死がふたりを分かつまで   作:ナイジェッル

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第04戦:生前の思い出/記録

 神代の終焉(ラグナロク)を超えた先に構成された神霊ブリュンヒルデ。

 人間の収集。配合。そして新たなる勇士生成。人類の長期の継続管理。

 神代の地続き。更なるヴァルハラ。

 人理の不安定から生まれた奇蹟と捩れ。

 シグルドから大まかな説明を受けたスルーズは放心状態に近かった。人理がこうも緩み、歪みを生じていることに危機を感じる前に、愛する姉に槍を向ければならない、今の立場が耐えられないほど苦痛でしかなかった。

 

 「貴方は、どうするつもりなのですか」

 

 スルーズは問う。竜殺しの大英雄。ブリュンヒルデの運命。切り裂かれた想い人。貴方は暴走したブリュンヒルデを相手に何を為す? どのような帰結を望む。

 仮面は外され、その整った顔は正しく不動。スルーズの問いに一切の動揺が見られず。その何十にも重なる螺旋の瞳はまっすぐとスルーズを射貫いていた。問うた側が逆に試されているような感覚に襲われる。

 

 「無論、ブリュンヒルデを止める」

 「それはお姉様を破壊することになっても?」

 「当然だ」

 

 静まり返る洞窟内。原初のルーンで刻まれた灯りは煌々とシグルドの貌を照らすが、まるで迷いの相が見えない。

 恐ろしい。恐れを知らないとされる戦乙女(ワルキューレ)がこの男を恐ろしいと感じた。きっとまだスルーズの方が人間味があるのだろう。まだ感情というものが垣間見えるに違いない。

 だが、この男は違う。まるで心が凍てついた氷でできているかのような、そんな冷徹さを感じずにはいられない。

 

 「この世界は北欧世界の名残がある。同種の神代ではあるものの、我らの知る神代とは異なりがある。恐らく神代の終焉(ラグナロク)を超えた後に神霊ブリュンヒルデが創生した世界。それはつまり、神代という名の世界そのもの」

 

 シグルドは淡々と現状を語る。そこに温もりなどあろうはずもなかった。

 

 「この世界が極少の特異点なれば、何もせず放置してもただ泡が弾けるように消滅するのみだが……この規模となると拡大し続ける。そうなれば人類史にどのような悪影響があるか、理解できぬ貴殿でもあるまい」

 

 今はまだ特異点の範疇にある。しかしこのままでは、正真正銘、汎人類史にとって変わる歪みになりかねない。それは一つの地球に二つの世界が同列に並ぶということ。そうなれば元ある世界は押し潰され、新しき世界が基準となる。今生きる人理が崩壊する。不幸中の幸いか、まだこの世界が創生されて間もない。後腐れなく正しい世界に戻すのならば、今しかないのだ。

 

 「そんなことは分かっています……!」

 

 何故この男はそんなにも冷静でいられる。論理的で話すことができる。人とは感情的な生き物の筈だ。情があり、愛があるはずだ。シグルドとブリュンヒルデの結末を知るスルーズは、彼が如何にブリュンヒルデを愛していたかを知っている。知っているが素直に認めることができなかった。しかし、今はどうだ。本当にこの男はブリュンヒルデを愛していたのかすら分からなくなってきた。

 

 「貴方は……どうして、そんなにも平然としていられるのですか?」

 

 分からない。どこまでも心に波を打ち立てない彼が、分からない。そんな思いが臨界点にまで達した時、スルーズはついに口にした。

 

 「相手はブリュンヒルデお姉様なんですよ? 貴方が愛した女性ではないのですか」

 「肯定する。ブリュンヒルデは我が人生において、最も大切な愛そのもの。それに偽りはない」

 「ならばなぜ、彼女に刃を向けられる!? そこまで落ち着いてられるのですか!!」

 

