死がふたりを分かつまで   作:ナイジェッル

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第15戦:愛知らぬ哀しき竜よ

 伝承上において、聖女マルタはベタニアという町で生まれ育ったどこにでもいる町娘として生を受けた。その時点では神の血を引いているわけでも、特殊な王族の元で生まれたわけでもない、ただの人間だ。

 その何処にでもいる町娘は、救世主の言葉に導かれ、信仰の果てに世界有数の聖人となった。

 竜を鎮めたのも争いを生む武力ではなく、一切の不浄なき祈りによるもの。それがシグルドの知る旧約聖書の聖女マルタだ。

 

 「認識を改めねばなるまいな」

 

 シグルドは今目の前にいる聖女マルタを見て、そう言わざるを得なかった。

 杖を手放した彼女は拳を握り、脇を締め、隙のない格闘家さながらの構えを取っている。

 拳を交えるまでもなく、理解できる。その様は武闘家の見様見真似ではない。形だけのこけ脅しでもあるものか。体の重心の置き方は女性の体格を考慮されており、理に適っている。この一瞬一瞬においてもブレは見られず、足の運びも上等なもの。恐らくは何かしらの武術を基にしている。それも、かなり歴史のある古代の闘法。

 

 「認識を改める。貴方は今、そう言いましたね」

 「無論だ。その姿を見せられては、もはやただの聖女とは思うまい」

 「なら、貴方も見せなさい。貴方が持つ闘法を」

 「む?」

 「とぼけるのは無し。私が貴方の拳に気付かないと思って?」

 

 マルタは気付いていた。英雄シグルドが剣を振り回すだけが得意の男ではないことを。

 動きを見ればわかった。あの男は、剣士の皮を被っているにすぎないと。

 セイバー(剣の英霊)は皆が皆、騎士であるわけでもなく。ましてや剣のみが戦う手段というわけでもない。

 その本質は、自分と同じ―――拳を武器とする者。

 

 「……了解した。貴殿の誇りに劣らぬよう、当方もまた、拳にて迎え撃とう」

 

 シグルドは指摘通り、本来の在り方を明かすことを決意した。

 戦士たるもの、己の手の内はそう簡単に晒すものではない。

 しかし戦士には時として矜持を示さなければならない時もある。

 今がまさにその時だろうとシグルドは思う。

 彼女は己を試している。

 逆らえない身の上で戦っている今。できることは限られている。その限られた選択の中で、唯一できることが世界の命運を預けるに足るものかどうかの選定。

 さすれば、シグルドもまた、力を見せねばなるまい。

 それが聖女マルタに対する礼儀なれば。

 

 「限定解除」

 

 シグルドは己のマスクを一部解除する。フルフェイスで隠されていた顔の一部が露出する。

 それだけではない。

 シグルド自身の魔力の桁が二つと跳ね上がり、最小限に留めていた鎧の武装も新たに展開される。

 先ほどまでが隠密機動を主とした兵装ならば、今のシグルドの姿はより戦闘に特化させた姿。

 マルタは文字通り魔力の桁が増えたシグルドに対して武者震いを抑えきれないでいた。

 

 「あら、良い面構えじゃない。でも顔をまだ半分隠しているのはシャイだから?」

 

 それでも余裕を崩さない。常に、優雅に、大胆に。これが今のマルタが持つ信条である。

 

 「この姿こそ拳を振るうに最も適したもの。貴殿が望む、最適解だ」

 

 シグルドもまた右手を前に出し、左腕を腰辺りにまで下げて、構えを取る。

 

 「(上等。やってやろうじゃない)」

 

 彼はまだ力を残している。恐らく今の姿が、マルタに出せる力の一端。

 舐められているわけではない。今後の神霊ブリュンヒルデとの戦いを前に全てを曝け出すわけにはいかないという彼なりの配慮。しかし、それでもこのマルタ相手に出し惜しみをしていることに変わりはない。

 確かにこの英雄は神殺しを為せる力があるのだろう。試さずとも、そのくらいは分かる。それでも、マルタにだって意地がある。責務がある。このまま何も手ずから確認せずに散るわけにはいかない。拳を交えてこそ分かることもあるのだ。

