死がふたりを分かつまで   作:ナイジェッル

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第11戦:悪竜を殺した英雄

 特異点に召喚されたばかりのジークフリートはまずスルーズと名乗る戦乙女(ワルキューレ)から今に至るまでの過程の説明を受けた。ジークフリートはあくまで世界修正の目的しか知らされずに召喚に応じたに過ぎない。その為、現状の細やかな把握はその場で取得しなければならなかった。

 

 「神霊ブリュンヒルデ及び戦乙女(ワルキューレ)の撃破。それにより世界の修正を行い、汎人類史への影響を抑える。それが此度のオーダーで間違いないだろうか」

 「肯定する」

 

 ジークフリートはこの世界で待ち受ける試練と目的を再度シグルドに確認を取り、彼もまた短く肯定の言葉を発して頷いた。

 彼の生まれた時代では考えられないほど濃密なマナ溢れる神代。その大地にもいち早く適応した彼は、この世界においても万全の力を振るえるだろう。

 事実、シグルドも彼の鍛え抜かれた肉体を見てつい戦士の血がざわついたほどだ。

 悪竜の血を浴び、不死身の身体となった伝承は聞き及んでいた。その古傷一つない鋼の肉体こそ不死の証明とみて間違いない。

 

 「まさか神代における竜殺し(ドラゴンスレイヤー)と名高い英雄シグルド殿と肩を並べられる日が来ようとは」

 「それは此方とて同じこと。よくぞ我が召喚に応じてくれた、ジークフリート殿。聖杯のような上等な報酬も渡せない現状に申し訳なく思う」

 「何を言う。貴公と共に戦えることこそ戦士の誉れ。ましてや世界を相手取って事を成す道程に俺が呼ばれた事自体が僥倖。如何なる金銀にも勝るものだ」

 「貴殿ほどの英雄からその賛辞、当方には過ぎたるものだと感じて止まないな」

 

 二人はこれから共に死線を潜る相手と固い握手を交わした。

 

 ………

 ……

 …

 

 

 召喚された洞窟奥地から場所は変わり、今現在シグルドとジークフリートは隠れ家の洞窟入口前にて夜空に浮かぶ星の下で酒を飲み交わしていた。

 彼らは互いに社交性が高く、打ち解けるのにそれほどの時間は必要なかった。元々同質の魂を持つ英霊。気が合うのはある意味必然だったのかもしれない。

 

 「似通った伝承を持つ竜殺しがこうして酒を酌み交わせるとは。聖杯戦争でもなければ叶うことはなかっただろう」

 「こうして殺し合うことなく、最後まで仲間として手を取り合えるのもまた、聖杯戦争でもってしても叶わない。この奇跡に感謝を」

 「ああ、感謝を」

 

 あの大都市を救った返礼として若い兵士がシグルドに献上した酒は二人の五臓六腑に染み渡る。

 

 「旨いな……」

 

 これほどの美酒、生前でも飲んだことがない。

 麦が違う、土地が違う、製法が違うという問題ではなく、もっと根本的なところからジークフリートの知る酒とは違っている。それでいて体が受け付けないどころか嬉々として迎え入れるが如き口当たりの良さ。この飲みやすさたるや驚嘆に値する。

 

 「神代の酒だ。真エーテルからなる世界の仕組みは神代以降のものとはまるで違ってくる。この芳醇な味わいも、本来なら失われているものだろう」

 「召喚されて早々、良い経験をさせてくれる。酒に溺れたことなどなかったが、これならば心ゆくまで酔えるかもしれないな」

 

 生前のジークフリートはどれだけ度数の高い酒瓶を平らげても夢心地となるまで酔うことはなかった。しかしこの神酒は別格だ。あのファヴニールでさえこの酒を樽ごと飲み干せば泥酔するに違いない。

 嗚呼、もしこの場にハーゲンもいたらとジークフリートは思う。我が友にもこの酒の味を教えてやりたい。必ず驚愕と共に飲み干すだろうところまで容易に想像できてしまう。

 

 「生前に経験できなかったことを死後に体験できるのもサーヴァントの醍醐味と聞く。されどもジークフリート殿、気を付けられよ。竜の力を持つ者は酒に酔わない方が身のためだ」