 スルーズとて理解している。アレが自分たちの知るブリュンヒルデではないことくらい。スルーズだって分かっている。特異点を消し去るには原因を廃さなければならないくらい。しかしそれでも納得しきれないのが人の情というものではないのか。それを分かった上で悩むのが人としての在り様ではないのか。

 スルーズの悲痛な言葉にシグルドは少しばかり目を見開いた。そして、小さく微笑んだ。

 

 「貴殿は正しく人の心を持っている。当方よりも、遥かに」

 

 それは羨むかのような声だった。

 

 「当方は元より感情を表に出すことを苦手とする無骨な男。このような場面であっても、シグルドとしての機能は感情の波なる動きを良しとしない。たとえ、愛する者と同一存在を討とうと決めた時であろうと、当方の表情には何一つとして映さないだろう」

 

 それはまるで戦乙女(ワルキューレ)よりも機械的な話だった。この男は、感情の発露を自ら許していないように言う。この男は、為すべきことを為す。ただそれだけに特化した英雄なのだ。

 

 「許せ、スルーズ。貴殿に不快な思いをさせたことを。そして貴殿の疑惑。当方がブリュンヒルデを討つことに何の憂いもないというものも―――否定しよう。我が霊基すら軋むこの痛みこそ証明。脳は理解し得ても、霊核は重く錆付く勢いだ」

 

 シグルドは己の拳を見つめる。あらゆる物理法則を捻じ曲げる膂力を持つその拳は、微かに。本当に僅かに震えていた。それは、本能からなる拒絶反応。彼の心は不動なれど、その肉体からは確かな苦痛が滲み出ていた。

 

 「もし、もしもブリュンヒルデお姉様が此方の言葉を受け入れ、力の行使を停止したら……」

 「あり得ないだろう。アレはもはや、言の葉で止まるほど柔くはない」

 「説得は試みたのですか」

 「無論。されども、あの目を見た。そして明確な断絶がそこにあった」

 あの神霊の目は、かつて知り得た女のそれではない。

 あの言葉の質は、かつて愛した女の鳴りを潜めていた。

 「神霊の在り方はこの世界の在り様だ。その行為を止めよと言うのであれば、息をするなとも同義。その存在意義の否定は神となったブリュンヒルデは決して認められない」

 

 神霊ブリュンヒルデはこの世界で人類の継続の柱となることを選んだ。

 止めたくば破壊せよ。それが彼女の返答。長くはない、短い返し。それ以上の言葉に意味はない。

 

 「故に、許せ。当方は……ブリュンヒルデを討つ」

 

 それがブリュンヒルデが望むシグルドという英雄。

 世界を救え。この場にいない彼女なら、そういうだろう。

 自分を救うのではなく、世界を、人を、子供らを救えと。

 

 「私は、貴方ほど冷酷にはなれない。そのような恐ろしい言葉を、口にすることができない」

 「それでいい。それが正しき認識なのだから」

 

 皮肉なものだ。

 人ではなく、神造の兵器である筈の戦乙女(ワルキューレ)があるはずもない感情を抑えきれず。

 兵器ではなく、生身の人である筈のシグルドがあるはずの感情を完全に制御化に置いている。

 これではどちらが兵器であるか分からない。

 

 「私は貴方をまだ認められません。それでも、ええ……その精神性を糾弾したことは訂正します。私は―――」

 「スルーズ。それ以上の言葉こそ、当方は必要としない。あの言動こそ、貴殿の想い。それに触れられたことを当方は嬉しく思う」

 

 シグルドは己の手をスルーズの頭の上まで持っていき、そのまま彼女の頭を優しく撫でた。それは父が出来のいい娘を褒めるように。その手は無骨でゴツゴツしてて、ブリュンヒルデの柔らかい手とは比べようも無いけれど……スルーズには、不思議とかつてのブリュンヒルデの面影を見た。

 だからこそ、その戦乙女(ワルキューレ)の頭を撫でるという本来不敬極まりない許されざる行為を容認してしまったのかもしれない。

 

