異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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第52話「終決」

 

「『願わくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ』か……彼女には悪いが、死んだら地獄行だろうな。これは……」

 

 司令部の中、ほぼ全てのカメラが壊滅し、未だ上空で順次整備と補給を終えたドローンが眩い閃光の中に未だ呑み込まれ続ける誘導路周辺を映し出していた。

 

 その莫大な熱量は途切れる事を知らず。

 既に発射地点周辺は完全に溶鉱炉を化している。

 

 解け崩れた要塞が誘爆しないのは弾薬のほぼ全てがあちこちの対爆、耐熱用の部屋に格納され、それもまた基本的には誘導路から遠い場所に配置されていたからだ。

 

 アンドレはもっとも誘導路に近い砲陣地で防御方陣を展開している騎士団員達と後方へと走らせられている男達を見て、何も出来ない自分に歯噛みした。

 

 高射砲と榴弾砲の誘導路に近いものが数門。

 巨大な熱量に曝されて起爆、爆炎が上がる。

 

 だが、要塞の強固さとディミスリル皮膜合金による建材の圧着によって内部までも崩れる事は無かった。

 

 そして、初期対応で即座に騎士達が後方へと兵達を下がらせた為、爆風に巻き込まれているのは方陣で防御されている騎士達だけだ。

 

 辛うじてまだ原型を保っている誘導路の一直線上。

 

 余波の熱量を受け切っている全身鎧の騎士達がその装甲を赤熱化させつつも、防御方陣を満遍なく絶やさず。

 

 後方のSLが熱波の中を潜り抜けて退避し、騎士達の一部が傍にある全身鎧を身に着ける時間を稼いでいた。

 

「クソが!? 今度は白いのかッ!!?」

 

 明らかに弾丸程度ではどうにもならない真の強敵。

 

 ついでに言えば、恐らくゾンビ達の大規模な死から汲み上げた魔力による超威力の熱量砲撃。

 

 間違いなく魔術の技量は大魔術師クラス。

 だが、今はクローディオも動けなかった。

 理由は単純明快だ。

 

 相手がもしもベルから狙いを外せば、その瞬間。

 都市の左右のどちらかが消し飛ぶ。

 

 未だ防御が可能なのは真正面からの撃ち合いであるからに過ぎない。

 

 もしも、超規模で大威力、誘導も載った魔術なんて撃たれ様ものなら全滅も覚悟せねばならなかった。

 

 しかし、長かった照射がゆっくりと収まっていく。

 数十秒にも及ぶ熱量の放出にも関わらず。

 その騎士甲冑と馬は涼し気な白い鎧姿を歪ませもせず。

 

 陽炎の中ですら極めて確かな存在感を保ち、カポカポと歩いて―――クローディオの刃が咄嗟に己の首の前に魔力を込めたナイフで遮り、何かを受け止めた。

 

 猛烈な爆風。

 

 いや、魔術でも何でもなく魔力が込められ、自然転化した火花の極大化が彼を吹き飛ばす。

 

 騎士団員達はそれを見ていたが、咄嗟に助ける事はなく。

 

 それよりも先に後方へと盾を構えて下がっていった。

 

『ふ……賢しき者が騎士とは嘆かわしい話だ』

 

 首が折れそうな衝撃を受け流し、辛うじて立ち上がった男が数m先で馬上の白い騎士甲冑を睨み付ける。

 

「オイ。そこのキザ野郎!! お前にまだ騎士の誇りの欠片でも残ってんなら名乗りやがれ!!」

 

『ははははは、潔し。仲間の為に時間稼ぎか。付き合ってやろう。だが、ボクを他の同胞達と同じと思うべきではないな。ああ、まったく……最後の大隊の隊長たる者が油断に情け、戦に酔って返り討ちとは……あの方に何と申し開きすればいいやら』

 

「ボクって柄かよ。今、この都市を滅ぼそうとしたヤツが」

 

『聞いているのだろう? 復讐だ。この世界の人類を滅ぼそうというのにこの都市だけ滅ぼさないというのもオカシな話だろうに』

 

「最後の大隊。それがお前らの所属組織か」

 

「如何にも……人類の一部とて知っている事実という奴だ。さて、どうやら起きたようだし、自己紹介でも始めようか」

 

 馬の脚が折れる。

 それと同時に白い柄を引き抜いた。

 巨大な大剣が展開され、握られる。

 

『ボクの名は第一の騎士。又の名を白滅の騎士……この世界の人類を滅ぼす最後の大隊の隊長の一人にして他の三者を統べる者』

 

