異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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第167話「レア」

 

「こ、これが噂の善導騎士団内部でしか販売されていない限定オフィシャル・トレーディング・ブロマイド・カード1袋15枚入り300円……(・∀・)」

 

「え~~いらはいいらはい現在ブロマイドの3期目に突入だ~~~一般に卸してるのとは違って封入率100分の1が1枚必ず入ってるよ~~安心安全ちょっとやそっとじゃ傷付かないディミスリル製だよ~あ、後1枚1gだから軽いよ~」

 

「えっと、40万円分下さい(´・ω・`)」

「こっちには20万円分ね!! おっちゃん(; ・`д・´)」

 

「お、大人買いありがとうございやす。いや~~頑張って100万分の1のコールド・レア当ててね~~いや~~ボロい商売だわ~」

 

「ね~~おっさん。この金字のレアって確率何分の1だっけ?」

 

「お、当てたのかい? そいつは45万分の1のクローズド・レアだよ。ほら、本人のサインと必殺技が書いてあるだろう?」

 

「必殺技……超常の力使ってる時って趣味や休みの日や已むに已まれぬ非常事態以外ある?」

 

「それを言っちゃおしめぇよぉ。普通の人間に街を吹き飛ばす威力のある能力者が能力使うより、適当に黒武の刻印砲弾一発撃った方が安上がりで疲れなくて威力も射程も制御も簡単とか言ったら、確実に夢を壊しちまうだろ?」

 

「ま、まぁ……実際その通りだけども」

 

「それにそいつぁ魔術封入系のカードを付属品にしてる連中にゃ喉から手が出る程欲しい代物だぜ? 何てったって必殺技再現用の魔術が仕込まれてて、一般にゃ出回ってないからな」

 

「え、マジで? 結構、書いてある能力強力そうだけど」

 

「いやぁ、これが民間使用出来る状況って日本滅ぶような緊急避難時に九十九が承認した時くらいだから別に構わんでしょ」

 

「(・∀・)あくどい……」

 

「【マギアグラム】のカード系は読み込みのカードリーダーが色々あってな。スラッシュ・タイプ、差し込んで能力を常時使用するシーリング・タイプ。他にもデッキを用いるサモン・タイプがあるけど、そいつはどれでも使える優れものだ。一瞬の必殺攻撃、騎士や騎士見習い、陰陽自衛隊員、MU人材や騎士団関係者当人の力を恒常的に用いる常用型、一定時間当人を再現して攻撃する召喚攻撃。どれも()()()()強力だよぉ~~」

 

「そういや、100万分の1ってどういう仕様なの? 1回も見た事無いけど」

 

「ああ、基本的にまだ3000万枚しか刷られてないからね。持ってるヤツも殆どいないから知らないのか」

 

「で、どんなの?」

「別に何か能力が有るわけじゃないよ」

「え? じゃ、キラッキラしてるとか?」

「んにゃ。単にすげーシーンが映ってるだけ」

「すげーシーン?」

 

「騎士ベルディクトのシャワーシーンとか。騎士ヒューリアの水着でプールシーンとか。副団長代行のレアな子犬へ優し気に微笑んでるシーンとか。騎士クローディオのオールヌードなシャワーシーンとか。騎士アフィスのダークナイト・バージョンとか」

 

「あの~~一部に18禁表現が混じってんですけど」

 

「あ、男の裸とか見て嬉しいの? とか考えた男性開発者が制限項目に入れず、適当に激レア指定したからだろ。九十九が殆ど自動化して造ってるし、一般に出回っても別に害が無いと判断されたらしい。ちなみに政府はこんなご時世だし、黙認しておきますね~って何も言って来ないから、エロ目的で18歳以下が買ってもいいんだよ。ま、一般に出回ってるパックは封入率が恐ろしく低いけど」

 

「機械が写真選別してんの?」

 

「入力した以外のレアは適当に売り上げが伸びるのと禁則に抵触しないのなら何刷っても自由って言ってたはず」

 

「恣意的なものを感じるラインナップなんですが(`・ω・´)」

 

「ま、能力が付与されたカードは100分の1のコモン・レアから有るし、実用性0だから、別に構わんでしょ。いや? 使うヤツは使うかもしれんけど。ちなみに第四期はグループカードが使われるらしいぞ」

 

「グループカード?」

 