 「大切な者の為に怒り、悲しみ、そして想う。その感情の発露に間違いなどあろうはずがない」

 

 優しい声色だった。あれほど責務と正義で形作られた男とは思えないほどの、声。

 

 「ブリュンヒルデは、本当に佳き姉妹に恵まれた」

 「…ぁ……」

 

 不意を打たれた。そう、スルーズは思った。

 今まで辛くて、痛くて、我慢していた感情にヒビを入れる、確実な一撃足りえる台詞。どんなに論理武装をしていようとも、容易く突破されてしまうだろう確かな言葉。

 遂に、スルーズの頬に一筋の涙が流れ落ちた。

 そこからの記憶は、スルーズはよく覚えていない。きっと、覚えなくてもいい、覚えるべきではない、そんな不要な情報(ソース)だったに違いない。間違っても、シグルドの胸に飛び込んで号泣しただなんて、有り得るはずがないのだから。絶対に。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 「忘れてください」

 

 スルーズは洞窟部屋の端っこで体操座りをしたまま、まるで死んだ魚のような目をしてシグルドに釘を打った。その姿からは誇りある戦乙女(ワルキューレ)としての威厳が只管曇っていた。

 

 「忘れないのなら貴方を殺して私も死にます」

 

 念押しするように彼女は言う。これにはシグルドも内心苦笑しながら「承認した」と頷いた。幸いにもシグルドは口の堅い男だ。不必要なことは他言しないという面では信頼できる。

 スルーズは粉々に砕け散ったプライドを拾い集め、パンッ――と、自分の頬を両手で叩いた。人間で言うならば、気合を入れたというべきか。

 

 「持ち直したか」

 「はい。意識を阻害する靄は取り除かれました」

 

 その会話で先ほどまでのやり取りはスッパリ終わった。いつまでのウジウジとしていては戦乙女(ワルキューレ)の名折れ。なによりシグルドの前で情けない姿をいつまでも晒し続ける方がよっぽど不名誉だ。

 

 「了解した。それでは今から」

 「ええ、これからの方針を決めるのですね」

 

 神霊ブリュンヒルデは無策に相対して勝てる見込みなどない。それこそ今のマスター不在で不安定な状態ではとても勝機は見出せない。少しでも可能性を探り当てなければ。ブリュンヒルデをこのまま暴走状態で放置するのは見るに耐えない。それはシグルドとて同じ思いのはず。そう、スルーズは思っていた。それなのにこの男は……。

 

 「食事とする」

 「えぇ………」

 

 スルーズは理解できなかった。サーヴァントとは食事を必要としない存在。今更人間のように食事を取らなければ死なないわけでもあるまいに。それに今必要なことなのだろうかそれは。

 そんな疑念の目を向けるスルーズをよそにシグルドはごそごそと手作りであろう、木製の調理器具を取り出し始めた。料理する気満々である。というかそれはいつ創った。

 無駄としか思えないシグルドの動き。しかし彼の食事に対する行為には確かな理由があった。

 

 「スルーズ。当方はこの拠点に辿り着く前、キメラを狩った時に公言したはず。あの魔獣は、神秘に生きる幻想。我らの活動に必要な魔力源として作用する」

 「ならば生き血を啜ればいいではないですか。わざわざ調理をする手間など」

 

 スルーズの言う通りだ。本来、魔力を得るだけならばそのまま食した方が手っ取り早いし、効率的だ。それは合理的な過程を好むシグルドとて理解しているはず。しかし、そんな合理の鬼が敢えて非合理に走るには理由があった。

 

 「当方は貴殿に問う」

 「はい?」

 「ブリュンヒルデの手料理。我が愛が何を創って、何が得意だったか……知りたくはないのか」

 「頂きましょう」

 