 一閃。

 

 振られた剣の軌跡を描いて、魔力が乱雑に吹き乱れ、クローディオには何ら異常を齎さないままに背後の旧外壁と櫓のほぼ全てが打ち砕かれて倒壊していく。

 

「―――お前があの連中の上位者ってわけか」

 

 クローディオの言葉の後。

 

 上から降って来た少年がフラ付きながらも何とか着地した。

 

 その上半身は所々が焼け焦げて裸だが、外套は辛うじて少し焦げた程度で下半身もズボンが半ズボンになったくらいだった。

 

 だが、剥き出しの場所は重度の火傷を負っており、中には焦げているところもちらほらと見受けられる。

 

『会いたかったよ。同胞……君が彼らの気を引いた存在か……無理も無い。15年……それなりに長い時間だ。人恋しくなるのも人の性だろう』

 

「あなたは……」

 

『そんなに無理をして喋らなくてもいいんだ。ボクは君を殺しに来ただけだ。確かにあの方に献上するには良い素材だが、生憎と3名も隊長をやられて黙っているわけにもいかない。これでも彼らの上役だからね』

 

「……どうして」

 

『?』

 

「どうして、復讐だからって沢山の人を殺す必要があるんですか?」

 

『そんな事を聞かれたのは始めてだ。そうだな……確かに君の言う通りだ。関係ない人が殆どだろうね』

 

「なら、何で!! 幸せに暮らしてた人達だっているんですよ!! それを復讐だからって!! 関係ないのに壊していいわけないですッ!!」

 

 少年の顔が悲哀に染まる。

 

『なら、君は生きている限り、狙われ続け、戦い続ける世界に生きろと言われて納得出来るのか?』

 

「狙われるってどういう事ですか」

 

『ふ、まだそこまでは知らないのか。まぁ、いい。どうやら君の仲間達も配置に付いたようだし、此処からは戦を愉しもう。ここ最近は殺戮ばかりで飽き飽きしてたしね。緑燼の奴程じゃないが、全うな戦いには飢えていたんだ』

 

 騎士の言葉にクローディオが完全に内心だけで渋い顔をした。

 

 目の前にいる存在との圧倒的な実力差が分かったからだ。

 

 恐らくは超越者。

 

 大陸でも不老や不死、超常的な能力を持ち、神にすら匹敵する事もある相手。

 

 アンデッド化しているとはいえ、それでも絶望的な魔力差と力量差は覆し難い。

 

 ベルは魔力だけならば、どうにかなるだろうが……それにしても技量で太刀打ち出来るものではないとクローディオも理解していた。

 

 相手の虚を突き。

 一撃で屠る方法が無ければ、倒せはしないのは明白。

 

 撃退ですら怪しい相手を前にして彼は仲間達を連れて都市から何とか撤退する事すら考えねばならない敵に違いなかった。

 

『さて、まずは一人目』

 

 大剣がクローディオへ無造作に振られた。

 今度は完全に殺す気だった。

 

 だが、咄嗟の先読み。

 今なら英雄なエルフはその右の小指の端を削られるに留まる。

 

『良い反応速度だ。だが所詮は兵士止まりでもあるな』

 

 グシャリとクローディオの胸元がいつの間にか馬の前足に踏み抜かれていた。

 

 粉々になった肋骨が肺に突き刺さって吐血した相手を今度は虚空を駆ける白い後ろ脚が舞い上がる身体を背部から蹴り飛ばす。

 

 その衝撃に肉体が砕け散らなかったものの。

 

 一瞬にして意識を刈られた軟派男は地面にクレーターを作って心肺が停止し掛けるが、そのままの状態で治癒の術式が起動し、無理やりに骨を元の位置に繋げ、筋肉を再生し、肺から血を抜いて止まっていた呼吸が再開される。

 

「カハッ?!」

 

『おお? 頑丈な装甲だ。本当なら踏み潰すつもりだったが、良い装備をしている。騎士団にこんな技術があったとは驚きだ』

 

「クローディオさん!?」

 

 少年が思わず駆け寄る。

 その姿を敢て見逃した白滅の騎士が大剣を上空に向ける。

 

 次の瞬間にはヒューリが黒いドレス型の装甲を纏って一撃を浴びせていた。

 

 莫大な魔力と魔力の衝突による熱量と爆発。

 

 衝撃波でクローディオとベルが吹き飛ばされるも、クローディオの身体をしっかりと抱き締めたベルが背中を強か打ち付けつつも、何とか守り切る。

 

(あの騎士の人。速い……本当にただ速いだけなんだ……空間転移も使わずに数百mを瞬時にって音速を超えてる?)