 

 「それじゃあ、行くわよ! 優男ッ!!」

 「此方の戦闘準備は万全である。来い」

 

 まず先行を仕掛けたのはマルタだ。元々勝気な彼女は敵の出方を見るなどというまどろっこしいことはしない。常に全力で捻じ伏せる。それができてこそ聖ヤコブ神拳伝承者。

 

 「シッ―――!」

 

 マルタが最初に繰り出した技は右腕から放つ最速の拳、ジャブだ。

 決して勢いをつけず、最小限の動きから放たれるそれは威力こそ微量だが、その初動から拳速まで最も速き拳とされている。なにより最初に相手との適正な距離を測る牽制の意味もあり、次弾の大技にも繋げられる基礎中の基礎。

 更にマルタが放つジャブは人間が放っているものとはわけが違う。人間のプロでさえその極められたジャブの初動からヒットまでのスピードは約40~50㎞とされている。しかし英雄にして英霊にまで昇華されたマルタのジャブは音速を超える。それがサーヴァントという存在であり、人間の埒外にある物理法則から成り立っているが故。

 それでもシグルドは難なくマルタのジャブを裁く。音速の壁を突破した音を鳴り響かせながら放たれた最速の拳を初見にて対処する。これが可能なものは星の数ほど存在する英雄の中でもどれだけいるか。ベオウルフが今の彼を見たら目を輝かせて挑みに行っただろう。

 だが、これに驚いて手を止めるほどマルタも愚鈍ではない。この程度の拳が捌かれるのは想定の範囲内。むしろジャブ程度ちゃんと対応してもらわなければ肩透かしもいいところだ。

 しなやかな脚から生まれるステップを小刻みに刻み、一定の距離間を保ちながらジャブを連続で数発見舞う。隙が少なく、連発できるのもジャブの魅力の一つ。

 シグルドはこれも余裕をもって捌いていく。

 

 「(恐ろしく目が良い……いや、それだけじゃない。動きを予め予測して動いている?)」

 

 こうして拳を交わし合うのは今回が初めてだ。過去、シグルドという英雄と出会ったこともなければ戦ったこともない。そんな初対面であるにも関わらず、予測され、合わされる。まるで鏡とシャドーボクシングをしているかのような錯覚に陥る。

 

 「では、これはどう!?」

 

 そのシグルドの目に向かってジャブを一発。捌かれてもいい、一瞬だけ視界を遮れば事足りる。

 次は、強力無比の左ストレート。ジャブを織り交ぜることで相手を惑わし、視界を遮り、その隙間を縫うように放つ最高の一撃。

 

 「シッ……!」

 「なッ―――」

 

 同じくシグルドは右ストレートを放っていた。しかも狙った場所はマルタの左ストレート。タイミングを合わせてきたのか、あのジャブの応酬をものともせずに。

 マルタの左ストレート。シグルドの右ストレート。

 強烈な拳と拳が衝突し、彼らの周囲を覆っていた砂埃が全て吹き飛んだ。

 

 「痛ァ……!!」

 

 放った拳に装着されていたガントレットに亀裂が入り、苦悶の表情を浮かべたのはマルタだ。

 体格は勿論のこと、筋力においてもシグルドとマルタでは文字通り次元が違う。そういった身体能力が格上の相手にはテクニックで駆け引きをするのが常。真っ向からの力比べなど愚の骨頂。

 それはマルタも理解していた。だからこそ距離を測り、間合いを見計らい、技を交えていた。それをシグルドは彼女のテクニックという駆け引きから純粋な筋力のカチ合いに無理やり落とし込んだのだ。

 

 「(大技狙いのカウンター! それに乗じて拳の破壊ッ! この男、見かけによらず……!)」

 

 狡猾? 卑劣? いや、これはまさに人体を効率よく破壊する術を得ている機械が如き。

 

 「ッ……!!」

 

 一度息を乱したマルタを見逃すシグルドではない。

 これを皮切りに彼は防戦から一気に攻勢に転じた。この男……見極めも早い、先ほどまでの流れを狂わせられる!

