死がふたりを分かつまで   作:ナイジェッル

27 / 31
第23戦:約束された決戦

 場所は神霊ブリュンヒルデの根城。戦乙女(ワルキューレ)の総本山。

 氷食尖峰型の高山の頂点に聳え立つ城をギリギリ目視できる岩陰に、この世界に生まれし一介の大魔術師と兵士は辿り着いていた。

 

 「あれが、神様の家か。ずいぶんと御大層な守りで固めてやがるな……」

 

 兵士の青年は見た。

 高山を360°隈なく覆うファイヤーウォール。

 天にも届かんと言わんばかりの焔の壁。

 近寄るモノは悉く灰になるであろう、強力な魔力の障壁。

 

 「まさしく神の壁だな。アレは魔術師が幾ら集結しようとも形成できるものではない」

 「あんなもんをどうにかする大役を俺みたいな兵士に頼むって本当にどうかと思う」

 

 この兵士と魔術師はかつてシグルドに助けられた都市の人間。そして彼と会話もした者達。

 シグルドに恩義は感じている。助けられた手前、その大恩に応えたくなるのも人情というもの。

 だから、そんな英雄に『貴殿らの協力が必要だ』と言われた時は嬉しかった。

 こんな小さな自分でも何かしらの力になれる。

 そう思えばこそ、快く了承したのだが……まさか、あの強大な壁を打ち破るキッカケの一助に任命されるとは思わなった。

 

 「預かった魔剣を霊脈まで運び、日の出と共に突き立てる。言葉にするのは楽ではあるが、実際はこれだ。神霊の本拠地ってんなら戦乙女(ワルキューレ)はそりゃワラワラいるだろうさ。一体にでも見つかれば作戦が露呈する」

 「私がいなければとっくの昔に見つかっていたがな」

 「感謝してます、してますよ。大魔術師殿の身隠しの魔術がなければ確かに見つかってた」

 

 老齢の魔術師は敵の勢力圏に入ってからずっと姿と魔力を隠匿する魔術を行使し続けている。

 その魔力の消費から来る疲労も少なくないというのも魔術師ではない人間でも分かる。

 そうなれば体力も自然と落ちる。普段はふわふわと宙に浮けるだろう神代の魔術師も今は地に足をつけ、普通の人間と同じように歩かねばならない状態だ。

 兵士の役割はそんな魔術師を担ぎ、補佐するもの。魔術師だけではなく、携帯食料もシグルドから託された魔剣も全て兵士が運搬し、運ばねばならない。

 大人数では見つかりやすく、その人数分魔術師も身隠しの魔術範囲を広げなければならないことから二人組(ツーマンセル)での任務決行が決まった。

 

 「おかげで功を奏した。奴らもまだ此方には気付いていない」

 「なんとか間に合ったしな……後は、霊脈の起点にコイツをぶっ刺すだけだ」

 

 兵士が袋から取り出したのは灰色の魔剣。

 地脈をかき乱す原初のルーンが刻まれた、地殺しの剣。

 今は封印が施されている故にその独特な魔力を抑え込んでいるので見つからずに済んでいる。

 

 「あの焔の壁は地脈から魔力を吸い上げ、形成している。であれば、その地脈を狂わせばその完璧な護りに綻びが生じるか……道理よな」

 

 魔術師から見てもあの壁は破格そのもの。物理的に抉じ開けるとなると、それこそシグルドクラスのモノに限られる。しかしそれでは意味はない。

 今回は総戦力戦。シグルド一人だけではなく、スルーズらの仲間も突入しなければならない。

 

 「我々が鍵を開け、彼らはその開いた門を全力で潜り抜ける。誰一人として欠かせぬ大仕事。人間に過ぎた任だと思っていたが、いやはやいざこの大命を前にしたら存外胸が高まるものだ」

 

 戦力として加わったところで何の役にも立たぬであろう人間。

 だからこそ、神霊はその存在に眼中にない。

 足元を見ぬ神の驕り。神の盲点。

 シグルドは決してその欠落を見逃さない。

 その人間が突破口を開き、主戦力を敵陣営内部に送り届けるジョーカー足り得る。

 

 「もうすぐ夜明けだ、魔術師殿」

 「そうか。遂にか」

 

 そうこうしているうちに地平線の彼方に光が漏れ始めた。

 この瞬間こそが、待ち望んだ開戦の合図。

 火ぶたを切って下す大役、見事務めて見せようとも。

 

