異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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第169話「漂流者アリス」

 

―――?年前大陸中央諸国残存異相宙域。

 

『ねぇ、アリス!! もうダメだって!? 逃げないと!!?』

 

『貴方だけでも逃げ延びて……生きて……巻き込んでしまって……ごめんね?』

 

『馬鹿!? こんなところで良い男もいないのに心中なんて嫌だよ!? 早く逃げよう!! もう誰も残ってないじゃない!! こんなのはわたし達の仕事じゃないよ!?』

 

『そうかもしれない。でも、あの個体の軌道変更が不可能なら……これから大陸規模での災厄になる。七教会もああいった存在の事までは()()()()()には出来ない……此処で止めるしかないの。それを出来る私が……』

 

『ッ、この分からず屋!! まだ、あたし達ッ、恋だって知らないじゃない!! こんなの兵隊のオッサンやオジサンがどうにかすればいい話でしょ!!?』

 

『……今、世界は選択を迫られてるの。その選択の一つがきっとコレ……世界の命運を掛けて戦う人達が知らない滅び……運命が無い以上……それを知った誰かがやらなければ、全てが滅んでしまう』

 

『アリス?!!』

 

『蒼い天蓋の星……一緒に行ってみたかった……出不精でごめん……』

 

『アリス!? 何してるの!? その操作何!? どうしてブロック閉鎖するの!!? どうしてよ!? どうしてッ!!? 私達これからだよ!? これから一杯お喋りして、好きな人の話とかして!!? 一緒に美味しいモノ食べて!! それでッ、それでッ―――』

 

『ふふ、一度くらいフルー様のお勧め店に行ってみるんだったな。貴女は行って? 私がいなくても、いつか……必ずその日は来るから……きっと……』

 

 ―――【最終フェイルセーフ解除。次元相転移機能完全開放。|次元相転移反応炉《ディメンジョン・フェイズシフト・リアクター》……ラスト・コード実行】

 

『止めて!! そんな事したら死んじゃうよ!! そんなのダメッ!! ダメだよぉ!?』

 

 ―――【次元降下縮滅運動開始……対象38次元オーバー……下降開始】

 

『ああ、神様はいないけれど、此処に貴女がいて良かった……この世界に友達がいて……私は死なないから……大丈夫だから……泣かないで? ただ、少し違う次元に向かうだけ……これは死じゃなくて……きっと、隣り合っても分からないだけ……でも……心はきっと……きっと……』

 

 ―――【5次元……4次元……3次元……2次元……1次元……零次元突入……反応消失……励起エネルギーを10の6485432乗分と推定……全エネルギーを次元開口機能へと接――Zく―――ちょtyoouyaaaaaak貝氏まSU】

 

 ―――『アリス!!? アリス!!?』

 

 ―――【jがbなあえmにごいthがぇrgじれbなぇhばえlhb5gj3い4gqpn………昨日復木スイてーたたたじまるちばばばす3232じょじょう個の艦つつつつう……エネルギー残量0……全励起エネルギーの衰滅を確認。艦の93.2322%の機能が崩壊しました。生体反応1。凍結人員3。サブシステムON。データ破損状況97%以上……艦の状況不明。艦の航行不可能。艦内の生体維持機能……4%は正常稼働中……】

 

 ―――ニューヨーク・シェルター地下最終層。

 

「……ん」

 

 白い壁。

 見知った天井。

 

「……8時?」

 

 空気は正常。

 気圧は正常。

 室温は正常。

 湿度は正常。

 重力は正常。

 臭気は正常。

 

「……お湯、お湯……」

 

 少女が1人が白い部屋の寝台から起き上がる。

 

 完全なる白の中。

 

 無重力ブロックはその空白に扉という線を描く。

 

 それに手を伸ばして付ければ、彼女と世界が交差する。

 

 扉が開けば、其処はもう艦内の鋼の通路。

 

 今はもう散乱していた残骸も片付けられ。

 

 ただただ、罅割れて廃墟のようになった僅かに灯りが灯るだけの場所。

 

 ヨタヨタと彼女は素足で歩く。

 

 その合間にも彼女の姿は全裸から靴を履き、靴下を履き、下着を履き、ズボンを履き、白衣を着る。

 

 途中に用意されているものを纏っていく。

 

 オカシな話だろうが今では慣れたもの。

 

 機能が不完全で存在しない以上は自分で着るしかない。

 

 だが、今はお湯だとばかりに彼女は通路の先にある合同洗面所の一つ。

 

 そう……奇跡的にたった一つだけ無事だった蛇口を捻る。

 

 お湯は出た。

 

 先日までは10度の()()が出た為、明らかに壊れていたが、現在は40℃のお湯が出るのでマシだろう。

 

「ぅ~~~」

 

 パシャパシャと顔を洗って横に置いてあるフカフカなタオルで顔を拭いて、辛うじて罅1本で済んだ硝子に顔を映す。

 

 寝起きという事を差し引いても彼女は美人だ。

 

 いや、美少女だ。

 

 別に本当の事だから今更ツッコミは入れない。

 

 ノソノソと彼女は通路を歩いて先へと向かう。

 

 33m先の食堂にはレーションの束が無造作に箱へ入れられている。

 

 今や誰も料理しない厨房は壊滅しているが、未だにプラント機能が生きているおかげで食事にだけは不自由しない。

 

 だが、その機能も現在は食料生産以外の事に処理能力とエネルギーを費やしていた。

 

 少なくとも艦の周囲及び艦自体の質量が0になるまで物質をエネルギーに変換し続ける事が可能なプラントである。

 

 エネルギーのリサイクルで彼女1人が死ぬまでやっていけるだろうが、その力は今のところ彼女の生体維持とそれ以外のとある目的の為だけに運用されている。

 

「ご飯……ご飯……」

 

 水が出る蛇口から割れなかった金属製のコップに水を一杯。

 

 そして、段ボールというらしい茶色い梱包紙に包まれた大量のレーションの一つを取ってテーブルへ。

 

 水とレーション。

 

 それを前にしてゆっくりと食事を開始。

 

 食べ終わるまで5分。

 

 はむ、もそ、ぐび、ぐちゃぐちゃ、ごくん。

 

 その繰り返し。

 

「……神様はいないけど、感謝を……外の人」

 

 彼女はそうしてパッケージを横にあるダストシュートに捨てて、通路の更に先へと向かう。

 

 ―――【プロテクト・コード00】

 

「分かった。でも、生命時機能以外は全てあちらに回しなさい」

 

 ―――【数百時間経過】

 

「継続しなさい」

 

 ―――【記録の参照推奨】

 

「開示……」

 

 ブツブツと彼女は自分にだけ聞こえるシステムの声に告げていく。

 

 そして、いきなり記録映像で臓物だらけの化け物がドアップで出て来て噴き出しそうになり。

 

「と、突然死させる気かぁああああああ!?」

 

 そう叫ぶ。

 

 ―――【生体反応正常。多少の発汗と動悸を確認】

 

「な、何よ。コレ……?」

 

 ―――【不明……120時間前に発生。現在、ニューヨーク・シェルター外部に出現中……外部の生体視覚情報の窃視により存在判明。システムの全センサー感知不能】

 

「化け物が外にいるの?! どうして知らせなかったのよ!!?」

 

 ―――【『いい? 私はこれから寝るから。シェルターからの連絡か、結界の維持に支障が出そうな時だけ起こしなさい』】

 

「くッ、この融通の利かないポンコツ!!」

 

 ―――【ニューヨーク・シェルター内にポラリス以外のゾンビを確認】

 

「はぁ?! 今すぐ出して!? どうなってるのよ!!?」

 

 少女の前にニューヨーク・シェルター内の映像が次々に出て来る。

 

 前から各所にはそれなりに人気があったはずなのだが、今はどうやらシェルター内の部屋にほぼ全員が籠ってしまっているらしく。

 

 殆ど姿が見えない。

 

 辛うじて守備隊はいたが、その彼らが同じ形のゾンビ達を前に恐々として身を固くしていた。

 