 「ほう…と、言うと?」

 「東洋の龍も、西洋の竜も、酒を飲み干し、泥酔したが故に首を落とされた伝承が数多く残っている。当方も貴殿も今や竜そのものと言える存在となった。つい酔い潰れでもしたら、その時は首と胴体の今生の泣き別れとなる可能性も少なくはないぞ?」

 

 古来より竜種は正攻法で倒せるものではないと記されていた。勿論、かのベオウルフやジークフリートなどの一部例外はあるものの、本来ならば絡み手を使うのが常。その常套手段とされるのが酒による泥酔だ。

 如何に強大な力を纏っていようとも、酔わせてしまえば此方のもの。纏まらぬ思考しかできない相手の首を取るなど容易い。

 

 「ふむ、確かに竜殺しが竜と同じ死にざまを晒しては恥か。しかし今の俺は、それでも安心して飲める」

 

 酒による泥酔の話を聞いたハズのジークフリートだが、彼は構わず神酒を更にもう一杯飲み干した。躊躇いもなく。

 その行為は自分ならば平気であるという意思表示か。

 それともそのような話に意味はないという強き示しか。

 否。どれも否だ。ジークフリートは確かにシグルドの話を聞き、納得した。我が身も同じ過ちがあれば笑えぬと宣った。

 分かったうえで酒を飲み干し、酔いを加速させる。その意味とは、つまり。

 

 「何故ならば、貴方が俺と共にいるからだ。俺が無防備を晒そうと、英雄シグルドがいればこれほど安心できるものはない」

 「嬉しいことを言ってくれる……が、当方も酔えば話は違ってくるが?」

 「ふっ、それこそまさかだ。貴方は北欧神話に於ける神代の人間。この神酒よりも強いものを幾らでも口にしているはずだ。この手の酒に手慣れているのは愚鈍な俺でも分かる」

 「なるほど、確かにこれは杞憂であったな。それだけこの酒を口にして頭が回るのならば、酔い潰れることもないだろう」

 

 シグルドは苦笑して空になったジークフリートの盃に神酒を注いだ。

 満月の光は人工の照明などより明るく、雅さを兼ね備える。その月下の元で勇士と飲む酒はまた味以上の旨味を惹き立たせるものだ。耳を澄ませば風の程良い風切音が聴こえ、狼の遠吠えも雄々しく木霊する。

 元より人間とはかけ離れた人種であったシグルドは神馬グラニくらいしか心通わせる友はいなかった。ブリュンヒルデと共に飲む酒こそが絶世の美酒と信じていたが、なるほど。この男と飲む酒もまた特別だろう。

 

 「折角だ。貴殿のバルムンクを見せて頂いても? 稀代の名剣、是非この目で見てみたく思うが、如何か」

 

 旨い酒があるのならば、それに見合った肴もいる。それはなにも食べ物である必要もない。趣向があれば、それは肴たり得るのだ。

 シグルドの提案にジークフリートは驚いたように目を見開いたが、すぐに不敵な眼差しとなってバルムンクを鞘ごと現界させる。

 

 「構わない。その代わりに俺は魔剣グラムを拝見しよう。我が宝具のルーツなれば気になるのは当然というもの」

 

 自分の命とも言える宝具を他者に渡す。この行い自体、本来あり得るものではない。そう簡単に他者に触らせていいほど英霊の魂である剣は安くないからだ。しかしその相手が信頼できる仲間であれば話は変わってくる。

 ましてや聖杯を奪い合う聖杯戦争という枠組みからも除外されたこの戦線の中で、裏切りもなにもない。

 

 「「では」」

 

 シグルドはグラムを。ジークフリートはバルムンクを互いに手渡した。酒の摘みにする話題としては勿体無いくらい極上のものだろう。

 もし著名な作家、もしくは絵師がこの場にいたならば、このシーンこそを食い入るように観察し、インスピレーションを働かせていたに違いない。

 

 「ほう……」

 

 シグルドは大剣バルムンクを軽々と片手で持ち上げ、じっくりと握り締めた上でその構造を把握する。そして柄を軽く捻るとカシャンと音を立てながらその柄部分が下がり、蒼久と輝く宝玉が姿を現した。

 

 「(柄から異様な魔力を感じると思っていたが、なるほど。真エーテル(・・・・・・・)か)」

 

