異世界の騎士、地球に行く   作:Anacletus

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第77話「終わりゆく世界の只中で」

 

 風速40mを突破した海洋は正に暴風圏を荒波の砦と化していた。

 

 船が途中で次々に横転しているが、今はソレを助けている暇もない。

 

 少年は直接ハッチから外に出て、魔導を用いて甲板へと移動。

 

 風が止んでいる青空から落ちて来る巨大魔力塊を前にして深呼吸し、艦の周囲の海底から直接ディミスリルをネットワーク化して掘削。

 

 即座に海中で導線の巨大な輪を造り。

 

 魔力塊を覆う程の太い綱を虚空へ上昇させていく。

 

 高高度から落下速を乗せて迫りくるソレは巨大な波動を発し、魔力の自然転化による雷撃や衝撃、熱量を伴って最終的な完全転化に向けて反応を加速させている途中。

 

 海面への直撃はその起爆の原因となるだろう。

 

 リングが高速回転しながら既に地表100mまで迫った状況で急上昇していく。

 

 転化前の余波である熱量で甲板が瞬時に100度を超える熱波によって灼熱し、雷撃が次々に海面を撃って爆発させながら水蒸気を巻き上げる。

 

(―――)

 

 少年がリングの制御に意識を割いた。

 黒球がリングの輪の内部に入り込んだ瞬間。

 

 ジリジリとリングが猛烈な魔力波動によって赤熱化する。

 

(リングを維持、魔力流入をポケット内に引き込んだディミスリル導線を経由して艦内のディミスリル塊に接触させて誘導、流入開始!!)

 

 少年のポケット内に詰め込まれたディミスリルを伝って誘導された莫大な魔力が流れ込んで来る。

 

 その方向性を制御しながら転化し掛けていたものを非励起状態へと戻す処理は順調に進んだが、流入し続ける魔力量が終にポケット内の空間制御術式を歪める程まで拡大。

 

 その綻びを維持するのみで少年の脳裏の作業工程は限界まで圧迫された。

 

 瞳の端から血が流れ始め、脳髄に掛かる負荷はゆっくりと真綿で首を絞めるように高くなっていく。

 

(作業工程を一部自動化……魔力流入先を更にディミスリル鉱脈に誘導―――)

 

 リスティアのディミスリル塊のみならず。

 

 海中を小型の並走する船型ゴーレムをビーコン化して海底を繋いできたディミスリル・ネットワークへも流入を開始し、東京湾のほぼ中心部で海底から巨大な方陣が浮かび上がる。

 

 流入した魔力を制御管理しながら用いて、外部のネットワークを拡大、方陣化……少年が今まで辿って来た航路の海底が次々に細い編み目状の血管状態から変化し、巨大な方陣の繋がりとして外洋へと形成されていく

 

 その影響は数秒で数kmを渡る程に速く。

 海洋を横断し続けた。

 

(まだ、半分も―――)

 

 それ程に膨大な魔力が流入しているはずなのに魔力塊は未だ全体の2割が縮小した程度であった。

 

 どれ程の魔力を込められていたものか。

 少年は相手の巨大さに改めて心底震えた。

 

 しかし、震えたからと逃げ出せるならば、彼はそこにいないのだ。

 

 海面まで残り50m。

 

 落ちる速度はかなり減速していたが、それでも未だ超重量の物体が空を落下してくるような圧力に変わりは無かった。

 

(積層魔力化を開始……艦内のDC加工済みの全兵装に出力―――全内殻、外殻への流入開始―――)

 

 後は何に魔力を供給出来る。

 後は何に魔力が使える。

 後は何に魔力を込められる。

 

 次々に少年は魔力を多大に消費する各入れ物に魔力を込めていく。

 

 湯水のように消費していながら、それでも未だ6割以上の魔力が残り、海面まで残り20mを切った。

 

 しかし、体積が4割しか減った事は明らかだった。

 

(後は―――)

 

 少年が完全に北米の導線と現在地が繋がった瞬間、その大地を思い浮かべる。

 

 あの荒涼とした世界。

 沙漠化が進む終わりなき煉獄の始まり。

 食物一つ育たない場所に少年は要塞までも創ってみせた。

 

(ッ)

 

 少年が己の魔導を辿り、遥か地平の果て、全てを見た気がした。

 

 ディミスリル・ネットワークを通じて繋がった全ての施設へと流動する大魔力がようやく到達。

 

