異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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第32話「到着」

 

 荒れた海辺を航海して上陸した彼らの顔は死人同然であったが、騎士らしく毅然として都市に降り立つ事が出来なかったのを責める者はいまい。

 

 大西洋に出ていたコズミック・ホラーチック海洋生物を倒したのだ。

 

 本当なら都市に住まう者達から歓待を受けてもおかしくないような偉業であったが、生憎とタンカーはオンボロで無線機は壊れており、船員達は傷付いた船体を何とか接岸させて、都市に助けを求めるのに精一杯。

 

 彼らがキャンピングカーをクレーンで降ろし、出ていこうとした時、ただ其々の持ち場から最敬礼する程度しか出来る事は無かった。

 

「ぅ……恩に着せる言動一つ無ぇとは……昔、沿岸警備隊にもあんな奴ら中々いなかった。あいつら男だぜ!!」

 

「ええ、そうですね。半分、女ですけど」

 

「オレ、故郷に帰ったら今日の事、語り継ぐんだ。その者、真白き弾丸の波にて海洋の獣を穿ち……って!!」

 

「お、おう。頑張れよ。絶対、オレ達以外信じられんと思うけどな。アレがハンターって奴か……」

 

 港湾はやはり海からのゾンビ的なものを警戒してか、壁だらけ。

 

 都市に吹く風が違うと感じられれば良い方で彼ら異邦人からすれば、前にいた都市と傍目には大きな違いも見受けられなかった。

 

 高層建築が違うくらいというのが心情だろうか。

 

 本来ならもっと違うところを見つけて、間違い探し的に盛り上がれたのだろうが、未だ顔の蒼い人間にそれは無理な話であった。

 

「うぅ、ベルさん。何処か。何処かで静かに止まっていられる場所を……」

 

 元王女として辛うじて尊厳を守ったヒューリが涙目で後方スペースのソファーで呻く。

 

「は、はい。ちょっとだけ待ってて下さい」

 

 海の男達に最敬礼されながら、キャンピングカーが埠頭から海沿いの道を走り、内陸に向かう道路に入って進む。

 

 やはり、ロシェンジョロシェと同じで信号などは動いておらず。

 

 街中は歩行者天国染みており、周囲にはゴミ袋があちこちに散乱していた。

 

 一先ず、何が何処にあるのかとトロトロと周囲に休めそうな場所を探しながらベルが走らせたキャンピングカーはかなり目立つようだったが、だからと言って道往く人々。

 

 やっぱり革ジャンやジーパンのような厚手のゾンビからの防護用な衣服がデフォである彼らの多くは興味を示さなかった。

 

 何処からか流れてきたハンターと思われているのは確実。

 

 実際、残った大都市圏ではバウンティーハンターがゾンビ狩りの人材として重宝され、制度として定着しているという。

 

 彼らは街の商売の中心地やら市街地の半壊した街並みを見つめながら都市外延部の木材とコンクリの壁に沿って移動しつつ、廃墟となっている区画を見付けて、当座の拠点とする事にした。

 

「ベル。悪いが、しばらくの間は起こさないでくれ。緊急時は頼む」

 

「オレもだ。大分、すっきりしてきたが、しばらくは使い物にならんと思っといてくれ。ぅ……」

 

「ベルさんが私達の最後の命綱です。ふぐ」

 

 当てにならない部隊の面々を優しい瞳で見つめ、少年は魔導でキャンピングカーにいつもフィクシーが掛けている不可視の術式を掛けた後、三人にいつも土木作業で使っている魔導延伸用の金属棒を懐に忍ばせておく。

 

 少年が傍にいなくても、翻訳が出来る優れものだ。

 

 ただ、とにかく効果距離を延伸して翻訳を少年の魔導によって自動で行う代物なのでソレ以外の機能が無い。

 

 少年にしても極力省力化、自動化、恒常的に使用可能な機能を目指した結果。

 

 自動での翻訳結果は解析しなければ、分からないのみならず。

 

 相手の居場所も殆ど追えない程に微弱な魔力による通信しか出来ない。

 

 自分が傍にいない時でも仲間達が言葉で不自由して窮地に陥る事が無いようにとの御守り……基本的にはその程度のものだろう。

 

「じゃあ、行ってきますね」

 

 返ってこない答えに苦笑しつつ。

 

 他の誰かがいつもしてくれているように周囲の安全を確保する為、偵察よろしく少年は外へ出る事にした。

 

 車両から外に向かってすぐ思ったのは人気が無いという事だろう。

 

 実際、そういう場所を選んでこそいたが、その区画より先にも人気が無いところを見れば、今現在いる都市に人が少ないというのは調べなくても分かった。

 

 何処の都市もそうなのか分からないが、ゾンビから逃げるという選択肢があった中で戦うという選択をした、せざるを得なかったバージニアのような人々の方が少数なのかもしれず。

 

 外縁部の壁際を走る道路だけが埃を被っていないとも思えた。

 

