死がふたりを分かつまで   作:ナイジェッル

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第12戦:竜狩り

 戦乙女(ワルキューレ)の襲撃を受けた都市に戦死者は出ない。殺し、魂を回収することを目的としていない彼女達は決して人間を殺すことはない。しかし、それでも被害が全く深刻ではないと言えば嘘になる。

 人間が抵抗あれば彼女達も力を振るう。その戦闘の果てに破損された家々は今も痛ましく残っている。奇跡的にも戦乙女(ワルキューレ)を撃退できた人間達はそこで終わりというわけではなく、復旧作業にも力を入れなければならない現実があった。戦い、反抗し、凌ぎきればそれで終わりというほど世の中は単純にできてはいないものだ。

 

 「ただヴァルハラへの誘いを受け入れていれば、抵抗などしなければ、このような被害も遭わなかったというわけか」

 

 近隣の町で被害にあった街を見て回っているジークフリートは、屋根やら壁やらが砕け散り、風通しの良くなった家々を見てそう言った。

 彼の言うこともまた一つの事実だ。無抵抗でいれば、このような災害の如き被害に遭うことなどなかった。シグルドもまた、それを否定しない。

 それでも彼らは抗った。幼子でも分かる(ことわり)を理解しながら、抵抗をした。その行いに何の意味を持つのかは、生粋の神には理解できず、人でしか分からない。

 

 「貴殿はどう捉える。彼らの抵抗は無意味と取るか。それとも蛮勇と見るか」

 

 シグルドは彼の隣に立ち、今も復興作業に勤しむ人間たちに目を向けながら問うた。

 隣人と手を取り合い、老いも若いも分け隔てなく助け合う。シグルドにとってはこの在り様こそ意味あるものだと感じている。

 彼らは理想郷に赴き、何不自由のない生活よりも人として、また家族と共に生きることを選び足掻いた。だからこそ彼らはあれほどまでに悔いのない表情を浮かべている。神代の人間だから屈強というわけではない。彼らのコミュニティが築き上げた絆がそうさせている。

 

 「人類は神に管理されるほど弱くなどないのだろう。この反抗が無意味であるはずがない」

 

 ジークフリートもまた、彼らの在り方を肯定した。

 自ら望んでヴァルハラを望む者を否定しない。それも一つの選択だ。安全圏で生き続けたいと思うのも分かる。

 だが、ヴァルハラに赴くことを否定した人間を無理やり連れ去り管理するなど神の傲慢以外の何物でもない。お節介の領域を超えている。

 

 「神なる者とは対峙したことのない俺だが、剣を向けるには相応すぎる理由ができた」

 

 ジークフリートはシグルドと違い、神々が生きた神代の生まれではない。それゆえに神がどれほどの存在であるかも理解し切っているわけでもない。しかし、彼らは抗っている。この状況をどうにかしようと足掻いている。ならばジークフリートは彼らの願いを勝手ながらも受領しよう。相手がどのような存在であれ、理由と理屈がそこにあれば斬ることに躊躇わない。

 

 「肯定する。彼らは彼らの生きる道があり、それを切り開くのも彼ら自身。そこに超常の者の介在は不要」

 

 人と神の共存ならばまだ納得できる部分はあるが、一方的な押し付けとなる加護は却ってその人類の為にもならない。今こうして彼らが抗っているのが何よりの証拠。まだこの世界は神に屈してはいない。

 

 「……む。スルーズの方から念話が入った」

 

 現地民の復興を見守っていたシグルドに偵察に出ていたスルーズから連絡が入る。

 既にシグルドが神霊ブリュンヒルデの所在周辺に仕掛けていた探知のルーンは破壊され、彼らの動きが掴みづらくなっていた。そこでスルーズは安全圏から彼らの動向を探り、何か動きがあれば随時シグルドに連絡するよう対策を打っていたのだが、さっそく何かがあったらしい。

 

