異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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第166話「猫も子猫も猫の内」

 

「あ……」

「どうしたの? お姉様」

 

「う、産まれそう? かも……しれません」

 

 身嗜みを整えて今日は北米でお仕事だと話していた姉妹が朝食を食べ終えた頃の出来事であった。

 

「マヲー」

「クヲー」

 

 明日輝の言葉とほぼ同時。

 

 もう既に朝飯を食べ終えていた二匹がニョイッとまだ大きいまま隠していない明日輝のお腹の上に載ったかと思うと並んでテイッと空間に肉球で判子を押した。

 

 すると、バフリと外で音がした。

 それから数秒後。

 

 玄関先に転移で跳んできたヒューリと少年が駆け込んでくる。

 

「明日輝さん!!」

「アステリア!!」

「あ、姉さん。ベルディクトさん」

 

 椅子に座ってお腹を横から摩っていた明日輝が二人の様子にニコリとする。

 

「その……今日みたいです」

 

「そんな悠長に笑ってて大丈夫なんですか!? 痛くありませんか!?」

 

「あ、いえ、そういうのは無いみたいで……この子の力なのかもしれません」

 

「ベルさん!! アステリアをお願いします!!」

 

「はい。任されました。明日輝さんを奥の和室に。悠音さん」

 

「う、うん!! お姉様」

「はい。頑張ります……」

 

 少しだけ不安げになりながらも、姉や少年に手を握られた少女はニコリとした。

 

「今日は本当の姿でお願いします」

「分かりました」

 

 少女達の姿が本来のものに戻る。

 

 付き添われて予め用意されていた和室の畳の上の布団の上で横になった少女の額に僅かずつ汗が浮かび始めた。

 

「苦しいの? お姉様」

 

 汗を水で冷やした手拭で拭く妹に姉は首を横に振る。

 

「脈が少し高いだけですから、大丈夫ですよ。普通は産む時、死ぬ程痛いものなんですが、今回に限っては事前説明してた通り、普通の出産方法は取れません。明日輝さんの産道が広くないのでこちらの世界でなら帝王切開なんですが、あちらの魔術式にします」

 

 お二人は左右から明日輝さんの手を握ってて上げて下さい。

 

「わ、分かりました!! 大丈夫ですからね!! お姉ちゃんが付いてますから!!」

 

「お姉様。大丈夫だから。ベルもみんなも付いてるからね!!」

 

 姉妹に言われた少女が頷いている間にもガラガラと玄関からまた1人駆け込んでくる。

 

「明日輝ちゃん!!」

 

 シュルティが騎士団のデフォルトスーツ姿で駆け込んで来た。

 

「大丈夫ですよ。今から大変なので明日輝さんの傍で手を握って上げて下さい」

 

「は、はい!!」

「シュルティお姉ちゃん……」

「だ、大丈夫!? 痛くない!?」

 

 思わず手に汗握りながら自分が死んでしまいそうな顔になる心配げな年上の少女に思わず嬉しくて笑ってしまう明日輝がコクリと頷く。

 

「魔術式は一瞬ですから。心配しないで下さい。ちょっと後産時に特殊な魔術で胎盤を体内に同化安定させるのに術式とお薬を使いますが、身体に危険があるような代物ではないので」

 

「はい。ベルディクトさん……」

 

「落ち着いて息をゆっくり……習って来た通りで大丈夫ですよ。明日輝さん」

 

 少年はいつもよりも優し気で笑顔だ。

 

 それに微笑み返した少女は少しずつ目が霞ませながらも頷く。

 

 和室内の壁と床と天井全てに魔導方陣が展開されていく。

 

「マヲー。クヲー」

「マゥヲ~~」

「クゥヲ~~」

 

 今まで横にいた二匹が少年の両肩にぶら下がるようにして顔をヒョコリと背後から出した。

 

「手筈通り。お願いします」

 

 任されたとばかりに猫ズが歌い始める。

 

「マママ・ママ・ヲ~~」

「ククヲ・クヲククヲ~~」

 

 初めて彼女達は猫が歌う様子を見た。

 

 しかし、その最中―――明日輝は意識が水底に沈むように落ちていくのを感じ……ふと目を開けると大きな青白い洞窟内にいる自分を認識した。

 

 周囲には浅く水が張り巡らされており、その下から湧き上がる輝きが煌々と世界を照らし出していた。

 

