異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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第176話「戦いの最中へ」

 

 戦線都市。

 

 BFCと呼ばれた嘗ての対ゾンビ要塞都市群。

 

 この米軍の下部組織として実際に活動を開始した組織は幾つかの前身機関がある。

 

 その幾つかの一つが米国の史跡発掘調査を生業とする大学間同士の考古学分野の協定で出来た実働チームである事を知る者は少ない。

 

「この女性。彼女が発掘チームのサブリーダーとして実質的にチームを統括していた」

 

「彼女が例のゲルマニアの?」

 

「ああ、嘗てのIAEAトップの奥方だ。事実上、このチームは9つ確認されていたが、実際にはもっと別れて少人数での発掘も行っていたとされている」

 

 善導騎士団東京本部地下。

 

 1人の老人が数人の騎士団の男達を前にして投影された情報の解説を行っていた。

 

「日本からは考古学も嗜んでいた天雨機関と呼ばれる先進科学技術の研究チームから1人派遣されていたな。彼女の名前は沃島小主(いるしま・あず)。今以て名前以外不明の相手だ」

 

「名前以外不明、ですか?」

 

「天雨機関の成り立ちは我が国が敗戦を喫した()()()()()()()よりも前に遡る。軍部にあった名前の無い研究機関が大本とあるが、大戦後にとある天才が創っていたゼミのゼミ生が主体だったという話がある事から推定年齢は80歳以上。生きていれば、立派な老人のはずだが……この写真を見て欲しい」

 

 老人が映し出した旧い映写機の画像には年齢不詳の眼鏡の白衣姿の女が映し出されていた。

 

「このような姿であるが、これが本当に彼女を映したものなのかは分からない。何せ二十数年前の写真だからな」

 

「当時は何歳だと?」

「60には見えんだろう?」

 

 老人の言葉になる程と騎士達が理解する。

 

「彼女が当人かどうかは分からない。だが、アズという名前で戦前の記述にも機関員の名簿に名前があった事は確かだ。そして、彼女が発掘チームに入ってから日本側にも色々とBFC側からの情報が降りて来る事になった」

 

「つまり、パイプ役だったと?」

 

「まぁ、この老いた男を除けば、最大の日本の関係者と言える。何せ彼女も市長とは親しい仲だったからな。何度か会食もした」

 

「彼女はそちらから見て、どのような人柄だったので?」

 

「掴みどころが無いチャーミングな女性だったよ。人の心が読めると言われても納得出来るくらいにはミステリアスでありながら、相手を慮る心も持っていた」

 

「彼女から発掘チームの情報を受け取ったのですか?」

 

「いいや、彼女は仕事に私情は持ち込まない主義だった。逆も然りだ。だが、ゲルマニアを作った男の奥方に付いては何度か市長との会話で話題に出た」

 

「どのような?」

 

「まぁ、他愛も無い惚気や優秀な相手という話だよ。だが、最も重要なのはあの男が本当に優秀だと口にしたという事実だ。それも彼女と同時に褒めていた」

 

「……本当の天才の類だったと?」

 

「間違いない。あの男は決して自らが認めない相手を褒めないからな」

 

「それで発掘チームが辿ったという末路に付いては情報を整理した上であのような結論になったのですが、今回はどのような示唆を?」

 

「思い出したのだ。彼女が言っていた事を……」

 

「言っていた事?」

 

「他愛ない会話で少し出た話の中身に過ぎんがな。当時、厚労省を牛耳っていた時、一度だけ気になって調べた事があったのだ」

 

「何を……でしょうか」

 

 僅かに老人が息を整える。

 

「……神に付いて」

 

 重苦しく呟きが零された。

 

「神?」

 

「そうだ。神だよ。ただ、世間話の類であった。だが、彼や彼女のような連中は嘘を言わないという事を当時知っていたはずの私はジョークの類と受け流した。非現実的だったからな」

 

「冗談だったと思っていたと」

 

「ああ、そうだ。だが、気になったから調べさせた。彼女は嘗て学会に論文を出した事があってね」

 

「どのような?」

 

「曰く、【神が降ってくる日】と題された代物だった」

 

「神が」

「降って来る?」

 

 男達が今現在のニューヨークの現状から僅かに顔を引き締める。

 

「市長。彼が言ったのだよ。あの論文は傑作だった。だが、この世界では起こり得ないだろうと」

 

