死がふたりを分かつまで   作:ナイジェッル

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第27戦:竜の炉心

 まさしく悪竜を滅ぼす一撃だった。それは嘘偽りのない、ファフニールの評価。

 迫り来る黄昏からは圧縮された真エーテルの魔力の渦を感じ取れる。

 更に特筆すべきは竜への呪い。人理がそうあるべしと定めたが如き、悪竜への殺意。

 なるほど、この一撃はただの悪竜現象(ファヴニール)には荷が重かろう。擦りでもすればそれがそのまま致命傷になりかねない。

 

 【良き剣だ。竜殺しの肩書、伊達ではないことは認めよう】

 

 黄昏の光はドーム状に広がり拡散する。より効果的に、より広範囲に射程範囲を広げ、レンジを高めていくためのものだということが分かる。逃がす気は毛頭ないと言わんとしているようだ。

 ワイバーンが100匹いたとしても一網打尽荷される。ドラゴンが数体いたところで結果は変わらない。ことごとく滅ぼされるだろう。

 尤も、ただの竜種、悪竜現象(ファヴニール)であれば、だが。

 

 【悪くはないが―――心の臓には届かん】

 

 ファフニールは直撃した。あの滅竜の一撃を回避することなく生身で受けた。

 少しでも当たれば、そのまま致命傷になるものを真っ向から受けたのは回避を諦めたが故か? 生存を手放したが故か?

 否。断じて否である。

 ファフニールにとってそれは、回避する必要がなかった。(・・・・・・・・)それに尽きる。

 

 「……これほどか、悪竜の祖」

 

 ジークフリートには手応えがあった。直撃させた、確実な手応えが。

 しかし、深傷を負わせたという手応えは、まるでなかった。

 これまでありとあらゆる悪竜を滅してきたバルムンク。

 その実績、戦果は確かな誇りとも言えた。

 こと竜種に対しては一撃必殺。その看板は、この場を持って返上せねばならない事態が起きた。

 

 「竜翼ひとつ抉れぬとはな」

 

 健在。バルムンクの真名解放を受けたはずのファフニールは、未だ健在。

 大神の賢者が生み出してくれた絶好のチャンスを物にして、確実に直撃させるに至る一撃を確かに繰り出したはずだが、あの悪竜は倒れることなくそこにある。

 驚きはないと言えば、嘘になる。元は大神を捕らえるような存在だ。一筋縄ではいかないことは理解していた。理解していたが、まさか自慢の一撃を受けてダメージらしき様子すら見えないとは思わなんだ。

 

 「ちっ、憎たらしい奴だ。可愛げがない」

 

 込み入った事情になっているのだろう、クー・フーリンの肉体を借りている大神オーディンも舌打ちをした。

 

 「今の奴は生前ではないが故に、多少の無敵性は剥がれていると踏んでいたが……流石に甘く見積りすぎていたか」

 

 腐ってもファフニール。使い魔として現界している身でもその力は埒外である。

 何かないか。決定的な一撃たり得る手は。

 そう模索し、ファフニールを睨むオーディン。

 かつて煮湯を飲まされた者として、このリベンジマッチは神の矜恃としても負けられないのだ。

 

 「……む?」

 

 そして、気付く。

 大神故の優れた観察眼が、それを見抜いた。

 

 「ほうほう、なるほど。やはり今の貴様は所詮使い魔に身を窶した存在にすぎんのだな」

 「どうした、オーディン殿」

 「奴の胸部……心臓部分をよく見よ」

 

 オーディンが指差した場所を目で追ったジークフリート。

 そこには、微かな違和感が見て取れた。

 巨大な体躯を有するファフニールからすれば、もはや染みにすら見える小さな点。

 戦士たるジークフリートは、すぐに気づいた。

 あれは古傷だ。

 何者かがファフニールに絶命に至る致命的な一撃を与えた証拠そのものだ。

 

 「シグルド殿か……!」

 

 北欧の伝説において、かの悪竜を滅した竜殺し。

 大神の末裔シグムンドの子シグルド。

 彼がファフニールを討伐した際の傷が、そこにあった。

 

 「分かりやすい弱点だ」

 

 賢者は笑う。ここまでお誂え向きな急所はないと。

 攻略不可能な敵だと思ったが、実際は違う。付け入る隙はある。

 

 【………気づいたか。いや、気づいて当然か】

 

 ファフニールも不敵な笑みを浮かべた。

 それは弱点を知られたが故に苦し紛れに笑っているのではない。

 知られた上で、尚も負けはないという自負の現れ。

 

 「何故その傷を隠さなかった。お前ほどのものなら、隠匿するのも容易かったろうに」

 【そのような小物じみたことはせん。それにこれは戒めよ。隠しては意味がない】

 「ほう、戒めか」

 

 ファフニールは遠い目をして語る。

 かつての恥辱を。

 

 【正直に言おう。あの時の俺は、侮っていた。神すらも捕らえた俺が人如きに屈するわけがないと。自惚れていた】

 

 主神含めた名のある神々を生け捕りにした実績。

 非力な人間がどれほど優れていてもたかが知れているという慢心。

 全てが重なり、半端な覚悟であの男と対峙してしまった。

 

 【だが、二度目はない。もう二度と、遅れは取らん】

 

