死がふたりを分かつまで   作:ナイジェッル

20 / 31
第16戦:鉄鎚蛇潰

 シグルドとマルタの戦闘が激化する最中、ジークフリートとベオウルフもまた、刃を交えていた。

 その剣檄の応酬はまさしく大英雄と大英雄のぶつかり合いに相応しく。一撃一撃が余波で大地が抉れていく。もし近くに生物が存在すれば、それはただの余波のみで四散する羽目になるだろう圧倒的な武力の衝突。

 二人はシグルドとマルタのいる場所から遠ざかりながら戦闘を繰り広げている。おそらく互いに相棒の戦いを邪魔しない配慮もあってのことだろう。それでも移動しながら周囲に破壊を巻き散らすその様はさながら災害に等しい。

 ベオウルフは歓喜した。あまりにも上質な敵に闘志が震えていた。

 元々たった一人の敵を数人で袋叩きにする命令自体がいけ好かなかった。肉体と心を完全に掌握されようとも、闘争本能だけは護りたかった。その願いは、叶った。叶ったのだ。今こうして大英雄ジークフリートと剣を交えることができる僥倖に感謝すら覚えている。

 

 「おらァ!!」

 「はぁァ!!」

 

 ベオウルフの紅き魔剣が、ジークフリートの白き魔剣がぶつかり合う。

 見よ、ジークフリートの鋭き剣閃を。

 類まれない天武の才、鍛え抜かれた洞察力。未知なる敵との戦闘経験。

 その全てが彼の剣には籠っている。籠っていなければ、ベオウルフの太刀筋など見切れるはずがないのだから。

 

 「(ハッ、これがジークフリートの剣かッ!この最適解を悉く捌いてやがる!!)」

 

 実のところ、ベオウルフは剣術に長けているわけではない。大英雄たらんとする最低限のものを有しているが、同格のものとの戦いとなると一歩劣る程度。それは他でもないベオウルフ本人が認めているところだ。

 所詮、ベオウルフにとって剣などは自身の最優の武具でもなければ誇るべきものでもない。

 それなのに何故ベオウルフがこれほどまでの剣檄を放てるのか。ジークフリートの剣と互角に渡り合えるのか。

 その答えは、ジークフリートもすぐに辿り着いた。

 

 「その剣技、まさか……」

 

 ジークフリートは打ち合う中でベオウルフの筋力の動き、繰り出される型を観察し、理解した。

 ベオウルフは力強く、ただ力強く剣を振るっているだけだ。そこに技術も研鑽もありはしない。

 それでいてこの明確で鋭利な太刀筋。明らかに矛盾している。

 であれば、答えは絞られてくる。不可思議な現実とは、常に神秘に通ずるのだから。

 

 「その紅き魔剣によるものか!」

 「ご名答!」

 

 ベオウルフが持つ紅き魔剣が一振り『赤原猟犬(フルンディング)

 この魔剣は所有者にとって最適解の斬撃を自動的に繰り出せる代物だ。

 ベオウルフの驚異的な膂力が加味されたそれは、ただの剣檄に非ざず。敵の武器をそのまま叩き潰す防御不可の絶対的な破壊を招くもの。そう、本来はそのような代物のはずなのだ。

 

 「俺の魔剣と俺の膂力。その両方を掛け合わせた斬撃をここまで対処できるやつァそう多くねぇってのによ! こいつはベオウルフの立場がねぇなオイ!!」

 

 武器ごと粉砕するはずのそれを、ジークフリートは耐え抜いている。一撃一撃をいなした上での反撃。それまではいい。問題なのは、ベオウルフの剣閃をわざと攻撃を受けた上で強力なカウンターをしかけてくるその異常なまでの肉体の堅牢さだ。

 

 「それにその体くそ硬ェな……俺の自慢ってほどでもねぇが魔剣の一撃をまともに食らって掠り傷一つで済むか普通? いや実際に打ち込んでみると、なるほど。確かにこいつは不死身の英雄だ。死ぬことがねぇんだからよ」

 

 おそらくある一定のランクに到達していない攻撃は全て問答無用で無力化される。一部の手応えがまるでなく、傷一つついていないのがその証明だ。

 仮にその一定のランクを超えた一撃を直撃させてもダメージは微々たるもの。本来ならば致命傷に届くはずの攻撃は減算され、微小のダメージに留まっている。

 これがジークフリートの不死身の正体。生中な攻撃をシャットアウトする超硬度の防御圏。

 あの鉄壁の護りに例外があるとすれば、それこそ背中の一部のみ。伝承通りであればジークフリートはその箇所だけは生身の人間のままのはず。

 