 その先に少年はあらゆる不足を見た。

 無限にも思える情報の濁流。

 

(必要なのはまず)

 

 ―――水だ。

 

 二つの都市の巨大な大穴まで到達した魔力が魔導によって海辺から大気中の水分を掻き集め、巨大な積乱雲を発生させ、大雨を周辺地域に降らせていく。

 

(次に必要なのは……)

 

 ―――食料だ。

 

 少年が都市中に配り、都市の外壁の外にまでも持ち出され、沙漠化を防ごうとしていた緑化用の種が突然の大雨の中、ディミスリル・ネットワークの上に沿って、大量に雑草を生やさせていく。

 

 自然に残っていたものが猛烈な雨と魔導による土中成分組成の変化。

 

 滋味豊かな土壌と魔導による成長速度の莫大な増進を受けて、広がり始めた。

 

 重要なのはソレが自然のサイクルとして確立されるかどうか。

 

 だが、今は一時のものだとしても、全ての緑が魔力と魔導を受けて生え盛り、終わりなく都市周囲を緑化していった。

 

 都市内部でもまた大量の食料を生み出す農作物が莫大な魔力を受けて高速で成長し、枯れ、種を落し、種が再び芽吹き成長するというサイクルを狂ったように続けていた。

 

 都市のあちこちに試験的に植えられ始めていた果樹などの芽のような若木が大樹となり、その実を落しては腐敗させ、新たな芽となり若木へと成長させていく。

 

(足りない……全部、足りない……この世界にはもっとッ!!)

 

 少年の脳裏で作動する汎用式が明滅する。

 

 作業量が完全にオーバーロードし掛けていた。

 魔力は残り4割。

 だが、それでもまだ多過ぎる。

 

(戦い続ける人達にもっと力を!!)

 

 少年の願いに呼応するかのようにシスコの守備隊。

 

 そして、包帯で顔を撒いていた少年少女達が声を聞いた気がした。

 

 手足を失い。

 

 エヴァのゾンビ義肢を用いていた者達が己の造り物の手足に膨大な力が魔力電池を通して流入していくのを感じ取る。

 

 今までの義肢とは違う。

 

『な、何だ!?』

『この腕―――オ、オレの腕なのか?!』

『エヴァさん……アンタの付けてくれた腕は―――』

 

 その変化は劇的で―――彼らの四肢はまるで嘗てあった己のもののように肌の色を変え、耀きによって包まれ、再生されていく。

 

 包帯の下。

 

『え?』

『え?!』

『?』

『顔が……熱い?』

 

 エヴァの子供達もまた顔面がヒリ付くように熱くなり、包帯の下で繋がったという感覚を得て、驚きにペタペタと触り始める。

 

(平和に暮らせる脅威からの壁を!!)

 

 ロス、シスコ、どちらの都市の騎士団本部と要塞線の最中。

 

『親方ぁ!! 壁に変な文様が!!』

『新規のだろぉ!! 構わんからほっとけぇ!!』

 

『へーい。つってもぺっかー光ってんだけどなぁ。まぁ、いいか』

 

『どうせ、あの子の事だ。また、オレ達を驚かせてくれてるんだろうさ』

 

『実際、【オウ、ジーザス!!】とかもう言ってられねぇ時代だしなぁ(´・ω・)』

 

 魔力を充填し、方陣防御が可能となる新規の壁内部へと魔力が次々に流入していく。

 

(戦う人達の要塞に祝福を!!)

 

 南部大要塞ベルズ・スター。

 

 少年が来るべき攻略の日に向けて改修した最初期の要塞中核部分。

 

 その底に刻まれた数百m級の巨大方陣。

 それに魔力が無限に入りそうな程に流入していく。

 だが、それでもやはり残り2割。

 その二割が地表10mで削り切れない。

 

 爆発の規模は少年が予測する限り、この世界最大の兵器。

 

 戦略用の核弾頭2発分。

 

 起爆後の爆風で大津波が発生し、東京湾に面した全域の家屋と建造物が全て倒壊。

 

 それでも少年がまだ魔力を充填出来る施設なり、設備なりが無いかと脳裏を総浚いして歯噛みした時。

 

「マヲー」

「クヲー」

 

 少年の横にいつの間にか白と黒の猫ズがのんびり座っていた。

 

「え?」

 

 二匹が大きく口を開いて、カプッと何かを齧るような仕草をする。

 