 シグルドはステップを刻むのではなく、その強靭な筋力を用いて大地を踏み砕いた。

 地面は大きく揺れ、足場となっていた場所は粉々に割れた。

 態勢を崩したマルタに即死の風を匂わせるボディブローが迫る。

 

 「舐めるなッ!」

 

 マルタは一喝して、なんと態勢を崩したままその一撃を両腕をクロスして受け止めた。

 ミシリと骨の軋む音を立たせながら、それでも折れるには至らず。

 如何な大英雄の拳と言えど、かつて竜を拳で鎮めた聖女の両腕を一度に折ることは不可能。

 マルタはそのまま衝撃を抑え込むのではなく、わざと後方に吹っ飛ばされることにより威力を殺すことを選んだ。ただし、100mを超える距離をだが。

 

 「(なんてバカ力……体ごと持っていかれたけど、それでも距離は取れた。ここからは仕切り直し!)」

 

 良い威力だ。素晴らしい一撃だ。そうでなければこうも遠くまで吹っ飛ばされるわけがない。拳に籠められた想いもいい。彼の純粋さと愚直さが伝わってくるようだ。

 これだから拳の交じり合いはやめられない。信者達にはとても見せられないが、この命の賭けたステゴロは歓喜を隠しきれない。まったくどうしようもない己の業。これで聖女と信じられているのだから聞いて呆れる。

 だが、それでも足を止めるわけにはいかない。理由にもならない。

 

 「ハンッ、楽しくなってきたじゃない!!」

 

 爆速。それはまさにマルタがダイナマイトを爆発させたかのような破裂音を立たせて地面を蹴った。シグルドのように大地を蹴り、相手の動きを封じる為に要するのではなく、純粋に加速する為の手段。それも一度や二度ではない。連続して大地を蹴り上げ、速度を上げていく。

 向かうはシグルド。放つは拳。狙うべきは頭。

 殺意しか籠らぬ狙いを見据えてマルタはシグルドに向かって全力で駆ける。

 

 「―――これは」

 

 シグルドもこれには驚嘆の声を漏らす。

 確かに、これは速い。並みのサーヴァントであれば抵抗もできずに一撃を貰うであろう速度。

 かの人類最速の大英雄アキレウスも彼女の走りを見れば見込みがあると太鼓判を押すだろう。

 

 「しかし、直線的すぎる」

 

 速度を引き換えに失ったものもある。それが敵を翻弄する足さばき。

 如何に早かろうと真っ直ぐ来ると分かれば対処するのはそれほど難しいことではない。

 シグルドは構える。狙うはカウンターによる鳩尾。

 あれだけスピードが乗った一撃だ。このカウンターが決まれば勝負もつくだろうと思っていた。

 その思惑を、マルタは―――超えてきた。

 

 「なに?」

 

 速度に全てを捧げていたと思われた突進の最中、マルタは姿勢を下げ、シグルドの頭ではなく胴体を狙ったタックルに変更した。まさかあの速度の中で狙いを変えてくるどころか、動きに変化を齎すとは思ってもいなかった。

 

 「そぅら!!」

 「ぐォッ!?」

 

 不意を突かれたシグルドは爆速のタックルをその身に受ける。

 この衝撃は悪竜現象(ファヴニール)の頭突きに勝るとも劣らない。

 

 「おらァァァァァァァァ!!」

 

 シグルドの肉体はそのままこの炭化した大地を抜け、近隣の山まで吹き飛ばされ続ける。いや、これはもはやマルタに延々と引き摺られているようなもの。

 マルタはシグルドの胴から離れず、タックルを収めずただひたすら彼の身体を木々や岩にぶち当て、山の麓まで勢いを落とすどころか加速した。

 

 ――――ズドォォォン――――

 

 山の麓に直撃し、巨大なクレーターを山肌に形成するその威力、もはや語るのも馬鹿馬鹿しい。

 これは、英霊どころか幻想種であっても挽肉(ミンチ)必至の猛撃。無事で済むはずがない。

 

