死がふたりを分かつまで   作:ナイジェッル

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第07戦:戦士の王

 かつて、北欧神話には魔術に長けた大魔術師の他に、魔法に長ける魔法使いがいた。皆、例外なくたった一人の男を『この勇士こそが戦士の王』と讃えた。

 何故だ。神の法すら支配下に置く極少数と限られた魔法使いほどの存在が、何故その多くがその男を戦士の王と認めたのか………言うまでもない。圧倒的だったからだ。その素質、能力、技量、全てにおいて、彼は王の中の王と認めざるを得ない存在だった。だから讃えられた。

 そんな多大な評価を一身に受けた男は、自分の地位に酔いしれることなく、受け入れた。自惚れたわけではない。皆がそう言うのであれば、そうなのだろうと感じただけ。男はただ為すべきことを為す。その過程で何をどう評価されようが、どうでもよかった。極論、最弱の戦士と言われても良かった。周囲がそう言うのであれば、そうなのだろうと思うだけなのだから。

 ただ、事実は常に一つのみ。男の力は、装飾で飾られた鍍金に非ず。それが最強か、最弱かは、その身で受ければ理解できるだろう。そして皆は口を揃えて言うのだ。この男こそ、この北欧世界において、最も強き人間であるのだと。

 そして恐ろしいことに。この評価は悪竜現象(ファヴニール)を討ち果たし、莫大な魔力を生成する竜の心臓、無敵と謳われるレギンの兜、神々の叡智の結晶を手に入れ、戦乙女から原初のルーンと半神の戦闘技術を全て継承する前の情報である。つまり、全盛期のシグルドは、当時の魔法使い達すらも知らない、更なる次元に到達していたことを意味する。

 

 「悪いが、瞬殺させてもらう」

 

 その男、シグルドは物事を誇張しない。言の葉に偽りや見栄を塗りたくるのは得意ではない。であれば、口にしたこと全ては、実際に実行できる確定事項と知れ。

 一歩目。シグルドはその場から姿を消し、それと同時に取り囲んでいた10騎の戦乙女(ワルキューレ)のうち一騎の腹に短剣の柄を(ミゾ)に死なない程度に叩き込む。

 

 「がっ……!?」

 

 その瞬間、感情がないはずの量産型の戦乙女(ワルキューレ)が目を見開く。

 戦乙女(ワルキューレ)の瞳は全ての戦乙女(ワルキューレ)とリンクされている。つまり、その人数分の瞳が視覚を得る。身じろぎ一つとて見失うはずがない。それなのに、この男は!

 

 「迎撃―――!!」

 「遅い」

 

 二歩目。他の戦乙女(ワルキューレ)が反応する前に更にもう一騎の頭を手で鷲掴みにし、地面に叩きつける。

 

 「「「貴様―――――」」」

 

 後は、何も難しいことはしていない。先ほどと同じ作業を繰り返し、残りの8騎を無力化する。

 抵抗するどころか、構えを取ることすら叶わない圧倒的な実力差。

 

 「他愛ない。妹御であれば、迎撃の構えは取れていたぞ」

 

 この間、一秒にも満たないであろう、極限の超速世界。戦乙女(ワルキューレ)は何をされたかも分からないうちに戦闘不能となった。彼女達を完膚なきまでに破壊しなかったのは、シグルドの情によるもの。もしこれで彼女達が民を虐殺し、魂を回収していたものであれば容赦などされなかっただろう。

 

 「すげぇ……あの戦乙女(ワルキューレ)を、ああも簡単に……」

 「無力化するなど、いったいどれほどの……」

 

 兵士と大魔術師はその刹那の時間で終結した戦闘にただただ驚くばかりだ。自分達が戦乙女(ワルキューレ)に殺さずに手加減されていたように、あの仮面の男もまた、戦乙女(ワルキューレ)を殺さずに手加減していた。それは即ち、殺さずに戦闘不能にできるだけの力の差があることに他ならない。事実、無傷で彼女達を無力化した目の前の現実こそが全て。ここまで来ると頼もしい以上に恐ろしく思える。そもそもこの男が味方かどうかすらも判断がつかない現状だ。警戒してしまうのも無理はない。