 『シグルド。神霊ブリュンヒルデの城から十数の戦乙女(ワルキューレ)が飛び立ちました』

 「向かっている場所は」

 『そちらの真逆の方角ですね。ですがこの程度なら、私達で対処できます』

 「当方もそちらに向かう。深追いはーーー」

 『対処できると言いました。以上です』

 

 若干不機嫌とも取れる口調でブツンと切られる念話。異論を挟む余地すら与えてはくれない。

 

 「嫌われているな……」

 「どうかしたのか、シグルド殿」

 「いや、敵方に動きがあったという報告を受けたのだが……自分たちで対応できると」

 「ああ……なるほど。彼女も信頼して欲しいのだろう。自分達の力を」

 「理解はしている。あまり心配を要してはスルーズら戦乙女(ワルキューレ)の侮辱となるのだということくらいは」

 「だが、放っておけるわけもないか。行くのか?」

 「敵方の出方が変わっている可能性が高い。彼らも我々の妨害があることを見越して動いている。スルーズ達を信用していないわけではないが、念のためその場に向かう」

 

 そんなことをすればまたスルーズに嫌われるかもしれない。自分たちはそれほどまでに信用できない戦力なのかと憤る姿が簡単に想像できる。それでもシグルドは向かう。彼女達は、ただの戦力ではない。シグルドにとっては大切な義妹なのだ。

 

 「了解した。俺としてもこの剣を振るう機会を欲していたところだ」

 

 ジークフリートもまた、剣を振るう舞台を待っていた。この異世界に召喚されたのならば、剣を振るい、結果を残さなければサーヴァントである意味もない。尤も、ジークフリートとシグルドが出張らなければならない事態はできるだけ避けてほしいところではある。

 それでも嫌な予感程当たるものだ。それは戦士である二人はよく理解していた。

 

 

 

 結果、その予想は見事的中することとなる。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「うーんまぁこんなもんだよねェ。今の君らじゃ準備運動にもならないよ」

 

 桜色の長髪をふわふわと揺らしながらヒルドは量産型戦乙女(ワルキューレ)の羽根を破壊し墜落させていく。その様は余裕すら見えていた。

 

 「魔力のパスも潤ってるし、これならどれだけ戦ってもヘタることないね!スルーズ!」

 「ええ。マスターを人間ではなく戦乙女を選んで正解でした。質がまるで違う」

 

 共に空を駆けるスルーズも己の機体性能を確認するように空を舞い、そして次々と苦もなく敵を打ち倒していく。

 

 「オルトリンデの方はどう?」

 「問題ないです。というより、私が出る必要が現状ないことに正直驚きです。まさか戦闘で暇を持て余すことがあるなんて……」

 

 彼女達は鹵獲した五体の戦乙女(ワルキューレ)に複合的な魔力パスを繋ぎ、マスターの代替えとして使うことによりスルーズ、ヒルド、オルトリンデの三体を同時に現界させるという荒業を実現した。これにより戦力増強は元より、永続的な魔力供給を確保できた。

 無論、普通の人間がマスターならこのような負荷のかかる裏技めいたことは不可能だ。精々宝具開放の一瞬だけが関の山だろう。しかし今の彼女達のマスターは戦乙女(ワルキューレ)だ。量産型とはいえ実在する彼女達の神性及び魔力生成能力は飛び抜けて高い。それこそオリジナルの戦乙女(ワルキューレ)を三体同時現界させてもお釣りが来る。

 そんな万全の彼女達からすればもはや量産型程度では相手にならない。彼女達も最高位の神性を有する死神めいた存在。本来サーヴァントとして召喚できる存在ではないことも含めて、規格外たり得る力を取り戻している。

 

 「しかし気になりますね……彼女達は何処に向かっていたのでしょう」

 

 スルーズの知覚能力を用いてもこの周辺に人が住む集落などない。どこを見渡しても森林で覆われ、それこそ人っ子一人としていない。いったい彼女達は何の目的で?なんのために?