 ファフニールは内に秘められている魔力を段階的に放出し始めた。

 今までも十分すぎるほど、それこそ聖杯に比肩する魔力を誇示していた悪竜は、事もあろうに更にその先の段階にまで足を踏み入れていたのだ。

 

 「欲深まればここまでに至るか。レギンめは貪欲で扱いやすかったが、もはやファフニールは悪食よ。手がつけられたものではない」

 「悠長なことを言っている場合ではないと思うが……!」

 「然り。先手先手を打ち続けなければ、これはちと我らが塵になる方が早そうだ」

 

 賢者はそう軽口を叩いてからの行動は迅速だった。

 

 「奥の手の術式を編む。私は大神だが、今は依代の力を借りている身だ。早期決着が望ましい」

 「つまり俺にかかっているということか」

 「頼りにしているぞ、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)。うまくいけば、ヴァルハラのVIPルームに招待してやろう」

 「いや、遠慮しておこう。俺は、華美装飾に彩られた場所よりも……クリームヒルトが待つあの家がいい」

 「ならば臆せず行くがいい。その女に胸を張って自慢できる男の仕事ぶりを見せてみろ」

 「言われるまでもない!」

 

 ジークフリートは駆ける。ネーデルラントにおいて無双の英雄と謳われた男の全力疾走。

 流石に神速、全英雄のなかで最も疾いと言われるアキレウスほどではないが、その速度たるや並いる英雄の中でも上位に食い込むだろう。

 

 「(な……)」

 

 それに一番驚いたのは他でもない、ジークフリート本人だった。

 

 「その勇姿への褒美だ」

 「これは、心強い!」

 

 竜殺しジークフリートの竜の心臓(・・・・・・)が動いている。

 サーヴァントとして召喚された時から、生前のように動くことなく、沈黙していた炉心。

 所詮、英霊の分身体であり、弱体化は避けられないサーヴァントの身だ。竜の炉心が動かないことは仕方のないことだと諦めていた。

 その心臓が、炉心が、今脈動している。過剰かつ過大な高純度の魔力が生成され、それはジークフリートの肢体を駆け巡る。

 脚が、軽い。今までどこか欠落していた気持ち悪さが解消され、生前と同じ身体能力を再現できる。おかげで、この速度をサーヴァントでありながら実現できている。

 

 【小賢しい!】

 

 ファフニールは素早くなったジークフリートに竜の鉤爪で迎え撃った。

 どれだけ堅牢な肉体で護られていようとも、その強靭さは悪竜現象(ファヴニール)から生まれ出たもの。

 全ての悪竜の祖であるファフニールからすれば、そのような概念防御など造作もなく捻り潰せよう。

 

 「おおおおお!」

 

 速度に勢いがついているジークフリートは、迫りくる巨大な竜の一撃を回避することなく、真正面からの衝突を選択した。

 竜殺しの剣撃。悪竜の一撃。

 二つの人界ならざる力と力の激突は突風を巻き起こすだけには止まらず、空間に歪みさえ生もうとしていた。

 物理衝突だけではない。最強の幻想種であるドラゴンの魔力の衝突なれば、空間が歪む程度はある意味当然。ここから先は天変地異の領域に突入している。

 

 【俺の一撃に耐えるか……人間!】

 「すまないが、その先を征かせてもらう!!」

 

 鬩ぎ合う剣と鉤爪。拮抗していたかに思われたその時だった。

 ジークフリートはバルムンクの真価を見せる。

 

 「我が炉心と真エーテルの結晶。この二つがあってこその竜殺し。今こそ英霊の座に刻まれし滅竜の極地、この世界にて振るわんッ!!」

 

 ジークフリートの竜の炉心は絶え間なく魔力を生成する。

 ジークフリートのバルムンクはその魔力と同調し、刀身により強力な魔力を放出する。

 全てが奇跡的に相性が良かった。

 武器も、体質も、その目に見えぬ才覚すらも。

 サーヴァントではその力は見せようにも見せられぬ制限がかけられられていたが、もうその制約もない。思う存分、ネーデルラントの大地を灼いた光を御照覧あれ。

 

 「幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)

 【何度やろうと―――!】

 

 この時、ファフニールは己の選択が過ちであることを悟る。

 あれほど慢心はないと豪語しておいて。

 あれほど油断はないと断言しておいて。

 たかが。

 たかが一回、軽傷で済んだだけのジークフリートの宝具を軽んじた。

 防御を取らずともこの程度。

 他のファヴニール程度ならまだしも、大本たるファフニールには大きな効き目などない。

 そう、思い込んでいた。

 

 「圧縮、収束―――!!」

 

 ジークフリートは斬撃を飛ばさなかった。

 あの半円球の黄昏を放つのではなく、刃に押し留めたのだ。

 

 【(拙いッ!!】

 

 一時的とはいえ、力で押し負ける。万象切り裂くファフニールの鉤爪が、弾かれた。

 無防備になった肉体。不遜にも眼前まで迫り、駆け上がる竜殺し。

 先ほどの幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)が対軍、広範囲殲滅に特化したもなれば。

 刀身に収束されたアレこそは、単体を滅殺するに特化したもの。

 更には大神の加護。動きの初動が、速度が―――今ままでの比ではない。

 効かぬと高をくくっていたが故に、対応が、間に合わんッ!?

 

 邪竜、滅ぶべし。

 

 その言葉と共に、ジークフリートの刃はファフニールの古傷を捉えた。

 


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