死がふたりを分かつまで   作:ナイジェッル

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第22戦:親愛なる友よ

 この特異点の核は神霊ブリュンヒルデだ。それは誰もが承知している。

 神霊は神霊であるだけで万能だ。聖杯戦争でもし仮に神霊が呼ぶことができれば、聖杯など必要ないと言われるほど。

 なにせ、その存在自体が万能の願望器に匹敵する。

 アレはそういうものだ。存在するだけで人智を超越した奇跡を起こすことができる。

 だからこそ、この神代は今もこうして継続しているのだろう。

 本来消え去るものであった神代が此処にあり、真エーテルが充満する大気。

 ジークフリートは、自らの心臓が小気味よく脈動することができるこの世界こそ、自分の知る生前の世界とはまるで違うのだと身をもって感じ入ることができる。

 ベオウルフによって起こされた竜の炉心はすこぶる快調だ。真エーテルが尽きぬこの世界にいるだけで魔力の生成が滞ることなく行われる。

 逆に言えば、これほどの世界を維持する存在が相手だということ。

 敵は強大。竜の炉心が満足に動けるようになったとしても、決して楽観視できる相手ではない。

 いや、それよりも想うところは別にある。

 神霊ブリュンヒルデは、神霊である以前にブリュンヒルデという個体だ。

 英雄シグルドの伝承は知っている。大抵の英雄譚は、英霊の座で共有されるもの。

 彼に欠かせない女性こそ、ブリュンヒルデであるはず。

 

 「………余計なお世話というものか」

 

 彼はきっと、とうの昔にその葛藤と決着をつけているに違いない。

 自分の知るブリュンヒルデと、神霊ブリュンヒルデは違うものであると言うか。

 もしくはブリュンヒルデだからこそ、自らの手で止めねばならないと覚悟しているか。

 どちらにしても、かの大英雄は歩みを止めることなく、刃を鈍らせることもなく目標に突き進むだろう。

 それは人として強くあると同時に、どこか悲しみを背負う覚悟。

 彼の思いに寄り添える者はいない。その葛藤や決意は彼だけのモノであり、誰それと共感できるほど生易しいものである筈もない。

 ならば、ジークフリートは何を想う。何ができる。

 召喚されたばかりの頃は、今度こそ己の正義を全うすることを第一目標としていた。

 誰かに言われたから従うのでもなく、周囲の願いに応えるだけではなく、純粋な自分自身の思いに従って目標を達成する。

 世界を救う。この目的にのみ注力しようと思っていた。

 そして今、ジークフリートは一つの願望が生まれようとしていた。

 それこそが生前で叶えることができなかった彼が起源とした願い。

 ハーゲンが伝えたかったであろう、本当の人としての在り方。

 

 「俺は―――友の助けとなりたい」

 

 ジークフリートの口から出た言葉は、決して金言と言われるほどのものじゃない。

 誰しもが一度は思うであろう思いにすぎない。

 ただ、ジークフリートにとってはそれで十分だった。

 自分が何をしたいかと明確になれば、それだけて満ち足りるもの。

 これだけは譲れない、胸を張れるものだ。

 それを確信したジークフリートは己の部屋にてバルムンクを抜き放ち、床に突き立てる。

 剣を前にして彼は目を瞑り、瞑想を始めた。

 最終決戦はもうすぐそこまで来ている。

 ならば、少しでも自らの刃を研ぎ澄ませる方法を取る。

 その一つこそが、この特殊な瞑想。

 バルムンクに記録されている存在を精神世界で呼び覚ます。

 今だからこそジークフリートが相対しなければならない生前の人間。

 それは―――――。

 

 …………

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 ジークフリートは瞑想の世界へと没入した。

 そこは、物という物が一つも存在しない漂白の世界。

 土も、建築物も、雲も、太陽さえも存在しない、白紙のような心象の具現。

 この場所こそがジークフリートの心の中ともいえる。

 まさしく、何もない。

 伽藍洞の心に他者の願望を嵌め込み、行動理念を決め、そして実行してきた英雄の心。

 

 『お前が、俺に語りかける日が来ようとはな』

 

