異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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間章「お休みⅡ」

 

 映画館で少年を囲む少女達が騒いでいる頃。

 

 騎士ベルディクトお休みを取る、という報の裏で動く者達がいた。

 

 シスコ内から300km以上先。

 巨大な森林地帯内。

 

 今も同型ゾンビの一団が無限湧きしながら無限に森へ喰らわれている深奥に程近い蠢く樹木の最中。

 

 青白い果樹が生り、薄暗い世界には鳥が幾らか止まり、泣き声を響かせている。

 

 キャンプ用品に囲まれていたのは米軍の標準的なレンジャー装備を身に着けた軍人達であった。

 

 ちなみに装甲車らしき箱型の物体がデンと横には乗り入れられている。

 

 だが、奇妙な事に生命反応の無い移動物体に対して反応するはずの樹木達は大人しくしており、襲われている様子は無い。

 

「割と技術的には良い線行ってるね。やっぱり」

 

『!?』

 

 ザッと男達が小銃を声のした方に2つ、周辺へも同時に構える。

 

「君達が米軍のお使いかな」

 

 森の奥からガサガサと樹木を掻き分けてやってきたのは年齢不詳の女だった。

 

 森の中からやってきたというのに衣服には埃や雨水、泥の一つも付いていない。

 

「貴方がアズだな?」

 

「ああ、君達の卵の将軍に情報をお送りした者だ。コレを……」

 

 彼女が小さなUSBメモリを男達の1人に投げる。

 

「コレが例の?」

 

「ああ、君達ご所望の代物だよ。受け渡しは完了だ。大人しく帰り給え」

 

「………」

 

「ああ、ちなみに遅れたのは君達の罠を解除してたからだよ。止めておいた方がいい。確保を考えてどうにかなる玉じゃないよ。ボクはね」

 

「―――全員、銃を下ろせ。帰るぞ」

 

 部隊の隊長と思われる黒人の40代の声に全員が従ってコンテナ型の車両に乗り込んでいく。

 

「じゃあ、彼によろしく言っておいてくれ。久しぶりの再会はまた今度だとね」

 

「伝えておこう。BFC……」

 

 男達が乗り込んだコンテナがすぐに光学迷彩で掻き消える。

 

 だが、同時に温度も無く轍を残して車両が外へと向かって行った。

 

「良かったのか? 結構、悪辣なのが仕掛けてあったが」

 

「あんなのでこっちがどうにかなるなんて思っちゃいないよ。あの卵の将軍はね」

 

「じゃあ、何でわざわざ?」

 

 森の中から銀のバックルをしたポロシャツの青年が出て来る。

 

 その手に握られていたデザート・イーグルが腰のホルスターに戻される。

 

 腰のベルトには日本刀が一本下げられていた。

 

「試したんだろう。ボクらがどれくらいなら易々と潜り抜けられるのか。あちらは情報が足りない」

 

「それにしてもお節介な事だな。わざわざあのデータを渡すなんざ」

 

「いいんだよ。ヒサシゲ……ボクらは別にBFCの駒じゃない。そして、思っていた以上に善導騎士団は有能だった。もし、ダメそうなら紅蓮の騎士の手駒はボクらで対処するか、始末する予定だったんだし」

 

「おっそろしいの間違いだろ? 何だよ。あの術式生成システム……空気中の水分の分子にペネトレイター紛いのステルス性の生体定着式とか。効果はそんなに長くなんだろうが、入って1日もしたら常識的な術師は抵抗不可能だろ」

 

「僕らが常識的かい?」

「ノーコメントだ」

 

 男が肩を竦めた後、女がその腕の中に納まる。

 

 ドッと地面が爆発したかと思えば、二人の姿は森の樹木の上にあった。

 

 巨木上を跳ねながら男がチラリと横目に大森林の何もない横手を見やる。

 

「オイ。別動隊っぽいのがいるんだが、いいのか?」

 

「いいよ。別に……僕らの尾行が可能かどうか見てるんだろ。手を振ってやりなよ。旅行者気分が味わえる」

 

「やれやれ(T_T)」

 

「はは、あちらはどうやら肝だけは据わってるらしい。動かないのも気に入った。ま、これくらいの情報はやらないとね」

 

「北米の二都市に侵入出来なくなったってのにご機嫌だな」

 

「いいじゃないか。彼らの強さがよく分かる。BFCが遂に短期間で生きている人間で実現出来なかった事を彼らは成し遂げた。あのクラスの戦力を慢心せずに育て上げた事は賞賛に値するよ」

 

「穴が無いっつーのが一番厄介だよな。何で満遍なくスキル高いんだよ。特にあの視線と認識力……誤魔化せはしても違和感込みですぐに連絡してたぞ。違和感程度で一個小隊の連中が周囲でウロウロしてくれるとか。監視カメラかっての……」

 

「規律と職業倫理の塊を作り出す手法は芸術的だね。ウチの市長はそういうのはまるで無頓着、全てシステムで代替って口だが、あちらは足りない部分を足りなくても創意工夫と人材の質で補うタイプ。どちらが勝つと思う?」

 

「……本隊が到着しない限りは連中に分があるだろうが、もしも到達すれば……まぁ、分からないな」

 

「それが答えだよ。ヒサシゲ……そう、分からない程に彼らは強くなった。ならば、此処から先は未知だ。黙示録の四騎士か。BFCか。米軍か。彼らか。あるいは魔族か。チキンレースのエントリーはそろそろ終了だ」

 

「お前はどうなんだ? アズ」

「ボクがそんな柄かい?」

 

「そうだな……お前は出来レースの八百長を取り仕切る胴元だ」

 

 肩を竦める男の腕の中でニヤリと女は笑う。

 

「ああ、その通りだとも。ニューヨークに向かおう。あそこでやる事がある」

 

「了解だ」

 

 男が再び森の中へと着地しながら、森の頂点に見えていたコンテナ型の車両にウィンク一つ消えて行った。

 

『……どうやって我々を……』

 

『少尉。振動感知ですが、ロストしました。最後の進行方向は北東……直線上にはニューヨークがあります』

 

『新しい任務を此処で放り出すわけにもいかない。傭兵に連絡を。東北でファーマーになる夢はもう少し先になりそうだと』

 

『了解です……』

『何か言いたそうですね』

『いえ、少尉が逞しくなったようで嬉しくなったんですよ』

『ッ、ごほん……私語は謹んで下さい』

『これよりBFCエージェントの追跡に入ります』

 

 コンテナの内部。

 笑い声が僅かに漏れた室内。

 彼らは翼を待って次なる目的地へと向かう。

 そこに何があるのか。

 まだ、多くの者が知らず。

 

 森は蠢きゾンビを喰らいながら一部始終を見つめていたのだった。

 

 *

 

 大きな森の中で人々が互いの手札に一喜一憂あるいはポーカーフェイスで笑みを浮かべていた頃。

 

 少年に同行する形でイギリスからやってきた人々は人生最大のイベントの一つに立ち会う事になっていた。

 

「大丈夫ですよ~~息を吸って~~~はい。吐いて~~」

 

「もうすぐですよ~~皆さんが見守ってますからね~~」

 

「先生!! 三番の患者さんそろそろです」

 

「ああ、クソ。こっちはまだ途中だぞ!? オイ!! ボケッとしてるそこの産婦人科志望!! ちょっと手伝え!!」

 

「ええ?! は、はい!?」

 

「そっちで頭が出てきたら、ゆっくりと引き出せ。薬はもう投与してある」

 

「あ、ちょ、ちょちょ!? 普通の方法での出産で大丈夫なんですか!?」

 

「基本は同じだ。後はそこの資料を参照しろ」

「そんな無茶な?!」

 

「殺すも生かすも好きにしろ。お前が今から産婆役だ。帝王切開出来る医者は全部出払ってる。自然分娩のリスクは高いが、こいつら新種族の帝王切開リスクだって左程変わらん。回復力が高過ぎて切ってもすぐに再生する上、免疫機能が過剰になる可能性すらある」

 

「そんなぁ?!」

「看護師に後は聞け。ベテランだ」

 

 イギリスで数百人単位の義肢接合術式を行い。

 

 毎日毎日来る日も来る日も手足を繋げていたエヴァ・ヒュークは現在シスコ・ロスの各地の真新しい病院施設を転移で行ったり来たりしながら数百人からなる歳も様々な女性達の出産を手掛けていた。

 

 胎児達は皆一律に背中に触手を背負う新種族だ。

 

 そう、カルトの被害者として少年に保護された大人達と子供達が現在新たな命を世に生み落とそうと奮闘中。

 

 男は上から下までてんやわんやの大騒ぎで助産師や看護師達に親になるんだから、シャキッとしなさいと喝を入れられてシュンとした後、綺麗に一列で中身は全員子供ながらもお行儀よくまだかまだかと病院の長椅子に腰掛けていた。

 

 パートナーがいる女性は良い方だ。

 

 パートナーがいない女性でも自身の子供がいれば、心配してくれる。

 

 だが、生憎と中身まで子供になった彼らが記憶消却前の関係性を覚えている事は殆ど無く。

 

 現在、彼女達唯一と言っていい父親役は1人の青年が買って出ていた。

 

「ジャンさん!! こっちよ。こっち!!」

「了解した」

 

 筋骨隆々の神を殺した6歳の青年は今現在病院用に善導騎士団が開発した白い全身スーツにマスクをして無菌室の中で帝王切開やら自然分娩やらで生まれて来る己と同じ種族の赤子達を抱いて祝福し、女性達によく産んだと力強く手を握っては安心させていた。

 

 本来、自然分娩のリスクは高いのだが、MHペンダントを掛けたままならば、帝王切開でなくてもリスクは最小限度以下に納まるという九十九の試算が出ており、お産は順調。

 

 一日に数十人ペースで赤ん坊の出産に立ち会い始めて早2日。

 

 食事する暇も眠る暇も無い彼は仮眠を挟みながら日本のゼリー型の栄養補給食をチューブで流し込み。

 

 次々に入って来る看護師からの声に応じて病院内を掛けずり回っていた。

 

 これが普通の人間ならば、参ってしまうところだろう。

 

 が、生憎と彼は疲れ知らずの種族中でも優秀な方だ。

 

 MHペンダントを掛けっ放しにしている為、今のところ倒れてはいない。

 

「………」

 

 連続してのお産が終了後。

 

 彼が明け方から数えて4時間で椅子に腰掛けられたのは運が良い方だろう。

 

「お疲れ様。皆さん無事にご出産為されましたよ。本日の予定分は全員。後は明日以降だと思うから、しばらく仮眠してて」

 

 看護師達に気遣われた青年は自分の歳も忘れて1時間程と言い置いて、少年が用意した病院の仮眠室へと向かっていく。

 

 そこは現在、彼と彼のパートナーが間借りする仮宿だ。

 

「入るぞ」

「ええ」

 

 2人部屋の病室を改装したそこは外が見える2階の角部屋。

 

 二つあるベッドの一つは現在には女性が1人大きなお腹を抱えながら編み物をしており、彼が帰ってくるとお帰りなさいと微笑んだ。

 

「具合はどうだ?」

 

「大丈夫よ。心配性ね。私のお産は4日後よ?」

 

「分かってる……」

「それよりもお父さん役ご苦労様」

 

「役じゃない。少なくともごっこという歳でもないだろう」

 

「まだ6歳なのに?」

「中身の問題だ」

 

「ふふ、アニメ好きなのに大人ぶっちゃって……ああ、騎士ベルディクトから映像データが届いてたわよ。端末に」

 

「そうか……」

 

 ボスッと寝台に寝転がった青年はチラリと横の彼女を見やる。

 

「お前の方の聴取は終わったんだったな。そう言えば……」

 