「具体的にどのような内容だったので?」

 

「分野は天文学と考古学。天文学的には後数年もせずに地球が滅びるクラスの隕石が降って来るという終末論的な事実が大量のデータに基づいて理論的に説明されていた。そして、考古学の分野から彼女はアプローチし、その隕石こそが神の破片である可能性が高いと断じた」

 

「神の欠片?」

 

「具体的には隕石には神と称するべき生命体。いや、存在が乗っている可能性が高いという話だった。学会に発表されたソレは正しく大笑いされた。一笑に伏されたわけだが、一部の研究者達が過敏に反応した事が確認されている」

 

「一部の研究者、ですか?」

 

「ああ、日本の天文学と考古学の重鎮達の一部。それも権威こそ無いが、地道な実績を積んで来た在野の研究者達がな。彼女に接触したらしい」

 

「その論文や研究者達の事を当時調べさせたという事ですか?」

 

「ああ、そうだ。まぁ、隕石は降らなかったから、トンデモの類だと思っていた。だが、あの男は言っていたのだよ。君のおかげでまだ地球が滅びずに済んでいる、と」

 

「―――何か対策が取られた? それもBFCがまだ無い頃にその市長の手によって?」

 

「本当のところは分からない。だが、当時の研究者達にコンタクトを取ってみたが、殆ど死んでいた。ただ、家族が遺書らしきものをこの老骨に送って来てね」

 

「遺書ですか?」

 

「彼女の論文を調べる者がいたら、送って欲しいと言い含められていたという話だ。内容は彼女の論文は正しかった。天文学分野において隕石は確実に降るはずだった。しかし、月軌道に入った隕石が砕けた事が確認された。これは自然現象と説明されたが、実際には不可解な現象としか説明のしようがなく。意図的に情報の幾つかが学会の上層部に改竄されていた可能性がある、と」

 

「……つまり、その頃から市長が神や隕石のようなものを信じていたし、それを左右する武力に近しい力や隠蔽する力を持っていたと?」

 

「そこまでかどうかは分からない。だが、市長は言ったのだよ。あのゲームに……ジオゲームに勝ったから、まだ人類には余暇が残されていると」

 

「ジオゲーム?」

 

「意味は調べても良く解らなかった。だが、何らかのゲームと称すべき出来事が起きた。そして、ソレに人類が勝った。故に今も人類には滅びが猶予されている。そう聞こえるわけだ」

 

「……それでその情報をこの時期に公開した理由は?」

 

「ニューヨーク市長とは前に何度か仕事の席で一緒になった。彼もまたヤツと繋がりのあった1人だ。だが、本題はそこではない。論文には……隕石の落ちる場所が指定されていた。当時のスパコンも使わずに自らの頭脳と周辺の汎用計算機で出したのだろう直撃地点。それが―――」

 

「まさか?」

 

 騎士達が嫌な予感に背筋に汗を掻いた。

 老人が頷く。

 

「……ニューヨークだ」

 

 画像が映し出される。

 論文のデータらしき部分が抜粋されていた。

 

「論文にはこう書かれてある。当該の隕石がニューヨークに直撃した時点で人類は目覚めてしまう可能性が高い。神の欠片たる仮面を被らざるを得なくなった時、人は人を止めてしまうに違いない」

 

「人が人を止める。神の欠片たる仮面? 騎士ベルディクトから送られてきた情報の……」

 

「どうやら君達の方でも収穫があったようだな」

 

 騎士達が頷き合う。

 

「その論文、内容は全て有りますか?」

 

「ああ、あるとも。全て電子データにしておいた。受け取ってくれ。彼らがニューヨークに行ったと聞いてね。この罪人にも出来る事が有ればと昔の記憶を何とか引っ張り出してきたんだ」

 

 室内の虚空に九十九のアバターが現れ、そのデータらしきものを老人が用意した汎用端末から受け取って騎士達に頷く。

 

「データは確かに頂きました。これから分析があるので失礼します」

 

「ああ、彼らによろしく伝えてくれ」

「はい。必ず」

 

 男達が次々に室内から出ていく。

 それを見送る男は拳を握っていた。

 

「頼んだぞ。善導騎士団。セブン・オーダーズ……」

 

 その瞳に映るのは自分を護ろうと化け物に立ちはだかった少年の姿であった。

 

 *

 

