死がふたりを分かつまで   作:ナイジェッル

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第18戦:北欧の巨人

 かつては量産型戦乙女(ワルキューレ)の一騎にして現在はシグルドのマスターであるトイネン・アスラウグ。彼女もまた、スルーズの救援の為に戦場に馳せ参じた一人。

 しかし、トイネンは戦地に合流早々、理解した。その身の無力さを目の当たりにした。

 『竜を鎮めし聖人マルタ』『竜殺しの源流ベオウルフ』『北欧神話の竜殺しシグルド』『不死身の竜殺しジークフリート』

 計4騎の竜を制した伝説の英雄たち。その殺し合い。

 もはや、戦いのスケールが違っていた。あの殺し合いの中に参戦しようなどという考え自体が烏滸がましいと断言できるほどの次元違い。たかだか量産型が交えたところで何が変わろうか。むしろシグルド、ジークフリートの足手まといにしかならないと分かってしまう。

 

 「これが……竜殺しの殺し合い」

 

 神霊ブリュンヒルデが構築した戦乙女(ワルキューレ)のネットワークから脱したからだろうか。それともこれが本来自分が持つバグなのか。

 一人の女として新生したトイネンの心の中には確かな畏怖なる念が宿っていた。

 機械的に如何なる相手にも命を惜しまず挑めていた戦乙女(ワルキューレ)の機能が欠落しているのが分かる。

 これが恐怖。人ならば誰しもが持ち得る、当たり前の感情。

 

 「(この世界のヒトは、これほどの恐怖という感情を抱えて戦っていたのですか)」

 

 思い返すは神霊ブリュンヒルデの選定を拒み抗ってみせた人間たちの顔。

 恐らくヒトが戦乙女(ワルキューレ)に向ける感情もこれなる恐怖と同質だとトイネンは気付いた。

 今の自分と彼らとでは決定的に違う何かがある。

 そうだ、彼らは決して恐怖に飲まれていなかった。彼らの表情は恐怖とはまた別の感情が垣間見えていた。

 いったいなんなんだ。こんなにも恐ろしい感情を、ヒトはどのようにして克服している。

 機械然としていた超常の存在であったトイネンは未だその境地に至らず。ただ自身の無力さだけが明確に把握できた。

 

 「……いえ、この自己の問答は今必要なことではない」

 

 焦る必要はない。感情の理解はゆっくりとでいい。今は自分にできることをするだけだ。

 元より己の目的はスルーズ達の救助。そして今の役割はシグルドに円滑な魔力供給を送るタンクとしての機能の維持。どうであれ最低限の仕事を為すことが最優先だ。

 

 「(お姉様達は……いた!)」

 

 力なく倒れ伏している三人の戦乙女(ワルキューレ)。ピクリとも動かず地に這いつくばっている彼女達の姿は言葉失うものがあった。自分のような量産型とは比べ物にならないほどの性能を有しているオリジナルが全員倒されたのだ。それだけでもあの戦いが次元違いであると決定づけられる。

 それでも、彼女達は最後まで戦った。恐怖で足が竦んでさえいたトイネンとは性能以前に違うのだということも再認識させられる。

 トイネンはすぐに三人の元に駆け寄り、無事を確かめる。

 

 「スルーズお姉様、ご無事ですか!」

 「う………トイ…ネン……?」

 「良かった、意識があるのですね……」

 

 唯一意識を保っていたのはスルーズだった。彼女は呂律が回らない舌で、しっかりと自分の名前を呼んでくれた。それがまた、こんな状況で思うのは場違いかもしれないが……嬉しかった。量産型の自分を一人の個体として見てくている彼女の言葉に、少し勇気づけられた。

 

 「ここは危険です。今すぐ、安全圏までお連れします」

 

 後方に待機していた仲間の量産型戦乙女(ワルキューレ)も呼んでこの場を離脱する。

 このままこの場所に居続けていたらいつ巻き添えを喰らうか分からない。

 既に雌雄を決する勢いにまで達している四騎の竜殺し。光の斬撃でも飛んできて吹き飛ばされたら堪ったもんじゃない。

 

 数キロ離れた場所までスルーズ達を運んだトイネンは、一息つく。ここまで離れたら大丈夫だろう。恐らく。たぶん。きっと。

 