 途端だった。

 

 ベルのリング内に囚われていた魔力塊が一瞬にして跡形もなく消失する。

 

 その後、ふぁ~~っと欠伸をした猫達がケプッとおくびを漏らしてから甲板の上から飛び降り、後は頑張っといて、とでも言いたげに荒れた海面をテクテク歩いて何処かへと消えていく。

 

「………ありがとう」

 

 少年の感謝が響いた後。

 

 急激に魔力が途絶えたリングがザッパーンと海面に着水。

 

 シエラ・ファウスト号は未だ不可視の結界の中だったが、その船体が受けた熱量を海水が受け取り、周囲は水蒸気によって包まれていく。

 

 巨大な積乱雲の暴威も急速に収まりつつあり、暴風圏の殆どで急激なゲリラ豪雨の後の排水が追い付かず冠水が発生。

 

 首都圏は一時の混乱から僅かながらも立て直し、魔力塊のせいで途絶していた無線通信の多くも復旧し、警察消防自衛隊の多くがようやく活動を開始する。

 

 ズシャッ。

 

 そう少年が魔導で保護されていながらも未だ200度以上の甲板に倒れ込む。

 

 ほぼそれと同時だった。

 

 ガッバーンッとミサイルハッチが内部からロックを外されて、蹴りで弾き上げられ、少年が虚空で回転するハルティーナとハッチ内から飛び出してくるヒューリを見つめる。

 

「ベルさん!!」

「ベル様!!」

 

 二人が血涙を零しながら、倒れ込む少年の下へと慌てて駆け寄り、抱き起す。

 

「二人とも……構えて下さい……何か、来ます」

 

 少年の言葉に2人がすぐハッチの下に待ち構えている医療班へ少年を渡そうと移動し、ハルティーナがすぐに預けて甲板へと戻ってくる。

 

 ハッチは再び閉口。

 彼女達が全周を警戒して左右の甲板に陣取った時。

 不可視化の結界の先。

 船首の方に空から何かが降りて来る。

 その人影はパチパチと拍手していた。

 

『まさか、止められるとは……人間にしてはやるものだ。賞賛に値する』

 

 その男はまるで貴族。

 

 いや、大陸で言うところの貴族の色たる蒼い礼服(タキシード)に二枚目の顔を愉悦に歪めて、嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 

 その髪の色は陽射しが落ちる時のような赤み掛かった黄金。

 

 瞳もまたその色に染まり、大陸でならば、古臭いスタイルの貴族の若者。

 

 鋭い視線を持つ切れ者の貴族の青年、そのようにも見えただろう。

 

「―――その礼服……貴方魔族……【血族種(ブラッディー)】ですか?」

 

 ヒューリが油断なく瞳を細める。

 

「左様左様。やはり、古臭いか? まぁ、許してくれ。これでもあちらでは最新なのだ。とはいえ、人間の尺度の流行りは短いからな。時代に合わんというなら、次は別のを用意して来よう」

 

 ヒューリは知っている。

 

 大陸において最大の超越者たる七聖女の来迎後、大陸各地では酷界。

 

 魔族の住まう異世界からの侵略は彼女達の抑止力故に鳴りを潜めていた。

 

 大陸と嘗てはそれなりに繋がりのあった魔族達の中には人間の血を受け継ぎ、人の姿の者達が大勢いる。

 

 彼らの大半は大陸では現地人に紛れて血も薄れているが、未だ存在する。

 

 そして、多くの場合。

 

 人の形を取る魔族の中で礼服を着込む者は高位の貴族だ。

 

 魔族が住む酷界において王家を起す程の実力者達は単体で一つの国家を滅ぼす程の者が基本的な能力である、と。

 

(今にして思えば、ガリオスの書庫にあった大量の魔族の情報は魔王だったとリスティア様が言っていた初代の遺した遺産だったのかもしれません。それにこんな存在までいるとなれば、この世界に転移して来たのはやはり私達だけでは……)

 

 ヒューリが瞳を細めて訊ねる。

 

「何故、貴方のような方がこの世界に?」

 

「ふふ、()()の末にしては勘が鋭いようだな。ガリオスの首都圏が転移したのだ。巻き込まれた異種や亜人も多かろう。中にはこのオレのような者もいた。それだけであろう」

 

「やはり?! この世界にはまだガリオスの人達がいるんですね!?」

 