 例え、今日人類が滅びるとしても何一つ知らぬような人々がいるのは何処でも変わらぬ話であろう……というのは嘗て人類が経験した事だ。

 

 ゾンビが出ようと世界は平和だった。

 

 それが自分の国にやってくると知って冗談半分だった層が少なからずいた。

 

 だから、ニューヨークで何が起こっていようとネットで話題になっていてすら、興味も無く自分の趣味に没頭している層とかもいるにはいる。

 

 そんな一部の人々が屯する掲示板には今日も()()()()()の情報を求めて、色々な人々が集まっていた。

 

 その1人が差し出したアドレスは何処から取って来たものか。

 

 投稿前のとある動画が保存されており、彼らは百億再生されそうな映像を最初に見た人々という称号を得る事になる。

 

 題名はそう―――核弾頭防いでみた、であった。

 

『え~~善導ちゃんねるの企画で僕がやってみて欲しい事を色々と募集したらしいんですが、現実的に可能なもので騎士団の力を示せるモノという事で九十九が選定したのが本企画です。本当は核弾頭作ってみたとか。核弾頭よりも凄い爆弾作ってみたとか。太陽消滅させられるか検証してみたとか。月や火星を砕けるか検証してみたとか。色々有ったんですが、危険だったり、危険じゃなくても真似しようとする人類が出ても困るそうなのでお蔵入りになりました』

 

 善導騎士団兵站部門の長。

 

 騎士ベルディクト。

 

 先日、世界に顔を晒した少年は今や一躍時の人である。

 

 そんな少年が何か人間には成し得無さそうな事を喋り始めた辺りで動画を見ていた層は思う。

 

『お蔵入りになる以前に出来るのかよ(´Д`)』と。

 

『なので今日は騎士団のメインシステムである九十九内でロシアから先日の核テロ関連で提供があった核弾頭関連データを使ったシミュレーションで善導騎士団の一般隷下隊員がやってる基本防御訓練をやってみたいと思います』

 

 何か聞き捨てならない単語が山盛りだったが、動画はズンズン進んでいく。

 

『設定は荒野。時間は夜。相手が弾頭を投下後に即起爆。防御の制限時間は5秒。はい。スタートします』

 

 少年が荒野に立っている。

 そして、数秒後。

 猛烈な閃光と爆風とキノコ雲が上がる。

 

 数十秒耐久してからパンパンと埃を払って少年が爆心地付近から出て来た。

 

 指を弾くと雲が流れ去っていく。

 

『実際の弾頭クラスの爆発だとこれくらいですか。事実上、最新の長距離弾道弾に搭載された核弾頭クラスの爆発が防げました。何をしているのか分からなかったと思うのでスローで流しますね』

 

 少年が映像のリプレイを行う。

 

『まず、核弾頭は言う程威力がありません。威力が出るのは大気圏内だけです。空気が爆発時の威力を伝導する役割を担う事から、大気層のある惑星では巨大な力になるんです。真空だとあまり威力が発揮出来ない為、宇宙で隕石を割るような事には不向きだったりします』

 

 説明している間にも少年の周囲に張り巡らされた幾つかの結界の層に説明が出る。

 

『核の威力を担保する空気を周囲から抜きましょう。真空を張る結界です。これで威力の7割、大本である運動エネルギーを受け流せます。熱量も遮断しますが、爆発時に発生する光や粒子線が防げません。此処で幾つかの他の結界が機能します』

 

 少年の周囲に新しい説明が出る。

 

『遮光結界とガスを生成充填する結界、それから磁界発生用の結界です。必要以上の光波は遮光結界でシャットアウト。完全黒体の粒子を瞬時に生成する代物です。ガスの方は粒子線、中性子を電子に変換する性質があります。中性子は現行の魔術でも防ぐのは難しいのですが、ガスで変換すれば電子になり、単なる電磁界の生成結界で防げるようになります』

 

 少年は懇切丁寧に説明する。

 

『最後に物体を弾く通常の結界を用いて砲弾より速く飛んでくる瓦礫や欠片を防御すれば、完璧ですかね。これが隷下部隊の一般的な防御多重結界による現行兵器の最高峰である核弾頭を防ぐ基礎訓練です』

 

 少年がチラリと荒野を見る。

 

 そこには死屍累々と人間だった消し炭が大量に残っていた。

 