 その何もない空間に突如としてジークフリートの眼前に現れたのは、エルフ特有の尖った耳を持つ一人の男性だった。

 彼はぼろ雑巾のような外套を羽織り、手には黒く染まったバルムンクが握られていた。

 

 『……フン。生意気に良い眼をするようになった。死んでようやく何かを掴んだか、阿呆め』

 「馬鹿は死んでも治らないと聞くが、どうやらそうならずに済んだようだ。(ハーゲン)よ」

 『それを人は馬鹿と言う。何もかもが、遅すぎたんだよジークフリート。その誰もが抱く当たり前の感情をさっさと芽生えさせていればあんな悲劇も起こりはしなかった』

 「そうだな。俺は、どこまで行っても手遅れで、人に対する関心が薄かった。自分に対する在り方さえも……蔑ろにしていた。だからこそ、俺は今度こそ自分の信じた道を突き進みたい」

 

 ―――お前自身から来るお前だけの願望は必ず全力で応えろ。

    それを成し得ていけば、いずれ辿り着く―――

 

 ハーゲン。お前が諭してくれた言葉だ。

 友よ。お前の言葉があったからこそ答えを得られるキッカケに手を伸ばすことができた。

 

 『聞けば聞くほど憎たらしい。つまり俺はようやく手に入れた自らの道を突き進む為の通過点。そして取り戻したばかりの竜の炉心の稼働訓練と言ったところか』

 「理解が早くて助かる」

 『………いいだろう。お前の酔狂に付き合ってやる。その覚悟が張りぼてか否かを確かめるにはいい機会だ。その剣檄が生前のような伽藍洞のままであれば、そのまま叩き切る』

 「大きく出たな、ハーゲン」

 『当たり前だ。俺は、二代目の魔剣使い(担い手)。お前が遺したバルムンクを引き継ぎ、あのクリームヒルトが手引きしていたアッティラ大王の軍勢を喰い散らかした者』

 

 ハーゲンは軽々しくバルムンクを片手で持ち上げ、その切っ先をジークフリートに向ける。

 

 『この剣の使用年数は俺の方が長い。戦争を回避する為だなんだと御託を並べて自ら死を選んだ、臆病者の何倍もだ』

 

 ニーベルンゲンの歌はクリームヒルトの復讐の物語。

 あの物語の主人公がクリームヒルトであるならば、ハーゲンこそは主人公の対を為す最大の敵。

 であれば、武勇伝は事欠かさない。強大な敵であるのだから、それを誇示するほどの逸話が残されているものだ。英雄譚であれば、特にそれが顕著に表れる。

 

 『そして俺は普通の人間でもない。それはお前も理解しているな?』

 「ああ。だからこそ、お前にしか託せなかった。俺の後始末を」

 『あの時ほど俺の出自を憎んだことはなかったさ。この、ハーフエルフの血をな』

 

 ハーゲンは魔力回路を稼働させる。

 その回路は魔力という燃料を淀みなく満たされ、それは光となって全身に隈なく回路の紋様が現れた。

 

 『行くぞ』

 「来い」

 

 刹那、ハーゲンは魔力を暴発―――否、魔力を放出させた。

 魔力放出。

 内なる魔力を爆発的に排出することにより、ジェット噴射の要領で身体能力を底上げする力。

 ただの少女ですら、魔力放出を巧みに使うことにより大英雄クラスの英霊と相手取ることができる破格の能力だ。それを男にして戦士でもあったハーゲンが使えばどうなるか。

 

 『まずは、一撃だ』

 

 音速の踏み込み。

 一歩が音よりも早く、そしてジークフリートとの間合いの距離を一気に詰めた。

 大剣バルムンクという重量ある獲物を以ってこの速度。ハーフエルフの持つ膨大な魔力とハーゲン自身がフン族との殺し合いの最中で鍛え上げた動体視力が合わさって為せる歩行。

 大概の相手ならば、このまま黒きバルムンクの刺突によって心臓を貫かれて終わる。

 だが、ジークフリートもまた大英雄。

 英霊の座に召し上げられた武闘派の英雄であれば、音速の踏み込みなど標準的だ。驚くに値しない。

 

