異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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第54話「旅立ちは缶詰の先に」

 

 ―――国防総省M計画第4次中期中間報告.File4-頚城-。

 

 ・あの騎士鎧……頚城は精密に機能している。極めて強い波動を発しているようだが、確実に我々の従来の科学では説明し切れない現象を引き起こし続けているようだ。この状況ならば、我々は終に頚城に対しての新たなアプローチに入る事が出来るだろう。解析計画はダーパの研究ユニットより打診されたものを転用し、今現在我が国において最速の【深雲】による構造解析及び不可思議な波動の正体を知るべく物理学と量子物理学、重力天文学の権威達の実験に用いられる事が決まった。第五次計画において終に我々はその新たなる地平へと至るだろう。現在、構造解析の終了した一部データは新規の神経節と金属元素の融合実験において大きな成果を上げており、最新の義肢及び義眼に転用が可能だと思われる。コストの問題さえどうにかすれば、我々は遂に視覚と神経を代替する術を手に入れるのである。これは正しくSFの如き人体の機械化が福音のように訪れる事を意味する。米国防総省にはこの成果を更に先へ推し進める為にも追加の予算規模の増額を進言したい。いつでも科学の発展には膨大な先行投資が必要である。人類の科学を万年進めるこの成果。その意味をどうか深く考えて頂きたい。

 

『我々はそれに応え、更に先へと研究を進める所存である、か』

 

 何度か読み返していたファイルを閉じたフィクシーが闇夜の中。

 

 静かにそれをキャンピングカーのサイドボックスに入れた。

 

 都市を襲った白滅の騎士への勝利から6日。

 

 この数日で随分とシスコの都市機能も回復してきた。

 

 巨大な農園が都市内部に出来たり、ロシェンジョロシェに続く第二本部がシスコの要塞線の後方に出来たり、都市の建築物が一斉に低く成ったり、巨大な総合住宅が出来たり、新しい住宅地が出来たり、湊が滅茶苦茶広くなって複数の大規模なタンカーが乘り付けられるどころか。

 

 何故か、乾ドック、造船所が数棟出来てすらいた。

 

 電子部品以外は全て複製出来るという少年の錬金術で航路で乗せられたタンカーがその造船所内では機材と共に今は鎮座している。

 

 全てが全て、既存の専門機材を電子部品以外は全て揃えた少年の作品だ。

 

 ハッキリ言おう。

 

 部品が無いので大半の設備や機材は動かないが、安全国相手に大量の様々な工業用の電子部品を大至急で手配している。

 

 支払いは無論のように近隣にあるサンド・シェール、原油や少年が地中から大量に掘り出した希少鉱物、戦略物資に当たる金属元素類である。

 

(都市の生活も安定してきている。井戸も大量に掘ったし、残敵掃討も死者達の埋葬も問題ない状況……ようやく帰る事になるか)

 

 フィクシーはアンドレから前日に諜報活動の成果として艦隊から出た最安全国からの来賓達……亡命政権とその亡命先の指揮下にある部隊が都市部にそろそろ辿り着く旨を報告された。

 

 だが、報告書を見れば、分かる通り。

 

 過去、この国の防衛を司る人物達の一部が頚城と呼ばれる黙示録の四騎士達の鎧に付いて何か研究をしていた事は明白。

 

 しかし、だからと言って、大規模な部隊相手に逃げるのは難しいとして、二つの方法を騎士団に提示していた。

 

 1つは亡命政権がある最安全国の部隊と接触し、その庇護下に入って亡命政権側から政治的に離れる道。

 

 もう1つはシスコもしくはロシェンジョロシェの指揮下の所属部隊として亡命政権側からの干渉を跳ねのける道。

 

 だが、それを二つ同時に行う事は無論可能であり、この方法を取るならば、協力は惜しまないと実質的に騎士団を動かすフィクシーにアンドレは語った。

 

(彼には感謝してもし切れない借りが出来た。次に会う時には何か土産でも用意しようか)

 

 この事実をすぐ未だ床にある副団長へ報告した彼女は話し合いの結果として、今まで温めていた計画を実行に移す事を決意。

 