「枚数集めて使うカードだよ。一定手順で連続して使うと凄い能力が発動したり、集めて合わせると特大の大判カードになったりする。ちなみに近頃騎士ベルディクト自らがデータを入力したらしく。微笑む騎士ヒューリアとか副団長代行とか。武器系や武装系、乗り物系だと黒武や黒翔の再現データのカードとか。他にも集めたらプレゼントが当たったり、自動で主を探して自分から渡り歩くカードとか出来るらしいぞ」

 

「( ̄д ̄)進化しとる」

 

「ま、今世界各国で馬鹿売れらしいから。ほら、攻撃力や防御力もちゃんと端数まで書かれてあるだろ? これでルール使って遊べもする。子供にも人気だぜ? 収入源としてしばらくは適当に売るだろうな。ちなみに今一番高いカードはエクス・レアの騎士ヒューリアだ」

 

「それどんなの?」

 

「黒羊さんバージョン。服着てないけど、肌が金の金具で隠されてるギリギリな感じのアレ。九十九が承認したらしくて開封した現存数2枚。確率95万分の1だが、まぁ……当たったら億万長者だろうなぁ」

 

「マジかよ……」

 

「ちなみに能力も優秀よ? 超越者系の能力解放だから、最大瞬間出力的には戦闘系カードの最高峰である片世准尉に次ぐかな」

 

「高額カードって他にもある?」

 

「次点は騎士ベルディクトのほぼ全裸カード。いや、全部見えてるけど、背面や大事なところ以外が隠れてる場所もあるから全裸判定されてないとか。ちなみにこっちは99万分の1のラスト・レアね」

 

「どうやって撮ったんだよ(=_=)」

 

「九十九のライブラリの何処かにあったんじゃね? ああ、4枚あるらしいけど、2枚が騎士団のお偉方の誰かに渡って、1枚が北米のファンクラブに有って、最後の1枚は誰が持ってるのか分からないらしい」

 

「いやぁ、まぁ……気持ち分からないわけじゃないけど……それにしてもソレって上から止められないの?」

 

「いいや? だって、そういうカードがあるって開発陣が報告して無いし、それ以前に開発陣が把握してないし」

 

「え?」

 

「はは、一々金策目的のトレーディングカードゲームのカードの絵柄に付いて報告するわけないって。そして、封入率からして当たった連中はそれを絶対にSNSとかへ報告しない。ガチで強盗に合う可能性がある値段するからな。最高額が億単位だし」

 

「つまり?」

 

「知ってるヤツだけが知っている。そして、知っているヤツはこれからもカードが回収されて欲しくないので絶対喋らない。つーか、このブロマイドってリストは作らない不親切仕様でな」

 

「え、それ訴えられ……無いな。うん(´・ω・`)」

 

「そういう事。ヤバイレベルのカードがあるって噂が有っても現物が無いと分からないんじゃないかな。レアの仕様はちゃんとリストあるからどんなレアなのかは分かるんだけどね。有志が大金叩いてリスト作成してるし。通し番号で当たってないレアは予想されてる。つーか、当たったら喋るか?」

 

「ぅ……そ、それは……」

 

「ちなみに1期1000種類で売ってるから、同じカードが当たる確率はそんな高くない。最下級のノーマルが400種類、そこから25種類のレアが当たる確率を低くしながら続いて残り600種類。ボロイ商売だな(・∀・)」

 

「封入率は?」

 

「コールド・レアで100万分の1くらいだが、パックが全部剥かれないと恐らく出て来ないから在庫中にあるのは分かっても誰に当たるかは分からない。ただし、確実に全てのカードが1期刷ったら必ず1枚から1枚以上は封入されてるそうな」

 

「再販とか」

 

「する理由が無い。あ、それからパックや箱単位で転売して九十九にバレたら、その利益分だけ給料と福利厚生が天引きされるから気を付けてなぁ」

 

「……(;´Д`)320万分お願いします」

「毎度あり~~~」

 

「多々買わなければ生き残れないから仕方ないんだコレは必要な出費コレは必要な出費コレは必要な出費全裸ベルきゅんを当てる日まで(´-ω-`)」

 

 善導騎士団東京本部内のPX。

 

 有志でブロマイドの売り子をする男女が今日も数百箱単位で台車に載せられ運ばれていく人気商品を追加追加で倉庫から品出ししていた。

 

 限定商品はエグイくらいに善導騎士団内のみの販売が徹底されており、譲渡ならば構わないが、転売は許さないというスタンスの下。

 

 隊員達は善導騎士団グッズを騎士団からの給金で買い揃えたり、地方の家族や親族に送ったりする者もあった。

 