 「一撃目から心臓か。遊びがないな」

 

 ハーゲンの刺突に対して、ジークフリートは手の甲を払っただけで弾いた。

 仮にも宝具の一突き。それを肉体一つで弾ける英雄などそうはいない。

 悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)

 数ある防御宝具の中でも頭一つ抜きん出ている概念の鎧。

 不意打ちで放った攻撃はAランクに届かなかったのか、掠り傷すらつけた感触がない。

 

 『涼しげな顔で対処してよく(のたま)う』

 

 この程度の一撃でどうにかなる相手ではないと、そんなことは誰でもないハーゲンが一番よく知っている。

 

 「今度は此方から行かせてもらう」

 

 ギチッ………―――

 ジークフリートが両手でバルムンクの柄を力強く握りしめた音が、この無音の世界に響き渡る。

 筋骨隆々の大男であるジークフリート。その腕の太さも、ハーゲンの二倍はある。まさしく鍛え抜かれた戦士の腕。それに加えて、竜の炉心から溢れ出る無尽蔵の魔力。

 剛の(かいな)を更なる高みに連れていくは竜の(魔力)

 繰り出されるは、空間すら容易に切り裂く大英雄の一撃。

 ジークフリートはハーゲンの頭上から大剣を容赦なく降り下ろす。

 これは『真向斬り』である。

 頭蓋骨を鼻の線に沿って斬る、高等剣術の一つ。

 シンプルながらも実戦で使えば純粋であるが故に強力無比。

 今のジークフリートが扱えば、それこそ宝具の一撃にも匹敵するであろう剛力の剣。

 

 『遊びがないのは、お前の方だ……!』

 

 まともに受ければ両断される。

 そう確信させられる一撃を、ハーゲンは剣と剣が交わる一瞬、自らのバルムンクを傾けて勢いを逸らした。

 ハーゲンに直撃することなく地面に叩きつけられた真向斬り。

 その一撃を受けた地面は凄まじい音を立てて穴が開いたのだ。

 

 『これは、両断どころでは済まなかったか』

 

 体が真っ二つになるだけならまだいい。もし仮にアレを受けていたら、肉片一つ残らず消し飛んでいた。そんな領域の一撃だ。

 

 「まだ竜の炉心の制御が甘いな。無駄な力が入りすぎたか」

 『………ハッ。面白い!』

 

 本当にこの男は友を使って力を調整するつもりだ。

 ジークフリートは基本、他者に対して腰が低い。どんな相手にも礼儀は尽くすし、不要な言葉は投げかけない。ただしハーゲンは例外だ。

 親友であるからこそ、無茶を頼める。生前も、今も。その関係は変わらない。例えそれがバルムンクの記録から複写されたハーゲンの幻想に対してもだ。

 

 『お前の能力は重々理解している。だからこそ、その欠点も誰より熟知しているつもりだ』

 

 ハーゲンは魔力を高め、魔法陣を展開した。

 

 「………!」

 『お前が生きた時代の魔術師では俺の術式を理解することもできないだろう』

 

 詠唱破棄から行使するは大魔術の一つ。

 エルフ特有の異界の言霊から発せられて発動するソレは、巨大な魔力の塊を生み出しジークフリートの肉体に直撃した。

 

 『悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)は上級の一撃でなければ攻撃が通らない。しかし効くのは別に剣だけではない。魔術も効く。かの聖ゲオルギウスのように魔術を無効化する術を持たない』

 

 ジークフリートは爆炎の中から姿を顕わした。

 殆ど無傷ではあるが、それでも掠り傷が所々見受けられる。

 先ほど放ったのはAランク級の魔術。ジークフリートはその攻撃を無効化し切ることができずに、若干のダメージを負った。尤もAランクの攻撃が通ってもBランク分のダメージを差し引かれるのだから殆ど微々たる負傷だろう。

 しかし、それでも魔術であってもきちんとダメージが通ることは再確認できた。

 

 「この程度で」

 『どうにかなるとも』

 