「ええ、先日10分くらいで」

「で、同胞は?」

 

「海沿いの街で考古学者のお爺さんに助けて貰ってるって」

 

「そうか。BFCや米国の干渉さえなければいい……」

 

 女性。

 

 いや、少女から女性というものに成り始めたくらいの歳頃に見える彼女は背後から触手を伸ばして、豊満な胸元をちょっと邪魔そうにしながら、複数の触手と両手で握ったスティックでチクチクと毛糸を編む。

 

 黒髪に青黒い虹彩。

 

 顔立ちはラテン系だったが、彫像のように彫りは深い方だろう。

 

 何処かの女神像の大本ですかと聞かれてもおかしくない。

 

 誰もが貴方が女神だと信じそうな少し現実離れした美しさはしかし穏やかな潮騒を思わせて見ていて何処か安心するかもしれない。

 

「お産が早まったのはあの神の力を前にこの子達が必死に生まれようとしてきたから……誰が攻められるものでもないわ。苦労するのは私達の世代の特権でしょう?」

 

「義務と言わないお前程、オレは強くない」

「ふふ、でも……だから、私を選んだんでしょう……」

 

 すっかり母か女の笑みの彼女を前にジャンが寝台で身体を背ける。

 

 その借りて来た猫か。

 

 あるいはカワイイものでも見るかのようにクスクスと女神は微笑む。

 

「お休みなさい。旦那様」

「―――フン」

 

 赤い頬で拗ねるように威厳も何も無い青年は瞳を閉じる。

 

 女は強し。

 だが、母は更に強し。

 それが世の理であるらしかった。

 

 *

 

 善導騎士団副団長こと陰険眼鏡あるいは痩せぎす嫌味マン。

 

 あるいは過去の騎士の名を持つ男がいつも何をしているのか。

 

 知っている者は騎士団の中に左程多くない。

 

『副団長。報告は以上です』

『では、出掛けるぞ』

『総員。副団長が出立される。続け』

 

 今まで副団長に付き従って来た腹心や秘書達以外の団員からすれば、彼ガウェイン・プランジェは裏方であって、表に出て来ない騎士団の縁の下の力持ち。

 

 あるいは裏稼業の人という事になる。

 

 騎士団とて綺麗な身体ではないし、今まで血生臭い事が無かったわけではない。

 

 ただ、その多くが自分達の利権や権利の為というよりは純粋に自分達の思想である名前の通りの事を為すのに悪や悪党の類に対して行われるエゲツナイ行為である事が大半であった。

 

『法は裁きの指針だが、法は人を裁かない。人が自らの行いで人を裁くのだ……今日、会いに行く連中はソレが分からない者らしい』

 

『大陸の格言ですか……我々も随分遠くに来ましたね』

 

『中央諸国では廃れた言葉だ。だが、真実でもあると法学を学べば教えられる』

 

『こちらの法学では倫理や道徳関連が我々の理想には近いものもあるようですが、実際には副団長の言われた通りのようで』

 

 そういう意味で現在、善導騎士団の裏事情を仕切る彼は表向きはフィクシーに出て貰いながらも各地の政府や亡命政権とのやり取りをする窓口となり、何かと現実に忙しい中核人材の代わりに悪党を合法非合法問わずに手段を選んで潰すという事をひっそり確実に行い続けていた。

 

 その潰し方は殺すよりも酷いが極めて穏便ではあっただろう。

 

 何せ暴力など使う必要も無かったのだから。

 

『小隊の集結を確認致しました。亡命政権出が3人に日本人と米国人が1ずつですが、よろしいですか?』

 

『ああ、構わない。彼らには基本給の他に招集分の活動費を渡しておくように』

 

『は、了解です……それにしても活動資金が潤沢になってきましたね。彼ら』

 

『ああ、ああいう手合いは人を動かすのに金がいると知っているからな。銀行家か資産家を抱き込んだんだろう』

 

『よくお解りで……』

 

『中央諸国でもギリギリで黒じゃない連中はそれなりにいたからな』

 

 彼らの手には日本国内及びイギリス国内での読心系能力者人材が全てある。

 

 最初に彼らと接触する時、全員が秘書か副団長当人によって行われた事は正しくこれから暗部を造りますという宣言に等しかった。

 

 まぁ、殆どの人材に彼はまったく躊躇せずに()()()()()()()()()()を思い浮かべた為、多くは首を縦に振らざるを得なかったし、その状況を補強するのに騎士ベルディクトの()()という名の魔法の言葉が多用された。

 

 まぁ、アレだ。

 

 手伝ってくれるならば、ゾンビ禍に溢れる世界でも真っ当な生活を送らせてやるし、給料も出すし、規律にも従ってもらうが、嫌なら不確定要素なので能力を封印して只人として生きて貰う。

 

 無論、裏切ったら裏切り者に相応しい末路が死ぬという以外で用意されもする、と多くの能力者は未来を断言的に語る男の冷徹な計算に悟ったのだ。

 

 逃げられないし、逃げる意味も無いし、大人しく捕まろう(働こう)と。

 

『副団長の力が読心系だって知る人そう言えば、いませんよね。未だに』

 

『読むまでもなく分かるのに精度の低い能力を用いる意味が無いだろう』

 

『その頭脳のキレに関しては羨ましいものがあります』

 

『単なる大学院卒の魔術師崩れだ。魔導を学ぶ前に団長に引っ張られて騎士団に入ったせいで、ロクに仕事も手伝えん……』

 

『ですが、先日までに魔導機械学を修めたとお聞きしましたが?』

 

『療養中の片手間に言語は学んだ。やらなければ嘘だろう。そもそも道具の説明書を読むのに時間がいるか? 魔導の方もやっているが、後2か月は掛る。騎士ベルディクトには感謝せねばならないな』

 

 瞬間的に()()()()()()連中に包み隠さず自分の一番取りそうな選択肢を頭に叩き込んだ頭脳労働系超人な副団長を前に誰もが同族とも知らずに理解せざるを得なかったのだ。

 

 こんなのを相手に心理戦なんか絶対にしたくない、と。

 

 目の前の男の心を読んでどうにかしてやろうとかいう愚かな能力者はそうして即座に0となった。

 

 彼が知る裏切り者の末路が20通り。

 

 自分が今行える危険な読心能力者への()()()()が30通り。

 

 それに比べて砂漠のオアシス並みな騎士ベルディクトの準備による生活がバラ色とは言わずとも圧倒的なリアリティで流れ込んでは折れない方がどうかしている。

 

 あ、コレは今まで読んで来た連中とはまるで違う異星人だなと誰もが分かった。

 

 結果、一般隷下部隊に編入されない独立した読心能力者系部隊が爆誕。

 

 彼らは使()()()()()()()()()()()()()()という現実を受け入れ、普通に北米の人々の利害調整に従事する事になったのであった。

 

「馬鹿馬鹿しい話だ。何故、私が世界政府の組織委員に選出されない」

 

「ですな。後からやって来て、人の椅子を取るのは頂けない」

 

「白戸さんの方とも話が付いている事ですし、今は待ちましょうか」

 

 そんな最中、日本・イギリスにおいて近頃露悪的に善導騎士団へ悪感情をぶつける人々が増えたのはあまり認知されていない。

 

 だが、実際に彼らは存在し、現在は力を持つ権力者達や有識者達の中から既得権益を得られず、爪弾きにされた者達が加わった。

 

 世界政府構想に辺り、本当ならば内定していた人材達にとって善導騎士団による相応しくない人物の排除は正しく寝耳に水。

 

 政府及び亡命政権内で力を持つ彼らが()()()の存在に言及するのは言うまでも無かった。

 

「……知り合いに聞いてみても、そんなリストは無いと言うばかりで何の情報も出て来ない……それにしては一部署で的確に知り合いが弾かれている……」

 

「お得意の魔法で誤魔化しているんだろうよ」

「今の法じゃ裁けませんか」

 

「裁ける法を自分達で造ってくれるって言うんだ。期待しようじゃないか」

 

「法曹界に伝手でも?」

 

「ああ、あちらはあちらで弾かれた連中がいて、今こちらと共に危機感を共有してもらってるところだよ。君」

 

 今現在、政府機関が善導騎士団から貰った相応しくない人々を権力構造から排斥しているのは一部の当事者達には周知の事実。

 

 閑職に回されるやら取引が停止されるやらピンポイントで後ろ暗い人々の今まで築いていたネットワークは瓦解。

 

 だが、一番彼らが問題視したのはその理由であった。

 

 これが善導騎士団の一声だったというならば、彼らは真正面から抗議の声を上げられた。

 

 だが、実際には真っ黒や灰色な背後関係を様々な組織の内部監査及び組織外部からの外圧で指摘され、権力の座から引きずり落とされたのだ。

 

「友人との個人的な会食。それも自腹でのものまで指摘、排除されてはね」

 

「詳しくは聞きませんが、重箱の隅を突くのがあちらは上手だそうで」

 

「グレーの部分を黒だと言われては身動きが取れない。図太く言い返したヤツもこの中には結構いるだろうが、大概無しの礫だった」

 

「心中、お察しします」

 

 ある者は業者との癒着。

 ある者は政治団体の不正。

 ある者は反政府組織との繋がり。

 ある者は非合法組織への便宜供与。

 

 今まで明るみに出ず。

 

 あるいは明るみに出ても握り潰せていた多くの問題が善導騎士団から的確に指摘され、()()()()()()()()()()()()()付きで対応部署に譲渡、こいつらは相応しくないと次々に当事者のいる公的な組織では公表された。

 

「あの局のプロデューサーとは懇意にしていたが、何回掛けても出ない」

 

「ああ、それならネットの方でメールを入れてみては?」

 

「音沙汰が無いよ。新聞社の友人の知り合いもそうだ。恐れを為して善導騎士団に媚びた記事を書く記者が記者なものかね。与党に媚びよって……」

 

「報道規制や報道管制が常態化してますから……」

 

「それにしても書き様ってものがあるだろう。上げるだけ上げて後は当たり障りのない記事を書くようになるとは彼らもお終いだな。ま、ネットの前に滅ぶ運命ではあるんだろうが……」

 

 テレビ局や新聞社を仕切る者達もいたが、その多くが善導騎士団からの圧力に屈している現状では善導チャンネルの拡大もあってテレビ局そのものが叩かれかねないと彼らを護るべき仲間達は沈黙。

 

 人々の矢面に立たされた者達の多くは失脚し、彼らを擁護するはずの人々も委縮し、同時にまだ権力にしがみ付いていたいまだ直接的に目を付けられていないと思われる層も指摘された層との繋がりを断った。

 

「そう言えば、後4人程来る予定だったのでは?」

 

「連中も雲隠れか? いやはや、善導騎士団にもの申そうという気骨のある人物はどうやらいないようだな。困ったものだ。心を読む怪物や副団長とやらがよっぽどに怖いと見える」

 

『では、直接承りましょうか』

 

「「?!!」」

 

 こうして今まで築き上げて来た黒いネットワークの多くが機能不全に陥ると。

 

 彼らは善導騎士団の粗探しで暇を潰す人々に早変わりした。

 

 1人1人は小さな力だが、みんなで嫌がらせをすれば、怖くないというわけだ。

 

 こういった流れは速やかに日本でもイギリスでも浸透し、亡命政権の幹部や企業体のトップや今はまだ何とか地位を維持している人々の集合を齎した。

 正しく、反善導騎士団勢力。

 

「な?! 善導騎士団副団長、閣下……ではありませんか……っ」

 

「おや? 顔色が悪いようだ。後で病院に行く事をお勧めしますよ」

 

「お気遣いどうも……それでどうして騎士団の重鎮がこちらの会へ? お呼びしてはいないはずなのですが……」

 