(本当に無人なのかも調べてみないと……)

 

 テクテクと少年が歩き始める。

 

 生憎の曇り空で雨粒こそ降っていなかったが、その体に纏わりつく空気は何処か重く。

 

 誰とも出会わなかったまま、今度は壁際付近まで脚を伸ばした少年はコンクリートだけではない即席の木材の壁も併せて、何処も傷だらけな最終防衛ラインがかなり痛んでいるを見て、手を触れて魔導で解析し始める。

 

「………1年くらい補修してない?」

 

 それ程に予算がひっ迫しているのか。

 あるいは単純にそれをする人間がいなくなったのか。

 

 どちらにしても、ロシェンジョロシェの壁に触れて解析した事もあり、僅かに少年は驚いていた。

 

 あちらでは少なくとも数週間で補修したり、ゾンビの群れに攻撃された部分は常に具合が見られ、ダメそうならコンクリも木材も取り換えられていたからだ。

 

 壁に何処か物寂しい印象を受けるのは守備隊の姿が未だに見えないからという事もあるだろう。

 

 実際、左を見ても右を見ても、守備隊の守の字も見えず。

 車両の音も聞こえて来なかった。

 

(そろそろ帰ろう。あんまり、外に出てると心配させちゃうかもしれな―――)

 

 カシュンッ。

 

 そんな音を聴いた気がした少年はトッと自分の首筋に刺さる細い針のような何かを見たような見ていないような……グラリと傾いでそのまま倒れた。

 

『やったぁっ!! 成功よ。これで文句ないわよね? 後でちゃんと買ってよね!!』

 

『しょうがありませんね……解りました。お嬢』

『アレが情報にあった奴らの一人か』

『嘘か真か。アジトに運ぶぞ』

『了解。これでようやく、駒は揃ったね』

 

『ぁあ、オレ達の戦いは次の段階に進む。あのタワーの上でふんぞり返ってる連中を倒して、ようやくこの都市を……開放出来る』

 

『さ、仲間連中がどっかにいるはずだ。気付かれる前にズラかるぞ』

 

『はーい』

 

 少年には見えていなかった建物の影から黒のバンが飛び出したかと思うと数人の人影が小さな影を二台に載せて、そのまま道路を人気が無い方へと向かっていった。

 

 そして、未だキャンピングカーで呻く誰一人として少年に異変があった事に気付く者は無かった

 

 *

 

 少年が目覚めた時、其処は見知らぬ天井だった。

 

「?」

 

 首を傾げて少年が左右に視線を振ってみる。

 

 すると、傍の薄汚れた窓からは暮れ掛けた夕暮れがもう沈むかどうかという耀きが途切れる寸前。

 

 更に雲は半分以上払われ、疎らに空は紫雲に占拠されている。

 

(……また、拉致された?)

 

 埃っぽい部屋だった。

 寝台が地上に二つ、上に二つ。

 梯子は鉄製で微妙に錆びている。

 

 壁紙は剥がれており、コンクリートも剥き出しになっており、殺風景であった。

 

 少年の被っている毛布は色褪せていたがカラフルで何やら角のある馬のようなキャラクターがデフォルメされて描かれている。

 

「ユニコーン?」

 

 南部の山奥になら、ザラにいる事もある異種の一種だったが、この魔力の無い世界でもそういうのはいるのだろうかと首を傾げつつ、少年は起き上がり。

 

 その寝台を抜け出そうとして、自分が見知らぬ星柄の青いパジャマだと知って、急激に顔が青ざめさせた。

 

 それもそうだろう。

 今や少年の下着は"しっかりした下着”である。

 

 それも船でロシェンジョロシェを出る前夜に何処から聞き付けて来たのか。

 

 あのガチムチな女装店員が女性陣とベルに明らかに過激な下着をプレゼントし、女性陣は謹んで使う時が来るまで封印という事にしていたが、少年にはちゃんと下着を穿くべきとニコニコと着用するように迫った。

 

 泣く泣く身に着け。

 

 何も知らないと自己暗示していた少年にしてみれば、女性陣以外に見られるのは確実にアウトな代物だ。

 

 それを見知らぬ誘拐犯に見られたというだけで精神的ダメージは計り知れないものがあった。

 

(ぅぅ、お、落ち着け、落ち着くんだ。僕は下着なんて知らない知らない知らない―――)

 

 内心で再度自己暗示するも。

 

『あの子、私と同じくらいの女の子だった。あんな爛れた大人が着るような下着を穿かされて……』

 

(ふぎゅぅ!?)

 

『きっと酷い事されてたんだよ!! ぅう……た、助けてあげよう!!』

 

(しっかり、見られてるぅ!?)