 ゾンビ達は倉庫の方へと向かっていたが、その数が尋常ではない。

 

 シェルター内に少なくとも3000体近く確認されていた。

 

「どういう事!?」

 

 ―――【不明】

 

「ポラリスは!? メイはどうしたの!?」

 

 ―――【ポラリスは一度帰還後、再度シェルター外部へと出立。メイ・アンコールドは結界敷設前にニューヨークより車両で離脱。何らかの任務に就いていると推測されます】

 

「ッ、この寝てる間に何か変わった事は?」

 

 ―――【外部より来訪者有り】

 

「すぐ出しなさい!!」

 

 彼女の周囲に大量の映像が映し出される。

 

 ある者は白衣の男。

 ある者は少年。

 ある者は少女達。

 ある者はエルフの男。

 

「黒いエルフのデータを出して」

 

 ―――【照合……個人データ有り】

 

「個人データ?」

 

「アーカイヴ情報元ガリオス軍」

 

「誰よ? 高官?」

 

 ―――【クローディオ・アンザラエル・クロイツァル。クロイツァルは軍所属時の軍団貴下に配属される者へ送られる称号で過去の偉人の名が使用される。ガリオスにおけるクロイツァルは英雄の意】

 

「要らない情報は省きなさい。英雄ってどういう事よ?」

 

 ―――【ガリオスにおける地方友好国デナストでの争乱及び反乱の鎮圧時、作戦部隊における個人戦果単独トップ】

 

「千人殺せば英雄って事? 黙示録の四騎士の大隊人員じゃなさそうだけれど、コイツの現在の所属は?」

 

 ―――【善導騎士団】

 

「ッ、此処に善導騎士団が? ジョセフからの連絡も無いのに……地下シェルターにもう入られてる? 一体、どういう事よ」

 

 ―――【地下シェルター内部へと突入する道を地下に開けて潜入した模様】

 

 その声と共に彼女の前には大きな車両が1台通れるくらいの穴がシェルターの倉庫の奥まった場所に開いている光景が映る。

 

「善導騎士団がニューヨークに来た? もしかしてメイが関係してるの?」

 

 ―――【不明……メイ・アンコールドはサーチ出来ていません】

 

「帰って来ていないのか。それとも……どうしてポラリスはこっちのサーチに殆ど掛からないのかまだ分からないの?」

 

 ―――【処理能力が不足】

 

「……いいわ。とにかく現状の把握よ。集められるだけ情報を集めなさい。私も通常ルートで出るわ」

 

 ―――【不可能です】

 

「はぁ?! どういう事よ!? 同じ事どれだけ言わす気!?」

 

 彼女の家。

 いや、居住区画から少し離れた外への出入り口。

 

 一応、修復してハッチ式にしたそこの周囲には大量の同型ゾンビが集まっていた。

 

「―――何で? この間までポラリスの普通の守備隊が警護してたわよね? 周囲のテントの中はどうなってるの?」

 

 その言葉に映像が切り替わり、負傷者の治療を行っていたテント内が無人である事が分かった。

 

「まさか、あのゾンビ共って此処を警備して……」

 

 ―――【警備行動を確認】

 

「つまり、リーダーであるジョセフかポラリスの主要メンバーか。どちらにしてもアレが配下にいるって事」

 

 ―――【一時的な指揮下にいると推測】

 

「あのゾンビを造れるのはBFCや四騎士くらい。なら、BFCの方でしょうね。この結界が張られた後、やってきた? いえ、この状況下で転移なんて可能なはずは……ああ、もう情報が足りない!!」

 

 ―――【興奮状態は推奨しません】

 

「ぐ……と、取り敢えず、BFCの要人に見える白衣の男をマーク。善導騎士団側にコンタクトを取るわ。それからシェルター内の人員や連中と交信出来る?」

 

 ―――【未知のジャミングを感知。不可能と断定】

 

「そのジャミングの出所は?」

 

 ―――【感知不能】

 

「ポンコツめ……あのゾンビ共に見付からないように善導騎士団と接触出来るルートとポイントをすぐに出して……此処からの()()()()()()()()もね。後からでいいから」

 

 ―――【……ルートとポイントに関しては43分32秒必要です】

 

「いいわ。実行よ」

 

 ―――【ルート検索開始。ポイント予測】

 

 喋っている間に意識がハッキリして来た彼女は外に出る準備をしなければと通路を速足に戻り始める。

 

 元の白い部屋に来るまで1分弱。

 

 扉の先で無重力の先へと向かった彼女はすぐに普通の通路に続く道に入った。

 

 まるで白い画用紙に通路を書き加えたかのような不自然さ。

 

 その先の扉が彼女の来訪に開く。

 

「ただいま。みんな……」

 

 彼女の視線の先にあるのは倉庫だった。

 半壊した機械類がコンソールと共に停止している。

 

 壁はグシャグシャに外からの圧力に凹んで部屋の半分は潰れている。

 

 だが、残った半分程のスペース。

 

 30m四方の空間にはガラクタ染みたコードと機械の寄せ集めが大量に集積された一角があり、その中に埋もれるようにしてカプセル状の設備があった。

 

 その個数は3つ。

 

 内部が凍結されて白く染まっている為、内側を窺い知る事は出来ない。

 

「………」

 

 彼女は物言わぬカプセルを見つめた後。その横から続く倉庫の予備動力室へと向かった。

 

 元々は倉庫内の装備を整備点検する際の動力確保に用いる設備だ。

 

 だが、そこにあるのは元々あった動力炉ではなかった。

 

 壁際にはズラリと普通ではない光景がある。

 銃と剣が一体化した武装。

 各種の整備用の装甲一式の予備パーツ。

 人間が用いるのだろう武器弾薬のみならず。

 

 背骨のようなものまで硝子のように見える透明な箱に収められて、縦に積まれていたのである。

 

 しかし、それよりも異様なのは彼女の前にある暗闇としか形容の出来ない空間であった。

 

 その先は見通せず。

 硝子の箱も滲むようにその先に消えている。

 

 もしも、箱に入っているモノに動力が充填されていれば、暗闇をも照らすかもしれないが、火は灯っていない。

 

 動力が無くては何も動きはしないし、そもそもの話。

 

 彼女にはそれを使う術が無い。

 彼女に出来る事はほんのわずかな事だ。

 

「コード033A」

 

 少女の呟きと共に彼女の前にあった暗闇がゆっくりと朱ていく。

 

「ただいま。あたし……」

 

 暗闇が暁光で掃けていく

 その先にいたのはガラスの棺。

 

 そう、棺に納められている誰かであった。

 

 腕は無い。

 顔は無い。

 足は無い。

 

 身体の半分は抉れて削れ。

 残った頭部には頭髪も頭蓋も無く。

 

 剥き出しの無数のコードが黒い何かに繋がっている。

 

「行ってくるね……アリス、あたしに力を……」

 

 反応は無い。

 だが、少女の周囲にマシンアームが壁際から迫り出した。

 

 無数のソレが次々に周囲にある箱からパーツを次々に取り出しては少女に圧着させるように付けさせていく。

 

 やがて……2分もした頃。

 彼女の姿は機械の鎧と化していた。

 

 全長3.2m。

 

 両脚の脹脛には球体状のフロート・ユニット。

 

 両腕には鋼のシールド・ユニット。

 

 背部には鋼のウィング・ユニット。

 

 頸部から腰部には賢者の釜と呼ばれる背骨状のリアクター・ユニット。

 

 頭部から鎖骨までを覆うのはあらゆる攻撃を解析して跳ね退ける魔導方陣の自動生成を行うフィールド・ユニット。

 

 胴体は防御と同時に破壊される装甲と肉体を再生する鎧型のリジェネレート・アーマー・ユニット。

 

 そして、彼女の周囲に浮かぶの使い魔を無数に生成する正方形状のファミリア・プラント・ユニット。

 

 その全てが彼女の肉体に物理的にか精神的に直結している。

 

