死がふたりを分かつまで   作:ナイジェッル

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第25戦:神は理不尽にして非情

 許さん。許さん。許さん。決して許してなるものか。許せるものである筈がない。

 嗚呼、思い出す。今でも鮮明に思い出すことができる。あの悲劇の始まりを。

 

 『うむ、ようやく見つけた()き宿だ。ここで泊まらせてもらうとするか』

 『ヒューッ! やっと休みかよオーディン!流石に俺もクタクタだぜ!』

 『ウソおっしゃいロキ。神が疲れを知るはずがないでしょう』

 『ヘーニル。アンタはノリが悪い! こういうのは雰囲気で楽しむもんでしょーが!』

 『まったく、演技も過ぎれば道化になりますよ』

 『道化で結構! 俺は常にそうありたいね! 冷静沈着なんて肌に合わねぇのなんの!』

 

 静かに細々と営んでいた我が宿を訪れたオーディン、ロキ、ヘーニルの三柱。

 最初は我が宿の評判が遂に天界にすら届いたかと喜びもした。

 神への接客など初めてだと。失礼のないように出迎えようと。

 ああ、ここに弟がいれば良かった。きっとアイツも神が客としてきたと知れば喜ぶだろうと思っていた。

 

 『ロキ。まずはこの者に金を』

 『ほいほい。ちょいと待ってなァ。今新調した財布から出すからさァ』

 

 神も現世の金貨を持つのか。てっきり神故にタダで泊まらせろと言われるかと覚悟していたが。

 人の世に出れば人のルールを守る。それが今こうして旅をしている神たちの決まり事か。

 こちらとしては大変助かる。それに神から頂ける金貨はさぞ祝福も詰まっていることだろう。

 ああ、財布もきっと天界の素材などで出来ているに違いない。

 はてさて。どんなものなのか―――え?

 

 『じゃじゃーん! 見てくれよお兄さんコイツをよ! この近辺の川でとっ捕まえた活きのいいカワウソの皮を剝いで作ったもんだ。いいだろう、イカスだろう!? なぁ、ほらほら!』

 

 ロキが自慢して見せてくる皮財布。

 しかし、そのカワウソの皮はどこかで見たことがある。

 いや、ウソだ。ウソだ嘘だうそだ噓だ……そんなことあるはずがない!

 無邪気にそれを見せつけるロキの声などファフニールには届いていなかった。

 ファフニールの瞳孔は開き、その皮財布一つに焦点が集中していた。

 ああ、そんなハズがないと思いたいのに。

 こんなことがあるわけがないと信じたいのに。

 その皮財布に用いられたカワウソの皮は、よく弟が見せてくれたカワウソに化けた時のものにそっくりだった。

 

 『しっかしこれが妙でなぁ。皮を剝ぐ時、普通の獣とはちょいと違う感じがしたんだわこれが。なんつーか……ああ、そうそう! まるで人間(・・・・・)の皮を剝いだ時みたいな感覚だったんだよ!』

 

 そのロキの言葉を最後に。

 ファフニールは、絶望から怒りに。怒りから殺意に変わった。

 ありとあらゆる感情がどす黒い何かに染まっていった感触は、今も忘れられない。決して。決してだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 【■■■■■■■■■■!!!】

 

 邪竜の咆哮。ただの咆哮がこの次元歪めし広域空間に響き渡る。

 叫ぶ。それだけでも魔力が付随しているのだから、これも一種の外敵攻撃にすら発展する。

 ジークフリートは耳を防ぐこともせずファフニールの元まで駆ける。

 この些細な威嚇ですら攻撃ならば、悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)の効果範囲に至る。

 流石にただの咆哮がAランク級攻撃になるわけもなく、ジークフリートは意に介することなく接近できる。

 

 「おおおおお!!」

 

 様子見はいらない。加減も必要ない。

 ジークフリートは全神経、全筋力を用いてバルムンクを振り抜いた。

 真エーテルも出し惜しみのない光を放ち、刀剣から放たれた光は熱量を帯びて邪竜を呑み込む。

 

 「おお、いきなり黄昏を放つか」

 「当然だ。かの邪竜が相手ならば、もはや初手から全力で行くが筋」

 

 あの邪竜は、一つの神話体系の頂点が一体。

 主神クラスの神霊を生け捕りにしたとされる、生粋の怪物。

 このような相手に余力を残した戦いができるほど驕っているつもりは微塵もない。

 

 「だが、それならば分かってるな」

 「あの程度の攻撃では倒し切れない……か?」

 「おう。そら、来るぞ……!」

 