 近頃人気なのは大手コンビニやスーパーや百貨店、ゲームの販売店舗なら何処でも売り出しているブロマイドだ。

 

 広報政策の一貫として始まった善導騎士団及び陰陽自衛隊関連のブロマイドは大人から子供まで一体彼らが何をしているのかというのを教える事に一役買っていた。

 

 無論、カードゲームなどのコレクター要素の強い代物である上に多くのカードゲームがそうであるような購買欲を呷る仕掛けは山盛り。

 

 国家規模で口が出せない日本国内で悪辣な封入率にも関わらずバカ売れしている事から各国にも輸入が開始されている。

 

 まぁ、子供の小遣いで買える程度の値段でも1枚が数十億に化けるような夢の宝くじを買ったつもりで投資する大人もいるし、マギアグラムの付属品関連のカードを用いる層には垂涎の品でもあったので需要は確実に上がっていた。

 

 ディミスリル製の本体はスリーブのようなカードプロテクトの必要が無い程に頑強で丈夫な上に薄く軽い。

 

 それこそハンマーで叩こうがガスバーナーで炙ろうが折れず曲がらず壊れず欠けず燃えもしないのである。

 

 純度の高いディミスリルを用いる関係から魔力吸収用のM電池の廉価品のように扱う事も出来る。

 

 この事から、既に1000万枚規模で刷っているというのに日本中・世界中から注文は引っ切り無しであった。

 

 まぁ、民間が作ろうとしても純度の高いディミスリルを用いる関係上、原価割れしてしまう為、刷れるのは陰陽自研付属の工場しかない事もあって、独占販売だけで近頃かなり騎士団のお財布を潤している。

 

「というわけで記念写真撮りましょう」

 

 善導騎士団が今日も平常運転の最中。

 

 本部の巨大な穴の直上には浮遊するディミスリル製の広い板が浮かんでいた。

 

 その上には少年を中心にセブンオーダーズ総員が勢揃いしており、集合写真の如く中央に集まって撮影用のカメラが内蔵された専用のドローンが虚空に数体浮かんでいて、その指示で各員がドローンに向かって次々に決めポーズやら武装を構えたりして写真をパシャパシャ撮られている。

 

「はい。お疲れ様でした」

 

 10分程の撮影が終わったのは本当に集合写真を撮った後。

 

 良い仕上がりになったと満足した少年が忙しい中集まった全員を見回す。

 

「これでニューヨークに行く準備は完了です。明日の朝に転移で選抜メンバーはニューヨーク大結界の周囲に向かいます」

 

 誰の目も真っすぐに少年を見つめていた。

 

「装備は結界内部で作る事になりますが、他の品だって結界が必ず通してくれるとも限りません。限られたメンバーで内部での活動となれば、大きな障害を前にする事もあるでしょう。ですが、これがユーラシア遠征前の頚城を探す最後の機会です。此処での成果が今後の趨勢を占うものになるでしょう」

 

 フィクシーが少年の横に並んだ。

 

「ニューヨークでの活動後、1か月以内に南米北極南極を全て踏破し、頚城の発見確保が我々セブンオーダーズの主要目標となる。各員には本日の業務後、明日の朝まで緊急時以外あらゆる要請と仕事の免除を言い渡す。何をするも自由だ。だが、遺書を書くのだけは勧めない。我々が後に残すのは背中だけでいい。解散!!」

 

 フィクシーの言葉に全員が思い思いにグループを作って動き始める。

 

 一応、明神などもいるのだが、セブンオーダーズではない為、最後の彼らを送り出す準備を最終確認をしに少年へ頭を下げてから善導騎士団本部の内部へと魔術具による動魔術で降りて行った。

 

 ヒューリを筆頭とした三姉妹は蒼い子猫をあやしながら、シュルティやルル、カズマやルカと共に談笑している。

 

 八木と安治は若者達を見送って一端家族の下へと帰るらしく。

 

 空中で黒武に同乗して、敬礼してから去って行った。

 

 クローディオは片世と共に最後の調整として模擬戦をしに地下の訓練場へと向かって消えていき。

 

 ミシェルはラグと共に近頃再会したハンドレットの家族へと会いに少年へ敬礼してから富士樹海基地へと。

 

 芳樹とキャサリンは明日の出立直前の料理の仕込みと急遽加わった感のある彼らにとっての新しい任務である緋祝家で蒼い子猫の子守を手伝う為の物資を買い出しに街へと繰り出していった。

 

 残された少年は談笑に加わる事無く。

 