 彼女がすぐ先にある中央付近を見やると。

 

 透明な水の奥底に揺らめく輝きがぼんやりと浮かんでいる。

 

「あなたが私の……赤ちゃん?」

 

 歩き出した少女がゆっくりと水に身体を浸して、手を伸ばせば届く輝きに少し震えながらも指を伸ばして、そっと掴み水底から引き上げる。

 

「おはよう……ずっと助けてくれてありがとう……怖いものが来る時はいつも私に力を貸してくれてたの覚えてます」

 

 イギリスで神と対峙した時。

 彼女や姉妹達を護るように魔力が溢れていた。

 

 今も思わぬ危険があれば、時折海豚のような鳴き声で知らせてくれる事もある。

 我が子を護っているようでいて、実際には護られていた。

 

 それが明日輝にとっての本当だった。

 

「色々な子達とお話してたのも……聞いてました……あなたがしてくれた事忘れません。これからは私が……あなたを護ります。私……あなたのお母さんになりたい……まだ小さいけれど、いつかあなたが誇ってくれるような人に……だから……おめでとう。ハッピーバースデイ」

 

 胸元に抱き寄せた輝きが少女の姿も洞窟も温かく包むように輝きで包んでいく。

 

 白くなる視界の最中。

 

 輪郭を持った者はニコリと笑った、ような気がした。

 

 緋祝明日輝。

 今、精霊を産みし少女は思う。

 

 今日もどうか良い一日でありますようにと。

 明日もどうか良い一日でありますようにと。

 

「生まれて来たら、一杯お話しましょうね?」

 

 その言葉と同時に意識は途切れた。

 

 しかし、倒れる少女の身を浮かばせる輝きは共に外へと向かう。

 

 新たな日差しが射し込む殻の外へ。

 空白が割った先の世界へ。

 自分を呼ぶ。

 母を呼ぶ。

 

 優しくも心配そうな声達の下へ。

 

 *

 

「………」

 

 緋祝明日輝はいつも思う。

 

 幸福も不幸も噛み締めてみれば、今傍にある現実へ繋がっている。

 

 良いか悪いかなんて後から考えてみれば、如何程の事も無い。

 

 自分がどう感じるか。

 

 どう願うか。

 どう思うか。

 どう祈るか。

 

 その違いでしかない。

 

 今、傍にいてくれる大勢の仲間達。

 

 大好きな人達と居られる幸せを前にして彼女は思うのだ。

 

 この時間が今の自分の全てでそれに良いか悪いかなんて言える程に自分は恵まれているのだと。

 

 必死で妹を護ろうとしていた時、幸福でもあり不幸でもあり、ずっと彼女には未来を考える余裕なんて無かった。

 

 今にしてみれば、彼女はきっと外側から見ても不幸だったのだと思うし、それを自分でも感じていた。

 

 けれど、その妹との時間が彼女にとっての生き方の指針にもなった。

 

 家族を護る事。

 共に暮らす為の努力をする事。

 それを不幸だとは片付けたくない。

 

 ヒューリを見ていれば、その気持ちは強く強く。

 

 母を失い、父を失い、受け継ぐかもしれなかった国は亡く、力及ばずに異なる世界に投げ出されて……それなのに寝物語に聞く荒野の騎士達の話は過酷なのに深刻なのに何処か笑えてしまうくらいに愉し気だった。

 

 たった一年にも満たない昔の話。

 

 弱音を吐いて、沢山泣いて、決意して、笑って、その中で傍にいる仲間達を大切に思うようになって、恋をして、恋敵を得て―――。

 

(お父さん。お母さん。私はこれからもずっとずっと家族を護って生きて行きます。私の傍に居てくれる沢山の人達と共に……いつか、ベルディクトさんにおやすみなさいを言われるまで……命掛けで生きてみます。だから)

 

 少女は決意を新たにする。

 

 今、彼女の三度目の人生の転換点が過ぎ行く。

 

 一度目は両親の死。

 二度目は妹の死。

 

 そして、三度目は我が子が生まれた日。

 

「お姉様……」

 

 手を握り、雫を零しながら、こんなに幸せそうな笑顔も出来る自慢の妹が、可愛い妹が言う。

 

「生まれたよ。新しい家族だよ?」

 

 産着に包まれた精霊の我が子。

 その姿は……蒼い子猫だった。

 