 「トイネン…ありがとう……助かり…ました」

 「いえ、これも私の役目。それよりも、傷の具合はどうですか?」

 「ええ……なんとか、原初のルーンで少しずつ回復しています……シグルドのように……すぐに完治させることはできませんが、もう少し時間を要すれば完治……できる…見込み…です」

 「良かった……」

 

 だいぶスルーズも喋れるだけの余裕が出てきた。この分だと、確かに完治まではそう時間も掛かるまい。

 

 「では―――ここは他の戦乙女に任せて、私はまたあの場所に戻ります」

 「トイネン……!?」

 「大丈夫。あの戦いに割って入ろうなどとは思っていません。私はただ、まだあそこで倒れている量産型戦乙女(ワルキューレ)……私の元仲間たちを、戦力に引き入れることができるならそうしたい。それだけです」

 

 未だに神霊ブリュンヒルデに付き従う敵方の量産型戦乙女(ワルキューレ)。元は自分も彼らの一部だった。それをシグルドとスルーズによって群から個へと生まれ変わりはしたが、それでも彼女達は今まで共に在った片割れである。助けられるならば助けたい。仲間にできるのならば仲間にしたいと思ってしまう。

 これは自分のわがままだ。皆が皆、トイネンのように個体になって幸せであると思うわけではない。それでも、彼女達にだって選択肢はあるのだと、知ってもらいたいのだ。

 

 「……分かりました。止めは……しません」

 「! ありがとうございます、お姉様!」

 

 そう喜んでトイネンは再びあの戦場に戻っていった。その後ろ姿を他の戦乙女(ワルキューレ)に支えてもらいながらも、見送ることしかスルーズにはできなかった。

 

 「(きっと、ブリュンヒルデお姉様は……もう自らが生み出した戦乙女(ワルキューレ)の離反は許さないでしょう)」

 

 スルーズの予想が正しければ、今飛び立ったトイネンに待っているのは悲しみだ。トイネンが抱いている希望ではない。

 

 「どうか、呑まれないように……トイネン……アスラウグ…」

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

 「他の戦乙女は………」

 

 恐らくスルーズ、ヒルド、オルトリンデが倒れていた近くに量産型戦乙女(ワルキューレ)も倒れている。少なくともスルーズ達と戦って敗北したというのなら、そう遠くにはいないはずだ。

 

 「見つけた……!」

 

 仰向けに倒れている量産型戦乙女(ワルキューレ)達を幾人か発見。少し喜びを抑えながらもトイネンは彼女達に駆け寄った。これまで通りの方針なら、スルーズ達は彼女達の武装の破壊にだけ専念し、本体へのダメージは極力抑えているはず。意識はないにしても、機能は生きている。

 

 「…………え?」

 

 そう、生きている筈なのだ。しかしトイネンが駆け寄った量産型戦乙女(ワルキューレ)は―――死んでいた。

 物言わぬ人形。こと切れた生命体。目を開け、瞳孔が開いたまま彼女達は絶命していた。

 

 「機能が停止している……なぜ? 本体に致命的な傷は見受けられない。この程度の損壊で機能停止にまで追い込まれることなどありえない!」

 

 掠り傷くらいはある。無傷じゃないのは確かだ。それでも、この程度のダメージで量産型とはいえ戦乙女(ワルキューレ)が死ぬわけがない。外的損傷などたかが知れている。人間だって擦り傷で死ぬことはないのに、どうして。何故。

 

 「(まさか、ブリュンヒルデお姉様が)」

 

 殺した。いや、戦闘力を無力化された際は自己崩壊するようプログラムされていたのか。

 触れてみれば、分かる。この量産型戦乙女(ワルキューレ)達を調べればすぐに真実が浮き彫りになる。

 でも、怖い。どうしようもなく、怖いのだ。

 こんな恐怖なる感情は今まで抱いたことがなかった。今までならただ淡々と処理して記録するだけで済んでいた筈だ。

 自分達を生み出した神霊ブリュンヒルデが、自分たちをこうも簡単に切り捨てるのか。

 合理的だ。とても、合理的な処置だ。それは分かる。

 一部の兵力が奪われ、利用され、刃を向ける。その成果がトイネン・アスラウグであれば、猶の事ブリュンヒルデも対抗策に打って出る。して当然のことをしているにすぎないのに、なぜ心がこんなに痛むのか。

