死がふたりを分かつまで   作:ナイジェッル

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第19戦:貴女には渡せない

 玉座にて、神霊ブリュンヒルデは静かにシグルド達の戦闘をその瞳で眺めていた。特に魔術を使って映像を虚空に写すのではなく、瞳の奥にて直接念写している。

 この世界は神霊ブリュンヒルデが管理する場所。シグルドの隠れ家のようによほど巧く隠蔽でもしなければ、常に彼女の監視下にあり、捉えられないものはない。

 自らが召喚した大英雄二騎が敗北したのも、その眼は確かに見届けていた。

 

 「竜殺しベオウルフ王に聖女マルタ。二人同時に戦えば如何にシグルドと言えどもとは思ってはいましたが、やはり戦力となる仲間のサーヴァントを呼んでいましたか」

 

 数体もの強奪された戦乙女。その使い道など限られている。

 戦力としてでは量産型がいくら囲もうが微力でしかなく。

 であれば、大量生産された物とはいえその恵まれた棒大な魔力からなる魔力供給源とするのは想像に難しくない。というよりそれしか考えられなかった。

 あのシグルドの戦いぶりからして魔力の問題は解決済み。戦乙女(ワルキューレ)が三体同時召喚されているのを見るに、シグルドだけではなくスルーズもまた量産型戦乙女(ワルキューレ)をマスターとしているに違いない。そして新たな竜殺しジークフリートの召喚。

 はぐれサーヴァントの一体でしかなかった彼は滞りなく戦力と力を蓄えた。もはや最初に出逢ったシグルドとは脅威度が大きく更新されている。

 これが神々の叡智を持ち、あの大神オーディンが計画的に生み出した存在。とても人とは思えない。

 

 「………シグルド」

 

 噛み締めるようにその名を口にすると、神霊ブリュンヒルデの中の何かがズレそうで、禁忌感すら覚える。

 最初に出会った時もそうだった。あの時、なぜ背後から撃たずに身逃したのか。なぜ、彼の活躍にこうも胸が心地よく思えてしまうのか。神たる己にそのような感情が残っていていいものか。

 奴は敵だ。己の障害だ。それ以上でもそれ以下でもない筈だ。並行世界のブリュンヒルデがバグを起こして恋した男になぞ、なんの価値があろうか。むしろ忌むべき存在でなければならない。

 

 「貴女はあの男のどこに惹かれたと言うのですか……ランサー(・・・・・)

 

 神霊ブリュンヒルデは玉座にて自らが召喚せしめた槍兵を見下す。

 その槍兵はブリュンヒルデと瓜二つだった。神霊ブリュンヒルデよりも装飾が少ない鎧、低い神格と明確な違いがあるものの、その女は正しくブリュンヒルデその人。

 彼女は槍を携えたまま動かず、自分を見下す神霊ブリュンヒルデを見上げた。神霊ブリュンヒルデのランサーを見る目が冷ややかであると同時に、そのランサーも神霊ブリュンヒルデを見る眼差しはどこまでも冷たかった。

 それは召喚者と使い魔の関係に非ず。水と油。相容れぬ者同士の邂逅に他ならない。

 

 「私が如何にそれを口にしても、今の貴女には理解出来ないでしょう。理解する気もないのだから……そも、自ら生み出した戦乙女にあのような細工を施す非道に分かる筈もない」

 

 ランサーも見ていた。あの戦いを。シグルドの戦いを見守る一方で、神霊ブリュンヒルデが生み出した戦乙女の末路もその目に刻み込んだ。

 如何に彼女たちが自分の本当の妹たちではないにしても、あのような扱いをされて快く思えるはずがない。

 

 「ええ、たしかに。バグを起こした者に聞いたのが愚かでしたね」

 

 穏やかな口調。静かな声量で会話を交える二人ではあるが、その言葉の奥には明確な刺があった。煮え滾る怒りとも言えるランサーの言に、神霊ブリュンヒルデは無頓着に答えるのみ。

 

 「そのバグたる私を敢えて召喚したのは……私のシグルドを殺させる為ですね?」

 

 ゆっくりとランサーは構える。

 槍の矛先を神霊ブリュンヒルデに向ける。

 その行いは、明確な敵対行為。

 

 「半分正解です。貴女は確かにシグルドを確実に仕留める為に召喚しましたが、別に貴女単体での戦果は期待していません。能力自体は、貴女はシグルドよりも大きく劣っているのだから」