 

『ほう? その魔力の色、王家の子か? ああ、もしかしてあの騒動でまだ死んでなかったのか。政府は隠蔽したようだけど、そうか……騎士団に入っているという事は……』

 

「な?!」

 

 一瞬の動揺。

 それを見逃す相手ではなく。

 

 しかし、その刃が鍔迫り合いのまま相手を押し切ろうと加速する瞬間。

 

 横合いから一切の予備動作も姿も見えないままにディミスリル合金製の大剣が脇腹を狙って横一線。

 

 だが、ヒューリの刃を即弾いた白滅の騎士の大剣が逆手持ちで下に振られ、その横から致命の一撃を防ぎ切った。

 

『お初にお目に掛かる。そうか、君がガリオス最年少の大魔術師か。その高名は伺っているよ。ボクらにとって、君の継承する意味消滅(ブランク・ワード)級の魔術は確かに脅威だ。不意打ちならボクもやられてたかもね』

 

 白と朱の鎧。

 

 全身に纏う装甲は全身鎧よりも少ないが、それでも大きな防御力には違いないだろう……その背中の腕と強化された腕が一緒に剣の柄を持っているにも関わらず、その剣は1mmたりとも逆手持ちの大剣を揺るがせられなかった。

 

(コイツ?! 剣の技量も魔術も私より上か!? それにこの剣からの圧力ッ、ベルの魔力が防御に回っていなければ、簡単に押し切られていたッ?!!)

 

 ヒューリのドレスタイプに似ているが、それよりも装甲は薄いフィクシーの鎧の各部位から一斉に【日輪機構】が立ち上がる。

 

 だが、まるで秒針を刻むように次々と衝撃をいなす度にその積層魔力の細い柱が瞬時に消えていった。

 

『紅蓮がお世話になった。君の成長が楽しみらしい。彼女はあれで女性らしい感性をしていてね。何かを育てるのに向いてる性質なんだ。あの甘さはアレで役に立つ事もあるんだが、今回は君も殺害対象だ。諦めて死ぬといい』

 

 男の声は冷静で余裕でまるで青年のようだ。

 

 殺意を告げる声すらも……くぐもっていているのに涼やかさが分かる。

 

「この外道め。高位超越者殺しは大魔術師の昔からの腕試しの目録だ。私の剣と二つ名の錆びになれ。御大層な名前くらいなら引き継いでやろうッ!!」

 

『あははは、ありがとう。じゃあ、ボクも外道らしい事をしよう。仲間か。都市か? 選ぶといい』

 

 刃を拮抗させて衝撃波を生み続けながら。

 ヒューリの再びの斬撃を片手で捌きながら。

 騎士が天空を見上げる。

 すると、瞬時に都市を覆う程の大魔術方陣が編まれた。

 

 その白滅の名に相応しき真白き方陣が産み出すのは先程と同じ超熱量の塊に違いなかった。

 

 一瞬にして外気温が80°を超えた。

 

 少なからず、その白い巨大な炎の塊は全てを蒸発させて余りあるだろう。

 

 その上空の熱量は5000度以上。

 半径だけで2100mを超えていた。

 

 今、此処に巨大隕石が落ちて来たと言われても頷ける迫力。

 

 要塞内部の弾薬は未だ無事だったが、恐らく直撃寸前になれば、街が消し飛ぶような弾薬が連鎖して爆発するに違いなく。

 

「そんな事、させません!!」

 

 ヒューリが剣撃を叩き込み続ける。

 だが、素人に毛が生えた程度の剣技。

 

 熟練の超越者にして剣も魔術も同等に超高位で扱う白滅の騎士の前にはどのような魔力が乘っていても、捌く事など簡単に過ぎた。

 

 馬を狙おうにもヒューリとて分かっている。

 

 片手がもしも彼女の刃を捌かずに自由となったなら、今度はベルとクローディオが狙われるのだと。

 

『後、1分後にはこの都市中の銃弾と砲弾が爆発するだろう。さぁ、アレを打ち消せるのは大魔術師である君か。もしくは彼だ。どうする?』

 

 フィクシーは知っている。

 

 こういう手合いはどちらも動けば、どちらも殺そうとするし、どちらも動かなければ、それはそれで愉しめると考える。

 

 つまるところ、手は一つ。

 