 トイネンは恐る恐る機能停止した彼女達に触れる。原初のルーンで内部を調べる。

 案の定、自立崩壊プログラムが構築され、作動した形跡があった。トイネンの予想は、当たっていた。当たってほしくなどなかった。

 

 「………ごめん、なさい」

 

 ふと漏れた言葉。謝罪の言霊。

 なぜトイネンは彼女達の前で、死んだ同胞の前でその言葉を口にしたのかは分からない。

 自分がシグルド達に捕獲されなかったら彼女達は死なずに済んだとでも思ったのか。

 感傷的すぎる。このバグは、致命的だ。それでも思わざるにはいられない。彼女達の悲運を。

 

 トイネン・アスラウグは忘れていた。その未熟な精神性故に。まだ生まれたばかりの純粋な感情に振り回されているが故に。

 忘れてはならなかった。ここは今もまだ、戦場の只中であると。

 悲しむ戦乙女(ワルキューレ)に戦場は立ち止まってなどくれない。たかが一人の女の葛藤に、戦場は終わってはくれない。そして、戦況とは目まぐるしく変わるものだ。

 

 神霊ブリュンヒルデの対応策は一つに非ず。もし量産型戦乙女(ワルキューレ)が霊核を破壊されずに機能を停止、または自滅プログラムを行使したならば、もう一つの術式が発動するように組み込まれていた。その仕組みも、トイネンが更に念入りに調べておけば事前に分かっていたかもしれない。それでもしなかったのは、トイネンのミスである。

 

 「なっ!?」

 

 機能停止した筈の量産型戦乙女(ワルキューレ)達の身体に異変が起こる。それに気づいたトイネンだが、もう遅い。術式は作動した。

 巨人たち(・・・・・)を呼ぶ、原初のルーンの発動である。

 彼女達は身体の穴という穴から溢れ出る炎に包まれ、深紅の炎で形成された卵状の形態に移行した。それは蟲が孵化する前の繭のようだった。当然、トイネンはその場からすぐに離れた。迅速に。

 その一秒後、複数の卵が爆発し、巨人を召喚する魔法陣を構築。瞬時に、巨人族が多数召喚された。その数は10を超えている。

 

 「「「「 ■ ■ ■ ■ ! ! ! 」」」」

 

 神に呼ばれた巨人族の産声。

 神と対立していた種族が、神に召喚される。なんという皮肉か。彼らも本意ではないだろうが、召喚物は召喚者の命令は絶対。その召喚者が神であればその拘束力など人の比ではない。その証拠に彼らは召喚者ブリュンヒルデの指示に従い、敵勢力に狙いをつけていた。

 その時、この一連の処置を目のあたりにしたトイネンの心には、生まれて初めて黒い感情が灯された。それは悲しみなどという感情ではない。そのような、優しさから生まれるようなものではない。

 この激情は、自分でも制御できそうにない、この感情こそは―――【怒り】と呼ぶのだろう。

 

 「戦乙女(ワルキューレ)の遺体を贄として利用し、あまつさえ巨人を呼ぶ……お姉様………いえ、神霊ブリュンヒルデ! 貴女は、いったいどこまで私達を使い潰せば気が済むのですか!!!」

 

 使えなければ切り捨て。

 利用されるのならば廃棄し。

 その上で、巨人を呼ぶ為だけの装置に仕立て上げる。

 

 生み出した者は、何をしてもいいというのか。

 生み出された者は、ただ消費するだけの存在というのか。

 

 ふざけるな、ふざけるなよ。そんな理不尽は認めない。認められない。

 精神回路を焼き尽くさんばかりの激情の波は、トイネンの思考から冷静さを剥奪していく。

 すぐ分かるはずだ。この戦力差、勝てるわけがないと。

 今すぐこの場から逃げる。それが最善であるはず。それでもトイネンは選択できなかった。

 後ろを見せたくない。逃げたくない。臆したくない。

 この感情は訴えている。今、この場で引いたらアスラウグの名に瑕がつくのだと。

 

 「■■■」

 

 巨人はトイネンを見下ろし、超大な獲物たる大槍をゆっくりと振り上げた。人間が蟻を潰すように、巨人もまたトイネンを叩き潰す気だろう。取るに足らない、小さき女を。ただ腕を上げ、下ろすだけで全てが終わる。事実囲まれ、逃げ道のないトイネンにとってはその行動自体が死刑宣告に他ならない。