 即落ちだった。

 そう、シグルドが何の為に料理をするのか。それは一重にスルーズの為であった。彼女が敬愛したブリュンヒルデが人界に落ちて何をしていたか。何が好きで、何が得意だったか。所在の情報だけならば、ヴァルハラでスルーズが戦乙女(ワルキューレ)をしていた頃にある程度摑めていただろうが、内情までは詳しくは知らないはずである。それにスルーズが人界に堕ちたブリュンヒルデの名残に触れる機会など無いに等しい。そこでシグルドは記憶を頼りに、ブリュンヒルデの手料理を再現しようというのだ。

 

 「忠告する。当方は無骨極まる男。ブリュンヒルデの調理、方法、理論は熟知していようと、味には違いが出る。妻のように巧くはいかん。許されよ」

 

 そんなシグルドの言葉など気にしないとばかりにスルーズは無言でコクコクと頷いた。凄い勢いで。

 スルーズにとって、ブリュンヒルデではなくシグルドが創る以上は再現度など些細なこと。重要なのはブリュンヒルデが何を作っていたか。それに尽きる。

 

 「お姉様は、人界でも幻想種を当たり前のように調理していたのですか」

 「肯定する。当方が幻想種を狩れば、それをブリュンヒルデがいつも調理していた。普通の獣も、幻想種も、肉にしてしまえば同じだと彼女が微笑んで言っていたのを記録している」

 「む。では貴方は獣を狩るばかりでお姉様の調理は手伝わなかったと?」

 「否定する。とはいえ、あまり調理には加勢させてもらえなかった。「この仕事は私の仕事。シグルドであっても譲れません」とな。精々、獲物を捌く程度は許可が下りたくらいだ。料理をして誰かに振舞うというのは、まさしく彼女の特権。当方も妻の任務を無理に奪うほど無粋ではない」

 

 生まれた頃から戦士の王たる運命を秘めた、大神オーディンの子孫。

 生まれた頃から最高の戦乙女(ワルキューレ)と定められていた、古の女神。

 ヒトならざる力を持つ男と、ヒトならざる力を持った女は、人里離れた森の奥地でヒトと同じ生活を営んでいた。まるで普通の人間のように。

 

 「貴方達は、破滅の運命を約束されていた。それでも、幸せに暮らしたと胸を張れるのですか」

 「無論だ。当方とブリュンヒルデが結ばれれば自動的に破滅の運命を辿ることは知っていたが、受け入れまいと決意していた。共に乗り越えるのだと息巻いていた」

 

 その結果、たとえ運命通り破滅したとしても、後悔だけはしないと決めていたのだ。

 

 「もし当方が運命を回避しようとブリュンヒルデを愛さず道具としていたならば。もし運命を回避しようと眠り続けるブリュンヒルデを放置していたならば。その選択こそ、当方は悔いるだろう。ブリュンヒルデと共に得たものを得られずに終える人生など、それこそ不幸せだと断じることができる」

 

 破滅したから不幸だったのではない。その終わりの過程で得られた金貨に勝る記憶こそ、幸せと言える宝だった。そしてそれは遥か遠き昔の話。それでもシグルドは鮮明に思い返すことができるとスルーズに語る。

 

 「この料理とてそうだ。これはブリュンヒルデとの記憶の証明。妻との縁。一生忘れることのない、幸ある形だ。その手順も全て、余すことなく我ら夫婦(めおと)が共有した記録に他ならない」

 

 鋭き短剣を駆使してキメラの肉を捌き、刻み、団子状に形成していくシグルド。戦士の王がなんたる主婦めいた手つきであろうか。見た目通り手先は器用。食べられる部位と食べられない部位など瞬時に見わけて捌き分けるその手腕は見事としかいえない。

 

 「ブリュンヒルデはありとあらゆる分野の料理を振舞えたが、特に肉料理を得意としていた。恐らく当方が肉料理を好むといったからであろう。その日から嬉々としてミートボールを創ってくれていた」

