異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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第146話「嵐の跡に」

 

 世界に嵐が吹いた後。

 次に上がったのは狼煙だった。

 彼の邪神の一部。

 

 その最大級の代物に周囲には今や半魚人だった者達が結集し、融合し、同化し、世界を混沌に染め上げるような無数の触手となってグネグネと蠢いている。

 

 それに対し、一匹の空飛ぶ鯨が戦いを挑む図は図体の大きさからしてもドンキホーテと変わるものだろうかと人々は首を傾げざるを得ないだろう。

 

 だが、その思いも束の間の話だ。

 

 鯨の中で全てを取り仕切る少年が使い魔の映像を垂れ流せば、世界には沈黙と興奮と涙と喝采が響く。

 

 アニメ的なビーム光線でも照射しているのか。

 鯨の船首から放たれたソレは確かに敵へ突き刺さった。

 

 大気中の塵と水分によって可視化されたのは超低空から発射された太長く赤黒い巨大な一閃。

 

 一直線に肉塊へ奔り、灼熱させ―――しかし、滅ぼす事も出来ず。

 

 細い触手群は吹き飛んだものの。

 

 それ以上は効果を及ぼす事なく照射の終了と共に海域中で蒸発した大量の海水による蒸気が世界に巨大な塩と水蒸気の渦を昇らせていく。

 

 ネットにはもはや善導騎士団頑張れ負けるな戦ってくれ勝ってくれと好き勝手な言説が飛び交い……ディスプレイに齧り付きそうな人々が世界の結末に対して干渉する大きなファクターとなる事件の行く末を見守って多くが理解しただろう。

 

 まだ、人類は滅ばないと。

 

「新人類だなんて陳腐な話だ……」

 

 紅茶の薫り高く澄んだ香気がある者には『ふざけるな?!』と言われるに違いないレモン果汁と砂糖の塊のようなシロップによってタンブラーの中でレモネード紅茶風味?みたいな有様に掻き回されていく。

 

 汗を掻いた煌めく透明な円筒形。

 お洒落なのかどうか。

 コースターには核でも扱っているのか。

 アレなマークがデカデカと刻印されている。

 

「父さん。いいのか? オレらの庭で好き勝手させといて」

 

 レモネード紅茶風味の内部にジャラジャラと氷がブチ込まれ、ズチューッと冷えたか分からない内からストローがぶっ刺されて吸われた後。

 

 黒き部屋と輝く白い床に照らし出された人口の星空内で邪神VS善導騎士団のハイライトが垂れ流されつつもフェードアウトしていく。

 

 切り替わると今度はイギリス本土が突貫工事されているらしいカラフルな映像が次々に海側からの望遠レンズで捉えたと思われる視点で浮かび上がった。

 

「お父上様。これが先日言っておられたご友人を葬った?」

 

 しかし、海辺の街の画像において注目するべきは四機の痛滅者であった。

 

 何をするでもなく。

 低空を遊覧飛行するかの如く。

 人々の集まる地域の上を飛んで別の都市へと去っていく。

 

「いや、その時にコレは無かったらしい。だが、ならば尚更だ。コレ無しに彼女を葬る術師がいるという時点で原初の大陸においての優良種たる大陸中央諸国の人材。それも我々が待ち望んだ大魔術師だと思われる」

 

 椅子は4つ。

 腰掛けているのは軍服姿の歳若い少年が1人に少女が2人。

 そして、老爺と呼ぶべきだろう皺枯れた横に太い男。

 

 彼らに共通点があるとすれば、誰の瞳も瞳孔が七つに割れた右目を持っている事か。

 

 その虹彩の色合いは其々に違うが、少年は蒼、少女達は白と紅、老人が黄昏色だった。

 

「お父様。イギリスの叔父様と連絡が途絶えたとの事でしたが、BFCに?」

 

「最後の連絡ではそうだったな」

 

 少女の片割れ。

 

 白の虹彩の少女が父と呼ぶ老父の顔に僅かな憂いを見たのか。

 

 静かに瞳を伏せた。

 

「どうなされますか? ご友人のご子息とご息女が一人ずつ来ておられますが」

 

「回収し、丁重に」

 

「分かりました。では、弟妹達に玄関先から案内させます」

 

「ああ、そうしておいてくれ」

 

 老人が立ち上がり、室内の一繋がりの空間に突如として入った亀裂のような扉を通り抜けて消えていった。

 

 残された父と呼んだ老父を見送った三人が其々に互いを見やる。

 

「父さんがまた老けそうだな」

 

「ディートリッヒ。お父上様に対する労りが感じられないぞ。貴様」

 

「ハッ、オレら不良娘に慰められたいとはさすがの父さんも思わんだろうよ。アシェン」

 

 少年が皮肉げな笑みを対等なる少女の1人に向ける。

 

 金髪碧眼の美少年。

 

 いや、少年というには何処か柔和な顔立ちはディートリッヒと呼ばれた()()には不似合いかもしれない。

 

 薄い胸元は正しく男か。

 

 しかし、全体的な体つきを見れば、女とも思える。

 

 奇妙な160cm程の彼女はしかし顔付きだけで言えば、何処かやさぐれている不良みたいな生来の皮肉屋な性質が唇の端や額の険に出ていた。

 

「姉妹で喧嘩はダメですよ。ディーちゃん、アーちゃん」

 

「その呼び方は止めてくれと言っているのですが。グレ姉様」

 

「あらら。もうそんな口を利く年頃なのね。でも、名前は正しく、よ」

 

 アシェン。

 

 そう呼ばれた少女は中性的なディートリッヒと比べても女性らしいというところは顔くらいか。

 

 中肉中背よりは少し背丈が高い170前後。

 