 

 ブリュンヒルデは記憶を失ったシグルドと決闘を行った際、僅か三合撃ち合うだけで敗北した。伝承上におけるブリュンヒルデがシグルドを殺せたのも、姦計があったから為し得た奇跡にも等しい。個体差で言えば明らかにシグルドの方が上をいく。

 

 「それはそうでしょう。彼は元より完成されていた窮極の人。その男に、私は戦乙女の戦闘法と原初のルーンを授けた。私如きが真正面にて勝てる道理はない」

 「それでも、貴女にはその槍がある。生前は持ち得ず、後の伝承により生まれし概念宝具が」

 「………貴女が欲しているのはこの魔銀の槍ですか」

 

 神霊ブリュンヒルデは頷き、肯定する。

 

 「ランサー。それは貴女には過ぎた力です。より高次の存在である私が使ってこそ意味がある」

 「ふざけないでください」

 

 神霊ブリュンヒルデの戯言を斬って捨てるランサー。

 彼女は許せなかった。仮にもブリュンヒルデという存在が、愛を理解せず力だけを奪い取る?シグルドへの燃え上がるような恋を、愛を、ただシグルドを倒すという矮小な目的の為に利用する?

 そんなことは断固として認めるわけにはいかない。如何に人類の認識により歪められ、英霊の座に持ち込まれたシグルド殺しの機能だとしても、その源泉は間違いなくシグルドとブリュンヒルデの愛。それを他人に使われて良い顔ができるはずもない。

 

 「貴女(ブリュンヒルデ)には渡せない。貴女如きが、使っていい力ではない」

 「貴女(ランサー)に拒否権があるとでも?」

 

 神霊ブリュンヒルデは別にランサーの許可を欲しいとは思っていない。

 必要だから奪うのみ。

 

 「忘れましたか? あのベオウルフ、マルタほどの英雄であっても……召喚者であり、権能を有する私には逆らえなかったことを」

 

 そう、もし簡単に叛逆ができるのならばあの二人は素直に従ったりなどしなかった。少なからず、ある程度の抵抗が見られたはず。それすらも許さないのが、神霊たる所以。本来封印されているはずの女神の神核すらも本格稼働している今の神霊ブリュンヒルデに召喚物が逆らえる道理などない。

 

 「そしてこの城は結界を張り巡らしている。貴女が召喚されたことをシグルドが感知することもないでしょう。つまり、貴女は籠の中の鳥でしかない」

 「………憐れですね」

 「なに?」

 「私も、ブリュンヒルデですよ?」

 

 ランサーが不敵な笑みを浮かべた。それは傀儡が出せる笑みではなかった。

 

 「貴女が一番理解しているはずです。この身の封印は、解こうと思えば解けるものであると」

 

 ランサーの肉体から蒼き焔が噴き出す。その出力は徐々に高まりを魅せ、魔力も尽きるどころか止めどなく溢れている。一介のサーヴァントが出せる力を大きく超えている。

 

 「バカな。貴女、自らの魂を」

 「ええ。炉心の燃料にしています」

 「―――正気ですか」

 

 確かに本来の力を取り戻せば神霊ブリュンヒルデの強制力は弱まる。存在が対等になればなるほど神霊の優位性は相殺される。しかしそれを実行に移すには圧倒的にランサーは出力が足りない。魔力が足りないのならば、封印も解けず、サーヴァントに押し留まれている力だけが上限になる。

 このペナルティを突破するならば、それこそ霊核を砕いて魔力に変換するしかない。だが、そんなことをすれば自滅し消滅する。そんなことはランサーが一番理解しているはずだ。

 

 「自ら命を削り、力を解放する? それもシグルドという最愛がいるこの世界で? 生きて会おうと思うのが人間の正しき選択ではないのですか。この奇跡を前に自害を選択するなど、狂気に染まったか英霊ブリュンヒルデ!」

 「私たちの愛は常に狂気と共に。貴女には、分からないでしょう」

 「分かるものか……やはり貴女は狂ってしまっている! 壊れている!」

 「だから、貴女は憐れなのです。本来得られたであろう愛を知らぬ悲しき神よ」

 