「ああ、皆さんの声を是非聞きたいと思い。ご友人に()()()()()()()()()()のです。これを……」

 

「ッ、た、確かにコレは我が会の幹部の直筆。親指で押印までしてあるとは……念入りな事だ。それで何の御用でしょうか?」

 

 ソレの殆どは騎士団への物言いを付ける有識者会議とやらに近いものとなったのは実際的な力関係としては正しい。

 

 長い物には巻かれろという教訓を知っていれば、明らかに非合法な事は誰も出来なかったとも言える。

 

(クソッ、あいつ―――寝返ったかッ、白戸が動き出す前だと言うのに……)

 

 さすがにそういった人々が現実的に出来る事は殆ど無かったのだ。

 

 が、復権を狙って貯め込んだ財や黒い人脈を用いた騎士団の影響力を落とす様々な全体行動が議論され、実際に個々人の行動として連帯する事でネットでも現実でも徐々に影響は出始めていた。

 

「善良なる日本国民に申し上げる!! 我々は善導騎士団!!」

「な、いきなり何を?!!」

 

 とあるホテルの一角。

 会議室内の多くの政治家や資産家。

 

 各界で排除された人々がその声に扉側を振り返った。

 

「これより皆様型に一つ手品をお見せしましょう!!」

「はッ? て、手品? 一体何を言って!?」

 

 副団長。

 陰険眼鏡。

 

 嫌味マンと呼ばれて久しい男は指を弾いた。

 

 途端だった。

 

 彼らの頭上に大きなウィンドウが広がり、その場にいる当事者達の大量の映像と心の声が字幕付きで流れ始めた。

 

 それもグレーゾーンな事どころか。

 

 完全に隠し通してきた黒い方の事も……それこそ数十年前の事すらも完全なる克明なものとなって。

 

「ッ―――」

 

 その動画を前に人々が息を呑み。

 汗を浮かべ。

 

 ソレがいきなり自分の周囲の人間に知れ渡るという事実を前にハッとして副団長に叫ぶ者が出た。

 

「止めろぉ!? こんな嘘デタラメを流してどうするつもりだぁ!?」

 

 それに同調する声は多数。

 

「おや? これは手品と言ったはずですが、何故嘘デタラメなんです?」

「こんなのお得意の魔法で造った偽も―――」

 

 ―――その日を境にして善導騎士団の影響力は急速に弱まっていった。

 

 ―――彼らは勝利した。

 

 ―――あの邪悪なる魔法使い達の手から地球を救い。

 

 ―――その技術をも手にした彼らは己の力を以てゾンビを、()()()()()()

 

『お父さん逃げて!?』

『あ、綾子ぉ!?』

『うわぁあぁああぁ!?』

 

『ゾンビに勝てるはずだと貴方は言ったじゃないか!?』

 

『どうして彼らを放逐した!? 答えろ!!?』

 

『滅ぶ……みんなみんな……あはは、あはははは』

 

『あなた。もうみんな先に行きました。貴方のせいですよ。貴方の……』

 

 ドスリと血塗れのナイフを突き刺した伴侶の顔は歪んでいて。

 

 会場の男の1人が残りの人生30年分をたっぷり味わってハッと我に返る。

 

 まだ、誰も発言していない。

 全ては夢。

 そう邯鄲の夢。

 あるいは胡蝶の夢。

 

「ああ、皆さんの声を是非聞きたいと思い。ご友人に()()()()()()()()()()のです。これを……」

 

 男はデジャブを前にして震えながら、その紹介状を見た。

 

 まるで同じ。

 そう今、見たナニカの出だしと同じ。

 会場の誰もが他人を気にする事も出来ず。

 今、自分が死ぬまでの人生を振り返り、思う。

 

(……こんな……こんなのが……こんなものが……現実にいるというのか?)

 

 副団長の顔は優し気な笑みを浮かべていた。

 

 ()()()()()()()()()()()だ。

 

 会場の誰もが虚空に映し出された副団長ガウェインの顔を見つめていた。

 

 ソレは笑っているが笑っていない。

 目までも笑っているが、笑っていない。

 

 その乾いた笑みを前にして、自分達をまるで何かの動物園の動物でも見るかのような笑みを前にして、彼らは心の底にあった何かがボキリと折れる音を聞いた。

 

「皆さんのご意見やご感想。お叱りなどを受けたく参上しました。未だ善導騎士団には多くのモノが足りておりません。そういったものを皆様に教えて頂きたいのです。我々は()()()()()です。悪を裁きもしなければ、正義を気取る程の者でもありません。ただ」

 

 副団長、キレッキレだなぁと昔からの秘書の1人は内心で肩を竦めておく。

 

「悪は裁かずとも駆逐し、正義は気取らずとも護りはする。ソレが我々善導騎士団……どうか皆さんの声をお聞かせ下さい。我々は貴方達を()()()()()()()()()()()()。その瞳が映す限りのご不満を受け止める覚悟があります。どうか、安心為さって下さい。我々は皆さんを()()()()()()()()()()()。貴方達が人類として()()()()()()()()()()()()()……いえ、例えゾンビになったとて、可能ならばお救いする方法は考えるともお約束しましょう」

 

 人の短い一生分の可能性。

 

 九十九による超長期未来予測の演算による夢の介入でハッキリ死ぬ未来までも見てしまった人々に魔法だ横暴だと言う元気は無かった。

 

「おや? 顔色が悪い方が多いようだ。皆さん、MHペンダントを……ああ、()()()()()()()()()を連れているので具合の悪い方は御手を上げて下さい。あちらの廊下で救護致します」

 

 誰もが力無くトボトボと己の野心も悪意も失せた様子で具合は悪いがそのまま帰るとすぐに会は解散となった。

 

 彼らは今まで自分達が猟犬の手綱を握る狩人だと思っていただろう。

 

 だが、明らかに相手とするには分の悪い狼を前にして、自分達が望んだ通りの未来が全ての死であると30年分の記憶と共に叩き付けられて、理解したのだ。

 

 全部、任せておこう。

 早く、楽になろう。

 こんなものにもう付き合いたくない。

 疲れたよ。

 自分はまだ人間なんだ、と。

 

(こんな程度か……歯応えの無い事だ……この国の未来が不安になるな)

 

 彼らが今のは何だ脅しかと太々しく食って掛かる事を期待していたガウェインは少しだけ拍子抜けな様子でこんな()()()()にも耐えられないのか、と。

 

 気骨の無い小物に時間を取られた事に内心で溜息を吐いた。

 

 そして、的確に人の心を観察する読心系能力者達はそんな非凡なようでいて大陸なら割といる冷徹非情系な普通の魔術師崩れ、と。

 

 自分を心の底から思っている副団長を前にして『この人とだけは口喧嘩しないようにしよう』と固く誓うのだった。

 

 生憎と人を諦めさせる手段など魔術師ならば百も承知。

 

 覚悟と決意の無い悪意など圧倒的な力ある善意の前にはいつの間にか踏み潰されているものだ。

 

 残念ながらソレを知る事になる日本イギリス国内の倫理と道徳の質が低いと評価された人材達は……副団長ガウェインの名を見るのも聞くのも嫌になり、善導騎士団の活動への妨害から脚を洗って関わらないようひっそり生きて行く道を選択する事になる。

 

『何も記憶処置しなくてよろしかったのですか?』

 

『必要あるとでも?』

 

『いえ、まぁ、無いでしょうけど。後で心変わりされても困ります』

 

『事後法でしか裁けないのに裁ける者がこの国にいると?』

 

『あ、はい。そこまで込みでしたか……』

 

『証明も立証も出来ない事は罪にならない。ソレが彼らの考えだ。ああ、賛同出来る。彼らが今までしてきたようなグレーや黒な行為も等しく罪には問われない。そして、それ故にそんなのが自分に襲い掛かるとなれば、自戒して生きるくらいには……彼らも自分と自分の周囲の環境が大切だ』

 

『保身ですか?』

 

『人間、中々根っからの悪人も善人もいない。良心もある悪人。悪意ある善人。どちらも等しく導くのが我々善導騎士団の指針の一つ。まぁ、彼らはただの感情に任せた悪意ある一般人に過ぎなかったが……』

 

 アレは善人にも悪人にもなれない単なる雑魚と暗に断言した男は張り付けていた笑みを消して無表情に小型の端末で各所に司令を送るのだった。

 

『(自分が単なる優秀な一般人崩れとか思ってる時点でズレてるんだよなぁ。副団長も……まぁ、団長が一番アレだったんだけどさ。ウチって……)』

 

 魔導による夢を扱うエンターテインメント性の高い術式はこうして人知れず練兵や反抗勢力の気勢を削ぐ事に使われる重要な鍵として位置付けられた。

 

 法体系が変わる以前の行為を裁く程にこの世界が野蛮ではないと知っているからこそ、不必要な争いを回避し、未来での悪意の芽を地道に()()()()()と潰していく副団長貴下の部隊はやがてこう呼ばれる事になる。

 

 ハーヴェスターズ。

 

 悪意の収穫者達、と。

 

 *

 

 人々が悪意を根こそぎ刈り取られ、少年がイソイソと映画館の御手洗いで『ヒューリさん。何か言いたい事が言えないような奥歯にものが挟まってるような顔してたなぁ』とか考えている頃。

 

 イギリスから共に付いて来ていた少女達の1人が初めての仕事に取り掛かっていた。

 

「記録用のレコーダーよし。これでいいですわね」

 

 シュルティ・スパルナの姉。

 ルル・スパルナ。

 

 再び正史塔に所属し、後に善導騎士団預かりとなった機密指定情報そのものである彼女は少年の依頼で仕事をこなす雑用として働いていた。

 

 そんな彼女の今日の仕事は後始末だ。

 北米に潜入していた黙示録の四騎士の一派。

 

 紅蓮の騎士の最上位の配下と主力と拠点を抑えた今、ゾンビの支配地域にある各地の拠点の位置も割れた。

 

 コレを制圧して生きた人員がいれば、連れ帰る。

 

 もし、意思のあるゾンビがいれば、生きたまま捕獲する。

 

 それが与えられた任務であった。

 お気に入りの紅の一点ものに身を包み。

 

 海獣類とばかり戦っていた彼女はそっと額に触れる。

 

 一応、ケジメとして月1でプライベート以外の情報提供を義務付けられた彼女の額には魔導によって新たに術式が埋め込まれ、通常業務の映像提出記録以外でも諸々の情報が集積されていた。

 

「シュルティ。大丈夫かしら……あの子、あんまり人込みって慣れてないから……」

 

 表向きは姉妹。

 本当は母娘。

 

 だが、そんな事を抜きにして家族。

 

 彼女の脳裏は可愛い妹の友達との初お出かけへの心配で一杯だった。

 

 現在地はカリフォルニア州から更に北東に220km地点。

 

 ZEF(ゾンビ・イーター・フォレスト)の最中だ。

 

 蠢く樹根がドクドクと脈打ち。

 

 魔力とディミスリルを吸い上げて日々、大きくなっている世界の中心である。

 

 周囲には茂った樹木の葉が舞い落ちて、少し冷たい風が吹いている。

 

 冬という事もあり、本来ならば凍えるようなものであってもおかしくはないが、生きた森林自体が環境保全と環境維持を行っている上に地下から地熱までも吸い上げている為、森の中は少し肌寒いくらいの温度で推移していた。

 

「さ、行かないと」

 

 元々道らしい道など無いのだが、ビーコンの敷設地点は多くが都市や街から離れた場所であった為、森の中には未だ無事な都市部や市街地が多数点在している。

 

 ゾンビ達は動く森林に反応してかなりの数が森の餌食になっているとの話だった。

 

