異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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第162話「全人類善人化計画」

 

 セブンオーダーズの頚城発見及び調査を行う為の小人数での探査計画には前準備として日米や世界各地での諸々の行動が含まれている。

 

 それは常の備蓄や彼らがいない間に起きる問題への事前防除や対処が必要と判断された出来事に対してのものだ。

 

 この分野に犯罪者の一斉検挙及び一斉()()が入った事は別に驚く程の事でもなかった。

 

 検挙というのは公的な部分であり、撃滅というのは物理的な意味のみならず、その犯罪者が犯罪を犯すプロセス、過程の破壊も含まれている。

 

 世の中、何食わぬ顔で生きている犯罪者など五万といる。

 

 普通の一般人と犯罪者の差など紙一重である。

 

 誰でも罪を犯す可能性はあるし、罪を犯しても誰にも知られぬよう生きていく事など可能な範囲の出来事だ。

 

 だが、生憎と犯罪を犯した者は犯罪を犯し得る者とは決定的な差がある。

 

 次の犯罪を犯す心理的なハードルが低くなる。

 

 結果としてこの大事件が連発していた日本国内においても変異覚醒者関連ではない犯罪というのは確かに存在し、確かに警察の仕事は無くならない。

 

 なので、普通ならばしない事をせねばならない。

 生憎と此処は地獄の一丁目。

 人類滅亡は目前。

 

 レッドデータブックに載っている筆頭は絶滅危惧種:ホモサピエンスである。

 

 これは純粋に黙示録の四騎士の精神攻撃などで錯乱して犯罪を犯し得る層を全うに犯罪が犯し得る事の無いレベルまで精神的にボッコボコとして大人しくさせておく、あるいは大人しく死んでいてね(ハートマーク)というだけの非合法活動であった。

 

 生憎と精神関連の術式及び心読能力者を全て手中にした善導騎士団の超国家規模組織犯罪と言われるかもしれない出来事はサラッと副団長、副団長代行が許可したので実行された。

 

『おー久しぶり。今日はお前何処に飛ばされてんの?』

 

『あ、ああ、お前か。今日から警察のお世話になる』

 

『……ついにお前……アレか? 趣味が高じ過ぎて現実(3D)に手を……』

 

『んなわけねぇ!? 犯罪者の一斉検挙の為に手伝って来いって言われたの!!』

 

『へ~~今更警察とねぇ。虚兵とか乗り回すのか?』

 

『いいや? 読心能力者の護衛』

 

『一体、どんな関係があるんだ? つーか、連中が出張るって事は……』

 

『まぁ、少なくともロクデモナイコトなのは想像が着くな』

 

『『……(T_T)』』

 

『いいか。考えるな。考えたらおかしくなるし。考えたら読まれるし!!』

 

『そうそう。こういうのは考えちゃいけない。思考停止が最強戦術!!』

 

『『はははははは(・ω・)(任務途中にエロい事を考えないようにしよう)』』

 

 ―――ステップ1:犯罪者を見付けます。

 

 九十九による超法規的に集められたあらゆる情報から犯罪者を割り出し、その等級毎に格付けし、精神情報までゲームの()()()で取得。

 

 公的に警察と協力して過去の犯罪歴や疑惑までも全て根掘り葉掘りして既存の犯罪者リストの統合をする事でより完全な日本国内の犯罪者リストの作成が可能になったのである(違法な情報収集なので法的な根拠にはなりません)。

 

 そして、それでも残る未確認情報に対して基本北米で副団長に随伴していなければ、ダラダラしているだろう部隊を投入。

 

 近頃、出動頻度は増えたとはいえ、大規模な裏方での案件はそう立て続けにやるものでもないので週3くらいしか出て来ない読心能力者達が招集された。

 

『ねぇーちょーろーまた仕事だよ~~』

 

『おお!! 今度はどんな間抜けの心を折ればいいのか!! 愉しみだ!!』

 

『今にも死にそうなジジイの癖に人の心を圧し折る時だけ生き生きするとか』

 

『こういうのが憎まれっ子世に憚るって言うんだろうな』

 

『近頃、仕事増えて来たからな。今回は誰からのオーダーなんだ? 双子』

 

『ああ、騎士ベルディクトですね。どうやら本格的に日本国内の犯罪者層を従える為に動き出すようですよ。さっき、顔面蒼白な連絡役が【ヤバイ事になるな。くわばらくわばら】って僕らのリスト見て思ってました』

 

『オレらがヤバイのか。騎士ベルディクトがヤバイのか……まぁ、どっちもか』

 

『うんうん(´-ω-`)』×何度も頷く読心能力者の皆さん。

 

 こうして彼らは投入された。

 

 MHペンダントを大量に下げさせて超絶ブラックな労働時間の搾取が始まった。

 

 犯罪の確定情報を記憶などから読み取って登録するのに数日。

 

 これでも取り零しがありそうなものだが、生憎と少年に抜かりなど無い。

 

 人間の深層心理を数値化する事など魔術と読心能力者の能力解析が九十九で行える昨今、今更なレベルで術式は開発済みだ。

 

 登録されていない清い一般人の人々にも次々術式が掛けられた。

 

 方法は少年がBFCのペネトレイターの解析とリバース・エンジニアリングを行った例の北米で紅蓮の騎士の戦力を沈黙させた力。

 

 空気中への術式拡散装置の設置である。

 

 アレを開発していた一部の研究者がコレならレーダーでも拡散出来そうじゃね?と数日掛けて改良した結果。

 

 各地に置かれた魔力波動を用いる新型レーダーは術式拡散用の超広域超高密度術式情報展開用の恐ろしい兵器に化けた。

 

 こうして大量の一般人の精神データもレーダーで照射した術式で収集したのだ。

 

『しゅに~ん。新型の試験データこれでいいの~~』

 

『ああ、コレで構わんよ。さっさと入れて起動しといてくれ』

 

『術式拡散系って意図して使うとヤバイって先日、言ってませんでした?』

 

『まぁ、ヤバイな。これに攻撃魔術載せて魔力源を術式解凍先にしたら、無差別殺戮兵器になるぞ。ま、今回やるのは大人しいもんだから大丈夫大丈夫』

 

『―――( ̄д ̄)(やっぱ、この研究から脚洗って別の班に異動願い出そうかなという顔になる若手研究者)』

 

『安心しろ。機器を乗っ取られても特定の術式以外発信出来ないようにしてある。核兵器よりはBC兵器に近いから威力も左程出ないしな。諸々、平均的なデフォルトスーツ着込んでたら弾かれる程度の微弱な代物だ。空気中に直接拡散させる方式よりも繊細なもんだから、放射出来るのも数万行の術式が限界だ』

 

『はい。そうですね(・ω・)(思考停止した顔)』

 

 日本のみならず。

 

 北米及びASEANとオーストラリア、イギリスにもこのレーダーは導入され、後々の施策用にデータも取っておく徹底ぶり。

 

 これで世界中に生存するほぼ全ての人類の罪は赤裸々に少年の手元にデータとして集積される運びとなった。

 

 こうして何食わぬ顔で人類の罪とか暴いた少年は返す刀でズバリと罪を切り裂く準備を開始した。

 

 ―――ステップ2:等級毎に犯罪者へ夢を送り付けます。

 

 嘗て核テロを未然に防いだ時は列島全域を覆う術式を展開したフィクシーであるが、これは少年でも準備さえあれば可能であった。

 

 犯罪の分類と等級毎に九十九が精神データから作成した更生用プログラム込々の夢がディミスリル・ネットワークや使い魔を通して午前0時くらいに日本全国に発信されて、犯罪を犯した事のある者は……その等級毎に犯罪の被害者となる夢を見る。

 

 その数は等級や犯罪の分類毎に違っており、その体験()()も違う。

 

 軽い罪ならば数十日で済むかもしれないが、数年から数十年、数百年単位で犯罪被害者として繰り返し生きる夢を……夢の牢獄でたった一晩で見せられる。

 

 これには犯罪者もゲッソリ。

 

 起きれば、彼らの顔はきっとゾンビよりも酷い悪夢に魘された後。

 

 真っ白な灰に等しくなっていた。

 

『金なんか要らない!! 詐欺はもうしません!? だから、金なんか要らないから、オレにッ、オレに罪を償わせてくれぇええぇええぇ!!?』

 

『イジメって逮捕してくれますか!? ねぇ!! おじさん!! 僕を逮捕してくれよ!? お願いだよ!? もうイジメなんかしないからぁ!? 償わせてくれよぉおおぉ!?』

 

『殺人を犯しました。浮気した男をめった刺しにしてバラバラにしてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』

 

『子供を産んで山に捨てたのあたし。あの事件はあたし、です。お願いです。あたしを逮捕して下さい。お願いしますお願いしますお願いしますお願いし―――』

 

『放火犯はオレです!! 遊びでやってました!!! だから、逮捕して!? お願いだから逮捕して下さい。もうやりません。やりません!? やりませんって!? 火で遊ばないからぁ!? 逮捕してよぉお!?』

 

『会社の金を横領したのは私だぁああああああああああ!!!』

 

『俺が……連続強姦犯だ……殺してくれ。いっそ殺してくれぇ……お願いだ。殺してくれ。殺してくれ。殺して―――』

 

『日本国内でスパイ活動してた某国の間諜でした。国家機密を探る為に政治家の周囲にネットワークを張り巡らせていたのは我々で……公安の方を呼んで頂ければ、幸……あああああぁあぁもう私は関係ない!? 関係無いんだぁ!? だから、眠らせないでくれぇえぇ!? みんなここで自首するから、だからぁあぁあ!?』

 

『カツアゲしてたのはオレです。この間、クソ生意気なガキを殴り殺したのもオレです。オレですオレですオレですオレですオレですオレで―――』

 

『チャカ持ってきたぁ!! 逮捕してくれぇ!! ほら、組員総出で逮捕されに来たんだぞ!! 早くしろよ兄ちゃん!? 逮捕してくれよぉ!? な? な? オレらは善良な一般市民様やぞゴラァアアアア!?』

 

『………(´・ω・`)』×一杯のこんなに対処し切れねぇよという顔の警察署員。

 

 普通の人々にも夢は送られるのだが、犯罪さえしていなければ、幸せな嘗ての時間を少しだけ一時思い出すような、少し残酷で素敵な代物になる。

 

 このようにして犯罪者は誰だろうが完全無欠に精神の奥底に叩き込まれた。

 

 今まで自分が犯してきた罪が心地良くなる為のものどころか。

 

 その犯罪を見るのも聞くのも体験するのも嫌になり、同時に脳の幸福を司る報酬系を徹底的に()()()()()

 

 パブロフの犬は知らなくても、本能的に人間が従うのは心地良い行動である。

 

 麻薬と同じだ。

 

 誰も好き好んで死にたくなる程、苦しみを与えて来るクスリは飲まない。

 

 そんな思考に干渉する夢で脳の中枢に物理的な情報として投薬によるものと同じように条件付けするのだ。

 

 脳内麻薬とも呼ばれる各種のエンドルフィンやドーパミンのような複数の物質を最高効率で脳が放出するシチュエーションは善行であり、犯罪を犯した時やその記憶の喚起には苦痛や恐ろしい精神の崩壊が伴う。

 

 それを一時的に再現する事が可能というのが何とも恐ろしい。

 

 詐欺ならば、金を騙し取られた善良な人々の凄惨窮まる人生。

 

 殺人ならば、殺した相手となって死んでいく時の情景。

 

 イジメならば、そのイジメの対象となって終わるまでの繰り返し。

 

 強姦ならば、その相手となって怯え蹂躙されていく恐怖。

 

 放火ならば、付けられた火に巻かれて死んでいく絶望と痛み。

 

『ひ!? 来るなぁ!? 来るなぁ!? うわぁあぁ!!? オレが悪かったからぁあ!?』

 

『フラッシュバックで錯乱してるのが大量だな……』

 

『MHペンダント掛けましょう。巡査』

 

『そういや、善導騎士団から数千人分送られて来て、何の発注の間違いなんだと思ってたが、もしかしてコレって……』

 

『詮索は止めましょう。オレらはやる事をやるだけでいいんですよ。ええ、公務員ですからね!!(´▽`*)』

 

『国家公務員がブラック企業並みにブラックなものだと知った終末……(T_T)』

 

 どんな犯罪でも被害者が出れば、それに準じる体験をし、被害者がいなくてもそれで迷惑を被る者の人生を体験し続ける。

 

 気が狂うという心配すら無い。

 