 連結部は()()()()()()()()()()()()()コネクト用の機械式アームが1面ずつ結合する事で固定。

 

 関節部は外側から見えないが、ユニット同士の隙間から伸びた帷子状の装甲が繋がる事でカバーされていた。

 

 全体的に見れば、鋼で出来た勇壮な天使をモチーフにした彫刻。

 

 だが、その丸い頭部から顔面に掛けての球体に浮かぶのは顔文字のような表情を顕すだけの簡易の表示のみだ。

 

「ポンコツ」

 

 ―――【演算完了。後35分お待ち下さい】

 

「……それ何の時間なのよ」

 

 ―――【貴女のアリス様との蜜月のデータを元に身体ユニットの再構築用予備パーツを】

 

「ポンコツウウウウウゥ!? 今すぐ停止!! そんなのいいから、さっさと射出しなさい!!」

 

 ―――【身体ユニットが破損した場合、予備が無ければ、不都合が生じる可能性が有りますが、よろしいですか?】

 

「構わないわ!! さっさとやりなさい!!」

 

 ―――【運用者の非合理的な発言によりパーツ生成停止。射出シークエンスに入る。射出場所はゾンビの巡回ルートを一部跨ぐ形になりますが、隠密行動用のステルス形態を用いて通過。善導騎士団と接触して下さい】

 

「一言余計!! アストラリウス・フェル・クオリネッタ・ヴェデウス。行くわッ!!」

 

 ―――【……御武運を。名も無き貴女】

 

「フン」

 

 彼女は瞬間的に天井へ開いた穴に吸い込まれるようにして消えて行った。

 

 残ったのはガラスの棺に入った痛々しい肉体が一つだけ。

 

 それもまたゆっくりと暗闇に閉ざされていく。

 

 ―――【システム・クローズドへ移行。船体保全機能オールグリーン。サブリアクター出力21%を()()()()に……残存出力を魔力波動へと変換……1日で物体構築難度0.0032%上昇……波動錬金機構通常作動中……次元相転移炉心修復率83.3221%……残存工程9331万3214……創造主のオリジナル炉心だったならば、此処までの時間が掛かりはしなかった。本当に3人とも運が無い……】

 

 システム音声もまた途切れる。

 

 ポンコツ呼ばわりされたソレはあらゆるセンサー類を導入し、自らの運用者を注意深く監視し始めた。

 

 いつでも船内へと帰還させられるように……。

 

 *

 

 アフィス・カルトゥナーは今日もゲンナリしながら仕事の一つを熟していた。

 

 本日の問題は日本の政治問題全般における反善導騎士団及び虐殺連呼を止めない人々に対するトドメの一撃を見舞う為のテレビも入った大討論会であった。

 

『善導騎士団は虐殺内容を公開しろぉおおお』

 

『公開しろぉおお(。`д´)』×数十人の討論会場外のとある()()()()

 

『本当の虐殺ビデオが有るはずだぁあああああ』

 

『有るはずだぁあ(。9`∀9)』×数十人の討論会場外のとある()()()()

 

『お前らのしている事は人殺しだぁあああああ』

 

『この人殺しぃい(。A`ωA)』×数十人の討論会場外のとある()()()()

 

『化物で人間を殺す暴力装置は解散しろぉおお』

 

『解散しろぉお(。`ハ´)』×数十人の討論会場外のとある()()()()

 

 ちなみに悪辣なのや背後関係が真っ黒だったり、心根が真っ黒な層はそもそもこの場所に来る前に心がボッキリと副団長と副団長貴下の部隊に折られたというか、刈り取られたというか……取り敢えず、来てはいなかった。

 

 問題はそれよりも純粋に背後関係や心根が真っ白だったり、グレーな上でイデオロギー的な狂信力……いや、精神力を有する普通に考えて狂人か、真っ当に考えた上で不合理な事を強力に推し進める()鹿()の類である。

 

『警察は横暴にも正当なデモを封じ込めるのかぁ』

 

『込めるのかぁあ(。0`▽0)』×数百人の討論会場外の()()()デモ参加者。

 

『ドンドンパフパフドンドンパフパフ(太鼓やラッパの音)』

 

『おや………珍走団かな(´・ω・`)?』

 

 だが、この馬鹿が侮れない。

 人間とは感情で生きるモノだ。

 

 彼らは感情的でありながら、己を疑う事を知らない。

 

 それは狂信的な人間と言える。

 カルトを見るまでもなく。

 そういうのは本当に厄介だ。

 

 疑わないから、それが犯罪的な事でさえなければ、一念で巌も貫き通す感情論……そんなの折りようが無い。

 

 今日、死刑執行を行う公務員が自分の仕事が法律に反して無いと確認するようなものであり、彼らは自分が信じた主義主張を変えない。

 

 それが自分の犯した犯罪に関してであれば、彼らは大いに狂ったヤツと言われるかもしれないが、これが政治理念や道徳や一般的な常識論であれば、向かうところ敵無しであり、他の連中が言っている事は全て嘘、あるいは間違った考えと切って捨てるか、単純に意に介さないか、拒絶する。

 

「え~~というわけで善導騎士団への虐殺ビデオの公開を要望する意見署名締めて39万名分となります」

 

 ドンッ!!!

 

 と、アフィスの前には鼻息も荒く野党政治家の新芽と言われて急遽各地で行われていた選挙結果で地盤を引き継いだ2世議員の若手35歳が一部なのだろう政治家や有力者が名を連ねる紙を一番上に据えた束を置いた。

 

「(T_T)……」

 

 思わず地蔵になりそうになったアフィスが仕方なく指を弾く。

 

 すると、方陣が瞬間的に会議室の背後に置かれていた大量の段ボール箱や目の前の署名からデータを吸い上げる。

 

「はい。確かに受け取りました。あ、紙の方はそちらでお引き取り下さい。名前と名簿と主張に関しては既に九十九へ送りました」

 

「なッ!? これは多くの人達が懸命に集めた署名ですよ!?」

 

 思わず若手35歳が気色ばむ。

 

 これをテコにして今話題の世界政府を創る男に土を付けてやろうという魂胆であったが、アフィスは内心ゲッソリしながらもニコリと微笑む。

 

「取り敢えず、幾つか問題点を指摘しておきます」

 

「問題点!? 署名に問題があると!? 局の方でちゃんと確かめましたよ!?」

 

「まず一点。集め方ですが、この中の署名には別の案件に関する署名が2万枚程混じってるようですね。ええと、善導騎士団にモノ申す支援拡充請願? しかも、電子署名分をプリントアウトしてきた後、それを別の署名に転用した形跡が見受けられるのですが、何か知ってますか?」

 

 その言葉を聞いた男が見る見る蒼白になっていく。

 

「な、何を根拠に!?」

 

「九十九が蒐集していたデータにこの署名と同じ名前が約3万名程確認されたそうですよ? ちなみにそちらの事務局に勤めていた同事務局アルバイト8回目のベテラン32歳独身の男の方が上司からの圧力で仕方なくやったようですが」

 

「な、なッ!? そんな事をどうして貴方が知ってるんですか!?」

 

「え? いや、そもそも何故知ってないと思ったんですか?」

 

「え?!」

「え?」

 

 此処で両者が首を傾げる。

 

 討論の場という事もあり、一瞬にして場が凍り付いた。

 

「……ああ、何か齟齬があるようなので言っておきますが、九十九は()()()()()()()()()で超法規的な措置として日本国内の通信の秘密という概念には一切囚われません。あらゆるデータを集めています」

 

「そんな事許されない!?」

 

「いや、だから、許される許されないの問題じゃなく。厳然として必要だから、国家の法は関係なく善導騎士団独自で行っています」

 

「ッッ!?」

 

「先日のゾンビ大襲撃時のような潜入していたゾンビ達によるテロ情報を集めるのに常時電子機器上の犯罪は監視されています。ただ、騎士団側はこちらの法規をあまり歪めない形で治安維持を行う為にそのデータは基本非開示で九十九内に格納されていて必要になって初めて開示されます」