 ランサーの姿が変わる。

 鎧の質が、姿形が神霊ブリュンヒルデに迫る。

 純白の鎧は魔を照らす魔銀の装束。戦乙女のなかでブリュンヒルデだけに許された兵装。

 ランサーである彼女がそれを身に纏うなどあっていいはずがない。それでも現に今彼女は神霊ブリュンヒルデと同等の存在にまで昇華されたということは。

 

 「そこまでして私を止めたいか!」

 「今の貴女にこの力をみすみす渡すくらいなら」

 「どこまでも愚かな……!」

 「女でも、意地を通さなければならない時がある。今がまさにその時ですから」

 

 ランサーは槍を少しずつ大きくしていく。これだけの拒否をしておきながら、それでもなお、神霊ブリュンヒルデを愛するというのか。

 

 「英霊の座に刻まれた記録によれば、私を呼んだかつてのマスターはこう言いました」

 

 ランサーにとってはそれは恐ろしき記録。記憶ほどはっきりしたものではなく、現実味も帯びないただの記録ではあるが、確かにブリュンヒルデの根幹に刻まれた確かな情報。

 1991年の聖杯戦争。あの場所で、ランサーとして召喚された戦乙女はあの男と出会い、狂わされた。とても苦く辛い体験だったと思うが、あの時ほど我が槍の真価を発揮できた場所もなかった。

 マスターは謳うように言った。我が槍を求めて、我が槍の極限を語った。

 

 「愛深まれば、私の槍は神すらも殺す」

 

 ここは世界から断絶した孤高の城。もはやシグルドに私が召喚されたことも気づくことはないというなら、是非もない。

 今ここでランサーが行えることは、少しでも彼にバトンを繋げること。世界の命運を前にすれば、我ら夫婦の再会は持ち越しとなる。シグルドもきっとそれを望むだろう。

 

 「……最期の戯言は、それでいいですか? ランサー」

 「ええ。ここからは、存分に愛し合い(殺し合い)ましょう。神霊ブリュンヒルデ」

 

 彼女こそシグルドと出会わなかったIFなる私。焦がれるほどの愛を得られなかった悲しき私。悲恋という形で歴史に名を刻まれた私でも、こういう生き方もあり得たのだろうと受け入れはする。

 嗚呼、それでも。私はシグルドと出逢えて良かった。たとえ神から人に堕とされても、父から見放されても、あの出会いこそブリュンヒルデの存在表明。あの炎で死に絶えた惨劇を超えてもなお、私の想いはどこまでも固くなる。

 シグルド。愛しのシグルド。直接再会はできないであろう愛しの人。せめて、せめて、この私が遺したものを受け取ってください。きっと貴方の役に立つ。

 

 

 

 覚えていますか、シグルド。

 貴方と私の最初の出会いを。

 鎧は砕かれ、生まれたままの姿で貴方と目を交わしたあの日を。

 私は貴方に「何故ここに来たのですか。私と結ばれれば貴方は破滅するのに」と問うた。

 それに貴方は「破滅の予言に逆らい、ブリュンヒルデなる女は救いはしても愛さないつもりでいた。当方は為すべきことを為すまで」と言った。

 

 その時、私はフラれたのだと思ったのですよ?

 年甲斐になく生娘みたいに泣いたのですよ?

 

 それでも、その言葉の続きに貴方は私を愛してくれると言ってくれた。

 一目惚れだったと。そう言って。

 あの時の衝撃も。愛しさも。嬉しさも。今でも覚えています。

 私たちは確かに最後は予言通り破滅した。だけど、決して後悔なんてしていない。

 

 私の愛。シグルド。

 貴方が貴方であるならば、迷わないで。立ち止まらないで。

 

 これまで通り、今まで通り。

 為すべきことを、為してください。

 

 私の、私だけの。

 愛しのあなた―――。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 激戦を経て、無事シグルド達はアジトに戻り、その受けた傷を霊脈の力を借り受け、そして原初のルーンによって癒していた。ジークフリートは心臓が剥き出しになっていることもあり、早急な修復が必須。スルーズ、オルトリンデ、ヒルドの三人も炎の巨人とベオウルフ、マルタとの連戦により重傷。最初に鹵獲して仲間にした戦乙女はトイネンの指示のもと彼らの治癒に明け暮れている。

 であれば、拠点の防衛及び見回りはシグルドが適任だった。

 

 「…………ブリュンヒルデ?」

 