 この体験の性質の悪い(良い)ところは善導騎士団や陰陽自衛隊の部隊が数十万人規模で取り続けている夢の精神影響データが流用されているところにある。

 

 夢では現実の情報を思い出せないままに終末サバイバル訓練をするのと同様にその逆である夢の内容は詳しく思い出せなくても現実に影響を及ぼすレベルで精神が崩壊する危機や罪の呵責と夢の内容を彼らは本能的に覚えているのだ。

 

 そんな事実を前に償いを所望する手前勝手な人々は自分の人生を投げ打っても苦しみから解放されたい病に掛かった。

 

『この症状……善導騎士団か?』

 

『犯罪者の検挙を一緒にって話だったが、過程がすっ飛ばされたな』

 

『警部……麻薬関連や暴力団関連でも同様の出来事が起こってると連絡が』

 

『留置所足りるか? 明らかにパンク寸前なのだが……』

 

『あ、()()()()先日、三十倍の留置所造ったばっかりですよ?』

 

『そういや工事してたっけ。あれ虚兵の駐機場だけじゃなかったのか……』

 

『考えるのは止しましょう。今のところ犯罪者が自首してきた事で彼ら自身の刑も軽くなるでしょうし……まぁ、明らかに死刑なのもいますが……』

 

『精神錯乱で鑑定留置になるんじゃないか?』

 

『あ、それは無いですね。先日どんな犯罪者も真っ当になるMHペンダントが大量に降ろされましたし、それを留置場で付けるのは義務になりましたし、そもそも当時の精神状況を鑑定しようにも不可能なくらいに精神的な健康は保たれる事が確定しました。状況証拠で当時の精神状態は悪かったと言い張っても裁判で認定されないでしょうねぇ……つーか、当人が償いたいと弁護士拒否するんじゃないですか? あの状況見る限り……』

 

『……正常であるからこそ死刑になるヤツが大量だな(´・ω・`)』

 

『この自白状況じゃ反省している被告を無期懲役にして欲しいって言った方が現実的だと国選弁護人連中は考えるかもしれませんね』

 

『警部!!? 今、日本各地の警察署に精神病院や心療内科、教会や寺や神社から大量の犯罪者が救いを求めて来ているとか色々とスゴイ通報が……』

 

『………三十倍で足りると思うか?』

『足りたら……いいなぁ(´・ω・`)』

 

 生憎と人間の精神汚染からの回復に関するデータも先日のイギリスでの精神侵食時の情報が解析済みであり、臨床心理学分野の研究も進んだ昨今、意図的に人の脳を条件付けしたり回復させる事は魔術と九十九と学問の力を用いれば可能だったのである。

 

 こうして、一部の日本国内の犯罪者達は大半刑法に違反する者だけではなく。

 

 倫理に違反する者も含めて悪夢から逃れる為に償いをさせてくれ逮捕してくれと全国の警察署へ一斉に自首して世間を騒がせた。

 

 無論、このような条件付けにも屈せず。

 犯罪をする事は可能である。

 

 自分の犯した犯罪以外には精神的な抵抗感も薄れる為、精神が弱くない犯罪者の多くは沈黙を守る事に成功した。

 

 が、結局は犯罪を犯し難くなったという点では効力自体はあったのだった。

 

 ―――ステップ3:この出来事を大々的に広報します。

 

『え~~そのぅ~~~』

 

 明らかに挙動不審にも思える男の土下座姿が世界全土に放映されたのは全てがちゃっかり終わって完全に効果が現れてから翌日の出来事であった。

 

 現在、善導騎士団東京本部で死ぬ程働いているウェーイ事アフィス・カルトゥナー氏は誠心誠意済まなそうな顔でDOGEZAした。

 

『善導騎士団のレーダー照射実験時、意図しない術式の混同の痕跡が発見された件に付きまして……これは人類規模での犯罪の低減効果を期待して陰陽自研で作成されたプログラムであり、実際に犯罪者の更生プログラムとして現場で既に使われているものであるのですが、それの全人類規模での放射が確認されました。今後、放射された術式は大量に空気中を拡散し、地球規模での効果の波及が恐らくは―――』

 

 要は……『ごめんね♪ ちょっと、お漏らししちゃった♪ てへ♪』とか、申し訳程度に人類善人化計画が微妙に真実とは違って暴露された。

 

 人類の犯罪率が低減する魔術を善導騎士団の設備で垂れ流しました。

 

 でも、犯罪を犯してない人々にはまるで無害だし、犯罪を犯した人間だけが割を食うだけの術式だから、勘弁してね?

 

 と堂々と善導騎士団は誤りを認めて謝罪したのだ。

 

 ついでにこの時の内容が更に酷いと一部の内部事情を察するくらいに謀略を知る層か賢明な人々は顔を引き攣らせた。

 

 ―――この術式は既存の犯罪を犯した者が犯罪を犯し難くなるもので一般人にはまるで無害だし、善導騎士団はこの件で術式の反応が出た相手の個人情報は全て秘匿しますから安心して下されば幸いです(ニッコリ)。

 

 お解り頂ける人類だけが理解したのだ。

 

『おう? おまえらオレらに秘密で犯罪とか犯せると思ってんの? あ、廃人寸前まで疲弊した? 警察署が大変? おう、お前どんな犯罪犯したか言ってみろや』

 

 とヤクザよりもヤクザらしい手口で善導騎士団は犯罪を犯しまくりの現生人類の真っ黒な層やグレーや灰色掛った白色にも見える層の人々に笑顔でファッキューしたのである。

 

 ちなみに犯罪の定義に倫理的にアウトな行為も含まれていた事は倫理教育の一貫でもあったからとされており、彼らの精神的な治療回復にはMHペンダントを併用しながら、人々の手で犯罪者を更生させるのが一番。

 

 そうシレッと犯罪者の精神改造論もブチ上げた。

 

 こうして精神錯乱したって犯罪だけは犯したくても犯せない層が一定層爆誕し、彼ら自身が罪の償いを言い出した事件は暗黙の了解の中でテレビにも左程取り上げられなかった。

 

『斎藤さん!! お止めになられるんですか!?』

 

『ああ、もう報道からは脚を洗おうと思ってね』

 

『善導騎士団や政府の独裁を許しておくんですか!?』

 

『……君は純粋だな。だから、君は大丈夫だったんだろう』

 

『今回の事もっと報道しましょうよ!? 正義はまだ為されてません!!』

 

『悪いな……もう無理なんだ……もう……あんな悪夢は見たくない。じゃあな』

 

『斎藤さぁああああああん!!!』

 

 報道関係者からも倫理違反系の犯罪者が大量に出た一件は殆どが報道される事無く一部の週刊誌を賑わせるのみに留まった。

 

 彼らは法的な裁きこそ受けないが、もう報道止めますとか。

 

 もう報道に関わらず悪夢から解放されたいとか。

 

 そういう理由で大量に自主退職に追い込まれたのである。

 

 その内実の倫理違反がどういうものか。

 

 事実を公開出来ない故に報道の多くが沈黙し、善導騎士団に犯罪を犯したというだけの個人情報を握られた事実が独り歩きした。

 

 だが、不思議な事に犯罪を犯しまくりなはずの軍人層。

 

 要は倫理的に真っ黒やグレーな事をして生き残って来た軍人層や避難民層に限って被害があまりないという事実もあり、訝しまれたかもしれない。

 

『オレ、何か悪夢軽いみたい……家族見殺しにしたのになぁ……』

 

『でも、仕方なかったんでしょ? あなた』

 

『ま、だけど……やっぱ、一生背負うもんだし、もっと苦しむべきなんじゃって思う事もあるんだ』

 

『そういう自己反省的な態度が良いのかもしれないわね……』

 

『そっか……でも、見殺しにした家族の顔、思い出したよ。写真無いから少しだけ懐かしかった……忘れられないってのは呪いなのか祝福なのか……』

 

『大丈夫。大丈夫よ。私達家族がいるじゃない……』

 

『ああ、そうだな。おーよちよちカワイイ娘もいる事だし、パパ頑張っちゃうぞ~~はは……』

 

 結局、悪意無く命掛けで戦地を駆け抜けた彼らには犯罪という犯罪は単なる自分が生き残る為、誰かを生き残らせる為の仕方ない出来事だった。

 

 と判断されたのだ。

 

 極限環境下での犯罪は悪意が無ければ、哀しい出来事として普通よりもお目零しが多かったという事であった。

 

『久しぶりだな。軍曹』

 

『はい。少尉もお元気そうで……何故、此処に?』

 

『あいつらが日本の此処の景色が一番良いって言ってたからな』

 

『はは、同じですか。昔の事なのに覚えてるもんですね』

 

『あの後、すぐ分かれたのになぁ……』

 

『『………』』

 

『その目元のクマ……お前もか?』

 

『はい。少尉こそ……やはり?』

 

『ああ、だが、戦友達の顔を久しぶりに思い出したよ』

 

『ですか。こちらもです。我々が見捨てたというのに良い顔で死にやがって』

 

『分ってたさ。あいつらがオレらを救う為に残ってくれてたなんて事……っ』

 

『大の大人がカッコ悪いですよ? あいつらに笑われちまう……っ』

 

『なぁ、今日は飲まないか? 渋谷に良い店があるんだ』

 

『そうですか。じゃあ、ちょっとだけ、実はもう家庭持ってまして』

 

『お、本当か? 連中も生きてたならゲラゲラ笑いながら祝福してくれるだろう』

 

『そうですかね。そうだったらいい……ええ、本当にそうだったら……』

 

『車なんだ。乗ってくか?』

 

『え、ええ……電車でしたので。あ、でも代行業者ちゃんと頼んで下さいね?』

 

『すっかり馴染んだようで何よりだ』

 

 法的か倫理的にか。

 

 どちらにしても騎士団が犯罪と認定するソレが犯罪者にとってのスタンダードになった事でその多くの人々は騎士団相手に口を噤まざるを得なくなった。

 

 いや、どちらかと言えば、今後二度と目を付けられたくなくなった。

 

 真っ当に生きて行くしかないという事実を北米の監獄にいる紅蓮の騎士の配下達程でなくても、彼らは噛み締める事になったのだった。

 

 無論、今後起こる犯罪が減ったのではなく。

 

 今後起こり得る再犯がほぼ0になったという程度。

 

 最初の犯罪を犯せば、騎士団にメッタメタにされるかもしれないという委縮効果もやがては薄れていく。

 

 だが、法律に触れていなくても倫理に触れているという事実を罰され得るという事実こそが人々を恐怖させた。

 

 が、これを独裁だと言って声を上げる者は多くなかった。

 

 その現実に被害を受けた犯罪者層が沈黙したのだから。

 

『アンタもデモ行くだろ!! こんな独裁許しちゃおかない!!』

 

『……悪いが1人で言ってくれ。オレは遠慮しとく』

 

『何言ってんだ!? 何人も被害者が出てるんだぞ!?』

 

『いいから、自分1人で行けよ!!? オレは関係ない!!?』

 

『何!? 此処で行かないのか!? どうしちまったんだ!?』

 

『オレ、もう止めるよ。この運動……悪いが明日には引っ越すから』

 

『あ、ちょ、オイ!? くそ?! まさか、これも善導騎士団のッ、卑劣な!!』

 

『リーダー!! 他の仲間も何かデモには来られないって!!?』

 

『何ぃ!? どういう事なんだよ!? まさか、悪夢にしてやられたのか!?』

 

『そ、それが、もう活動には関わらないから勝手にやってくれって!? SNSもみんな止めてるみたいで連絡が付かねぇ!?』

 

『誰が太鼓叩くんだよ!?』

 

 声を上げた犯罪者ではない普通のアンチ善導騎士団を掲げる組織や集団にとって、その変化は劇的だった。

 

 今まで自分と共にデモを行って政府批判や与党批判、騎士団批判に熱心だった野党支持層でもある人々が次々に活動を止めていき。

 

 その活動をしようとする彼らを殴って黙らせようとすらした事例までも確認されたからだ。

 

 これで善導騎士団に批判的な層の多くが本当の恐怖を味わったのである。

 

 何が起こったのか彼らは本当には知りようも無かった。

 

 ただ、仲間がいきなり全てを投げ捨てて、その活動を止めたのである。

 

 だが、納得せざるを得ない。

 

 自業自得と世間的に言われるに違いない恐怖を悪夢を見た当人達も見ていた。

 

 だって、そうだろう。

 

 善導騎士団は犯罪や倫理を侵した者を黙らせたのだ。

 

 悪い事をしていたのでは?

