかった。

 

 先祖伝来の土地や生業を護るというような人々もいたが、それは素晴らしい事であると善導騎士団はそれの後援も行う。

 

 サーヴィスのテコ入れ方針から始まって、品物を売る系統ならば全国への配送も企業が採算の出ない条件なら無料で請け負うし、逆にサーヴィスを善導騎士団関連で動く人々に距離や時間や立地が不合理でも導入した。

 

 日本全国で無料で企業や中小企業の販路と物流の改善を手掛けたのだ。

 

 元々、そういった事業をしていた人々を雇い入れての大規模な国家規模の再編。

 

 此処に来て、大都市圏の市町村にも不満が出た。

 

 一気に税収が落ち込むのが予想出来たからだ。

 

 だが、善導騎士団から齎される物資と現物は莫大であった。

 

 市町村が揃えようとしたならば、何千年掛かるかというようなものばかり。

 

 税収が減っても、サーヴィスを提供するべき相手も減った。

 

 同時に建設ラッシュによって既存のあらゆる土建事業が()()()で騎士団側からの厚意としてあっという間に行われて完璧に完了してしまう。

 

 それに今正に超大口の仕事を持ってきている騎士団に対して大小何処の土建事業者が文句を言う事もない。

 

 こうなれば、もはや規模を縮小して住みよい街造りをしましょうというお題目でも掲げた方が現実的であろう。

 

『ここら辺もすっかり寂しくなりましたなぁ』

 

『ですねぇ。残ってるのは後30戸あるかないかだそうですよ』

 

『市街地の方への移転打診来ましたか?』

『ええ、行く気ですが、そちらは?』

 

『いやぁ、土地も地下5mまで一緒に持っていけるって言われて』

 

『大きな郊外の農地の方はどうするんです?』

 

『それも持っていけるそうです。家の横に畑があれば、楽で助かりますよ』

 

『でたらめですね……本当に……』

 

『ええ、でたらめですが、助かるのは間違いない……』

 

 空間制御のリソースが莫大な状況となった事から、歯抜けとなった市街地では騎士団が都市部の再編も手掛けており、家屋や土地を市内の別の住宅地へ緋祝邸を転移させたように移す計画も大規模に実施された。

 

 商業基盤が縮小した市町村でもこうして纏めて残った者達の距離を縮める事で商業的な壊滅を免れ、再開を期す者達もいたのだ。

 

 無論、掛かる費用は全て無料。

 

 全ては北米での都市区画整理の経験が元になっている。

 

 少年達が経験してきた事は何一つ無駄では無かった。

 

 問題は関東圏の夜景が復興しても半分くらいしか戻らない事くらいだろう。

 

 だが、それとて電力需要が容易に満たせるという良好な面もある。

 

 ビルの数は減ったが、集約された新市街は再開発されたも同様で極めて住み良い環境となったし、鉄道も朝から満員には程遠く。

 

 更地になった場所には自然公園やらシェルターやら魔力貯蔵を可能とする地下儀式場の整備が急ピッチで進んだ。

 

 関東圏の田舎や辺鄙な場所も道路の整備からシェルターの整備から恩恵は受けまくりである。

 

 無人区画も余さず煌めくディミスリルや各金属資源の貯蔵施設として化ければ、管理の為に人が駐在し、前よりも人口が増える有様であった。

 

『すっかり、此処も変わりましたねぇ』

『ええ、前はゴミ処理施設傍だったのに……』

 

『今じゃ、備蓄貯蔵基地とか言って人が住んでるんですから、変われば変わるものですよ。ほんと……(=゚ω゚)』

 

『今じゃ田舎の方が賑やかだとか』

 

『でも、困ってるんでしょう? 外から来た人と現地の人の間で諍いも多少なりともあるって聞きますし』

 

『ああ、でも、それも収まって来てるそうですよ? MHペンダントを付けたら、怒りが収まったとか。良い人になるように洗脳されたんだって掛けるのを急に拒否する人が出てるとか』

 

『相手にも掛けさせれば解決じゃないですか? ソレ』

 

