古今東西、竜殺しの逸話は少なからず存在する。それこそ北欧神話の竜殺しシグルド。ネーデルラントの竜殺しジークフリート、竜殺しの聖人ゲオルギウスなどが著名である。
それでも数は限られている。多くの伝承が跋扈するこの人類史においても、竜殺しというのは不変の名誉たらしめる。故に多くの英雄が挑み、多くの英雄が散った。その中で極僅かな英雄が竜殺しを成し、大英雄と謳われるまでに至る。
竜に特化したから竜を殺せたんじゃない。竜を殺すほどの力を持った英雄が竜を殺せたのだ。
だからこそ、竜殺しの英雄は皆―――強大な力を有している。例外なく、全員がだ。
「……ぁ………ぐ…」
これほどまでか。これほどまでの力か、竜殺し。
スルーズは自身の血で作った水溜まりのなかで倒れていた。
まるで歯が立たなかった。炎の巨人との戦闘で疲弊していたとはいえ、手も足もでなかった。
いや、違う。仮に疲弊しておらず、万全の状態で挑めたとしても勝利できていたかと言えば、否だ。認めたくはないが、結果は同じだっただろう。矛を交えたら嫌でも理解できてしまう実力差があった。
せめて刺し違える……そんな願いすらも届かせてはくれない。この不条理なほどの強さこそが、竜殺しに至った英雄の壁。腐っても半神である
「やれやれ。ようやく倒れてくれたか。あの瀕死からよくもまぁあれだけ動けたもんだ」
ベオウルフは岩に腰を下ろして葉巻を取り出して一服している。
我ら
その行為自体がスルーズに敗北したという事実を浮き彫りにする。率直に言って屈辱以外のなにものでもない。
「タラスク……手加減でもした?」
「ぐるるㇽㇽㇽ」
「ふふっ、そうよね。貴方にそんな器用な真似なんてできないわよね。となると、凄いわ。タラスクを相手にして五体満足でいられたのは貴女達が初めて。誇りなさい、
ここまでボロボロにしておいてよく宣う。第一、再起不能レベルにまで蹂躙しておいて誇れなどと、聖女でも冗談は言うものだ。本心からくる言葉なのだろうから猶のことタチが悪い。
こちらは指一本動かない。オルトリンデもヒルドも同じく倒れ伏し、身動き一つ取れないまでにダメージを負わされた。
竜鎮めし聖女マルタ。竜殺しベオウルフ王。尋常ならざる彼らが呼ばれた理由は明白だ。
「貴女達の……目的は………」
「おうよ。北欧最強と名高い大英雄、シグルド。その討伐だ。俺達が呼ばれたんだ、そりゃ竜を狩る為さ」
シグルドは竜殺しであると同時に竜そのものでもある。
竜の心臓を食べた彼は、竜の炉心を、神々の叡智を得た。
強者を更に最強たらしめる力を有したと同時に、竜の属性もその身に宿る。
それは即ち、逆に竜殺しの対象にもなるということ。
「本当は俺達二人……いや、タラスクを含めれば三体の戦力で北欧の竜殺しを狩る予定だったんだ。俺に、聖女マルタの拳、タラスク。北欧の竜を狩るにゃあもってこいだ」
「あの、私を含めないでくださります? 拳とかよく分からなくってよホホホ」
「大根役者ばりに猫被ってる聖女様はおいといて……理念には反するが、袋叩きを狙っていた」
「では……私…たち……は」
「あいつを釣る餌だ」
ベオウルフは非情にもその事実を突きつける。
敵ではなく、撒き餌として利用する。その為に
己の不甲斐なさに悲しさを通り越して怒りを覚える。何が誇り高き
「しかし、誤算はあった」
本来三体がかりで仕留める手はずだった。
竜を狩るのは竜殺しの役目。より確実な手を使って挑むのが定石というもの。
しかし相手もまた、ただ狩られるだけの竜ではなかったということだ。
忘れてはならなかった。ベオウルフ、マルタが今から狩ろうとしている竜はただの竜ではない。
人型の竜であると同時に、優れた魔術師だったことを。
「まさか……竜がもう一体増えてるなんてなぁ」
ベオウルフは嗜んでいた葉巻を噛み砕き、立ち上がった。
敵影あり。それも、二つ。
炭化した場所に堂々と姿を顕わした二人の戦士。
この見晴らしのいい場所では奇襲もできぬと踏んで正面から来たのか、それとも性分故に真っ向から現れたのか。どちらにしても清々しい闘気。これは出迎えなければ罰が当たるというもの。
ベオウルフはもちろん、マルタ、タラスクも迎え撃つ形で前に出た。
彼らは自然と横一列となり、その姿はまるで決闘を待つかのコロッセオの闘士のようだった。
「(人型の竜とはよく言ったもんだ)」
ベオウルフはゆっくりと近づく二人の存在を感じ取り、舌を巻く。
ドラゴンとは巨体で、力強く、それでいて圧倒的な畏怖を齎す存在。
しかし人の形をしたソレらは巨体に在らず。されども、ドラゴン特有の圧を持つ。
これは竜殺しの英雄であるからこそよく感じ取れる感覚だ。