 バルムンクの熱線に飲まれたファフニールは何事もなかったかのように活動を開始する。

 傷は―――ない。全力の一撃を諸共に受けた筈だが、掠り傷一つすら見当たらない。

 仮にも竜殺しの剣による熱線だぞ。普通の竜種であれば掠り傷どころか致命傷になるはず。

 

 【―――灼熱竜息・万地融解(アカフィローガ・アルグリーズ)

 

 お返しとばかりに、ファフニールはその巨大な口から高圧縮された魔力の獄炎。

 比喩なく万物を融解せしめんとするその吐息は、容赦なく小さき二人のサーヴァントに向けられた。

 

 「ジークフリート、私の後ろまで下がれ!!」

 

 賢者は懐から原初のルーン文字が刻まれた石を取り出し、迫り来る火炎の前に勢いよく投擲する。

 これこそは魔術の神、大神オーディンが手に入れ、形と成した原初のルーンの力の一端。

 たとえ竜種の吐息(ブレス)であろうと、英霊の上級宝具であろうと決して破られぬ結界術。

 その石を起点に光の壁が生み出され、灼熱竜息・万地融解(アカフィローガ・アルグリーズ)を完全に遮断した。

 賢者はそれに喜ぶことも、誇ることもしなかった。むしろ屈辱だと言わんばかりにファフニールを睨む。

 

 「此方は全力で相手してるというのに彼方には驕りが見え隠れしている。対軍級程度の吐息(ブレス)など、奴にとってはそう強力な攻撃でもないだろうに。ましてやこの私を確殺したいのならこの攻撃は文字通り舐めている」

 「そうだろうか……俺には、英霊を確実に鏖殺して足りる一撃に見えたが………」

 「あの程度の攻撃でそんなことを口にしていては先が思いやられるぞ。決して侮るな。忘れるな。アレはただの邪竜ではない。全ての悪竜現象(ファヴニール)の大本だ」

 

 使い魔として呼ばれた以上、生前のような猛威こそないだろうが、それでもかつては神霊を捕らえた者。たとえ弱体化していた状態であろうとも、ここ一帯を更地にして余りある力を持っている。

 

 【貴様らは黄金に呪いを含ませ、俺を陥れた……何が賠償金だ、何が正義だ!!】

 「それはロキの行いであって私は無関係な筈だが?」

 【黙れ! 貴様らのせいで、俺は……弟を手にかけてしまった……!なんという悪趣味な!!】

 「あー、まぁ、なんだ。ロキを本気にさせた貴様が悪いのだ。アレは敵にしたら本当に面倒くさいというか、まさしく最悪だからな。その身をもって知っている」

 

 神話曰く、ファヴニールは弟を殺した三柱を生け捕りにし、天界に賠償金を要求した。

 それは正当な行いだった。弟を無惨に殺された身内が相手に償いを求める。対価を要求する。

 何も間違ってはいない。神だから何をやってもいいなどあり得ない。

 その考えもただの人間であれば不遜極まりないが、ファフニールとその弟フレイズマルは天界を相手取れる力を有していた。それこそ主神を捕らえられるほどの。

 力関係は対等だった。その場で怒り狂ってオーディンらを殺さなかった慈悲もあった。

 なのに、神々はファフニールを陥れた。

 ファフニールに与えた身代金の黄金の中に、呪いの指輪を忍ばせたのだ。

 それは黄金に欲を持たせる呪詛。それに掛かったファフニールは弟のフレイズマルを殺してしまった。

 

 「先ほどからの話を聞いていると、贔屓目で見ても神々の行いが元凶に見えるのだが」

 「ネーデルラントの竜殺し。神とて過ち……ではなく、ちょっとした悲しい事故も起こり得る」

 「絶対に自分達が悪かったと言わないのだな」

 「神だからな」

 

 これは恨まれても仕方ない。

 ジークフリートは強大な敵である筈のファフニールに深く同情した。

 

 「ともあれ、ロキが贈った呪いとの相性も良かったのだろう。奴は己の欲に従い世界中から様々な財宝を収集した。その中には人界には手に負えないものまであり、もはや看過できないほど力をつけた。元々が強かった上に最強の幻想種にまでなってしまっては手に負えん」

 「………後始末をシグルド殿に押し付けたのか」

 「人聞きの悪いことを言うな。私はただ素晴らしい素養を持つ一族から選りすぐりの勇士を選出し、その者の子に更なる祝福を与えただけだ。シグルドがあそこまでの力をつけたのも、遠回しで見守った私のおかげだ。その対価として我々の後を託して何が悪い」

 「…………」

 

 もう、あまり彼らの事情を知るのはよそう。剣が鈍りそうだ。

 

