死がふたりを分かつまで   作:ナイジェッル

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第14戦:ドラゴンライダー

 「タラスクッ!」

 

 開戦にて一番手を務めたのはシグルドでも、ジークフリートでも、ベオウルフでもない。

 肩書では誰よりも争いに向いていないと思われた聖女マルタだった。

 その凛とした声は炭化した一帯に満遍なく響き渡り、兵士達の奮い立つ怒声のものとはまた別の品格すら感じられる開戦の合図。十字の杖の切っ先は迷いなく竜殺しの大英雄二人に向けられ、その声に真っ先に続く者は常に決まっている。

 

 「■■■■■■■ッ!!!」

 

 竜の判断は迅速だった。タラスクは即座に己の甲羅に頭と六肢を引っ込め、猛スピードで回転しながら宙を舞った。脚を引っ込めた殻の穴からはジェット機構さながらの魔力噴射。竜の炉心を持つであろう竜種ならではの魔力量の暴力。あの六つの穴一つ一つが一種のスラスターの役割を担い、更に回転速度を上げて飛行するという竜殺しの二人も見たことのない奇天烈な飛行方法。物理法則ではまずありえないのだが、彼こそは神秘色濃く残していた神代の申し子。そのような法則には縛られない。

 

 「圧壊!」

 「■■■!!」

 

 マルタの指示にタラスクは呼応する。

 遥か上空まで上昇した竜はそのまま勢いを殺さず、彼ら目掛けて落ちて―――否、突進を仕掛けてきた。

 巨大な甲羅が音速を超えて飛来するその光景はまさしく大きな壁が突っ込んでくるようなものだ。面が広い分、完全に回避するのは難しく、迎撃もまた堅牢な甲羅がある為に容易ではない。

 生中な戦士であればこれだけで戦意を喪失する。そも、竜種を相手にするのだ。普通の人間ならばその事実を受け入れられず降伏を懇願してきてもおかしくはない。

 されども彼らが相手するのは天下無双の大英雄。それも竜を殺すことにかけては右に出る者なしと謳われたプロフェッショナルだ。無論、この程度で怖気るほどヤワな男たちではない。

 

 「あれが噂に名高い竜種タラスク。今まで見たどのドラゴン、ワイバーンとも異なるな」

 

 シグルドはその出鱈目な速度で突進してくるタラスクを見上げながら興味深くその造形、能力を観察する。叡智の結晶を通して映し出されるその螺旋の瞳はどこまでも冷静だ。脅威よりも好奇心の方が勝るほどに。

 

 「どう見ても亀に見えるが……そういうものも、いるということか」

 

 ジークフリートは腕を組んでただそこに立っている。両名ともに動く気配がない。

 タラスクはこんな相手は初めてだと内心で思った。この技を仕掛ければどのような者であろうとも回避行動を取る。しかし彼らからは避けようという意思が感じられない。

 

 「シグルド殿」

 「了解した」

 

 ジークフリートの声かけに、シグルドは頷き、短剣を取り出す。蒼き光を灯すその剣は確かに強烈な神秘を感じるが、所詮は剣。まさかあの小さな剣で我が突進をどうにかしようなどというのではあるまいな。

 もしそうなのであれば、実におめでたい頭をしている人間だとタラスクは思う。そのようなもので対処できるほど、竜種の攻撃は甘くなどないッ!

 タラスクは絶対の自信をもって突貫を敢行する―――のだが、予想外のことが起きた。

 シグルドはその短剣を宙に放り、その柄を殴った。アッパーカットの要領で打ち上げられた短剣は回転して突撃するタラスクの甲羅に当たった。ただ、それだけのことだ。それだけのことなのに、その衝撃はタラスクの予想を大きく超えていた。

 

 「――――!?」

 

 まるでマルタに本気で殴られた時のような衝撃。軽く弾いてやろうという思いを真っ向から吹き飛ばす重さがあった。高速回転から生み出される高速飛行は、たった一撃の短剣でバランスを崩されたのだ。そして本来シグルドとジークフリートに直撃する場所から僅かにずれてしまい、何もない大地に激突する。

 結果、大きな砂埃を生み出し、辺り一帯の視界を大きく遮ってしまった。

 

 「■■■■(舐めた真似を)……!!」

 

 誇りある一撃を逸らされた上に、視界を潰すことに利用された。あの二人が余裕をもって動かなかった理由がこれか。この算段を立てていたのか。自分が空を飛び、突貫する行為に至ったところから!すでに!この対処法を思いつき、実行した!!