 「………化物ですか、貴方は」

 「それは、此方の台詞だ」

 

 クレーターを形成した山肌からはパラパラと小石が落ち、静けさを取り戻した世界で、シグルドとマルタはいた。二人そろって土砂やら切傷やらで汚れているものの、人の形をしていた。そう、あれだけの攻撃を受けてなお、シグルドはまだ人の形を保っていたのだ。

 マルタは反撃が来る前にシグルドから離れ、構えを取り直す。手応えはあった。あってこれなのだ。常識が通じないにしても限度があるだろうに。

 

 「随分と引き擦り回してくれた」

 

 山の壁に埋め込まれたシグルドはゆっくりと動き出す。その足取りからは深刻なダメージを受けている風には見えない。ただのやせ我慢が、本当にダメージが入っていないのか。

 どちらにせよ、まだ余裕を見せることができる余力があるということだ。その事実に変わりはない。

 

 「なんてタフネス……」

 「体の頑丈さで言うならば、ジークフリート殿には遠く及ばない」

 「言葉を失うわ、貴方達の出鱈目さには」

 

 恐らくシグルドは筋力及び耐久力が人類史の中でも頂点に位置する一人。生中な攻撃など通じるはずもなく、逆に一撃貰えばそれ即ち致命傷に繋がる痛手となる。

 

 「でも、こちとら硬い存在を砕くのは慣れっこだっつーの!」

 

 マルタは破壊された拳を握りしめて再度迫る。

 シグルドという男がサーヴァントの中でも飛び抜けた耐久力を持っているのは理解した。

 ただ、それだけだ。

 マルタは生前からタラスクの最硬の甲羅に数えきれないほど拳をぶつけ鍛えてきた。そのたびにタラスクが涙目になってた気もするが、涙目になるということは効いていたというこうことに他ならない。つまりマルタの拳は大方のサーヴァントに効く。少なくとも防御宝具を持たない相手ならば、効かないなんてことはあり得ない。

 

 「(せい)ッ!」

 

 マルタは跳躍し、回し蹴りをシグルドの顔面目掛けて放つ。

 脚による一撃は、拳の一撃よりも威力は高い。あの鍛え抜かれた足から放たれてる回し蹴りは直撃したら脳を揺らされるどころではない。生中な人間であれば首から上が消えて無くなるだろう。

 シグルドであれば堪え切れたかもしれないが、それでもバカ正直に受けるなんて命知らずなことはしない。どの攻撃も直撃する前に腕で防ぎ、弾き、そして追撃を加えるのみ。

 マルタの脚撃であってもシグルドの防御は突破できない。そんなことは、マルタも理解している。何も初撃で決めようとしなくてもいい。格闘において要たるはその次、その次に繋げていく連撃だ。

 

 「(せい)やァ!!」

 「……!」

 

 回し蹴りを弾くと、間髪入れずにその反動を使って更なる脚蹴り。これもまた頭を狙ったもの。大振り故にカウンターも狙えるかと思っていたシグルドだが、想像以上に一撃一撃の隙が少ない。そしてこの威力。鎧を通してでも伝わってくる衝撃は超人的な膂力を持つシグルドであっても無視できるものではなかった。

 

 「重く、いくわね!!」

 

 流れるような追撃。今度は裏拳突きが放たれる。

 

 「ふッ……!!」

 

 シグルドはそれに合わせて正拳突きを放った。

 マルタの裏拳突きは予め予測できていた。マルタの筋肉の肉付きを見れば上半身、腕部をより重点的に鍛え上げられているのは分かっていた。その為に脚も、体幹も土台となるよう作り上げられていることも。

 連撃は確かに息つく暇もない美しいものだが、何がくるかを予め予知していれば、それに合わせてカウンターを用意できる。今度こそその血だらけの拳を使用不可能にするべく。

 

 ゴキンッッ!!