「貴様を一分以内に滅ぼす」

 

『ボクは油断しないよ? 悪いけどね』

 

「油断なら一つもうしているさ」

 

 フィクシーの言葉に初めて騎士鎧の首が傾げられる。

 途端だった。

 

 たった十数m先からクローディオのサブマシンガンが唸りを上げた。

 

 数百発の弾丸。

 その全てが魔力吸収弾だ。

 

 巨大な魔力の壁に阻まれた弾丸が次々に魔力を吸収して、虚空で弾け飛ぶ。

 

 しかし、二挺目のマグナムが相手の魔力の壁へ更に突き刺さる。

 

 一瞬、白滅の騎士の纏う魔力の壁が一部消え去った。

 

 其処にすかさず金属破壊弾と視線誘導の一発が最後のマグナム弾として発射され―――カァンと馬が地表を蹴り付けて巻き上げた石畳と土砂に弾かれた。

 

『油断はしないと言った……二番煎じは不愉快だ。やはり、オマエはシネ』

 

 白滅の騎士の瞳から先程の光線にも劣らない莫大な熱量が放出される。

 

 それを少年が魔導方陣を展開し、防いだ。

 

 膨大な魔力と言えど、無限の魔力と言えど、死から魔力を組み上げている彼らに魔力合戦は不毛なのだ。

 

 だが、魔術師としての、経験の差は如何ともし難く。

 

 クローディオを抱えて回復させ続けていた少年がその身体を後ろに庇って前に出たが、出力のみならず……相手の方陣を崩す、チャンネル側からの魔力展開の妨害によって、次々に方陣に罅を入れられ、その間から漏れ出した熱量の閃光で脇腹や肩や腕を抉られていく。

 

「ベルさんッ!!」

 

『剣がお留守だ!!』

 

 白滅の騎士の腕が刃を弾いた刹那。

 

 掌をヒューリに向けて衝撃波と熱量を同時に放つ。

 

 それに耐え切った装甲だったが、吹き飛ぶ事までは防げず。

 

 その余った腕がフィクシーに向けられようとした瞬間―――。

 

 ―――1分と数十秒前、砲陣地南北両端。

 

『司令部より砲陣地へ。敵の親玉が出た!! 搬入される木箱より支給された砲弾を目標地点に放て』

 

 男達が騎士団に退避させられながらもまだ比較的サウナだと思えば耐えられるという馬鹿が大勢いた事は確かに都市にとって財産に違いなかった。

 

『了解!! サウナで砲弾撃ったってギネスに登録してやんよ!!』

 

『ただちに砲撃を行う!! 本当にこの座標でいいんだな!!』

 

 次々にまだ破壊されていない榴弾砲の周囲に木箱が積み下ろされる。

 

 140度以上の要塞内から木箱で砲弾を運ぶという極めて恐ろしい状況。

 

 しかし、誰一人。

 本当に誰一人として、その役目を放棄する者は無く。

 

 次々に砲弾が赤熱しそうな榴弾砲へと詰められて、一斉に砲塔下の円盤が回転。

 

 ()()へと向けて照準。

 

『撃てぇえええええええええええええ!!!』

 

 1分後に放たれた。

 

 それは都市全域の砲弾と弾薬が事実上起爆を防げる寸前ギリギリの事だった。

 

 ―――巨大熱量体衝突まで残り40秒。

 

 少女は駆けていた。

 足手纏いは嫌だった。

 

 しかし、足手纏いな自分にしか出来ない事があった。

 

 ハルティーナにとって、それは正しくチャンネル越しに受け取った遊撃戦力として今回の一件において最初で最後の仕事だった。

 

 敵戦力において最大の相手が出て来た場合、自分達は掛かり切りになる。

 

 その時、相手の攻撃が都市を襲うかもしれない。

 

 だから、その最後の一手としてずっとずっと彼女は待ち続けた。

 

 歯痒く思いながらも、自分が未熟な事を噛み締めて。

 

「皆さんを護る。私がッ―――私の拳でッッッ!!!」

 

 市庁舎の壁面を巨大な手足で跳ね飛ばしながら駆け上がり、その落ちて来る灼滅の壁を前にして少女は己の持てる魔力の全てを人体強化に回し、神経を尖らせ、その300度をもう超えている周囲の熱量に怯む事無く。

 

 技も糞もなく。

 己の全てを掛けて跳躍して拳を振り上げる。

 

 ビルの上層階がその衝撃を全て受け入れて崩落を開始する。

 