 

 「狙いはヒトではない……?」

 

 嫌な、とてつもなく嫌な感覚がスルーズを襲った。

 だが―――致命的に気付くのが遅かった。

 地上から突如として感知される莫大な魔力反応。しかし地上を見渡しても敵影はない。なら、どこだ。この魔力はいったい何処から―――!

 そのスルーズの焦燥を感じ取るように、その存在は動いた。

 地上にある森の至る箇所から上がる炎の柱。

 一瞬にして炭化する深緑の大地。

 巨大な地震は近辺の山々を揺るがす。

 

 「そんな、あれは……!」

 「なんで!?」

 「………!!」

 

 大地から姿を現したのは、炎を灯す巨大な人型。その全長は優に人間の建造物を超え、小山にも匹敵する。手に持つは灼熱を宿す業槍。過去、多くの幻想種が、戦乙女(ワルキューレ)があの槍にて貫かれ、焼かれ、蹂躙された。

 忘れるわけがない。知らぬわけがない。あの存在は、あの人型は!

 

 「「「巨人族ッ!!」」」

 

 かつて神々と争い、共に滅びたハズの幻想。それが今、炎と共に顕れた。

 

 「巨人族の召喚陣!?ブリュンヒルデお姉様が用意したの!?」

 

 ヒルドが悲痛な声で叫ぶ。同期しているスルーズにもヒルドとオルトリンデの苦き感情が伝えられる。あれほど命がけで屠ってきた存在を、よりにもよって心から信奉するブリュンヒルデが呼び寄せたのだ。動揺しないわけがない。

 

 「(お姉様……貴女は、そうまでして!)」

 

 スルーズは理解していたはずだ。あのブリュンヒルデは自分たちの知るブリュンヒルデではないことを。オルトリンデやヒルドだってそうだ。頭では理解していた。それなのに、いざこうして非情な行いを迷いなく行う神霊ブリュンヒルデの所業に、ショックは隠せない。頭は理解できても心は納得できていない。まるで人間のように。

 

 「■■……■■■■!!!」

 

 炎の巨人は上空で己を見下ろす戦乙女(ワルキューレ)に向かって大きく吠える。あの巨体から発せられる声量はもはや人界のものに在らず。ただの咆哮は空気を震わせ、振動を起こし、明確な物理ダメージを生み出す。

 

 「ッ散開!!」

 

 スルーズはすぐさま回避行動を取った。ただの咆哮と見て侮るな。アレすら、まともに受けたら体が粉々になるのだから。

 事実、スルーズ達が先ほどまでいた場所に存在した雲海に大きな穴が開いた。あの雲まで射程が届く脅威。そして容赦なく貫く衝撃波。あのままあの場所に留まっていたら墜落していただろう事実だけが現実に残る。

 一挙手一投足全てが凶器。この出鱈目な存在こそが、巨人なのだ。

 

 「巨人を召喚するなんてどういう理屈!?」

 「原初のルーンには巨人を操る(すべ)も存在する。その更なる最奥。ばかばかしい力です」

 「どうするのスルーズ!」

 

 どうであれ巨人の一体が蘇った。あの存在は天変地異に等しい。ただ歩くだけで大地は揺れ、武器を振るうものなら山が消し飛ぶ。近くに人間がいなかったからまだ良かったものの、街の一つでもあれば一夜も持たない

 

 「……私達で対処します。撤退するにはあまりにも看過できる代物じゃない」

 「うわぁ……スルーズならそう言うと思ったぁ……」

 

 ヒルドは頭を抱える。

 

 「シグルドの到着を待つべきでは……今はジークフリートもいます」

 