「実は私って猫だったみたいです。ふふ」

 

 妹と同じように涙を零して、我が子を抱いた少女は微笑む。

 

 それに姉も駆け付けて来たシュルティもボロ泣きだった。

 

「途中、意識が途絶えて危険だったんだよ……ベルがね。沢山頑張ってくれたの」

 

「そうだ……あの時、空白が世界を割って……ベルディクトさんは……」

 

 その時、和室の戸を開いたのはフィクシーだった。

 

「目覚めたか。ベルなら問題無い。疲れて今は眠っている」

 

「そう、ですか……良かった……」

 

 フィクシーが傍にしゃがんで明日輝のおでこに片手を載せて目を瞑り、幾らか肉体と精神の状況を確認してから頷く。

 

「大丈夫そうだな。しばらくは安静にしているのだぞ。その子の形が猫なのはあの二匹がお前の魂とその子を巨大な力の底から引き上げたからだ」

 

「力の、底?」

 

 映像が虚空に映し出される。

 

 方陣が奔る室内で自分の腹に浮かぶ蒼い輝きに全てが吸い込まれるような渦が出来ていた。

 

「この子の潜在的な力の大きさは神格位クラスだ。生まれそうというだけで力の表出が世界を揺るがせる程に……その存在がお前の命と共に死の淵に引き戻されそうになった」

 

「そんな事が……」

 

「あいつが猫達と共に引き上げていなければ、どうなっていたかは分からん。後で労ってやってくれ」

 

「はい……」

 

「その子が猫の姿である事についてだが……元々、精霊に形は無い。それを決めるのは当人と他者の繋がりや資質だが、大きな力は得てして形を持たぬもの……その子が自分を人間だと思えば、人の形にも成るだろう」

 

 明日輝が頷く。

 

「ヒューリ。あの猫達の事で話がある。ちょっと来てくれ」

 

「は、はい!!」

 

 涙を拭って頷いた後。

 姉に向けて悠音が任せろと頷いた。

 

 妹と子猫をそっと指の甲で撫でて、ヒューリがフィクシーに連れられて外へと出ていく。

 

 戸を閉めてから少年を寝かせてある自分の部屋まで戻った少女は眠っている少年の横でフィクシーに向き合う。

 

「そのマヲーとクヲーの事で何かあったんですか?」

 

「ああ、ちょっと気になる事があって調べていたのだがな。あの二匹がイギリスでバカンスをしていた時の事は聞いているか?」

 

「え? あ、はい。ええと、何か疲れてたとか? そういう話はベルさんから」

 

「ああ、それでその原因が判明した」

「どういう事ですか?」

「あの子だ」

 

「あの子……あの子の為に疲れていたって事ですか?」

 

「……これを見てくれ」

 

 フィクシーが小さなディスプレイ付きの端末を虚空に寝かせて浮かべる。

 

 その上に投影されたデータが次々に展開されていく。

 

 巨大な砂時計にも見える括れた空間を映し出すデータが中央に据えられた。

 

「これは?」

 

「この世界が隣り合う異相が歪んでいる事を示すデータだ。ずっとカズマが取って来た広大な面積のデータを九十九で処理していたのだが、ようやく二日前に解析が終了した」

 

「これとどういう関係があるんですか? 今の話と」

 

「あの子が受肉した精霊という話は前々からしているが、精霊がこの世界では産まれ難いという話もしていたはずだな」

 

「ええ、純粋波動魔力が不足していて、中核となる組織化前の原始的な精霊が生まれて固定され得ないから、でしたよね?」

 

「ああ、そうだ。時に世界に始めて生まれた種族がどういう扱いになるか知っているか?」

 

「どういう、扱い?」

 

「ベルの話だと嘗て大陸には大母。全ての知的生命の母が存在していたという。その力は現代の大陸でならば、全ての知的生命の原初たる力として魔術的には極大の権限を有するだろう。あの子はこの世界における魔術の祖と成り得るという話も前にしていたが、影響はもう既に出ていたようだ」

 

「え、まさか、歪んでるって……」

 

「そうだ。異相が歪んでいるのはあの子が産まれて来ようとしていたからだ」

 

「そ、その……どうなるんですか? 異相側は……」

 

「恐らくだが、その歪みを是正していたのだろう。二匹は……」

 

「歪みを是正……そう聞くと悪い事になると聞こえるんですけど」

 