竜そのものが人の皮を被った化物。竜の力を用いて、なおかつ人の技量を持つ者。
ドラゴンよりもなお厄介な相手だと理解できる。それも二人。どちらかがシグルドであることは間違いない。であれば、もう一人は誰だ。何者だ。
そして遂に、二匹の人の形をした竜はベオウルフ、マルタの眼前まで辿り着いた。剣を抜いて振り下ろせば優に届くだろう距離。
そんな距離の中で四人の戦士は目を逸らさずにいる。
暫しの沈黙。そして表情も読め仮面の男がこの場で最初に開口する。
「既に知れているが故に名を語ろう。当方はセイバークラスによって現界した者。真名シグルド」
「ほう……アンタが」
黒装束に身を包み、仮面で顔を隠している男がシグルド。
なるほど、先ほどまでは気付かなかったが、この距離だからこそ分かる。彼からは同郷の匂いが、更に言えば確かな北欧の神の神性を感じる。偽っているわけではなさそうだ。
「なぁライダー。そこで倒れてる
「良いでしょう。かくいう私も、真名を知られたからといって困ることなどありません。正面からねじ伏せれば済む話ですから」
元より正体を隠して戦うというのも好きではない。名乗られたら名乗り返すのも王としての務め。
「バーサーカーのクラスにて召喚された。真名ベオウルフ。良き闘争を」
「ライダークラスに選ばれました。真名マルタ。お手柔らかに」
ベオウルフとマルタ。二人は真名を自ら明かした。
その名を聞いたシグルドともう一人の剣士は成程と言わんばかりに頷いた。
「竜を殺した者が竜殺しと戦うことになるとは……因果、だな」
「その為に俺達は召喚された。人にして人ならざる英雄を狩る為に。だが、そちらの竜の匂いがする戦士は話になかった。あんたが召喚したのか?」
「肯定する」
「ほう。それで、その戦士は真名を名乗らないのかい? あんたも、俺達も、全員が真名を口にしたが……それとも、言えない理由でもあるのか。例えば、かのアキレウスのように真名がそのまま弱点が露呈する、なんてな」
安い挑発だ。言ったベオウルフ本人が内心で苦笑する。
英雄の自尊心を燻る煽りなんて元来ベオウルフが口にしたことはない。きっとローマの知将カエサル辺りが聞けば鼻で笑われるだろうカマかけだ。
それでも180cmは優に超える白髪の戦士は静かに頷き、そして―――。
「申し遅れた。我が名はジークフリート。セイバーのクラスによって現界した。かの大英雄ベオウルフ、聖女マルタと刃を交えられるこの一時に感謝を」
不敵な笑みを浮かべていたベオウルフはつい目を見開いてしまった。
じっくりと此方の様子を伺っていたマルタも一瞬で雰囲気が変わった。
「(ジークフリート……あの不死身の竜殺しジークフリートか!?)」
ベオウルフは危うく声を上げて驚きそうになった。
いや、改めて思えば合点はいく。
竜の血を浴びて不死身となった男の伝承は、北欧神話のシグルドの伝承と似通っている。その魂そのものが同じく似ているのであれば、シグルドが召喚した際彼が呼び寄せられるのも道理。
「おいおいこんな安い挑発に乗ってくれるなんてお行儀がいいってもんじゃねぇぞジークフリート。その真名が露呈する意味はあんたが一番分かっているはずだ」
ベオウルフもマルタも真名が知られたところで大きな問題はない。しかしジークフリートは違う。真名を知られることの重みがまるで違ってくる。
彼は、不死身だ。不死身だが、ある一部だけは生身の人間と大差はない。
真名が知られるということは、その致命的な弱点が浮き彫りになることを意味している。
挑発に乗って口にするほど軽いものではないはずだ。
「いや、ただ俺は俺の矜持に従ったまでのこと。そこの聖女マルタの言う通り、真正面から捻じ伏せれば問題などない。そう、思ったまでのことだ」
「「――――」」
これは煽りか。否だ、彼は心の底からそう思っている。だから嫌みが感じられない。
あまりの素直さにベオウルフもマルタも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
シグルドばかりが獲物だと思っていたが、いやはやどうして。
この闘争は、間違いなく御馳走だ。グレンデルとの戦いよりも、名もなき火竜との戦いの時よりも、心の底から歓喜できる、最高の戦いになるとベオウルフは確信した。
「ククッ」
「あはははっ」
笑え。笑ってしまえ。
これは良い、最高の獲物だ。最強の敵だ。
ベオウルフも、マルタも、闘争本能が高ぶってきた。
そしてそのボルテージが頂点に達した時こそ。
「「上ッ等ッッ!!!」」
開戦の合図となる。
後にその戦いを見届けたスルーズは語る。
あの戦いは、まさしく新たな【神話】であったと。