『防御がお粗末だとこうなります。ちなみにウチの一般隷下部隊の初めて訓練に参加した層ですが、結界の多重発動が出来ないだとか。誰かが担った結界の一つに綻びを作っただとか。純粋に魔力切れだったとか。戦闘訓練中に起こるアクシデント系の訓練の事をすっかり忘れていただとか』

 

 少年が手を翳すとガバッと消し炭だった彼らが色を取り戻して起き上がり、ゼェゼェしながら大量の汗を流して地面に手を付いた。

 

『そういう不用意や気を抜いた層から痛い目に合うのであんまりこの訓練は人気がありません。まぁ、核弾頭を受けて死ぬ時の感触は感じられるので次からは絶対防ごうという努力が為されるという点では良い訓練方法かと思ってます』

 

 騎士ベルディクト。

 

 自分達の上官がようやく何か喋っている事に気付いた一般隷下部隊の大人及び子供達が思わず目を剥いてすぐに立ち上がって整列、敬礼した。

 

『頑張って下さい。これが終わったら、今度は陰陽自研が乗っ取られた想定の新しい訓練がありますから。精鋭の皆さんが根を上げるくらいなのできっと良い教訓になりますよ』

 

 その言葉に蒼白になるどころか。

 魂が抜けたような顔になる新人達。

 

 それにニッコリした少年が再び視線をカメラに向けた。

 

『今日はこれくらいにしましょう。何かディレクターさんが凄い何か言いたげな顔なので。では、またお会いしましょう』

 

 映像を見た全ての人々は思う。

 善導騎士団は大変(じごく)だなぁ、と。

 それでも隊員達が愚痴の一つも言わず。

 

 少年が去った後も何かに立ち向かおうとゾンビの群れに突っ込んでいく必死の顔だけは焼き付いたに違いない。

 

 今、自分がいる安全地帯。

 それが誰の努力の上にあるのか。

 

 それを知ればこそ、彼らネット民の多くは騎士団の為なら協力くらいしよう。

 という層として形成されていく。

 

 まぁ、それでもやっぱり騎士ベルディクトやべぇという認識は広がっていくのだが……。

 

 こうして『ベルヤバ』なる単語がネットミームとして末永くネット界で使われ続けるだろう事が確定したのだった。

 

 *

 

 虚兵。

 

 無限者の超絶劣化模造品として作られた一般人用の対ゾンビ汎用装備。

 

 その力は通常の非装備状態の隷下部隊員3人分にも匹敵する事もある。

 

 あくまで一般人が用いる為の自動化された着る鎧。

 しかも、基本的には鎧の間の生身は剥き出しだ。

 

 まぁ、防御方陣だの安全装置は付いているのだが、内部の人間の運動量を限界以上に引き出してしまうせいで乗った後は数日筋肉痛という代物である。

 

 乗り慣れれば、筋肉も付くし、ゲロを吐く事も無い。

 

 が、普通の警察官や自衛隊員にしてもまだまだ手に余る装備であった。

 

『次ぃ!! グラウンド30周!!』

 

 虚兵に乗った老若男女。

 

 警察学校ですらも導入が決まって次々に納入されているソレは今や地域にも溶け込み始めており、警察車両の背後に変異覚醒者の暴走に備えて付いて行く姿は民間では最初こそ騒がれたが、今では見慣れた光景となっている。

 

 剥き出しの部位を護る為、搭乗時はスーツの着用が義務付けられている。

 

 警察官も制服と同じ色合いのデフォルト・スーツに幾らか装甲を付けていて、子供からの人気も上々。

 

 こうして治安維持に使われ始めた虚兵乗りは全国に数万単位で現れ、今も増加中であった。

 

『次ぃ!! 腕立て伏せ30セット!!』

 

 警察では機動隊は元より特殊部隊にまで導入。

 

 重火器を持ってないという事も相まって変異覚醒者相手の装備として実際に暴走の鎮圧活動に従事する様子はネットにも上がっていた。

 

 特殊な能力や変異した肉体の出力にも負けないパワーに装甲。

 

 その上で相手を殺す事なく叩き潰して無力化する繊細さ。

 

 大きさも公道を走れ、車一台程なのに身軽で重さも重力軽減合金で100kgを下回る。

 もう警察からしたら言う事無しであり、陸自でも使われ出してからは賞賛の嵐であった。

 