 全員の姿を見送ってから猫ズを肩に乗せてフィクシーと共に直接北米へと跳ぶ。

 

 目指すのはシスコの地下ドック内だ。

 

 巨大な竜骨が室内から覗ける事務室の一角にやって来た少年がその壁の一角を触ると室内がシャッターで遮蔽されてゴゥンと昇降機として動き出した。

 

 内部が下がっていく事数十秒。

 

 ようやく辿り着いた場所で扉を開けて少年がフィクシーを外に招く。

 

「これがニューヨークで使う車両か?」

「はい。僕らにとっての原点ですから」

 

 そこにあるのは……少年達がねぐらとして使っていたキャンピングカーであった。

 広い車庫内はライトで照らし出されており、ピカピカに磨き上げられた車体が眩しく照り返している。

 

「全部結界へ入れる事を確認済みです。室内の諸々はあの時のままですが、フレームからネジ一本ベリット一つに至るまで全てディミスリルで鋳造してあります。通常車両を限界無くディミスリル系の鋼材でフルビルドしたので能力は別物。積んでる食料や部品も出来る限りのものを揃えました」

 

「ふふ、どんな装備や贈り物よりも眩く見える」

 

 バンッと少年の背中が笑顔で張られた。

 

「良くやった!! これなら存分に戦えそうだ!! いや、ヒューリは上の機関銃が無くて不満かもしれんがな」

 

「内部で調達するか作れば、それで万事問題ありません」

 

「ああ、期待している。皆で何の缶詰かも分からず食べていた時が懐かしいな」

 

「はい。でも、此処まで来ました。来れました。皆で……」

 

「ああ、そうだな。ちょっと内部を見せて貰ってもいいか?」

 

「はい。どうぞ」

 

 少年が扉を開いて内部へと誘う。

 全てがあの時のまま。

 そう、少年達が使っていた時のまま。

 

 時が止まったかのように内装もインテリアも同じで狭さだってそのままであった。

 

 だが、手書きの注意文やら食べられる缶詰のメモ書きやら、英語と日本語が完全に馴染んだ今でも数か月前の必死さが伝わってくる。

 

「今回は殆ど装備を現地調達か現地製造との事だが、ディミスリルは使えるのか?」

 

「はい。それは問題無い事を確認しました。あくまで特定の形状や能力が弾かれるようで……それを踏まえて、黒武に使われている技術の中でも電子機器や兵装以外のものは全て使いました」」

 

「スゴイな。直に感心する」

 

「あはは、みんな旧い車両のデータを残してくれてた企業の人達のおかげです。最高時速800km、全員寝られるように少し屋根裏だけ改造して工夫しました。持って行く食料もカロリーベースなら全員で4900日間の生存を確保出来る量。永続的に食料を生産するキットも内蔵です」

 

「もしもの時も大丈夫、と」

 

「はい。後、内部からの防音性能は良いですが、外部からの防音性能は有りません。駆動方式は魔力とガソリンのハイブリットです」

 

「外から音が聞こえるが、内部からは聞こえないのか? 面白い作りだな」

 

「それからお風呂はちょっとだけ広く作りました。3人は入れるように」

 

「ふふ、少し狭い風呂も素敵だったが?」

 

 思わず少年が頬を赤くして目を泳がせた。

 

「一応、電子部品無しで医療キットを揃えました。基本的にはMHペンダントを用いない薬品ベースと義肢、人口臓器も揃えてます。全員分の臓器が移植7回分。義肢は1人が四肢を全て失っても3回はどうにかなります」

 

「何処に入っているのか聞いてもいいか? この車体にはとても入り切らなそうに思うのだが……」

 

「実は車体が2回り大きくなってて……中の居住スペースが殆ど変わってないんです。つまり、此処ですね」

 

 コンコンと少年が壁の一部を一定間隔で叩くとバカッと開いて内部にギッチリと溶液と共にパック詰めされたZ型義肢や人工臓器……終わりの土で形成している細胞を用いないソレが露わになる。

 

「一応移植が必要に成ったら叩くようにと言っておこう。内部に何が入っているかは言わない方針で……」

 

「あ、はい」

 

 少年が壁を圧して元に戻した。

 

「取り敢えず、後は結界を抜けてから装備は造れる時に造るという方針でいいと思います。まずは状況を確認する為、ニューヨークに向かいましょう」

 

「……お前のおかげで我々はこうしてまだ戦える。まったく、団長にはお前をスカウトして来てくれた事を感謝せねばならないな」

 