「実質我々にとって、だがな」

「我々にとって?」

 

「……異相側にあると思われる我々の世界との接点が歪みで消失する危険性がある。だが、これは同時に異相側に潜る敵が現実へ侵攻する妨げにもなると思われる。分かるか?」

 

「それってBFCとかが出て来られないとか。そういう?」

 

「ああ、連中が潜むと思われる概念域への侵攻計画も作成されている途中なのだが、異相の歪みが相手側からの侵攻を遅らせる効果もあると考えられている。それであの二匹だが、このデータで言う此処……括れを作っていたと思われる」

 

「括れ?」

 

「これは映像に直しているが、本当にこういう形ではない。異相空間側とこちらを繋ぐ際のモデルだ。この星の相対座標上にある異相からの往来にはこのような部分を抜けなければならなくなっている。分かるか? あの二匹はずっと惑星規模の異相を変質させながらイギリスを中心に改造していたと思われる」

 

「ええ?! 惑星規模ですか?!」

 

「ああ、色々と九十九が計算してみたが、この歪みと括れの原因が不明だった。辻褄を合わせようとすると今確認出来る要因があの子とこの二匹になる」

 

 二人がヒューリの寝台を見れば、寝込んでいる少年の胸の上で猫ズがスヤァと良い笑顔でやり切ったぜ的にも見える満足そうな顔で寝ていた。

 

「あの子の諸々のデータを取ってみたのだが、あの子はどうやら九十九の解析結果や魔術での反応を見ると……世界の中で例外を孕むものとして通常の空間に存在しているだけで既に世界規模の影響を出している」

 

「これから、どうなるんですか?」

 

「あの子が生きている限り、異相空間の歪曲は進むだろう。一種の結界にも似ていると考えられる。悪く言えば、世界を閉ざす力。良く言えば、BFCのような空間に潜む敵の出現率を抑える強力な抑止力、と言ったところか」

 

「あの二匹はどうしてそんな事を……」

 

「さぁ? 主が大陸へ帰れるようにとの意気な計らいか。あるいは単に大陸への道を閉ざしたくない理由でもあるのか。単に自分達の転移の邪魔をさせないというだけもかもしれないが、どれだろうと結論は変わらない」

 

「………」

 

「取り敢えず、あの子の傍では転移がかなり阻害されるらしい。二匹以外だと恐らくまともに使えないだろう。今後、母親である明日輝は中々あいつに会えなくなるだろうな」

 

「今、空間制御での転移が止まったらって事ですか?」

 

「ああ、今はマヲーとクヲーが傍にいて負担を軽減しているようだが、それとていつまでもという事は出来ないだろう。あの子が自分で自分の能力や原因となる素質を制御可能としたならば、また違うのだろうが……」

 

「生まれて来たばかりの子にそれは……」

 

「そういう事だ。取り敢えず、話はこれだけだ。後でコイツの事を妹達と一緒に労ってやってくれ。セブンオーダーズの他の者も夕方までには仕事を終えてやってくるそうだ。応対は任せた」

 

「はい。それは私の仕事ですから……」

 

「家族が増えたのだ。そう難しい顔をするな。教えた私が言えた事ではないがな。ただ、どのような事になろうとコイツなら何ともなさそうな顔で解決策を提示してくれるような気もする。だから、お前はコイツとあの子達を気に掛けてやれ。今一番傍で見てやれるのはお前なのだから……」

 

「それって敗北宣言じゃありませんよね?」

 

「無論だ。世の中には離れていてこそ育まれるものもある」

 

「こういうのって日本語だと敵に塩を送るって言うらしいですよ」

 

「何とも奇特な敵のようだ。ふふ……おめでとう」

 

「はい。ありがとうございます。フィー」

 

 二人の少女は握手を交わす。

 

 そこには確かに薄暗い女の情念というよりはカラリと晴れた秋の空を思わせる冷たく明るい世界が見えた。

 

 *

 

 緋祝邸に御祝を持って駆け付けたセブンオーダーズの面々が疲れて眠っている母子と少年を見て静かに微笑んで退散した夜。

 

 ようやく目覚めた少年は自分の上で未だに寝ている猫ズをひょいと退けてヒューリの寝台の枕に乗せ、何かに導かれるかのようフラフラと庭へ出た。

 