 オルトリンデの提案は確かに最善に近い。

 あの大英雄であれば、例え山ほどの巨体を持つ巨人であろうとも涼しげな顔で討ち滅ぼす。

 アレは、そういう存在だ。太祖オーディンの血脈にして大英雄シグムンドの子。

 北欧神話最強の戦士の王。魔術師のみならず魔法使いすら認めざるを得なかったオーディンの最高傑作。

 それに付け加えて不死身の大英雄ジークフリートも新たな戦力として加わった。あの二人が手を組んで掃討するのであれば、凡その敵など歯牙にもかけないだろう。

 

 「いいえ。彼らを待っている間に被害は広がる。その前にこの巨人は私達の手で屠り去ります」

 

 決してこれは私情ではない。シグルドの到着を待つなどという選択を超える、最善足り得る判断の元だ。

 

 「ううーん……まぁ、やれなくもないけどさぁ」

 「私はどちらでも。しかしシグルドに良いところを持っていかれるのは癪なのも確か」

 「オルトリンデまで…はぁ、分かった、分かったよ。やろう! 私達だけで!」

 

 やると決めたからにはやり通す。

 元々この場所にまんまと誘い込まれたスルーズ達の落ち度。その尻ぬぐいをシグルドやジークフリートにしてもらおうなどという思いこそ弱さの源泉。あの英雄達の力を借りれればより安全で確かな結果が生まれるという軟弱な思考。それは今後の戦乙女(ワルキューレ)の在り方に悪影響を与え続ける。

 

 「巨人狩りの戦術、忘れていませんね?ヒルド、オルトリンデ」

 「忘れるわけないじゃん。私達は常に同期している。このネットワークが切られない限り、私達は同一個体なんだから」

 「とはいえ、生前と比べて人数も少ないですよ。私達三人だけで巨人狩りをするなんて初めてでは?」

 「なら、そのスリーマンセルで最も最適な戦術を戦闘の中で構築します」

 「無茶苦茶だよねぇスルーズ。本当に同期してる? バグってるとこない?」

 「無駄口を叩いてたら、すぐに落とされますよ。ヒルド」

 「え?」

 

 間抜けな声を出してヒルドは巨人のいる地上を見た。

 そしてヒルドの瞳には巨大な岩が視覚一杯に映された。

 

 「おああああああああ!?」

 

 ヒルドは悲鳴を上げながら回避行動を取った。スキを突かれてもヒルドとてオリジナルの戦乙女(ワルキューレ)の一体。一秒後に潰れたトマトのように粉砕される未来をギリギリのところで防ぐことができた。

 

 「死ぬかと思ったんだけど!?」

 「巨人の投擲です。当たれば即死でしょうね」

 「くっそぅあの脳筋ゴリラめ!」

 「第二波が来ます」

 「ひぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 巨人は飛行能力がない。大地に足をつけて戦うことしかできない。

 なら空を飛ぶ存在に対してどうやって攻撃を届かせる。

 巨人が出した答えは至極単純にして明解。

 人が飛び道具を使い鳥などを撃ち抜くように、巨人もまた投石という技を用いて戦乙女(ワルキューレ)を狩る。その威力は遥か未来にて人類が到達するミサイルなる兵器に相当し、球数はこの地上に無限にある。つまり弾切れがないトリガーハッピー状態。

 当然、巨人はその力を何の躊躇もなく行使する。ただ投げて敵を撃ち落とすだけの簡単な作業だ。止めない理由がない。

 戦乙女(ワルキューレ)は全速力を持って回避にあたる。かすりでもすればその部分は文字通り抉れる。巨人が投げるものには全て神秘が宿される。なにもかもが出鱈目で、スケールが段違い。これこそが圧倒的質量を持つ巨大生物の特権だ。

 散弾のように細かい石が見舞われることもあれば、一軒家ほどの大岩が飛来してくることもある。まったくもって無茶苦茶の限りを尽くしてくる。

 

 「相変わらず品のない戦い方をする……!」

 