 

 と勘繰られて生きて行くような社会的な制裁が発生したのである。

 

 SNSや人の噂なんてものとはまるで違う。

 

 公的な組織にすら数えてよろしいと言われた軍事組織お墨付きの『罪』である。

 

 これに大きな意味を見出さない者はいない。

 

『マズイよ!? ウチともう関わりたくないってスポンサーが電話掛けて来た!?』

 

『どうすんだよ!? どうすんだよ!? 先生に助けて貰えないのか!?』

 

『せ、先生がもう関わらないでくれってさっきメールして来て!?』

 

『ほ、報道の斎藤さんは!? あの人ならきっと!?』

 

『さっきからメールやSNSに呼び掛けてるけど、ダメだ出ないよ!?』

 

『クソゥ!? 番組の制作会社の課長が何ビビってるんだよ!?』

 

『オ、オイ!!? ネットで今、自首してる連中のリストが出回ってるんだが、ウチの関係者が何人も!?』

 

 これ以上善導騎士団に関わって更なる恐怖を引き出そうと思う程、彼らは愚かでもなければ、賢しらに騎士団を糾弾出来る度胸も無かった。

 

 そして、倫理的にアウトと言われた層が自分がそうだとは誰にも知られたくなかったのは言うまでもない。

 

 人間、一番厭う事は自分の罪が他人にバレる事である。

 

 一般人に紛れた彼らの恐怖とは正しく『貴方はどんな罪を犯したの?』と他者に訊ねられる事だったのである。

 

 今まで犯罪や倫理的にアウトだと思っていなかった事が突如としてダメな事だと理解してしまった彼らは自己点検の結果として己の罪が膨れ上がる恐怖に耐え切れなくなったのだった。

 

『オレ、田舎に帰って畑でも耕すよ……』

 

『そうか。寂しくなるな。選挙活動も止めるのか?』

 

『ああ、止める。何処にも投票しない。全部、出来るヤツがやればいい』

 

『お前……どんな悪夢を……』

 

『ッッ―――聞くなよ。そういう事……』

 

『此処までやってきたんだぞ!? 政府の悪事も散々暴いてきた!! これからじゃないか!! 全部、これからだ!! 戦うんだろ!? 既得権益の上にのさばってる連中を引きずり落としてやろうって言ってたじゃないか!?』

 

『お前、悪夢見なかったんだな……それでいい。それでいいんだ……でも、オレはダメだ。もう……絶対にこんな活動しない。分かっちまった。分かっちまったんだ全部……』

 

『何が分かったってんだ!? 国会議員の先生だってまだ活動に賛同してくれてる人はいるんだぞ!!?』

 

『分かっちまったんだ。オレらの活動で何か変わったか? 変わらなかったんだよ。何十年。何百年やっても……変えられるのは変えようと努力してちゃんと地位に付いて……そして、人に支持される理想を掲げられる人だけだ』

 

『何がお前と違う!?』

 

『オレ、娘殴ったんだ……与党支持者のクソ野郎と結婚するって聞いて……でも、でもなぁ……あんな事になってもオレは自業自得だと思ってたんだ。自業自得だと……ふふ、ふふふ……本当の自業自得はオレか……』

 

『どうしたってんだよ!? 娘さんの話は前に聞いた!? それが何だってんだ!?』

 

『……娘、実は流産しちまってな。ああ、オレは悪くないと思ってた。思ってた……だから、思ってただけだった……知らなきゃ良かった。何も知らなきゃ……これが罰だっていうなら、オレは……なぁ、お前腹の中で自分が死んでいく感覚を延々と味わうとどうなるか知ってるか?』

 

『は、はぁ?! まさか、お前……』

 

『倫理的にアウトなんだろ……オレは畑を耕す。もう二度と政治には関わらねぇ。娘は許してくれねぇだろうなぁ。当然だよなぁ。オレはこれから死ぬまで独りぼっちだ。お前も……気を付けろよ? 他人を大切にしないと後悔するぜ?』

 

『―――(こいつ何て顔してやがる)』

 

 こうして後に倫理的犯罪者層と社会学者から言われる層が誕生し、彼らは沈黙を以て善導騎士団を消極的に是認する支持層として普通の一般人のように暮らしていく。

 

 管理社会など造らなくても人間は自分の身が可愛ければ、幾らでも自分から管理に対して協力的に成れるものである。

 

 これを社会洗脳と呼んだ学者もいたが、何か問題があるのかと多くの善導騎士団の支持者に言われて沈黙せざるを得なかった。

 

 何も問題が無かったからだ。

 

 それ自体が倫理的にアウトじゃないかと言われたところで、今食料を供給し、戦力を供給し、世界各地で実際に敵と戦い、一番人類滅亡から遠ざかる方法を取っていると公言する騎士団を前にして、犯罪者が再犯せず、犯罪を抑止し、倫理的に人類の全滅に寄与する層を物理的に大人しくさせる方法は必要じゃない理由、というものを彼らは並べられなかった。

 

 並べたところでそれは人類の絶滅よりも大切な事なのかと言われて黙らされたのである。

 

『これは社会洗脳ですよ!? 人類的な大犯罪だ!! 善導騎士団はすぐに警察あるいは軍事力によって逮捕されるべき人々の集団だ!!』

 

『はい。次の方どうぞ』

 

『騎士団はこの事を公表しなくても別に良かった事を考えると、今回の失態はまぁ彼らにとって謝れる程度の事なんでしょうな』

 

『失態!? これはわざとではないのか!?』

『それ、証明する方法あります?』

『ッ―――』

 

『実際、犯罪率が劇的に下がったそうですよ。後、再犯率も現場で実際に警官が下がっていると感じているらしく……万引きが無くなったとか』

 

『次の方どうぞ』

 

『テレビ討論だから、言うんですけどね。ええ、善導騎士団が謝まらないのはきっと我々の絶滅時だけでしょう。謝って済む問題じゃないので』

 

『次の方どうぞ』

 

『善導騎士団のオフィシャル・ブロマイド・カード。これに実は面白い下りがありましてね? 最新カードには個人プロフィールが書かれてあるんですが、封入率10万分の1以下のアルティメット・レアには何と騎士団員のスリーサイズと人類に対する本音が書かれてまして。これに噂だと騎士団員の幾らかの人員の本音に【地球人絶滅し掛けてるのに統制取れてねぇなぁ】とか書いてあるとか』

 

 今は非常事態で絶滅寸前で人類は言う程に出る杭を叩いたり出来る状況ではなく、その上で騎士団は無言でやったって良かったのだという事実を見れば、多くの人々にはまだ米国よりも素直な方だと思えたのである。

 

 そもそもの話。

 

 犯罪や倫理的に危ない層と無縁の人々はMHペンダントで死の病やケガから遠ざかり、治療費0円で義肢義足臓器移植までしてくれる騎士団に文句を言う理由はほぼ無かった。

 

『あら~富屋のお爺ちゃん。また、歩けるようになったの?』

 

『ん~~ん~~ゼンドーキシダンがなぁ。足くれてなぁ』

 

『新しい義肢って生身と変わらないそうですけど、凄いわねぇ。本当の前のお爺ちゃんの脚みたいにピンシャンしてるわ』

 

『そっちのボンはどうよ?』

 

『ああ、マサヒコちゃんもね。臓器移植のおかげでグズ……また、元気に外を歩けるようにグズッ……ぅぅ……善導騎士団様々よぉ!!』

 

『テレビは嘘っぱちだよなぁ……悪くねぇよなぁ……難病やケガで死ぬはずだった奴らみぃんな生き返ったもんなぁ……』

 

『ええ、悪いだなんて口が裂けても言えないわよ。あ、水口さんちの奥さんも両手両足ゾンビに齧られたのに今じゃ普通に料理して買い物してるのよ!!』

 

 彼らにとって、生活や人命を実際に救ってくれる善導騎士団は正しく救世主であって、テレビで言われる程に強権的にも思えなかったのだ。

 

 それはそうだろう。

 

 彼らは日本の政治に介入はしていても政治家ではない。

 

 強権を振るっているわけではなく。

 法律に左右されないだけだ。

 

 そんな中で彼らを悪し様に言うある種健全な危惧を表明する()()()()()が支持される事は殆ど無かった。

 

『まぁたテレビで騎士団のつるし上げやってる。近頃増えたわよねぇ』

 

『そういや、ネットで言ってたぞ。何でも反騎士団みたいな連中があちこちで活動してるんだってよ』

 

『何ソレ正気?』

 

『言ってる事は分からんでもないが、現実的なもんを何も見てないよなぁ。そもそも今更、オレらが騎士団が倫理的にどうのこうのって言えるかぁ?』

 

『何よ。どういう事?』

 

『だって、この十数年政権変わってねぇし。外国人も大勢を海の藻屑にしちまった。でも、当時の防衛大臣すら辞めなかったし、辞めなくていいって世論だったろぉ?』

 

『ま、まぁ、ゾンビ対策じゃ仕方ないわよ。政権もコロコロ変わってたら実際危ないでしょ』

 

『悪い事ってんなら、オレらは正しく戦争じゃなくても数百万単位で見殺しにしてんだよなぁ……』

 

『いいから、ほら、テレビなんか消してネット見ましょネット』

 

 清廉潔白な事を言える程、彼らは自分達が清くない事を知っていた。

 

 何だかんだと言いながらも日本に逃げ込もうとしたあらゆる人々を米国に海の藻屑とさせた政府を表立って声高に批判する層は少ない。

 

 野党が今もって野党である事からも見て多数派ではないのだ。

 

 今更、大義名分を掲げた騎士団を相手にまともに論壇で殴り合って勝てるような識者も極僅か。

 

 勝ったところで共感を得るよりも社会からの無言の『支援が止まったらどうすんだ』という圧力の方が大きく。

 

 騎士団への批判そのものに人々が人々自身を反省するという初めての事態が社会内部では起こっていたのである。

 

『騎士団への批判よりもまず今までの事を、か……』

 

『教授。政治紙面なんか見ちゃってどうしました?』

 

『ん? ああ、ウチの社会学科の同期が言ってたのと同じだなぁと』

 

『そうなんです?』

 

『まず何よりも今までの人類の愚かしさが滅びを招いたってのは一致した見解なわけで……今更我々が人類を確実に絶滅から遠ざけてる騎士団に物申すより先にやる事があるだろって層が増えたんだと』

 

『へ~~大人って大変そう。産まれた時からゾンビがいるのは普通だし、散々歴史は学ばされたので、それって普通の事としか思えないんですけど?』

 

『ま、それが今の大人と子供の違いなんだろう。飛び級制度もゾンビ禍が始まってからだしな日本は……意見表明する子供も少なかった。特に大人はそういうの認めたがらないもんなんだ。自分の生きた時代が間違いだらけなんてのは……大体の大人は自分の間違いも認めたくないだろう……』

 

『大変なんですね。大人って……僕はそういう批判系よりは騎士ベルディクトとかのお話の方が共感出来ますよ』

 

『お話?』

 

『ええ、善導チャンネルでやってました。平等や権利を主張するより先にまず誰かの為に動こうとする人が一番最初にパンを食べるべきだって。有難いあちら側の説法だって言ってました』

 

『成程……働かざる者食うべからずってところか』

 

『目の前にいる空腹で死にそうな子にパンを与えるのは当然。つまり平等や権利として大事だが、その前にパンを与えようとする相手が空腹で倒れては元も子もない。だから、先に食べるべきはパンを与えようとする誰か、範を示す者だと』

 

『騎士団の理念というのはそういうものなのかもしれないな……』

 

 殆どの社会学者はこのような社会内部に出て来た意見を今までにない社会変化であると感じていた。

 

 歴史上、他者批判的な社会は幾らでも存在し得た。

 

 誰かに罪を被せて自分は悪くないという社会こそがスタンダードだった。

 

 だが、此処に来て真に自己批判的な社会が生まれた。

 

 それは我々が悪いのだから、誰かに配慮しろというような権利や義務の主張や他国への利益誘導や自己愛性的なイデオロギーによる自らが謝っている事による正しさ、上位者の主張のような振る舞いとも違う。

 

 個人個人が内省的な社会層の増大であった。

 人類にとって初めてかもしれない変化だ。

 

 元々、こういった側面はどんな社会にもあるものだが、間違いを認める事程に人が他者に強要する事の難しいものは無い。

 

 それは国家ならば、尚の事であり、それが行き過ぎれば戦争である。

 

 これを国家主義的な危険思想だファシズムだと言う者も当然いたが、実際にはパンを与えられている上で最初にパンを食べている善導騎士団を批判したところで然して力は籠らなかった。

 

 パンを貰っている方である人類にはその批判に入れる本気の覇気が足りなかったのである。

 