 中庭には冬という事もあり、樹木も寂し気な様子で枯れ葉の一枚も落ちていないが、竹林から吹いてくる風に乗ったざわめきが耳には心地良く。

 

 天から投げ掛けられる月明かりが身を引き締める寒さを僅か和らげるようだった。

 

「ベルディクトさん」

 

「あ、明日輝さん。大丈夫ですか? もう起き上がって」

 

「はい。おかげさまで……あの子も今はスヤスヤしてて悠音が見てくれてます。ヒューリ姉さんは来訪してくれてる人達の応対に……」

 

「そうですか。言うの遅れちゃいましたけど、おめでとうございます」

 

「ぁ、はい。ありがとうございます……ベルディクトさんのおかげで私……あの子と会う事が出来ました……」

 

「良かったですね。あの子が起きたら今まで習って来た精霊との付き合い方が役立ちますよ。これから僕らが戻るまでゆっくりしてて下さい。悠音さんもお休みなので二人であの子を見守って上げられますよ」

 

「済みません。こんな時期に……」

 

「何も謝る事なんか無いですよ。何かあったら明神さんに連絡して下さい。入用なものや買い物もしてくれるよう頼んであるので。あの子の事はみんなで考えるべき事なんですから気にせず頼って欲しいです」

 

「ベルディクトさん……」

「?」

 

 明日輝が私服のセーターにスカート姿で少年の傍に寄りそう。

 

「私の願いが今日一つ叶いました」

「願い……」

 

 少年が横を向くと少女はコクリと頷いた。

 

「出会った頃、言いましたよね。家族が欲しいって……」

 

「はい……聞きました」

 

「私、夢が叶っちゃいました。家族と言える人が消えて行って、悠音だけは護るんだって思い詰めて……でも、そんな人はきっと……彼が死んでから現れないんだろうなって思ってた……」

 

「明日輝さん……」

 

 少年は思う。

 

 その彼は今もまだ少女達の為に戦い続けているという事実を。

 

「でも、こうして普通の人とは違う形かもしれませんけど、また家族を得る事が出来ました。だから、なのかもしれません」

 

「?」

 

 少女が少年の前に回って視線を合わせる。

 

「私、我儘な女なんです」

「?」

 

「今、凄く幸せで……凄く嬉しくて……泣いちゃいそうなのに……まだ、欲しいって思います。まだ、家族が欲しいって……姉さんが出来て嬉しかった……皆さんと出会って幸せだった。でも、それでもまだ私……」

 

 一度俯いた少女が数秒目を閉じてから意を決したように頬を赤くして少年を見上げる。

 

「私、ヒューリ姉さんがベルディクトさんと添い遂げるなら、きっと祝福してあげられると思います。フィクシーさんとの事もそうです。でも、私が……私がもしも子供を作るなら、ベルディクトさんがいいです。ベルディクトさんじゃなきゃ嫌です」

 

「ッ―――」

 

「姉さんがどんな風に思うのか。私には分かりません。怒るのか泣くのか呆れるのか。でも、どんな形であれ、どんな方法でもいい……私は……ッ」

 

 少女は迷いなく少年に言う。

 

「私は貴方の子供が産みたいです!!」

 

 思わず狼狽しそうになった少年だが、目の前の真剣な少女を前に少しだけ嬉しそうに微笑む。

 

「凄く嬉しいです。明日輝さん」

「あ、ぅ……ごめんなさい。こんな話……」

 

「いえ、僕の本当の気持ちですから。ただ、僕との子供が出来るかどうかはまだ僕も確証が持てないので」

 

「え?」

「その……一応、僕死体なので」

 

「は、はい。それは……分かってますけど、その……遺伝的な問題なら……私、その……精霊としてベルディクトさんの魔力を……」

 

「あ、そういう形ならたぶん大丈夫だと思うんですけど。いえ、それもヒューリさんやハルティーナさんの例から言って危険ではあるんですが……」

 

「その、出来ないですか?」

 

「……ええと、僕の細胞って終わりの土なので色々と自分でも解析してスペアの身体を作ってるんですけど、生殖細胞に関してだけはちょっと特別で」

 

「特別?」

 

「その……普通の方法でたぶん赤ちゃんを儲けられると思うので……」

 

「え? そ、その……普通の方法、ですか?」

 

「は、はい。普通の方法で……ただ、機械的な方法を試すとたぶん失敗します。僕の身体から離れると少しの時間で終わりの土になっちゃうみたいなので……特別な準備が無いと確率が極端に低くなると思います」