 神霊ブリュンヒルデに感づかれないように隠匿のルーンを用いて姿を消し、アジト入り口の前で門番の役割を担っていたシグルドはふいに空を見上げた。

 心臓が、急に熱くなった。厳密に言えばブリュンヒルデの炎が灯された竜の炉心が。

 何かと共鳴している。否、何かではない。この炎が反応するとすれば、それはあの女性しかいない。

 それでも彼女の存在は感知できない。もし我が愛が召喚されたのなら、すぐに分かるはずなのに。

 

 矛盾だ。

 

 ブリュンヒルデから受けた焔は共鳴するも、魔力や霊気には全く感じていない。

 

 「…………」

 

 何かが起きた。何かが起きている。

 これはシグルドの第六感か。叡智に依らない根拠なき仮説ではあるが、恐らく神霊ブリュンヒルデが何かをしている。それを知り得る術も今のシグルドにはない。千里を見渡せる瞳があれば話は別だが、その類まれぬ力は血族の一人が持っていたにすぎず、自分は持ち得ていない。

 

 「当方は、どこまでも無力だな」

 

 焦燥はない。それが無益だと分かっているから。

 尤も、もどかしさがないと言えば嘘になる。動けるのなら、今すぐ動きたい。あの城を目指し、再びあの神霊と対峙したいという欲求がある。

 

 「(まだだ……まだ、準備が整っていない今動いたところで意味はない)」

 

 神々の叡智は自身に訴える。無意味無作為に動けば犬死となると。救えるものも救えず、為すべきものも為せはしないと。それがまた事実であるのだから歯痒いと思うほかない。

 

 「神霊ブリュンヒルデ……今はまだ動けずとも、決戦の日は近いぞ」

 

 温存するべきは力。

 整えるべきは布陣。

 狙うべきは最適解。

 

 既にシグルドは打開先を見出している。ただそれには幾つものピースが必要だ。

 この圧倒的不利な局面で、その欠片を埋め合わせることにより起死回生の一手に繋がる。

 英雄だけでは足りない。今の自分達だけではこの戦況は引っ繰り返せない。

 シグルドは知っている。

 神霊が見向きもしなかった存在が、重要な役割を齎すのだと。

 超常の存在を打開させるのは、いつもその存在があってこそなのだと。

 

 「我が愛。許せ」

 

 お前は好きな女の窮地を察していながら動かなかった冷徹な男と罵ってくれ。

 お前の愛を受けるには分不相応な男だと言われても仕方なきことだ。

 

 「………む?」

 

 何かが近づいてきている。小さき鳥類……いや、それにしてもこの速度は異常だ。とても生きた鳥が出していい速度ではない。それが真っ直ぐ、このアジトに向かって飛来してくるのをシグルドは捉えた。

 まさかバレたか。神霊ブリュンヒルデの偵察か。

 いや、それならば偵察などという遠回しな行動をあの神はしない。するとしたら、総戦力による蹂躙。それに高速で接近するソレからは敵意が感じられない。仮に偵察ならばここまであからさまな動きはあり得ない。

 この隠蔽のルーンを介さずに自身の存在を知ることができる存在。それは共に深い縁を刻んだブリュンヒルデだけだ。ならば、あの鳥は、まさか―――。

 

 シグルドの目の前に着地したソレは、魔銀で形成された至極色の小鳥の使い魔。内包する微かな魔力は、愛する女のもの。この距離まで気付かなかったのは、この鳥自体に隠蔽のルーンが刻まれていたからか。

 

 「お前は………」

 

 シグルドは、思い出す。あの小鳥と戯れたくとも戯れることができなかった女の姿を。

 戦乙女から人に堕とされて間もないころ、動物と接することに難儀していた女の姿を。

 生前の彼女はただ小動物に触りたかった。幼子のように、愛らしい小鳥に触れたかった。

 その純粋な思いとは裏腹に、小鳥は逃げる。ブリュンヒルデが近づけば、一目散に逃げた。

 それにブリュンヒルデは悲しんだ。どれだけ仲良くしようと近づいても、心を通わすことができないと悩みを持っていた。

 

 『それはそうだろう。戦でもあるまいに、鎧を着込みながら近づけば逃げるは道理。小鳥とて怯えもする。いや、小鳥だからこそその点警戒心が強いと言える……まずは、その武装を外してからだ。さすれば小鳥とも触れ合えよう』

 