 ただ、未だ都市部内から出ていないモノもいるはずで……単独の調査・制圧任務は通常の装備を持つ部隊では荷が重かった。

 

 一番の問題は車両が見付かると壊されはせずとも森に取り込まれてしまう事だ。

 

 その為、無補給で超長距離の移動と戦闘力と制圧力に長けたザ・ブラックの所有者は正しく森の探索には打って付けだろう。

 

「コレが……」

 

 山岳も程近い田舎町。

 

 ロス、シスコから数百km離れた荒野地帯だった場所。

 

 今は森に囲まれた街は寂れた印象であった。

 街の風化具合ではなく。

 純粋に建物が少ない。

 

 かなり込み入った地形で川が近くにあるものの。

 

 小さな山岳に寄りそうように裾野に広がる街は教会と警察署、消防署こそあったが、中心街に店舗が殆ど無く。

 

 数件の店がぽつぽつと数百m置きにあるのみ。

 

 砂漠化の影響も受けていた様子で乾いた廃墟は川に程近いのに腐っているものは無かった。

 

 代わりに風に削られたような色落ちした建物が多く。

 

 夢に出て来そうなゴーストタウンというのがルルの正直な感想だろう。

 

「………」

 

 その華奢な脚が街の中に踏み入れる。

 

 現代建築。

 

 コンクリート製の建造物こそあったが、高い建物は無く。

 

 唯一、彼女が見付けた高い場所は教会付属の鐘楼だけであった。

 

 それも鐘は取り外されており、教会内部は彼女が通りすがりに中を見つめてもガランとして何もない。

 

 固定化された長椅子すらも半ばバリケートに使われたらしく。

 

 銃弾の痕跡に砕けていた。

 

 BFP(ビッグ・ファイア・パンデミック)当時。

 

 各地に侵入したゾンビは陸軍が対処に当たったが、末期には遅滞戦闘に従事する部隊の隙間を逃れてカナダ付近まで侵食されていたアメリカは各地で物流と通信がゾンビ達の増殖と共に途絶していった。

 

 その頃の名残は多くの人々が街に立て籠った跡から見てもよく分かる。

 

 警察署の付近のバリケート。

 

 砕けた家々の窓ガラスは代わりにベニヤ板が大量に打ち付けられて補強されているが、ソレにも生々しい指跡が風化して尚刻まれている。

 

 ゾンビに殺されなくても飢えと脱水症状でゾンビに付けられた傷を元に死に……内部でゾンビとなって密室のゾンビハウスが出来上がっていたりもしており、数件の家々の内部には物音に反応しては自分で身を護る為に打ち付けた戸を削る屍達のうめき声が響いている。

 

 不気味な程に静かな街は正に眠れる歴史そのものであった。

 

「……これが滅亡」

 

 四騎士の一派が使っているとされた拠点は街外れの洋館。

 

 如何にもソレらしいというのが彼女の感想だった。

 

 現在、彼女の姿は艶やかな紅のワンピースだが、場違いどころではない勢いで浮いている。

 

 それでも浮いていながらも悪夢に入り込んだ迷い人か。

 

 何処かの国のアリスのようでもあった。

 

「此処ね」

 

 市街地から少し離れた平地。

 

 僅かに塀で囲まれた洋館は2階建てでそこそこの大きさ。

 

 吹き抜けのエントランスホールや後方の大広間までも見える程にドアが破壊されたソレは外側からは正しくホラーハウスという外見だが、彼女がザ・ブラックで探索用の術式を起動するまでもなく。

 

 人の出入りがあるようなのはそこそこ新しい泥の足跡が僅かに湿って残っている事からも明らかだった。

 

 彼女はスタスタと内部へ歩を進め。

 途中から浮かんで移動を始める。

 

 地面からおよそ1cm程浮かんで歩く姿は呪われた洋館に住まう少女とでも云うような具合に奇妙にも合っていた。

 

 足跡を辿る彼女は洋館の一階の端。

 裏手から地下に続く通路へと向かい。

 

 彼女の手にある黒き箱は音もさせずに鋼鉄製の扉をゆらりと開けて、その奥へと主を誘なう。

 

 階段を折り切った時、彼女は自分を掠めるようにして放たれた拳を角の直前で跳んで回避した。

 

 後方に下がって背後の壁を衝撃で打ち抜きながら外へと退避。

 

 突如として街に響いた爆音にゾンビが騒ぎ出し、彼女は地下から相手が姿を現すよりも先に複数の魔術を待機状態でいつでも撃てるように準備する。

 

 下から現れたのは同型ゾンビ。

 少なくともそう見える一体だった。

 

 両手両足に多数の乱杭歯らしいものが生えており、ガシャガシャと口内も見えないのに口のように個別に蠢いていた。

 

 頭部は無く。

 

 BFCが用いたゾンビに似て全体的に太く固い印象。

 

 だが、最も目を惹かれるのはその肉体の表面に金属光沢の幾何学模様。

 

 少なくとも魔術のものと思われる文様が描き込まれている事か。

 

「解析……」

 

 ―――【解析要請を受諾。九十九の使用承認。目標の解析を開始】

 

 妹のものと同様。

 

 現在、ブラッシュアップされたザ・ブラックは陰陽自研の超技術で不断に強化されており、九十九との連携で初めての敵にすら、解析による即時能力の看破を以て圧倒的な優位を取る事が出来た。

 

 通信が妨害されていない限りという但し書きが付くものの。

 

 黙示録の四騎士級の妨害でなければ、そういった通信途絶は新式の量子通信には考え難く。

 

 結果として相手を丸裸にしながらの戦闘能力は生前を遥かに上回るだろう。

 

 黒き箱からユラリと蒸気が溢れ出し、薄緑色の粒子が重力に引かれるように少女の掌の上の本体から零れ落ちていく。

 

 すぐに集まってくる街のゾンビ達の到着は数十秒後。

 

 それよりも早く地下から出て来た同型ゾンビらしきソレは腕を振り伸ばした。

 

 瞬時に背後へと退避。

 

 伸びた腕は乱杭歯の鞭となって周辺にあった幾本かの街路樹を貫通薙ぎ倒しながら虚空で背後へと引く少女を狙う。

 

 だが、その華奢な身体がミンチとなって爆ぜ散る前に腕が根本から吹き飛んだ。

 

『ヴギュガァア゛アァ゛アア゛ァアァ゛!!?』

 

 雄叫びのような波動が腕から噴き出す。

 

 その肩を吹き飛ばしたのは少女の手前に現れた粒子で形作る細い細い槍状の質量。

 

 熱量と光を粒子によって閉じ込めたソレは直撃時にその内部の物理量を相手の接触部分から瞬時に注入。

 

 肉体を光と熱で焼き熔かしたのだ。

 更に続けて槍が数本。

 相手の胴体と腕に突き刺さる。

 音を発する部位が怪しいと九十九からの提言の下。

 彼女は次々に槍を虚空に顕現させては撃ち放ち。

 相手に何もさせずにグズグズに焼き熔かした。

 

「……後でサンプルの回収を……」

 

 危うげなく勝利した彼女は周囲に集まって来つつあるゾンビの群れにも同じように槍を放ち。

 

 更にはその槍が地面で震えて音を出すように設定。

 

 ゾンビ達は誘蛾灯に群がるように焼き熔かされるのも構わず突進食らい付き、次々にその場で果てて行った。

 

 今の内だと彼女が再び浮遊しながら今度は迅速に地下への侵入を試みる。

 

 内部の通路には泥の靴跡が複数人あった。

 九十九からの映像解析の結果は3人。

 そのまま部屋の内部を魔術で監査。

 隠蔽系の術式。

 

 少なくとも余程の高強度の代物でなければ欺けないだろう魔力波動式のレーダーが100m単位で発振。

 

 内部に1人の生命を反応を確認し、彼女がその奥のドアの鉄の扉を開こうと近付いた瞬間、ギィッと蝶番が軋んだ音を立てて薄汚れた扉の先から人影が出て来る。

 

 フードを被った紅のローブ姿の何者かが彼女をチラリと見やった。

 

「ほう? 騒がしいと思えば、御客人が君のような女性とは失礼した」

 

 滑らかな英語。

 術式を用いたものではないだろう。

 

「紅蓮の騎士の関係者、ですわね?」

「まぁ、そのようなものだ」

 

 若い男のようだった。

 

 だが、まったく歳の行ったような落ち着いた声。

 

 その声の主がフードを剥ぐ。

 

「ッ」

 

 その頭部に彼女が目を奪われた。

 

 それは黄金にも見える少しくすんだ色合いの角だった。

 

 それが左前頭葉の上辺りから伸びている。

 

「私は紅蓮の騎士の友人。いや、正確には許嫁というべきかな」

 

「許嫁……」

 

「まぁ、今の彼女は否定するだろうがね。それにしても頚城になって幾年月……まさか、その箱を再び見る事になるとはな……来るべき日を信奉する者かい?」

 

「ッ、プラーナリヤをご存じのようで」

 

「ああ、こちらではそう言うのか。伝わっているようで何よりだ。まぁ、今となってはまったく希望よりも儚い話だが」

 

「何か知っているようですわね。わたくしは―――」

 

「おっと、名乗らなくて結構だ。これから殺し合いになる相手に名前は聞けないよ……まぁ、勝つにしても負けるにしても」

 

「では、名乗る気は無いと?」

 

「ああ、無い。随分とこれでも長い年月生きていてね。ああ、後ろの人達が君の正気を疑う前に始めようか」

 

「―――本当に存在している。私がおかしくなったわけではないのなら……」

 

 ルルは今正に自分の状況を言い当てた顔の無い男。

 

 いや、顔が空白な男を前にして僅かに汗を浮かべる。

 

 彼女が男を認識してから、ずっと九十九は其処には何もない可能性が9割以上というアラート……要は幻影や精神汚染の可能性を告げていた。

 

 だが、その確率が下がり始める。

 理由は単純だ。

 

 周囲が一気に4000℃までも熱量を上げて燃えていく。

 

 館が瞬間的に燃え散る空間。

 室温は更に高いだろう。

 

 その最中で彼女は角付の空白の男の手に籠手らしきものが付いているのを見た。

 

 瞬間的に射線から外れるよう虚空を縫って移動した彼女の元いた場所に緑色の粒子が集められた砲撃が通過。

 

 空の果てに到達して爆光を放つ。

 

「コレはッ?!」

 

【酷似情報をアーカイヴに確認。BFCの同型ゾンビ通称籠手付きの粒子ビーム砲撃です。粒子に付いては現在解析中……】

 

「BFC?! 黙示録の四騎士ではなくて?」

 

「ああ、そっちにはコレの情報が有るのか。BFCのはレプリカだよ。今、米軍が持っているのだろう本物のね」

 

 ゾッとする程に近い場所からの声に彼女が高速機動と共に防御用の方陣を多重に掛け、全方位360°を熱量で焼く。

 

 真昼の太陽が二つ。

 

 だが、その片方はすぐに緑色の粒子で熱量を貫き通された。

 

 ギリギリ、身体を捻って直撃を避けた彼女は方陣を貫通する粒子の熱に衣服の一部を焦がされながらも何とか、その場から離脱する。

 

【敵の存在を確認。認識不能……概念魔術、超常の力、次元、空間を用いる一部の高位術者と推定。現在の装備では撃墜される恐れ有り、退避を推奨】

 

「言われなくても分かってますわよ!!」

 

 言っている合間にも粒子の凝集する輝きが空を埋め尽くしていく。

 

 小さな街一つを蔽う程の粒子量。

 

 即座に出された九十九からの被害予測範囲は……1km。

 

 即座に彼女が街から遠ざかる。

 だが、その声は彼女の耳元に直接届いた。

 