 

「それって……」

 

「つまり、ええと、作ろうとすると……必ず出来るか。出来ないかの二択になると思います。でも、それも実際に試してみないと何とも言えなくて……」

 

「~~~ッ、ご、ごめんなさい。デリケートな話なのにこんなところで……」

 

「い、いえ、僕の身体が特別なせいですから!! 謝ったりしないで下さい!? これは後々ヒューリさんやフィー隊長に教えようかなって思ってた事ですから」

 

「ぅう、1人で盛り上がってベルディクトさんの事、考えてませんでした。ごめんなさい……」

 

 そろそろ冷えるからと少年が虚空から外套を取り出して明日輝の肩に掛けた。

 

「もう戻りましょう。その……お気持ちは嬉しく思ってますから……ええと、今度ヒューリさんとかとお話を―――」

 

「どんなお話をするんですか? ベルさん(T_T)」

 

 ダラッと少年の額に汗が浮かぶ。

 

 いつの間にか少年と少女が寄り添うようにして縁側に上がろうとしている横に羊モードなヒューリがジト目になって立っていた。

 

「―――ヒューリさん……」

 

「もう、しょうがないベルさんですね。私、こう見えてもヤキモチ焼きなんですよ? あんまり浮気ばっかりしてるとベルさんを食べちゃいますからね?」

 

「あぅ……はぃ……」

「あの、姉さ―――」

 

 ビシッと明日輝の額に軽くチョップが入る。

 痛みなどない本当に軽いものだ。

 

「今日、本当はお祝いに何が欲しいか聞こうと思ってたんですけど、止めました。ベルさん」

 

「は、はい」

 

「……妹との赤ちゃんの事。今で無くていいので……いつかお願いします」

 

「え?」

 

「私、こう見えても元王族なので。御爺様はああ見えてお婆様以外にも数人くらいは女性がいたらしいって言うのはお友達の方にもお酒の席で聞いた事があります。本来は口外出来ない話なんですが、此処は異世界ですし。実際にはお世継ぎ候補が何人か市井にいたって事らしいです……」

 

「ええと、姉、さん?」

 

「規制用の術式が自分で外せたので喋っちゃいます。魔族化ってこういう恩恵もあるんですね。何かスッキリしました……ん~~~(`・ω・´)」

 

 少女が伸びをする。

 

「あ、ベルさんの心は渡しませんからね? いえ、誰のものになっても必ずまた私のものにしてみせると決意表明しておきます。それに可愛いベルさんとカワイイ妹の赤ちゃんならかわいいに決まっているので私も見てみたいので」

 

「そ、それで姉さんはいいんですか?」

 

「お婆様の事は人伝にしか知りません。けど、こう言ってたそうです。馬鹿な男を繋ぎ止めておくには度量と器量と寛大な心が必要だって」

 

「す、凄いお婆様だったんですね」

 

 妹に姉が大いに頷く。

 

「あ、だからってベルさんを独り占めさせたりしませんからね? 後、今の話はフィーやユーネリアにもしておく事。それと正妻の座は渡しませんよ?」

 

「そ、それは……ベルディクトさんの愛人になれたらいいなぁくらいに思ってたので……」

 

「それはダメです!! 愛人ダメゼッタイ!!」

 

「え、え?」

 

 混乱する妹に姉が胸を張る。

 

「愛人じゃ遺産相続の時に揉めます。御爺様が実際に揉めて頭を抱えてたって話を聞いた事があるのでお勧めしません。第二夫人や第三夫人方式で行きましょう。ちなみにこれロスとシスコの市長さんからの書類です」

 

 ベシッと少年に紙が数枚押し付けられる。

 

「これって……」

「愉しい家族計画推進書?」

 

 妹が読み上げた言葉に大きく姉が頷く。

 

「あちらは人口が減っちゃって、移民ばかりだと後から問題になるので重婚OKになりました。勿論、ちゃんと全員を養って愛してあげる意欲のある人限定ですけどね。九十九や深雲を使って審査に合格したら、出来る感じです。あ、ベルさんの書類とデータ送ったら合格したので籍はあちらで入れるという事でお願いします。ちなみに日本で暮らしても違法ではない状態になるよう総理に制度設計頼んだのでしばらくしたら状況が送られてくると思います」

 