 スルーズは忌々しげに舌打ちし、回避行動を取り続ける。ただ周囲のものをバカの一つ覚えみたいに千切っては投げ、千切っては投げ。そこに勇士のような鮮麗された技量もなければ、高度な戦略もない。あるのはただの暴力装置。野蛮此処に極まった荒業は効率的ではあるものの、品性に欠けていた。見ていて楽しいものでもない。

 とはいえ、このまま回避行動に努めていても戦況は変わらない。こうしている間に周囲の環境が根こそぎ破壊されてしまう。

 

 「ヒルド!オルトリンデ!」

 「「了解!!」」

 

 スルーズが作戦を口にしたわけでも、次動くべき指示を送ったわけでもない。それでも二人はスルーズが自分たちの名を叫んだだけで二つ返事で了承した。もはや言葉を介さなくとも、各々の役目は理解しているが故。

 スルーズは炎の巨人を錯乱するように加速し、目を引き付ける。

 一部の巨人王を除き、一介の巨人に高度な知能はない。敵の行動に裏があるなどと欠片も想像できない。だからこそ、思うように、清々しいほど簡単に乗ってくれる。

 

 「■■■―――!!」

 

 加速したスルーズを仕留めんと炎の巨人は集中して投擲し続ける。この時点でオルトリンデとヒルドのことなど眼中になくなった。戦い方が粗ければ、足元もお留守になりやすいものだ。

 

 「オルトリンデ!」

 「うん!」

 

 ヒルドとオルトリンデは炎の巨人の脚目掛けて偽・大神宣言(グングニル)を投擲する。無論、ただの投擲ではない。原初のルーンによる筋力強化及び物理攻撃力の強化を施している。

 ブリュンヒルデが扱う真なる原初のルーンではないが、それでも戦乙女(ワルキューレ)が扱う原初のルーンもまた、大神に連なる極上の神秘。そこらの大魔術師と比べても桁が違う。

 

 「――――!?」

 

 偽・大神宣言(グングニル)は見事、炎の巨人の大腿部を大きく抉りながら貫いた。

 あんな化け物でも痛みはあるのか、炎の巨人は悲痛な声を漏らす。

 

 「その首、頂きます!!」

 

 両膝を付き、大地に両手をついた炎の巨人に好機とばかりにトドメを刺しに行くスルーズ。

 ただでさえ鈍間な巨人の機動力を削いだのだ。今こそあの図太い首を切り落とす。

 されども忘れるなかれ。

 あの巨人はただの巨人ではない。炎の巨人であることを。

 炎の巨人とは即ち、巨人王が一体スルトの眷属に他ならず。

 であればこそ、その力は曲がりなりにも巨人王の一端を宿すものと知れ。

 

 「■■■■■ッ」

 「蒸気!?」

 

 命の危機を察したのか、炎の巨人は全身から大量の蒸気を発した。その熱は優に人を溶かすほどのものであり、如何なスルーズと言えども無策に突貫するにはあまりにも熱量が多すぎる。

 スルーズが取った選択は一旦距離を取ること。今の炎の巨人は何を仕出かすか未知数。馬鹿正直に挑んだ場合、どのようなイレギュラーがあるか分からない。

 警戒していた。警戒していたのだ。スルーズは決して油断することなく、敵の出方を観察し、構えることができていた。その選択も心構えも一切のミスはない。

 それでも。

 炎の巨人の動きはあまりにも常軌を逸していた。

 怒り、猛る炎の巨人の取った行動は極めて単純だった。

 かの巨人は膝をついた状態から力強く立ち上がる。

 そしてスルーズを改めて見つめ―――跳躍した。

 

 「「「跳んだ――――!?」」」

 

 あの巨体で、あの重量で、あの巨人が、飛んだ。

 人がジャンプするように、重々しくではあるが、確かに炎の巨人は跳んだのだ。

 あまりの光景にスルーズは絶句する。しかし呆ける暇など与えてもくれない。

 届いている。

 跳躍、そして炎の巨人が持つ槍のリーチ。

 上空のスルーズを仕留めるには、十分すぎるほどの距離を詰められた!!