『次ぃ!! 市街地障害物3000m走!!』

 

 個人の技量や肉体の反応がダイレクトに返ってくる事から、武道を嗜む者が使えば、正しく機械のパワーと人間の繊細さと技術を併せ持つ熟練兵並みの戦力。

 

 通常の変異覚醒者と呼ばれる人々が暴走後に殆ど問題にならなくなるのも当然。

 

 能力に慢心しない単純無比の傷付かない人間相手に多くの暴走した者達は単なるちょっと強い的にしか過ぎなかったのだ。

 

「先輩。オレらって未来に生きてますよね」

 

「無駄口叩いてないで走れ。後、2000mあるぞ」

 

「ロボに乗って暴走した能力者を鎮圧して」

 

「だから、無駄口を叩くなと」

 

「この間まで変異覚醒者に殺されてもいいようにって遺書書いてたのに」

 

「………」

 

「社会が変わった。技術が進歩した。それだけだ。オレらは何も変わっちゃいない」

 

「ウチの甥っ子が騎士見習いやってんですけど、あっちはもっとヤバイらしいです」

 

「そうか。若い奴らが一番生き残りそうってだけでオレら年長はお腹一杯だよ」

 

「そんなもんすか?」

「そんなもんだ」

 

「……オマワリさんも戦えますよね。コレで」

 

「馬鹿。戦うんじゃない。護るんだよ。その為の力だろ?」

 

「はい……その……同期連中の弔い。いつか、付き合って下さい」

 

「分かった。その時は声掛けろ。手伝ってやる」

 

「うす……っ……あ~もう。オレらより大変な年下もいるってのにシャッキリしねぇなぁオレ」

 

「全部、終わってからだ。誰もが気付いてるさ。滅びが近付いてるって事くらい」

 

「ユーラシア遠征。ゾンビの大襲撃がまた起きるんじゃないかって、何処も噂になってますもん」

 

「だが、やるしかない。このまま手を拱いていても滅びるのは恐らく確実だ」

 

「自衛隊員になってりゃ良かったかなぁ」

 

「後方。国民を最後に護るのはオマワリさんだぞ? ゾンビと戦うのは自衛隊に任せとけ。カッコよさはどっちも変わらんさ」

 

「オレ、交通課でじいさん相手に免許返納とか勧める役になるかと思ってたんですけどね」

 

「はは、今は何処で誰が暴走するか分からないんだ。警察は上から下まで事務仕事よりも現場主義って事で訓練義務化で武装警察になったし、交通警邏の婦警だって銃携帯に虚兵装備だぞ」

 

「……走りますか。婦警に負けちゃ男が廃る」

 

「その考えがもう廃って久しいがな」

 

「ははは、違いない」

 

 走りながら会話すら出来る程に余裕がある。

 

 という事実を鑑み。

 

『………(T_T)』

 

 教官達は更に過酷なメニューを考え、善導騎士団などから送られてくるカリキュラムを更にきつくする事を誓うのだった。

 

 *

 

 小さな感覚。

 腕を蟲が這い回るような感覚。

 昨日の薬がまだ抜けてない?

 今日打たれた薬が強過ぎた?

 蟲が這い回るのは腕だけじゃない。

 脚にも太ももにもお腹にも。

 朝は好きじゃない。

 新しい一日は好きじゃない。

 昨日が良かった。

 今日はきっと昨日よりも悪いから。

 怖いのは今日の事。

 

 今まで見て来たような子達みたいになる事。

 

 頭が壊れてしまった子。

 腕が壊れてしまった子。

 脚が壊れてしまった子。

 ああなってしまうのが怖い。

 

 だから、上手くご主人様達に取り入らねば。

 何よりも永く永く今日の先に向かう為に。

 良かった昨日が遠くなっていくとしても。

 

 怖い人にも笑顔を向けて。

 畏れる人にも笑顔を向けて。

 

 何も知らないおバカで使える子にならなければ。

 

 私が壊れてしまう。

 

―――陽が、射した。

 

『初めまして。こんにちわ』

 

「こん、にちわ……」

 

 水に沈んだ私を見て、その子は、その人は、その新しいご主人様は微笑む。

 

 沈められた私をゆっくりと抱き上げて、私を見る。

 

『まだ死ぬには早いですよ。貴女には貴女の死ぬべき場所があります』

 

「死ぬべき、場所?」

 

『それはきっと僕らには分からない。でも、貴女がいつか辿り着く未来。ただ、それは此処じゃない』

 

「……あ、なた……は?」

 

『ベルディクト・バーンと言います。ちょっと、貴女の死を救いに来ました。もし良ければ、僕の事を手伝ってくれませんか? ええと、お名前を伺っても?』

 

「……エレ……ミカ……」

 

『エレミカさん?』

 

「違う……エレはお姉ちゃんの名前……ミカは妹の名前……ゴハンになる前は……優秀だった……でも、もういない……」

 

『そうですか。でも、大事な名前なんですね』

 

「……うん」

 

 どうして分かるの?