 副団長ガウェイン以下騎士団のほぼ全てをシスコ側の協力者にして指揮下に入っているという体で亡命政権から守り、更にロシェンジョロシェへは騎士見習い達数十名と教導役の強襲偵察部隊の一部、要はクローディオの指揮下の部隊を割って、共に向かわせる事となった。

 

(この一手で恐らく、我々の状況は次のステージに入る。騎士達が大人しくなっている間に進められるだけ、この世界の探索と新たな道の模索を進めねば)

 

 騎士団を二つに分けるが、片方は主戦力を最もゾンビ達の防衛において人手が足りないシスコに駐留させ、ロシェンジョロシェには人口的にも安全地帯であるとの理由で見習い達を分ける事としたのである。

 

(まだ、ベルやヒューリと違って、彼らは覚悟も能力も足りていない……戦う術を教えるには安全な後方で実戦訓練が最も効率の良い方法だ)

 

 見習い達は未だ発展途上であり、騎士団の正規の団員よりも多くがあらゆる能力で劣っていた為、先日の防衛戦では要塞線よりも後方の市街地で遊撃部隊としてカラスの迎撃に当たらせていた……結果として軽症者は出たが、ある程度は戦える事が証明された為、そろそろ半人前と言ってもいいだろう。

 

 しかし、やはり、それでも足りないものが多過ぎるのも事実だ。

 

 一端、安全な後方地帯に下げて、教導隊役のクローディオの部隊の下で何とか生き残る術を学ばせようという事になったのはある意味で必然だろう。

 

 ガウェインは最終的にこのフィクシーの案を承諾。

 

 そして、亡命政権側からの横やりが入る前にと再び入港していたタンカーに彼らを送り出す事を決定し、夜中彼らは一足先に代金である原油や金属資源と共に途中の寄港地であるロシェンジョロシェへと旅立った。

 

 そして、またフィクシー達も別動隊という体で二つの都市を転移ポータルで結び、ベルの能力の使用範囲を伸ばすべく明け方には旅立つ。

 

「寝よう……」

 

 キャンピングカーには現在、フィクシーの他にベル、ヒューリ、クローディオ、ハルティーナが乘っており、最後の旅立ち前の一眠り中だった。

 

 アフィスに関しては絶対行きたくないと言っていた事やさすがに六人は無理という現実的な居住環境的な問題から見習い達の引率役が押し付けられた。

 

 報酬として彼が極めて気に入っているスポーツカーもタンカーへ乗せたので本人はご機嫌。

 

 新しい都市で年下を見守る立場とはいえ、部下が出来る事も直に喜んでいたので問題ないだろう。

 

「ふぁ……ん……」

 

 漢な少女はイソイソと欠伸1つ。

 

 後方の寝台スペースに四人というちょっとした狭さも少し愉しみつつ。

 

 少年を挟んで川の字になっているヒューリとハルティーナを見て、壁際に身を寄せているハルティーナとベルの傍に寝間着姿でスルリと潜り込んだ。

 

 今日も少年はほんのりと冷たく心地良い。

 

 その腕に顔を摺り寄せて目を閉じれば、意識は時の彼方へと旅立っていく。

 

 どんなに悪夢と現実を前にしても、やはり人は眠くもなれば、お腹も空く。

 

 愛しく思う者も出来れば、憎くなる奴らだっている。

 

 その人間らしさの中できっと全うであろうとする事が何よりも難しく。

 

 それから一番程遠い自分達だからこそ、何処か惹かれ合う。

 

 彼女はそういう自分を何処かおかしく思いながらもそれで良いと思うのだ。

 

 お揃いで不幸で複雑な事情の者ばかり。

 

 でも、それが温かいような、寂しさを慰め合う事の出来る相手が傍へ居てくれる嬉しさに……彼女は薄らと笑みながら夢へ堕ちていく。

 

 もしも、それを堕落という者がいれば、彼女は構わず肩を竦めて笑むだろう。

 

 それの何処が悪い、と。

 

 人は寂しくて、辛くて、苦しくて、孤独に怯えて、それでもやっぱり……その元凶に違いない他者に惹かれて生きていくのだ。

 