 「……これが神か」

 

 人と同じ言葉を喋り、人のように思考する存在ではあるが、根本的に人とは異なる。

 彼らの理念に己の過ちなど存在しない。

 例え自分達の行いによってどれだけの人間が苦しもうとも、そこに向ける意識がないのだ。

 人の括りで言えば自己中心的。神の括りで言えば、彼らの決定こそ正義であり正しさ。星の答えとなる。

 

 【シグルドとは異なる竜殺し。悪竜の呪いをその身に宿す嗣子(ファヴニール)よ。貴様も知ったであろう。あれこそが神の本性だ。共に戦うに値しない、下種の極みだ。それでもなお、貴様は俺の邪魔をするか?】

 

 確かに、大神の為に戦うのであれば、剣を収めるのもあっただろう。

 命令されるがままに剣を振るっていた生前ならまだしも、今の己は自分の判断で剣を握るか否かを決めることができる。

 それでも―――。

 

 「俺は、神の為に戦っているのではない。友の為に戦っている」

 

 合流すると約束したのだ。

 先に待っているであろうシグルドに追いつくと。

 

 「許せファフニール。貴様の怨み、確かに心に来るものはあるが……俺も、俺の望みの為に押し通らせてもらうぞ」

 【生き残る最後のチャンスを貴様は逃した。事実、その解答は自殺となんら変わらない。友との義理の為に死にたいのであれば、もはや何も問うまいよ。そこの愚かな大神諸共、朽ち果てよ】

 

 それに、シグルドはこの場に残らせていた方がまだ救われただろうとファフニールは心中で吐露した。

 ファフニールはこの城に招かれた客人の一人にすぎない。

 もう一人、シグルドを出迎える為に用意された者がいる。

 

 【(神とはどこまでも非情なものよ)】

 

 その者は、シグルドと最も深い縁を持つ存在。

 太祖オーディン、宿敵ファフニールなどよりも物理的にも、魂的にも繋がった(・・・)

 アレをよりにもよってブリュンヒルデが用意したのだ。神とはかくも悪趣味な趣向を持つ。

 ファフニールは同情していた。自分と相対するのではなく、先を急ぐその背中を見て。

 

 【(お前を殺すのは俺だ。つまらぬところで躓くなよ、シグルド)】

 

 かつては己を殺した者とはいえ、シグルドのことはオーディンなどよりよほど好感が持てた。

 だからこそ、この手で殺すと決めていた。

 神々に対するような憎悪による殺害ではない。自分を打ち負かした者に対する敬意を以って。

 ファフニールは決してシグルドの身を案じているのではない。

 

 『俺を殺した者ならばつまらぬ死に方だけはしてくれるな』

 

 ただそれだけの話である。

 

 

 

 ■

 

 

 

 シグルドは神霊に匹敵するファフニール討伐を買って出たジークフリート、クー・フーリンを残し、神霊ブリュンヒルデの玉座を目指し回廊を突き進んでいた。

 生前ではあり得なかった状況だ。

 神馬グラニを唯一の友とし、誰からも助けを請わず、任せず、己の力のみで物事を解決してきた男が誰かに全幅の信頼を以って託し、託されるなどと。

 彼らに対して不思議と心配はなかった。ここであの二人の身を案じることこそ、彼らの能力を信じていないという裏切りに繋がるが故に。

 

 「シグルド。貴方に改めて聞きたいことがあります」

 「……応えよう、スルーズ」

 「貴方の決意は変わらず……なのですか」

 

 シグルドの後ろから共に前へと進むスルーズは不意にシグルドに質問を投げかけた。

 それは、神霊ブリュンヒルデと相対した場合の対応についてだ。

 この世界を修正するために神霊ブリュンヒルデを殺めるつもりなのか否か。

 未だに踏み切れないスルーズに対して、シグルドの返答は変わらず、迷いもなかった。

 

 「変わりはない。当方は神霊ブリュンヒルデを斃す」

 「ならば、続けて問います。それは英雄としての使命感からですか?」

 

 汎人類史の継続の為にブリュンヒルデを殺すのか。

 英雄としての矜持がそうさせるのか。

 それとも―――。

 

 「否。英雄だからではない。当方がシグルドであるからだ」

 

 英雄の使命感ほど大層なものではない。

 ただ、どこにでもある人間の感情にすぎない。

 夫婦の片割れが仕出かしたことを収めるのは、いつだってその伴侶である。

 たとえそれが平行世界の別存在であろうとも変わりはない。少なくともシグルドにとっては。

 

 「彼女を止める役目は当方だけのもの。他の誰にも譲りはしない」

 