 

 賢い事がバレたらごはんにされちゃう。

 

 だから、お姉ちゃんは妹は言っていた。

 

 名前なんて無い方がいい。

 

『……敢て言います。まだ生きたいですか?』

 

「………」

 

『昨日よりも悪い今日が来ても、それでも貴女は生きたいですか?』

 

「………今日は嫌い」

 

 そう、今日は嫌い。

 昨日が良い。

 ずっと前の昨日。

 

 まだ、お姉ちゃんと妹がいた頃の昨日。

 

『じゃあ、昨日を護る為に明日へ向かいましょう』

 

「昨日を、護る?」

 

『貴女が昨日を生きたから、まだお姉さんと妹さんを思い出せるんです。貴女が嫌いな今日を生きているから、僕は貴女に出会ってお二人の話を聞けたんです。貴女が昨日を護ったから、ずっと覚えていたから……』

 

「ぁ……ぁ……ぅ……っ……」

 

 今日は嫌い。

 昨日が良い。

 

 でも、明日なんて言葉を初めて、聞いた気がした。

 

『もう少し頑張って明日が良いかどうか。確かめてみませんか? ええと』

 

 そう、新しいご主人様は微笑みながら悩む。

 

 そう何と呼ぶべきかと。

 だから。

 

「名前……エレミカ……エレミカでいい?」

 

『はい。それで登録しておきます。今、薬を抜き終わりました。このペンダントを掛けたら、真っすぐ外に出て下さい。また、会いましょう。今度は現実で』

 

 ひゃふ。

 ひゃふ。

 ひゃふ。

 

 横隔膜の先天性の異常。

 

 そう言われていたけれど、癖は治らない。

 

 ちょっと、気を抜くと出てしまう。

 ちょっと、苦しかったはずの癖。

 

 喉が引き攣って、胸が弾む癖。

 

 ひゃふ。

 ひゃふ。

 ひゃふ。

 

 夢は現。

 現は夢。

 

 お姉ちゃんが言っていた。

 

 遠く北の国の言葉。

 此処にいるのは夢。

 だから、本当は現の方にある。

 

 本当は三人一緒に花園で寝そべっている。

 

 そう、そうよ。

 だから、怖くない。

 そう、言ってくれた。

 

「ひゃふ……此処は……」

「オーイ。エレミカ~」

「ッッ」

 

 バツリと意識が切り替わる。

 世界が切り替わる。

 彼女は見る。

 実績作り。

 そう、実績作り。

 生きて行く為に必要な事。

 

 ゴハンを食べなくても生きていける世界での事。

 

 現は夢じゃない。

 

 だから、自分は、私は、エレミカは―――。

 

「百式ちゃんが知識のインストール中に何かバグッたって言ってんだけど、大丈夫か~」

 

「ひゃふ。大丈夫」

 

「お前、もっと笑っていいんだぞ? 此処、別に暗黒街とかじゃないんだし」

 

「ッ……笑う?」

 

 黒い飛ぶお馬さん。

 その上で見る少年はケロリ。

 笑っているはずなのにケロリ。

 そう言って。

 

「いや、笑い方分からん子に笑えとか言う程鬼畜じゃねぇけども。お前、ソレはさすがに笑いじゃないって」

 

「ひゃふ……」

 

 癖だけど、癖だけじゃない。

 

 笑おうとするといつも出て来る。

 

 でも、それでいい。

 

 笑ったら賢く見えるかもしれないから。

 

 でも、その少年は……。

 

「ほら、ぐにーってしてみろ。笑う時は唇の端と端を吊り上げてだな」

 

「ひゃふ……ぐにー」

 

「ま、その内でいいか。今はしっかりしてくれよ? これが終わったら戦闘なんだからな。ある程度は護ってやるから」

 