 

 絶望的な気分で少年がこっそり聞き耳を立てようとパジャマ姿で扉を耳に付ける。

 

『いやぁ、でも、異世界人ですよ? 異世界人。ほら、もしかしたら実はそういう趣味なだけかもしれませんし、文化も違うでしょうし』

 

『何よ!! あたしの勘が信用出来ないって言うの!?』

 

『お嬢……オレらはゲリラであって、託児所じゃないんですよ? 誰が責任以て面倒見るんです? あの子はあくまでロスから来た連中を動かす為の駒です。丁重には扱うよう言われてますけど、ちゃんと返さなきゃですよ』

 

(別世界から来た事もバレてるぅぅぅ!? でも、僕達の情報ってバージニアさんとその知り合いとか守備隊とか、都市の上層部の人しか知らない事なんじゃ……それに“げりら”って何だろう?)

 

 未だに日常会話が完璧には翻訳し切れないベルが魔導の脳裏に存在する辞書から意味の推論機構を作動させ、辞書を引いた。

 

(ええと、翻訳翻訳………一番近い言葉が中央だと反七教会派の革命闘士……地方だと民間とかの反乱軍?)

 

 少年が更に情報を聞こうと耳を押し付けると。

 バタンッと扉が外側に開かれた。

 

「おや、聴いてたみたいですね」

 

 少年がビクッと体を震わせ、ササッと扉の背後に隠れる。

 

 目の前で扉を開けたのは金髪角刈り細マッチョで青いグラサンを掛けたアロハシャツにジーパンの男だった。

 

 その顔は結構厳つく。

 

 何処かクローディオに通じる立ち振る舞いが見られた事で少年が思わず両手を上げる。

 

「そういうのは知ってんのか。異世界人でも銃の怖さは分かってるわけだ」

 

 少年がプルプルしながらも本能的に扉の後ろから何とか相手の前に出る。

 

「馬鹿!! 小さい子にそんな事していいと思ってるの!?」

 

 ベチーンと男の頬に玩具らしいカラフルなハンマーが叩き付けられる。

 

 それに驚いた少年が横を見れば、扉の先。

 朱い髪にブルネットの瞳の少女。

 

 少なくとも10歳前後くらいだろう少女がジーンズにスニーカー、白いジャケットを着て目を怒らせていた。

 

 その頬には星型の白いタトゥーが入っている。

 

「お嬢……解りました。分かりましたよ。ですが、油断だけはしないで下さい。異世界人だか外人だか知らないが、こいつらはオレ達とは違う人間だ」

 

「ゾンビにとったら同じ餌でしょ。シャンク」

「……はぁ」

 

 男が溜息を吐いてから腰の後ろにある拳銃を見せる事もなく。

 

 直立不動で少女の後ろに立った。

 

「ごめんなさいね。この怖いお兄さんはもう大丈夫だから。ね? 言葉分かる」

 

 コクコクと頷くベルに少女がニコリとして、手を差し出した。

 

「あたしはジェシカ。ジェシカ・オーエル」

「ジェシカ・オーエル」

 

「そうそう、上手い上手い。怖がらなくていいからね? あ、コイツ邪魔よね。あっち行ってて」

 

「お嬢……これでもオレはお嬢の御守なんですがね」

「あっちに、行ってて?」

「……何かあったらすぐに駆け付けて来ますからね」

「解ってる……」

 

 男を追っ払った少女ジェシカが少年にニコリとした。

 

「あのね。あなたを無理やりに連れて来たのは悪いと思ってる。でも、あなた達に協力して欲しい事があるの」

 

「協力?」

 

「そう!! でも、ちゃんと話さないと分からないわよね。だから、事情を話すわ。難しい事もあるかもしれないけど、分かり易くするつもりだから。こっちに来て」

 

 ジェシカに手を牽かれて少年が薄暗い通路の先。

 すぐ傍の扉の中へと招かれる。

 

「―――機械?」

 

「ああ、機械は分かるんだ。そう、コンピューターよ。あの当時、お父さんがサンベルトで造られてたものを混乱のどさくさで、って……まぁ、いいか。とにかく、ちょっと座って」

 

 少女が案内した先にあったのは数台の天井まで届くスパコンのサーバー染みた箱の群れだった。

 

 恐らく全長で20m程もあるだろう部屋の中には箱がビッシリと詰められており、空調が効いているのか。

 

 ひんやりとしていた。

 

 そのアクセス用の端末らしいディスプレイとキーボードしかない簡素な室内に入ってすぐのデスクに少年が座ると。

 

 少女はディスプレイの電源を立ち上げて、何やらキーボードをカチャカチャと叩き始めた。

 

「あたし達ね。このシスコで戦ってるんだ」

「シスコ……戦ってる……誰と、ですか?」

 

「それを今から教えてあげる。それであなたがもしも何か思うところがあったら、あなたを連れてる人達にお話ししたい事があるの」

 

「………」

 

 何やら一つのファイルにアクセスした少女がエンターキーを圧すと地図が画面に浮かび上がり、ゆっくりと映像や音声、文字が流れ始めたのだった。

 


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