 アレが落ちれば死ぬ。

 だから、少女は何も考えなかった。

 

 そうして、一瞬にして砲弾と化した彼女が天上からの炎の玉に接触した瞬間、その熱量を吸収した手甲が燃えるように赤熱して―――。

 

 しかし、一切形を変える事なく。

 

 積層魔力の円柱が通常よりも更に巨大な形で拳の周りに30本近く展開し、吸収した熱量をその拳の周囲からビーム染みて噴き出させる。

 

 瞬間、炎球の落ちる速度が低下する。

 また、全体の表面温度も下がった。

 

 その途端、砲弾が彼女の左右を通過して海方面へと通過し―――。

 

 ―――その余った腕がフィクシーに向けられようとした瞬間。

 

 少年は綻びた己の外套を開く。

 

 その奥から飛び出したのは少年が湊に設置していた大規模なポケットの入り口から入って来たモノだ。

 

 もしもの時は海側からも敵の揚陸があり得る。

 

 故に落とし穴は掘れなくてもポケットの入り口は開けていたのだ。

 

 その中へと無数の砲弾が飛び込んでいく。

 

 フィーが大剣を離して咄嗟に後方へと跳ぶ。

 

 それを千載一遇のチャンスとは思わずとも、白滅の騎士は己の攻撃衝動のまま、本能的に剣で追撃する。

 

(信じるぞ。ベルッ!!)

 

 白の大剣の剣先がフィクシーの胸の装甲の中心に突き刺さった。

 

 次の刹那―――その剣そのものが一瞬で捻じ曲がり、思わず剣を白滅の騎士が己から手放した。

 

(ボクから剣を手離させるとは。だが、胸骨を割ったぞ。大魔術師ッ!! 貴様はあの少年の力に期待したようだが、予備動作が長過ぎる!! 終わりだッ!!)

 

 そうして少年が片手を上げて魔導方陣を発生させるより早く。

 

 白滅の騎士の腕が瞬時に馬上で馬の脚から二つ目の剣の柄を掴むより先に秒速1500mを超える速度の砲弾がギリギリ、少年の外套の内側から飛び出す。

 

(馬鹿なッ?!! 何だその使い方は―――届けッ!?)

 

 柄さえ握ったなら、彼の刃を振う速度は軽く音速の数倍。

 

 しかし、柄に指先が降れるまでの刹那が遠過ぎる。

 

(通常砲弾では―――無い、か……だが、屍者の石の凝集において、我が頚城はあの三人の数倍ッ、大魔術師のあの魔術以外、緑燼の頚城を破壊した程度の威力と能力ならば砕けるモノではッ!!)

 

 しかし、騎士の予測とは裏腹にその砲弾が触れる瞬間、変形する。

 

 ()()()()()()()()()()が真っ先に魔力の壁をブチ破り、回転しながら魔力を無理やりに吸収していく。

 

(まだだッ!! 魔力転化で全て吹き飛ばすッ!!)

 

 纏う魔力は吸収されたものの。

 内包しているものはまだ莫大な量が残っている。

 ならば、その魔力を転化させて全身から出力させればいい。

 彼のその転化速度は正しく神速。

 

 全てを吹き飛ばせば問題ないと考えた彼はしかし―――その砲弾の後ろに縦列したドリルの群れに顔を引き攣らせる暇もなく。

 

(何発だッ?!)

 

 それは連撃だった。

 

 魔力をエネルギーに転化させて吹き飛ばすより先にドリルが彼の鎧を()()()()()()()揺さぶり、転化させようとする彼の思考を邪魔する。

 

 膨大な魔力だ。

 

 この周囲で数百万ものゾンビ達から引き出した死の魔力の制御には相応の集中がいるのは自明。

 

(クッ!? ならば、五体で迎撃するのみ!!)

 

 柄を掴もうとしていた腕が無理やりに高速で動かされ、一発目の砲弾を鎧の接触部分から上向けて弾き上げた。

 

 その手が衝撃を受け切れずに痺れて数瞬の使用不能状態。

 

 だが、もう一つの手が再び砲弾を斜め前方から何とか弾き飛ばし、更に加速させた馬が首と頭で次々に飛来する砲弾を弾き飛ばす。

 

 だが、それもやはり数瞬ではあるが、完全に使用不能へと陥る。

 

(クソッ!! まだあるのか!?)

 

 馬の上体を逸らさせて振り、左右の脚で一撃ずつ砲弾を弾くも縦列した弾丸の群れはまだ大量に存在した。

 

(まだかッ!! 後少しで腕が使用可能になる。後少しでッ!!)