 「(いや、背後を取るのは普通に無理だな)」

 

 数十にも渡る打ち合いをすれば嫌でも分かる。あの大英雄が容易く背後を取らせてくれるとは到底思えない。当然警戒もしているだろう。来るとあらかじめ分かっているのであれば、それこそカウンターの餌食にもなりかねない。

 

 「(へっ。自分の真名をバラしても平気って面をするだけはある)」

 

 弱点を知られたところで大差はないのだ、あの男にとって。

 ただ真正面から戦うだけならば当然のように圧倒すれば事足りる。

 背後を取らせる余裕も、隙も、一切与えないという自信の表れ。

 

 「では、種が割られたからには戦い方も変えよう」

 

 その言葉を皮切りに一気にジークフリートの戦い方は変化する。

 

 「おいおいマジか……!」

 

 先ほどまでジークフリートはベオウルフの攻撃を剣で弾けるものは弾いていた。しかし彼はいきなりその防御を捨てた。まるでベオウルフの剣檄に目もくれずに前進し、より力の籠った一太刀を繰り出してくる。

 

 「これが本来の竜殺しジークフリートの戦い方か!」

 

 剣で弾かずともその肉体は剣を通さない。通したとしても掠り傷。その最高峰の硬さを前面に活かした剣。それがこのごり押しとも言える防御不要の突貫。嫌みすら感じられない、清々しいほどまでに単純で、呆れるほど有効な戦術。

 

 「(そこらの脳筋の太刀筋ならばまだ脅威とは言えんが、この戦法をジークフリートほどの英雄が行ってくるのは流石に反則じみてやがる。こっちは一撃でも貰えば致命傷。対して奴は軽傷以下の掠り傷。バケモンの戦い方だぞこれは)」

 

 人型の竜がどれほどのものかをその身をもって体験している気分だ。

 自身の一定以下の攻撃は無効化されるのに、彼方側は一方的に攻撃を放てる。

 これほどバカげた戦いはない。

 しかし、こちらとて竜殺しを成した者。生前老いても竜を屠れるのならば、全盛期に当たる今の我が肉体も当然、竜を屠れて然るべき。

 

 「(貴様は確かに強い。だが、その戦法は俺にとっても好都合だ)」

 

 ベオウルフの宝具はなにも赤原猟犬(フルンディング)だけではない。

 この自動的に最適解の斬撃を繰り出す左手に持つ魔剣は常時発動型の宝具。そしてもう一つの魔剣。右手に持つ『鉄鎚蛇潰(ネイリング)』こそ、英雄の真名を晒すに相応しい真名解放型。

 

 「何かを行う前に押し切らせてもらう」

 「そうツレないこと言うなよジークフリート。闘争は楽しんでこそだ」

 

 生真面目なジークフリートはまるで意に返すことなく斬撃の速度、重さを高めていく。

 それでもベオウルフはこの応酬を嬉々として受け入れる。

 こんな血肉沸き立つ戦いができるとは最高の一言。最初は下らない理由で召喚され、英雄であるにも関わらず世界を守らんとする者と敵対しなければならない立場を恨みすらしたが、この全力で戦える今を想えば帳消しにできて余りある。セイバークラスで召喚されていれば自身の王としての倫理に従い、自決するだろうが、狂うべきバーサーカークラスで召喚されたのならば、思う存分狂戦士として暴れてやろう。

 

 「そら、攻撃が効きにくいからって大振りになりすぎてんぞ!」

 

 ベオウルフは手首に巻き付かせていた鎖でバルムンクの刀身を受け止め、その隙に強烈な蹴りをジークフリートの顔面にぶち込んだ。その結果、ジークフリートの足は地から離れて宙を舞う。あまりにもベオウルフの蹴りが凄まじく、衝撃を殺し切れなかったのだ。

 

 「ただの蹴りじゃダメージは与えられねぇ。それでも衝撃までは無効化できまい!!」

 

 宙を舞うジークフリートの方向にベオウルフは跳び、そこから更に彼の胴体目掛けて踵落としを見舞う。ジークフリートの肉体は弾丸もかくやという速度で地面に激突し、大きな砂埃を上げた。