 屈辱だ。防がれるだけならまだいい。回避されるのも想定内。だが、最小限の動きにより最大限の利用を受けたのであれば話は別だ。幻想種最強の肩書を持つ竜種がこのような恥をかかされては沽券に関わる。

 このまま終わらせてなるものか。すぐに態勢を立て直し、火炎でもなんでも放ち、この砂埃を取り払う。そして今度こそ奴らを潰す。そうでもしなければマルタに顔向けもできない。

 

 「残念だが、貴殿はここで大人しくしてもらおう」

 「!?」

 

 どこからか声がした。されども振り返る余裕すらなく、タラスクの周囲には五本もの短剣が囲いをする形で突き刺さる。自分にではなく、その周囲に? あの瞬間こそ、己に攻撃を仕掛ける絶好のチャンスだったはず。それを押してまで直接攻撃せずに短剣で囲いを作った。いったい何をするつもりだ。

 

 「■■■■!!」

 

 なんにしてもこのままでは拙いことはドラゴンの本能で理解できる。すぐさまタラスクは飛行形態を取り脱出しようとする。制空権さえ押さえればやりようは幾らでもある。だが―――。

 

 「■■!?」

 

 何もないはずの空間にその脱出を拒まれた。このタラスクの巨体をモノともしない見えぬ壁。

 まさかこれは。

 

 「動きを一時止めて思案するか。危機を感じて瞬時に飛び立とうとした行動力を鑑みても知能は高い。聖女マルタが使役する竜なだけはある」

 

 また憎たらしい声がする。その声のする方向に目を向けると、そこには蒼い目を光らせて立つ竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の姿があった。

 

 「この結界は原初のルーンで編まれている。よほどの宝具でもなければ打ち破ることはできん。尤も、竜種である貴殿なれば破壊も可能やもしれんが、暫しの刻は必要だろう」

 

 そんなことは言われずとも理解できる。

 不可視の結界と肉体が衝突した瞬間、分かってしまった。この結界の強度は並大抵のものではない。恐らくは神代に通ずる御業。打ち破るにしても時間がかかる。その間、マルタはタラスクという戦力が削がれる状態となってしまう。

 いつぶりだ。このタラスクが身動きを、自由を奪われたのは。竜種をこうも容易く籠にぶち込む、目の前の男は本当に人間なのか。俄かに信じがたいが、そこでようやくタラスクは理解した。

 脆弱な人の中に極稀に現れる規格外の存在『英雄』。

 マルタがそうであるように、この男もまた埒外の傑物。舐めていたわけではない。油断していたわけでもないが、覚悟が足りなかったのは認めよう。この存在を前にすれば、己の自慢の甲羅も砕かれる覚悟を灯さねば釣り合わないのだと。

 

 「■■■■■■■■■■■■■(何が人間だ、人型の皮を被った悪竜の化物が)

 「当方は人と定義されている。例え竜に言われようとも、な」

 「■■■■■■(竜の言葉が分かるのか)

 「能力の一つゆえ」

 

 ますます竜ではないか。竜の言葉を理解する人の子よ。

 その目はなんだ。螺旋が瞳を形作っているかの如き紋様を持つその眼は何を映している。

 人は、そのような目をしない。少なくとも自分の知る人という種族は、貴様のような冷たき目をする存在ではなかった。

 

 「■■■■■■(なら、これだけは言ってやる)

 

 竜の言葉すらも理解できる竜殺しに忠告する。そう、これは忠告だ。決して負け惜しみではない。

 