 少年を後方のテーブル席に座らせて、フィクシーが横に腰掛ける。

 

「ヒューリさんやフィー隊長がいなかったら、僕はあそこでたぶん死んでます。何も分からないまま。確かに魔力が有れば、ある程度は生きていられたかもしれません。でも、ゾンビの群れを吹き飛ばす程の魔力を使えば、僕自身が吹き飛んで食べられてソレで終わってたはずですから」

 

 少しだけ何も言わずに二人がその広い机を囲む後部シートで室内を眺める。

 

「……終わりが近付いている気がする」

「フィー隊長もですか?」

 

「ああ、四騎士達の言葉が本当だと過程すれば、数年後ならば、確実に勝てる見込みだったようだが……その前に破滅でもやってくるような口ぶり。実際、世界規模での気象変動のデータは見せて貰ったが、人間が耐えられそうにない予測が出たそうだな」

 

「ええ、過剰な日照量や過剰な雨量、風速、低温、諸々ですね。世界中で魔力が拡散しているだけでは説明が付かない異常気象が多発しているようです」

 

「ドイツや他の地域で回収した避難民のいた地帯。あのデタラメな気象もその一つか?」

 

「はい。解析結果だけ言うと砂漠化と同じです。因果律的にオカシな事象の流れが現れていて、温度が高く無いのに大量の水蒸気が発生したり、低気圧が存在しない地域にいきなり台風が発生したり、雪が降る横で熱波のような場所の解析結果だけ言うと……恐らく、異相側。それも概念域側からの影響なのではないかと」

 

「ああいった気象が更に広まれば、人類の生存領域は更に狭まるな」

 

「ええ、穀倉地帯が急激に使えなくなってる現状。HMPの普及を加速させる必要があります」

 

「黙示録の四騎士を倒せば、更に期限が縮まる可能性もある。最悪の事態に備えておくべきだな」

 

 頷いた少年がゆっくりと立ち上がる。

 

「やってくれるか? ベル」

「勿論です」

 

「では、明日に備えて今日は私がお前を労う事にしよう」

 

「え?」

 

 言っている傍から少年を連れて少女は有無を言わさず風呂場に連れ込んだ。

 

 少年の焦る声も何のその。

 

 何も構わずポイポイ少年の装備を剥ぎ取って真っ新な身体にしたフィクシーは自分もスルッと数秒で早脱ぎ後、全部そのままに浴室へ。

 

 勿論、お湯が張られていないのだが、お湯が張られていなくてもシャワーなら出るらしく。

 

 少年を椅子に座らせてシャワーで身体を湿らせつつ、お湯を張りつつ、ソープをベチャベチャ少年の肌に塗ったフィクシーが手でヌルヌルワシワシやり始めた。

 

 それもまるで犬を洗うかのような気軽さで。

 

「あ、ちょ、フィー隊長?! く、擽った―――」

 

「此処がキモチイイのか? ふふ、ちゃんと全部洗ってやるからな」

 

 まるで弟を洗う姉の威厳。

 

 髪を手早く脱衣所で纏めていたフィクシーは手慣れた様子でワシャワシャと泡立てたソープの海に沈みそうな想い人の恥ずかしそうな反応に気を良くして、泡立て終わった背中に自分の肌を押し付けた。

 

「っ~~~?!」

「今度は一緒に洗うぞ? ほら」

「ひぅ?!」

 

 未だ腕が四つな彼女に身体の隅々を触られながら押し付けられながら、鼓動を感じる程に密着した少年は完全に上せたようにプルプルしていた。

 

「いつもヒューリや明日輝、悠音達にして貰っているのだろう? 別に私がやっても問題無いな」

 

「も、問題は有るような……」

「お前とこうしていると落ち着く……」

「フィー隊長……」

「隊長を今だけ外してくれないか?」

「……フィー?」

 

「ふふ、嬉しいな……こんなにも……胸が熱くなって」

 

「あぅ……」

 

 しっかりと押し付けられた胸元は他の少女達に比べれば薄いがしっかりとしたふくらみであった。

 

 そして、四つの腕が少年を包み込むように密着して離さない。

 

「済まない。お前にばかり無理をさせてしまって……こんな身体になってまで私達を護ろうとしてくれている事……頼もしく……いや、愛おしく思う」

 

 ギュッと少年が背後から抱き締められ、その耳元にとても済まなそうな声が涙混じりに零された。

 

「大丈夫ですよ? 身体は丈夫になりましたから」

 