『騎士ベルディクト。18歳未満の犯罪者倫理違反者を集め終わりました』

 

『はい。では、さっそく始めましょう』

 

 日本国内、亡命政権、米国。

 

 全てから少年がこの『犯罪者御免なさい事件』から数日で特定の少年少女を集めた事は極めて特異な行動として各国には受け止められていた。

 

 騎士団からの要請はこうだ。

 

【若年層の反倫理的、反道徳的、反社会的、犯罪を犯した層の更生プログラムを実施して、まともな労働資源候補兼まともな一般人にするから、旅行がてら送ってくれないか? あ、旅行の旅費はこっちで持つよ】

 

 家裁預かりだったり、刑務所に入ったり、矯正施設に入所させられていたり、諸々問題有と判断された若年層は今も結構な数存在する。

 

 特に日本国内に避難民としてやってきてから、親が力尽きて孤児になった層などは犯罪に巻き込まれるケースが多く。

 

 その当事者として名を連ねる事も多々あった。

 

 殆どは軽犯罪とはいえ、万引きや置き引き、窃盗、空き巣、スリ、詐欺、ひったくり、年齢を偽っての水商売や売春である。

 

 無論、それを組織化した頭の良い部類の不良も多数いる。

 

 特に財政基盤の貧弱な亡命政権ではこれらが実はひっそり多い。

 

『け、あの看守共……なぁにが東京観光して来いだ!!』

 

『手錠はされてないが、太ももに発信機埋め込まれてんじゃな』

 

『でも、これが東京……』

 

『すげーカラフルなのな。アレ? 壊滅してからなんだっけ?』

 

『おめぇらなぁ。ほら、あっちの方でも見ろ。大先輩がいるぜ』

 

『ん? 誰?』

 

『東京で繁華街の一角を取り仕切る程、組織をデカくした方だぜ』

 

『そーなの? リーダー』

 

『そうそう。金、食い物、男、女、武器何でも手に入れたって評判だ。オレもあんなのに伸し上がって……(汚れた希望に満ちた瞳)』

 

『ん~~あの人、人殺しの前科有りで32犯らしいよ。スマホで検索したら出たけど……』

 

『かっけぇ!? アウトローはあああるべき!!』

 

『あ、東京土産1人3万円で買って来いだって!!? 集合場所は此処で次にレストランでお食事だってよ~~~うわ~~~ホテルのパンフやべぇ~~リーダー♪』

 

 日本側からの支援で何とか真っ当に育て上げられる者がいる一方。

 

 ドロップアウトしてから亡命政権内の抑圧的な祖国愛教育に嫌気が差して日本国内に出奔、組織だって犯罪を犯す集団は確認されていたし、検挙もされている。

 

 こういった子供が数多く報道される事で亡命政権の外面が悪くなる事から、何処もそういった相手を監禁紛いに矯正施設とは名ばかりの場所で飼い殺しにするか。

 

 あるいは国境封鎖で小さな山間の土地に縛り付ける事に躍起だったりもする。

 

 悪夢を見た不良は結構な数に昇ったらしいのだが、それでも日本人の子供達よりもハングリー精神を発揮した様子でジッと耐えた者が多く。

 

 そもそも大体犯罪の告白をしようもない場所に入れられていた為、殆ど話題にもならなかった。

 

『うっわ!? マジかよ!? これ最新式のゲーム筐体!! コレあれだろぉ!? 武器も付いてくるヤツだろ!? いいの!? 貰っちゃっていいの!?』

 

『善導騎士団製のスマホもセットとか。一体、何考えてんだ?』

 

『東京って、べっぴんさん多いんだねぇ……うっわ、すげー良い匂いしそう』

 

『おめぇが臭ぇんだよ!? (ゲラゲラゲラ)』

『日本語習っておいてよかった!! 切に!!』

 

『まぁ、アニメも視られねぇ人生に意味はねぇからな♪』

 

 そんな彼らが騎士団の要請で東京観光である。

 それも日本人の不良と一緒にだ。

 何の冗談かと思った者は多かった。

 

 が、児童相談所及び家裁や文部科学省に少年は子供達の更生に是非協力して欲しいとニッコリ(・ω・)笑顔で彼らを支援物資と更生率の悪さという数字で殴り付け、悪いようにはしないからと承諾させた。

 

『オイ。あいつら亡命政権出(いなかもん)だぜ?』

 

『マジかよ。チッ、あっちは浮かれてやがんな』

 

『外の事はあんま亡命政権の上が知らせねぇらしいからな。番組そのものが制限されてるって話だし……』

 

『それにしてもどういう事だ? 善導騎士団はオレ達をどうするつもりなんだ?』

 

『ネットじゃ、オレ達を戦力にする気なんじゃねぇかって一部の掲示板で盛り上がってるが、まさかなぁ……そこまで戦力に困窮してるんじゃ、人類なんぞすぐに滅びるだろうし……』

 

 一部の賢しい少年少女達は大人というか善導騎士団が雇ったガイドから渡されるパンフレットや現金を疑いの眼差しで見やりながらも必要なのは必要だからと渋々受け取って様子を見る事にした。

 

 こうして彼らの東京観光は恙なく終了した。

 

 最後のレストランのあるホテルは見上げる程に高く。

 

 そして、次々にやってきたバスが人種も年齢もバラバラな少年少女をホテルまで連れて来ると去っていく。

 

 彼らは護衛として付いて来ていたスーツ姿の男女数十名の案内で次々にホテルのテーブル席へと通され。

 

 誰もいないホテルの屋内で並べられた試験会場みたいな長テーブルと椅子に座らせられながら、給仕達がサーブし始めた料理を見て目を丸くした。

 

 フルコース。

 

 それも見た目も味も匂いも一級と分かる代物がとにかく数千人分用意されていたのである。

 

 ワイワイガヤガヤしながら、彼らは大いに飲み食いした。

 

 給仕達から食事の後はホテルに泊まって下さいとズラリと鍵を渡された。

 

 そうして、彼らは訳も分からず。

 

 何故かシングルばかりのホテルのフカフカな寝台を満喫し、シャワーを浴びて、お風呂に入って汗と垢を流し、貰ったお小遣いを見てニヤニヤし、大抵は貰ったものを傍において、少しウキウキして明日はどうなるんだろうと思った。

 

 一部の賢い少年少女はこれから何かヤバイ事が起きるような予感に苛まれ、ソワソワしながらも室内に彼らが凶器に出来るものは無いかと探して無い事に気付き。

 

 多くが脱走してみようかと思ったが、ホテルの外側にひっそりと並んだ黒塗りの車両を見て、諦める事にした。

 

 アレは何かと聞く者もあったが、護衛ですと言われては返す言葉も無い。

 

『寝台フカフカだぞ!! フカフカァ!!? やっべ、フカフカ過ぎて眠れないかもしれない!!』

 

『やったぁ!? 拳銃型!! 拳銃型だよ。あたしの付属品!!』

 

『あ、あたしはねぇ……ヌンチャク? ヌンチャクって何?』

 

『男なら黙ってパイル・バンカー』

『土木工事的な杭打機じゃねぇか……』

『あ、ライフル……』

 

『え? 全長12mの巨大ロボ? え? イグゼリオン・タイプ0?』

 

『『『なん、だと?!(´Д`)』』』』×一杯のロボ好きな不良達。

 

 後、シングルなので他の部屋に入って不埒な事をしようとする男女はほぼいないどころか。

 

 消灯時間に外に出ないようにと言い聞かされて、仕方なく仲間達と騒いだ後は大人しくした。

 

 彼らを諭したホテルの従業員は隙も無ければ、慈悲も無さそうな笑顔と瞳をしていたからだ。

 

 明らかに人も殺せそうな軍人の変装であった。

 

 こうして無言の圧を感じた反感的な層は仕方なく引き下がり、翌日になった。

 

『ふぁあぁ、おはよー』

 

『お前ら早く起きて顔洗って歯ぁ磨けぇ。女共に基地外みたいに見られるぞぉ』

 

『女ってこういうのうるさいよなぁ……』

『胸元が残念なのが多い気が―――』

『ん? 二度寝か? 廊下で寝んなよぉ』

 

『お前ら起きろ!! 聞いたか!! 食べ放題だぞ!? バイキングメニューだってよ!? 起きろぉおおお!!?』

 

 朝から点呼も無く。

 

 ただし、食べ放題の食事は早い者勝ちという事を室内放送された彼らは次々に飛び起きるようにして着替えて昨夜食事をしたところに集まり、やっぱり大量に用意されていた料理をたらふく食った。

 

 このご時世で料理を食べ切れぬ程に取る馬鹿はいなかったが、食事中は姦しい事この上なくマナーも知らない者が多かった事は日本人も亡命政権の子供達も同様であった。

 

 こうして穢くはあるが食い尽くされた料理の皿が大量に汚れたテーブルの上に残されて、彼らが一息吐いた時だった。

 

 数千人も収容出来るシングルしかない横幅600m、縦幅20mのホテル。

 

 なんて、そんなバカげたものを前日の朝に造った張本人が全員集められた会場の何故か用意されていて誰も気にしなかった演台の上に昇ってくる。

 

「こほん。皆さん。おはようございます。これから皆さんには東京観光が終わったら世界一周旅行に参加してもらう事になります。ちなみに拒否権はありません。後、おやつは3000円まで持っていく事を許可します」

 

 何だこのチビ?

 と思った者は多かった。

 

 だが、一部のやっぱり賢い連中が顔を蒼褪めさせ、これはまさかマズイものに目を付けられたのではと一斉に無理かもしれないが逃げようと扉に殺到しようとして、その前にショットガンを持った完全武装の善導騎士団一般隷下部隊の隊員が()()()()10人もいる事を知って固まる。

 

「安心して下さい。皆さんを護る為に揃えた精鋭です。彼ら1人がフル装備でゾンビ1()0()()()を屠る猛者ですので」

 

 ドッと汗を掻いた逃げ出そうとした者達はジリジリと間合いを離しながらも逃げるのはダメそうだと溜息を吐くなり、悪態着くなりして着席するか、壁に背中を預けて、厄介事に巻き込まれたと言いたげに舌打ちした。

 

 それを見た大勢が一体何が起きたんだと未だに呑気な顔で首を傾げ、あのチビ偉そうだなと話も聞かずに殴りに行こうと思う者が複数。

 

 その内の数人はダダダッと駆け上がって、制止しようとするようやく気付いた層が止めるよりも先に跳び蹴りを喰らわせた。

 

「偉そうじゃねかボウズ!!? オレらに喧嘩売ってんのかぁ!!?」

 

 怒声を張り上げる喜々として元気一杯の不良達は9人程であったが、そのやってしまった感が酷い状況に一部の不良は冷や汗を流した。

 

 今、目の前にいるのが誰なのか予測出来ていたからだ。

 

「ちなみに皆さんの旅のしおりです。今日は北米、明日はイギリス、最後に日本まで戻ってくれば終了です」

 

 少年が指を弾いた。

 

 途端、殴ろうとしていた賢いとは言えない層が突如として自身の席に座った状態で出現……精密転移で顕れた。

 

 ついでに彼らの手にはいつの間にか同じようにして旅のしおりが握られている。

 

 そう、彼らが意識してもいないのに()()()()()()で顕れた。

 

 ようやく相手の理不尽さが理解出来た彼らの多くは驚きながらも何とかゴクリと唾を呑み込んで今度は大人しく見やる。

 

「日本人の義務教育中は修学旅行という伝統文化があるそうなのですが、皆さんの多くはそれに行けなかったそうなので僕からのプレゼントだとでも思って下さい。あ、皆さん用の付属品は外に用意してます。今日は北米に行く前に秘密基地見学があるので楽しみにしてて下さい」

 

 少年がまた奥に歩いて行こうとしてその背中に思わず恐怖から声を荒げた悲鳴のような絶叫が掛る。

 

『テ、テメェは誰だぁあ!??』

 

「申し遅れました。僕は善導騎士団兵站部門統括責任者をしているベルディクト・バーンと言います。呼ぶ時はベルディクトさんでも君でも騎士ベルディクトでもどうぞ好きに呼んで下さい。出発は40分後。荷物は全部持って来て下さい。此処はまた()()()()()()()なので」

 

 こうして彼らはようやく何か逃れられない存在から目を付けられてしまった事を知ってしまった。

 

 40分後。

 

 ―――『( ゜д゜)………』×一杯の()()の不良達。

 