 

 馬の胴体をドリル砲弾がついに捕らえた。

 ほんの僅かな時間の拮抗。

 しかし、その最も脆い腹が魔力や術式の力ではなく。

 

 単なる物理衝撃によって砕かれ、内臓から馬上の騎士を狙う。

 

(愛馬をこんなところで失うとはッ―――不覚!!)

 

 激高。

 

 だが、馬上の鞍を蹴り飛んで弾丸の直線状から彼は身体を逸らす。

 

 しかし、その瞬間に気付いた。

 気付いてしまった。

 

 今現在、弾き跳んだ状態の大魔術師が、元王族崩れの姫君が、何故か弾き飛ばされた砲弾の方へと外套をはためかせている。

 

 至近弾で自滅を狙った彼の意図を最初から知ってでもいたかのように。

 

(まさかッ?!!?)

 

 弾け飛んだ砲弾が外套の奥へ沈み込んで沈み込んで沈み込んで、その砲弾の切っ先が再び男に向けられた。

 

 砲弾の直線状から何とか彼が身を回避した瞬間。

 エルフの男が微かに唇の端を歪めて。

 

 しっかりとその超動体視力で彼を()()()()()()()()()()

 

 直線状に縦列していた弾丸が騎士に向かって、加速した世界の中で僅かに微調整される。

 

【視線誘導砲弾】

 

 そして、魔力を吸収し終えた砲弾そのものが弾け飛んだ先で……まるで意思を持ったかのように急激な方向転換を成功させる。

 

 その旋回半径は明らかに物理法則を、慣性すら無視した代物。

 

【慣性制御砲弾】

 

 それを造ったのだろう年若い魔導師の実力を彼は内心で称える。

 

 自分を滅す力。

 

 それを生み出すのが魔術でも剣でもなく、魔導と砲弾である事に騎士はさすが呆れた視線を全ての者達に向けたが、これが時代に取り残された者の末路かとも確かに納得した。

 

 そして、少年を、エルフを、魔術師を、姫を、その全ての敵を前にしてやはり自分に非は無い事を確認する。

 

 腕が使えるようになる前に更に二撃の砲弾を脚が虚空で蹴り付けてあらぬ方向に曲げるが、腕も両足も使い切った。

 

 だが、砲弾の雨は逸れれば、慣性制御魔術による物理法則無視の軌道で彼を追い、更に二つの外套からも次々に射出された。

 

 だが、それでも……再び体外へ放出した魔力という魔力を砲弾に剥がれながらも、騎士は頭でも踵でも肘でも膝でも使える限りに砲弾を虚空で回転しながら弾き続けていく。

 

(まったく、面白い人材だな。君達は……あの頃に会いたかったよ……)

 

 全ての部位を使い果たした彼はクローディオの外套から最後に砲弾が一発飛び出した瞬間を見て……砲弾が己のいる虚空一点に殺到しているのを見て。

 

(ああ、人間はやはり進歩するんだな……)

 

 そう己の鎧に傷を入れる一発にマスクの中で微笑む。

 

【金属破壊砲弾】

 

 その最後の一撃が罅を入れた鎧内部へ。

 無数の切っ先が潜り込み。

 彼は己を割り砕いていくドリルの回転を感じながら。

 

(油断は無かった……)

 

 そう脳裏で呟いたのだった。

 

 *

 

 一点に集まった砲弾の一斉起爆。

 そのキノコ雲さえ上がる爆風の中。

 

 方陣を張って尚、全員が100m近くの距離を吹き飛ばされ、熱くなっていた地面を転がりながらも装甲やスーツを削られるだけに何とか留まる。

 

 クローディオは今度こそ昏倒して重症だが、その顔は傷とは裏腹にやってやったという笑みを浮かべていた。

 

「クローディオさん!!」

 

 少年が魔導で治癒を掛けながらも未だ止まっていない空の巨大光球に視線を向ける。

 

 其処では未だに落ちゆくものを拳一つで受け切り、その力を転化して空へと向かっていく碧い少女の魔力を流星のように見た。

 

「ハルティーナさんッッ!!」

 

 チャンネル越しの通信。

 だが、声は返らない。

 

 限界を超えて装備が赤熱し、ようやく少女の肉体の表層は200度を突破して尚更に上昇し、全身が燃え始めていた。

 

「ベルッ!! 今こそ使えッッ!!」

 