 

 拳と拳がぶつかり合った音とは思えない異常な衝突音。マルタの拳からは歪な音が聞こえてくる。骨が砕ける音だ。先ほどの拳の破壊を超える、複雑骨折に至る致命的な結果。これによりマルタの拳は―――。

 

 「その拳、欲しいならくれてあげる!!」

 

 生きていた。複雑に、細かく、骨が出るまで破壊されたはずのマルタの拳はどういう原理か手を広げ、シグルドの拳を受け止める形で縫い留めた。

 シグルドがマルタの裏拳突きを予知していたように、マルタもまたシグルドのカウンターを読んでいた。読んでいた上で右の拳一つ犠牲にしてシグルドの拳を封じたのだ。しかしその痛みは尋常なものではないはずだ。サーヴァントとはいえ痛みは感じる。肉がへしゃげ、骨が飛び出るほどの損傷は脳にも甚大な衝撃を与えるはず。それを覚悟で、この聖女は放ったというのか。

 

 「喰らいなさい。私の、特大ハレルヤを!!」

 

 本命は、右腕から放たれる裏拳突き。これが本命か。

 左腕を犠牲にして次に繋げる玉砕覚悟の一撃。それは決して侮れるものではなく、タイミングも完璧故に対処できる代物でもなかった。甘んじてシグルドはその一撃を受け入れることを望んだ。

 彼女が狙った部位は我が心臓。竜の炉心が稼働する霊核を砕ければ、勝敗は確かに決するのかもしれない。されども、聖女よ。優しき女性よ。貴殿は狙う箇所を誤った。

 

 会心の一撃だった。マルタの拳は深々とシグルドの心臓を捕らえ、撃ち抜いた。右腕を犠牲にして繋げた一撃。シグルドは防御する素振りも見せなかったが、これで詰み。

 普通ならば、そうあるべきなのだが。マルタは確信する。

 

 「貴方……この、心臓は!」

 「如何な貴殿と言えども、他者にその部位を長く触られるのは抵抗がある。下がられよ」

 

 心臓が潰された筈のシグルドはまるで効いていないかの如く振舞い、そして返しとばかりにマルタの渠目掛けて蹴りを入れた。胃の中のものが逆流するのではないかという衝撃を受けたマルタはそのまま後方に吹き飛ばされる。

 

 「(なに……あの、心臓は……私が潰した?いや、元々彼の心臓は………!!)」

 

 違和感しかない手応え。答えが見えない。何かがある。

 シグルドの心臓は、普通のサーヴァントが持ち得るものとは何かが違う。

 それは竜の炉心だからとか、特別だからとかではない。そんなプラスに働きかけるようなものではなく、呪いに近い何か。それにしては呪詛のような悪意はなく、むしろ呪いであれば先ほどの聖なる魔力纏いし裏拳突きで浄化されるはずだ。

 

 「貴方……元より心臓に致命的な欠陥を抱えていたのね」

 

 蹴りを撃ち込まれた渠を庇いながら、マルタはゆっくりと立ち上がる。

 拳が彼の心臓に触れた時。血の温かさではなく、炎の熱さを感じ取った。

 それが何を意味するのかは、マルタは理解した。

 

 「否。欠陥という認識は誤認。我が炉心は常に正常に機能している。先ほどの一撃も、治癒のルーンによって即時修復したに過ぎない」

 「……そう。口にするのは無粋。きっとその心臓は、貴方にとって特別なものなのね」

 「多くは語れぬ我が信条。それを汲み取る貴殿の度量に感謝を」

 

 マルタはそれ以上、詮索するのをやめた。

 大事なのは彼の心臓を潰しても彼は決して止まらないということ。

 彼の肉体に隠された真意ではなく、敵としてただただ倒す手段を模索しろ。

 

 「ライダーの霊基で貴方に挑んだところで勝機は見えない。さっきまでの拳のやり取りで実感しました」

 

 ルーラークラス、もしくは三大騎士クラスのどれかに該当していればもっとマシだったのだろうが、騎乗兵として召喚されている今のマルタでは白兵戦においてシグルドには敵わない。それを肌で感じ取れた。このまま続けても待っているのは敗北の二文字。

 であれば、そろそろ決め時だ。

 

 「最大火力で勝負を決めましょう……タラスク!!」

 