 「行くぞ小僧。我らが人間の矜持、天上で見下す神めらに魅せてやろう」

 「おう! てかアンタそんなキャラだったっけ魔術師殿」

 「このような大舞台に招かれたのだ。心の高揚を抑えるなという方が難しいというもの」

 「ハッ、違ぇねぇ!」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 日の出が姿を顕わす一時間前。

 作戦が開始される残り僅かな時間。

 シグルド達は未だ、神霊ブリュンヒルデの城より遥か遠くの隠れ家から動いていなかった。

 シグルドの隠れ家から神霊ブリュンヒルデの城を目指すのであれば英霊の速力であってもそれなりに時間がかかる。

 兵士と魔術師が結界の一部を弱体化させる刹那のチャンスをものにするならば、彼らは既に城近くまで接近していなければならないはず。

 それなのに彼らは動かず、日の出をその場で待っていた。

 となれば、それ相応の意味がある。

 その場所から城まで歩かず、走らず、待機していても間に合う理由がそこにある。

 

 「………シグルド…あの、これは……いったいなんですか?」

 「見ての通り、弓だが?」

 

 いや「弓だが?」じゃないよ。

 スルーズが見たのは、隠れ家の前方にある森を広範囲に切り開き置かれている全長100mに及ぶ巨大な『弓』だった。

 木材で作られているというより、グラムの放つ紅き宝石の如き鉱物で出来ているようにも見える、摩訶不思議な材質で構成されたソレは、まさしく規格外な弩弓そのものである。

 

 「まさかとは思うのですが……」

 「察しがいいなスルーズ。そうだ、この弩弓を使用し、此処からあの城まで一気に移動する」

 「正気ですか!?」

 「肯定する。なに、この弓は原初のルーンで編まれている。性能に不備はない」

 

 そういう問題ではないだろう。

 

 「オ……クー・フーリン殿。弓は完成した。番えるべき矢は貴殿の担当。準備は如何か」

 「そう急くなよ。矢なんてもんは、コイツを代用すりゃ一発だ」

 

 どこからともなく現れたキャスター。

 ケルト神話の大英雄クー・フーリンは片手で原初のルーンを軽く刻み、ある巨大なものを呼び出した。

 それは森の賢者であるドルイドの魔術師に相応しい、木の巨人。

 胴体に人間を詰め込む檻を兼ね備え、やろうと思えば膨大な魔力から火を起こし、全てを灰燼に帰す恐るべき人形。

 その大いなる巨大人形は召喚された瞬間、瞬く間に姿を変え、未来の人類が編み出したロケットなる形を取った。

 まるで弓に宛がいやすいように。如何にも遠くまで飛べますと言わんばかりに。

 

 「ドルイドの対軍宝具……名をウィッカーマン。本来は攻撃、拘束用の代物だが、俺達を運ぶ箱舟兼弾丸の元にするにおいてこれほど適任な素材はねぇ」

 「………破天荒すぎる」

 

 シグルドが作り出した長大な弩弓。クー・フーリンが呼び出した箱舟の材料とするウィッカーマン。

 神霊ブリュンヒルデの焔の壁を突破する為とはいえ、その仕掛けがあまりにも出鱈目なものだった。

 

 「シグルドの弩弓がカタパルト。クー・フーリンのロケット改良型ウィッカーマンがシャトル。日が昇ると共に私達が搭乗したソレは、真っ直ぐ神霊ブリュンヒルデの焔の壁までミサイルと化して射出される……それで間違いないですね?」

 「肯定する」

 「おうさ」

 「いやバカですか!? 力技にも程がある!!」

 「なーに、叡智だなんだと言っても最後に頼れるのは強引な特攻だぜ戦乙女の姉ちゃん」

 「向こうでは既に頼れる仲間が準備を進めてくれている。当方らはこれに乗り、身を任せていれば刹那で城内だ。安心されよ」

 

 本気だ。この二人、本気で言っている。

 この棺桶と化したロケット型ウィッカーマンに自分達は乗り込み、あの業火の壁目掛けて射られる。これほど恐ろしい移動手段がこれまであっただろうか。安全性の欠片もない。

 

 「まぁ、流石にウィッカーマンも神樹とはいえ木の宝具。このまま移動手段として使っても不安だというのも分からんではない」

 

 それだけじゃないんだが。恐らくは音速を優に超える速度で移動させられること自体が恐ろしいのだが。

 

 「ではクー・フーリン殿」

 「おうよ。最後の仕上げと行くか」

 「これならば、スルーズ達も安心できよう」

 「合わせろよ……シグルド」

 「言われるまでも無い」

 

