死がふたりを分かつまで   作:ナイジェッル

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第10戦:ニーベルンゲンの歌

 それは遥か昔の英雄譚。

 源流は北欧神話の伝承エッダに連なるモノ、もしくは同じ源流を持つ固有の伝説だともされた。

 

 【ニーベルンゲンの歌】

 

 主人公とされるは竜殺しの大英雄ジークフリート……ではなく、その妻であるクリームヒルト。

 かの女の長きに渡る復讐劇。

 愛すべき夫を暗殺したハーゲンという男の命を刈り取るまでの壮絶な物語。

 そう、ジークフリートはあくまでクリームヒルトの復讐動機にすぎなかった。

 愛してやまない男の死を悲しむ女のキーマン。それがジークフリートのポジションだった。

 されど、多くの人は語るであろう。ジークフリートが主人公ではないのかと。

 彼はまさしく大英雄たる武勇を多く打ち立てた。物語では早期に退場してしまったが、その存在感は誰が呼んだとしても記憶に残る英雄像そのもの。

 伝承において竜殺しの記述は僅か。しかし彼は人類史に竜殺しの一人として名を連ねた。伝承が少ないということは、その裏で何があったか、またはどのような出来事があったか曖昧ということ。裏を返せば、人々の知らぬ彼だけが知る彼の物語があったということ。魔術世界であればその真相こそが神秘となり要となる。

 時が過ぎればエッダの物語が混合して生まれた世界でも名を馳せた戯曲の原料にもされた。時が過ぎれば過ぎるほど後世で伝承は変化し、元来たるその在り方は難解を極め、ついにはシグルドとジークフリートの境界線をあやふやにしてしまうほどの洞調律を生んだ。

 それほどジークフリートという英雄は多くの人を魅了した。

 バルムンクという宝剣の入手。

 ラインの黄金なる富の獲得。

 軍勢を相手に無双の活躍。

 美しき女との愛。

 どれを取っても栄光と言う名の王道を歩みし者。英雄の道を突き進んだ男。

 驚くべきは彼の素性だ。

 北欧神話のシグルドが大神の末裔であり、勝利と破滅を約束された生まれながらの英雄なれば。

 ニーベルンゲンの歌のジークフリートはどこにでもいる貴族の人間。その一人にすぎない。

 確かに彼はただの人間だ。皇子ではあるものの、神の血を引いているわけでも、特殊な出生が隠されているわけでもない、生粋の人間でしかなかった。

 それこそが彼の異常性だった。

 ただの人間が剣を持ち、竜を殺した。あの多くの戦士が挑み敗れたドラゴンを討伐せしめた。

 特別な力を持たない人間だったころでこの強さ。ならば、悪竜の血を浴びて新たな力を得た男がどうなるかなど、赤子でも分かる真理。ニーベルンゲンの歌において彼は不死身の大英雄として刻まれた。

 傍から見れば彼は完璧な英雄として映っただろう。栄光があり、苦楽があり、愛があり、没落があった。

 徹頭徹尾、英雄の要素が持ち得る起承転結の人生。

 されどもその男は、華々しいと謳うにはどこまでも、人間と言うには、あまりにも―――機械的すぎていた。

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 我が人生は名も知らぬ無辜の人々の願望を叶え続ける毎日だった。

 賊を討伐してくれと請われたら言われるがまま賊を皆殺しにした。

 領主を殺してくれと言われたらその言葉に従い、領主を殺した。

 皆はその不死身不敗の男を惜しみなく讃えた。

 その男もまた静かに称賛を受け入れた。

 

 ただジークフリートは名声に酔いしれていたわけでも、誇らしいわけでもなく、己の人生がその為のものであると漠然に思っていただけに過ぎない。それで世がより良く回るのであれば、それにこそ意味を感じ従うまでのこと。

 助けてと言われれば助ける。殺せと言われば殺す。義兄の願いではあったが、女を屈服させろと命じられればそれに準じた。組み伏せた女の気持ちなど意に返さず。その様はまさしく生きた願望器そのもの。

 

 その男にとって、命の価値は等しく等価だった。

 

 ある時いつもの酒場にて酒を酌み交わした友であり、優れた武勇をも持つハーフエルフのハーゲンは愚痴るようにこう言った。

 

 『お前は他者の願望の善悪を考えたことはあるか。真意を探ろうとしたことはあるか?』

 