 山を揺るがすほどの怒声。そして後から聞こえてくるスラスターの轟音。空を仰げば猛スピードで向かってくる円盤状の飛翔体が目に入った。あれは、先ほどまで封印されていたマルタが従えている竜タラスク。

 

 「■■■■■■(おまたせしました姐さん)

 「来て早々悪いんだけど、仕掛けるわ」

 「■■■■■■■(仕掛けるって、まさか)

 「ええ。拳を交えて分かった。あの男には、最強の一撃が相応しい」

 

 ジャブでは話にならない。ストレートでも捌かれる。また蹴り技をしようものなら此方の機動力を殺す為に容赦なく折ってくるだろう凄みもある。ならば、答えは一つだ。英雄であれば、この一撃に誇りを乗せ、打ち倒してこそ。

 

 「来るか……」

 

 シグルドもまた、構えた。

 何が来るか予想できたが故に。

 またそれを真っ向から迎え撃つ為に。

 

 「この威、この業を持って貴方の裁定を行います」

 

 マルタの内から膨大な魔力が膨れ上がる。

 この兆候はサーヴァントであるならば、宝具解放に他ならない。勝負をつけにきている。

 

 「タラスク!」

 「■■■■(了解)!」

 

 マルタはタラスクの背に跨り、タラスクもそのまま空へ上昇する。

 距離を取って態勢を整えるのではなく、あれも一つの攻撃に移る前段階。

 

 「あれがドラゴンライダー……竜と人が心を通わせ、竜種に騎乗する稀有な才能」

 

 本来竜種とは誰にでも乗れる存在ではない。シグルドも人の造形物、馬などの動物、神の使いたる神獣は乗りこなせることはできるが、竜種を乗りこなせることはできない。

 竜を殺せても、竜と心を通わせることができなかった者が竜殺しならば。

 竜を殺さず、竜と心を通わせることができた調伏師の面を持つ慈悲深き者のみの特権。

 優しき心を持つ聖人。シグルドにはない、マルタの持つ力。その能力に、シグルドはふと笑みを浮かべてしまった。

 

 「(これから自分を滅しに来る者を前に、笑みなどと)」

 

 ああ、笑えるほど羨ましくも思ったのだ。

 弟の仇を討つために神霊を捕らえ、天界に牙を向いたあの悪竜現象(ファヴニール)とも、もしかしたら和解の道があったのかもしれないと馬鹿な妄想を考えてしまったほどに。

 

 「愛を知らない哀しき竜……ここに」

 

 空を見上げればマルタがまたあの十字の杖を手にしているのを見た。

 そして、その杖で。

 

 「星のように! 愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)!」

 

 高速回転するタラスクの甲羅をこれ以上にないほど力強く殴打した。

 竜の炉心からくる魔力のジェット噴射で推進力を高められたスラスターに、聖女マルタの膂力が組み合わさり、更にタラスク自身の重量でかかる重力の重みが重なる。

 倍々効果から生まれるその一撃は対軍宝具に相当する。竜属性を持つシグルド相手ならば、その殺傷力も高まるだろう。

 あのようなものをマトモに喰らえばシグルドとてただでは済まない。だからこそ、シグルドも選ぼう。あの一撃もろとも、敵を殲滅する手段を。

 

 「絶技用意」

 

 眼前に召喚するは魔剣の頂点グラム。

 原初のルーンにより空中にグラムを固定し、標準を定める。

 今からこの魔剣は剣としては使わぬ。剣ではなく、弾丸として使うのだ。

 これがシグルドが生み出した最適解。魔力砲で敵を屠るのではなく、刺し抉る魔弾で貫く。

 

 「太陽の魔剣よ、その身で破壊を巻き起こせ」

 

 聖女がドラゴンを鎮めた清きものなれば、我が身は竜を惨殺せしめた魔剣使い。

 聖女マルタに賞賛を。聖女の伝承に敬意を。

 されども、その在り方そのものが竜殺しとは相容れぬ。

 

 「壊劫の天輪(ベルヴェルク・グラム)

 

 竜よ、滅ぶべし。

 竜殺しの魔剣はただその事実のみを語る。

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