 しかし、衣服の中から垣間見える体は柔らかそうではあるのだが、絞り込まれた均整の取れた肢体は体操でもやっていそうな筋力を思わせて、重いというよりは力を秘めたような重厚さが感じられる。

 

「グレース姉様」

 

 その眉目は秀麗で線は細いが眉は少し太く。

 

 負けん気の強そうな表情と瞳は暗褐色の肌に焼けた金髪……いや、赤髪と呼ぶべきだろう眉下で切り揃えられたショートカットの下で輝く。

 

 何処か軍人然とした意志の強さや乾いた瞳が特徴的だろう。

 

 今はそんな軍人器質というか。

 

 規則に煩く几帳面そうな顔も姉を前にして少し八の字。

 

 困っているのが姉妹達には分かっただろう。

 

「そうそう。我々は人類最北の一角。だからと言って文明や文化を軽んじる事があってはなりません。それがお父様の教えなのですから」

 

 グレース。

 

 そう長姉のように振舞うのは日本人的な和風と言える容姿の少女。

 

 腰まである黒髪に細い眉。

 器量は良いが、顔立ちは優し気なだけで特徴が無く。

 良家の子女という言葉をそのまま絵画にしたような彼女。

 

 しかし、その場で最も自己主張が激しいのも彼女かもしれない。

 

 右腕も左腕も右足も左足も無い。

 

 彼女にあるのは胴体と四肢をヒラヒラさせた軍服と彼女の背を支えて固定する一本の樹木の根のような飴色の触手染みて脈動する何かだけだ。

 

 器用な事にソレから伸びた手を象る細長いものが大本と同じ色合いで紅茶風味なレモネードを手前に保持し、彼女は美味しそうに紅茶の風味も台無しそうなソレに口を付けている。

 

「姉様。ニューヨークに到達した半魚人共は9割方撃滅したようですが、あちらからの支援要請をまだ受け入れるつもりで?」

 

「あら? 構わないでしょう。我々とてあそこが無くなっては困るのだから」

 

「ですが、あの都市で転移者達の影響が大きくなってから、我らの影響力は落ちるばかり。()()()()()としてはもう少し水際まで黙っている事も必要では?」

 

「それこそ、あちら側の影響力が大きくなってしまうわよ。三叉の一角として外交は我が名の領分。口出しはまだ無用よ。アシェン」

 

「分かりました。では、ディートリッヒ。お前は受け入れるつもりか? あの男女を」

 

「決まっている。三叉の一角として内政は我が名の領分。口出しは無用だ。不良娘」

 

「……分かった。では、それでいい。ならば、三叉の一角として軍事は我が名の領分……これより、ドーバー海峡を渡り、予ねてよりの懸案であった【正史塔】への強襲を開始する」

 

「良いでしょう。外交を司る者として承認致します」

「好きにしたらいい。内政を司る者として承認しよう」

 

「1時間後、1個大隊で越境。ただちにオーナーの確保に入る」

 

 他の2人が頷いた。

 

「さて、イギリス政府はどう出るか……見ものだな」

 

 ディートリッヒが映像の中に浮かび上がるロンドンの様子に目を細める。

 

 あちこちでカラフルな建造物が増えており、シェルターが真っ先に改修されているのが彼らにも解った。

 

「UUSAと件の場所を攻め続けていたのも今は昔。内政主義者に牛耳られてからは真実を知る者達も随分と力を削がれたと聞きます。BFCが人類の敵として印象付けられた今、表立って我々に抗い得るものではないでしょう」

 

 グレースが微笑む。

 

「我が好敵手も今は肉塊の下……精々、期待しよう。我らゲルマニアを前にして【正史塔】等という過去の遺物が持ち堪えられるものかどうか」

 

 彼ら三人が互いに頷き合う。

 それと同時だろうか。

 フランス本土の一角。

 

 今は投棄されたパリ中心地の一部がガラガラと崩れ落ちていく。

 

 大地震、大津波、あるいはゾンビ達の行軍。

 

 そのどれとも違うのは激震が奔る8区が地下から砕けるようにして崩落していく様子からも明白であっただろう。

 

「では、吉報をお待ち下さい」

 

 少女が二人の姉妹達を置いて、歩くようにして転移で消えていく。

 

 それと同時だろうか。

 

 8区の崩落と共に現れたモノが上空へと姿を現す。

 

 それは船だった。

 そう、空飛ぶ船。

 馬鹿馬鹿しい話だが、宇宙船にも見える。

 シエラ以外に空飛ぶ船など有り得るはずがない。

 フランスにそんな技術が眠っているなんて話もない。

 だが、ソレは厳然として現れた。

 4800m強の威容。

 

 船体は流線形をしているが、甲板は存在しており、左舷右舷に無数の窪みが砲塔のように並ぶ。

 

 艦橋は存在しているようではあったが、そもそもの話。

 内部が外部から見通せるようなものではない。

 

 灰色の船体の各部は崩れ落ちた区の構造物を振るい落としながら姿を現し、その左側面には巨大なロゴが描かれている。

 

 それは丘に突き立つ七つの剣。

 

 また、同時に右側面にはヨーロッパにおいて禁忌とされたマークが書かれてある。

 

 正鍵十字。

 

 しかし、色合いは漆黒に金の縁取り。

 ソレが完全に浮上した後。

 

 パリの街並みに向けて左舷右舷の窪みの上に小さな輝く球体が浮かんだと思えば、瞬時に掻き消えて―――パリ全域全区画が爆砕し業火に呑み込まれていく。

 

 旧ナチス・ドイツの軍服に似た。

 

 いや、明らかに参考とされたのだろうSSの制服にも通じる黒と金の装飾を施された軍服を纏う者達が多数集うブリッジ。

 

 その船の艦長席に座った少女が帽子をそっと外して横の少年に渡す。

 