 

 「■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 バカげた動きに、バカげた質量。その二つが合わさった山をも潰す一撃をたった一人の戦乙女(ワルキューレ)に向かって振るい落とす。

 

 「(これは躱せないッ!!)」

 

 瞬時に理解できた。この一撃は回避が間に合わないと。

 

 「「スルーズ!!」」

 

 それでもオルトリンデとヒルドが割って入ることはできた。

 

 「バカですか貴方たち!?」

 「いいから前を見て、来るよ!!」

 「原初のルーンを展開してください、スルーズ!はやく!!」

 

 命を投げ出す行動を咎める暇もなく襲い掛かる巨人の一撃。スルーズはオルトリンデの叱責に意識を切り替え原初のルーンを虚空に刻んだ。

 選ぶは上級宝具をも防ぐ結界のルーン。今はヒルドとオルトリンデが共に刻んだことにより三重の結界を張ることができる。これで持ち堪えなければ、自分達の命は塵に帰るのみ。

 炎の巨人が叩き付ける剛槍。戦乙女(ワルキューレ)三体が張る上位結界。

 ぶつかり合えば、周囲の被害は壊滅的なものになるのは必定。当然のように二つの矛盾の衝突から衝撃波が生まれ、辺り一面を悉く吹き飛ばした。

 余波でこれだ。その中心にいる者達への衝撃は、その二次被害を大きく上回る。

 

 「――――」

 

 その圧倒的なまでの破壊を生み出した炎の巨人は固まっていた。それは決着がついたことから来る勝利の余韻……ではなく。動こうにも、動けなかったのだ。

 それもそうだろう。今の彼は、原初のルーンで束縛されているのだから。

 

 「この、怪物め……」

 

 動けなくなった巨人を前に、あの一撃を紙一重で防ぎ切ったスルーズは血塗れの状態で吐き捨てた。その肉体は痛ましいほど傷つき、美しい金髪も一部が焼け焦げていた。

 

 「うぇぇぇ……死ぬかと思ったぁ」

 「損害多数。一部機能低下及び停止。魔術回路の幾つかが崩壊。これは人間で例えるなら死に体ですね」

 

 同じくヒルドとオルトリンデもボロボロの状態でその姿を巨人の前で見せた。

 完全に防ぎ切ることができなかった三人は見るも無残な姿に。それでも未だ健在に変わりなく。

 対して炎の巨人は両脚を撃たれた状態で無理やりあの跳躍を行った反動で体の節々からは悲鳴が上がり、その弱った状態に重ね掛けの束縛のルーン。もはや最後の一撃も打ち終えた巨人に起死回生の力など残っていない。

 

 「消え失せろ、巨人族。貴様の存在は、あまりに許容できるものではありません」

 

 スルーズは躊躇いなく炎の巨人の眉間に偽・大神宣言(グングニル)をぶち込んだ。なまじ人間と同じ構造を持つ巨人は、英霊とも同じように、脳と心臓に霊核を宿している。そのどちらかを破壊すれば、活動は停止する。弱点が分かれば倒せない存在ではなく、不死身の属性を持たぬ巨人は力なく消滅した。

 

 「巨人討伐、完了。見ましたか、シグルド。貴方の力など必要……なかった…で……しょ…う………」

 

 消え失せた巨人を見届けたスルーズは勝ち誇った顔で気を失った。

 

 「ちょ、スルーズ!?」

 「同期が切れました。完全に気絶しています」

 「冷静に分析している場合かー!スルーズ落ちてる、地上に落ちてる!!」

 

 気絶したなら空を飛び続けることも不可能。当たり前のように地上に向かって真っ逆さまなスルーズをヒルドは血相を変えて回収しに向かった。

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 炎の巨人との戦いが終わった戦場は、一言で言えば何もない場所に変わり果ててしまった。