 「ミートボール?」

 「その名の通り、肉の団子だ。シンプルな工程だが、それ故に手間がなく、下処理の是非で味に直結する。狩りなどを行う際は持ち運びにも困らん」

 「ヒトとは不便ですね。食べなければ死ぬなど脆弱の極みです」

 「生まれながらにして生物として完成している存在にはそう思えるか」

 「ええ。だって、この地上の生物の争いとは得てして食の争い。生命を維持する為に他を殺し己のものとするもの。他の動物より多少は知性があろうとも、ヒトであってもこの原則は変わらない。これを不便と言わずにどう表現するのです」

 「肯定する―――が、食を取るというのはこの地球上で生まれるに辺り、必須項目となる。それを背負い、進むが故に生物は生きることに実直となる」

 

 シグルドは効率を好む。だが非効率を嫌うわけでも、否定するわけでもない。人界で過ごす以上は摂理を学ぶものだと考えている。

 

 「食を取る。その一つの道理を人は護り続けてきた。だからこそ、より巧く、美味く、その行為を意味あるものへと昇華してきたのも人だ」

 

 最初はどの人間も捌いて喰っていた。そして時代は経ち、人は火を使い、焼くことを覚えた。蒸すことも、熟成させることも。どれもこれも、どうせ食すならば楽しく、意味あるものにしたいという想念から為せるものだ。毒があろうとも、毒を取り除いて食べようとするのも人間だ。

 

 「未完成だからこそ生まれるものがある。不便だからこそ、改善しようという意思が生まれる。ヒトとは、そういうものだ。スルーズ」

 「………そういうものですか」

 

 スルーズとシグルドは互いの生き物としての違いに改めて再認識させられると同時に、この時間は意外と有意義なものだとも感じた。どちらがより欠落があるということではなく、どちらのあり方にも明確な意味があるのだと分かるのだから。

 

 「下処理、完了。鍋も鉱石で練成済み。後は火を焚くだけだ」

 「火? その程度、すぐ用意できるではないですか。この火のルーンで」

 

 スルーズはちょちょいと地面に火のルーンを刻んだ。敵を滅するほどの火力ならばいざ知らず、調理に使う程度ならば全く魔力は消費されない。

 しかしシグルドならば、スルーズがせずともさっさと火のルーンを刻んでいてもおかしくはない。まさか一から火を熾そうとしていたのだろうか。

 

 「もしかして貴方は、料理にルーンを使うことを禁忌するタイプですか?」

 

 他者を傷つける魔術を生きることに利用するのを否定する。そんなタイプには見えないが。

 

 「いや、当方は特にそのようなこだわりはない。ただ、火に関しては自らのルーンで刻むことを律しているだけに他ならない」

 「それは何故?」

 「炎は人に営みを与えると同時に牙を向く。無論、他の事象でも同じことは言えるが、特に炎。炎は時に運命すら燃やしかねない」

 

 北欧においても炎は特別な意味を持つ。煉獄ムスペルヘイム。炎の巨人王スルト。そして大神オーディンの愛剣であった太陽剣グラム。どの炎も運命すら狂わす存在。その派生なるは人の使いし火。

 

 「とはいえ、当方とてグラムを使い、太陽の力を解き放つもの。一概には言えんが、ともかく。シグルドという男は炎のルーンだけは使うまいと決めているだけにすぎない」

 「合理的な考えが基盤なくせに意外と拘りが強いのですね」

 「当方とて譲れないものがある。それだけだ。それとしてスルーズ。火の用意、感謝する」

 「いいえ。一から火を熾しても時間のロスですから。それより早く調理の続きを」

 「了解した。とはいえ、後は具材をこの鍋の中に入れるだけだ。すぐに終わる」

 

 いつの間に採っていたのか野に生えていたのであろう新緑のある野菜などを鍋に入れ、完成していた肉団子も一緒に煮込む。キメラとなれば獣臭さも人一倍かと思えばそうでもなく、むしろ良い肉汁の匂いが洞窟を充満させる。