 

「な、そ、そんな話聞いた事ないぞ!?」

 

「いや、ちゃんと国が官報で情報をウェブで出していると広報したはずなんですが、ご存じない? ええと、政治家の方ですよね?」

 

「ッッ」

 

 アフィスの言葉に思わず周囲の人間は『オレはお前みたいな若造なんぞ知らんのだが?』という挑発に聞こえたが、当人にしてみれば『え? 政治家なら当然官報とか見るでしょ? え? 大陸中央じゃそれくらいやるの普通なんだけど……』という類の大陸中央諸国の人間にありがちな『普通、〇〇は〇〇してるものじゃないの?』という合理性から来る疑問であった。

 

「法律違反だ!!」

 

「いえ、ですから、法律は関係無いですよ。コレは国家規模での電子機器上での治安維持活動ですが、我々は法に縛られていません。それは一番最初に政府との間に確認した事項なのですが……」

 

「―――!?」

 

「ちなみにこの署名。まだ、問題がありまして。署名の内の筆跡の8%が同一人物191人のものと合致。更に署名に使われたインクの乾き具合や組成から言って、その同一人物達は一斉にコレを書いたと思われます。ああ、貴方の奥さんなのですが、この署名を書かせるのにアルバイトの方を動員しましたよね? 彼らに支払われた金額が最低賃金より低かったので後で労働基準監督署から話が行くと思います。それと失礼ですが、息子さんが今泣いていらっしゃいますよ」

 

「は!? な、何の話だ!?」

 

「いえ、ですから、貴方が愛人の方に産ませた子供の事です。あ、もしかして知りませんでした? ええと、正確には1年と3か月前くらいですか? お子さんの年齢から言えば、それくらいなんですが……」

 

「わ、私はそんな事―――」

 

「あ、どうやらお相手の方が育児放棄したようで。このご時世ですから仕方ないとはいえ、地方で児童相談所の職員が保護に向かってます。ですが、お相手の方はさっき薬事法違反で警察に事情聴取されたらしく。今、対応出来る保護者が貴方しかいないのですが……どうします? 向かいます?」

 

「あ、が、なッ―――」

 

「ちなみに九十九が貴方の子供と判断した理由は42通り説明出来て、証拠と言うのならば、顔の造りから精度8割以上の確率で他人かどうか判別可能です。無論、貴方の遺伝子を調べてもいいなら、それも追加出来ますが、どうなさいます?」

 

「―――し」

「し?」

「失礼……します……ッッッ」

 

「あ、遺伝検査なら今騎士団経由で1日で結果が出ますから、ご入用になったら是非使って下さい」

 

 男がこの上なくアフィスを地獄の底から見上げて来るような絶望と失意と笑いしか起きない現実を前に歪んだ顔でトボトボとその場所を後にする。

 

『(何も見なかった事にしよう)(`・ω・´)』×一杯の討論会場の人々。

 

「(こ、こわぁ!? 人間てあんな顔するの!? オレちゃん恨まれてる!? いや、だって、九十九たんがさぁ!? そもそも今回の討論会って問題有るヤツ揃えて衆人環視で叩き潰しておくって趣旨なんだぜ? オレちゃん悪くないって絶対!?)」

 

 機械に言われたので唯々諾々と今日の仕事をこなしているだけの小心者であるところのアフィスにしてみれば、よくあんな背後関係で政治家になろうと思ったなというのが本音であった。

 

 ちなみに世間的に死亡した彼の心が折られていなかった理由は単純だ。

 

 不倫は倫理違反だけど別に重犯罪じゃないよ。

 

 そもそも子供が出来た事も知らなかったろうし(身辺がグレーな政治家を生温い視線で適当に見ている騎士団員並み感)。

 

『え、え~一部、混乱が見られましたが次の方どうぞ』

 

「善導騎士団は人権を何と心得―――」

 

「あの~~ですから、憲法や法律には縛られないのですが」

 

「善導騎士団は虐殺に関してアレ以上の情報を出す気は無いのですか!?」

 

「だから、先程答えたように出してもいいですが、そもそもの話として精神衛生的にあまり見たい代物じゃありませんよ? 見たいという方がいれば、見せて差し上げられますが、どうします? 見たい方はどうぞ手を挙げて下さい」

 

 その言葉と同時に自分達が生贄のように集められたとも知らず。

 

 手を挙げる大勢の反善導騎士団派の人々がアフィスが指を弾くと同時に次々に叫びながら嘔吐したり、気を失ったり、泡を吹いて倒れていく。

 

「な、何をなさったんですか!?」

 

「あ、いや、ですから、見たい方に見せたのですが……どうやら皆さんには刺激が強過ぎたようですね。気分が悪くなった方はMHペンダントをどうぞ」

 

 アフィスはやべー事になったなぁとは思ったものの。

 

 網膜投影された九十九の指示通りにニッコリしておく。

 

 その表情に反騎士団派の人々はゾッとするを通り越して、軽く恐慌を来しそうになったが、騎士団憎しで集った手前、何とか自制に成功する。

 

 ズラリと壁際に並んでいた関係者。

 

 副団長の秘書とその部下達が倒れた人々に救護という名目でMHペンダントを掛けていく様子は聊かマッチポンプ染みていたが、見たいと言ったのは確かに彼らであり、それが指を弾いただけで可能だと騎士団の理解が無かったのが失態であろうというのは見ていた誰もに共通する見解であった。

 

 無論、拒絶されたら、ペンダントを付けたりはしないが……殆どの者達は今見た記憶から解放されたさに使用してしまった。

 

 ちなみに彼らが見たのは単なる映像ではない。

 

 暗黒街に突入した隊員達が見た一番エグくてグロい記憶を全て自分のもののように追体験する白昼夢方式の代物だ。

 

 感触、臭気、音声、映像。

 

 全てが同時に襲って来て、数百人分の記憶を瞬時に圧縮して見せられては如何な狂信的な精神力を持つ者達だろうと正気が持つはずも無かった。

 

 彼らは一番危ない部分を全部見せられた事は理解したはずであり、それ以上に『もっと見たいならば、構いませんが?』と言われたのである。

 

「こちらの方の精神力では耐えられませんでしたか。貴重なデータとして今後活用させて頂きます。後でお見舞いもお送りしておきますね。まるで予想出来ていなかった事でしたが、騎士ならこれくらいは普通に見てるので……見たいという方は精神的な頑健さも我々並みに自ら良好であると自負のある方かと誤解していました。大変、失礼を……」

 

 あくまで文化的な情報を取得する際の食い違いや誤解故のミスであると暗に告げられて、あの手この手で騎士団の悪評を立てるならば、こちらも容赦はせんよと言われたに等しい事を多くは理解した。

 

 こうして次々にペンダントを着けて医務室に運ばれていく討論参加者が随分と減った様子はテレビにも写されており、ニコリとしながら内心では『え? オレちゃんのせい?』と汗を流しているウェーイは此処でいつもの挨拶したら、殺されそうという感想を抱いたのだった。

 

『つ、次ぎの議題に移りたいと思います。善導騎士団による技術独占における今後の経済政策の大転換に付いて』

 

「善導騎士団は技術解放するべきだ!! あれ程の技術を秘匿独占する事は―――」

 

「いやぁ、だから、法律には縛られないし、独占禁止法は我々には法令適応外と日本政府と契約が終了してるんですが。そもそも秘匿された技術の多くは簡単に人類絶滅の引き金になりそうな危ないものばっかりである旨も陰陽自研のパンフレットに乗せてるんですが」

 

「陰陽自研!! あそこは自衛隊所属でしょう!! 日本政府の管轄ならば、日本の法令が適応され―――」

 

「残念ながら、あの場所で生み出された技術が外に漏れる事は不可能です。研究者が入った時点で技術流出出来ないよう術式が精神に掛けられて、それを解こうとすると脳内の技術情報を消去する仕組みなので」

 

「なッ!? 人権侵害だ!! 研究者を何だと思ってるんだ!?」

 