 「■■■■(姐さんは)……■■■■■■■(俺がいなくともヤベェお方だ)■■■■(俺を一時的に)■■■■■■■■(封じた程度で勝った気になるなよ)

 「姐……?」

 

 タラスクの聞きなれぬ「姐さん」という言葉にシグルドは一瞬だけ意識を向けた。

 その一瞬を彼女は決して見逃さない。

 

 「よくもうちのタラスクを籠に入れてくれたわね!」

 

 ドスの籠った声でシグルドの背後に現れたのは聖女マルタ。

 振りかぶるは十字の杖。

 装飾もさることながら、その杖は宝具に勝るとも劣らない神秘を宿している。

 それを彼女は―――躊躇いなく、鈍器の如くシグルドの頭に叩き込んだ。

 

 「チィッ………」

 「この膂力。貴殿、聖女でありながら闘士か」

 

 マルタは大きく舌打ちをする。

 確かに頭を狙って叩き込んだが、寸でのところでシグルドは片手でその杖を掴んだ。

 自慢の一撃を防がれた。それにこの杖から伝わる竜殺しの筋力、勢いの乗った殴打を難なく掴む握力。その全てが明らかに人界の域を超えている。

 

 「不意打ちを狙った一撃だろうに、敢えて攻撃宣言を口にする。聖女マルタは正々堂々……もしくは、裏をかくということが苦手な人種とお見受けするが、如何か」

 「ふんっ。私は聖女と言うにはあまりにも未熟。己を清くなどとは思っていません。それでも、皆が聖女として私を慕ってくれるのなら、それに恥じない行いをするだけです」

 「聖女は杖を振り回しはしないと思うが」

 「それはそれ。これはこれです。私のようなひ弱な女でも自衛できるという証明とでも思ってください」

 「………そういう、ものか」

 

 それにしてはマルタが持つこの力はなかなか強い。ライダークラスでなければ更に筋力の能力が上がりそうなものだが、そこは敢えて言わぬが華。悪意のない賛美が時に相手を怒らせる時もある。

 シグルドはただの戦士として接しよう。戦場においては女も男もない。全ての命が等価で傷つき、消え去るものなのだから。

 

 「このマルタ、第二の生にて第二の竜退治を成して魅せましょう」

 「ほう」

 「ただし、今度の竜退治はかつての十倍は荒くなりますが」

 

 マルタの腕に力が入る。この人の形をした竜は、自分を律し続けて倒せるほど甘くはない。ならば、最初から全力で倒しに行くしかあるまい。聖女としての面だけではなく、一人の女としての面だけではなく、竜を制した存在として。

 

 「ご容赦くださいな!!」

 「ぬ……!?」

 

 マルタはそのまま杖を振り抜き、シグルドを吹き飛ばした。まさか更に威力が上がると思わなかったシグルドは宙を舞うが、すぐに態勢を立て直して難なく着地しようとする。しかし、それをマルタは許さない。

 

 「そこ!」

 

 マルタは祈り、対象の着地地点の空間を歪ませる。

 咄嗟に短剣を構えて防御態勢をも取るシグルドだが、遅い。

 

 「食らいなさい!!」

 

 マルタの指定した空間は大きな破裂音と共に爆散する。これが聖女マルタの奇跡の一つ。

 杖が定めた空間に歪みを発生させるほどの祷り。それを前にすれば回避も困難。着地狩りを狙って放てばこれこの通り。かの竜殺しと言えども回避はそう簡単ではない。

 

 「タラスクは今のうちにその結界を破壊しなさい。ひたすら暴れ続けたら幾ら強力な封印術も綻びが生まれる。さっさとその檻から出てこなかったから拳骨食らわせるわよ!」

 「■■■■(了解しましたー!!)!!」

 