 普通の人間であればこの顔面の蹴りで頭は砕け、胴体に対する踵落としで真っ二つに割れる。それこそ幻想種の竜種であろうと例外ではなく、絶命させるに申し分のない連撃。

 それでも、ジークフリートを殺すどころか傷を入れられるかどうかも怪しいところ。まさしくその代弁と言わんばかりに砂埃の中から蒼い光が溢れ、ベオウルフを切り裂かんと襲い掛かる。

 

 「(真名解放……いや、これはただの魔力の照射か!)」

 

 向かってくる蒼い光は純度の高い魔力の塊。それにこの感覚、恐らくあの魔力はただのエーテルではなく真エーテルの部類。防御宝具を持つ者でもなければ直撃すればそれだけで致命傷とみた。

 ベオウルフは魔剣を握りしめてその魔力の塊を迎え撃つ。真名解放であればいざ知らず、限定的な魔力照射であればこの程度……!!

 

 「ふんッ!」

 

 紅い二振りの魔剣はその魔力照射を塵へと変えた。宝具としての神秘は真エーテルの乗った魔力照射だろうと簡単に屈することはない。尤も、鉄鎚蛇潰(ネイリング)の方はひび割れが酷くなってきたが。

 砂埃が引いた先には依然軽い切り傷のみのダメージで収まっている竜殺しの姿があった。そしてその両手にはバルムンクの柄が力強く握られ、刀身からは目を潰さんとばかりに眩い光を放っていた。

 

 「我が斬撃、捌き切れるか」

 

 ジークフリートは虚空を斬る。斬った瞬間、蒼き光は剃刀の形に収束し勢いよく弾き出された。

 光を伴う斬撃。先ほどの魔力照射をより殺傷力を高められた一撃。敵を容易く切断する死神の鎌。

 いや、違う。一撃どころかではない。彼は連続してバルムンクを振るい、十数もの光の斬撃を繰り出した。

 

 「ちぃッ! 大英雄サマは中、遠距離もこれこの通りってか!!」

 

 ベオウルフは悪態を吐きながらその光の斬撃を魔剣で捌き、受け止め、どうしても防御が間に合わんと判断した時のみ回避に専念した。あんなもの一発でも貰えば体の一部が切断される。

 

 「うらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 飛び道具がないベオウルフの最善。それは近接戦闘に意地でも持ち込むことだ。

 気迫の乗った勢いでジークフリートの元まで駆け抜ける。

 無論、優位性をみすみす逃すものかとジークフリートも斬撃の弾幕を張ってきた。彼としても近接戦闘を得意とするところだろうが、ベオウルフに中距離、遠距離の武装がないのならばそれを活かさない手はないという判断だろう。

 なるほど。礼儀正しく、そして正々堂々と戦う騎士であると同時に戦場を確実に生き残る戦士としての判断も兼ね備えている。こういうタイプが一番厄介だ。そして、ベオウルフ好みでもある。

 

 「はっはァ!てめぇみたいなやつを、真正面から捻じ伏せてこそよォッ!」

 「抜けてくるか………!」

 

 真エーテルの斬撃の嵐をベオウルフは満面の笑みで潜り抜ける。これにはジークフリートも舌を巻く。かつてジークフリートが生きた時代、あの世界ではこの砲火を前にして軍勢すらも成す術なく瓦解した。それをこの男、ただただ肉体のポテンシャルのみで突破するか。なんという男だ、これが同じく竜殺しを為した英雄の力。

 ジークフリートのバルムンクとベオウルフの鉄鎚蛇潰(ネイリング)は再び火花を散らしてぶつかり合った。完全に間合いを詰められたのだ。

 

 「いよぉ。さっきまではよくも地獄を見せてくれたなぁジークフリート!」

 「それを高笑いしながら突破してきたのは誰だ」

 「俺さ。俺を誰だと思ってやがる、ご同輩!!」

 

 共に人間の身で竜殺しを為しえた者。

 共に国を持つ皇子であった者。

 共に超常なる剣を持ち、振るう者。

 

 「俺は今、この一瞬一瞬が楽しくて仕方がねぇのさ。あんたもそうは思わないか?」

 「俺の剣には世界の命運が掛かっている。愉快などとは、口が裂けても言えるものか……だが」

 「だが?」

 

 ジークフリートはバルムンクを握る柄に更に力が入る。

 

 「ベオウルフ殿。貴方に出逢えたことに関しては、喜ばしいと思う。かのベオウルフ王の闘争をこの身で受けられる名誉、英霊の座の記録に深く刻まれるだろう」

 

 ベオウルフは目が点になった。それは明らかな隙になりかねなかったが、この大英雄から発せられた言葉に不意を突かれたのだ。驚かない方がおかしい。

 