 ハーゲンは更なる魔術式を展開する。

 

 『攻撃魔術が効くということはな。捕縛系の魔術も効くということだ』

 

 新たなに呼び出したものは光の鎖。

 

 『お前の動きを封じた上で背中を刺してやろう』

 「そう来るか」

 

 光の鎖は蛇の這い擦りのような軌道を描きながらジークフリートに迫る。

 魔術は直撃すれば効く。魔術に対しても悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)が機能するとはいえ、単なる純粋威力だけではないのが魔術の恐ろしいところだ。

 例えダメージが通りにくくとも、ハーゲンの狙っているような捕縛式や呪いの類いはダメージ換算に含まれないことからそのまま効いてしまうのだから。

 尤も、直撃すればの話だが。

 ジークフリートは冷静にその光の鎖を迎え撃ち、バルムンクで断ち切った。

 

 『ああ、分かっていたさ。お前が魔術を壊すことなど造作もないなど』

 

 ハーゲンが狙っていたのは魔術による捕縛ではない。

 あくまで先ほどの魔術は囮。本命を隠す為のフェイクに過ぎない。

 時間を稼いでまでハーゲンが狙っていたものとは―――。

 

 「………それは」

 『お前は知るまい。バルムンクには、こういった使い方もできる』

 

 ハーゲンの持つ黒きバルムンクは刀身を鈍く光らせていた。その剣から感じ取れる魔力は異常な質と量を兼ね備えられている。まるでジークフリートが持つバルムンクとは別物。

 ハーゲンのバルムンクとジークフリートのバルムンクは同じものだ。性能に差異はない。あるとすれば、所有者独自の使用方法に他ならない。

 

 「魔力を刀身に集約し、暴発一歩手前で維持しているのか」

 『ああ。このバルムンクは真名発動に際し、外部に真エーテルを掃射する機能を持つ。ならば、こうも考えられた。放射する機能を敢えて封じ、魔力を刀身に臨界まで溜め込み、押さえつけたままの状態で振るえばどうなるかと』

 「本来拡散して放たれるべき魔力は刀身に集約され、一つの極限の刃となるか」

 

 器用な芸当だ。バルムンクにそのような使い道があったとは。

 

 『お前が死んだ後、俺はフン族にひたすら追い回された。時には人の往来が激しい都市でさえ、奴らは見境なく襲ってきた。分かるだろう? そんな場所でバルムンクの真価は発揮できない』

 「周囲を巻き込むからな。バルムンクは人々が住む街ではまず使用が制限される」

 『だからこそ、対人の機能を俺は求めた。より無駄のない、効率的な使用法を』

 「それがその力か」

 『準備するには多少の時間は掛かるが、一度成立すれば後は容易い。この形態を維持したまま、敵を屠る。それだけ……だ!』

 

 再びハーゲンはジークフリートに向かって駆ける。

 相変わらず速い。如何なる間合いも瞬時に詰められるその脚力はジークフリートをも唸らせる。

 そして今度は速いだけではない。その手に持つ剣は、今や悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)をもってしても危険を感じざるを得ない一撃必殺の圧がある。

 同じバルムンクとはいえ、今の強化されたハーゲンのバルムンクをそのまま受け止めれば折られる可能性すらあるその一撃を、ジークフリートは―――。

 

 『バカな………』

 

 ハーゲンと同じく魔力を刀身に集約し、バルムンクを強化することによって真っ向から受け止めた。

 

 「すまないな、ハーゲン。お前の技、使わせてもらったぞ」

 『見ただけで……写したというのか』

 「試したら出来ただけだ」

 『一歩間違えれば自壊する技だぞ!?』

 「生憎だが、俺もまたバルムンクの担い手だ。確かにお前ほど長く使えなかったが、コレの癖は分かっている」

 

 それを最後に、ジークフリートは素早くハーゲンの胴体を切り裂いた。

 奥の手を破られただけならまだしも、一瞬でコピーされた上に実戦で使われた。その驚愕は早々に抜けるものじゃない。それがハーゲンを支えていたものであるならば猶更だ。

 