「さて、妹弟諸君。我らがお父上様を愚弄した文明は今やもう滅び去ったが、これで残らず清々した。なぁに問題は無い。全てデータ化済みだ。情報化社会の昨今、今日の贋作が昨日の真作に負ける道理も無かろう。我らゲルマニアはこれより高祖父が遺し、彼奴等が貶めた名で進もう」

 

 アシェン。

 

 少女は薄ら寒くなるようなサディスティックとも違う人を真にただ数で見据える瞳を細め、ドーバー海峡の先を見て微笑む。

 

「我らはただ人類史最後の第四帝国。第三の国を夢見た美大落ち野郎。彼が遺した大いなる遺産を受け継ぐ最後の国家。この槍の矛先こそ我らである」

 

 高揚など無い。

 

 其処にいるのは完全に練兵を終えた13歳前後から18歳前後の男女が数十人。

 

「ブランデンブルグ第一大隊進発する。目標ロンドン市街地【正史塔】上空。敵主力善導騎士団及び英軍……我らが偉大なる父をネオナチと貶め、揶揄し、石を投げた旧時代の残差に引導を渡す簡単な仕事だ。だが、殺してはならん。我らの目的はあくまで―――」

 

 艦長席のコンソールの一部のスイッチが軽い音と共にしなやかな指で押された。

 

 同時にロンドン市街地上空に何かが次々に炸裂した。

 キラキラとしたチャフか魔力の転化光のようにも見える何か。

 それが全域を覆うと同時に人々の瞳から意思の色が消えていく。

 

「自らの歴史を顧みず、戦い破れた祖父や父を貶めて尚悪びれない旧時代の極左思想(リベラリズム)の完全壊滅である。全てを白日の下に晒し、糾弾され、自らの業に呪われながら、奴らが死ぬ様を見ずして死ねようか?」

 

 船が悠々と海へと向かう。

 

 ロンドンにはまるで意志を失ったかのような人々がゾンビのように群れながら、それでも己のしなければならない事を、仕事や任務や業務を行っている。

 

 何らかの洗脳に類する意思決定に割り込むような手法で人々が支配されている事がもしも他の地域から来た者がいれば、分かっただろう。

 

 今の現状をまるで理解していないかのように空すら見上げない。

 

「【正史塔】……真実を隠蔽し、我らの父を死地に追いやろうとした怨敵。まずはあの旧きバベルを焼き払うぞ。BFC、黙示録の四騎士、それがどうした。我らこそは歴史の代弁者。その真実を示す戦船は此処に……全降下猟兵展開準備。目標を制圧し、オーナーを確保せよ!!」

 

 答えは明確に。

 世界は明確に。

 新たな局面へと入った。

 

 ―――『【高格外套(ソーマ・パクシルム・ベルーター)】稼働開始』

 

 それは嘗て大陸において如何なる種の頂点存在であろうとも1千機で平らげるとされた対魔王汎用兵装。

 

 しかし、この()()には続きがある。

 

 邪神、悪神、人類に徒名す全ての敵を平らげた大半の部隊は精々が100名以下。

 

 それこそ主神でもなければ、超高位存在と呼ばれた真に星滅ぼす者でなければ、戦って一千機なんてオーバーキル確実。

 

 そして、その偉業を成し遂げた殆どの戦いにおいて主力は超越者と呼ばれる真に強き人々でもなければ、技能こそ持っていても真の意味で魔術師、魔導師と呼ばれた者達でもない。

 

 彼らは単なる歩兵役。

 

 そう……何の取柄もない優良な()()()()()達であった。

 

 それに神殺す力を与えた女を人々は聖女と言い。

 

 絶対的な信奉の下に世界最大の軍事組織として彼らは君臨していた。

 

 だから、大陸中央諸国の人々は……畏怖を込めて、親しみを込めて、その鎧を纏う者達をこう呼んだのだ。

 

 人類を守護せし、七つの剣に仕える者達。

 

 騎師。

 

 我らが騎師団と。

 

「各騎師中隊離翔!!!」

 

 嘗て、大陸の如何なる地域においても実しやかに呟かれた事実が神話の再現の如く始まる。

 

『グレース姉様。ようやく我らの生存圏への一歩が……』

『ええ、地球という星の歴史にまた新たな頁が加わる時です』

 

 その威容を誇らしくも眺めていた姉妹達がどちらも感慨深げな様子で呟いた。

 戦船。

 

 それは大陸において数千隻の大船団を要する騎師団が一つに属した()()()()()()

 

 神を前にして圧し負けぬとされた奇跡の船達の一隻。

 

 時に聖女を乗せてあらゆる困難を突破する為に設計された宇宙すらも駆ける無限稼働する動力炉を備えた一種のコロニーですらある。

 

 最大積載人数30万弱を誇る鈍色の船。

 

次元相転移変換炉式重外宇宙航行艦(リフォルナシウム・グラン・アパラトゥス)

 

 空間と次元。

 

 二つの要素からどちらも無限にエネルギーを引き出すソレは大陸における魔王との最後の大戦に用いられた現存数7隻を割る正真正銘の()()()()であった。

 

 *

 

 善導騎士団による肉塊への第二次攻勢。

 

 正式名称審査中はG-01と呼称されたソレへの一打は凄まじいの一言だった。

 

 艦船に積まれたクェーサー反応を用いる主砲は【星芯爆縮崩壊弾(クェーサー・ボム)】の集束と放出を制御した代物だ。

 

超重粒子線砲(シャイニング・カノン)

 

 ソレはそのシンプルな名前とは比べ物にならない威力を発揮した。

 

 魔導による空間制御や次元制御関係の術式を一部用いたソレは言わば、ブラックホール内に取り込んだ物質のエネルギー化による純粋な熱量とガンマ線バーストを主軸とする粒子線放射を可能にする。