「うん……ありがとう。アサギリ・クロイ。ひゃふ♪」

 

 *

 

【お喋りは此処までだ。貴様らの如き有象無象。此処で終われ。我が全能なる力を以て】

 

「何だ? いきなり偉そうなのが出て来たが、壊れたラジオ状態……」

 

【お喋りは此処までだ。貴様らの如き有象無象。此処で終われ。我が全能なる力を以て】

 

 術式方陣突入後。

 

 聞こえて来たのは壊れたラジオのように言葉を繰り返す、自意識過剰にも思える強者感溢れる音声。

 

 それを言っているのは……化け物だった。

 

 人型だが、黒く淀んでいる。

 

 世界は微妙に灰色掛かり、空の蒼すらもくすんでいた。

 

 現在地、善導騎士団東京本部外縁市街地区画。

 

「どうやら、強者の残滓? いや、強者だと自分を思っていた誰かの残滓かな」

 

 サクッと事実を看破したイケメン加賀谷芳樹は肩を竦める。

 

 黒武二両。

 その前には黒い四肢持つ虚兵が3体。

 背後には黒翔が3機。

 

 1機は虚兵の上、1機は全員を見下ろす100m以上の上空。

 

 最後の1機は戦車が引き連れたコンテナ2つの中間の虚空。

 

「さて、初めての敵とはいえ、僕が相手をしたら話にならない。魔力量は低いね。能力はどうか分からないけれど、此処は……アサギリ君」

 

 芳樹がクロを見やる。

 

「分かってますよ。オレって結構、弱い者イジメの実力ありますから!!」

 

「カッコ悪い事言ってる……」

 

 リトがジト目になった。

 

「と、とにかく行くぞ!!」

 

 虚兵の腕部は細身とも見えるが、そんなのは本当に見掛けだけだ。

 

 そもそもディミスリルの凝集体である。

 

 1cm程も分厚ければ、それだけで300倍の厚さのコンクリート壁を貫通する事が出来る。

 

 そんな虚兵の速度を担保するのは基本的には動魔術。

 

 しかし、機構的には単純化された車輪が脚部には内蔵されており、黒翔と同じタイプのゴム製の変形可能なタイヤは急激な加速と減速を踵部分だけで可能にする。

 

「突撃ぃ!!」

 

 前傾姿勢での突撃時。

 

 僅かに脚部の脚の底は動魔術で浮かんでおり、一種のウィリーやドリフト状態を維持しながら、ゴムの弾性や形を変化させて機体の姿勢制御をしている。

 

「おらぁあぁ!! 雑魚はお帰り下さいパンチ!!」

 

 身も蓋もない最適解。

 黒い人型は何か能力を使う間もなく。

 

 時速400kmの猛烈な加速と減速で道路を通り抜けたクロの振り抜いた拳によって砕け散った。

 

「いや、弱い者つったってアレだよアレ。オレが嵌ってたドラゴン狩るタイプのゲームで延々と弱い雑魚を狩りまくっていたって事でだなぁ。仲間内からは雑魚狩りのクロイと……」

 

「やっぱり、カッコ悪い。ね? アリア」

 

「!!」

 

 黒武の内部。

 

 周囲の状況やデータに目をやりながら、リトが呟き。

 

 黒翔で直掩に回っていた喋らない方のメイドさんが大きく頷く。

 

「クロイさんって愉快な方なんですね」

「あ、いえ、その、ええと……はぃ」

 

 今は大人モードの明日輝の言葉に何処か照れた様子というか。

 

 何処か恥ずかしそうにポリポリと頬が掻かれた。

 

「これが虚兵かぁ~~お姉様。武装ってこれだけ?」

 

 クロが戻ってくるともう一機の虚兵が両腕にマウントされた細い鞘状の物体を見て姉に訊ねていた。

 

「はい。一応、腰の小銃も使えますけど、今回は弾数無限じゃないので。出来る限りは近接武装でお願いしますって事らしいです」

 

「こちらミッツァ。周囲400m四方に敵影9。北北東40m先に3、北西320m先に6。タイプは今倒した人型と断定……500m先から移動物体検知。斑色の化け物が40体程、時速40kmで地表を這うようにして近付いて来ています。お気を付け下さいませ」

 

 市街地の道路の周囲には建造物がちゃんと存在していた。

 