 もはやポカーン( ゚д゚)とした二人を前に腕組にした黒羊さんは得意げだった。

 

「あ、副団長にはもう許可は取ったので。今後、団を二分する時の国家制度設計に入れるって確約して念書もギアスで貰いました。これベルさんが持ってて下さいね。後で重婚反対派を撲滅するのに使うので」

 

「あ、はい(´・ω・`)」

 

 少年が渡された書類一式を見てからイソイソと空間制御で別の場所に仕舞い込んで消した。

 

「( ´Д`)=3 フゥ、これで懸案が全部消えました。一週間以内に名前提出しなきゃいけないんですから、良い名前を考えてあげて下さいね。あっちでは無線封鎖になるでしょうし、変異覚醒者扱いで一応日本国籍を取得させて下さい」

 

 良い汗掻いたとばかりにヒューリが額を拭う。

 

「あ、あの……姉さん……その……私……」

 

 妹の頭をギュッと黒羊さんが胸元に抱き締める。

 

「妹が幸せになれない選択なんて私も幸せになれません。皆で一緒に幸せになりましょう。私達、そういう星の下に生まれて来たみたいですし……それに人好きのする性格ってこういうのを言うと思うんですよ」

 

「魔族の血筋って事ですか?」

 

「愛を1人に捧げるとか。それはその人の愛が1人にしか注げないからじゃないかなぁって近頃思うんです。私のベルさん大好きはベルさんだけに注ぐとベルさんが困っちゃいそうなので他の人にも注ぐ事にしました」

 

「姉、さん……ぁ、ありが―――」

 

「感謝なんてされる覚えありません。私の妹は可愛くて綺麗で撫でたくなって甘えさせたくなって、幸せにしたくて……それは私にとって……きっと、アステリアの夢と同じようなものなんですよ」

 

 瞳を潤ませる妹の髪を撫でながら、その頭に顔を埋める彼女はまるで黒い女神のようにも見えた。

 

「私の家族は此処にいます。私の愛する人も此処にいます。だから、私は此処でみんなを幸せにして私も幸せになれる選択肢を取る事にします。それが誰かの普通じゃなくても……これが私の普通です。ふふ」

 

「ぅぅうぅぅ~~~ヒューリ姉さんッ、大好きです!!」

 

「~~~♪ う~~~腕があと二本有ったらベルさんも抱き締められるのに!! 魔族ってフィーみたいに腕増やせませんか? ベルさん」

 

「……ヒューリさんて時々スゴイですよね(・ω・) 後、男前(ボソ)」

 

「?」

 

 向かい合った少年を妹越しに見て、黒き女神は首を傾げる。

 

「何でもありません。取り敢えず、すっかり冷たくなりましたし、夕食にしましょう。今日はホテルからテイクアウトしたので。あの子を横にして静かにご飯という事で」

 

 そんな時だった。

 

『ベル~~お姉ちゃ~ん。お姉様~~この子が起きたわよ~~』

 

 そう和室から声がして、全員が少し急ぎ足で内部に戻る。

 

 すると、和室の内部。

 

 揺り籠の端からチョコンと小さな獣の肉球が食み出し、ヨジヨジと手足を先に突き出して、ヒョコリと耳が出た。

 

 悠音が目をキラキラさせながら、そっとその尻を持ち上げる形で全員の前に顔を出させる。

 

「ニュヲ?」

 

 蒼い子猫がキョロキョロとしてから手を伸ばして明日輝を呼ぶような招き猫的な仕草をした。

 

 それに感動した様子の明日輝が妹の手から子猫をその胸に抱く。

 

「ニュ~~♪」

 

「~~~~~~~~可愛過ぎて言葉が見つかりませんッ」

 

 妹達が心底幸せそうな顔になるのを優し気に見つめながら、ヒューリが食事を取って来ますと妹達を先にやって廊下で引き返していく。

 

 出来た姉と評するべきだろうか。

 

「ニュヲ!!」

 

 蒼い子猫がヒコヒコと耳を動かして横を向く。

 

 その視線を動かした地点に丁度猫ズが空間を渡った様子で現れた。

 

「マヲ?!」

「クヲ?!」

 

 猫ズが何故か劇画タッチで『なん、だと?!』と固まる

 

 それを見ていた少年が二人のヒソヒソ声。

 

 マヲマヲクヲクヲな言語に耳を傾けた。

 