 

 正しく星砕く力。

 

 しかし、それを空間すらも制御する力によって歪めて集束し、一方向にだけ向ける事が可能になっている。

 

 だが、それに耐えるのもまた神の力か。

 

 巨大な赤黒い閃光が大気を割き、海を海底までも蒸発させながら直撃。

 

 触手は全て焼き滅ぼされ、体表が莫大な魔力の転化によるエネルギー障壁の防御を展開してはいたが、それすらも上回る一撃は正しく輝ける一打となって神の肉片に襲い掛かった。

 

 しかし、無数の触手と本体の3分の1を崩したところで主砲の照射は終了。

 

 それと同時に神は活動を低減させたものの、すぐに再生を初めた。

 

 周辺海域は粒子線に熱せられた海水の蒸気と塩の雨が降り、塩の柱が立ち並ぶ聖書の終末を思わせる程の大異変を発生させ。

 

 それが収まった後、最大個体の周囲には次々にまだ死んでいない塊が結集し、まるで護りを固めるかのように繭状の防壁を展開。

 

 その分厚さは想像以上で通常弾では取り込まれて再生されるだけという状況で攻勢は頭打ち。

 

 こうして第二次攻勢の主要目標である半魚人の誘因を果たしたシエラⅡは集ってくる数百万単位の半魚人の魚群を周辺海域毎煮沸消毒し尽くした特殊作戦群と合流後、南部シェルター都市への帰途に付いた。

 

『人類万歳(/・ω・)/』

『善導騎士団万歳(/・ω・)/』

『大英帝国と日本国万歳(/・ω・)/』

 

 それから1日。

 

 万歳万歳やっていたネットもそろそろ静かになり、騎士団は少年を主軸に未だ被害の痛手に苦しむイギリス全土での復興事業に着手。

 

 傷病はMHペンダントで治し、後はいつものシェルター作りやシェルター改装に勤しむ事になった。

 

 少年の他にも次々に転移で送られてきた隷下部隊。

 

魔導機械術式(HMC2)】を習得した空間制御転移部隊の約半数が少年と共同してのスパルタな工作活動に従事。

 

 その間にもシエラⅡは周辺海域の哨戒を続け、残存していた半魚人達を特殊作戦群を率いて掃討。

 

 現地の海上警備隊やイギリス海軍と共同で敵を痛快に焼き払う様子は現地メディアに大きく取り上げられ、国民や難民達の安心を買うのに一役買った。

 

『今、善導騎士団のシエラⅡと共にイギリス艦隊が帰港してきました!! 先程の掃討作戦におけるドローンの映像はご覧になったでしょうか!! 我々はあの海からの怪異に対して持ち堪えたのです!! 緊急事態という事もあり、軍への善導騎士団の技術導入が正式に調印される運びとなり、非公開ではありますが、現地部隊を率いるベルディクト・バーン大使との間に―――』

 

 光陰矢の如し。

 

 電子空間上での書類調印を終えた少年が八木やフィクシーに政治の大半の仕事を投げて、イギリス軍の調練と強化に乗り出したのは昼過ぎ。

 

 各地の軍にはレンドリースの形を取って日本国内で生産され始めていた陸自用のディミスリル・カスタム化した様々な防衛装備が降ろされ始めた。

 

 90式から重火器、既存の火砲、装甲車と内容は盛り沢山だ。

 

 銃弾と砲弾は10億発まで()()()()()()()()によって無料。

 

 他は消耗した分だけ後でお金で返してねという話である。

 

 戦前のアメリカも真っ青な供給量だ。

 

 現在、日本全国の米国も含めた全ての造船所ではシエラⅡ以外は全てディミスリルによる改造を受けた艦船で一杯。

 

 その内の数隻は既に緊急事態だからと荒れた海でも使える代物としてロイヤル・ネイビーに無償で下げ渡され、各地の造船所も少年のテコ入れが入った。

 

 英国内にもアメリカは存在していた為、イギリスとの間を取り持ってくれないかという日本政府からの依頼を彼らは喜んで、というか……かなり食い気味に了承したのは騎士達の間では記憶に新しい。

 

 BFCの事件で各地で針の筵状態であったアメリカ国民達も諸手を上げて美しき友愛と自分達の立場の保持の為、諸々の亡命政権諸国と苦労を分かち合わせて下さい(土下座)という苦労人な公務員を量産せざるを得なかった。

 

 こうして世は事も無し。

 

 座禅スタイルな少年が仏像か何かのようにシェルター都市内部では隣の有名人となったハルティーナに運ばれる様子が興味深く見守られた。

 

「はふ……また暇になりました」

 

 少年がクテェッと脱力した状態でハルティーナに運ばれ、あちこちのシェルター内の職能集団の調整に出向いている様子を見ながら、ヒューリがほっこりした表情で黒武の上に置いたビーチチェアに寝そべっていた。

 

 周囲からその様子は不可視化の結界が張られている関係上、見えない。

 

 シエラⅡの主砲発射時、四機の痛滅者による同期で描いた魔導方陣による威力集束が行われたが、その後はまだ余力が有っても撤退となった為、また彼女達は暇を持て余しているのだ。

 

 一応、本日中にイギリス全土でデモンストレーション。

 

 痛滅者によるパトロールとは名ばかりの人々の安心を買う仕事をする事になっているが、周辺地形を体感しておくという以外には戦術や戦略的な意味はない。

 

 そも現在のイギリス本土の地図は高精度で彼女達の頭の中に魔導で入っている。

 

(ベルさんもしばらくは動けそうにありませんし、北米の方も大隊が大活躍して現状では援軍無用。それどころか大規模なゾンビ戦が出来るって訓練に使われるらしいですし……)

 