「サンフランシスコの彼らの事は残念だった。まさか、熟練の大魔術師みたいなのがあそこにいるとは不運も良いところだ。期待していたんだがな……頚城としても申し分ない素材だったが、もう任せてもおけない」

 

「何をッ」

 

「彼女のお気に入りだったんだ。唯一、この世界の人類で頚城として連れていく事を考えていた層が全滅……惜しい事をした」

 

「生きてますわよ!?」

 

「敵の手に落ちては同じ事だ。此処まで嗅ぎ付けて来たという事は潮時という事……しばらく北米は留守にする事としよう」

 

 粒子が収束し切った刹那。

 

 蒸発した館の地点に粒子の色をした光の柱が出現して何もかもを呑み込んでいく。

 

「くッ、痕跡をッ」

「君もその一つだ」

「ッ」

 

 ルルの下半身が半分。

 左側が削れるようにして消え失せる。

 理由は単純だ。

 

 光の柱から高速で彼女の視認不能の光の顎のようなものが触手と共に伸びて来て、先端で彼女を齧り取った。

 

「ぁ」

 

 血飛沫が舞う。

 

 だが、落ちていく彼女に容赦なく追撃が掛かった。

 

 やはり、超音速の一撃が再び彼女の方陣防御を突破して今度は胴体を喰らおうとした時、彼女の肉体がピタリと落ちる途中で静止。

 

 同時に粒子の柱が三割程上を削られてハラハラと凝集の解けた様子で雨のように散っていく。

 

『中々……その歳で良い研鑽だ。お嬢さん」

 

「これでも一度死んでる身ですもの」

 

 彼女の齧られた下半身が緩々としながらも形を取り戻していく。

 

 血肉が補填され、黒き漆黒の箱から溢れる粒子で物質が現実に定着していく。

 

『物質と物理量操作か。その箱の本当の力は引き出しているようだ。まさか、この時代にまだソレを使える輩がいるとは想定外だよ。疑似時間逆行系の式はもう残ってないと思ってたんだけどな』

 

「証拠を得るのに全部消し飛ばしてしまったら意味が無いじゃありませんか」

 

『ッ』

 

 似て非なる粒子が光の柱と彼女を中心にして吹き上がり、同時に勢力圏を形成して激突、その中央から巨大な衝撃が迸り、虚空を渡り、生きた森をざわめかせる。

 

『この出力―――イギリスの神の力を得たかッ』

 

「いいえ、コレは人類の力。あの原初の世界より今再び来る彼らの、彼らと我々の力の結晶」

 

 ―――【アンプルA使用許可。瞬間最大出力上限32%】

 

「十分ですわよ!! 風よ!! 悪しき雲を吹き祓え!!」

 

 彼女の箱を中心として巨大な枝が吹き伸びる。

 

 それは樹木にも見えて粒子の花を咲かせ、彼女は両手でその()を、神の結界すら吹き払った妹のものにも似て、しかし違うのだろう薄ら緑の炎の束を相手に向けて振り抜いた。

 

「【掃滅(テルサス)】」

 

 森を嵐が襲う。

 巨大な爆発にも似た衝撃波。

 

 それが敵がいると思われる一方向に流れた、ローブの男の周囲から粒子を根こそぎ遠方へと払い去っていく。

 

「物理に干渉するなら、物理的にこちらからも干渉可能という事ですわ」

 

『参ったな……その通りだ……』

 

「貴方がシステムに引っ掛からない程に特異な存在だとしても、実態が現実の物理的な物質に依存しているのならば、我がザ・ブラックは決して負けません」

 

『……潮時か。まぁ、いい。目的は達したからね』

 

 顔の無い男が少女に虚空で背を向ける。

 

 光の粒子の内部にいた姿は既にまた見えており、追撃を掛けようとした彼女の直上から突如として刃が降り注ぎ、漆黒の箱でその刃が受け切られる。

 

 交差は一瞬。

 

 しかし、猛烈な火花と粒子が散った後。

 

 彼女は自身のザ・ブラックが僅か削れた様子なのを目にした。

 

「(この状態のザ・ブラックを削った?! あの死霊術師殿クラスの出力や防御方式の解析が出来ていなければ不可能なはず―――)」

 

『迎えに来た。相変わらず時化た面だな。戦争のやり方くらいは学べとあれ程言っただろうが……』

 

『生憎と兵隊になったつもりはない』

 

『よし。後でその減らず口が言えなくなるまで殴ってやる。とっとと帰るぞ』

 

 突如としてルルに刃を振り下ろした男がまるで場の空気を読まずに一瞬で顔の無い男の横に移動するとその首根っこを捕まえた。

 

 赤毛の男だった。

 歳は20代後半から30代前半。

 

 ガタイの良い4枚目くらいの顔付きは如何にも兵隊か傭兵といった様子。

 分厚い刃物を思わせる面は鍛え上げられた者特有の厳めしさがあった。

 

 人種は不明だが、彫はそれなりに深く。

 

 何処か優男というよりは美丈夫と呼ぶべきラテンの船乗りを思わせる。

 

 鋼の筋肉がポロシャツの下からでも隆起しているのが見て取れ、もしも普通の街角に入れば、さぞや夜の繁華街で持て囃される事だろう。

 

『お嬢さん。悪いが日を改めさせて貰おう。これからコイツを連れて帰らなきゃならん。もし時間があれば、その時は是非とも食事に誘わせてくれ』

 

「まるで人間みたいな事を言うんですのね……」

 

『人間だとも!! 今もそのつもりで我々は戦っている……』

 

 芯のある言葉だった。

 

 落ち着いた声は人の上に立つ者特有の威厳も含んでいた。

 

「お名前を聞きましょう。ジェントル」

 

『騎士団の副団長をしている。名乗る程の名前じゃなくてな。コイツの顔に言うなよと書いてあるし、礼には反するが勘弁願おう。ただ、一つ教えておく』

 

 ペキリッと黒き正方形に罅が入ったのを僅かに見て、彼女の内心が驚きに変わる。

 

『ソレは我々にとっては想い出の中の代物に過ぎない。幾ら出力が強力だろうとも通用するとは考えない事だ』

 

「……ご教示、痛み入りますわ」

 

『忠告だけはしておく。大人しく滅ぶ道を選べば、まだ君達には希望が残る。だが、生きる限り、その生は獣として終わりなき煉獄に落ちるだろう』

 

『オイ……』

 

「一体、どういう……」

 

『誰かの為に何かを捨てられる時、ようやく人は少しだけ真っ当に前へ進める。他が為にこそ希望は必要だと言う事だ』

 

 困惑するルルを前にして、男は自分を睨み付けていると思われる顔の無い男に肩を竦める。

 

『心の底から、その性格が羨ましいよ。騎士様』

『そう褒めるな。これでも照れ性なんだ』

『……はぁ』

 

 そのまま溜息が吐かれ、黒きコールタールようなものが染み出す空間に2人が沈み込んでいく。

 

『では、何れまた会おう。君達の(ともしび)が希望であらん事を……』

 

『このお人好しめ。利敵行為も良いところだ』

 

 グチャリと顔まで沈み込んだ男は掴んだ顔の無い男に何やら腕を払われながら消えていった。

 

「……全て消えてしまいましたわね。彼らがザ・ブラックの表層を知っている程度で本当に良かった……さて、復元に取り掛かりましょうか」

 

 少女は周辺領域から完全に妖しいものが消え失せた事を確認し、洋館のあった未だに溶鉱炉のように蕩けた地面の最中に降り立つ。

 

 もう彼女の下半身は元に戻っていた。

 ザ・ブラックの能力は万能。

 

 正確には出力に比例してあらゆる物理事象を再現可能という代物だ。

 

 だが、疑似的にあらゆる物質を構築するのみならず。

 

 1個の物体としての形が失われたモノすらも完全に()()()()()()()()()()()()()、あらゆる物理的変化・エネルギー・置換を用いて完全復元する疑似的な時間逆行を可能とする。

 

 殆ど、神の力と等しいのは間違いなかったが、それにしても限界があるというのが()()()だ。

 

 あらゆる情報が無ければ、元々の物体を復元出来ない、と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 が、実際にはソレは単なる見せ掛けでしかない。

 

 相手が何らかの方法で現場の情報を隠蔽してから焼却したというのは想定範囲内だった為、ルルはザ・ブラックが()()()()()()()()()の復元を開始する機能を解放する。

 

 現在、未だ戦闘中扱いでブラック・ボックス内の機能の一部は短時間使用可能であった。

 

「……これでどうして負けるのか。死霊術師殿は不思議の塊ですわね」

 

 彼女が万能を超える理不尽の主を思い浮かべながら降り立つ地表は靴の先から熱量が大量に周辺の空気に掃け、水蒸気が周辺一帯を覆い尽していく。

 

 その最中に薄緑色の粒子が吹き上がると地下室らしい通路と部屋だけが彼女の前で形を取り戻していく。

 

 扉までは再現しなかった彼女が中に入る。

 すると、その目の前には机が一つ。

 

「コレは?」

 

 ルルが復元された溶鉱炉のような熱気が遮られた部屋の最中。

 

 小さな地図を見付ける。

 

 机の上で名前らしきリストが張り付けられた世界地図はしかし復元した粒子が再び儚く崩壊するのと共に消えて熱に蕩けた地面へ同化していった。

 

「情報を持ち帰りましょうか。今日はお休みという事ですけれど」

 

 ルルが指を弾くと全てが溶けていた街から一気に熱量が誘因されて天へと上昇気流となって昇っていく。

 

 ソレは周囲の水分を巻き込んで巨大な積乱雲を発達させるとすぐに雨を降らせ始めた。

 

「……ぅ……都市まで持たせないと……エヴァン医師に早く下半身の義肢の用意をしてもらわなければいけませんわね……」

 

 溶けた大地が冷え固まる中、大雨は降り続く。

 

 彼女が無くして復元したばかりの脚から光を零しながら移動を開始する。

 

 まるでカルデラのように抉れた街はガラス化した地面に雨粒が当たって砕け、割れた鏡を沈めた泉のようになっていた。

 

 こうして一つの街が湖になった夜。

 

 善導騎士団の本部には新たな情報が齎される事となる。

 

 *

 

 正史塔。

 

 今現在欧州全域の魔術師が避難する最後の砦。

 

 騎士ベルディクトと愉快な仲間達。

 

 またの名をセブンオーダーズに託された管理権限によって今やそこは新たな魔術師……否、魔導師達のパラダイスとなっていた。

 

 最初期に教練された魔導師が数百名。

 全体の半分以下程度の人々が魔導師になってから何が変わったか?