 

 「ふむ。ルーンも問題なく作動しているな」

 

 この室内は洞窟の入り口だけしか空気の出入り口がない。そこでシグルドは予め空気中の気流をコントロールするルーンを入り口に繋がる通路に刻んでいた。より効率よく洞窟内の酸素と外界の空気を循環させる為の仕組みである。

 煙だけ逃がして料理の香りは残す辺りは流石原初のルーン。万能さにおいてはその追随を許さない。

 

 「いい匂い……」

 

 あれほど食事を必要としない思想があったスルーズだが、いざ食事を出されるとつい本音が出てしまった。これは、ついうっかり内心が表に出てしまうほどのものだということか。

 シグルドは木製の椀を取り出し、その中にこれまで煮込んだ鍋の具材、そして出汁を注ぐ。

 

 「遠慮はいらない」

 

 そう言って差し出されるお椀。スルーズはその器から温もりが感じられる椀を素直に取る。これがブリュンヒルデがかつて創っていたとされる料理なのかと思いながら。

 

 「………いただきます」

 

 スルーズは恐る恐るそのスープを啜った。

 戦乙女(ワルキューレ)とはヴァルハラにて勇士に奉仕する存在。無論、料理の味についても手厳しい反応は予想される。はたして無骨なこの手が作った料理がどこまでブリュンヒルデに近づけたのか。シグルドは鉄面皮の如き無表情の下でそのような心配をしていた。もし仮に酷評であるならば、その時はそれはあくまで自分の責任であってブリュンヒルデの料理には何の罪はないという旨の言い訳も考えていたのだが。

 

 「お、美味しい……!」

 

 どうやらその憂慮は無駄に終わったようだ。

 

 「それは重畳。食べれば食べるだけ魔力の貯蔵に繋がる。遠慮なく摂取することを推奨する」

 

 美味だけではない。この神秘が秘められた魔力こそサーヴァントとして動く英霊の活力となる。この行いこそが意味を持つのだ。そして食事はそのまま兵士のモチベーションに直結する。ただ血肉を喰らい、腹を満たしたとてそれが気力にまで繋がるかといえば否。だからこそシグルドは料理に拘るのだ。それが非効率であろうとも戦士として意味あるものだと知っていたから。

 

 「そういう貴方も食べてください。私だけ食べるのも気恥ずかしい」

 

 スルーズは少し頬を赤らめて催促する。これはいらぬ気遣いをさせてしまったとシグルドは思いながら、自らの椀を取った。

 

 「……美味。及第点といったところか」

 「ブリュンヒルデお姉様の料理はもっと美味しかったとでも?」

 「肯定する。我が愛の作る料理と比べれば、な」

 

 嘲笑気味に彼は笑う。

 いつものスルーズであればこれに追い討ちをかけ、罵倒の一つや二つかけてくるのだが。

 

 「いいではありませんか。私は、この料理で満足しています」

 

 どういうわけか、彼女はシグルドの料理を認めたどころか、それに満足したと口にした。

 

 「感謝する、スルーズ。その言葉は料理を提供したものにとって、何よりの賛美だ」

 「ま、まぁ、貴方のような戦いに特化した男がブリュンヒルデお姉様と同じものを作れると思った方がおかしいのです! 私はそこまで期待していなかっただけですから勘違いしないでください!」

 

 スルーズは慌ててそのようなことを言うが、それでもいいとシグルドは満足気に頷いた。

 僅か。ほんの僅かではあるが、深い溝を感じられたシグルドと戦乙女(ワルキューレ)の距離が近づけたと思えたから。それだけでもシグルドにとって満足するに足りるものだ。

 

 「(いつか、お前達に本当のブリュンヒルデの料理を―――)」

 

 黙々と食べるスルーズを見ながらふとシグルドがそう思った瞬間、洞窟の壁に刻まれていた探知のルーンが強く光りだした。

 

 「敵襲ですか!」

 