 たとえそれが命を絶つことであっても。

 

 「ふん、聞いていればなにさ。お姉様と一緒にいた時間は私達の方が長かったんだからね!」

 

 話を静かに聞いていたヒルドは声を上げた。

 

 「そうです。ブリュンヒルデお姉様は貴方だけの特別な人ではありません」

 

 オルトリンデもまた、それに続いた。

 

 「だ、そうですよシグルド。この場において貴方だけがお姉様を止める役目を担っているとは傲慢がすぎる。私達にもその重荷を背負う資格があります。ブリュンヒルデという存在を愛しているのは、私達も同じなのだから」

 

 スルーズは知っている。

 ブリュンヒルデがどれだけ優しかったか。

 ヒルドは知っている。

 ブリュンヒルデがどれだけ妹達を愛していたか。

 オルトリンデは知っている。

 ブリュンヒルデがどれだけ自分達を案じていたか。

 

 確かにあの神霊ブリュンヒルデは自分達の知るブリュンヒルデではない。

 それでも、彼女は確かにブリュンヒルデなのだ。

 シグルドが神霊ブリュンヒルデを自らの手で止めようと決心しているように。

 戦乙女(ワルキューレ)もまた、彼女を自分達の手で止めたいと思っている。

 この思いに優劣などない。

 それをただ一人だけのものと思い込むのは、認められない。

 

 「ふ……そうだな。それこそ、肯定せねばならぬことだった」

 

 シグルドは知らず知らずのうちに自惚れていたのだと苦笑した。

 生前はこうまで愉快に思えることは少なかった。

 ブリュンヒルデ以外に笑みを浮かべること自体、まずありえなかった。

 それが今やこうして間違いに気づき、苦笑すらできてしまう。

 ああ、そうだ。

 自分には、こういったことを言い合える仲間がいなかったのだから。

 

 「………私は、分からない。貴方達のようにブリュンヒルデを知らないから」

 

 トイネンは思い返す。

 神霊ブリュンヒルデが自ら生み出し、捨て駒にしてきた量産型戦乙女(ワルキューレ)の末路を。

 トイネンもその消耗品の一人としか見なされず、消費されてしまうはずだった一機だったことを。

 

 「それもまた事実だ、トイネン。お前の思いは間違いではない」

 「シグルド……」

 「許せとは言わん。憎めとも言わん。お前は、お前の心に従って槍を振るうがいい」

 「………はい!」

 

 トイネン・アスラウグは何かが吹っ切れたように頷いた。

 自他ともに認める、トイネンの心の未熟さ。

 未だに人の心を理解しきれず、憎しみ、愛しさ、妥協を定められぬ魂。

 それ故に、成長できる。

 この戦いの中で何か新しいものを掴めるのなら、こう思うべきか。

 神霊ブリュンヒルデは自分が個を得る為の壁なのだと。

 その壁を越えて、その先にある未来にこそ、トイネンが望む新しい自分があるのだと。

 

 「度し難い男だ。貴方はそう言って、女を惑わせる」

 「「「「!?」」」」

 

 皆が目的を一つにしようとしていた中で、突如として聞こえた女の声。

 スルーズでもなく、ヒルドでもなく、オルトリンデでもなく、トイネンでもない。

 では、この声の主は誰のもの? 言うまでもない。敵のものだ。

 声の主はすぐそこにいた。スルーズの背後だ。

 

 「だから貴方は女を守れない。昔も、今も」

 「あ―――」

 「このように」

 

 紅き剣閃がスルーズの背中を切り裂いた。

 白鳥礼装を破壊され、失墜するスルーズ。いや、白鳥礼装だけではない。

 その光の翼を貫通し、彼女の肉体にまで傷をつけていた。

 Bランク以下の物理攻撃を防ぐオリジナルの戦乙女(ワルキューレ)の肉体をいとも簡単にだ。

 

 「スルーズ!」

 

 シグルドは墜落するスルーズを地面に激突する前に受け止めた。

 しかし、これは明らかに致命傷。霊核に届いてはいないが、それも紙一重の話。

 あと少しスルーズの反応が遅れていたら確実に霊核は貫かれ、死んでいた。

 

 「お前、よくも!!」

 「新手の戦乙女(ワルキューレ)ですか!」

 「よせ、ヒルド!オルトリンデ!」

 

 シグルドの静止を振り切り、ヒルドとオルトリンデはスルーズを傷つけた女の元まで駆ける。

 

 「戦乙女(ワルキューレ)? その問い、半分正解。半分―――不正解」

 

 フードを深くかぶった女は宙を浮いていた。

 おそらくは原初のルーンの飛行。そして先ほどまで気配を隠していたのは身隠しのルーン。

 これほど高度な原初のルーンを扱えるのは、オーディンが手掛けたオリジナルの戦乙女(ワルキューレ)、ケルトの英雄師弟、シグルドくらいなもの。

 ならば、この女もまた戦乙女(ワルキューレ)の一人? それとも影の国の女王?