 殆ど人々を安堵する為の遊覧飛行しか仕事がないヒューリが有り余る力を十全に活用出来ずに内心で出番が無いと愚痴るのも仕方ない話だった。

 

 そもそもイギリス国内のシェルター完備やら軍需品の供給やら各地の市街地のディミスリル化しての復旧やら諸々が少年と日本から来た隷下部隊の空間制御の許容量で間に合っているし、魔力も足りている。

 

 日本の各地で行われていた事がイギリスでもちゃんと焼き回しよろしく為されているわけだ。

 

 さっそくレンドリースとか言いながら回収するつもりもない大量の機材が民間の建設事業者や各種の職種には降ろされているし、難民達にはイギリスに認可してもらった現地法人格を取得した善導騎士団の企業母体という体のペーパーカンパニーを通して大量の仕事の発注が掛かった。

 

『難民に仕事を!! 善導騎士団は皆さんにお仕事を依頼します!!』

 

 このような話がコマーシャルなり、ネットの広告で出まくりなのだ。

 

 それもあらゆる困難を仕事にして復興事業だとさせる予定。

 

 生憎と賃金は現物支給であるが、その現物が無ければ、この先生きていけないだろうと感じる難民しか現状はいなかった。

 

 今更この状況で金で何でも買えるとは誰も思わない。

 

 店がやっていなければ、買いようがなく。

 供給先が無ければ、需要に答えようもない。

 

 生物の生存本能の赴くままに生き残りたいならば、善導騎士団の仕事を請け負って現物を貰う方が良いと多くの避難民達が理解したわけである。

 

 一応、イギリス本土にいる善導騎士団の団員として仕事が無いわけではないのだが、ヒューリは高位魔族化した肉体の影響で現場に出られない。

 

 ちょっとした感情の高ぶりなどで魔力が噴き出したりするのを何とか空っぽの魔力電池を身に付けたりする事で防いでいるが、もしもがあってはならない為、現在は黒武にべったり張り付いて大量の戦闘用の魔力電池を自然放散される魔力で充電する係。

 

 つまりは魔力源として電池作りが主な仕事になってしまった。

 

(最強と最弱、我らが同時に役立たずとはまったく致し方ないとはいえ、もっと何かやれる事が欲しいところじゃな)

 

 それと同じ状況のリスティアも戦闘訓練や教導隊染みた事が痛滅者で出来なければ、やはり暇を持て余していた。

 

 本当は子供達と遊んであげたりもしたいヒューリやリスティアがちょっと悲しそうなのは姉妹達も分かっており、構うようにしている。

 

 だが、当人達は言われた事をしつつ、ポカポカ陽気が今週一杯続くだろう現状を黒武の屋根で甘受し、魔導の夢で戦闘訓練に明け暮れるしかないのであった。

 

「「zzzzz……」」

 

 こうして並んだ黒武の上で寝そべる少女達を後に2人の姉妹達は何をし始めたかと言えば、観測基地から戻ったシュルティに付いて自分達もやっている初心者用の戦闘教練マニュアルを一緒にこなしたり、自身の戦い方を模索していた。

 

 三人で戦い方の素案をベルに提出するべく試行錯誤するのだ。

 

 現在、シェルター都市で教練中だった兵士と警察官の大半が全土での復興に掛かる治安維持で出払ってしまっており、少女達が軍事教練に明け暮れる姿を悲嘆した様子で見る者は無い。

 

 それどころか。

 

 彼女達が己を鍛える様子は雨が晴れて屋外で遊べるようになった子供達の目には眩く映った。

 

 さすが片世に扱かれ続けた成果か。

 

 近接戦闘でもある程度は素人から抜け出しつつある彼女達は実際の重量と同じ刀剣類で自分の背丈に合ったものを使用。

 

 互いに斬り合う事くらいは出来るようになっていたのだ。

 

「せや!!」

「えい!!」

「ぅ、お姉様の剣がまた鋭くなってる」

 

「でも、居合の方は悠音の方が凄く筋が良いって話でしたよね?」

 

 通常のゾンビ相手ならば、十分。

 意思のあるゾンビ相手ならば、不十分。

 黙示録の四騎士相手ならば、自殺志願者と変わらない。

 

 というくらいの練度であるが、普通の一般警官よりはマシだろうし、熟練の兵士相手でも倒すのが目的でなければ、負けるのを回避する事は可能だろう。

 

 ちなみに二人とも現在は大人モードである為、綺麗なお姉さんが訓練しているとしか大抵の子供達には見えないし、同年代の少年少女達からすれば、少し見惚れるくらいに華麗な二人の汗を掻く様子は胸を時めかせるのに十分であった。

 

「レベルそーやくが来たら、本格的な自分の戦い方を組んでもらうって片世さんが言ってたけど、お姉様は剣にするの?」

 

「ええ、剣でも片刃で居合みたいな事は出来るそうですし」

 

「私は刀の方がいいかな? お姉様と違って、あっちの方が何かしっくりくるし」

 

「どちらも一長一短ですからね。別々のものを選ぶのが良いかもしれません」

 

「そう言えば、銃の方はクローディオさんに何点貰った?」

「狙撃銃が44点、拳銃が32点ですね」

「あたしは狙撃銃が21点で拳銃が55点だったわ」

「痛滅者の運用はリスティアさんから何点貰いました?」

「えへへ~~66点!!」

「う、姉として負けてます。56点でした」

 

 姉妹は其々に師事する人々からの点数を言い合っては自分達の長所と短所から自分達の戦闘スタイルを模索していく。

 

 その合間にも観戦者は増えており、遊んでいる子供達は遠巻きながらも少女達のめくるめく剣劇に目を奪われていた。

 

「悠音はやっぱり、中近距離戦型で刀と拳銃みたいな武装でキメラのカスタマイズですかね」

 