 それを支え合うと表現するか。

 全てを単なる他者の利用やただの寄生と見るか。

 どうだろうと一つだけは真実だ。

 

(お前達と共に在れて良かった……)

 

 お休み前のお呪い。

 

 いつか母にされたように自分の方を向いた少年の唇にそっと当然の事をして。

 

 闇には吐息と寝息だけが響く事となったのだった。

 

 *

 

 朝、キャンピングカーの少女達は少しだけ贅沢にお湯で全身を洗い流した後。

 

 男性陣が裸のお付き合い(健全だが、少年の下着の件は見なかったことにされた)を待ちながら、外で髪を乾かしつつ、風に靡かせる。

 

 朝食はシスコで近頃流行りのコーン・ブレットに生野菜のサンドイッチ。

 

 飲み物はいつもの缶飲料が後方スペースには用意されている。

 

 ハルティーナは少年の下着に一度だけプルプル赤くなってから、しばらく放心していたが、今は髪を乾かして心機一転。

 

 朝焼けに染まる道の先を見ていた。

 数百km先にあるというこの国に三つしかない大都市。

 そこまでの過酷な道のりを想像して、拳が握られた。

 まだ装甲も付けてないが、全員がスーツ姿だ。

 

「緊張しているか? ハルティーナ」

「い、いえ!!」

 

 フィクシーの言葉に思わず少女がそう真っ直ぐに返した。

 

「君は筋がいい。そして、都市を救った張本人でもある。自信を持て……ベルの腕の事は本人が望んでの負傷だった。今後、あいつの身を狙ってまた最後の大隊、あの騎士達の組織から何者かがやって来ないとも限らない。だからこそ」

 

 フィクシーの手が碧い少女に差し出された。

 

「これからは仲間として戦って欲しい。別動隊……いや、我々の旅にようこそ。新たな若き騎士よ。生き残り、この世界の果てまでも見て、人々を救い、共に帰ろう。それこそが我々自身が我々に課す最大の任務だ」

 

「―――はい!! フィクシー大隊長殿!!!」

 

 ハルティーナがその手をしっかりと握った。

 

「よろしい。では、朝食だ。もうクローディオもベルも着替え終わったようだからな。まったく、烏の行水とは良く言うが、あいつらは早過ぎる。もっと、浸かっていてもいいだろうに……」

 

「それベルさんには酷かもしれませんよ?」

「何故だ?」

 

 ヒューリの言葉にフィクシーが首を傾げる。

 

「だって、クローディオさんはシャワー派ですけど、ベルさんは……まぁ、私達の残り湯ですから……色々あるんですよ……色々と……ふふ♪」

 

「そうか。では、手を出されるよう更に魅力を磨かねばな。ヒューリ」

 

「え、あ!? ぅう、フィーはそういうのに明け透け過ぎです!!?」

 

「あ、ぅ、て、手を出す、はうッ?!」

 

「ぁあ、だ、大丈夫ですか!? ハルティーナさん。ハルティーナさぁあああん!?」

 

 恋バナに付いていけなくなった少女は目を回してプルプルと震えつつ、頭から湯気を上げていた。

 

「むぅ。女として、乙女として、それではイカン。男は待ってくれないし、我々とていつまでも乙女ではないのだから。老いる前に、死ぬ前に、命咲かせよ。恋せよ乙女、だ」

 

『皆さ~ん。缶詰は何がいいですか~~』

『そろそろ行くぞ~~。さ、入った入った』

 

 車両の中から声。

 まだ、彼らの前途には道がある。

 それは何処かに続いている。

 

 未だ続く異世界の暴威を前にして、その小さな城が動き出す。

 

「じゃあ、行きますよ。せーの!!」

 

 全員の手に木の棒が握られた。

 未知の缶詰を前にして彼らの戦いが始まる。

 

 走り出したミニガン付きのキャンピングカーは遥か遠く……しかし、確かに存在する都市へ向けて、騒がしい悲喜交々の声を綯交ぜにしながら、その進路へ加速していくのだった。


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