 「……あんたは良い男だ。相手してて小気味好ってもんじゃない。かのクリームヒルトがアンタを失って悲しみに暮れたのも納得ができるってもんだ」

 

 ジークフリートの妻は自らの夫を失い、何年も喪服で生活したという。それはただ悲しみに浸るだけではなく、その最愛の夫の命を奪った男に復讐すると誓った為だと言われている。確かにこの男から寵愛を受ければ、その意気に至るのも頷ける。

 剣技は秀麗。闘気は澄み渡り、それでいて堅実な芯を持っている。そこから汲み取れるジークフリートの誠実な性格。こうして命を取り合う間柄であっても真顔で誉め囃すのはどうかとは思うが、これも彼なりの強みなのだろう。

 

 ビキッ。

 

 不意に不穏な音が二人の耳に確かに入った。刀身が歪み、そしてひび割れる音だ。

 戦場でこの音を聞くということは、終幕が近いということに他ならない。

 

 「……鉄鎚蛇潰(ネイリング)め。遂に限界が近づいてきたか」

 

 これまで幾度となくジークフリートの猛攻を受け止めていた鈍器が如き魔剣鉄鎚蛇潰(ネイリング)。この紅き魔剣は斬撃を受けるたびに刃毀れが起きていた。そして遂にその耐久は底を突こうとしている。折れるのも時間の問題だろう。それこそ数秒後に折れてもなんらおかしくはない。

 傍から見れば、武器の性能差で押されているように見えるだろう。ベオウルフの頼れる武器が、今にもジークフリートの大剣に敗北しようとしているように見える。しかしそれは錯覚だ。これは予定調和に等しい。

 

 「この音こそ、死合いの幕を下ろす鐘の音だ。魔剣ごと両断させてもらう……!」

 「勝ちを急いでもロクなことにならん。爺まで生きた老骨の言葉だ」

 

 二刀流のベオウルフの戦闘スタイルにヒビを入れるのであれば、どちらかの武装を破壊すればいい。ジークフリートの考えは、ある種正しいものだ。誰だって敵の獲物は取り除きたいと思うのは真理。それが宝具であるならば尚の事、何か仕出かされる前に対処しようとするだろう。

 しかし、こうも考えなかったのだろうか。

 英雄の象徴とされる伝説の武具、宝具がこんなに易々と刃が毀れるのかと。

 おかしいと思わなかったのか。あまりにも出来すぎていると。

 

 ―――バキンッ―――

 

 そして、遂に折れる寸前まで傷ついた鉄鎚蛇潰(ネイリング)が折れた。

 ベオウルフの顔はその時焦っていたか? 拙いと冷や汗を掻いたか?

 違う、まるで違う。

 

 「この音こそ、死合いの幕を下ろす鐘の音と言ったな。その言葉、そのまま返すぞ」

 

 己の宝具が折れた時のベオウルフの顔は、まさしく獰猛な獣が、苦労して追いかけていた獲物の首を噛み切る際に見せる狂喜の笑みに満ちていた。

 

 「その不死身、殺させてもらう」

 

 折れた筈の鉄鎚蛇潰(ネイリング)からは、朱黒い魔力が溢れ出し、次第にそれは魔力の刃となって顕現する。

 圧縮された高密度の魔力の塊。今まで容易く刃毀れしていた魔剣とは思えぬ狂ったほどの圧力。

 ジークフリートは総毛立った。この魔剣は、拙い。

 すぐさまバックステップで距離を取ろうとするジークフリート。

 ただ、この瞬間をこれ迄待っていた男がそれを許すと思うなかれ。今更後ろに下がったところで何になる。気付いたところでもう遅いのだ。

 

 「おら、何処へ行くんだい。竜殺しの大英雄」

 「ッ!?」

 

 ベオウルフは分かっていた。鉄鎚蛇潰(ネイリング)の力を目にしたジークフリートが後ろに下がることを。

 予想できていた。あの男が己の不死身を過信せずに回避を選ぶことを。

 理解しているのだろう。今のこの折れた鉄鎚蛇潰(ネイリング)は、その強固な不死性を打ち砕くと。

 だから、仕掛けさせてもらった。ジークフリートの脚に鎖を巻き付け、逃げられないように。

 

 「鉄鎚蛇潰(ネイリング)を折ってくれた礼だ。この一撃、タダで奢ってやる。存分に喰らって逝きな」

 

 

 ―――刹那

 

       紅き閃光が  世界を  染めた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。