「いや、その研究者さん達がこんな危ない技術流出させられないと自分から今じゃ進んで新しい技術流出防止方式を作ってるので問題ありません。嫌なら此処で得た技術知識を捨てて去ればいいって事は先に言っておいた事ですよ」

 

「ぐぐッ?! 日本政府が陰陽自研を主導するのは当然の主張と―――」

 

「ちなみに陰陽自研の出資は100%善導騎士団で日本政府から借り上げているのは土地だけですよ? 後、運営費も全て善導騎士団持ち。もし陰陽自研の研究を日本主導で解放するというのならば、経営を任せてもいいですが、その時は勿論運営資金は全て引き上げさせて貰います。無論、これまでの技術成果は全て残しません」

 

「日本ならば、運営する事が出来るだろうッ!! 世界最後の技術立国だぞ!?」

 

「今現在の運営を魔導師の力抜きにして行う場合、ざっと531京円程掛るんですが、払えます?」

 

「は?」

 

「いえ、ですから、魔導師は全て騎士ベルディクト貴下であって契約として騎士団や彼の命令には逆らえない仕様なんですよ。魔導師として騎士ベルディクトが今まで陰陽自研に注ぎ込んで来た大量の資材や物資は稀少性の高いものを湯水の如く消費して行ってまして……ご存じですよね?」

 

「そ、それは情報公開を請求しましたので……」

 

「それが総額で531京円程です。あ、物資の市場価格とかを参照した場合なので実際には算定不能ですが、研究者の誰に聞いても今の環境でなければ、現在の研究は続けられないと断言するはずです」

 

 会場はもはやざわめきに沈んでいた。

 

 騎士団が現物で何でも用意しているとはいえ。

 

 それの公式での算定額は今まで非公開だったのだ。

 

「まさか、け……京円……とは……」

 

「ちなみに同じ技術を開発する事も再開発では1000年単位の科学技術の地道な進展以外ではほぼ不可能です。技術者や研究者の方々があの研究所で過ごした時間から得られる発想や閃きや情熱というものがプライスレスで大きなウェイトを占めている為だとか」

 

「馬鹿な……」

 

「そもそも善導騎士団主導であったから、様々なこの世界のパテントを全て使って開発が行われましたが、日本という国家単体にパテントの解放を企業が行ってくれるとは思えません」

 

「ど、どういう事だ!?」

 

「米国企業も一部の軍事コア技術を特例的に供出してくれていまして。それは米軍が日本側に軍事特許を無償で使わせてくれているから、だけではないのですよ。単純に言えば、騎士ベルディクトとの個人契約的に一部の陰陽自研の研究データとバーターになっており、もう彼らは必要な技術的な対価は得ているわけで日本単体に開示するメリットがありません」

 

「これから人類を―――」

 

「ええ、人類を救う為に善導騎士団だから開示してくれたわけで日本に開示してくれているわけではないのです。そして、人類を救うのが少なくとも陰陽自衛隊と善導騎士団であるからこその協力が得られているわけで地位的な事を言えば、我々が唯一無二。経済界主導の技術開発に使用されるなら、日米共に技術開示の相手にはならないという事です」

 

「ッ」

 

 陰陽自研の研究にどれ程の資産と知財が次ぎ込まれているのかを知れば、誰もが目を見張るだろう。

 

 今、日本中の復興や建築でどれだけ彼らに依存しているのかを知れば、誰もが彼らに支援をされているのか理解するだろう。

 

 到底返し切れない額を単純に善意で無料のままに提供している彼らが消えたら、自分達がどうなるのか。

 

 それを日本中がまざまざと見せ付けられる形となった。

 

「―――ッ、以上、です……」

 

 燃え尽きた様子で技術解放を謳った背後に経済団体がいる政治家は沈黙した。

 

 その京とかいう桁のインパクトに呑まれたようであった。

 

『え、え~~次は日本中の不動産を買い占めている事に付いて、故郷を失った人々に土地を返還する事は有り得るのかどうか』

 

「善導騎士団のせいで故郷を失った人々が大勢いる!! 騎士団は土地を直ちに無償で元の所有者に返却するべきだ!! 日本の国土を乗っ取るつもりなのか!?」

 

「今返却されてないのは重要な土地だからじゃないんですが、それでもよろしいですか?」

 

「何?」

 

「知っての通り、騎士団が土地を買い占めたり、一端引き受けているのは新しい防衛設備を入れた都市圏を再編。各地に開発する為だったのですが、それは順次引き渡されています。今、引き渡されてない土地の多くは地政学的に重要な場所ではなく。単純に開発が終了していないものだけです」

 

「終了していない? それは分かるが多過ぎだろう!!」

 

「ちなみに土地のゴミ処理、浄化処理、生態系維持、動植物の現地での保存諸々を全て引き継げるのならば、どうぞという事になります」

 

「幾らだと言うんだね!?」

 

「現在、日本中のそういう場所は1坪当たりの1月の維持単価が10万円程。これはゴミ処理が3割、浄化処理が3割、生態系維持が3、動植物の保存が1割程ですが、最新技術で維持して完了するまで行わなければ、また元の木阿弥で色々な問題が噴出するでしょう」

 

 

「問題とは何なんだね!?」

 

「ゾンビ関連ですが。皆さん、ゾンビの体液や肉片が残ってて身体に害となるかもしれなかったり、変異覚醒との関連が疑われる。そう知りながら、その土地を利用します?」

 

「な、そ、それはッ」

 

「時間は掛かりますが、ちょっと待って頂ければ、我々としては真っ当に使えるようにしてお返し出来るのですが……」

 

「ッ、とにかく早期にお願いします!! い、以上、です……」

 

 そう言われてハイそうですかと土地の所有権を主張して引き受ける輩はいない。

 

 そもそも買い取ったり、超法規的に引き受けた土地を善導騎士団が開発終了後に無料で元の地権者に国側の重要施設が建てられている部分以外返還している事実は地権者達には喜ばれていた。

 

 そりゃそうだろう。

 通常の2、3割増しで買い取られた土地も多い。

 それがタダで帰ってくるのだ。

 

 しかし、その後に建てられている建造物の性質で色々と問題が出たりもした。

 

 物件は騎士団や国家所有なのだ。

 

 なので土地を貸しているという体で国や騎士団に請求をするのだが、その請求に対して帰ってくる回答の多くは満額回答ではない。

 

 用地利用に関する規制に関するお知らせ、というものであった。

 

 簡単に言うと新しい用地の維持に対する規制が入った。

 

 なので、個人でその規制で掛かるようになる費用を負担するか。

 

 あるいは用地の運用を全て権利毎騎士団や国家に任せるかと言われるのだ。

 

 そして、その規制による土地の維持費用は請求を求めない限りにおいて全て国家が持つというのである。

 

 まぁ、簡単に言うと『土地を維持出来ないなら請求しても維持負担金で相殺するから。あ、裁判所に訴えても無駄だよ?』という暗に黙って用地分の金だけで満足しておけという事であった。

 

『つ、次は海洋資源開発に付いて。善導騎士団による海洋資源の破壊が著しく、ディミスリルの海洋汚染問題が本格的に酷く、このままでは生活が立ち行かない漁業者が大勢いると』

 

「善導騎士団はあの海獣撃滅海域とか言うのを直ちに停止し、各地の漁業への賠償及びディミスリルによる海洋汚染の実態調査と賠償を行って頂きたい!!」

 

「その問題に対しては既に問題無いとの報告が出ていますが?」

 

「問題が無い!? ディミスリルに汚染された食材を食べた場合、人体への魔力の蓄積によって変異覚醒率が高まるというのが問題無いですか!? 特に太平洋側の海洋資源汚染は深刻ですよ!?」

 

「いえ、急性魔力中毒の症状自体ならば、ご報告した通りMHペンダント及び空のM電池を付ける事で解決します。変異覚醒自体は今後も全人類規模で発現する事が避けられない旨は国連の席で報告した通りです」

 