「動魔術が無ければ、まともに動かせない体でもか?」

 

「それは……耐久力とトレードしたので。魔術師なら別に何かを対価に何かが低減するくらいの事は……」

 

「お前が望んだ身体なら……もう私は何も言うまい。だが、覚えておいて欲しい。私だってお前を護りたいのだ。お飾りのトップに納まっているよりはお前の傍で戦って自分の手で護ってやりたいと……思うのだ……」

 

「気持ち、嬉しいです。でも、役割を共に果たしてこそ、きっと皆で生き残れると思うんです。最後の最後はそれでいいのかもしれません。でも、フィーには……フィクシー・サンクレットには相手を倒す以外の戦い方も大切なはずです」

 

「厳しいな」

「魔術師ですけど、魔導師なので」

 

「そうだったな。それがあってこそ、共に生きていけるのか……また、一つお前に教わったな」

 

「そんな大そうな事は……」

 

「でも、ありがとう。それと胸もカッコいいぞ?」

 

 少年の胸元には泡に隠れてこそいたが、方陣が描き込まれた鈍い色の球体の一部が露出し、肌との境目から食み出して白と黒の交わる螺旋状の円環内で7角形状の緻密な象形を描き出していた。

 

「あはは、いつもは見えないように消してるんですけど、ヒューリさんとフィーには分かっちゃいますよね?」

 

「力不足を痛感する……だが、お前だけが戦っているわけではない事を忘れないで欲しい。我々は騎士団だ。共に隊伍を組んで戦う者だ。な?」

 

「はい」

 

 少年が少女の手に手を重ねた。

 

 その触れ合いだけで密着するよりも尚高い熱量が込み上げて来て、フィクシーが親愛を手に込めながら、少年を隅から隅まで洗っていく。

 

 恥ずかしいやらキモチイイやら大変な少年はそれでも為されるがままに身を委ねてしっかり洗われた後、二人で入浴。

 

 フィクシーに抱き抱えられるようにして入らせられた後。

 

 十分上せた様子で先に上がっていった。

 

 その恥ずかし気ながらも親しみと嬉しさを滲ませた背中を見送りながら、フィクシー・サンクレットは思う。

 

(こうして後何度お前に触れていられるだろう。それを何度でもと思うのならば、世界くらい救って見せよう。心意気だけで何が出来ずとも、愛無くして人は立ち向かえはしないと……私はそういう人間なのだと……ああ……まったく、罪深い魔導師殿だ……私をこんな気持ちにさせるのはきっとお前だけだ。ベル……)

 

 プクプクお湯に使って上せた少女を少年が不審に思って浴室から救い出した後。

 

 たぶん、疲れていたのだろう。

 

 少年の膝枕から着替えさせられて起き上がるのは昼過ぎであった。

 

 ぐぅとお腹が鳴った恥ずかしそうな少女に少年は何か食べましょうと懐かしい北米産の缶詰と焼き立てのパンや野菜を差し出して、共にサンドイッチにして腹を満たす事になる。

 

 そんな秘密の昼食が終わった時、本当の緊急時にしか鳴らないコールが鳴らされ、少年は再び戦禍の中心へと向かう足音を聞く事になった。

 

 シスコ善導騎士団本部より緊急コール。

 

 ―――シスコ守備隊外縁機動部隊より入電。

 ―――我、白旗を背中に背負うゾンビを視認せり。

 ―――対象は意志あるゾンビと見ゆ。

 ―――捕獲を進言するものなり。

 ―――当人の音声を送る。

 

『ゾンビになった私達を助けて、下さい……お願いします……』

 

 例え、それが人に非ずとも。

 

 否、それが今まで億人殺した敵と同じ物から発せられた言葉だろうとも。

 善導騎士団は一つの事を示す為に戦い続ける。

 

 だから、その発せられた言葉に対して彼らがまず返す言葉は一つだった。

 

「大丈夫ですか? お話を聞かせて下さい」

 

 マヨネーズがちょっと口元に付いた少年の笑みは完全無欠であった。

 

 手は差し出されたのである。

 

 *

 

「どうぞ。食べられますか?」

 

「はい。その……ありがとうございます。こうして受け入れて頂いて」

 

 少年がその女性を通したのは外のテラス席がある貸し切りのビルの屋上に設置されたカフェ・レストラン。

 

 スカイラインと呼ばれるビル群の一棟。

 

 黒武や黒翔に載る善導騎士団一般隷下部隊が駐機して立ち寄れる場所として整備された専用のPXが共に併設された場所であった。

 