 トイネンはスルーズ達オリジナルのように原初のルーンは扱えない。あくまで限定的な力しか引き出せない。恐らく、結界を張ったところで数秒も持つまい。それでも原初のルーンを起動させたトイネンは、円状の結界を張った。見る者によってはあまりにも薄い防御壁。頼りない防衛ライン。

 何もしないで諦めるより、何か行動を起こし、抗ってこそ戦乙女。自分はただ生まれて消費させられるだけの存在ではないという覚悟の表れでもあった。

 規格にない魔力を原初のルーンに注ぎ込む。より厚く、より強固にするために、魔術回路の魔力を全力で回転させる。

 

 「■■■?」

 

 巨人は大槍を振り下ろしたが、感触が違うことに疑問を持つ。

 人を叩き潰した瞬間はもっと柔らかく、何かが小さく破裂する感触を伴う。

 この感触は、それとは違う。硬い、なにかを踏んでしまったかのような感触。

 そこでようやく相手に自分の叩き潰しが防がれているのだと理解する。

 

 「■■■」

 「■■」

 「■■■■」

 

 ほかの巨人達は呆れたと笑っている。こんな雑兵に何を手こずっているのかと。

 確かに、雑兵だ。弱き女が一人だけ。たかが雑魚と思って処理しようとしていたのが過ちだったか。ならば、もう少し力を加えてやろう。

 巨人は大槍に自身の体重を乗せて更に力を入れた。炎の巨人ほど強大かつ巨大ではない一介の巨人兵だが、それでも小山ほどの巨体を有している。その質量を一転に集中すればどうなるかなど、戦乙女(ワルキューレ)の小娘共もよく理解しているだろう。

 

 「あぁ……あああ!」

 

 ガラス細工の小賢しい結界にヒビが入る。この感触は良い。もうすぐ割れると分かる、破壊する一歩手前。

 不敵な笑みを浮かべる巨人。弱者を踏み潰すのは巨人の特権だ。何をするにしても、巨体はそれだけで力となる。大きなものが強く、小さきものが弱い。赤子でも分かる自然の理。

 殺した後はどうするか。食べてみて、咀嚼すれば旨いだろうか。旨いだろうな、なにせ女の肉だ。それも戦乙女(ワルキューレ)の肉だ。不味いわけがない。

 

 「■■■■」

 

 決めた。この女は原型を留める程度に殺して、食べるとしよう。

 

 「その下卑た笑み、見るに堪えん」

 

 不意に男の声が聞こえた。どこまでも軽蔑したような、そんな声色。巨人の言葉ではない。であれば、誰だ。この声の主は、誰なんだ?

 巨人は振り向いた。振り向いたその行動が、巨人の最後の動きとなった。

 

 閃光一閃。

 

 大樹に勝るとも劣らない密度と太さを持つ巨人の首が、断ち切られた。意識を刈り取る死神の鎌の如き手際。嗚呼、そうか。この男。この男が――――。

 

 「貴殿らを迅速に狩る。如何な当方と言えども、同胞を嬲られて何も思わないほど冷血な男ではないのでな」

 

 憎きオーディンが最も寵愛を与えた人間。英雄になるべくして生まれた大神の最高傑作。北欧神話における英雄の頂点。あの終焉に終ぞ現れず、冥界にて魂を封印された大英雄。

 巨人達の本能が震え上がる。彼の神気は間違いなくオーディンのもの。手に持つはオーディンが所有していた稀代の魔剣。であれば、我らが鋼の如き首を断ち切ることなど造作もあるまい。

 

 「■■■■!!」

 

 だが、分かる。分かるぞ。巨人としての本能がシグルドの脅威を肌で感じ取れるように、今のシグルドが多少の疲労を背負っていることも分かる。十全のシグルドではないならば、数の暴力で押し通せば一掴みの勝機はあるかもしれん。なにより、憎き大神の末裔を目の前にして足を竦ませていては巨人の名が泣くというものだ。

 巨人達は先ほどまでの余裕を斬って捨てた。今からは、まさしく生死を賭けた戦いとなる。弱者を甚振(いたぶ)って悦に入る時間は終わりを告げている。

 一体の巨人がその巨大な腕を用いて力強く拳を放つ。

 

 「!?」

 

