芹がいるから。
ーーー「累さんっ!!!!」
龍のような炎が舞うようにして累さんの首を斬る。
竹のくちかせを加えた少女と、額に傷のある少年が共に戦っていたようだ。
私は一目散に累さんにかけていった。
「累さんっ!!累さん!!」
首を斬られてしまった。
累さんが言っていた。「にちりんとう」という刀で首を斬られると死んでしまうんだと。
目の前の死にかけの少年に、底なしの殺意を覚えた。
ボロボロと涙が溢れてくる。
「…芹、泣かないで。死んでないから」
バッと振り返った。
首を糸で持ち上げて、累さんは生きてた。
私は思わずヘナヘナとその場に座り込んだ。
「僕は自分の糸で首を斬ったんだよ。お前に斬られるよりも先に」
そう言って、久々にみるいらいらしたような顔で首を手で持ち上げて体にくっつけた。
「…ーーー累さん!!」
累さんの名前を呼んで、累さんに抱きついた。
累さんは私の頭を撫でながら、抱きしめ返してくれる。
「約束を破ってごめんなさい。
どうしても、累さんに会いたかったの。」
そう言うと、愛おしそうに微笑みを美しい顔に浮かべてくれる。
「いいよ、約束なんて。芹が生きていてくれれば、それで充分だ。」
その言葉に、涙が止まらなかった。
あの少年は動けないようだし、もう大丈夫。
累さんが殺されることはない。
「累さん、大ーーー」
ゴトッ。
好き、そう言おうとしたら、目の前で、累さんの首が斬られた。
黒い髪に深い青の瞳の、黒い服に刀、羽織っている羽織が半々で柄が違うのが特徴的だった。
累さんは、驚いたような顔をしたあと、泣きそうになって、怒りそうになって、私の顔を見て、何かハッとしたような表情をした。
「累、さん…?」
「ーーーぁ、芹。」
「累さんっ!!!」
私は声にならない声を上げた。
絶叫、なんてものじゃなかったと思う。
累さんは、涙をながしながら「お母さん、お父さん、」と呟き、私の名前を呼んで愛してると言ってくれた。
ゆっくりと、累さんが灰に変わっていく。
ーーー私のせい、だ。
私がいなければ、きっと累さんは今の不意討ちも回避できた。
だって、累さんはつよいもの。
ーーー私のせいで、累さんがーーー。
死んで、しまった。
「…芹、 …って、ます」
多分、行ってきますっていたんだ。
いかないで、なんて言えなかった。
累さんは、すごく穏やかな顔をしている気がしたから。
もう顔は、半分ほど灰になっている。
行ってきます、なんて言わないで。
行かないで。大好き。愛してるよ。累さん。
「い、いってらっ、しゃい…!いって、らっしゃい…っ!!!
ーーーお兄ちゃん…!!!」
お兄ちゃん、そう言うと、累さんは泣きながら愛おしそうに私に微笑んで、こう呟いた。
「…さいご、の、おく、もの…。愛、してーーー」
最後の、贈り物。愛してる。
そう言って、白銀の糸を固めたような透明で、神秘的で、綺麗な石をコロンと置いて目を瞑った。
「私も、愛してるよ…。お兄ちゃん。」
この上なく幸せそうにして、お兄ちゃんは逝ってしまった。
いってらっしゃいなんて、言いたくなかった。
行ってきます、なんて言ってほしくなかった。
おかえりって言って、それで、抱きしめてほしかった。
ーーーいつもの、ように。
私は目玉程の綺麗な石を握りしめ、お兄ちゃんを殺した男を見た。
その男は、すたすたと先程の少年のところへ歩いていき、
ーーーお兄ちゃんが着ていた着物を、踏みつけた。
殺意が、湧いてくる。
死ねば良いのに。
お兄ちゃんが死んで、何故こいつが生きているの?
血が、沸騰するほど熱くなる。
こんなに殺意を抱いたのは、初めてだ。
「人を喰った鬼に情けをかけるな。子供の姿をしていても関係ない。
何十年何百年生きている醜い化け物だ。」
そこで、初めて気がついた。
あの少年は、お兄ちゃんの体に手を添えていてくれたのだ。
ーーー「殺された人達の無念を晴らすため、これ以上被害を出さないため…、
もちろん俺は容赦なく鬼の首に刃をふるいます。
だけど、鬼であることに苦しみ、自らの行いを悔いているものを踏みつけにはしない。
鬼は人間だったんだから。俺と同じ人間だったんだから。」
涙が、溢れてきた。
悲しいわけじゃない。
嬉しいわけじゃない。
ただ、涙が溢れた。
「足をどけてください。
醜い化け物なんかじゃない。鬼は悲しい生き物だ。虚しい生き物だ。」
私は駆け寄り、お兄ちゃんを殺したクソ男を突き飛ばしてお兄ちゃんの着物を抱きしめた。
ーーー「お兄ちゃんは、優しくて、暖かくて、お月さまみたいな人だった。
私の、たった一人の家族だった」
溢れてくる涙を拭うこともせずに、言葉を続ける。
「それを、醜い?化け物?そんなふうに言うお前の方が、よっぽど私には醜い考えなしの阿呆に見える。」
涙は、止まらない。
着物を抱きしめ、石を握りしめ泣き崩れた。
お兄ちゃんは、醜い化け物なんかじゃない。
お兄ちゃんは、神様みたいに優しい人だった。
そんな考えを肯定するように、少年が私を抱きしめてくれた。
ほんのりと温かい体温が、お兄ちゃんに似ていて、私の涙はまるで滝のように溢れていく。
ーーー(いってらっしゃい、お兄ちゃん)。