「お姉様は逆に遠中距離型で剣と狙撃銃みたいな武装になるの?」

 

「精霊魔術の中でも簡易精霊を生み出す関連のHMC2の開発はそろそろ大詰めだって話なので距離を取りながら、後衛職で火力と支援特化タイプの術師を目指そうかと」

 

「じゃあ、ミシェルさんみたいな?」

 

「ですね。タイプしては完全にあっちですが、能力的には逆に悠音の方がミシェルさんタイプですよね?」

 

「うん。この間からミシェルさんに結界魔術習ってるの♪ 筋が良いって褒められたんだ」

 

「そうすると悠音は接近戦でも防御力が高い前衛職ですかね。ベルディクトさんが私達の強さが一定に達したら専用の武装を用意してくれるとの事ですし」

 

「今も痛滅者は専用みたいなものだけどね。期待して待ってよう。この間の黙示録の四騎士戦じゃ、気を失ってたし、今度は二人で役に立てるように……ね?」

 

「ええ、そうですね。未熟な私達が足手纏いじゃなくて戦力になれるように頑張らないと」

 

「あ、もう少ししたらカズマにごはんあげなきゃ」

 

「ああ、そう言えば、今、カズマさんの世話をしているのって……」

 

「うん。今、凄い頑張ってるからお肉料理を差し入れしようと思ってて」

 

 二人が最後に一度交錯して、其々の刃を鞘に納めて互いに頭を下げた。

 

 80合程の刃での打ち合いが終了すると。

 

 いつの間にかジリジリ近寄っていた子供達が拍手喝采を上げた。

 

「え!?」

「あ、あはは……どうもありがとうございます」

 

 妹が驚きに固まる合間にも姉が愛想笑いでちょっと困りながらも手をヒラヒラさせる。

 

 彼女達の刃は完全に刃毀れしている。

 

 素人に毛が生えた程度の彼女達であるが、高位の敵からの攻撃を受けて斬り結ぶ事が前提だから回避せずに攻撃を受け続けているというのは分かる者にしか分からない悲壮な決意というやつだろう。

 

 普通の達人は刃を刃毀れさせない為に攻撃を刃で受けたりするよりも回避を選ぶ。

 

 それは置いておくとしても周囲の同年代や年下達からの拍手に気恥ずかしくなった二人はイソイソとその場を離れた。

 

 すぐ近くの黒武内で黒き箱を前にして何やら虚空に出る触れられる映像で戦闘用の設定しているシュルティの横へとやってくる。

 

「どう? シュルティお姉ちゃん」

「あ、悠音ちゃん。明日輝ちゃん」

 

 振り返った少女は大きく頷く。

 彼女の前にある虚空のデータ。

 

 攻撃用の術式の結実した攻撃パターンが映像化されてシミュレーションされており、複数枚の映像で彼女が手直しを行った事が事前に見ていた二人には分かった。

 

「今、集団戦や混戦用の攻撃を弄ってたんだ」

 

「シュルティさんのお姉さんのデータを元にしているんでしたよね?」

 

「うん。お姉ちゃんの攻撃は凄く洗練されてて……1人で戦うならきっとこういうやり方しかないってくらい……凄かった」

 

「大丈夫ですか?」

 

 明日輝の言葉に少女が少し複雑そうながらも心配させないよう……いや、心配させても大丈夫だと伝えるように笑みを浮かべて頷く。

 

「お姉ちゃんは1人だった。でも、今のわたしは違うから……だから、みんなと一緒に戦えるように色々調整してて……」

 

 攻撃パターンのみならず。

 

 少女の前にある映像データには防御や支援用の術式の他にも空に滞空したり、高速で飛翔する時のデータも表示されていた。

 

「凄い。その箱、何でも出来るんだ」

 

 悠音が自分達ならば痛滅者を使わねば出来ないような攻撃や防御、他にも移動手段にもなる黒き箱のデータの一部に驚く。

 

 出力は確かに凄いのは理解していたが、極大の一撃を放っただけで肉塊への攻勢は終了していた為、もっと融通が利かないものかと思っていたのだ。

 

「うん。ベルディクトさんも驚いたって言ってた。この【黒匣(ザ・ブラック)】はどんなエネルギーも出力出来るんだけど、システムの根幹部分のエネルギーの転換能力だけでロスが殆ど無いとか何とか」

 

「ベルが褒めるんだから、すごいのよ。ね? お姉様」

 

「そうですね。ベルディクトさんてあれで結構、辛口ですから」

 

「きっと、この箱の本当の力はこんなものじゃないの……お姉ちゃんにはまだ60点代しか貰ってなかったから。いつか、何で100点じゃないのか分かるって言ってくれてたけど……」

 

 少女が僅かに沈み込みそうになるのに慌てた悠音が周囲をキョロキョロしてから、ガシッとシュルティの肩を両手で掴む。

 

「ゆ、悠音ちゃん?!」

 

「例え、100点じゃなくても、今の点数で出来る事だってあるわ。だから、模擬戦しよう!!」

 

「模擬戦?」

 

 首を傾げるシュルティに悠音がCP機能が集約されたコンソール付近に置かれた箱からヘッドセットを二つ取り出す。

 

「あのね。ベルが夢の中で戦闘訓練する時に共有して出来るようにしてくれたの。お姉様と一緒にしてねって。九十九にデータを入力すれば、現実と同じように自分の能力を試せるんだって!! 肉体とかは鍛えられないけど、対処能力は鍛えられるって言ってたから、これで一緒に強くなろ? シュルティお姉ちゃん」

 

「悠音ちゃん……う、うん」

 

 コクリと頷いたシュルティに少しホッとした悠音が明日輝に後はよろしくと目配せして、二人で一緒にCPブロックのソファに腰掛け、ヘッドセットを被る。

 