 彼らが手荷物を以てバスの群れを駐車場に見ていると。

 背後で彼らの世界が音を立てて崩れていくのを見た。

 音を立ててと言ってもサラサラくらいのものだ。

 静かにホテルが粒子となって消え失せ。

 

 その立ち昇る粒子が収束しながら1人の少年が煙の中から出て来る。

 

 煙はその背後で消え失せ、最初からホテルなんて其処には無かったかのように夕暮れ時には分からなかった周囲の情景が見えた。

 

 其処は資源基地であった。

 倉庫や地下への物資集積所があるだけの場所だ。

 

 少年の横に基地の一般人の管理責任者がやってきて恐縮したようにぺこぺこし、大の大人だというのに握手を求められて感激した様子になるを見て、騎士ベルディクト・バーンの名前を知らない相手も理解する。

 

 相手は少なくとも大人にすらもぺこぺこされる何者かだと。

 

 巨大なホテルを一瞬にして消し去る力を持った何者かだと。

 

「さ、皆さん。東京湾に向かいましょう。秘密基地探検に向かうのに潜水艦を用意しました」

 

 少年はニコリ(・ω・)として圧倒しつつ、ドナドナと仔羊か子牛かも分からぬ者達を率いてバスを先導するよう黒翔に跨って空を抜けて行った。

 

 こうして千葉県にあるネズミの国も程近い港にやってきた数千人の不良達であるが、彼らが()()()()()()()()()()()()()()()()の前に停泊している船を見て言葉を失う。

 

 潜水艦だ。

 本当に潜水艦だ。

 

 だが、大きさだけが豪華客船並みの巨大さであった。

 

 その入り口は何故か船体と繋がっていない大きな円が書かれてある岸壁の一角。

 

 1回で1000人は入れそうな円の上には100万円の札束が大量に置かれてある。

 

「皆さんにお小遣いをお渡ししておきますね。1人百万円どうぞ。ただし、1人でそれ以上持つと持った百万円が消えてしまうかと思いますので気を付けて下さい。それを持ったら周囲のお店でお買い物をどうぞ。日本国内の企業の方々に協賛して頂いて、旅行に必要なグッズは全部揃えておきました。カバンを買うも良し、サバイバルキットを買うも良し。非常食を買うも良し。オヤツは3000円までで」

 

 ダダッと多くの子供達が走った。

 100万円。

 

 彼らが恐らくまともに働いて貯めるには時間が掛かる金額。

 

 いや、そもそも貯められたかどうかも怪しい金額。

 

 それをくれると言われて貰わない理由は無く。

 

 100万円持った少年少女は誰かにカツアゲされる前にと岸壁付近に不自然な程大量に並んでいる旅行用品を置く大型の豆腐型建築な真四角い店舗へと駆け込んでいく。

 

 だが、懐疑的で賢い層の1人が百万円を持つ前に少年の下にやってくる。

 

「アンタだな。善導騎士団影のフィクサー……魔導騎士ってのは……オレ達みたいな半グレ。いや、不良にも成り切れない犯罪者崩れに何の用だ?」

 

 今年で17の彼はそう少年を前に制服を着崩したような姿で目を細める。

 

「皆さんを更生させる事にしました」

 

「……それこそお前らの十八番を使えばいいじゃねぇか。心を読む変異覚醒者で心の底まで圧し折って真人間にするMHペンダントでも下げさせとけよ」

 

「ですよね。他の人にもそう言われました」

「なら、どうしてこんな事をする?」

 

「僕は人類を救うと決めました。皆さんは人類ですよね?」

 

「―――ふざけてんのか?」

「いいえ、至って真面目ですけど」

 

「オレはそれなりに裏で物事を見て来た。だから、分かる。あの料理もあのホテルも本物の人間が本物の仕事をした結果だ。バスのドライバーも丁寧な仕事だった。嫌な顔一つせずにオレ達に話をしていたバスガイドもな」

 

「はい。そうですけど」

 

「こんな人間の屑にしか成れない若いだけが取り柄の連中に何十億下手したら何百億何千億使ってんだ? それにどんな意味がある? 人類を救うからオレ達も救う? んな事の為にアンタは日本中の亡命政権や米国からも不良共を引き受けたのか?」

 

「ええ、何か問題がありますか?」

 

 そこで初めて彼は思う。

 

「……オレ達を救うってんなら、そもそもだ。オレ達は救われようがないだろ?」

 

「でしょうね。皆さんのプロフィールは全て頭に入ってます」

 

「―――ッ、ああそうかよ……」

 

「僕は神様じゃありません。皆さんの家族を蘇らせもしなければ、皆さんが辿って来た悲惨な過去を変えたりも出来ません」

 

「だろうよ……」

「でも、今に限っては違います」

 

「大人が匙を投げるオレ達をどうにか出来ると?」

 

「逆に尋ねますが、どうにもできないのにこんな事します?」

 

「……最もだよ。クソ……屈しないと強がったところで無駄なんだろうな」

 

「分かってるじゃないですか。賢い人は好きですよ。素質があったら、善導騎士団に来ませんか?」

 

「……プロフィールが分かってて本気で言ってんのか?」

 

「前科3()3()()。逃げて来た同じ孤児を食わせる為に窃盗で22回。その後、ヤクザ者に拾われて、孤児を食わせられるように組織化後、カツアゲや恐喝で4回。孤児仲間の罪を被って6回」

 

「一回多いぜ。魔導騎士」

 

「人類に数えていいのは人間の心を持った人だけです。まだ、貴方には心がありますよ。保証します」

 

「………チッ」

 

 こうして彼らは100万で思い思いの旅の買い物をして、逃げられもしないのだからと岸壁で次々に言われるまま、真っすぐ海の上を歩いていく。

 

 見えない通路であった。

 

 空気を固めただけの単純な魔術が巨大な800m近い潜水艦の上まで続いていたのだ。

 しかも、動く道路並みに自動で運んでくれる代物である。

 

 最初は恐る恐るだった不良達であるが、思わず驚きながらも海が見える通路の上を自動で進んでいくという状況に心を躍らせた。

 

 こうして彼らは運ばれた潜水艦に見える何かの入り口から次々に見えざるエレベーター方式でラインに運ばれる食材の如く次々内部へと入って驚く。

 

 潜水艦どころか。

 

 内部は空っぽの巨大な空間に体育館のように広がっており、映画館の如く座席が据え付けられていた。

 

 何処でも早い者勝ち。

 

 というアナウンスから彼らが我先にと場所を取っていく。

 

 壁際から上空にも半透明の通路や座席が見えており、選ぶだけで不良達の大半は大はしゃぎであった。

 

 こうして搭乗を終えたのが1時間後。

 数千人がスムーズに運ばれた結果。

 座席は半数程が埋まっていた。

 

「では、秘密基地に出発しましょう。全艦ドラグーンシフト」

 

 少年の言葉と共にフワリと彼らは浮遊感を味わう。

 

『こ、ここ、これって!?』

『空飛ぶ船ってやつか!?』

『マジかよぉ!? 空飛んでんのか!?』

 

 同時に今まで照明で照らし出されていた空間の壁が上から下まで全て透明になってリアルタイムで外の映像を映し出す。

 

『スゲぇ……空飛んでる。本当に空を……』

『浮いてるよぉ!? ホントにホント!?』

『あの空飛ぶ潜水艦!!? あの空飛ぶ鯨と同じなのか!?』

『あはは、街が小っちゃくなって!? すごーい!?』

 

 愉し気にしていられた層は正しく燥ぐ子供であった。

 

 残りの層はその空飛ぶ船に乗せられて何処に連れていかれるのかという不安と緊張感にゴクリした。

 

 こうして空を飛び始めて加速した船。

 

 遊覧飛行潜水艦デミ・シエラは武装など一つもないままに上空50m程を飛行しながら絶海の孤島と化した嘗て少年達が通って来た道の一つへと向かって進む。

 

 あの巨大な主神級の蛸の眷属らしきものがいた場所。

 

 自衛隊の潜水艦地下ドックが置かれた島に到着したのだ。

 

 此処でいきなり彼らは自分の目の前に映画が映し出された事に戸惑っただろう。

 

 それはまだ公開されていない善導騎士団ザ・フィルムの第5幕冒頭だ。

 

 ヒューリに扮した金髪の少女が米軍と自衛隊の隊員を伴って死の島へと入り込み……脚色されながらも概ね事実を元にして制作された戦闘シーンを行っていく。

 

 日本に辿り着く為に向かった基地で出会う化け物達は悍ましく。

 

 帰ろうと足掻く隊員達と騎士団の友情物語が展開される。

 

 それに見入った層の半分程は今自分達がいる場所にそっくりなロケーションである事に気付いて、冷や汗を流し始め、ある者は何をさせられるんだろうとプルプルし始めたし、ある者は此処に置き去りにされるのではという恐怖感からカチンコチンに身体を強張らせた。

 

 こうして2時間程の映画はヒューリ役の少女が東京の観艦式を救って仲間達と共に日本の国土を踏むところで終わった。

 

「此処はフィルムの舞台となった基地があります。その時、僕もいましたが、意識を失ってたので又聞きになります。敵は透明になって人間の頭部に寄生し、針を突き刺してゾンビ化させる殺人蛸。それに基地内が占拠されてたそうです」

 

『え? 事実なの?』

 

 思わずそう声を上げた者がいた。

 それに少年は頷く。

 

「ええ、此処で自衛隊員数十名が死亡しました。全員が命を懸けて殺人蛸を基地に封じ込めましたが、僕らが来た事でその蛸は解き放たれ、その蛸に乗っ取られた潜水艦を止める為に奔走する事になりました」

 

 その言葉に殆どの不良達が固まる。

 

 映画が善導騎士団をモチーフにしている事は途中から分かっていたが、それが本当に事実だとは思っても居なかったのだ。

 

「今現在、この基地は放棄されています。此処を探検してみようかと思って皆さんを連れて来ました。行きたい人だけで構いませんよ。ちなみに殺人蛸は冷凍庫に入れたままらしいので実物も見られますよ。殆ど焼き蛸になっちゃってるそうですけど。行きたい人は挙手して下さい」

 

 これにはさすがに閉口した様子で誰もが1人とて手を挙げなかった。

 

「そうですか。では、不人気だったので此処は飛ばしましょう。では、北米に向けて出発です。ハワイ・ルートを通りますね」

 

『ハワイって……ッ』

 

『黙示録の四騎士だっけ? ゾンビの親玉が出たってところ』

 

『あそこも……まさか』

 

「ハワイは騎士の高熱攻撃で溶鉱炉のように焼けてしまったので今は殆ど硝子化した廃墟になってます。全ての動植物が死に絶えたので上陸しても面白そうなところは何も……遠巻きにドローンでも飛ばしますから、景色をどうぞ」

 

 少年が高速で太平洋を横断し始める。

 その様子は至って普通。

 

 だが、その飛行する潜水艦の速さも何も彼らにとっては今や気が重くなるばかりの話であった。

 

『あ、あいつ、オレ達をビビらせようとしてるんだ。きっと……』

 

『へ、へん!! 怖かねぇ!! あの看守やクズ野郎共に比べりゃな!!』

 

『そうよそうよ!!』

『驚かそうったってそうはいかないぜ!!』

 

『これでビビると思ったら大間違いだって教えてやろうぜ!! なぁ!!』

 

 一部はこういった声に賛同し、震え声の事はあまりツッコミを入れる者もなく。

 

 だが、一部の層は自分達が何を見せられているのかを何となく察する事が出来るようになっていた。

 

 ハワイ沖。

 

 ここで少年が飛ばしたドローンが上空からハワイの全景を映し出す。

 

 全てが高熱で燃えて歪んで硝子化した世界は黒く輝いていた。

 

 その想像を絶する威力が生々しく伝わったのは間違いない。

 

『な、何だよ。コレ……全部歪んで、全部消し炭になって……』

 

『キラキラしてるのはガラス?』

『全部、高温で焼結したのか……』

『ハワイの中央の島が一番……』

 

『あれがハワイ、なのか……教科書で見たのと違う……』

 

 息を呑む彼らに少年は続ける。

 

「当時、僕は潜水艦を造って此処から多数の自衛隊員と米兵を連れて退避しなければなりませんでした。ですが、ゾンビや海獣に襲われた彼らの生き残りの数は多くて。此処に存在した潜水艦の残骸を組み上げて逃げる事になりました。もし、後1分海へ出るのが遅れていたら、僕らは死んでたと思います」

 

 シレッと言いながら、少年は遠ざかっていくハワイの映像を切った。

 

 そうしてまた二時間程で高速航行するデミ・シエラが北米大陸を最大望遠で捉え、目指した都市が見えて来た。

 