 シグルドとクー・フーリンは息を合わせて虚空に指を走らせる。

 次々と宙に刻まれるは原初のルーン。

 あらゆる現象事象をシグナルアクションで為し、その効果も現代魔術の比ではない。

 凡そ万能と言える魔術を二人はあろうことか同時に発動させ、組み合わせている。

 本来魔術とは単体で成立するもの。例外こそあれ、原初のルーンでの術者二名による共同作業など聞いたことも見たこともない。

 

 「(私達も知らないルーン……!?)」

 

 驚くべきは内容ではない。

 戦乙女(ワルキューレ)すらも知らないルーンを何故、竜殺しと異郷の魔術師が知り得ているのか。

 練度とてそうだ。正式なオーディンの娘を差し置いてこの正確さ、精錬さ。

 全てにおいて、オリジナルの戦乙女(ワルキューレ)を上回っている。

 人間のようなつまらないプライドなどないと思っていたが、こればかりは己の自尊心を燻らせる。

 

 「ウィッカーマンの木々は骨子となり、原初のルーンは装甲として機能する」

 「鋼程度では耐久が間に合わん。魔銀を使うぞ」

 「了解した。魔銀錬成、久しく行っていたなかったが合わせて魅せよう」

 「よし、よし、良い感じだ」

 

 凄まじい速度でウィッカーマンが加工されていく。

 木々が露わになっていた外装は魔銀により覆われ、形はより精密な矢の形に変わる。

 確実に神霊ブリュンヒルデの城にぶっ刺す。そんな気概すら感じられる。

 しかし弓と矢が完成したところで、それを放つ者がいなければ始まらない。

 これだけの巨大な兵器だ。それこそ巨人でもなければ扱うことなどできまい。

 そんなスルーズの内なる疑問を知ってか知らずか、シグルドは完成した矢の次にその弓矢を放つ装置を準備し始めた。

 

 「炎の巨人ほどの巨体があれば、丁度か」

 「ああ。流石にその質量となると、俺達だけでは出力が足りん。スルーズ、お前も見てないで手伝え。その原初のルーンは飾りではないんだろう?」

 「はい!?」

 「今から土くれの巨人を創り出す。俺とシグルドだけでは限界があるから手伝えと言ったんだ」

 

 無茶苦茶なオーダーだ。

 

 「ぶっつけ本番で行くぞ!」

 「ちょ、クー・フーリン様!?」

 「落ち着けスルーズ。当方がサポートする」

 「貴方もなに当然みたいに!」

 

 この男達、あまりにもマイペースが過ぎる。此方の話を聞きもしない。

 

 「ああもう! 本当に貴方達は……!!」

 

 いきなり巻き込まれたスルーズではあるが、それでも大神オーディンの娘。

 情けない姿は見せられない。即興ではあるが戦乙女(ワルキューレ)の名に懸けて遅れは取りたくない。

 そして知るのだった。この二人が、見ていた以上に高度な御業を行使していたことに。

 さも当たり前のように為していた技巧が想像以上に難解であったことに。

 スルーズは若干泣きそうになりながらもそれに喰らいついた。

 さりげなく彼らから距離を置いて避難していたオルトリンデとヒルドは許さないと誓って。

 

 

 

 …………

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 「凄まじいな……これは。これが神代の魔術か」

 

 中世の騎士であり、神代の生まれではないジークフリートは天高く聳える土くれの巨人を見て率直な感想を口にした。

 まず己の知る生前の世界では見られないであろう神秘の具現がそこにあった。

 

 「まったく神代というのは想像の埒外なものを見せてくれる」

 「いえ、流石にこれほどのものは神代でも早々作りませんよ……はぁ」

 

 関心するジークフリートをよそにぐったりと倒れ込んでいるスルーズ。

 魔力というより創造に用いた集中力が桁外れだった為か、疲れの色が透けて見える。

 これから決戦だというのに大丈夫なのだろうか。

 

 「ははは、この程度でへばってるんじゃないぜお嬢ちゃん。アンタを設計したオーディンが見たら『そのような作業にも絶えられないような生中な設計はしていないはずだが?』とか思われちまうんじゃないか?」

 「く……なにがこの程度ですか。というよりなんでそんなに余裕なんですか貴方達」

 「余裕もなにも、泥遊びで疲れる奴がどこにいるって話なのさ。ちょいと量が多かったもんだから手助けしてもらったが、工程自体はそう難しいものじゃない。なぁシグルド」

 「いや、当方も少なからず疲労がある。みなが皆、貴方のように熟練した練度では扱えない」

 「そんなもんかねぇ。まぁ、セイバークラスにランサークラスでの原初のルーン行使だ。それでこの形まで持ってこれたなら上等……っといけねぇ。ほらさっさと乗り込めお前ら! 作戦開始の時刻まで時間がねぇぞ!」