「設定は九十九にお任せにして……ええと、モードは二人で最後まで生き残るサバイバルと後ろの人達を護る防衛線でいいかな」

 

 悠音が少年の取り扱い説明書をヘッドセットを被りながら脳裏に投影された情報から選んでいき。

 

 やがて、全てを終えるとシュルティと頷き合って目を閉じた。

 

 イギリスの上空を飛ぶ任務までに終わるかどうか。

 

 それは分からないとしても妹が新しく出来た()()()()()と共にそれなりの成績を出すだろうと明日輝は二人が目覚めた時にはお茶が出来るよう黒武のキッチンへと向かう。

 

 基本的に魔力を用いて煮る焼く炒めるが出来てしまう為に狭いのだが、機能的ではある其処でお茶請けの制作が始まる。

 

 クッキー、サブレ、ワッフル、スコーン。

 

 小麦と砂糖とバター、後は卵と酵母さえあれば、大抵のものは作れる。

 

 北米産のバニラやココナッツ、チョコ、諸々の果実類の乾燥させたフレーバー食材もふんだんに使えば、味も香りも豊なものになるだろう。

 

 こうして善導騎士団に馴染み始めたシュルティ・スパルナの日常は始まっていくのだった。

 

 そして……カズマのお世話はかなり時間が過ぎてから思い出される事となる。

 

 *

 

 ―――【正史塔(ザ・タワー)

 

 それが英国における魔術師達の互助組織の名前だ。

 

 正確には互助組織というよりは複数の大規模な集団の会合場所。

 

 昔はそれこそ協会系全般の関係者が出入りしていたし、術師の多くも半数は教会関係であった為、宗教と魔術の殿堂とも呼ばれていた。

 

 だが、それも今や昔という現代。

 

 ゾンビが出る前には個人の魔術師や在野の小さな集団も入れるように一般化され、敷居が下がっていた。

 

 其処は単にロンドンにおける魔術師達の逗留施設という意味合いが強くなり、外部の諍いはご法度という一種の治外法権区域の認識が正しいものとなった。

 

 教会系の術師が科学全盛の昨今に少なくなったというのもあるし、術師そのものが衰退の一途を辿っていたという事実もあり、精々術師達にしてみれば、まず間違いなく内部に居れば、殺される心配のない安全帯だったのだ。

 

 欧州本土にはタワーに類する場所が複数存在していたが、ゾンビが出てから……正確には黙示録の四騎士が出てから、全ての拠点が陥落。

 

 結果。

 

 欧州、アフリカ、ロシア、中東から難民の魔術師が大量に入って来た。

 

 以降、タワーの運営は全ての術者に己の魔術体系の全情報を登録させた。

 

 魔術大系そのものを残しておく巨大な情報保管庫の役割も追加されたのだ。

 

 賛同出来ない者は受け入れないという一貫した話は術師の世界では噴飯もの。

 

 秘密主義な人々の多くは良い顔をしなかったが、事実として安全地帯が其処以外に無いと悟ってからは折れた。

 

 こうして正史塔は事実上、欧州に存在していた廃滅していない魔術体系の全てを網羅する事となり、この強大な事実を以て、資質の高い人物達に必要な術式の情報を貸与して基礎的な能力の向上を図り、部隊を編制して国家からの支援すらも引き出す軍事組織に変貌。

 

 が、数年前の黙示録の四騎士の襲撃を撃退したまでは良かったが……その際に殆どの主戦力を撃破された事で戦力はガタ落ち。

 

 結果として残るのは戦えない連中ばかり。

 

 新しい世代が育つ前に人類が亡びてデッドエンドだろう……と、多くの術師達は諦めムードであったのが先日までの流れだ。

 

 それが正しく北アイルランドの消滅によって決定付けられた。

 

 と思われたのも束の間。

 遠き異邦からの来訪者。

 

 善導騎士団と陰陽自衛隊の登場で大きく流れは変わった。

 

『そこぉ!! 大系転換訓練中だぞ!! 暴走で死にたいのか!!』

 

『す、済みません!! 先生!!』

 

『一体、何を見てた!! ポルノか!! 如何わしい本か!! まさか、日本の薄い本じゃあるまいな!?』

 

『ち、違いますよ!? だ、断じて違いますよ!? ちょっと、ほら、分かるでしょう?!』

 

『分からんわ!! 術式展開中に余所見で余裕とは良い度胸だな!! 何を見てた!?』

 

『……こ、これです……』

『こ、これは!!?』

『騎士ハルティーナの生ブロマイド、です……』

 

『この少女性愛者がぁあああ!!? おまわりさんコイツですぅうぅぅ!!?』

 

『ち、違いますよ!? コ、コレは合法!! そう、合法ものです!! だって、陰陽自衛隊の隊員さんから直接買いましたから!!』

 

『なぁにぃ?』

 

『騎士ヒューリア、騎士ベルディクト、副団長代行フィクシー・サンクレット、騎士クローディオ、騎士ウェーイ……い、色々あるんですよ!! 今、流行ってて……こ、これ見て下さい!! レアカードは他のとシチュエーションが違ったり、着ている服が違うんです!!』

 

『……ほう? 続けて』

 

『日本ではコレが流行ってるから、もし欲しいなら相応の値段で譲ろうって陰陽自衛隊の隊員の方が個人的に融通してくれて……』

 

『それを転換訓練中に見ていたと』

 

『す、済みませんでしたぁ!! 先生―――涙を惜しんでコレは進呈致します。ですから、何卒!! お説教は勘弁願えないでしょうか!!』

 

『次は無いぞ? それと教師として生徒からの物品など受け取れるか!! 欲しかったら自分で買うに決まっているだろう!!』

 

『あ、後でご紹介しますね!!』

 

『じ~~(◎_◎)』×一杯。

 