 『ぐッ……俺を迷いなく、斬るか………俺が幻影だから……か……?』

 「否。俺は、お前が友であることを認識した上で斬った。これは、俺の覚悟だ。どのような者が相手であれ、迷いはしない。俺の願望を叶えるために、その屍を超えていくと決めた」

 『………クク…愚問、だったな』

 

 ハーゲンは吐血しながらもにやりと笑った。

 不機嫌な顔をすることが多い男だが、だからこそ笑う時は―――本当に心の底から笑っている時のみだとジークフリートは知っている。

 

 『もう少し、斬り合えるかと思ったんだがなぁ……流石は、我が国が誇る竜殺しといったところか』

 「紙一重の戦いだった。実力が拮抗していたからこそ、一瞬の駆け引きが重きに置かれるものだ。選択を間違えれば、それこそあの土壇場で俺がハーゲンの技を使いこなせなければ、負けていたのは俺の方だった」

 

 短き斬り合いの中で、ハーゲンは魔術や心理を巧みに使い分けた。

 ジークフリートもまた、それらの技術を真っ向から受け止め走破した。

 互いに持てる技を駆使して全力でぶつかり合ったのだ。

 これを死闘と言わずしてなんという。

 

 『満足だ。俺は、バルムンクから投影されているだけの幻にすぎんが、それでも、お前の確かな変化を喜ぼう』

 「すまない。こんな俺を、お前はいつも友として在り続けてくれた。それを俺は、そんな友の気持ちを踏み躙り……自殺の手段として利用した」

 『幻影に言っても意味はないさ。それに、謝る必要もない。お前が、自分の心から生まれたお前だけの願望を、望みを得れたのならばそれでいい。それだけで、十分だ』

 

 ハーゲンの肉体が光となって消滅し始めた。

 まだ、色々と語りたいことが山ほどあるというのに。

 

 『時間が差し迫っている。手短にだが、お前に託すものがある』

 「なに?」

 『俺はお前が持つバルムンクの記録から再現された幻影だ。だからこそ、ハーゲンの記録も刻まれている。そして、お前がこうして瞑想を通して俺を呼ぶこともハーゲンは分かっていた……いや、信じていたというべきか。我がオリジナルながら中々捻くれている』

 「ハーゲンが………」

 『もし夢半ばに倒れそうになった時、魔力を回した上で【■■■■■■】と叫べ』

 「………!!」

 

 それは、ジークフリートの知っているモノだった。ハーゲンに引き継いだある宝だった。

 扱い方次第では国も亡ぶであろう強力な力。それを呼び寄せる鍵。

 それこそはジークフリートが現界した際では持ち込むことができなかった宝具。

 逸話としてはジークフリートという英霊に欠かせない英雄の象徴の一つであったのにも関わらず、何故持ち込めなかったのか。

 あくまで知名度の問題か、あるいは別のサーヴァントクラスに当て嵌められたら付属するのではないかと思っていた。

 そうではなかったのだ。

 

 『預かっていたものは確かに渡したぞ。後はお前次第だ』

 

 ハーゲンは首元まで肉体が消えていた。もう数秒も持たず消え去るだろう。

 そして最後とばかりに、彼はこう言い残した。

 

 『ようやく手に入れたその自我、その欲を……決して手放すなよ。親友』

 

 その言葉を最後に、彼は完全に消滅した。

 

 生前どこまでも友を想っていた男は、正史の歴史にて裏切りの英雄として名が刻まれた。

 どのような理由があったとしても、ハーゲンがジークフリートを殺した事実に偽りはない。

 それにより彼の妻クリームヒルトに死するその時まで憎まれ、人生の大半を復讐という名の憎悪を向けられた。それこそがニーベルンゲンの歌の骨子だ。

 それでも、例え歴史に汚名で塗りたくられたものであっても。そこに友との友情がそこにあるのなら、それだけで満ち足りる。悔いはない。

 

 もし仮に心残りがあるのだとしたら。

 

 何も知らされず復讐者へと成り果てた女が見せたあの痛ましい涙、慟哭、怒り。

 あれだけはどうにも、ままならんものだ。

 

 

 

 

 




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