 彼らは思う。

 

 これから自分達がこのチビっちゃいのに見せられるのはどんな現実なのだろうかと……彼らは知らなかった。

 

 世界は滅び掛けている。

 

 彼らが不良である事すら社会というシステムが存在していてこそ成り立つものであるという事を。

 

 少年が組んだ日程はその日も恙なく終わる。

 彼らは見た。

 ロス、シスコ。

 二つの都市であった出来事を。

 

 彼らの前で少年は話をしながら、当時の自身やヒューリやフィクシーやクローディオの記憶から再構成した映像を垂れ流したからだ。

 

 世界は残酷だった。

 

 彼らが目を背けていた事よりも余程に残酷だった。

 

 けれども、それでも生きている人々がいる。

 

 ゾンビに追い詰められながらも戦い続けた者達の果て。

 

 それが自分達なのだと彼らは知る。

 

 無限にも思えるゾンビを前に懸命に要塞を作った人々。

 

 巨大な滅びという運命を前に市民から恨まれても生き残ろうと悪魔になった英雄。

 騎士団が直面した最初の全滅の危機。

 

 食料も無く。

 当ても無く。

 

 死にゆくのを飢餓と共に耐える自分と同年代の少年少女。

 

 その現物が本部で笑顔のままにお出迎えしてフルーツを振舞ってくれて、市長に改造された子供達は瞳を今もそのままにしている者が応対して彼らに当時の事を思い出すように語った。

 

『恨んでませんよ。別に洗脳されたからじゃない。ただ、先生は僕らを生き残らせようとした。それだけは真実だった……この瞳はその証……生憎ともう親は死んでるので……あの人だけが僕の親だった。まぁ、瞳は一度そこの方を殺そうとして壊されましたが……』

 

 砕け、滅びる世界。

 

 その最中に自分達がいるのだという事を彼らは実感としてようやく思い出したのである。

 

 こうして、その日彼らはシスコの善導騎士団本部で一泊。

 

 騎士見習いと友好を深めるという体で雑魚寝したりする者もあった。

 

『騎士見習い様と親睦を深めるねぇ……アンタらみたいなエリートにとっちゃ、オレ達なんぞ摘発対象以上じゃねぇんだろうな』

 

『ブホッ?! ゲホゲホゲホ』

 

『な、何、咽てやがるんだ? そんなにオカシイか? オレの言う事がアアン?』

 

『エリートだなんてトンデモナイ。オレらはここらの孤児院出だ。そもそも騎士見習いから上になりたけりゃ、ゾンビ10万体標準装備で倒して来いって言われるっすよ? いや、本当に……』

 

『十万体? 何かの冗談じゃねぇのか?』

 

『見習い止めても一般隷下部隊の班長止まり。本当のエリートってのは此処じゃ本当に勉強が出来る秀才か。本当に戦闘センスがあって、努力家なタイプ……不良やハンター紛いの仕事してただけの小僧じゃ下っ端以上には成れないんですよ』

 

『……案外、苦労多そうなんだな』

 

『ウチのボスは人間止めずに能力でだけ人間止めて欲しいって人なんで。筋肉の質上げるのに地獄の基礎訓練と投薬で常人以上の硬度の骨と柔軟で耐久力のある筋肉が付いて未熟者扱い。夢と実戦で戦闘の習熟と対応力の高いヤツがそれから上で普通扱い。その状態で努力家で才能のあるヤツがエリート扱い。そんな感じっすよ?』

 

『……エリートは化けもんなのか?』

 

『バケモンというか。何で銃弾一発で通常ゾンビ100体狩れたり、ナイフ一本で同型ゾンビ10体狩ったり、1人で大型のフロッカーやコアライトタイプ狩ったり、一か月前よりも確実に限界スコアが1000単位で伸びてたり……ゲームの主人公系ハンターかっての!!』

 

『―――お前には出来ねぇのか?』

 

『まぁ、素手なら普通の軍人20人が限界かなぁ。普通過ぎて涙出て来た(´Д⊂ヽ』

 

『(´Д`)(戦争映画の主人公カナ?)』

 

 こうして彼らは翌日の朝にはベルズ・スターへと向かった。

 

 すぐ傍に駐機され、半ばまで基地に埋まる形で置かれたハルティーナ専用機が塔のように立っている。

 

 彼らを出迎えたのはベルきゅん応援団である。

 

 え?という顔をしたベルディクト・バーンは逃げるよりも先に久しぶりに出会う三人のベルズ・スター制作時お世話になった女性達にヒューリ並みの()()()()を受けて、気を遠くしながら現地で南部防衛に当たるバウンティーハンター達からのありがたいお話を聞かせておく事にする。

 

『ああん? はは、オレらが言う事なんざ無ぇよ。それにしてもあの時の子供が不良ねぇ……ま、オレらみたいな社会のクズが偉そうに蘊蓄垂れてもアレだろ。教えられるのは黴た戦争の話だけだぜ?』

 

『基本遅滞戦闘だよそりゃ。ゾンビ相手に銃弾が無くなったら死んだのと同じ。でも、生き残った理由……大勢の大隊の仲間を見捨てた。連中が必死に戦ってる間に逃げた。涙零して小便漏らしながら……悪い悪いって言いながらよぉ……此処にいる連中の大半はあの時、仲間を見捨てて逃げて生き残ったクズばかりだぜ?』

 

『そりゃ酷ぇや♪ クズはクズでも使えるクズですぜ。がははは』

 

『オレが一番クズだから問題無い。オレは嫁と娘を置いて逃げた。ゾンビに食われる寸前にな。怖くなって逃げ出しちまった。結果として今も悲鳴が聞こえる。ずっとずっと背後から悲鳴が夕暮れ時になると聞こえるんだ。パパァ、パパァ、あなた、あなたってさ……酒でも飲まなきゃ死んでたが、飲んだくれて死んでも悔いは……いや、悔いばっかだったなぁ。あの戦争……』

 

『いいか? 嬢ちゃん坊ちゃん。オレらは人間の屑だが、こうしてまだハンターをしてる。狩るのはゾンビだ。オレは今更お前らみたいな普通の国で不良をやってる身の上が羨ましいと思える程、人の心も残っちゃいない。だが、な?』

 

 演台の上で酒盛りを始める男達の1人がマイクを取った。

 

『人間はまだ見捨てたもんじゃねぇとも思うんだ。オレらはいつ死んでも覚悟だけは出来てる。死にたくねぇとは思っても戦場の匂いが沁み付いた此処が逃げ続けたオレ達の墓場だ。でも、まだそこのお人はオレらに死なれちゃ困るんだと。そうオレらに銃と銃弾と酒とツマミと快適な狙撃場所を用意してくれた』

 

 男が肌身離さず持っているライフルを掴んで握り締める。

 

『覚えておけ。お前らが大人の穢ねぇケツの裏を舐めるような人生を送って来たとしても、それすらお前らをそこまで届けようとした連中の命の上にあるって事を……誰も感謝してくれなんて言わねぇ。だが、確かにお前らは望まれた結果だ。あの戦場で子供の為に何千万、何億の人間がゾンビに泣きながら食われても……自分や知人の子の心配をしてたって事だけは確かだろう……』

 

『オレの同僚もそうだったっけかな。ゾンビになる前に頭に銃弾を撃ち込んでやるんだが、その時にオレへ言ったんだ。娘と息子をどうか逃がしてくれって……母親と一緒に船に乗ったってところまでは聞いたが、その後どうしてるやら……ジェームズとメアリー。今も写真だけはあるんだ。奥さんが元弁護士でなぁ』

 

 男の1人が写真を一枚胸元から出して眺めた後、彼らを見やる。

 

『さ、話はお終いだ。こっからはウチの酒盛りなんでな。身内だけだ。帰った帰った』

 

 会場となった野外のベルズ・スター外周部の特設ステージには何処から出してきたものか。

 

 年代物のカセットテープを流す巨大な筐体が置かれて、次々に歳若い少年少女達は知らないバックナンバーが掛けられていく。

 

 それは硝煙と血風と鉄片に咽た男達が聞くには丁度良いのだろうバラードやララバイやジャズのスタンダードな曲ばかり。

 

 もう自分達を見ていない悪い大人を前に少年がキスマークを頬に付けて、ヘロヘロになりながら、次の場所に行こうと彼らと共にロスへと舞い戻ったのは昼過ぎであった。

 

 分厚い合成蛋白質製のステーキやビーフシチューを口にしながら、その旨さは確かに彼らの胃袋を掴んでいたが、彼らの心の何処かにはハンター達の生き様が確かに焼き付いている様子で普段よりも控えめに大人しかったかもしれない。

 

『けっ、何が覚えておけ、だよ……』

『あ~せっかくの肉が不味くなるぜ……』

『要は何も護れなかった大人の言い訳だぜ……』

 

『だよなぁ。もっとマシな世界くれって話だっての』

 

『あ~~やだやだ。大人ってのはどうしてああ身勝手なもんかね』

 

 だが、帰りたいという言葉を誰も呟かなかったのは不良の面目躍如か。

 

 いや、そもそも彼らに帰りたい場所など無かった。

 

 彼らはお荷物や亡命政権の面汚しと呼ばれ、大人達のツケを自分の人生で払って来た者達だ。

 

 彼らは真面目に生活を見てくれる大人が多ければ、彼らに真面目に教育を施そうとする大人が多ければ、そもそも不良になどなっていなかった。

 

 山奥の亡命政権下の地域にも日本の目は届くには届いているが、最低限度以上をやらせようとしても人手が無いやら、日本語教育はごねるやらと日本まで駆け込んで来た大人達には子供よりも大切な事が多過ぎた。

 

 世界政府構想でようやくこういった過去の柵から少しずつ前に目が向いているのは本当であるが、だからって急激に彼らのような子供の生活環境や教育環境が改善されるという事も無い、無かった……善導騎士団が現れなければ。

 

 事実、この数か月で亡命政権下で生活環境が向上してまともな生活が出来るようになった事は明らかであった。

 

 慢性的な物不足が解消され、孤児にだって普通の勉強用具一式の他に学習環境を考えての1人部屋が宛がわれるようになったし、食事の質も随分と改善した。

 

 それは矯正施設でも同様であり、近頃やけに食事がまともだなぁという感想を抱いた不良達は多い。

 

『ねぇねぇ、あのチビッ子ってさ。ウチの国に食料支援してる騎士団のお偉いさんなんだって。さっき、食堂の人が言ってた』

 

『そーなのか?』

 

『騎士団てフクダンチョーとフクダンチョーダイコーってのが一番偉いんだって!! それの次に偉いって言ってたよ!!』

 

『何だ。NO.2以下かよ……』

 

『あ、でも、近頃始まったアニメや漫画やドラマや映画を作らせてるのってあの子らしいよ。ポケットマネーなんだって!!?』

 

『どんだけ金持ってるんだよ……』

 

『そーだよねー。何か日本の1000年間の国家予算をポンと出してくれる人らしいよ』

 

『百万兆円くらい出してくれそうだな……』

 

 不良に学が無いというのはこのご時世日本でも珍しい話だ。

 

 少なくとも中学校までの義務教育くらいは終わるのが普通だ。

 

 亡命政権下でもそれは順守されているが、それと内実の学力が乖離しているのもままある事であった。

 

 日本語教育を嫌がった大人達は大抵日本からの教育支援の人員を微妙に脇に寄せて排斥している。

 

 そういった弊害は最終的に一番教育から遠い層が受ける事になっていた。

 

 ステーキにかぶり付く不良達と言っても年代は様々だ。

 

 下は7歳から上は18歳まで多種多様である。

 

 通常の学校教育から弾かれた彼らの内、日本国内の米国から来た層の殆どは矯正施設に入れられた筋金入り。

 

 麻薬に恐喝、虐めに暴行。

 

 生憎と殺しだけは少年法に相当する部分の低年齢化が実現しており、未成年でも刑務所行きなのだが、それにしたって犯罪のデパートからやってきたのが彼らである。

 

 圧倒されっ放しで忘れていた狂暴性や露悪的な部分も一端ダメな大人達の本音を聞いて落ち着いてみれば、また首を擡げたらしく。

 

『ぁあ~~~!? アタシのステーキ!?』

『今、ぶつかっただろ!? ああん!?』

『クソが、今水が掛ったぞゴラァ!?』

 

 食事を横取りするやら、些細な事で喧嘩をするグループなども出て来た。

 

 まぁ、それを止めるどころか。

 

 面白がって賭けにし始める辺り、場慣れしている感が凄いわけであるが、そんな不良達の社会にも色々とルールはある。

 