 黒武がギリギリ二両で通れるくらいの広さはあったが、それにしても細かく身動き出来るという程ではなかった。

 

「皆さん。明日輝です。黒武を一時ホバーモードで後方へ退避させます」

 

「ああ、それでいいよ。僕らも本来はもう少し散開しなきゃならなかったしね。クロイ君。悠音さん。エレミカさん。其々40m程の距離を取りながら前進するよ」

 

「了解っす!!」

「はーい」

「ひゃふ。撃っていい? 届くよ」

 

「虚兵の小銃装備はアドバンス・アサルトの虚兵版だ。敵が粘体だったから焼き尽くしたり、電撃で破壊する方式にしておいたから、当たれば効果はあるはずだ。今、黒武のCPで解析したけど、事前解析と同様に魔力に感情が載せられて、意識の残差が反応した化け物。要は悪霊みたいなものだ。遠慮なく撃っていいよ」

 

 そう芳樹が告げる。

 それと同時に前に出たのはクロ。

 

 更に左側に離れて周囲の建造物を蹴り飛ばして跳ぶ悠音が小銃を腰のマウントから取って遠方を照準する。

 

 エレミカの黒翔もまた同時に高度を上げて武装ヘリのように接近していった。

 

 呆気ない程の単純作業。

 連射ではなく単発。

 

 クロの射撃と同時にエレミカ、悠音が小銃で撃った化け物達が瞬間的に燃え上がるやら電流によって焼き切れ、崩れ消えていく。

 

「何か同型ゾンビよりも歯応え無い……」

 

 少年の呟きに同意するのはエレミカも悠音も同じであった。

 

「解析結果から言えば、普通の変異覚醒者なら即死するくらいの膂力を発揮出来る、みたいだけど。僕らの装備はソレを遥かに上回るからね」

 

 芳樹がそう事実を告げる。

 

「相手より早く相手を発見し、攻撃し、打ち倒す。その為に必要な威力の装備を必要分だけ供給する……戦術論で合理化の意義についてやったけど、体現するとこうなるのか……」

 

「人類と魔導の英知さ。ありがたく享受しておくに限るよ。ゾンビだって銃弾があれば、打ち倒せはしたんだ。問題は文明の利器と生産力が圧倒的に足りなかったって事。その恩恵を受けられる人々の連携が何一つ生かされなかったって事実。正しく、人類の衰退は人類の傲慢の上にある」

 

 芳樹の言葉に嘘偽りは無い。

 

 人類の大国同士が全て団結して対処に当たっていれば、最初期の争乱中にもっと多くの人々が助かっていたというのは通説だ。

 

「ミッツァさん。周囲に更に反応は?」

 

「いえ、ありませ―――反応1。皆さんの約100m先に出現しました」

 

「じゃあ、エレミカが……」

 

「お待ち下さい。外部集音マイクに感有り。フィルターを通してお送りします。それと映像ですが……これは……こちらでは判断致しかねます。そちらで判断を」

 

 いきなり言われた現場の全員がどういう事だろうかと黒翔から送られてきた映像と音声を受け取る。

 

『―――静寂の王の同胞に申し上げる。我らは死者の勢也。敵対する意思無し。会談を望む』

 

 ノイズ混じりではあったが、古めかしい大陸標準言語で斑模様の粘体の化け物が、複数の口を開いて、僅かに頭らしきものを下げ、そう喋っていた。

 

 瞳には何処か理性の光が宿り、とても意志無き化け物には見えない。

 

「静寂の王……」

 

 姉妹達は姉に聞いた話を思い出す。

 

 それは少年の身体を構成する終わりの土に関連した知識。

 

 嘗て、大陸に存在した死と呼ばれる何か。

 

「化け物が喋ってる……どうします?」

 

「ふむ。取り敢えず、話を聞いてみようじゃないか。此処は日本の東京に生まれた異界だ。なのに、其処で生まれたはずの化け物が大陸標準言語を話す。興味深い話が聞ければ、何か役立つ情報があるかもしれない」

 

「撃たない?」

 

 エレミカにクロが撃っちゃダメと両手で×を作った。

 

 彼らが一端集合し、その道の先にいる化け物へとゆっくりと近付いていく。

 

 その様子を蒼い子猫はディスプレイ越しに見ていた。

 

 少しだけ目を細めながら……。

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