「知らないぞ?! いつ報告されたというんだ!?」

 

「昨日の朝に提出された資料が今日の朝に国連への報告として正式に受け入れられ、各国への説明も関連資料が出されております」

 

「くッ、だが、変異覚醒者の3割が暴走するんだぞ!? これが問題にならないわけがないでしょう!!?」

 

「変異覚醒時の暴走率に関しては魔力過剰であるかは殆ど関係なく。当人の精神構造及び当人の資質や現状での状況に左右される、というのも既に報告が終わっており、覚醒率が高くなるというのは暴走率が高くなるというのとは切り離して考えなければなりません」

 

「その資料は!?」

 

「今日最初に渡したお手元の資料にあるはずですが?」

 

「ぶ、分厚過ぎてこの短時間で読めるか!? こんなもん!!?」

 

 実際、提供資料は20cm程の辞典かと思うような厚さになっている。

 

「この問題に関しては魔力と覚醒率の相関図が既に出来上がっていますが、魔力の蓄積率は一定数値からは覚醒率に関係が無くなっており、地球上で魔力濃度が上昇している現状では人体に蓄積され得る程度のディミスリルの生物凝集による魔力流入では覚醒率に与える影響は誤差3%程となっています」

 

「さ、3%? そんなはずは……ウチには変異覚醒時に暴走したという話が大量に舞い込んで来ているんだぞ?!」

 

「一部の例外はありますが、例外はそもそもの話として魔力との親和性が高い特別な血統。つまり、MU人材にしか関係が無く。これを見る限り、ディミスリルの人体蓄積とそれに起因する魔力蓄積はどちらかと言えば、普通の食事をしている限りは健康寿命を延ばすはずだと細胞の活性化が報告されています」

 

「け、健康になる!?」

 

「そちらに大量のお話が行っているというのは問題に困っている人が問題を持って来ているだけであって、全体の母数としての3割の幾らかが各地の()()()()()()()()()()()()()()()に集中している結果です」

 

「つ、つまり?」

 

「はい。問題は解決手段が提示されており、善導騎士団としては特別な対応を取る事はありません。3%を高いと取るかどうかは個人判断に委ねる事が上層部でも決定しています」

 

「じゃ、じゃあ、実際に風評被害に合っている漁業者にはどう対応するつもりか!?」

 

「今後、各地にベルズ・ブリッジで行われている過去のZ化変質前の海洋遺伝資源の再生計画によって複数の養殖産業が行われる運びになります。これは超規模の数百㎞単位の漁場そのものでの大規模養殖であり、養殖海域においての漁業は安定した収入となるでしょう」

 

「ぐ……だが、暴走するかもしれない変異覚醒率の上昇は看過出来る問題では無いのではないか!?」

 

「身体の健康化と引き換えに変異覚醒する可能性が高くなるのを許容するかどうかの問題ですね」

 

「それだけだと!?」

 

「確かに暴走する確率は存在しますが、それを言うならば、既に変異覚醒する資質を持った遺伝情報の特定は終わっており、今後の国民規模での生体検査と登録が義務化されれば、精神肉体のストレスを避ける処方箋が出され、変異覚醒の抑制や逆に促して安定環境下で暴走しないように目覚めさせる事も可能になるでしょう」

 

「じ、人為的に覚醒!?」

 

「暴走の確率は0に出来ませんが、安定環境で変異覚醒させて暴走しても大丈夫な場を整えておく事は出来ます。当人が他者にリスクを掛けて変異暴走を抑え込んで爆発するよりは現実的かと思われますが?」

 

「そうしたならば、化け物になるかもしれんのだぞ!?」

 

「化け物のような外見になっても何も問題ありません。精神の変質も完全に抑えられます。能力も9割型抑えられます。彼らが人間の心を捨てず、外見を気にするというのならば、肉体を完全に人間型へ戻す程度は現在の我々の技術でも可能な範囲の出来事であり、恒常的に今も行っています」

 

「くッ……」

 

「政府とも国連に報告する報告書は既に出来ており、変異覚醒をするかどうかは個人判断で空のM電池や魔力吸収用の機材を使うかどうかも自由に決めて下さい」

 

「じ、自由に!?」

 

「その指針となる検査結果や数値や資質の情報を我々は無料で個人にお伝えする用意があります。我々は解決方法も同時に無償提供しています」

 

「賠償は……」

 

「賠償でお金を貰うより、実質的に問題を解決する支援の方がよろしいのでは? お金で買えない技術やサーヴィスというのが世の中にはあり、それを今現在地球規模で提供しているのは我々善導騎士団以外居ないのですが、ご存じない?」

 

「……以上、です」

 

 こうして討論会は進んでいく。

 

 アフィスの顔を凍て付いた微笑みと称するネット民達が祭りを始めてしまい。

 

 アフィス・カルトゥナー罪を憎む熱き冷血漢とか、世界を創るテクノクラートとか、よく分からない称号も追加される事になる。

 

 取り敢えず、闘技場染みた彼らの言葉の合戦は誰が何をどう見ようとも勝ち負けという類の決着がハッキリした極めて異例の伝説的な代物として語り継がれる事になった。

 

 その影で目をキラキラさせた秘書役の従騎士少女レヴィが『先生カッコいい……』とウットリし、“さすアフィ”か“さすウェ”を流行らせようとハルティーナを見習う事としたのだった。

 

 こうしてニューヨークに向かった層も向かわなかった層もどちらも自分の戦いへと赴いていた。

 

 冬の風が湿り始めた嵐の前触れは荒れる世界を前にして人々の肌を凍て付いて撫ぜていく。

 

 誰が何を言おうがもはや止まりはしない善導騎士団という船に人類は既存に乗り込んでしまっていたのだ。

 

 今更、NGとか言い出す程度のマナーの悪い客に冷たい微笑みを返してやれというのが九十九の出した最も面倒事が少ない航路であった。

 

 *

 

 ―――善導騎士団東京本部騎士見習い寄宿舎区画。

 

 善導騎士団が大規模に拡大する昨今。

 

 地下大深度に伸びた縦穴の周囲にバームクーヘン状に広がる円環の設備は日々拡張を続けていた。

 

 北米の騎士見習い達が使う設備も地下にあるが、ビル方式で建て増しで周囲に増えていくのに対し、こちらは円が太っていくように増えていく。

 

 そんな新規増設場所の一角に騎士見習いの幼年隊から青年隊付近までの衣食住をカバーする新しい区画が出来た。

 

『此処が騎士見習いの寄宿舎かぁ~~』

『お、新人さんかい?』

 

『ど、どうも、初めまして!! 今日からお世話になる―――』

 

『おっと、自己紹介は大事だが、もう今日の講義が始まる時間だ』

 

『え? あ、本当だ!?』

 

『急いで中央エレベーターに向かいなさい。後はやっておく』

 

『え? でも、まだ名前を……』

 

『此処の寮父をしている。400人くらいなら顔も名前も覚えてるさ』

 

『あ、ありがとうございます!! じゃあ、荷物よろしくお願いします!!』

 

『頑張れ。騎士見習い!!』

『は、はい!!』

 

 元々は地球環境崩壊時に地下生活する為の研究が使われた住み込める寮は2階建ての極めて敷地面積の広い洋館方式となっており、総勢で現在同じ寮が24棟。

 

 バームクーヘンの一番端。

 

 最外縁部をグルリと取り囲む時計の文字盤のように並んで円環状の一繋がりのドーナッツと呼ばれる世界を形成していた。

 

 周囲は疑似的に空を映し出して気温も春と初夏、秋をゆっくりと繰り返し、畑と田んぼとアスファルトが続く長閑な田園風景。

 

 美しい小川が内部を奔り、グラビトロ・ゼロの載った実証車両のバスや路面電車が何両もずっと走っている。

 

 通りには桜や銀杏の並木が端から端まで歩道横にビッシリと植えられ、果樹園や正気が削れそうな肉畑。

 

 ―――大量の肉が土から迫出した骨や樹木に付いていたりもしていた。

 