 

 それは当人達を見ている他の人物達にとっては劇的だった。

 

 取り敢えず、巨大なプディング大炎上事件。

 

 ゲルマニア襲撃から神の先兵との戦いが終わるまでに実戦経験者が200名程増えたので顔付は前よりも引き締まったかもしれない。

 

『は、班長……エディンバラ外周の要塞建築5割終了しました』

 

『ぅ……おぇえ゛ぇえ゛えぇ゛え゛』

 

『空間制御で三半規管がイカレたヤツは4時間の休息だぁ!! 吐いてから寝ろよぉ!! ゲロ塗れで窒息したくなかったらなぁ!!』

 

『う、ブラック企業よりブラックじゃね。善導騎士団』

 

『で、でも、これMHペンダントで治るんだろ?』

 

『お前、初めてか? 器官由来の感覚の症状は治り難いんだぜ。脳震盪とか三半規管由来の吐き気とか脳由来の―――お゛ぇえぇ゛えぇ゛ぇえ゛!!?』

 

『何で隷下部隊とか騎士ベルディクトとか平然とした顔ッッ?!! う―――』

 

『鍛えてますから(キラッ)』×一杯の一般隷下部隊熟練工作班。

 

 彼らの多くは善導騎士団一般隷下部隊の指導の下。

 

 あの時も何とか自身の魔術や魔導を用いてロンドンに攻めて来る大量の半魚人の迎撃に出ていたのだ。

 

 持ち堪えて生き残った魔術師達は神の奇跡でもなければ、絶対に死ぬだろうというケガを負いながらも何とか復帰。

 

 それだけでもはや既存の魔術が如何に非効率で恐ろしく手間が掛った時代錯誤な代物だったのかをマジマジと知る事となった。

 

『こっちは数週間前に即死級のケガした怪我人だぞ!? この建築速度とか本当に必よ―――おぇ゛ぇぇ゛えぇ゛ぇ゛え?!!!』

 

『ん? オレは首だけになってたが、何か?(普通の一般隷下部隊の凡人並み感)』

 

『空間制御内に意識のアバター置いて工作とか!!? こんなの数時間ぶっ続けでやれるヤツは人間じゃねぇ!? おぇぇぇぇ……ッ』

 

『HAHAHA、君達もその内慣れる。高がランダムに数百万回頭をシェイクされたような違和感に襲われるだけだ(ゲロの匂いにも手慣れた気の良い兄き並み感)』

 

『というか、騎士ベルディクトは必要な休息時以外コレを君達の数万倍から数百万倍規模でやってるが?(ニッコリ笑顔の虚ろな瞳になった同じ疑問を持った事のある同類並み感)』

 

『そもそも速度が違うんだよ。オレらと殆ど同じ容量があっても恐らく仕事量だけで万倍違うだろう。処理速度を脳の大きさに依存しないのは素直に魔術師として感心する(研鑽を積めば積む程に差が分かる普通の魔術師並み感)』

 

『あの方、トイレしてようが、寝てようが、食事中だろうが、風呂場だろうが、コレと魔力励起を延々と世界規模の多数の場所で同時進行してるんだがな。いやぁ、あの階梯には程遠いよ(ゾンビなら万体狩れる凡人並み感)』

 

『いやぁ、コツを聞いたら毎日色々な本を読んで新しい方式を考えて実行して熟練出来るか確認して改善すればすぐって言われてなぁ。ありゃ人間技じゃねぇ(試したけど続かなかった……けど、普通に術式を効率化した優秀な魔導師並み感)』

 

『こ、こいつら毒されてやがる(´;ω;`)』×一杯の新人魔導師達。

 

 身体が半分になるとか。

 四肢が吹っ飛ぶとか。

 首だけになったとか。

 

 ソレですら、頭部を潰されるか侵食されて即死であった者以外は助かったのだ。

 

 最前線で戦い続けた鬼神か悪魔かという部隊の生き様を近くで見ていた者達もようやく悟った者が多かった。

 

 魔術には改革が必要だ。

 否、魔導との融和や融合が必要だ、と。

 

『魔導師止めるぅぅうぅ!? 絶対、止めてや―――うップ?!!!』

 

『同志。魔導師になって工作班勤めする者は誰でも通る道だ。我慢したまえ……さすれば、救われる(全ての感情を諦観の底に沈めて静かに微笑む魔導師並み感)』

 

『神様は封印されたぁでしょおぉよぉ?!!? ウッ?!!』

 

『いつ動き出してもおかしくないからな。さっさと防衛設備を造ろうか。なぁに、九十九の計算では後オレ達とオレ達の後輩が2400時間くらい地獄を見ればいいだけさ。HAHAHHA(地獄を見過ぎてもう感覚が麻痺した建築系魔導師並み感)』

 

『聞いてない!? 聞いてないよぉ!? こんなのブラック過ぎだよぉ!?』

 

『でも、ほら、健康は一切の責任を善導騎士団が持つって言うし、この後は御愉しみの合コンタイムだぜ? 後32時間の辛抱だ。な? 頑張ろうぜ?』

 

『実は女性よりも男性の方が好みなんですが(うっかりカミングアウトする地獄のスリップ中な新人並み感)』

 

『お、お前もか? 実はなぁ、騎士団そういう事にも手厚いんだぜ? 衆道は騎士の一部には嗜みなんだそうだ。ちなみに()()()()()はちゃんと合コンでも考慮されてる。つーか、普通にそういう系統の同姓が集められた合コンが催される』

 

『マジかよ……騎士団半端ねぇ……(え? もしかして、ノンケのオレが狙われてるのと疑心暗鬼になる異性愛者並み感)』

 

 魔術師達に騎士団から提示されたのは……契約書の山だった。

 

 少年が魔導を使うに辺り、彼らの魂魄単位での制約を課す【制約書(ギアス)】の術式を大陸から持ち込んだおかげでザックリ彼らの人生は善人固定で推移する事が決まったのである。

 

 同時に彼らが要塞都市建築に地獄の釜を焚く薪の如く焼べられる事もその時点で決まっていたのだが、それが個人の世界が終焉するような労働の始まりである事をその時予測した者は誰1人いなかった。

 

 理由は純粋である。

 

 イギリスで彼らが従事している作業は全て元々1人の少年が行っていた事の代替作業であるからだ。

 

 つまり、彼らはもしも1人の少年がイギリスで業務を継続していれば、見なくて良い地獄を見ている被害者……と言う事も出来る。

 

 当人はケロリとして工作作業を行っているが、蓋を開けてみれば、ブラックでは済まない術師の精神に負担を掛ける作業のオンパレード。

 

 全て分割して分業制にしてすら、少年程の効率は事実上出ておらず。

 

 それを肌身を以て知る魔導師達は【魔導騎士】が何であんなに関係者から崇められる勢いで敬語を使われまくっているのかを知る事となったのだった。

 

『……今、遠い異国の地で知らない同胞が地獄を見てる気がする(イギリスという地獄から辛うじて脱出し、少年に付いてきた魔導師の蟲の知らせ並み感)』

 

『オレもそんな気がするぜ。同胞(薄暗い笑みでもう思い出したくない地獄のフラッシュバックする仕事現場の状況に微笑む少し心を病んだ魔導師並み感)』

 

『あ、MHペンダント使っておきますね~~~(彼らの精神状況を治癒させる為に同行する普通の大陸出の一般騎士的回答)』

 

『癒されるぅうぅ!!? ぁぁああぁあ……イイ』

 

『はぁぁ……(ああ、また同志が1人消えたという顔になるギリギリ癒される寸前で己を保つ常人の溜息)』

 

 こうして彼らは浚われた最高責任者の要請により、善導騎士団へと協力する事となり、世界の果てまで工作したような気分になりながら、復興と言う名のデスマーチに従事しているのだった。

 

 まぁ、それはそれとしてロスやシスコの様子を見る事になった同行する魔導師達は地獄からは抜けたが、此処もまた地獄になるのかもしれないと怯え。

 

 嘗ての面影はあるものの別物に近い都市になったロス、シスコの様子にお上りさん全開で口を大きく開けながら、諸々の状況を見る事になったのである。

 

『カラフルだなぁ……後、ビル低くね?』

 

『すごーい!! あの電車、無限機関で動いてんだって~~~♪』

 

『あはッ?! 甘いもの一杯売ってる!? 此処は天国!? 天国なの!?』

 

『ココナツにカカオ。メープル? 凄い色々お菓子作れそうね……』

 

『あ、バナナあるよ!!? バナナ!?』

 

『香辛料もこんなに……しかも、露天で売ってる……』

 

 そんな彼らの開いた口と鼻に飛び込んでくるのはまず香り。

 

 そして、目を引くのは香辛料だろう。

 それから南国の果実。

 

 どう見ても緯度経度的に育つか微妙なものが普通に育っているのだ。

 

 それどころか。

 

 冬になったというのに春のようなポカポカ陽気。

 

 夜風が沁みる事が無い都市が実は大規模に開発された地下設備の熱で端から端まで温まっているとはお天道様だって知らぬ魔導師の頭脳ですらスケールがデカイ事実に違いない。

 

『うわぁ……コレが騎士団の専用艦かぁ……デカ過ぎて片面しか見えねぇ。コレもオレ達の仕事なんですよね?』

 

『これから工作する事になる。こちらは船体だ』

 

『デカイなぁ。どんだけ長いんだ?』

『何言ってる。コイツは装甲の一部だぞ?』

『へ? コレが船体なんじゃ……』

 

『船体はあっちの通路の先だ。都市一つ分丸々入る代物だ』

 

『マジかよ……』

 

『まぁ、我々の仕事は内部の微細な関連諸部品、主に精密機器の電子部品を1000億分の1以下の精度で予定地点に転移固定化する精密作業だがな』

 

『何か信じられない精度の話を聞いた気がする……』

 

『気にするな。しくじれば、人類の生存確率がガタ落ちするだけだ』

 

『ははは、班長またまたぁ~~』

 

『ちなみに電子部品と言ったが、全部陰陽自研製だぞ? 部品一つプロセッサ一つ電子機器一つが全て世界で唯一無二の代物だ。値段は考えるな。正気で扱うな。オレも値段は忘れる事にした』

 

『………如何程?』

 

『貴様は米軍の年間予算の10分の1するシステム一式が食堂にあると言ったら、その仕事を放り出して故郷に帰るか?』

 

『何も聞いてません。何も聞いてません!! いや、もう聞かないから!? その部品の見積書とか見せないでぇぇえ!?』

 

『大丈夫、コワクナイコワクナイ。後、都市を今郊外の空中に造っててな。アレも確か嘗ての米国の年間予算の数倍く―――』

 

『ひぎいぃいぃぃぃ?!』

 

 恐慌に陥る魔導師達が宥められたのもよくある話。

 

 自分達が一生どころか千回転生して働いても返せやしない金額の概算見積もり書なんて誰も視たくなかった。

 

 シスコやロスの地下に下宿する事になってようやく彼らは此処があの【魔導騎士】のお膝元だと知ったのだ。

 

 地下ドックは何処までも続く迷路染みて長い。

 

 馬鹿デカイ工作機械が通常の艦船をディミスリルから削り出す作業など見ようものならば、その規模だけで終日圧倒されっぱなしになるだろう。

 

 だが、現在……設備で造られているのは1人の少年の()()兼実用品。

 後は善導騎士団用の船という事以外は規模的によく分からないに違いなかった。

 

 巨大な繭から食み出した竜骨の一部が見えてソレが船だと気付き、その全長に度肝を抜かれて、自分達がソレの組み上げで重要な仕事を任されると理解して、ようやく彼らの顔は真面目に恐怖と義務感と使命感に燃え上がるのだった。

 

「バージニア女史。久しぶりです」

 

「ああ、生身ではそうね。まだ数か月しか経ってないなんて嘘みたい。フィクシー・サンクレット副団長代行」

 

「止して下さい。私は貴方の弟子みたいなものです。この世界の事に関して、あるいは女性としては……」

 

「そんな畏まる必要無いわよ。単なるオバサンが虚勢を張ってるだけですもの。でも、貴女だって見違えるようよ? あまり一緒にいられるわけじゃないようだけれど、前よりもイイ女の顔になったじゃない」

 

「そ、そうでしょうか……」

 

 フィクシーがロスの一角。

 

 今立て直されたばかりの明るい黄色の建造物群の一角で女傑と相対していた。

 

 先日、大規模なゾンビの襲来で完全に従来の既存建築は役目を終えて取り壊して建て替える事になったのだ。

 

 ビルそのものが低く作られた関係で見晴らしは良くなったが景観は少し小じんまりとしているかもしれない。

 

 実質都市を動かす女傑の部屋は今や立て直された政庁の最上階下に存在する。

 