『ええ、まぁ、かなりアレな案件だと警察沙汰になる前に両者の背後の人達が合意して掛けさせる事もあるみたいですねぇ……くわばらくわばら(´・ω・)』

 

『そもそも喧嘩しないという選択肢、無いんですかねぇ……』

 

『特に高齢者が多いとか。キレ易い若者よりもキレ易い老人の方が多い世の中ですから。頑固な老人も一度、豆腐頭になった方が世の中丸くなるかもしれませんよ?』

 

 民族大移動。

 

 地政学的にはリスクヘッジによる不合理で超金の掛かる均質な人口の分散。

 

 ただし、移転先へ密集させる事で一定の商業やサーヴィスの効率も維持する。

 

 この所業は少年の錬金術が正しく錬金術をしたと言えるだろう。

 

 あらゆる事に掛かる資金は全て日本国内から善導騎士団が掻き集めた資本が元になっている。

 

 それの担保は全て1人の少年が貯め込んだ莫大な資源と魔力電池などを基礎とする魔術具の量産や基礎的なディミスリル加工技術によって行われている。

 

 無理やりな資本の再分配。

 本来不可能なはずの非合理的な資本の集中。

 

 多大な浪費とも思える事象を全て魔術で殴り壊した少年の影響は計り知れない。

 

 その日本全土の引っ越しに本来なら必要だった金額は天文学的だろう。

 

 そして、これから更にその天文学的という意味が真に天文学単位に突入するだろう人類規模、最大の大事業が待っている。

 

 環境循環型アーコロジーを用いた地殻埋設型要塞都市群造成計画。

 

 総称【日本地下大深度要塞都市化計画(ヨモツヒラサカ・プロジェクト)

 

 日本政府内ではもはや笑いしか起らない神の所業。

 

 まぁ、どう見ても……夢物語をケロッと叶えてくれる神様でもなければ、人類にはプレゼントしてくれそうにないモノを少年はただ()()()()()()()()()()()、殆ど無償でやる気でいたのである。

 

 それが理由なのかどうか。

 誰が広めているものか。

 

 もはや、ネットには新たなミームが平然と流れていた。

 

『さすベル!! さすベル!!』

 

『いやいや、これはすごベルとしか言いようがないでしょう』

 

『う~ん。さすベル……』

 

 このような話の影に1人の碧い少女が関わっていた事は誰も知らな……いや、一部はめっちゃ知っているかもしれないが、当人たる少年の心情を慮ってか見ないフリが為された。

 

 イギリスのテレビ局からの取材申し込みにちょっとだけ()()が応じて、『さすベル』や『すごベル』を布教した事なんてまったくきっと人類史にとっては些細な話だろう。

 

 ただ、以降……人類の歴史上において、その語句が消えたという事実は恐らく確認されないに違いなかった。

 

『お、当たった……ちょっとは腕が上がったか?』

 

『ナイス。()()()()

 

『はは、止してくれよ♪ 君の方こそほぼど真ん中。まったくもって()()()()としか言いようがないだろ?』

 

『射撃演習終了。次の方が入場しますので全使用者は速やかに退出し―――』

 

『おお、早めに出ないと。次の方が来てしまう』

 

『今日の昼飯はビーフシチューらしいぞ。早めに行こう。あそこは込むからな』

 

『ああ、昼飯が肉で無料だなんて……良い話だなホント……さすベルさすベル』

 

 南部シェルター都市地下演習場。

 

 善導騎士団東京本部や陰陽自衛隊がそうであったように今、其処では大量の人員が日本政府が承認した事で両組織のお下がりの装備で訓練に勤しんでいた。

 

 九十九がこの数日でイギリスから選定した兵士や警察官が10万名程。

 

 アイルランドの生き残った兵士や警察官達と合同で日本国内で行われているのと殆ど同じカリキュラムを受けているのだ。

 

 殆どというのは基本的に彼らに教えられているのは都市の防衛を主軸にしている大規模な防御戦術が要だからだ。

 