 されど――――黄昏の斬撃によりその大いなる腕の肘から下が切り落とされた。

 敵はシグルド一人だけではなかった。もう一人、この大地に竜殺しが残っていたのだから。

 

 「どうやら聖女マルタは討ち取ったようだな。シグルド殿」

 「ジークフリート殿、そちらも無事……とは言い難いか」

 

 横から割って入ったもう一人の竜殺し。巨剣を軽々と振るうその膂力、巨人外殻を難なく切断する真エーテルの斬撃。ネーデルラントの大英雄ジークフリートが今、シグルドの元へと背中を預ける形で帰還した。

 しかしその姿はもはや無傷とは言い難く。胸の中心は大きく抉れ、心臓部分は露わになり、心音を刻む姿が見て取れる。誰が見ても重症であるのは明らか。

 

 「動く分には申し分ない。むしろ、快調だ。心配は不要」

 「……そのようだ。竜の炉心に再び火が灯ったか」

 「ベオウルフ殿のおかげだ。これにより我がバルムンクはより全盛に近づいた……!」

 

 一振り。ただの一振りで、巨人の一体が光に飲まれ、塵芥へと還った。

 巨人族というだけでその神秘は高く、ただの投擲にすら神秘を宿す存在が、たったの一撃でこの世から姿を消した。対軍宝具の中でも面攻撃に優れている上に、初動が恐ろしく速い。

 

 「ほう……真名解放を持ち要らずその威力と速度。ベオウルフ殿は貴殿に確かな希望を残して逝ったと見える。ならば、此方も後れを取るわけにはいくまい」

 

 今度はシグルドが動いた。既に肉体制限を一部解除したシグルドは双眸を覆う仮面が半分取り除かれ、装備も新たに開帳されている。その動きもまた、これまで通りのものとは比較にならず、英雄シグルドの機能の一端が垣間見える。

 原初のルーンにより脚力を強化。ケルト神話の大英雄クーフーリンはキャスターで召喚された際、その微力な筋肉をルーンで補い最上級にまで仕上げたという。であれば、セイバーシグルドのポテンシャルを基にその原初のルーンによる強化を行えば、どうなるか。

 それは巨人がその身をもって味わうことになる。

 

 「■■■■!!」

 

 巨人の槍による刺突。その巨大さ故にまるで壁が迫るような圧迫感を生み出す巨体に恵まれた者が織りなす一撃。例えキメラであろうともゲイザーであろうとも容易に潰されるであろう脅威の具現。

 されども、その程度では今のシグルドを仕留めるにはあまりにも力不足。まるで見合っていないと言わざるを得ない。

 シグルドは短剣も魔剣も不要とし、自然体でその一撃を迎え入れる。そしてあろうことか巨人の刺突をぶん殴った(・・・・・)

 

 「「「「■!?」」」」

 

 槍の矛先は粉々に砕け、その衝撃は槍全体に広がり、軋みを上げた。

 信じられない。どよめきが巨人から溢れ、なによりその一撃を放った巨人は唖然としている。

 

 「戦士が戦場で呆けてはならない。その一瞬が、命取りになるのだから」

 

 気付けばシグルドが槍を放った巨人の目の前まで跳躍し、拳を構えていた。既に先ほどの威力を内包していると思われる一撃を繰り出す準備が整われていた。

 もはや逃げられない。巨人は唖然とした後に、達観の域に入る。その行動こそが、死を受け入れた行為に他ならない。命乞いをしなかっただけ、マシなものだろうと巨人は嗤う。

 次の瞬間、巨人の頭部は弾け飛んだ。紅い鮮血が大量に溢れ、その誇りある巨体は敗北を受け入れたように倒れ伏す。

 

 「貴殿らは戦乙女とは異なり放置すれば人を喰らう。人に害を為す。それを当方は看過できん。許せとは言わん。存分に恨め」

 

 血に濡れたシグルドは公言する。

 一匹たりとも……逃がしはしないと。

 

 そこからの経過は、もはや語るに及ばず。

 あの焦土の大地に残されたのは、ただ物言わぬ巨人達の骸の山だけなのだから。

 

 

 ◆

 

 

 