 彼が言いたいことは不死身の英雄ジークフリートも理解した。

 その叶えた願望の数々に悪があったのではないか。善悪を自分で判断して裁量したのか、ということだ。

 それもそうだろう。

 例えばジークフリートが討った賊はもしかしたら義賊だったのかもしれない。ジークフリートが殺した領主の黒の噂はその領主の座を欲した者達の狂言だったのかもしれない。

 その願いが正しいものであるか、邪悪なるものかの判断は直接手を下す者にも必要だ。

 言われるがまま無機質に願望を叶え続けるなどという在り方は破綻している。倫理道徳などそこに存在しないのだから。

 ジークフリートは敢えて善悪を測ることはしなかった。

 誰かにとっての正義は誰かにとっての悪となる。誰かを救うということは誰かを救わない。

 完全な善などない。対象によってその有り様は反転するものだ。

 全てを区切り、願望を叶えるなどジークフリートで持ってしても手に余る。だから目の前にある願いだけを優先して応えてきた。

 別にそれが絶対的に正しいものだったと信じていたわけじゃない。それしか知らなかったから、その天秤を重きに置いただけだ。

 

 『いいか、友よ。100歩譲って善悪を決めかねるのは良い。虫唾は走るが、それがお前の在り方であり、その理の中で剣を振るうのはお前自身だ。外野がとやかく言える立場でもないのだろう』

 

 ハーゲンが持つジョッキの取手を軋ませる。どのような鈍い男でも分かる。彼は怒りを抑えつつ、諭そうとしている。この生きる願望機と成り果てた友に対してだ。

 このまま行けば待つのは惨たらしい最期だけだと、彼は忠告する。それがジークフリートに今更言ったところで生き方は変えはしないだろうと分かったうえで、それでも言わずにはいられない友としての想いだった。

 

 『だがな……これだけは言わせてもらう』

 

 ジークフリートが如何に不器用かを知っている男は、せめて譲れない友情の証を口にする。それがいつか彼に伝わると信じて。

 

 『お前自身から来るお前だけの願望は必ず全力で応えろ。それを成し得ていけば、いずれ辿り着く』

 

 あの言葉はジークフリートの心に浸透するように溶けていった。

 生前は遂ぞ叶うことのなかった話ではあるが、ジークフリート自身もその自身が力を十全に振るうに納得できる願望を求めていた。

 生きている間は変えることのできなかった在り方だが、第二の人生がもしあれば、今度こそ確立させたいのだと思えるほど。

 英霊の座に召し上げられた後もその想いは強く刻まれた。そして時系列が存在しない座に記録された聖杯大戦という激動を知る。

 その召喚に応じて得たものは記憶ではなく記録として残るに過ぎないが、その記録であってもジークフリートに大きな影響を与えた。元々無色に近い男の感性を変えるには、記憶と似て非なる記録だけでも十分すぎるほどの色を持たせたのだ。

 なにせ自分の意思で救いたいと思ったから救った、誰でもない自分自身がそうしたいと思って行動した数少ない……いや、初めての出来事。

 あの体験は、嗚呼、きっとジークフリートという英霊を確かに動かしたのだろう。

 まさしく生きた願望機などではない、一人の英雄として。

 

 《この、感覚は》

 

 英霊の座に刻まれたジークフリートに世界からの干渉を感じた。此度の戦場は聖杯という報酬はない。ただ世界を救えという願望。要請。

 例え世界を救ったところで見返りがあるわけでもなく、あるのは責務のみ。

 

 《力になれるのならば、是非もない》

 

 竜殺し(ドラゴンスレイヤー)は迷わなかった。迷うはずもなかった。

 世界を救う。

 ただの亡国の皇子には過ぎた課題だ。されどもその召喚、引き受けた。

 不死身の英雄としての力を振るい、何かを為せるのであれば喜んで力を貸そう。

 

 「セイバー ジークフリート。世界修正の要請を聞き、召喚に応じ参上した―――」

 

 これは他でもない、己自身が望んだ願望でもあるが故に。

 万夫不当の大英雄は再び(ツルギ)を抜き放つ。




 ハーゲンのイメージはジークフリートの幕間基準。
 ハーゲンはハーフエルフではないかという伝承があったり、半分怪物の血が混じっているという伝承があったりします。
 ニーベルンゲンの歌における最重要キャラの一人。
 アポクリファのアニメやコミックでハーゲンの耳がエルフ耳であると確認されたのでハーフエルフ説を採用(公式で明言されたわけではないのであくまで憶測)

 本来サーヴァントの記憶は英霊の座本体に大きな影響を与えないものなのですが、そこはFGO基準にしています。

 噛めば噛むほど味がある、好きになる。そんな大英雄だと感じてやまないジークフリート。
 実装当時はあまりにも低いゲーム性能故に弄られていましたが、今やそれを払拭して余りあるドラゴンスレイヤーっぷりに全マスターが惚れた。
 このSSでも頼れる大英雄のイメージ通りの活躍を描けたらと思います。
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