 人の目があるところでは半殺し以上にはしないとか。

 

 人の目があるところでは薬を堂々と吸わないとか。

 

 殺し合いになりそうな場合は目上の者が止めるとか。

 

 まぁ、その程度だ。

 遣り過ぎると最終的に自分達が損をする。

 だからこそ、暴力もスマートに。

 

 というのが大きなグループを束ねる者の心得であった。

 

「食事終わりましたか~~これからイギリスに移動するので後3分で切り上げて下さ~い」

 

 少年の声が食堂に響き始めた事で彼らの多くは諍いを不満そうにしながらも収めて、言い渡されている集合場所へと向かう事とした。

 

 無論、食事は意地でも平らげてだ。

 

 こんな上等なメシを何度も食えるか分からない。

 

 という状況ならば、彼らは相手を罵倒するよりも食料を口に入れるのを優先するくらいにはサバイバル能力というか生存の為の心得が分かっていた。

 

 急いで口に料理を詰めてモグモグしながら旅行鞄を持ってやってきた彼らが案内されたのは巨大な施設の最終層地下通路。

 

 転移方陣の置かれた儀式場前であった。

 

 パタパタとはためく旗を持ったドローンが彼らを先導し、イギリスに出発する彼らは今度は転移というものを味わってアイルランド南部のベルズ・タウンの地下儀式場へと直接転移で移動した。

 

 外まで誘導された彼らが見たのは黒武、黒翔と整列する機甲中隊による歓迎だ。

 

『え?! オーケストラ!?』

『楽器が一杯!!?』

『隊員が楽器鳴らしてる?』

『軍楽隊ってやつか?』

 

 陰陽自衛隊には音楽を専門にする部隊も存在している。

 

 魔術及び儀式術は戦場では遠方まで響く音楽に乗せて行う事が大陸の前時代的な戦闘では当たり前であった。

 

 軍楽隊が厳然とした力を持つ魔術有の戦争では特に広範囲をカバー出来る支援は重宝されたのである。

 

 現在のゾンビ相手にも魔術化された楽曲による兵員の能力のブーストは有効であるとされており、最優先で賄われた機甲戦力に続いて新鋭の兵科の一つとして広報を行うアイドル・グループの幾つかにその話が来ていた。

 

 彼らの背後で演奏する役として幾つかの部隊では既に楽曲の演奏訓練が行われており、今日楽器で迎えたのはイギリスに駐屯する陰陽自衛隊側の部隊だった。

 

『あ、知ってるよ。コレ、今やってるアニメのOPじゃん!!』

 

『ホントだ……こういうのってクラシックやるんじゃないのか?』

 

 彼らがざわつく中。

 案内されたのは観覧席。

 どうやらまた話があるらしい。

 

 と、彼らは不良らしく悪態を付きながらその数千人分のパイプ椅子が置かれた場所に集まってダラダラと座った。

 

 そして、彼らが座り切って後。

 少年が登壇し、ようやく最後尾の列が気付く。

 

『え? テレビカメラ?』

『は? 撮影入ってるの?』

『オレらをどうするつもりなんだか……』

 

 物怖じしない太々しさを発揮した彼らはテレビのカメラが入ったのも何のその。

 好きなだけオレらを映せばいいじゃねぇか。

 

 亡命政権の祖国もさぞや困る事だろうとゲラゲラ笑い始めた。

 

 しかし、少年が静かになったのを見て、多くが声を潜める。

 

 何を第一声にするのか。

 

 本能的に彼らは少年の声を聞こうとしたのだ。

 

「世界中の皆さん。初めまして……僕は善導騎士団兵站部門統括者ベルディクト・バーン。善導チャンネルでよくメイン・パーソナリティーのお二人が話しているお馴染みの騎士ベルディクトです」

 

 その言葉に彼らの一部が真っ青になるやら脂汗を浮かべ始めた。

 

『こいついきなり世界放送を始めやがった?!』と。

 

 今まで少年の突拍子も無いやり方を見て来た彼らにはそれがハッタリではない事が分かってしまったのだ。

 

「顔を知っている方もいると思われますが、殆どの方に素顔を晒すのは初めてかと思いますので、まずこの場を借りて自己紹介となりました」

 

 少年の言葉に思わず渡された善導騎士団製のスマホを見た彼らは本当に全世界同時配信されている映像に自分達が移っているのを見て、顔を引き攣らせる。

 

「さて、本日世界に残存する全人類生存圏の皆さんにこうしてお話の場を設けて語り掛けているには理由があります」

 

 少年の横顔がズームで映し出される。

 その顔(・ω・)はいつものものだ。

 

「善導騎士団はお気付きになられている方も知っての通り、異世界からの来訪者ですが、その世界……欺かれたと修飾される大陸からやってきた単なる小さな集団に過ぎません」

 

 少年を二カメ、三カメが更に映し出す。

 世界は今騎士ベルディクト一色に染まっていた。

 

「ですが、この世界とあちらを繋ぐ方法は今のところ発見されておらず。我々は帰る事も出来ません。そして、この世界は滅びに瀕しています」

 

 今更な話だ。

 誰もがゾンビが悪いものだと知っている。

 

「しかし、僕はこの世界に仲間を得て、大きな成果を得る事が出来ました。人々を護る盾も剣も全てこの世界の人々がいなければ、生まれなかったでしょう。戦い続けて尚、僕ら善導騎士団が生き残っている事は奇跡的とも言えますが、その内実はこの世界の人々の善意の上にあります」

 

 チラリと少年の視線が不良達に向く。

 そして、カメラもそれを映し出す。

 鼻白む者多数。

 

「その技術や叡智によって皆さんの日常がこれから劇的に変わっていくと思います。生き残る為に多くの人々が得た成果はこの世界に還元されます。そして、だからこそ、僕はこの世界の人々に言わねばなりません」

 

 少年はケロリとした様子でこういった。

 

「これから皆さんが使う事になるのは地獄の蓋を開けて出て来るものと大差がありません。有用で極めて使い易く容易に量産出来て尚且つ世界を広げてくれる道具や成果ばかりでしょう」

 

 言葉を待つ人々は最初その前後で異なる言葉に理解が追い付かなかった。

 

「これから解放される幾多の知識と技術は人類の最もスタンダードな神話に準えれば、知恵の実であり……それは貴方達を今までの世界から先に導く鍵になるでしょう。ですが、進む未来がもしもゾンビではなく技術や知識故に滅びるとすれば、それは間違いなく僕達がこの世界を救う為に齎したモノによってであると断言しましょう」

 

 何故、こんな場所に柄の悪い青少年がいるのか分からない人々も困惑した。

 

 これは何の話なのか。

 

「この事実によって善導騎士団は此処で一つの選択をします。これは総員の総意です。僕らはこの世界を滅びから救って故郷に帰る者と帰らぬ者に別れる時、この世界を見守る為に騎士団を二つに分ける事としました」

 

 そんな未来の事、誰も彼も想像出来なかった。

 

 そもそも救われた後の話が今されてもピンと来ないというのが多くにとっての本音であろう。

 

「この区分は各国に内示されません。ですが、その時が来たら、残る騎士団は名前を変えて、世界政府公認の下、もう一つの世界の代表として国家の樹立と共に世界政府への加盟と全人類を滅びから遠ざける為、監視者として技術の進歩と魔術の発展を見守る者となる事が決定されました」

 

 そこでようやく見ている多くの者は理解する。

 

「この時、我々は領土を持たず、自らの国家を持たねばなりません。それは言うまでも無く。人が歩んできた血塗られた歴史において領土の制約が多くの戦争や戦乱を引き起こす鍵に成って来たからです。巨大な領土も小さな領土も問題です。全ての領土が一つになっても、人類が宇宙に出れば、再び資源を争っての戦争が始まるでしょう。ですから、僕らは領土を持たず暮らす為に最初にこの選択をします」

 

 世界が陰った。

 始めて不良達の声が押し黙る。

 世界が陰った理由は単純だ。

 何かが太陽を覆い尽していた。

 

 キロ単位の何かがベルズ・タウンの上に浮遊していた。

 

「今後、あらゆる資源の分配が全人類間において行われる際、僕らはその範疇に無くても良い存在として在り続けます。人類の資源配分に直接的な利害を有しません。つまり、人類の生存が担保された後も僕らはこの世界において資源を望まない存在として全ての人々の調停者として振舞いましょう」

 

『なんだぁああああああああ!!?』

 

 巨大な只管に巨大な黒い玉であった。

 そう、まるであの白い世界の果て。

 ホワイト・アイランド。

 イギリスの神を推し留めている封印球のように。

 

「僕らは熱量によって無限に物質を生成し、無限の魔力と動力によってソレを原子変換する方法を確立しました。要はこの地球から人類が離れて暮らす事が可能な無限の物資とエネルギーを生成する基礎技術が確立されました」

 

『は?』×人類数十%の人々。

 

「今後、騎士団は全人類間における全ての社会福祉、公共財に関して物資とエネルギ-部分においては全て代替する事を先程の言葉と合わせて宣言します」

 

 その言葉にようやく多くの政治家達や役人、一部の者達が理解する。

 

 今、行われているのは彼らが今まで善導騎士団に噂していた事への回答だ。

 

 全人類を養ってやると公式に騎士団は宣言したのだ。

 

「まず、その第一歩として人類が生存し続ける為に必要な全てを載せた施設を公開運用するに辺り、クルーを選出しました」

 

 ババババッとサーチライト並みの灯りが不良達を照らした。

 

「此処にいるのは僕らが集めた若年層の犯罪者及び反倫理的な18歳未満の子供達です。各地域においては成人年齢が違うようですが、概ね18歳で規定しました。彼らを一部の人々は亡命政権の面汚し、社会の屑、石潰し、犯罪者とも言うでしょう。無論、全て事実です。僕ら善導騎士団が裏を取りましたので」

 

 その言葉に噴き出す者は無くとも目を剥く者は多数であった。

 

「ですが、彼らは僕らから見て、まだ更生の余地有りと思える人々でもあります。子供でも犯罪を犯せば、犯罪者です。倫理的に悪い事をすれば叱るのは当然。信賞必罰は今や余裕の無い人類には当然と言える合理性でしょう」

 

 不良達がさすがに人類全域で顔バレした事に冷や汗を流した。

 

「ですので、此処に来た全員に僕は人類の未来を賭けてみる事にしました」

 

『はぁあ?!』×人類の数%の人々。

 

 言っている意味が分からないよという顔になる者多数。

 

「これは危険な事ではありますが、同時に僕ら善導騎士団が命掛けで行う事になる任務となるでしょう。今、この都市の上空300mにあるのは僕らが造った人造浮遊都市になります。彼らには更生プログラムとして、この都市で彼らだけで日本に帰って貰う事にします。僕ら騎士団が行うのは護衛と防衛のみ」

 

 もはや度肝を抜かれてポカーン( ゜д゜)としている人々は置いてけぼりであったが、

 少年は止まらない。

 

「これに何故、不良と呼ばれる彼らを載せるかと言えば、単純な合理性です。彼らは若く可能性に溢れている。人類が滅びる際、幾らかのこの星からの脱出計画が練られていますが、人類規模で言えば、大人が足りません」

 

 その言葉にハッとした少年少女達がいた。

 そして、大人達がいた。

 

「多くの人々が子供を優先した結果です。それでも15年で若年層とはなりましたが、それでもやはり子供が多過ぎる事は間違いない事でしょう。当時、最優先にされたのは若い層で0歳児が最も多かったんですから。生活環境の悪化で基本的な平均寿命が下がり、老人層が大量に死んでいるのがこの世界の現実でもありました。僕らが幾らMHペンダントを渡しても死んだ人間が生き返らない以上は大量に難民を受け入れている国家では若者が若者の力で生き残る事を指向しなければなりません」

 

 それは人類が少しでも未来を若者に託そうとした故の話だった。

 

 そして、その言葉に不良達も北米のハンターの言葉を思い出していた。

 

「これは人類がもしも再び滅びへと向かう事になった場合、大人が付けない子供達がいる事を覚悟して送り出す事がある、という事実を前提にした公開訓練、更生プログラムです。彼らが乗る都市には管理用のシステムもありますが、全てオートで組まれていません。誰かがやらなければ、都市は進まず。危険性は増大し、最終的には死ぬ可能性も高まるでしょう」

 

 もはや全人類が少年の言葉に釘付けだった。

 

「彼らにも貴方達にも人権はあります。ですが、猶予はありません。僕らにも生き残る為の覚悟が必要です。彼らはモデルケース。此処で彼らが死ねば、僕らは浮遊都市一つ護れぬ間抜けとしてゾンビの親玉に嘲笑されながら死ぬでしょう」