 そのフィクシーの声に少年は己の魔導の処理能力を全てたった一つの事に費やす。

 

 ヒィィィィィィィィィィィ―――。

 

 地表に巨大な魔導方陣が展開されていく。

 それが魔力によって振動している。

 内部処理の負荷に色が白と黒に明滅する。

 

 少年の脳裏にある全てのディミスリル加工技術、魔力の全てがポケット内に未だ蓄えられていた緑燼の騎士の魔力を吸い取ったディミスリルの加工に費やされた。

 

 少年が手を突っ込んだ瞬間にソレが形成される。

 物理法則を無視した圧縮。

 

 そう、少年はずっと法則に即した加工をしていたが、それではダメなのだと今、魔導師として己の造った砲弾が強敵を砕くに当たって知った。

 

 空間制御による一発の弾丸への凝集。

 ほんの僅かな時間しか持たない。

 魔法の銃弾の周囲に瞬時に銃のパーツが組み上がっていく。

 

 集積に使われた皮膜合金もまた凝集に凝集が重ねられ、数秒しか持たない。

 

 だが、抜き出された瞬間。

 その銃の美しさをフィクシーは目撃する。

 

 ガバメント。

 

 少年の手には大きいと思えるソレは白く、蒼く、朱く、黒く、碧く、不可思議に煌きながら、全てを呑み込むような深淵、宇宙を思わせて透き通っていた。

 

 そのチャンバーの中に煌くのはオーローラの煌き。

 

「もう誰も傷付けさせないッッッ!!!」

 

 叫びながら少年が引き金を引いた。

 魔導の処理限界を超えたせいで方陣が罅割れた。

 撃ち放たれたのは弾丸。

 

 しかし、決して速度が落ちずに都市上空の熱量の塊へと突き進み、接触した。

 

 刹那―――オーロラが溢れ出し。

 

 その北米全域を巻き込む程の魔力の波動が熱量の接触によって、ようやく解放され、熱量を引き連れて大気圏を突き抜けて伸びて伸びて伸びて遥か天へと過ぎ去っていく。

 

(美しいな。破滅の力だというのに……また一つ壁を越えたのか。ベル……お前という奴は……)

 

 たった数秒の出来事。

 空にはポッカリと青空だけが残り。

 

 対象からの熱量の吸収を行い過ぎ、赤熱化した両手両足の装甲を纏ったまま。

 

 気を失ったハルティーナが天空から落ちていく。

 

「ハルティーナさぁあああああああああああん!!」

 

 少年の魔導も魔術も処理限界の負荷のせいで発動しなかった。

 

 都市中心部に落ちていく少女の身体を誰も受け止められない。

 

 騎士団は殆どが市庁舎から離れたシェルターの警護に回っていた。

 

 もう間に合わない。

 そう、叫んだ少年の願いも空しく。

 

 フィクシーの咄嗟の魔術による超遠距離での物を動かす動魔術も、ヒューリの伸ばした手も届かないはずだった。

 

 ―――ウッ、ェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイ!!!?!?

 

「誰だ!?」

「アレは!?」

「嘘!?」

 

 三人が見る前で上空へと高速で上昇していく存在は正しく。

 

「「「ウェーイ」さん!!?」」

 

 アフィス・カルトゥナー。

 絶対、美少女と結婚したい独身22歳。

 

 その明らかに『ウェーイには無理だろwwww』と団員から夢を弄られるようになった妙に人の受けだけはいい彼が常の使えない烙印にも負けず。

 

 ヤケクソ気味に叫びながら、己の全ての魔力を用いた高速での運動エネルギーの噴射による動魔術で移動し、少女をキャッチ。

 

 付近の赤熱化したビルの1つへと涙目でズザアアアアアッと転がった。

 

「アッチゥイイイイイイイイイ!?!!?」

 

 焼けたコンクリートに頬とか頭の一部を髪と共に削られながらも女の子だけは絶対守る童貞紳士が意地を見せた。

 

 少女の赤熱化した装甲の重量をも己の肉体で受け止め、肋骨やら腕やら脚やらをバッキバキにしながらも何とか首だけは上げて、腕の中の少女がまだ息をしている事に安堵した顔で叫ぶ。

 

「騎士団の誰でも良いから助けてぇええぇえ!? と、ととと、特に火傷治療のスペシャリストの方ぁああああああ!! 女の子確保したから、早く来てぇええぇえ!!? ひぎぃいぃぃいい!? 熱した鉄板だよ此処ぉおぉおぉぉぉ!?」