 そんな場所に住む彼らの()()は早い。

 

 実家からこちらに移って来た者は荷物を部屋に運び込んでから生活がスタートするが、多くは遅刻厳禁であり、罰則もちゃんとある。

 

 軍学校や自衛隊の学校で給料が出るのと一緒だ。

 

 学生だと月7万程度なのだが、福利厚生と健康診断やら保険やらサーヴィスだけで軽く1人数千万は超えているという噂。

 

 だが、実際に掛けられている現物の総額は1人頭で150億を軽く超えているとは上層部と経理以外は知るまい。

 

 衣食住は元より、彼らに掛けられる教育・教練・サーヴィスと手元にある武装一式だけで過保護に過保護を重ねるようなセーフティーが大量に積まれている。

 

 本当のVIPとは自分でも知らない内に手間暇を掛けられているものなのである。

 

『ふぁ~~春っていいよねぇ……(´Д`)』

 

『外は真冬だけどね(=_=)』

 

『休日だし、出掛けたいけど、冬物出すの面倒だなぁ』

 

『なら、今日もいつもの最下層で訓練がてら給料増やす?』

 

『そうしよっか。ああ、全裸ベルきゅんや全裸クローディオ大隊長を当てるまでアタシ多々買うわ(´▽`*)』

 

『腐ってやがる……この親友(´・ω・)』

 

『腐ってないよぅ。ちょっとカップリングが好きなだけだよぉ(;´Д`)』

 

『で、余ったブロマイド実家に送ってるでしょ? 段ボール箱ダース単位で』

 

『だって、嵩張るし~~妹が仲間内に配ってるって言ってた』

 

『アレ、確かスゴイ・レアカードも入ってなかった?』

 

『別にカードの能力には興味ないもん。必要なカードはぜーんぶ此処にデッキで置いてあるのだ~~うふふ(*´ω`)』

 

『男性全裸ブロマイドをコンプリートしそうなのアンタくらいじゃない?』

 

『良いものは良いと分かる人には分かるのです(|▽|*)』

 

 此処の女性寮と男性寮には寮母と寮父がおり、殆どが一般隷下部隊の高齢者や元教育者や教育系のサーヴィスを行う企業の関係者だ。

 

 だが、殆どの生活に必要な各種の掃除炊事洗濯は何から何まで当番制。

 

 ただ、多くの子供達は別にやれないやりたくないヤツはやらなくてもいい制度である事を知ってホッとする。

 

 同時にそれが自分の個性として登録され、査定される事も教えられる。

 

 徹底的な人材育成の現場として整備された此処は学校並みに勉強をさせてもくれれば、戦闘能力を磨かせてもくれる。

 

 生存環境が厳しい地球で生き残れる人材を必要としているし、研究職も募集中だし、普通にサラリーマン的な事務方も集めている。

 

 が、しっかり観察されて何から何まで点数が付けられるところでもあった。

 

 まぁ、それでも最低限度の基礎的な能力を修めさせる為に騎士見習い達は天国か地獄か分からない毎日を送っているので怠けられるヤツは逆に『お前、この状況で怠けられるのかよ?!』と()()()()()()()()()()として称賛の眼差しを浴びたりもする。

 

『一般隷下部隊の人達って毎日こんな訓練してるの? ヤバ過ぎるよぉ……』

 

『愚痴らない。愚痴らない。一休み。一休み』

 

『あ、幼年大隊の子達だ。一般隷下も騎士見習いもどっちも仲良くするんだよぉ』

 

『はーい(´・ω・)』×「うぜぇ年上だなぁ」という内心の数十人の幼年部隊員。

 

『魔力が途切れる前に登り切れ。100mロック・クライミング。到着っと』

 

『うぇ~~~死ぬ程キツイ~~~お家帰るぅ~~~』

 

『アンタ、幼年部隊より温いわね(T_T)』

『あ、そういえば、あの子達……』

 

『アンタと違ってM電池無しよ。資質有りで努力欠かさなきゃ、これくらい普通って事よ。此処じゃね。アンタはあの子達にしてみりゃ、自分より出来ないウザい年上よ?』

 

『え、え~~? そ、そんな事無いよぅ。みんな良い子に見えたし、そんなまさか~~』

 

『はぁ……(*´Д`)期待してるわよ。騎士見習いさん』

 

 幼年で此処に入っている者の半数以上が孤児や育児放棄の結果としてやってきた変異覚醒者だ。

 

 それ以外は善導騎士団に入れるのが一番生存率が高いだろうと見込んで親が入らせた場合が多い。

 

 自分から家を出て入って来る者もいるが、殆どは見習い止まりであろうと九十九は試算していた。

 

 これからレベル創薬が投入されて騎士達が行っている通常カリキュラム。

 

 地獄の毎日滅びる30日マラソンが実施される予定ではあったが、それでも通常の騎士階梯まで行けるのは半数に満たない。

 

 前衛で戦う一般隷下部隊とは違って、更に能力的な増強が要求される騎士の多くは指揮能力も共に併せ持つ必要にも駆られる。

 

『さぁ、揚陸地点で敵が待ち構えていました。ですが、退路はありません。重砲が艦船には積んであるものの、揚陸部隊の火力は貧弱。どうする?』

 

『増援はあるのでしょうか?』

 

『すぐの増援無し。転移による物資の再供給もすぐは無しで考えてね』

 

『艦からの火力支援を背にして揚陸地点を叩くというのはどうでしょう?』

 

『30点』

 

『では、揚陸地点を全火力で吹き飛ばして一時的に制圧、増援が来るまでに橋頭保を確保して持ち堪えるというのは?』

 

『50点』

 

『ぅ~~~では、相手の火力を先行した部隊で受けさせて消耗を誘い、別地点に揚陸して包囲を掛けて一気に殲滅、でどうでしょう?』

 

『80点』

 

『教官。これ以上思い付きません』

 

『最初にこう付け加えなさい。重砲の火力を全て投射し切るまで揚陸を待つ。これだけで大抵はどうにかなるわ』

 

『良いのですか? 砲火力が無ければ、敵の制圧後の浸透を防げないかもしれませんが……』

 

『いいのよ。最初に小銃弾の火力は温存しておくべきなの。動いている敵に火砲使ったら効率悪いじゃない。動かない定位置の敵なら砲弾の命中率も極めて良好。相手がわざわざ戦力を集めて消耗してくれるなら、逆に手間が省けるわ』

 

『そういうものですか?』

 

『相手が陣地の維持を無理と判断して兵を退くなら、それはそれで良し。でも、我々の敵は無限に増えるゾンビが主敵なわけだから、問題は時間よ』

 

『時間?』

 

『全火力を使い終わるまでのね。重砲の弾が来るまで持ち堪える事が優先。包囲殲滅時にも火力が必要なのだから、問題は火力維持に必須な物資が来るまでの時間て事になるわけよ』

 

『時間で見た弾薬の消費量を見直して、こちらが消耗し過ぎないように上手く配分するのですか?』

 

『そういう事。適切な火力の配分は最重要よ。制圧する領域の維持時間分の火力の配分は機械側がやってくれるけど、頭には入れておきなさい。物資が有限である以上は弾薬制限下での戦闘になる事を忘れないで頂戴』

 

『はい。教官殿!!』×一杯の騎士見習い。

 

『まぁ、その弾薬がこれからは現地で即時生産しながら撃てる装備が配備されるそうですけどね』

 

『(´・ω・)(前提が毎日引っ繰り返る戦術論の講義って意味あんのかなぁ?)』×一杯の疑問符を頭に浮かべる生徒達。

 

 今最前線で働く大陸から来た騎士達の多くが善導騎士団に齎せられた最新技術で次々に戦闘能力を増強させながらも騎士団の管理職に就いて身動きが取れない為、今騎士見習いから騎士になろうという若者達の多くがその下で働く前線指揮官野戦将校の類として従事する事になる。

 

 実は一般隷下部隊の殆どは一元化された指揮系統で騎士団の上層部人員の鶴の一声で動いている事が殆どであり、その指揮に掛ける騎士達のマンパワーは大きい。

 