「どうしたの? あの猫ちゃん達。何か凄く動揺してるみたいだけど」

 

 悠音が首を傾げる。

 

「あ~~えっと、二人的にはもう用は無いから、イギリスに転移した気になってたみたいですね」

 

「どういう事?」

「ニュヲ~♪」

 

 何故か蒼い子猫は得意げだ。

 

 それに明日輝はカワイイカワイイと撫ぜて夢中になっている。

 

「どうやら子猫さんが誘導したみたいです」

「え? 誘導? 転移先を?」

 

「はい。あの二人の転移って僕らの方式とも違ってスゴイ高度な計算とまだ解析出来てない法則を使ってるんですけど、それが邪魔されたって事は……あの二人と同等以上の力があるって事です」

 

「そ、そうなんだ。子猫ちゃんあんなカワイイのにスゴイ……」

 

「マ、マヲヲ!!」

「ク、クヲヲ!!」

 

 マヲーとクヲーが其々に自分達だって可愛くできるもんと言いたげな様子であざとく可愛いポーズを取った。

 

「か、可愛い。で、でも、蒼い子はウチの子だから、もっとカワイイの!! お姉様あたしにも撫でさせて~」

 

「マ、マヲヲー?!!」

「クヲックヲ?!!」

 

 可愛さで負けた猫ズがガクリと膝を付いた。

 

「二人とも可愛い可愛い」

 

 少年がそう言って煽てながら撫でると『やっぱりお前が我々の主人!!』と目をキラキラさせた二人が必死に主の方へ可愛いポーズを決めるのだった。

 

 それにしても……と少年は思う。

 

「ニュヲ~ニュニュヲ~~」

 

 蒼い子猫が自分を見ている気がした。

 

 あざと可愛く母親の指にじゃれている様子は本当の子猫のようだが、実際には子猫どころか。

 

 普通の人間とは比べ物にならない知能を有しているはずなのだ。

 

 猫ズの例に倣えば、恐らく話せなくても意思疎通可能なはずなのだが、それっぽい単語を話しても一向に意味が掴めない。

 

 圧縮された魔術言語を喋る使い魔は例外なのか。

 

 あるいはそれっぽい言葉を発しているだけで意味は無いのか。

 

 ただ、一つ確かなのは子猫の視線が自分の瞳を見て途切れていないという事だけであった。

 

(そんなに見られるような事したかな? いや、僕が珍しいのは明らかだけど)

 

 自分の本質を捉えているのだろう蒼き子猫の瞳が一瞬だけ七色の色彩を宿した七望星の形に変化した、ような気がした。

 

 魔眼は高位存在の嗜み。

 

 だが、高位の魔族でも強く珍しい能力を持つ者は少ない。

 

「持ってきましたよ~。さ、皆で食べましょう」

 

 そうやってきた黒羊モードのヒューリの前で勝手に和室の戸が開く。

 

 その両手には大きなお盆があって、山となったオードブルが盛られていた。

 

 横には小皿とバケットの入ったバスケットもある。

 

「ニュヲ?! ニュ、ニュニュゥ?!」

 

 何故か動揺した様子になった蒼い子猫が思わず明日輝の服の中に潜り込んだ。

 

「あ、ど、どうしたんですか? 急に……ヒューリア姉さんが怖いの?」

 

「ニュ~~ヲ!!」

 

 その言葉に明日輝の襟元から首を突き出した子猫が頷く。

 

「え? えぇ?! こ、子猫ちゃんはわ、私が怖い……そ、そんなぁ……ほ、ほら~~お母さんのお姉ちゃんですよ~~~」

 

「ニュヲ?!」

 

 ヒューリがちょっと近付いただけで子猫が驚いた様子になり、慌てて母親の服の背後に回って、背後の襟元から首に隠れるようにして母の姉を伺った。

 

「あはは、人見知りになっちゃってる。ヒューリお姉ちゃんはこっちね? あんまり怖がらせちゃダメだよ?」

 

「はぅ?! ひ、羊モードがダメなんでしょうか?」

 

 こうして姉妹達はどうにか姉に子猫を慣らせようとしたが、子猫の態度が変わる事は遂に食事が終わっても無かったのだった。

 

『どぉおおしてなんですかぁあぁ!? 私もナデナデしたかったのにぃぃ~~!!?』

 

 そんな声が響くニューヨーク出発2日前の夜であった。

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