 神代に存在した第五真説要素。西暦以前の地球に存在したマナの結晶。西暦後の人間がこのマナに触れるだけで死滅する神秘の塊。おそらくこのバルムンクは神代で失われた魔力を刀身に纏いて放つ対軍宝具と見た。

 力の源を柄の中に隠し、剣に伝導させる仕組みとは、なかなか手の込んだ工夫。まさしく神代が終わりし時代の生き残る術がこの剣には詰まっている。

 

 「見事な宝具だ。まさしく竜殺しを成し得るに相応しい武装と認識する」

 

 神代の宝剣に勝るとも劣らない。鍛冶師としての面を持つシグルドは叡智の結晶を光らせてそう断言した。かの悪竜現象(ファヴニール)の一体を討ち果たすに足りる兵装だ。

 対してジークフリートはグラムをじっと見つめていた。

 この溢れんばかりの魔力。紅き刀身は脈を拍つかのように鼓動する。されどもこれが本来の姿というわけではないのだろう。まだ奥底に隠された太陽の如き……否、太陽の具現たる熱を感じる。

 

 「これが大神の魔剣グラム。魔剣のカテゴリの中で最強と謳われた代物……」

 

 聖剣のカテゴリの頂点とされるものが音に聞こえし騎士王の剣なれば。

 魔剣のカテゴリの頂点とされるものがこの禍々しき戦士の王の剣である。

 北欧神話の稀代の名剣。更にその剣はシグルドの手によって新生された、つまりは打ち直されたと聞く。

 いったいどれほどの鍛冶師としての技術があれば神霊の神剣を復元できる。否、復元するどころか更なる高みへと昇華することができるというのか。この技術であれば高名な鍛冶屋として人類史に名を刻むこともできただろうに。

 

 「眼福とはまさにこのこと。魔剣の頂点、確かにこの目に刻み込んだ」

 

 短い時間なれども、その宝具の隅々を楽しんだジークフリートはシグルドにグラムを、シグルドはジークフリートにバルムンクを返還した。

 

 「貴方は己の背中を預けるに相応しい英霊だと再認識した」

 「光栄だ。この魔剣に賭けて、その期待に応えよう」

 

 二人の竜殺しは一日と経たずにその関係性を確かなものにしていく。

 戦争とは、戦いとは、敵を屠るよりも大事なことが多くある。

 孤立無援の戦いであるならばいざ知らず。背中を預け合える仲間がいるのであれば、第一にすべきことは信頼関係の構築である。それは初歩の初歩であり、どのような戦いよりも難しくもある。特に我の強い英霊となれば一蓮托生と成すまでには時間がかかるもの。しかし彼らは違った。

 孤独の戦いを知っている彼らは、その孤独を知るが故に一人では決して届かない領域を知っている。そしてその届かない領域に手を伸ばすことのできる手段足り得るのが仲間というものだ。

 

 「明日からは更なる激戦が待っていよう。その時こそが、貴殿との初の共同戦線。今に至るまで互いに美辞麗句は語り尽くした。であれば」

 「言の葉が不要の戦場にて、その讃美に勝るとも劣らない成果を打ち立てる。我らの武の信用はそこで生まれる」

 「肯定する」

 「望むところ」

 

 シグルドとジークフリートは今宵最後の酒を喉に流し込んだ。

 神霊ブリュンヒルデとの戦力は天と地の差。絶望的な戦況下の中でも二人の英雄はまるで気負いをせず、この戦いは必ず勝利するものだと信じて疑わない。

 それは慢心からくるものか。それとも現実逃避か。

 否、否である。

 彼らは自然体に身を任せているに過ぎない。

 己が抱く自信以上に、どのような兵力差も尽く打ち破れる力と意志がある。そうでなければ英雄とは言えず。そうであるからこそ数多の武功を打ち立てることができたのだ。

 

 されども侮ることなかれ。シグルドがジークフリートを召喚したように、神霊ブリュンヒルデもまた新たな手段を講じている。

 この戦いは超常にして人ならざる者達の戦い。そこに人類が持つ常識は、一つとして入り込む余地などないのだから。




 FGOで共演するたびに仲良くなっていると思うシグルドとジークフリート
 個人的に安心する組み合わせです
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