 あの頃のブリュンヒルデは赤子のようだった。知識はあれど、感性は無知に等しく。超常の存在だったからこそ、世界の理の外で存在した者だからこそ、自然との接し方が疎かった。そんな彼女は常に鎧を着て行動していた。

 鎧とは、戦う準備段階ともいえる。そんな姿で小動物に近づけば逃げるのも致し方ない。ただそれを伝えただけなのに、ブリュンヒルデは大層喜び、実践した。

 あの日からか。ブリュンヒルデの肩に小鳥が乗っているのが日常となったのは。

 今、目の前にいる小鳥の姿をした使い魔は、その小鳥と似ている。いや、まるでそれを模したかのような瓜二つ具合。

 

 「……つくづく(・・・・)にはもったいない女だ」

 

 つい、素が出てしまうほど感じ入ってしまった。

 ブリュンヒルデは、今も想像を絶する境遇の中にいるのだろう。

 そんな中でさえ、お前はシグルドを想うのか。

 この小鳥は俺に冷静さを保つ為のものか。

 ならば、その信頼に応えなければ夫ではない。男ですらない。

 

 「お前がこの世界に呼ばれたことは確信した。そしてお前は当方にこう言うのだろう」

 

 それは、シグルドがブリュンヒルデと出会ったあの場所で。

 ブリュンヒルデに対して言ったあの言葉。

 

 「為すべきことは為せと」

 

 そうだ。

 今も、昔も、シグルドという男はその想いの元で動くのみ。

 

 神霊ブリュンヒルデはシグルドを確殺する為にIFのブリュンヒルデ(ランサー)をこの世界に呼び寄せた。

 ブリュンヒルデという英霊が持つ宝具『死がふたりを分断つまで(ブリュンヒルデ・ロマンシア)』を手に入れる為に。

 しかし、神は知るだろう。その行為こそがシグルドの炎を強くする動力源になると。

 合理的に物事を考える神に精神という非合理な要素を理解することはできない。

 もしシグルドの愛したブリュンヒルデが召喚されたらどうなるかを分かっていなかった。

 一度切り裂かれた男と女。されども幾度となく惹かれ合う雌と雄。

 

 二人の想いは神をも凌駕する。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 「ほうほう。これはまた、奇怪な世界ができたもんだな」

 

 華咲き誇る野原にて、北欧の美しき山々を見上げながら男は一人ごちる。

 フードで顔を隠しているその男は表情こそ見えないが、唯一見える口元は緩み、笑みを浮かべているようにも見える。

 

 「神霊ブリュンヒルデ……神霊ねぇ。あの娘が十全に機能していることこそ異常。この世界もまた、あの焔燻る北欧と同じく異端そのもの。まったく因果としか言いようがない」

 

 金属を身に着けておらず、蒼く光る魔力回路が張り巡らされた外套を羽織るその男は何かを見ていた。人間には知覚できない先の物語を。この世界の行く末を。この世界の顛末を。

 

 「(世界が呼んだのはシグルドと戦乙女(ワルキューレ)。ふむ、カードとしては申し分ない)」

 

 ドルイドの杖をコンコンと大地に軽く叩き付け、この世界で何が起きているかを理解する。

 それと同時に、己が何をするべきかも理解した。

 

 「(既に戦闘が幾度となく行われ、神霊ブリュンヒルデは手駒の二騎を屠られた。シグルドが召喚したジークフリートもいるならば、まぁ当然の結果。神霊ブリュンヒルデも手段を選ぶこともなくなり、もう一体のブリュンヒルデを召喚するも反旗を翻されるか)」

 

 憐れ。より自分の北欧世界を安定させようとしているだけというのに、ここまで世界は神霊ブリュンヒルデに牙を向く。前途多難とはまさにことのこと。それに付け加えて俺の召喚だ。如何な神と言えども、骨が折れよう。

 

 「ここまで追い詰められたならば、神霊ブリュンヒルデも本腰を入れざるを得ない。どれ、果たして俺の導きなど必要なのかは疑問なところだが……ここは一つ仮初の森の賢者としての役割を果たそう」

 

 男は歩み始める。目指すはシグルド達のいる拠点。

 神霊ブリュンヒルデはまだ見つけられていない辺りは流石シグルド。

 しかし、この賢者の目からは逃れられん。シグルドがその血を継いでいる時点で、男の目からは逃れられない。

 

 「今は(・・・・)ドルイドの導き手として、一介のキャスターとして……知的に行きますかねぇ」

 

 

 

 

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