 市長もソレに文句を言うどころか。

 

 そろそろ引退してバージニアに全部椅子でも譲って激務から解放されたいと言っている程度にはもう其処は彼女の城、いや……機能的にも心理的にも城塞だった。

 

「遂にニューヨークへ向かう時が来たのね?」

「はい。あちらの状況は?」

「ええ、聞いてるわ」

 

 二人が対面して座った座席中央の虚空に映像が映し出される。

 

「巨大な結界が張られているという事だけれど、突破は可能なのかしら?」

 

「ベルの話では騎士ミシェル。結界のエキスパートが今研究中ですが、穴らしき穴が無く。殴り壊す事しか今のところは出来なさそうだと」

 

「殴るの?」

 

「いえ、その場合、あちらに致命的な影響が及びかねないと。もし人が維持しているのならば、その誰かが死ぬだろうし、ゾンビを遮断する為のものならば、あれほどの規模の結界を維持するシステムを破壊してしまうのは結果的に人類には損失になるかもしれない。そういう事のようで」

 

「難儀ね。入りたいけど、人類の今後を考えるならば、壊さずにという事なのね」

 

「はい」

 

 未だニューヨーク周辺の映像はビーコンやドローンが流しているが、結界はあらゆるゾンビの通行を妨げる様子が見て取れていた。

 

「あちらの市長と共に航空機の用意はしていたのだけれど、今回はどうやら我々の出番は無さそうね……」

 

「ああ、いえ、そうでもないかもしれません」

 

「どういう事かしら?」

 

「現在、解析中の結界の通り抜けが可能な存在を発見しました」

 

「本当に? どういうのかしら?」

 

「ネズミ、昆虫、鳥類が通り抜けた姿を確認したようで。これです」

 

 フィクシーが新たに映し出した映像には結界のラインをいとも容易く通り抜ける小動物達の姿があった。

 

「……人間以外が入れるという事かしら?」

 

「結界そのものを通り抜ける条件を絞り込んでいる最中なのですが、最有力の方法と目されるのは……弱さや古さなのではないかとベルが」

 

「弱さ?」

 

「ええ、色々とドローンや機械類も試してみたらしいのですが、年代的に最新のものや戦闘系のものはダメだったそうです。刃物も透過出来なかったらしく、危険物や最新の機材は持ち込めそうにないと」

 

「……無力であれば、通過出来る結界って事かしら?」

 

「ええ、なので最低限の生存に必要な装備を作る為の通れる素材を持っていき、結界内部で加工、装備を組んで向かう方式が取られるかと思われます」

 

「そう、ならギリギリ行けるかもしれないわね」

 

「ギリギリ?」

 

 女傑が用意していた資料を自身のデスクから取ってフィクシーに渡す。

 

「コレは……」

 

「骨董品よ。それと貴方達がニューヨークに向かう為に必要な航路や燃料が補給出来そうな経路。現在の年間気象予報や過去十数年の実際の天候……まぁ、無駄になったけれど。弱過ぎて、コレなら通過出来るんじゃないかしら?」

 

「ありがとうございます。それに無駄なんて事は……これ程に正確な気象予報……あのギリギリの状況下でずっと広域の天候を監視して来た事も普通ならば諦めてしまっても不思議ではありません」

 

「いいのよ。褒めなくても。半分は北の現市長の手腕よ。生き残っていた衛生と現地の生きている観測所や観測機器で造ってたって言うの。私達のはカリフォルニア周辺だけですもの」

 

「ですが、この南部の地域の予報は極めて……今後の参考にさせて貰います」

 

「そうして頂戴」

「それでいつ行くの?」

「二週間以内にはと考えているようです。ベルは」

「そう……忙しないわね」

 

「はい。ですが、私も同意見です。恐らくベルの予測は当たる。曰く。次に黙示録の四騎士が何かを起こすとすれば、北極とニューヨークだと」

 

「それは……勘なわけないわね。あの子の事だもの」

 

「はい。綿密に情報から考えた場合の予測だそうです」

 

「ふふ、一端にチームの頭脳労働役。いえ、今は救国の騎士様ね。でも、貴方達は私が知る限り、最高のバウンティーハンターでもあるのよ。だから、存分に頼って頂戴な。この嵐の前の静けさが終わるまで。その後はきっと頼りっ放しだろうから……」

 

「任せて下さい。そして、任せました。バージニア・ウェスター次期市長」

 

「そんな柄じゃないのだけれどね。でも、ええ、頑張りましょうとも。この滅びの時代に誰かを文明を人々の希望を……遺したいものは幾らでも、次の世代に受け渡さなければならないものは山程……この手にまだ零れ落ちずに有るのだから……」

 

 二人の女が握手する。

 

「さ、行ってあげなさいな。今日はあの子のお休みなのでしょう?」

 

「すみません。本来ならば、生身でと思っていたのですが……」

 

「いいのよ。人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて地獄に落ちろ。そういうものでしょ? 好きになさい。いつ死んでも悔いる事の無いよう……それは若さと乙女の特権なのだから」

 

「ッ……はい。それではこれでお暇させて貰います」

 

 フィクシーが立ち上がる。

 

「ふふ、頑張りなさいな。誰に言われずともそこに相手がいれば、男女なんて惹かれ合うものよ。互いに好き合っていれば当然のようにね」

 

「……は、はぃ」

 

 背中を押されたフィクシーが僅かに微笑んで一礼してから扉から去る。

 

 その姿は扉の先で不意に途絶えた。

 小さな使い魔を通した遠隔での操縦。

 

 意識の投射の収量と同時に虚空に浮かんでいたディミスリルの小さなボールが所定の来客用の位置にある台に納まって停止する。

 

 もはや魔術師や魔導師ならば、世界の何処にいても善導騎士団の関連設備があれば、リアルタイムでの会議が出来る。

 

 意識の投射による遠隔式の使い魔は今や最新のホログラムの投影や魔力の利用によるハイブリットな幻を現実さながらのリアリティで肌の温度から体温、触感、息遣いや臭いまでも感じさせる事が可能であった。

 

 *

 

 少子高齢化の昨今。

 

 新種族がいきなり200万人産まれましたとか。

 

 カルトの被害者?から沢山新種族が生まれましたとか。

 

 諸々、明らかに差別案件になりそうなのは言うまでもない事なのだが、変異覚醒者の台頭が日本イギリスで顕著になった事から、化け物と人間の境目は曖昧になってしまった。

 

 先日の世界最大規模のMZGの猛攻を受けた両都市及び南部大要塞ベルズ・スターではそんな今流行りの変異覚醒者達が大量に投入された。

 

 それは善導騎士団一般隷下部隊、陰陽自衛隊のみならず。

 

 現地で覚醒した一般人達も含まれる。

 

 特に両都市では莫大な神の魔力が北米に分散してとはいえ流し込まれた影響で此処数日表面化した変異覚醒者達が暴走。

 

 我を失っては守備隊や隷下部隊によって鎮圧。

 次々にエヴァン先生のいる病院へと直行。

 

 肩に手を生やした若年層のギュインギュインとドリルを回転させる音がトラウマになった者も多いだろう。

 

 生憎と日本で犯罪者を纏めて鎮圧した時と違って一般人程度なら即座に生きたまま犯罪すら犯させずに意識を失わせられる。

 

 その程度の戦力はあった為、大事にはなっていない。

 

 だが、暴走せずに変異した事を隠して活動する者達もいるにはいた。

 

「ボクを殺せッ!? 彼女は関係ない!!?」

 

 路地裏に響いたのはそんな声だった。

 

「キシシシ……んな事するわけねぇだろぉ? せっかく、こんな力に目覚めたんだ。イイ思いしたいじゃねぇか。なぁ?」

 

 シスコは元々が何とかバウンティーハンターなどの荒くれ達を用いる事で必要物資や壁外のマンパワーを確保してきた都市だ。

 

 その性質上、多少粗野だったり野卑だったりする奴らも人類には違いないと多少のお目零しで前科は問わず。

 

 都市内での多少の不良行為は見逃されてきた。

 

 しかし、変異覚醒の波がその多少の不良行為のエスカレートに繋がるというのは全く以て完全無欠にグゥの音も出ないくらいの確定した未来。

 

 今までは街のチンピラ程度だった者達の中から悪意を増幅させた者達が都市の裏で暗躍しようとする事は正しく運命にも等しく。

 

 蟲型の異形に変異した薄汚い芋虫型の装甲に身を包んだ背の曲がった男が少年を足蹴にしてその乱杭歯をギシャギシャさせながらすぐ傍で背後の壁に背中を預けて恐怖に顔を歪める少女にニタリとしながら手を伸ばす。

 

「食っちまえば、証拠は残らねぇんだよ。くくく」

 

 如何にも悪そうなエグイ悪役であるが、生憎と一般の変異覚醒者の鎮圧に忙しい人々の多くはこの悲劇を見付ける事は出来ず。

 

 事件が起きてから、その芋虫染みた男は処断されるはずであった。

 

 バクリ。

 

 男が口を、口から胴体の半分までも開く顎を開けて、相手を喰らおうとした。

 

 そして、身体の三分の一が齧り取られた。

 

「うわぁあああぁああぁあ!?」

 

 その男の身体が。

 

「マッズ。クソマズ。ゲキマズ。これなら油ギトギト料理の方がマシだっつの」

 

 翅の生えた女だった。

 黒革製のスーツ。

 

 と言ってもへそだの脇だの太ももだのが剥き出しのハイレグ染みた代物を着る何処かのお店の女王様のような姿。

 

 だが、その翅は明らかにコスプレではなく本物だと誰が見ても分かる。

 

 理由は単純。

 

 僅かに蠢きながら再生途中だったからだ。

 

 剣山のような歯を剥き出しにして口角を上げた女は短い髪をバチバチと紫の髪留めで止めながら、胸元から下を失って内蔵を垂らしながら汚らしく息絶えようとしている男の頭部を容赦なく踏み潰した。

 

「うわ、穢ッ?! 後で洗わなきゃ」

 

 呆然とする少年少女。

 

 この都市にやってきたばかりの彼らは突如として現れた女が口を開くのを見た。

 

 バクン。

 

 すると、男の姿が脳漿や骨片、血までも綺麗に消え失せる。

 

「マッズい~~でも、こーいうのが味的には好みなんだよね~~~」

 

 ゴクリした女が食事を終えて小腹も満ちた様子もなくキョロリとそのスレンダーながらも引き締まった小柄な身体をズイッと突き出して、声も無い少年少女を交互に嘗め回すように見つめる。

 

「こっちはこっちで美味しそうだけど、好みじゃないのがなぁ。まぁ、こっちの意味で食べちゃうのは吝かじゃねーんだけどね。キヒ」

 

 女がツゥッと少女の顎を人差し指でなぞる。

 

「ん~~でも、クアドリス様に貢物として持ってった方がポイント高いんだよねぇ。あ、やっべ」

 

 女がパチンと指を弾くと同時に消え去る。

 

 少年少女は思わず辺りを見回したが、その数秒後。

 

 駆け込んで来たのは一般隷下部隊の一隊だった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 救護される者達を遥か数千m上空から見やりながら、女が鼻歌混じりに再び急降下……今度こそ見付からないようにとソロリソロリ降り立ち。

 

 周辺地域にある最も人が少ない儀式場に降り立つ。

 

 絶対零度による凍結を以て、新たな法規が出来るまで冷凍にされた極悪な犯罪者達がいる其処は言わば、誰もいない監獄。

 

 数日に1人ペースで恐ろしい事件を起こした変異覚醒者が放り込まれる其処は平べったい円筒形の施設で上から見たら煎餅のようにも思えるだろう。

 