 

 焼きウェーイになりながらも何とか命は大丈夫そうな叫びに騎士団が一斉に負傷者救助に動き出したのを確認して、フィクシーが己の胸に手を当てて治癒術式を展開しながら、慌ててやってきたヒューリに支えられつつ、クローディオとベルのところまでやってくる。

 

「何とか、なった……ようだな……」

「フィー隊長!! 胸は大丈夫なんですか!?」

「ああ、大丈夫だ。お前やクローディオよりはな」

「ベルさん!! また腕が!!」

 

「あ、あはは……すみません。また、約束守れなくて……でも、今はそれよりもハルティーナさんの治療を……」

 

 そう言って動こうとした隻腕となった少年の身体がグラリと傾ぐ。

 

「あ、あれ?」

 

「術式処理の負荷で脳が傷付いている可能性がある。お前はしばらく休め。治るとするなら尚更だ。ハルティーナの事は団員に一時的に治療させた後、私が引き継ぐ。まだ、何とか魔力も残っているしな。ヒューリ」

 

「はい!!」

 

「ベルとクローディオを団員に預けてから、ハルティーナのところへ来てくれ」

 

「分かりました!! すぐに!!」

 

 少女達がウェーイのいるビルの屋上に向かおうとしていた頃。

 

 まだ騎士団も来ていない場所でいつもならば女性を口説いている軽い口を僅かに歪めて、彼は浅く息をしながらも全身を火ぶくれさせているすぐにでも治療が必要なハルティーナを見て、自分の不甲斐なさに泣きそうになっていた。

 

「ごめん。オレ、魔術大学で治癒術式の項目あんまり効率よく無くて……今の残量じゃ治癒してあげられないんだ」

 

「い。え………」

 

 髪を失い、濁って焼けた瞳で少女は男に僅かに笑む。

 

「ごめん。ごめんな……」

 

 今にも泣きそうになった彼の傍にコツッと靴が降り立つ音。

 

「シュピナさんどすえ? アレ? ベルはんいない?」

 

「え? 騎士団の人、じゃなさそうだな。ど、どちらさま?」

 

「ベルはんが何処にいるか知りまへん?」

 

「あ、ああ、ベルディクトの奴ならって、それよりも!? ま、魔力貸してくれ!! こ、この子を助けてあげたいんだ!! お願いだ!!?」

 

「ん~~ベルはんの居所教えてくれますのん?」

「教える!! 超、教える!! だからッ!!」

「なら、治しとこか。はいな♪」

 

 少女がパチンと指を弾く。

 途端だった。

 

「え?」

 

 アフィスが驚く。

 

 いつの間にかハルティーナの半分茹で上がった体がまるで最初からそんな事が無かったかのように火傷そのものが消えていた。

 

「え? え!?」

 

「じゃあ、ベルはんの居場所を教え……ぅ、時間切れや。仕方あらへんなぁ……はいはい。そんな煩く言わずとも今帰りますよって。ベルはんに会ったら、またなぁって言っといておくれやす」

 

「あ、ありがとう。か、必ず!!」

「面白いところに行くのまたの機会やなぁ……」

 

 フッと少女が虚空でいきなり消えた。

 

「うぉ!? 転移術者!?」

 

 そうして何が何やら分からない内に騎士団が到着する。

 

 すると、気を失った無傷の少女を後ろから抱きすくめている重傷者なアフィスを目撃し、火傷治療に詳しい医術の心得のある女性陣が物凄い顔でアフィスを見た後、ジト目で見つめた後。

 

 嫌々としか思えぬ顔で治療を施していく。

 

「(こんな小さな子を重症負ってまで抱き締めたいとか。病気なんじゃない?)」

 

「ファ?!!」

 

 ボソッと誰が呟いた声にビクッとアフィスが凍り付く。

 

「(火傷は自分だったってオチね……この忙しい時に唾でも付けときゃ治るわよ。まったく……)」

 

「ヒェ?!!」

 

 アフィスがその女性騎士達のボソボソとした呟きに完全に((((;゚Д゚))))な状態で火傷治療と骨折治療を施された後、適当に放置される。

 

 女性騎士達数人掛かりで装甲を脱がせられたハルティーナが丁寧に一応は治癒術式で疲労を回復されつつ、おぶられビルから降りて行った。

 

「あ、あの……オレは?」

 

 放置された男は出し掛けた手を空しく過ぎていく風の中に彷徨わせ。

 ようやく冷え始めたビルの上に取り残されたのだった。


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