 少年の周囲で隊員達が次々に展開し、並んで精悍な顔立ちのままに集合した。

 

「ですが、彼らを無事に護り切れて僕らが死なず、彼らが死なず、己の力で生き残り続けたならば、可能性はあります。それこそが人に絶望を与えるゾンビの親玉には一番堪える事でしょう。なので、僕らはこの航海を全力で護ります。ただ、現実的にこの都市に張り付けられる戦力のみでの防衛訓練でもあります」

 

 少年の言う事は一々理由がある。

 

 そして、その理由に反対したくても、反対する理由とやらは少年の合理性と現実の権力を前にして圧し潰された。

 

「しかし、彼らにだって、この航海に乗るか反るかかを決める権利はあります。なので、彼らには取引をこの場で持ち掛けてみましょう」

 

 一部の大人達は正しく善導騎士団に子供を虐待する人類の敵というような顔になる者もあったが、そんな彼らの表情とは裏腹に現実で不良や行き場の無い少年少女達を見守って来た現場の大人達は神妙な顔つきとなる者が多数であった。

 

「貴方達は大人が見捨て、大人が教育せず、自分で生き残り、自分で判断して迷いながらも進んで来た。だから、これは大人達の言う人権や権利なんていう建前ではなく。貴方達と僕という個人での取引として訊ねます。誰もこの取引を止められないし、止める権利はあっても現実的に止める事は出来ない。それが日本国総理だろうとアメリカ合衆国大統領だろうと司法機関だろうと裁判所だろうと」

 

 その言葉に彼らは何処か痛快なものを感じていた。

 

 少年少女達にとって親代わりの多くは先生というよりは指示して抑圧してくる他人以上の誰かではない。

 

 そして、それはシステムであり、多くの場合は国家の手先。

 

 その国家の代表者すら目の前のチビっ子には敵わない。

 

 自分との取引を止められないとは何という胸の空くような事か。

 

「犯罪と言われようと僕らはどこ吹く顔で『それが何か? 結果も出せなかったお前ら無能の言葉に価値は無い』と返せるんですよ」

 

 彼らを正しく国家の恥じと感じて思って接して来た層は正しく顔が引き攣る。

 

 その無能は自分だという事実を彼らは騎士団に知られているような気がした。

 

 指を弾いた少年の前に全員分の顔を映した映像が映り、少年少女達の前には少年を映した画面が出る。

 

 ゴクリとその場の少年少女達の誰もが息を呑むか冷や汗を流した。

 

 彼らはその少年の瞳が本気だと、本当に真剣である事を理解した。

 

 遊び半分で誰かを脅すようなへらへらした様子は微塵もない。

 

 だが、威圧するような気配はなく。

 

 ただ、真っすぐに自分を見ているのだと彼らには分かった。

 

 大人達が自分達に事務的にあるいは単なる仕事以上には接せず。

 

 憐に思っても自分の人生には関係無いという風に装う事は誰よりも彼らが一番知っていた事であった。

 

 真剣と誠実さは必ずしも彼らの生活まで届かない。

 

 難民への支援や教育に付きまとう世間の柵。

 

 それは子供達に()()を諦めさせる最大の宿痾でもあった。

 

「この航海を終えたならば、僕らの権限で貴方達にこの()()を譲りましょう」

 

 思わず目を剥いた彼らが『国家?』と頭に疑問符を浮かべる。

 

「僕ら善導騎士団と同じです。同時にこれは世界基準で正式に違法ではない国家樹立でもあります。理由はコレが米国本土で僕らが奪還した()()()()()()で製造されたものだからです。ロス、シスコのお墨付きですよ?」

 

 それを見ていた米国務省や内務省、政治家の多く、米軍の各将官級がお茶を噴出しそうになった。

 

 そして、過去に米国を率いていた大統領を恨んだ。

 

 あの法案のせいでまたややこしい事になった、と。

 

「検証しましたが、僕らの一部が分割された際に国家になる事は承認されます。そして、国家の要件を全て揃えた住むべき場所さえあれば、それが貴方達の国家です。米国は生憎とこの案件を承認せざるを得ません。理由は米国の象徴の方なら聞かなくても分かりますよね?」

 

 少年はニッコリ(・ω・)だ。

 

「これに際して皆さんは国民として何をしてもいいですよ。犯罪者をやるも良し、警察をやるも良し、大工だろうがエンジニアだろうが医者だろうが公務員だろうが政治家だろうが芸術家だろうが作家だろうが、全てこの浮遊都市の内部に訓練場所や知識の保管所。同時にソレを自分のものに出来る薬まで用意しました。無論、暴力で解決すれば、人は付いてきません。脅したら心証が悪くなって投票制度のある政治設計なら、すぐに落選です。自分で自分を養う事が出来るようになる。1人1人分の食糧も気にせずにいい。奪い合う必要は無い。そんな場所で貴方達は何を望みますか?」

 

 もはや子供達は唖然を通り越して、少年をただ純粋に見上げていた。

 

 その言葉を遮る者は誰も無かった。

 

「国家として本格的にやるならば、移民さえ出来ますよ? 無論、入って来る方の……呼びたい人はいますか? 優しくしてくれた大人を助けたくはありませんか? 貴方達が自分の手で良い暮らしを作り出し、自分達を自分達で養い、今生きる多くの人々に物申し、対等に意見を言う事、多くの人達と仲良くして貿易や観光を行う事、全ては可能です。貴方達が努力して己で結果を掴み取った場合のみ、という但し書き付きですけどね」

 

 それは悪魔の所業だった。

 少年少女に否なんてあるはずなかった。

 彼らは誰からも認められず。

 認められる方法を知らず。

 

 いや、知っていてすら、そう出来る環境も無ければ、己でも無く。

 

 生きて行く事に必死だった。

 

 犯罪を犯したのは寄る辺が其処しか無かったから。

 

 自分達が生きる時、薄暗い場所しか用意されていなかったから。

 

「今更、犯罪で楽して暮らせる世の中じゃありませんよ? 適度に苦労して適度に愉しい人生を過ごしたい人にもお勧めします。人を搾取し、虐げる事は楽でしょう。ですが、それは貴方達をそうしてきた大人達と何も変わらないクズ野郎に成り下がるという宣言でもあります。僕が与えるのは可能性……皆さんが少なくとも真っ新になって始める為の力でしかありません」

 

 どんな要望にも応える。

 ただし、お前も苦労しろ。

 だが、言われている事は魔法だった。

 

『魔法使い……アンタが御伽噺の魔法使いか……』

 

 思わず泣き出す少年少女多数。

 

 今目の前の相手が自分達を認めてくれている。

 

 いや、認めてくれるからこそ、此処で聞いているのだと多くが理解したからだ。

 

 子供達の涙が哀しみからのものではない事は見ていた人類のほぼ100%がちゃんと理解しただろう。

 

「では、聞きましょう。一番大事な事です。貴方達の夢は、貴方という人が人生を掛けて見たい夢は―――」

 

 その日、バチカン以来、再び世界最小に近い国家が1つ生まれた。

 

 こうして、彼ら不良……否、新しい国家の国民は日本までのルートを善導騎士団に護衛されながら進む事になる。

 

 たった数千人のちっぽけな浮遊都市。

 否、浮遊国家には問題が山積み。

 

 レベル創薬があってすら、大人代わりの青年淑女達が奔走する事になるが、その顔には晴れ上がったモノがあった。

 

『子供に国家を……一体、善導騎士団は何を考えているやら……』

 

『いや、子供しか残らねば、コレは最悪の未来に生き残る為の方法……』

 

『この状況下では世界が認めざるを得ない、か……』

 

『正しく、騎士団を前にして人類がモノ申す事など不可能なわけか』

 

『はははは……不良が国家なんて何の冗談なんだか……』

 

『それを上手く行かせて地球外に逃がすまでがプランなんだろうよ』

 

 彼らの修学旅行が永遠に終わらなくなった日。

 

 そのまだ名も無き国家。

 

 やがて、()()()()()()と呼ばれる事になる国から降りた18歳以下の国民は0人であった。

 

 そして、彼らが貰った100万円は多くが使われる事なく。

 

 国家の基礎的な財政資金として個人が拠出。

 

 日本からの輸入雑貨の購入費用に充てられる事になる。

 

 忘れられた子供達。

 

 そう一部で言われていた若年層の世界に光が射した日。

 

 不良達の多くは思った。

 

 世の中には敵わないヤツがいる。

 

 そう、暴力を使う犯罪者も公的な権力も政治家も国家すらも敵わない本当に逆らってはイケナイ何かがいる。

 

 だが、その何かが彼らに手を差し出すならば、握ってやるのも吝かではないと背筋に汗を流して彼らは受け入れるだろう。

 

 無謀に果敢に勇気と破れかぶれの捨て鉢さで受け入れたならば、確かにソレは対等な相手との交渉になるのだ。

 

 若さ故に恐れを知らぬ彼らこそはきっと世界で最初に騎士ベルディクト・バーンへ無理な注文を付けた国家勢力として歴史へ記されるに違いない。

 

 後に前科32犯の政治家となる者。

 

 世界の見ている前で注文を付けた青年はこう言った。

 

 曰く。

 

『気に入った。オレの嫁にならないか? お前』

 

「え?」

 

 哀しいかな。

 

 少年は生憎と女性的な化粧で美しかった。

 

 フィクシーのベルきゅん成分の補給方法が先日化粧した事で開花してしまった成果はしっかり現れており、筋肉の無いほっそりナヨナヨした様子は嫋《たおやか》という属性に変換されていた。

 

 これが幾らかの世間の男女年齢問わず総勢数千万人くらいの性癖をちょっと歪めたのは恐らく間違いなかった。

 

 世界放送という事で儀式用の化粧をしっかり数分で施された少年は言っている事が滅茶苦茶でも外から見れば、見目麗しい好意的な人物に映っていたのである。

 

 この世界的なプロポーズに1人の少女が『ベルさんは私のものですぅううううう?!!?』と恐慌を来し、慌ててイギリスへ向かおうとして妹達に取り押さえられた事は……公的な文書には残っていない善導騎士団壊滅の危機トップ3に入る出来事として隊員達に語り継がれる事となる。

 

 妹達以外誰も高位魔族化した少女を物理的に止める事など出来なかったからだ。

 

 日本で再ロールアウトした無限者の運用試験をしていた彼女を止めようとした痛滅者の群れを千切っては投げ千切っては投げしたのだ。

 

 殆ど傷は無いものの……内部の人員が気絶した。

 

 人員の防護に重きを置く無限者よりも防御能力は低いとはいえ、それでも方陣防御とディミスリル・クリスタル製の装甲を持つ痛滅者である。

 

 それが少女から発散される莫大な魔力を過剰吸収し、制御不能で爆発するのを防ぐ為、機能停止したのだ。

 

『騎士ベルディクトもとうとうやっちゃいましたねぇ……』

 

『ま、オレらの上司だしな。陰陽自研の政治に興味無い連中も口をあんぐりだろ? いや、政治家はもう凄い顔……米国の上層部は魂抜けてるかもしらんが』

 

『アレで真っ当に謙虚で非常識に努力家で深慮の出来る合理主義者なんですから、歴史上の独裁者は彼を見習うべきですね』

 

『ああ、あの場にいなくて良かった。歴史の教科書に写真乗るなんて冗談じゃねぇ……控えめに見ても苦行か生贄だよなぁ。あの精鋭さん達』

 

『しょうがないですよ。彼らが顔ですし、スコア最大値付近の連中でフル装備1戦闘1人500万くらいまで行けるらしいですよ?』

 

『人間止めた気もするって当人達も言ってるし、いいんじゃない。精神的な強度も高いかは知らんけど……ああ、でも、あのプロポーズした若造、あの度胸だけはちょっと買うかもしれん。今度、浮遊都市へ置く支部にスカウトしよう』

 

 嘗て、世界征服という野望に燃えた独裁者や王は多かったかもしれないが、世界を統べるのは何も暴力だけではない。

 

 他人の財布と心に金と夢と希望を突っ込める物資無限の善人を独裁者と呼ぶか狂人と呼ぶか聖人と呼ぶか変人と呼ぶか。

 

 あるいは世界を治める者と呼ぶかは人其々。

 

 一つだけ確かなのは征服なんてまどろっこしい事をする必要もなく。

 

 1人の少年の旗の下。

 

 世界総人口の半分以上は確実に動員され得るという事実だけであった。

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