 

 森の賢者はウキウキしながら全員ウィッカーマンの中に押し込んだ。

 

 「意外だ。貴殿は、そのような性格であったのか?」

 「クク、器に引かれているのかね。いや、違うか。純粋にただのサーヴァントとして活動できる今が楽しいのやもしれん」

 「ほう?」

 「たまにはこういった役割も悪くないってこった」

 

 クー・フーリンを演じる神は、ニヤリと笑った。

 シグルドはそんな神に不遜にも微笑ましく思う。

 大神とは、所謂全能の神だ。不可能なことなど何もない、全知全能の化身。

 それ故に心は不動。多くを為せるが故に起こり得る事象全てが何の刺激にもなりはしない孤独感。

 今の彼は、その自由にして不自由な枷から解き放たれていると言ってもいい。

 

 「全員、安全ベルトを体に巻いたかァ!」

 

 賢者の確認に全員が頷いた。

 

 「ならば良し―――総員 歯を食いしばれよ。こっから俺達は矢となり音速を超え、光速に至りて焔の壁を穿ち射る!!」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 日の出が顔を顕わす十秒前。

 

 「やれ、小僧………!」

 「おう!!!」

 

 兵士と大魔術師は、己の役割を全うする。

 兵士は袋から魔剣を取り出し、封を施された符を破り捨てた。

 そして大魔術師が施した身体強化の恩恵をフルに活用し、全力で霊脈の起点まで疾走した。

 

 「「「「ヒト!?」」」」

 「「「「そこで何をしている!!」」」」

 

 身隠しの魔術以外の魔術の行使。そして隠れる気が微塵もないであろう音も憚らず全力で駆ける人間に戦乙女(ワルキューレ)が気付かないわけがない。

 異常を察した量産型戦乙女(ワルキューレ)は二人を認識して一斉に動き出した。

 

 「「遅いんだよ、人形……!!」」

 

 時は満ちた。

 兵士は霊脈の起点の一つである霊脈の大地に、魔剣を深々と突き刺した。

 

 「貴様ら、いったい……な、これは!?」

 

 量産型戦乙女(ワルキューレ)の問いの答えはすぐ現実となって現れた。

 絶対的な防御機構、神々の焔の壁。その一部が、揺らめき、出力が不安定となっている。

 しかしこの程度の揺らぎ程度で強度が脆くなろうと、それでもなお、人間の手でどうにかできる代物でもない。

 そう、人の手であるならば。

 人であり人を超えた英雄の手であれば―――その揺らぎ、その強度の低下は、致命的な穴となる。

 

 ドォォォォォォォォンッ―――………!!!

 

 刹那。ほんの刹那の間に、その奇蹟は為された。

 絶対不可侵の焔の壁。その揺らぎを悉く貫通し、通過した巨大なものがあった。

 

 「馬鹿な……!」

 

 量産型とはいえ腐っても戦乙女(ワルキューレ)。この城に繋がる氷食尖峰山に近寄る巨大な物体などあれば体を盾にしてでも止める。

 ならば、何故素通りさせたのか。

 言うまでもない。分からなかったからだ。感知できなかったのだ。

 あまりにも速すぎたソレは、量産型戦乙女(ワルキューレ)のセンサーに感知される間もなく、音も何もかもを置き去りにして着弾した。

 

 

 ◆

 

 

 

 「―――来ましたか」

 

 ああ、山が。城が。少し、揺れた。

 来たのですね。来てしまったのですね。

 愚か。実に、愚かしい愚行。

 神をも恐れぬ蛮行と言えましょう。

 

 「私は、許します。貴方が私の前に立つことを」

 

 むしろ、この時を待ち望んでいたかのよう。

 ふわふわしたこの感情。溢れ出るこの激情。

 コントロールすることもままならない、愛情。

 

 「愛しの……シグルド」

 

 シグルドを愛おしいと思う私は誰?

 神霊ブリュンヒルデ?英霊ブリュンヒルデ?

 二人のブリュンヒルデが交戦した後のこと、よく覚えてないの。

 今の私は、果たしてどちら?

 

 「ええ、ええ……どっちでもいいですよね。そんなことは」

 

 ■■ブリュンヒルデは朗らかに微笑む。

 ずっと会えなかった愛おしい存在を前にした、生娘のように。

 

 「貴方を存分に愛す(殺す)ことができるのなら、それで()いのですから」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。