 

 「貴殿はこの街の警備兵か」

 「は、はい!」

 

 問われた兵士はつい声を震わせながらも返事をした。

 

 「この戦力差でよく戦った。貴殿らに敬意を」

 「い、いや! それよりも、あ……アンタ……じゃない、貴方は、我々の味方と信じてもいいのか」

 

 兵士は勇気を振り絞って仮面の男に問うた。先ほど助けてもらった矢先にこの不躾な問いだ。もし味方であっても首を飛ばされたとしても文句は言えない。しかし、それでも確認しなければならなかった。それが警備兵たるものの任務の一つなのだから。そして仮面の男はその問いにこくりと頷いた。

 

 「安心されよ。当方は、貴殿らヒトの味方である。とはいえ、味方である証拠は持ち合わせていないゆえ、外敵を迎撃する行動にて証明を示させてもらう」

 「それは心強い。流石、霊長の守護者。英霊というべきか」

 

 大魔術師は仮面の男の正体を即座に看破した。

 霊長の守護者。英霊。その言葉に仮面の男の蒼き瞳は大魔術師の方を向いた。

 ただ見られているだけでこの圧。恐らく深い意味は無く、興味本位で見つめているだけなのだろうが、それだけでこの仮面の男と人間の断絶された次元の違いを肌で感じることができる。

 

 「………貴殿は」

 「この都市の守護を仰せつかっている魔術師でございます」

 「魔術師……委細承知。英霊なるものも知っているのなら、話は早い」

 「実物を見るのは初めてですがね。なるほど、そこらの使い魔とはまるで純度が違う。まさしく高純度な魂。魔法使いですら御しきれぬと言われた、人理の守護者」

 

 文献で何回か読んだことがある。この星の滅びの抑止。異常事態にのみ顕現する英雄の魂。それが英霊だと。

 

 「英霊が現れたということは……この世界は、狂われたか。いや、もしや―――元より」

 

 大魔術師ゆえに察しが良い。良すぎる。それは美徳であると同時に、真理に近づきすぎる。

 彼がこの世界の異変について熟考しようとしたその時、街の四方から爆発が鳴り響く。

 

 「ちっ。落ち着いて考える時間も与えてくれんか」

 「これより当方が戦乙女(ワルキューレ)を無力化する。貴殿らは己の身と民の安全を確保されよ」

 

 仮面の男はそう言い残してこの場を後にした。のんびりと会話を交わすこともなく、この迅速な離脱。あの男は根っからの戦士と見える。

 

 「………」

 「少年。呆けてしまうのも理解できるが、己が役割を忘れたわけではあるまい」

 「わ、分かってる! 言われるまでもなく民の保護、それが最優先だ!」

 「ならばよし……だがまぁ、誇れよ兵士」

 「へ?」

 「君が皆を鼓舞したおかげで今もここは持ち堪えている。それ故に、かの英雄が此処に現れるまでの時間を稼げた。一見無謀にすら見えた我々の足掻きは、意味あるものだった。それだけは、胸を張れる」

 

 それは大魔術師なりの気遣いだった。たとえ手痛く敗北を喫せられたとしても、その奮闘には確かな結果を生んでいると。だから気を落とすなという、彼なりの労いだった。

 

 「大魔術師殿……俺」

 「うむ」

 「魔術師ってもっと陰湿でネチネチした存在だと思ってました。なんかほんとイメージ違ってびっくりだ」

 「余計な世話だ戯け」

 

 この兵士は大物になる。いや、いずれは遥か古に潰えた英雄になるのやもしれん。そう魔術師は呆れながら心の中で呟くのだった。




 あの兵士は無名であるからこそ意味があると思うのです
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