 タラスクは再度突貫形態に移行し滅茶苦茶に暴れ回る。このままタラスクが解放されればマルタも真名解放が行える。そうなれば一気に畳みかけることもできるのだ。

 現状、あのシグルド相手にマルタ単体で挑むのは幾らなんでも無謀が過ぎる。ベオウルフの援護があればまだ話は違っていたのだろうが、その相棒も分断されていてサポートを受けられない。彼方も彼方で相手があのジークフリート。恐らくマルタの援護まで手は回らないだろう。

 

 「なるほど。十字架を掲げて祈ることにより生まれる魔術式。見たところ発動するまでの過程は皆無。結果だけを発生させている。故に初見での回避は困難を極める。躱し切れぬわけだ」

 「普通に無傷で喋らないでくれる……結構手応えあったのに」

 

 何食わぬ顔で魔力が爆散した場所からシグルドが姿を顕わす。

 よく見ても埃が微妙にその衣類についているだけで、ダメージらしきものが見当たらない。

 

 「(あの攻撃では決定打にならないか)」

 

 何かしら防御宝具があるのか、それとも単純に頑丈さもサーヴァントの中で最上位か。どちらにしても化物じみている。

 マルタは炸裂させたのだ。祈りを、魔力を。シグルドはそれに直撃した。であれば手傷の一つや二つ期待してもいいものだが、ああも無傷で何食わぬ顔で対応されては十字架も泣くというもの。いや別に攻撃の為にあの人から託されたものではないから泣きはしないけども。

 

 「貴殿は何故ブリュンヒルデの召喚に応えた」

 「私は世界を救いたいって本心からの願いを聞き入れたから応じました。まさかこんな仕組みになってるなんて予想外ですが」

 

 世界を救いたい。人類を救いたい。その純粋な願いを受け取ったからこそマルタは召喚に応じた。しかし蓋を開けてみれば神霊ブリュンヒルデの人類統制の足掛かりに使われるための召喚。純粋な願いであるのは間違いなかったが、そこを知らずに釣られたのだから呆れられても文句は言えない。

 

 「ならば尚のこと、彼女に従う道理が欠ける。聡明な貴女であれば分かるはずだ。このままこの特異点が膨張すれば、元の汎人類史にも影響が出てくる」

 「分かっています。そのようなことは。ですが、ええ。悔しいことですが、サーヴァントとして呼ばれた私は純粋に逆らえない。令呪を超える命令権が肉体に宿っています。思考も、体も、貴方達を排除することに徹底してプログラムされている。ベオウルフもそうでしょう」

 「貴殿らほどでも、か」

 「彼女は完全に神霊の時代に戻っている。否、ifなる彼女は神霊の力が継続している。一介のサーヴァントが、ましてや召喚の招きに応じたサーヴァントが抗える術はありません」

 

 マルタは杖を手放し、シグルドの前に出る。

 武装を解除したということは、降参の意味か。それとも。

 

 「だから、せめて貴方達を見定めます。神に挑むのですから、私達に負けるようでは夢のまた夢。そうは思いませんか?」

 「………不器用なお方だ」

 「これが性分ですので。どうせ逆らえないのなら、逆らえないなりの足掻きをします。どうか」

 

 マルタは拳を握りしめる。

 

 「世界を救うに足る勇者か、私達に証明してください。英雄シグルド」

 

 杖はマルタの力を律するもの。

 杖はあの方から託されたもの。

 杖はお淑やかであれと願われたもの。

 それを離したのであれば、答えは一つ。

 本来のマルタが再び力を示されるということだ。降参の意などであるものか。

 

 「モーセ様。ヤコブ様。お許しください―――」

 

 杖を置いたマルタに残されたものは、ただ純粋な武のみ。

 そこには相手に対する憐れみはなく、慈悲もない。聖人としての役目を一刻のみ薄め、拳を使わねばどうにもならぬ強者と認めたが故に。

 竜の鱗を剥がし、竜の肉を断ち、竜の甲羅を粉砕するマルタが本来持っている力の全力開放。

 この力を前にタラスクも轟沈した事実を知れ。

 

 「このマルタ。拳を解禁します」

 

 その拳は、竜をも挫く。

 

 

 

 

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