 場所は変わり、そこはシグルドとマルタが死闘を繰り広げた山の麓。その森林生茂る場所にて、マルタは大樹に体を預け、息が今にも絶えそうな状態で座り込んでいた。

 脇腹は抉れ、聖女の象徴たる純白の衣は血により赤黒く変色し、顔色も頗る悪い。

 致命傷。命が今にも消えんとしているサーヴァントの成れの果て。

 相棒のタラスクは既に絶命している。魔剣の一撃にあの強靭な盾も打ち砕かれた。その上にマルタすらも穿ち切った。

 

 「……トドメを刺すことなく去るなんて、酷い人」

 

 人思いに滅殺し尽くしてくれたら良かったのに。それでも敢えてせずにこの場を去ったのは、きっと自分のトドメよりも大事な出来事が起きたからに他ならない。

 勝負の決着よりも、他者を気遣う。戦士の王と謳うには、あまりにも正義漢が過ぎているとマルタは思う。

 まぁ実際、もうすぐマルタは消滅する。トドメを刺そうが刺さまいが結果は同じ。であれば、シグルドが他の用事を優先したのもまた正しい。

 

 「ひでぇナリだ。手酷くやられたな」

 「……ベオウルフ王。貴方は人のことを言える立場ですか?」

 「ハッ、違ェねぇな」

 

 マルタの前に現れたのはジークフリートと戦ったベオウルフ。彼もまた、竜殺しに敗北し、そしてトドメを刺されることなく残った者。生き残ったのではなく、残っただけ。彼もまた死が近い。

 体の約7割が炭化したその体でよく動けるものだ。持ち前の根性と戦闘続行が為せる業か。こうしてマルタの場所まで来たのは、共に召喚された仲間ゆえか。

 

 「貴方も律儀ですね。見かけによらず」

 「これでも賢王として名が通ってるからな。仲間を看取るくらいはせねば名折れよ」

 「その様子では貴方の方が先に朽ちそうですが?」

 「男は一度決めた事は意地でも通す生き物だ。安心しな」

 「………そう。本当に、バーサーカーとは思えないわね」

 「自覚している」

 

 マルタは苦笑し、ベオウルフは笑う。

 

 「良き闘争だった。生前でもこれほど血肉が滾った死闘はなかっただろう」

 「私もです。もし次の機会があれば、別のクラスで召喚されたいですね。次は負けません」

 「俺もさ。リベンジはいつか必ず……ああ、そうそう。お前にも伝えなきゃならんことがあったんだ。大事な話だ」

 「あるのでしたら手短に。大事ならば尚のことですよ。もう、私は消えますから」

 

 エーテルで構成された肉体は今にも霧散しようとしている。

 マルタの霊核はかの対城宝具により破損させられているのだ。むしろ、よくぞここまで持ったと思う。

 ベオウルフは消えゆく彼女に、最後の言葉を贈る。

 

 「ジークフリートからの伝言だ」

 「?」

 「今度出会う時は、共に酒を酌み交わそう……俺も、アンタも。竜殺し宴会のお誘いだ」

 

 それを聞いたマルタは目を丸くした。

 ベオウルフとジークフリートは、あの戦いの中でそのような約束を取り付けたのか。

 それはさぞかし気持ちのいい闘争だったのだろう。そして、なんと夢のある誘いだろうか。ましてやこれを断れる英雄など、いようはずもない。

 

 「それは、楽しみです。私はこう見えても、お酒には強い方ですから…………」

 

 そのマルタは光となって消滅した。満面の笑みを浮かべて。

 それは聖女としての微笑みではなく、一人の勝気な町娘としての顔だった。

 

 「ハハッ。そうだろうと思ったぜ。絶対、アンタは酒に強いと確信してたね……俺は」

 

 マルタに続くように、ベオウルフも痛快と言わんばかりの大いに笑った。

 その刹那、彼の全身の肉体が遂に崩れ去り、灰となって空へと舞った。

 

 これにてサーヴァントとして呼ばれ、サーヴァントとして戦い、サーヴァントの役割を全うした王と聖女はこの世界から退場した。

 彼らは元より死人。その衣服も、肉体も、この世には最初から無いと言わんばかりに何も残さない。残せるとしたらそれは戦いの痕と、関わった相手との縁のみ。

 だが、それだけで十分なのだ。多くを残す必要などない。

 必要なのは、確かな希望。そして、思い。

 これだけ残すことができたのならば、何も無念とはならないだろう。

 

 英雄の魂は、確かにあの二人の竜殺しに託された。

 

 

 

 

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