 まぁ、後方の三流魔術師など殆ど一般人と大差が無い。

 

 MU人材とて霞みを食って生きているわけではない。

 

 そういう連中もいるにはいたが、大抵は黙示録の四騎士との各地での決戦で死亡しており、今や一般人に毛が生えた程度の魔術師だけが彼らそのものであった。

 

 ミーハーなのもいれば、使命感も義務感も0な連中だっている。

 

 ハルティーナの喝を受けて奮起した者はいるが、それとて全体的に見れば、5割に届くか届かないかくらいの話であり、後の連中は本当に大丈夫なのだろうかと先に生贄になってもらった転換訓練中の術師達の動向を真面目に生温く見つめていた。

 

「………」

 

 タワー内部はまるで建物中心部が完全に吹き抜けのホテルのようだ。

 

 そんな場所だが、内部は魔窟であり、無理やりに空間を弄っているせいで迷宮染みて領域の繋がりはデタラメであり、入って来たばかりの新米は良く迷う。

 

 だが、逆に言えば、住み付いている年月の長い連中は何処にいても少し扉を潜るだけで何処でも覗ける。

 

 さすがに運営側が単純な覗きは許さないが、ただ誰かを眺める程度の事は許容範囲内。

 

 今正に大系の転換訓練を受ける男女が老いも若きも大量という状況を見つめる老人達は多い。

 

 ベンチに座り、普通のオフィスのフロアかというような机と椅子が並ぶ世界を見下ろす位置。

 

 オペラでも見ているような気分になるだろう観賞席には穏やかな音色の管弦楽が流れている。

 

 紅い絨毯と黄土色のソファー。

 

 座っているのは紳士というには少し草臥れたグレースーツの金髪も白髪になろうかという老人。

 

 キッチリとした身形とは言えず。

 解れた靴下が僅かに杖の下には見える。

 

「此処にいらっしゃいましたか」

「カウンターは良いのかね?」

「一時、業務が減りました」

「そうか……」

 

 カウンターでシュルティを最初に相手していた黒人の男。

 いや、今は黒猫が老人の横のソファーの上に載る。

 

「……御飲物でもお持ちしましょうか?」

 

「結構。十分に喉は潤っているよ。干乾びたはずの塔に未だこのような滾り湧き出るモノがあろうとは……いやはや、人間というのは不思議な生き物だ」

 

「さようですか」

 

「だが、時計の針が動き出した。後、10年……そう思っていたが、どうやらこれから激流に呑まれねばならない」

 

「そう、ですね……欧州の彼らも動き出すでしょう」

 

「あの狂人の計画も完遂された。人類はまた新たな可能性と同時に脅威を得た。もはや、嘗ての罪を隠しておけるような状況でも無いだろう」

 

「はい……」

 

「イギリスの行政従事者内でもあの一件を善導騎士団に開示するかどうかで意見が割れている。まぁ、詳しい事を知ってる連中が口を割る事は無いだろうが、彼らは大半知っているだろうな。そして、此処は隠す必要も無く開示する方針だ」

 

「……」

 

「BFCの部隊らしき者達の確認報告も入った。連中も四騎士の一角が落ちた事で動きを加速させるだろう」

 

「では、どうなさいますか?」

 

「………数日後に善導騎士団側へ我々が知り得る限りの事を伝えよう」

 

「よろしいので?」

 

「構わん。彼らとて、幾らかの事情は知っているだろう。ただ、アメリカは恐らくどんな事があっても最も重要な真実は教えまい」

 

「でしょうね。それは彼らの破滅を意味する……」

 

「イギリス政府や事実を知る者達とて本当の事は知らんのだ。黙示録の四騎士が何故あそこまで人類を憎むか。BFCが一体何をしていたのか」

 

「ニューヨークには?」

 

「連絡だけは入れておけ。ゾンビに()()()()()()()()()()は放っておいて構わん。あそこは我らが罪の墓標……何れ、彼らも辿り着く」

 

「はい。では、そのように……」

 

 猫が背後に消えていこうとして。

 

「ああ、そう言えば、御客人達はどうしている?」

 

「ええ、大人しいものですよ。存分に寛いでいるようで。タワー内を探検して、名物を食べて、エステサロンでご満悦の様子です」

 

「彼女達にはくれぐれも失礼が無いように」

「ハッ」

 

 黒猫が消えていく。

 そうして残された老人は1人。

 

「人を呪わば穴二つ……極東の諺は的を射ているのだろうな……己の業に決着を付ける時が来た……そう、そういう事なのだろう……」

 

 ポツリと呟き。

 懐中時計を懐から取り出す。

 

 開けば、内部には一枚の写真の切り抜き。

 

 それは旧世紀。

 

 とある国家において最精鋭と呼ばれた部隊の一つ。

 

 そのたった四人で構成された遠征組みと揶揄された者達の集合写真。

 

 ナチスドイツ政権時代。

 

 とある独裁者が集めていた異常超常の品々を集める機関の命により、旧ソ連領内のユーラシア中央部へ極秘潜入する直前に取られた記念の一枚。

 

 発掘を指揮した者達の中には歳若くとも確かに老人と同じ顔をした者が1人。

 

「あの時の我々の決断が世界を滅ぼしてしまった……ならば、滅ぼされるのも致し方ない。ブランデンブルグ最後の1人になってしまったよ。フリード、カール、クラウス……済まないな。約束を守れるかどうか……」

 

 老人は大きく息を吐き。

 

 いつの間にか横に置かれてある薫り高い紅茶を目にして苦笑を零し、静かに嗜む。

 未だ彼からすれば歳若い魔術師達。

 

 その前途が祝福されておらずとも……どうか、自らの手で切り開かれていくようにと。

 

決裁者(オーナー)

 

 それが今の彼の名であった。

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