 あれだけ自然豊かな森も炎の巨人の暴力的なまでの行いにより焦土と化した。雑草一つとして残ってはいない。

 炭化した世界。

 巨人一体でこのざまだ。戦略兵器か何かと思わざるを得ない脅威を改めて認識した。

 ヒルドはこの現実を見て、焦りを積もらせる。

 

 「これは決着を急がないといけないかもだ」

 

 時間が経てば立つほど神霊ブリュンヒルデはその権能と原初のルーンを用いて戦力を増強し続ける。今でこそ量産型戦乙女(ワルキューレ)なんてものを創造して数をこなしているだけだが、放置しておけばその分脅威度は増すばかりだろう。いつまでも悠長にしてはいられない。

 

 「ともかく、はやくシグルドたちと合流しなきゃ。スルーズもこんなんだし」

 

 すっかり力尽きてしまったスルーズ。彼女もこのままにしてはおけない。すぐにでもアジトに戻り、魔力の回復に努めてもらわなければ。

 ヒルドはやれやれと溜息を吐いて、そんなスルーズを背中に背負う。まるで在りし日のブリュンヒルデが自分達にしてくれたように。

 

 「オルトリンデ―、そろそろ行くよー。もう空を飛ぶ魔力も残ってないから歩いて帰らないといけないんだからねー。のんびりしてたら日が暮れ―――」

 

 ヒルドは振り返って後ろにいるはずのオルトリンデに声をかけたのだが。

 

 「おいおいもう帰っちまうのかよ嬢ちゃん達。せっかくの勝利だ。もちっと余韻に浸っても罰は当たらないんじゃないか? いやはや噂に違わぬ生真面目っぷりだねぇ戦乙女(ワルキューレ)ってのは」

 

 その目に入ったものは、音もなく倒れ伏していたオルトリンデ。そして、見覚えのない金髪の偉丈夫。彼の手に持っているのは紅く濁った二振りの長剣。今までなぜ気付かなかった。あれほどの存在に、なぜここまでの接近を許した。聞かなくても分かる。問わなくても分かる。

 この男は、敵だ!!

 

 「俺を見るや否や距離を取ろうとしたその判断力は良し。だが、良いのかい嬢ちゃん。後ろにはもっとおっかないサーヴァントがいるぜ?」

 

 偉丈夫の忠告は、事実だった。

 バックステップで距離を取ったヒルドだが、その背後にはもう一人の敵がいた。

 

 「誰がおっかないですか。誰が」

 

 凛とした声。まるで聖なる者に連なる気品ある井出立ち。

 されども威風堂々とも取れる芯の強き闘志。

 神に仕える戦乙女(ワルキューレ)だからこそ分かる。

 この聖威―――聖人か。

 

 「まぁそう構えなさんな。蛮族じゃあるまいに、いきなり現れていきなり襲おうってほど俺達もそこまで野蛮じゃない。そこの姉ちゃんは知らんがね」

 「いい加減になさい、バーサーカー。あと外面だけだと貴方の方がよっぽど蛮族っぽいですよ」

 「おいおい聖人様が外見でとやかく言うのは良くないぜライダー」

 「貴方が最初に売った喧嘩でしょうに」

 「ほらな。見かけに騙されんなよ嬢ちゃんがた。そいつぁ根っからの喧嘩師だ」

 

 言い合っているように見えるが、その実どこか気さくで、余裕がある会話。

 まるで自分達を脅威と見なしていないのか。

 

 「ともかくだ。まずあんたらに言いたいことは一つ」

 

 バーサーカーと呼ばれた眼前の偉丈夫は刃を向け、ライダーと呼ばれた聖女はゆらりと十字の杖を召喚する。

 

 「無駄な抵抗はしないことだ」

 

 前も、後ろも退路はない。身を隠す場所も、炎の巨人との戦闘でこの一帯が更地になったことにより無いに等しい。仮に逃げ遂せたとしてもバーサーカーの近くで倒れているオルトリンデは見殺しにすることになる。

 