 現在、周囲には誰もいない。

 

 そして、少年の目前にはカーキ色の軍服を纏って両腕が無く袖をヒラヒラさせた斑模様の肌をしたゾンビが1人。

 

「意思あるゾンビ。いえ、頚城という言葉はご存じでしょうか?」

 

「それは……ハイ。私はニューヨーク守備隊ポラリスの1人メイ・アンコールドと申します」

 

「ポラリス……それがニューヨークを護っているアメリカの部隊ですか?」

 

「あ、いえ、少し事情が複雑で……我々はアメリカと繋がりはありますが、あくまで独立自治を掲げており、物資を得る代わりにアメリカの北米奪還作戦まで橋頭保としてニューヨークを保持する協定に署名しているんです」

 

「ああ、秘密協定ですか?」

 

「はい。色々と皆さんの事は衛星通信で情報を得ていました。故に此処までやって来たのです」

 

 メイと名乗ったゾンビは動魔術で器用に口へサンドイッチを入れて咀嚼し、出された珈琲を啜った。

 

「メイさん。まずお聞きしたいのですが、メイさんはゾンビとして意志がある状態のようですが、その状態である仲間はいますか?」

 

「はい。ポラリスは主要中核メンバーが全員意志あるゾンビ。頚城としての精度が高い部隊です。嘗て、BFCからゾンビ駆逐の為に派遣された精鋭部隊の一つの生き残り。それが我々ポラリスです」

 

「BFCの……」

 

「我々はゾンビの超重物量戦において敗北を重ね、最終的にはニューヨークの守備隊と合流する頃には数人にまで減っていました。ですが、最後の大攻勢時に頚城としての能力を覚醒させ、ゾンビを一定領域内で支配下に置く事が可能になった事でコレを退けたのです」

 

「ゾンビを?」

 

 コクリとメイが頷く。

 

「ですが、その頃もう米国は日本や各地に分散移住。ニューヨークを持ち堪えさせた我々ですが、最初期の頚城の性能的な限界として……普通のゾンビのような姿になりました」

 

「そうですか。辛い事を思い出させてしまって済みません……」

 

「いえ、米国は我々を見捨てたものの、北米の奪還作戦に備えてニューヨークの維持はしたかった。なので関係を保つ見返りとして物資弾薬を供給した。海獣類との戦いなどが激しさを増した時期には全ての物資が底を尽き掛けていた為、我々としてはこれを受け入れざるを得なかったのです」

 

「成程、大体の事情は分かりました」

 

「善導騎士団。皆さんの事は近年の情報で知りました。ですが、あちら側の世界の騎士団という事ならば、我々は同じような存在の事を既に知っています」

 

「最後の大隊ですか?」

 

「はい。黙示録の四騎士。彼らをバックアップするのは生き残りの騎士達。幾つかの騎士団が合流した者達こそが彼らなのです」

 

「詳しい事を聞けますか?」

 

「知らされている事は多くありません。我々はBFCの末端でしたから……」

 

 彼女が瞳を僅かに伏せる。

 

「四騎士は元々があちらの世界の騎士団長であった事。その貴下の騎士達がBFCとの間でいざこざを起して多くが死傷し、恐らくは【神理匣(アルス・マグナズ)】にされた事。残った者達がBFCから逃れて何者かの統率の下、最後の大隊を組織した事。これくらいでしょうか」

 

「アルス・マグナズ……それはもしやBFCの魔術を使う際の……」

 

「はい。ご存じでしたか。そうです……あちら側の魔術を用いる人々の脳を用いて作成する『自己思考炉《セルフ・マギア・リアクター》』と現場で言われていた機材の一つです」

 

「皆さんはソレを?」

「はい。所有して戦っていました……」

 

 その言葉に僅か苦し気な響きが混じる。

 

「……嘗て、我々は人類を護る為に頚城となる手術に志願しました。多くは技能のある有志で構成されていたのです。ですが、彼らBFCの下で戦い続ける内に事実を知り……多くの同志がその葛藤の中でゾンビに呑まれて行きました」

 

「遅滞戦闘で数の違い過ぎる敵を相手にしていたという事ですか?」

 

「はい。だから、使わなければ生き残れなかった。事実を知った後使えば、人でなしの謗りは免れない……ですが、多くの人々を背後に抱えたまま退避させる為にはどうしても使わざるを得なかった」

 

 当時の事を見る瞳が茫洋としたものとなる。

 