 MHペンダントその他の魔術具による継続教練。

 

 寝ている合間も様々な絶望的状況での生存を確保するバリエーションのある魔導による夢の世界で滅びるか滅びた世界を経験させ、人類存続の為に奔走させる。

 

 誰もが絶望を再認識しただろう。

 

 こんな状況を想定して戦うなんておかしいと思った事だろう。

 

 だが、人類の黄昏に1人。

 

 そう1人しか生き残らないという未来の在り得る状況を経験した時、知るのだ。

 

 それでも生きていれば、希望はあると。

 

 これが本質的には心折れた者がそれでも立ち上がる為に行われる訓練なのだ。

 

 夢の中で彼らは多くが1人だったり、残り少ない人々と共に生きている。

 

 ゾンビが溢れ返り、食料も満足にない世界で……それでも生存に必要なものを拾い集めてサバイバルしながら生き抜いていく。

 

 日々厳しくなる環境。

 1人1人倒れていく仲間達。

 

 最後に残った彼らがその経験をした時、世界にはゾンビ達の歓声が響く。

 

 黙示録の四騎士。

 人類の絶滅を願う者。

 その絶望を前にしてもまだ戦えるか。

 まだ、己の五体を用いて生存し、戦えるか。

 試された彼らは結果を知る事なく目覚める。

 

『ッ―――はぁはぁはぁ……ああ、クソ……呑み過ぎて便所で起きるよりヘビィだぜ……これが現実になるってのか……88%……AIの算出した人類最終シナリオが、人類の最後がこんなもんだって……言うのかよ』

 

『ッ―――はは、ゴミ拾いしながら戦って戦って……最後に何も護れず、襤褸屑みたいに死んでいく……クソ……キツイぜ……』

 

『ッ―――最後まで……最後まで戦わせろよ……クソゥ……戦ってたら、戦えてたら、勝つさ。勝って終わらせて―――』

 

『ッ―――っ………負けてねぇ。まだ、人類は………まだっ』

 

 正しく人類絶滅寸前の極限状況。

 

 それを引っ繰り返す為に彼らは何をするべきか。

 

 科学技術、絶対に必要不可欠だろう。

 最新技術、知見を深めねばならない。

 戦闘技術、必ず得なければならない。

 

 だから、彼らの顔付は数日でみるみる変わった。

 陰陽自や隷下部隊の人々がそうであったように。

 

 そうして生まれ変わったような心地で彼らは改めて知る。

 

 今、自分達に受け渡されようとしているものが人々の希望なのだと。

 

 人を叩き直すのは結末だけだ。

 

 今、人類最大の悲劇が降り掛かろうと彼ら個人が生きている限り、それに至る事は無い……最期に到達する終末の光景だけが全てに抗う意志を育てるだろう。

 

『ベル様、此処数日で教練中の兵士や警察の皆さんの成績が上がって来ました』

 

『そうですか。それは良かったです』

『何か新しいカリキュラムを?』

 

『ええ、男性には背後に女性や子供がいる想定を。女性にはご老人や子供がいる想定を。幾らか夢の方の経験用プログラムにテコ入れしたんです』

 

『……人間はそういう状況の方が強くなれるというのは分かります』

 

『全てを失った時、人は変わります。夢の中の感情は持ち越されるように調整もしたので……人類でただ1人の生存者となった時、例え彼らの誰が生き残っても……灯は消えないでしょう』

 

『さすがです。ベル様』

 

『何も褒められるような事は……今、必要な経験を必要な人にさせてあげているだけですから……戦おうとする意志は間違いなく彼らのものですし』

 

 1人1人が己を見直し始めていた。

 手を伸ばせば届く場所に答えが用意されている。

 

 学ぶ意欲さえあれば、人の進歩など遅々としていてさえ、人類を支えるに足る。

 

 こうしてシェルター都市にて豪雨を受けるまま。

 

 彼らは新たな脅威に出会う事となる。

 雨音に紛れて近付くソレは音も無く。

 

 今、世界に蔓延り始める新たなる脅威が姿を現しつつあった。

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