「おっと、口が滑ってしまったなぁ。くくく……今にして思えば、アレは天命だったのかもしれぬ」

 

「天命?」

 

「【血族種(ブラッディー)】の悲願がこのようなところで叶おうというのだ。あの屍共に力を貸すわけではないが、この国をやると言われてはなぁ」

 

 男が頭を掻き上げた。

 

 途端、その頭部に数mはあろうかという巨大なネジくれた角が左右の額から後方へと現れる。

 

「……随分と頭が重そうですね。この近辺に貴方が入れるお店はありませんよ? 大人しくご自分の家に帰られては如何でしょうか?」

 

 青年が大笑いし始めた。

 

「はははは!!! 何、気遣い無用。このような矮小な身では欲しいものなど無くてな」

 

 キロリと青年が二人の少女を見やる。

 

「小娘……教えてやろう。我ら【血族種(ブラッディー)】は己が生存していいだけの世界が欲しいだけなのだ。生物の根幹的な感情と本能のまま。そして……あの忌々しい連中と聖女共がいない世界が此処にある!!」

 

 青年が東京湾から一望出来る世界を示すように腕を広げた。

 

「我らは僅かな手勢しか有さんが、この世界は滅び掛けている。お誂え向きに魔力も有さぬ存在ばかり。あの最後の大隊と名乗っている連中を片付ければ、此処は正しく我ら魔族の新天地となろう」

 

 言い切った青年が虚空で少女を見つめる。

 

「……なら、そうしてみては?」

 

「そうしたいのは山々だが、我々にも力を蓄えるだけの時間が必要だ。拮抗していればこそ、奴らの目的を知っていればこそ、国や生存領域などまるで意に介さぬからと理解するからこそ、急いではおらん」

 

 青年が船首に降り立つ。

 

「我ら【血族種(ブラッディー)】は人と同じく母の胎から生れ落ちる。だが、人間と交われば、血が薄まってしまうのでな。ずっと探していたのだ」

 

「?!」

 

 嫌な予感に少女が僅か剣を取りそうになる手を何とか抑える。

 

 此処で貴族階梯の高位魔族とやり合えば、恐らく彼女の他全ての人間が全滅。

 

 東京は瞬時に阿鼻叫喚の地獄絵図になるのが確定的だったからだ。

 

「この楽園になり得る世界に……我らが血を残す為に必要な相手を……我らが血族という力を蓄える為の器を……」

 

 ゾワリと初めてヒューリの背筋に悪寒が奔る。

 

「おお、そう怖がってくれるな。まだ先の話だ」

 

 押し黙るヒューリを見つめて嗜虐的な笑みで男が続ける。

 

「小娘……お前が我らと最良の子を成せる程に魔力を覚醒させ、ヤツの血を発現させるまでにはまだ時間が掛かろう。我々にとって時間は味方だ。退屈に堕する長き寿命もこのような時は名槍に勝る」

 

 いつの間にか。

 

 少女は自分が押し倒され、腰を後ろから抱きすくめられて、目の前に男の顔がすぐ傍にある事に気付いた。

 

「―――?!!」

 

 何をされたのか。

 まるで分からなかった。

 理解出来ぬ恐怖の前にヒューリの心臓が凍り付く。

 

「似ている……やはり、血は争えんという事か……」

 

 ハルティーナは動こうとしたものの動けず。

 それが何故なのかすら理解出来ず。

 口すら動かないまま、表情すら歪められないまま。

 驚愕と焦りの汗だけを流していた。

 

「他人の味がする女というのもまた一興。出合って数分で口付けというのも興醒めであろう。だが、次は貰い受けよう。その唇を……」

 

「わ、私は―――」

 

 青年がスッと身を引いて、ヒューリを再び正常に立たせる。

 

「強がりは止せ。お前の血が高ぶるのを感じるだろう?」

「ッ、た、高ぶりとか!? そ、そんなの!?」

 

「我ら酷界の一角たる“人成りし魔”は互いに惹かれ合う力が強いのだ。子と親。親族。兄弟、姉妹、男と女のみならず、同性とすらも子は儲けられる……力が強くなれば、それはつまり……お前の中の血が強くなるという事」

 

 その言葉に少女はこの世界に来てから、戦闘後や戦闘前に何故か無性に少年を愛でたくなったりする衝動を抱えていた事を始めて自覚する。

 