 そんな場所の屋根に降り立った彼女は鼻歌混じりに屋根から下にズブズブと透過しながら入り込み。

 

 すぐに儀式場内部に到達。

 

「じゃ、栄養補給して帰んなきゃ。クアドリス様の儀式もそろそろ終盤。ぅ~~ん。た・の・し・み♪ あーん」

 

 冷え冷えの冷蔵庫みたいな室温の最終層手前の階層に来るとコキコキと肩を鳴らし、嘗て東京周辺地域をビルの雨で粉砕した女はニタリと口を開いたのだった。

 

 *

 

「ハッ?! ベルさんがトイレでまた何か良からぬ顔をしている気がする」

 

「ヒューリ姉さんの頭にはベルディクトさん専用レーダーでも付いてるんですか?」

 

「うぅ~ん。付いてる気もするわ」

 

 三姉妹が仲良くお花を摘んだ化粧室。

 妹二人が呆れた様子でツッコミを入れていた。

 

「ふふ、御姉妹揃って楽しそうですね」

 

 シュルティがそう彼女達を評価する。

 

 まだ化粧っ気こそ無い少女達だが、薄くリップを塗るだとか。

 

 あるいはUVカット用のクリームを塗るだとか。

 

 そういう事くらいは―――まったくしていなかった。

 

(あ、何か負けてる気がする……)

 

 シュルティですらリップやらUVカット系のスプレー式の液体を塗布しているというのにその姉妹達に限ってはそんな事をしている様子が無い。

 

 だが、明らかに肌はピッチピチ(死語)であった。

 

「え、ええと、アステルちゃん」

「はい? 何ですか? シュルティお姉ちゃん」

 

 振り向いたシッカリ者の次女に彼女は訊ねる事にする。

 

「ええと、三人てお化粧の類って今、してるよね?」

 

「え?」

「へ?」

「?」

 

 明日輝は首を傾げ、悠音はやはり首を傾げ、長女に限っては何を言われてるのか分からない的な様子であった。

 

 そして、ようやく数瞬の間の後。

 

「あ、あ~そう言えば、そうですね。お化粧……ええ、大切ですよね。あはは……」

 

 ヒューリが視線を逸らした。

 それにようやく明日輝がポンと手を打つ。

 

「リップは時々付けてます。でも、その他は……お肌のケアってした事ってあまり……」

 

「?!」

 

 シュルティの目には三姉妹揃って丁寧なケアをされ続けて育ったとしか思えない肌は輝いている。

 

 張り、艶、色合い。

 

 それも世の女性陣が歯軋りする若さと瑞々しさも溢れっ放しだ。

 

「お肌って乾燥するものなの? お姉様」

 

「?!」

 

「他の人達はするそうですよ。陰陽自衛隊と一般隷下部隊と騎士団の女性の人達が言ってました」

 

「そうなんだ~~」

 

「……ぁ~~わ、私はお化粧は一応してますよ? 職場でだけ」

 

「そうなの? お姉ちゃん」

 

 妹に言ってからちょっと半笑いの長女がボソッと『色付きのリップクリームとか』と言ったのを彼女は聞き逃さなかった。

 

「スキンケア用品とか……」

 

「ええと、実は使った事は無くて……基本的に魔術を使うまでもなく大体纏ってる魔力が保護してくれてたりするので。近頃、熱かったり冷たかったりする場所でも空調の恩恵って減っちゃったんですよね。魔族化した影響らしいんですけど、魔族的な生態機能?とか言うのでいつでも大体快適な温度や湿度なので」

 

 ヒューリがそう自白する。

 

「そう言えば、騎士団に入ってから最初は熱かったり涼しかったりしたのに近頃は真冬なのに全然快適で……風に当たれば涼しいし、日に当たればポカポカはするんですけど、程々な感じでしょうか? 魔力が増えるとこういう恩恵があるんですね。悠音はそう言えば、今も風呂上りは半袖ですよね?」

 

 明日輝の言葉にちょっと妹が膨れる。

 

「もう半袖じゃないわ。普段使い用の()()()()()()()()もちゃんとゲットしたもの!! これからはベルをスケスケにして、こっちもフリフリやカワイイのにするの。ふふ~」

 

 いや、そうじゃない。

 それはそれで興味があるけど、そうじゃない。

 というシュルティのツッコミは入らなかった。

 

 魔族の血を引く上に近頃は超人的に魔導師としても騎士としても成長している三姉妹は女性離れというか。

 

 同性も羨ましい感じに人間離れし始めていた。

 

「え、ええと……ムダ毛の処理とかは……」

 

「「「(*´ω`*)ムダ毛?」」」

 

「―――」

 

 少女は知ってしまった。

 ムダ毛という単語を知らない女子を。

 

 可愛い服に興味はあっても自分を磨く事を知らず。

 

 いや、磨く必要もなく輝いているせいで殆ど女子の普段の努力的なものを要求されないハイスペックな肉体。

 

 これはもう明らかに女子?と疑問符が付くような案件であった。

 

「お、お姉ちゃんはええとだ、大事なところの毛は整えてるって言ってたんだけど……ヒューリアさんはその……」

 

 シュルティがさすがに女子としてはやらざるを得ないだろうことを尋ねてみる。

 

「ぁ……え、ぇぇと、王家の子女的には整えておくようにって昔、元侍女の方達がやり方とか前以て教えて下さって……でも、その……ええと……」

 

「「?」」

 

 妹達の前で少し恥ずかしそうな顔となったヒューリがシュルティに耳打ちする。

 

『まだ、生えて来て無くて……ぁぅ~』

 

 思わず妹達を前に顔を伏せてしまったヒューリを前にして呆然とする。

 

「で、でもですね!! 王家の魔術の一つに自分の好きな形で生やしたりする方法があるので、ベルさんがどんな形が好きでもドンと来いです!!」

 

「おお!! お姉様。お姉ちゃんが燃えてるわ」

 

「大人って毛の形まで考えなくちゃいけなくて大変なんですね。初めて知りました」

 

 いや、そうじゃない。

 そういう事じゃない。

 

 という無垢な姉妹達へのツッコミはやっぱりシュルティからは入れられなかった。

 王家の魔術どうなってるのとかも。

 

 それが実は病弱な父に育てられ、母は殆ど家にいなかった弊害だとかいう話を知る由もなかった。

 

 取り敢えず、ツルツル。

 ついでに生やして整えるまで自由自在。

 

 何かもう女子としては笑うしかない話なのは間違いない。

 

「ちなみにええと女の子の日とかは……次の日の計算とか」

 

「ぁ、それは……その……」

「ぁ……ぇぇと」

 

 その言葉にヒューリと悠音がちょっと赤くなった。

 そして、ヒソヒソとシュルティに耳打ちする。

 

「そ、そうなんですか……」

 

「はい。身体が魔族寄りになったので好きな時にそういうのは……というか、近頃はその……」

 

 それって女性としては大分助かる話。

 

 いや、それどころか本当に心の底から羨ましい話。

 

「ていうか。お姉ちゃんはトイレすら必要ないんじゃなかったっけ?」

 

「?!!」

 

「ゆ、ユーネリア!? それは話しちゃダメって言ったじゃないですか!?」

 

「え、ほ、本当に?」

 

 思わず突っ込んでからハッとしたヒューリがちょっと恥ずかしそうにしながらもシュルティの耳元にゴニョゴニョと情報を開示する。

 

 胃が特別なものに完全に変質したせいで大腸、小腸が消失。

 

 その機能の一部は胃に統合され、実際には食事が核融合炉の点火に核物質をブチ込むのと大差ないようなエネルギー補給になったとはさすがに関係者しか知らない魔族の秘密とやらである。

 

 物質を直接エネルギーへと変換する高度機能を獲得した今、トイレ行かない系女子が爆誕していたのだ。

 

 ただ血液からの老廃物の排出にお小水には行ける。

 

 肝は行けるという事であり、行かなければならない、ではない事だろう。

 

「……皆さんの女子力? 高いんですね……」

 

 トイレ行かない夢のアイドルにも成れそうな女子力?である。

 

「ど、どうでしょうか? 日本語的にはアステリアみたいにお料理が出来ないとポイントは低いと職場の方から聞きましたけど」

 

 ヒューリが顔をちょっと赤くして話をそう逸らす。

 

「お姉様達は女子力高いわ。ベルもお姉様やお姉ちゃんのお料理美味しいっていつも残さず食べてくれるもの」

 

 ヒューリと明日輝が頬を掻き、悠音が姉達を自慢した。

 

「悠音だって女子力高いと思いますよ。だって、近頃は男の人や同年代の人から一杯お付き合いの申し込みがあるじゃないですか」

 

「「?!!」」

 

 明日輝のその言葉にヒューリとシュルティが同時に固まる。

 

「え~~? そうかなぁ……お兄さん達は大人の方の姿しか知らなくて歳が離れてるって聞くと吃驚しちゃうし、同い年くらいの子達はお友達になってくれって言ってから一度も連絡くれない子ばっかりだけどなぁ」

 

「い、いつの間に……まさか、お付き合いは……」

「してないよ~~。だって、ベル一筋だもん」

 

 胸を張る少女の言葉を聞けば、多くの男子が歯軋りするに違いない。

 

 大人バージョンの少女は正しく快活・天真爛漫・絶世の三種の形容詞が付く圧倒的な美少女力を誇るのだ。

 

 明日輝に胸と包容力では負けるものの。

 

 スタイルという点では対照的に美しい姉妹である。

 

 後、現在三姉妹と緋祝家への直通コールは特定の限られた人物からしか通じず。

 それどころか。

 

 女性の友達以外からのお誘いは全て電波が届かない扱いだったり、現在システムの不具合が有り、的な案内コールが流れるように九十九が取り計らっている。

 

 過去、虐められていた姉妹を慮った少年の思いやりであり、特定の条件を九十九がパスしたと認めなければ、連絡を入れる事すら儘ならないような厳しい検査基準への合格がネックになっているのだ。

 

 非合法的に情報収集された多くの人々は少年も知らない内に九十九からの様々な課題、姉妹達と仲良く出来るかとか、襲わないかとか。

 

 そういう資質と可能性と倫理と人格を追求されて不合格を受けていたのだった。

 

 内部処理であり、ブラックボックス化した九十九のネットワーク内の出来事である為、その事実を知る者はベルも含めて今後も出て来ないだろう。

 

「ベルさんの初めては渡しませんよ!!」

 

「「………(^▽^)」」

 

 ニコッと姉妹は長女の決意に半笑いでノーコメントを貫いた。

 

 こうして長い化粧室での女子力?トークが終了後、彼女達がイソイソと外に出ていく時には誰もがケロリと何を話していたのかも忘れた様子で再び映画や今後の予定で盛り上がるのだった。

 

「………(;´Д`)出られない」

 

 心の底から男な少女。

 ルサールカ・グセフはトイレの中。

 

 下半身を見つめてから、赤くなってしばらく外に出られず。

 

 最終的にカズマから一番お手洗いが長い人物認定されて笑い話にされ、それを見た女性陣からカズマが()()で沈むのを半笑いで見ているしか出来なかった。

 

 悪い事したなぁ、と。

 そう彼は後で親友に何か奢る事を決める。

 

「「………(T_T)」」

 

 ちなみに後二人全てを聞いていた女性陣がいたが、秘書業に専念する彼女達は大人な対応が出来る普通と普通ではない体の持ち主ではあっても……女性としては成熟していた為、女子の必須スキルはちゃんと持っていた。

 

 何時の時代も妬み嫉み羨ましいというのは女子力を下げる最大の敵だ。

 

 自重と自制は貞潔や貞操と同じくらい重要な項目である。

 

 まぁ、ちょっと羨ましいとは思ったのだけれど。

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