『先輩。あれ、何の実技してるんですか?』

『ああ、あれ?』

 

『はい。歌いながら身体動かしてますけど。ああ、もしかしてアレがアイドル・ユニットとかの?』

 

『あれは軍楽隊の新規ユニット候補生だな』

 

『軍楽隊? アイドル・ユニットの幾つかに打診されてるとは聞きますが、新規の部隊も編成するんですか?』

 

『ああ、数十人程が歌うと魔力を発生させる魔力資質でな。戦術単位でのライブ・ユニットと戦略級のオーケストラ・ユニットとして運用出来るよう訓練中だ。興味あるのか?』

 

『い、いえ、歌いながら戦うなんてどっかのアニメみたいだなぁって』

 

『はは、あながち間違ってないぞ。連中の数人はアニメ好きで、これは私達でアニメみたいになるしかないと頑張ってるとか』

 

『歌で世界が救えますか?』

 

『どうだろうな? まぁ、落下中の100kmくらいな小惑星なら吹き飛ばせるぞ』

 

『へ?』

 

『魔術の歌声学は取ってないようだな。術式詠唱は旧い時代の魔術においては必須の科目だが、最新の魔導では不要になって久しい。が、一部の魔術や儀式術においては現行最大効率を叩き出す魔導よりも高威力だったり、複雑な式を編める代物でもあるんだ』

 

『そうなんですか? 知りませんでした』

 

『まぁ、魔導を用いて効率を重視し、同時にそこへ歌を載せる。すると、波動系の魔導の儀式術や戦術用の術式としては一歩抜きんでた性能を発揮する。歌いながら戦って威力が十倍、百倍近いなら、使うだろ?』

 

『それは……使いますね』

 

『音楽とは世界最古の魔術でもある。最古の魔術と最新の魔導。二つを当然のように用いて芸術でゾンビと戦う……いいじゃないか。アニメよりもアニメしてるよ。あいつら』

 

 指揮を多数の人員で肩代わりして軽減負担し、意思統一や意思決定速度を保ったままに四騎士との決戦に突入する。

 

 この為、若年層で騎士を目指す者の多くは入ってから毎日のように精神年齢が爆上がりしそうな夢の中で魔術によって知識を増やす知識増強カリキュラムとそれを応用する戦闘指示カリキュラムを受けていた。

 

『それにあちらは全員が将来のエリート騎士候補生。一般隷下の現場の戦術指揮を行うかもしれない層だ』

 

『え? そうなんですか?』

 

『効果範囲の広い歌で戦域全体に細やかにバフを載せて戦力を増強するからな。現場判断で優秀なのがいれば、戦場での生存率もまた高くなる』

 

『スゴイんですね。彼ら……』

 

『オレらの4倍弱のカリキュラムを毎日熟してるからな』

 

『よ、四倍?!』

 

『本当に四倍だ。夢での訓練も含めてな。新兵科としての訓練、指揮官としての判断能力や応用力の向上。歌唱、詠唱による継続支援能力の向上。その上で自分を自分で護れる強さまで揃えてようやく使い物になるんだ』

 

『……無茶じゃないですか?』

 

『オレもそう思う。だが、連中が実戦でノウハウを蓄積して、各部隊に1人は詠唱役が付くようになれば無限のゾンビを前にして屈せず戦える、かもしれないとも思うんだ』

 

『思ってたよりもシビアなんですね。善導騎士団て』

 

『シビアだぞ? 夢の中で全訓練人員が死んだ回数が先日10億回を突破したと全体会議で報告があるくらいにはな』

 

『(=_=)(入るとこ間違えたかなぁという顔)』

 

 常人の数十倍の量で知識と経験が増えていく若年層の多くが2週間で精神年齢が高くなったと笑い話になるくらいには彼らの訓練は過酷だった。

 

 一般隷下部隊に所属する者達と騎士見習いには厳然とした人材としての質の差が存在するものの、その差を埋めてくれる訓練や学習や経験が至るところで行われている為、彼らに上限関係は無い。

 

 そして、その差を埋めるどころか。

 

 高レベルで基礎を均一にしてくれるレベル創薬の投与が直前に迫っていた。

 

 もはや、此処からはただただ進んでいくのみ。

 

 今の今まで彼らが積み上げて来た努力が実を結んだ時。

 

 それが人類にとっての次なるステージへの入り口。

 

 奇跡は願い祈り努力の果て。

 

 明確なる意志と積み上げて来た時間の量で顕現する。

 

『そういや、一次練成済みの部隊が北米に第一種待機任務で向かったって話だったはず』

 

『どういう事です? 何か北米で動きが?』

 

『此処だけの話だが、ニューヨークに向かったセブン・オーダーズの支援任務へ極秘裏に従事するらしい』

 

『マジですか?』

 

『ああ、何でも持っていける装備が限られる為、武器や装備に頼らない部隊が必要なんだと』

 

 人類の生存という結果が彼らの力によって残るかどうかは……正しく彼らの流した涙と汗の量……そして死んだ回数だけで推し量れる事実に違いなかった。

 

 *

 

「どうやら善導騎士団と米国に嗅ぎ付けられたようだ。悪いが私はこれから対処に当たらねばならない」

 

「………」

 

「では、七教会の艦船に付いては快い返事を期待していますよ。市長殿」

 

「………」

 

 狐のような白衣の男が1人。

 

 その個室から護衛の漆黒の骸骨型のゾンビを連れて消えていく。

 

 背後に声は掛からなかった。

 

「………父さん。アンタは全部知ってたのか。知っててアンタは……あんな顔で逝ったのか……」

 

 カトリックのアイルランド系移民の5世。

 

 ジョゼフにとって父は嘗て偉大なるリーダーだった。

 

 あのゾンビ禍の最中もニューヨークを最後まで持たせようと努力し、多くの同胞を外国に逃がし、最後には都市と共に運命を共にしようとした。

 

 彼はまだ幼かったが、父がゾンビに呑まれる都市に残り、イギリスへの最後の船便で送られるはずであった。

 

 だが、海獣によって船出直後に座礁した船上で彼は見た。

 

 ポラリス。

 

 最後の最後まで人々を護ろうと戦い続けた気高い兵隊達。

 

 彼らがゾンビになりながらもまだ人々を護り、ゾンビが潮が引くように失せていく光景を。

 

 だから、彼にとってポラリスとは英雄だった。

 

 人々を護った英雄。

 

 それが例えゾンビのような姿になってしまったとしても、人の心を持つ彼らを前にしてありがとう以外の言葉は出なかった。

 

 父が死にリーダーとしての任を継いだ後。

 彼にとってポラリスは正しく自分を導く星々であった。

 

「……メイ。オレは……」

 

 成人してまだ少し。

 

 彼にとってメイ・アンコールドは姉のような人だった。

 

 だが、彼は彼女と道を違えた。

 

 それは今でもそうするべきだったとは思う。

 しかし、未練が無いと言えば、それは嘘だ。

 

「ふぅ……」

 

 彼は溜息を一つ。

 

 立ち上がって部屋の片隅にある着けっ放しのパソコンのディスプレイに目を向け、幾つかの監視カメラの映像を切り替えた。

 

 戦っていたニューヨークとBFCのゾンビ達の火中。

 

 巨大な噴煙の中から現れたメイに襲い掛かるゾンビ。

 

 それが一瞬で倒され、彼女が何者かと共に煙に紛れて消えていく光景。

 だが、彼の小さな溜息は茫洋として。

 

 しかし、過去に思いを馳せる事すら出来ずにノックの音で打ち切られる。

 

『リーダー!! 外に新手のゾンビのようなものが大量に!!』

 

「分かった。今直ぐに行く。部隊を招集しろ。ポラリスは?」

 

『全員現在出払っています!!』

 

「分かった。行くぞ」

 

 彼は向かう。

 己の戦場へ。

 決断はもはや為された。

 後は実行するのみであった。

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