 いや、そのどれも違う。この気配は今まであったことがないものだ。

 

 「「はァァァァァァ!!」」

 

 ヒルドは左から、オルトリンデは左から高速の刺突を放つ。

 原初のルーンで筋力を強化している戦乙女(ワルキューレ)の全力の突きだ。

 速度、威力共に初見で対応することは困難。それも二人同時という手数の多さもある。

 何者かは知らないが、その正体を知る前に、まずは倒す……!

 

 「グングニルとはいえ、所詮は量産品。私を仕留めるには些か質が足りない」

 

 一瞬だった。

 黄金の槍(グングニル)が折れ、神鉄の盾が粉砕されるまで、一秒と時間は掛からなかった。

 ヒルドとオルトリンデは驚く暇もなく、そして一撃も与えることができずに吹き飛ばされる。

 そんな最中、トイネン・アスラウグはその場でまた何もできずに棒立ちになっていた。

 オリジナルの戦乙女(ワルキューレ)達が次々と倒されている中で、トイネンは身動き一つ取れなかった。

 

 「裏切り者がいましたね、そういえば」

 「………あ」

 「呆けた口に、理解が追い付いていない思考。所詮は量産型」

 

 気が付けば、死神が、そこにいた。

 フードを深くかぶり、素顔を見せぬその女性はトイネンを見下していた。

 そのフードの奥から見える紅き目は、憎悪を物語っていた。

 誰に対しての悪意か。いや、これはトイネン・アスラウグに向けられたもの。

 何故だ。何故、彼女はその憎悪に孕んだ眼光をトイネンに向ける。

 このような英霊と一介の量産型でしかないトイネンとの因縁など、あろう筈がない。

 仮にあるとすれば、そう、他の量産型にはないもの。トイネンにしかないもの。

 

 「それにしても傑作ですね、第二の(トイネン)・アスラウグ。貴女のような者が、アスラウグの名を語るのだから」

 

 彼女の執着は、ソレだった。

 他の量産型戦乙女(ワルキューレ)にはなくて、トイネンにあるもの。

 それが―――名前だ。

 

 「死ね」

 

 シンプルな死刑宣告だ。

 フードの女は有言実行とばかりに瞬時に紅き剣を顕現させ、トイネンの首を狙った。

 不意打ち。否、仮にこれが不意をついたものではないものだったとしても、トイネンには反応できなかっただろう。

 ノーモーションからの神速の首飛ばし。この攻撃を初見で対応できるものなどいない。

 ましてや、このタイミングでトイネンを守れるものなど――― 一人だけ……いた。

 神速すら割って入れる、北欧最強の英雄が。

 フードの女の紅き剣は、まるで瓜二つのシグルドの紅き魔剣によって阻まれたのだ。

 しかしその行為こそが、フードの女の逆鱗に触れることとなった。

 

 「助けるのですね、その娘を」

 

 フードの女の殺意は更に加速する。

 殺意の対象がトイネンからシグルドに移り変わる。

 否、トイネンに憎悪しながら、シグルドには特大の殺意をぶつけている。

 

 「…………お前は」

 「ええ、ええ。私は実に最悪の気分ですが、敢えて名乗らせて頂きます」

 

 女は深くかぶっていたフードを脱いだ。

 その隠された素顔を晒した時、トイネンは息を呑んだ。

 神霊ブリュンヒルデ。その神霊と瓜二つの顔が、そこにあったのだ。

 髪は白く、眼は螺旋の瞳孔を持ち、顔立ちこそブリュンヒルデではあるが、その憎悪に浸された表情は凡そ神霊ブリュンヒルデは決して見せないであろう悪鬼が如き鋭さ。

 

 「私は此度の特異点にて召喚された槍兵(ランサー)

 

 その女の名は―――。

 

 「クラカ。またの名を、アスラウグ(・・・・・・)

 

 ブリュンヒルデと瓜二つであるのは当然だ。

 シグルドと同じ目をしているのもなんら不思議はない。

 彼女こそは、真なるアスラウグ。

 戦乙女と戦士の王の寵愛を一心に受けた女。

 そして。

 

 「こうしてお会いするのは初めてですね、シグルド。さっそくですが―――死んでください」

 

 シグルドを殺す者だ。

 

 

 

 

 

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