 「……ヒルド、もういい。私を下ろして」

 「スルーズ! 目が覚めたの!?」

 「この異常な圧を感じて起きないほど愚鈍ではありません」

 

 ヒルドの背中に負ぶわれていた彼女はフラフラとしながらも地面に足をつけ、武装を展開する。

 まだスルーズの闘志はまだ消えていない。

 

 「……起きた時の状況が最悪すぎて悪夢かと思った」

 「現実だよ。間違いなくね」

 「敵は二体?」

 「今のところ」

 

 二人は互いに背中を預け合って構えを取る。

 

 「いいですね。この状況下においてもまだ戦意が衰えていない」

 

 ライダーは感心するように頷くが、その目は獲物を狩る狩人そのもの。聖者がしていい眼差しではない。

 

 「戦意がない相手ならば贈ってあげられる慈悲もあったでしょう。ですが、まだ戦う意欲があるというなら話は別」

 

 聖人は謡うように言葉を並べる。それは本心であるのだろうが、どこか凍てついていた。

 

 「タラスク(・・・・・・)。おいでなさいな」

 「「――――な」」

 

 タラスク? 彼女は今、タラスクと言ったのか。

 彼女が呼んだ存在を知ったスルーズとヒルドは言葉を失う。

 その名は、竜の名だ。

 かのキリスト教に深く、根強く残る伝説の幻想種。

 悪逆を尽くしたその竜は一人の村娘によって、武力ではなく祈りのみで心を改めた伝承を持つ。

 ライダーの呼びかけに応じるように、その竜は地中から姿を顕わした。

 強靭な甲羅上の外殻、竜と言うにはあまりにも特異な姿。ドラゴンというより亀に近い風貌だが、その魔力の純度、神秘の濃度は紛れもなく竜種。

 

 「ライダー……貴女の真名は」

 「そう。私はマルタ。しがないのサーヴァントです」

 「ふざけたことを。聖女マルタがただのサーヴァントであってたまるものですか」

 「ちなみにそこの金髪マッチョはベオウルフです」

 

 さらっとバーサーカーの真名暴露に皆が固まった。

 

 「おい!? さっきの腹いせか!? 嫌がらせで仲間の真名喋るのかお前!!」

 「ほほほほ。口が滑りましてよ」

 「似非お嬢様ぶってんじゃねぇ!」

 

 あの驚きようはフェイクでもなんでもなく本当に本物らしい。

 なんてことだ。まさか、あの竜殺しの大英雄にして賢王と名高いベオウルフがバーサーカーの正体とは。

 

 「はぁ……まぁいい。真名がバレたところで……」

 「なんの問題もありはしない、ですね?」

 「ハッ、良い根性してるぜ聖女様」

 

 なんやかんやでマルタもベオウルフも仲間割れする様子もない。

 多少はいがみ合い、あわよくばつぶし合ってほしかったが、流石にそう簡単に物事は運ばないものだ。

 

 「ベオウルフ」

 「ああ、分かってるよ。お喋りが過ぎたな」

 

 マルタとべオウルフは視線を改めてスルーズとヒルドに向ける。

 いよいよ、動く。

 竜殺しと人類史に刻んだその武力が、半損状態の戦乙女(ワルキューレ)の命を狩らんと動き出す。

 

 「そんじゃあ、まぁ、なんだ。弱ってるところを叩くのは趣味じゃねぇんだが、これも作戦らしいからよ。サーヴァントがそう簡単に命令違反するわけにもいくまい? そんなわけだから」

 

 ベオウルフは剣を構え、タラスクも唸り声を上げる。

 

 「悪く思うなよ」

 

 絶望が―――来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 炎の巨人:FGO四周年記念映像CMの巨人のサイズを参考
 ベオウルフ:言わずと知れた竜退治の源流
 マルタさん:祈りで竜を改心させた麗しい聖女


 次回から遂にサーヴァントVSサーヴァント戦、始まります
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