「まぁ、まずは挨拶だけだと思っておけ。あの屍共のように安易に滅ぼすような真似はすまい。今回は【落とし子(スポーン)】相手に面白そうな事をしているお前達を見て、少し遊んでみただけの事だ……最終的に我らの手の内たる都市を瓦礫にするのも忍びない」

 

「あ、遊びって……今だって、沢山の人の命が危険に晒さ―――」

 

 ピタリと唇に白い手袋越しの人差し指が付けられる。

 

「この世界の人類に我々は何一つ用が無い。胎としてすら人類種に劣る人型ではな」

 

 まるで人間を道具扱い。

 

 しかし、高位の魔族とは本来、こうして人間相手に会話する事すらも滅多に無いという事を少女は知っている。

 

 彼らが会話するのは対等と認めるに足る者だけなのだ。

 

「故に掃除するのに躊躇も要らんのだ。本来ならば……それをこの程度で押し留めておいてやるのはそれなりに高度な文明を築いている故……我らは面白きモノをこそ求め、快楽こそを追求し、繁栄する為に生きている」

 

 いつで人間など処分して構わないと青年は瞳を細める。

 

「小娘……お前がその騎士ごっこであの屍共を打ち倒そうというならば、西の大陸の中央へ向かえ。奴らにとって今や最大の懸案が其処にある」

 

「―――最後の大隊と私達を食い合わせるつもりですか?」

 

「左様左様。花嫁になるか。単なる胎にするか。お前の強さ次第だ……馨しい薫り……その血の性は決してお前を逃がさぬぞ。努々忘れるな……」

 

 男が甲板から離れるようにして虚空へと昇っていく。

 

「では、我らから最後の遊びを供しよう。この世界の人類にも我らが胎や母となれる者が生まれるやもしれぬからな。くくく……その時は奴らとの決戦が百年は早まるかもしれんなぁ」

 

「な、何を―――!?」

 

 少女が叫んだ時。

 東京の各地で次々に巨大な光の柱が地表から立ち昇る。

 

「酷界からの魔力流入時、その領域を大陸では何と呼ぶか知っているか? 様々な名で呼ばれるが、一般的には生物と無機物の変異によって生み出される場所は“魔の森”と呼ぶのだ。ロクサリアの連中のようなモノと言えば、分かるか?」

 

「―――まさか?!! あの森のような場所にするつもりですか?! 何て事をッッ!?」

 

 ニヤリとした青年が虚空を昇って消えていく。

 

 それと同時に巨大な光の柱が500m程上空まで伸びて、七色にも煌くような魔力の雨を、次々に魔力の波動を拡散し、関東圏全域へと降り注がせた。

 

『我が名はクアドリス。酷界の今は無き小邦ヴァルンケストの領主……嘗て魔王に仕えし者。そして、あの男に裏切られたガリオス興国騎士団、最後の生き残りだ』

 

「―――?!!」

 

『また、会おう。次は名を貰うぞ? 小娘……くくく、はははははっ!!!』

 

 魔族の青年。

 クアドアスが虚空に消えた後。

 ようやくハルティーナの身体が自由になった。

 

 思わずよろめくヒューリを抱き留めた少女は血の気が引いた様子で光の柱が消えていくのを見つめていた。

 

 済みませんと呟く事しか出来ない彼女は未だ力量不足である己を内心で嘆く。

 

 特大の危機が去った後にはまた新たな危機が立ち塞がり。

 

 暗雲が収まりつつあった世界を再び闇色の帳で覆い尽そうと確かに蠢動し始める。

 

 その日、救われたはずの東京には惨劇の雨が降り、世界は混沌と魔力によって侵され始めた。

 

 柱から関東全域に降り注いだ不可思議な波動。

 

 それが動植物と無機物に与えた影響は今世紀どころか世界史において最大の環境破壊として語り継がれる事となる。

 

 後に【誕魔祭(エム・バースデイ)】と呼ばれる事になる事件の発端はこうして区切られ。

 

 日本政府と全関係各省庁は善導騎士団との会談を行うまでの3日間において地獄のデス・マーチで仕事をこなす機械と化した。

 

 関東圏で多発する事件事故はその日から1週間で総計300万件にも及び。

 

 一帯の首都機能のほぼ全てが麻痺し切った頃。

 内閣は戒厳令を発令。

 人が消えた都市で彼らは会談する事となる。

 

 ゾンビが未だ存在しない国家に今、最初の試練が降り掛かろうとしていた。

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