 思い出した地獄は北米の何処を彷徨っているものか。

 

 それを見ただけできっと常人の多くは狂気を垣間見るだろう。

 

「同志達の遺言により、彼らが使っていた箱は全て回収。現在ニューヨークの拠点に保管してあります」

 

「……最後の大隊についてはどうでしょうか?」

 

「BFCが彼らを大量に材料として使用した事で対立が表面化したとの話を死んだ上官から聞いております。それまでは保護という名目で米軍の管理下で彼らは協調していたという話ですが、それも何処まで本当だったのかは……」

 

「それで逃げ出した彼らが最後の大隊を組織したと。ちなみに何者かとは?」

 

「大攻勢が行われた直前に最後の大隊と戦闘があったのです。米軍には知られていませんが……その時、『あの方の旗の下に我々は必ず目的を果たす』とそう……言われまして……」

 

「よく生き残れましたね。彼らはかなり強力だと聞いています。頚城とはいえ、魔術と普通の銃弾だけで戦えたんですか?」

 

「いえ、我々は彼らの()()を使いました。偶然では恐らくないのでしょう。BFCがその為にこそ我々に使わせていた可能性が……」

 

「そうですか……」

 

「そして、撤退時に必要最低限以外を彼らに戦利品として回収して貰い。実質的には人質を取った形で見逃して貰った、と言うべきかもしれません」

 

「今も残った彼らの同胞はニューヨークに?」

 

「はい。その通りです。ですが、生き残った人々を護る為には絶対に手放せなかった……そして、今、貴方達の登場と共に風向きが変わりつつある」

 

「僕らの力が北米からゾンビを殆ど駆逐したからですか?」

 

「はい。貴方達はあのMZGを打破してみせた。そして、我々ニューヨークにも2年前から新たな変化が訪れていた」

 

「変化?」

 

「お話します。我々がどうして貴方達に救援を求めたのか。その理由を……」

 

 ショートボブの30代。

 どこかあどけなさを残す貌。

 

 そんな彼女がまだ濁っていない瞳で少年を見た。

 

「七教会という組織をご存じですか?」

 

 少年はそれを聞き思う。

 今、新しい扉が開かれたのだと。

 

 ―――翌日、ニューヨークより101km地点

 

「と、言うわけで今回の調査に加わってくれる頚城のメイ・アンコールドさんです。皆さん、仲良くして上げて下さい」

 

 荒野の上。

 

 さっそく紹介された両腕の無い女性ゾンビ。

 

 メイが軍服姿のままに頭を下げる。

 そして、選抜メンバーの多くが思った。

 

 このウチの魔導騎士にしてみたら、ゾンビすらも人類に無害なら護るべき一般人扱いなんだろうなぁ、と。

 

「で、報告書を見る限り、オレ達の役割って……」

 

 カズマが横のルカやラグと共に紹介されたメイを見る。

 

「はい。皆さんには……ニューヨークの生き残った市民のいる地下シェルター世界を護って欲しいのです。前市長の息子であるリーダーから……」

 

「内乱かぁ。しかも、すっげー微妙なグレー極まりない感じの……」

 

「我々が反乱軍という事になると思います。ですが、彼の決断は市民の為であるのは間違いありません。ただ、私達はそれを良しとしません」

 

 奔る車窓からは大結界が近付いてくるのが見えていた。

 

「我々ポラリスはもう頚城としてそう長くありません。やがては他のゾンビ達と同様に意志を失って化け物となるでしょう」

 

 その言葉に滲むのが静かな微笑みである事にその場の全員が思う。

 

 ああ、目の前の人はもう自分の命を捨てて此処にいるのだと。

 

「ですが、だからこそ、言えます。それが例え生き残れる最も確実で可能性が高い選択だとしても……私達のようには……彼らを私達みたいにはしたくないのです。どれだけ長生き出来ようと。どれだけ素晴らしい能力を得られても……この身体となり、死を経験したからこそ、私達はそれを誰かが望む事が無い世界を築きたい。その為にずっと戦って来た……だから……」

 

 彼らに渡されたレポート。

 

 後にアルカディアンズ・レポートと呼ばれる事になるニューヨークでの一連の事件の詳細は人類が今直面している現実。

 

 その縮図にも似た代物であった。

 

 それを知った多くの民間人達が世界の滅びを前にして考えさせられる事になる。

 

 事の興りは2年と7か月前。

 春になろうかという時期の出来事。

 

 ニュヨークに嵐が吹いていた夜の日の事であった。


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