 先ほどまで食事を楽しんでいたスルーズだが、このルーンの発光を見ては意識も瞬時に切り替わる。

 

 「いや、我らに対する襲撃ではない。このルーンは神霊ブリュンヒルデの拠点付近に設置したものだ。あの城に大きな動きがあれば、ここに反応が来るようにしている」

 「それでは―――」

 「肯定する。どうやら、神霊ブリュンヒルデ配下の 戦乙女(ワルキューレ)が人間を収集すべく動いたようだ。明確な数までは把握できないが」

 「………どうします」

 

 敵の数は不明。だが、確実に敵は動いている。

 

 「この世界の戦乙女(ワルキューレ)は人を殺さない。あくまで勇士の素質があると見極められた人間を回収するに留まっている。命までは獲られることはない」

 

 しかし、それでも見過ごせない点が幾つもある。

 

 「彼らは質が良ければなんでもいいとみえる。夫婦の片方に勇士の素質があれば、それを引き裂き、別の人間と交配させようとする。そこに人の尊厳などない。あるのは神の視点からなる徹底的な管理」

 

 人間に人権はなく、家畜同然の扱い。家族の絆さえも絶ち、本人の意思に背く強制的な性交。どれも許されるものではない。それは物理的な運命の押し付けだ。より相性の良い相手を見繕い、重ね合わせるだけの神のエゴでしかない。

 例えその行いのおかげで人類が長く生き続いたとしても、いつか必ず破綻は訪れる。機械のように性能の良い部品と性能の良い部品を組み合わせるだけで万事解決するほど人間は単純ではないのだから。

 

 「当方は、これなる所業を見過ごすことはできない。それが別の存在だとしても、ブリュンヒルデという女が為すものであれば尚のこと」

 「………はぁ。分かりました、私も同行します。相手が同じ戦乙女(ワルキューレ)ならば、年季の違いというものを教えてあげなければいけません」

 「感謝する」

 「貴方の為ではありません。ブリュンヒルデお姉様の名誉の為です」

 スルーズはぐいっと椀を口につけたまま傾け、最後のスープを胃の中に叩き込んだ。魔力をできるだけ温存する為に、出汁一滴無駄にはできない。

 「ならば、これを渡しておこう」

 「……これは?」

 

 シグルドから渡されたのは一本の瓶。人間がよく実験などに使う細長い試験管のような形をした瓶だ。中身からは紅く輝く液体が入っていた。どう見ても普通の魔術薬ではない。

 

 「キメラの生き血を凝縮し、圧縮し、原初のルーンによる増殖と活性化を促したもの。飲めば一時的にマスター契約時と同等の魔力供給を為せるものだ」

 「このような便利なものがあれば最初から渡してもらいたいものです」

 「そう簡単に作れるものではない。キメラ一体からでもたった二瓶ほどしか生成はできん」

 「なるほど……」

 

 これが敵戦力が未知数である今の命綱というわけか。

 

 「戦乙女(ワルキューレ)の進軍は思いのほか速い。人間の集落を……いや、この世界の都市まで一直線に駆けている。時間はない、当方らも全速力で駆けるぞ、スルーズ」

 「分かっています。白鳥礼装もようやく自己修復が終える。空を駆けれるのならば、貴方にだって遅れは取りません。もう私を気遣い、余計な世話など不要ということを証明してみましょう」

 

 戦士の王と戦乙女(ワルキューレ)。本来手を結ぶことなど有り得ない、数奇なツーマンセル。

 彼らは駆ける。この世界の異常を正す為に。

 そして刃を向けるのは、互いに大切に思い続けた相手―――その別の可能性。

 運命はかくも残酷か。それでも彼らに止まることは許されない。

 為すべきことを為せ。それが、この世界に召喚されたサーヴァントの宿命なれば。




 ブリュンヒルデの得意料理は肉料理。
 ミートボール関係の話は特典小説にて。
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