死がふたりを分かつまで   作:ナイジェッル

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第05戦:新生ヴァルハラ

 樹齢何百年という木々が生い茂る魔の森。この世界で暮らす人々はあの森を禁忌の森として認識していた。なにせ一度あの中へ彷徨えば、あの強靭な魔獣や幻想種が当然のように闊歩している光景を目の辺りにすることができるのだから。一般人が入ろうものなら命など蝋燭の火より長持ちはすまい。

 その森を避けるように遠い辺地に聳え立つ巨大な城壁。木造ではあるものの、その造りは古城のそれであり、生半な獣ではとても歯牙にも掛けられないであろうものだということは一目で分かる。なによりこの360°大きく囲まれている円状の城壁には強力な魔術が付与されている。獣どころか幻想種であろうと不可侵の領域。

 これほどの護り。いったい何を守っているのか……言うまでもない。人間である。人間が人間を守る為に作った人間のバリケード。この壁の向こうになる安全圏で人々は生活している。何百何千もの人間が獣に守られながら生を為している、この世界有数の大都市である。

 

 「………紙細工、だな」

 

 誰しもが堅牢と認める城壁を内から見上げている初老の男は溜息を吐いた。彼はこの護りを敷いた魔術師の一人。守護警備を担う、大魔術師に類する男だ。

 彼は彼なりにこの豊かな都市を守るべく為せることは為したつもりだ。一切の妥協はしていない。年甲斐にもなく全力でこの任務に力を注いだ。しかし、それでもまだ、確かな不安と確信が残る。

 

 「結界に穴はなく、抜け道もない。だが、強度が足りん」

 「おいおい魔術師殿。おっかねぇこと言わないでくれよ」

 

 一人ごちる魔術師に通りかかった警備兵が笑いながら近づいてきた。

 

 「魔術師殿は謙遜がすぎる。俺達警備兵はじかにこの城壁の堅牢さを目の辺りにしている。たとえキメラの群れが一斉に襲い掛かってきてもビクともしないだろうさ」

 

 この城壁の上で外を監視する兵士はこの壁を超えられずにトボトボと返る幻想種を数え切れないほど見てきた。その実績を知っているからこそ、兵士達は魔術師を信頼している。

 

 「左様。この壁なれば、ドラゴンの息吹も防ぎ切ろう。上空も不可視の結界を張っている為に、ワイバーン如きでは侵入も許されぬ。そう、設計したのは確かだ」

 「ならなんで強度が足りないと言われる?」

 

 聞けば聞くほど堅牢であることだけが理解できる。

 

 「たとえ魔獣、幻想種は防げたとしても、神の手までは防げまい」

 「ああ、なるほど。そりゃ比較対象が悪いわ」

 

 兵士は頭を掻いて苦笑する。この大魔術師が何に対して警戒し、何と比較して憂いているのか理解したから。

 

 「巨人も、神も。超常の存在が悉く消え去り、人の時代が来たかと思えばなにがどうして生き残っていたのかも分からん最後の一柱。奴の魔の手が、ついにここにも来るってわけか」

 

 終焉(ラグナロク)は過ぎ、多くの超越種が死滅した凄惨な過去。それでも人々は生き残り、後の時代を託されたものかと思っていた。事実、もはや人間がこの生態系の頂点へと君臨したといっても過言ではない。

 それなのに、予想外なことに、たった一柱だけが存命していた。たかが一柱。されども一柱。神の柱が一つでも残っているのならば、人類が総出で挑んだところで勝ち目などない。

 

 「奴は何が狙いなんだ? 麗しい戦乙女(ワルキューレ)を飛ばし、人々を攫ったところでなんになる。もう終焉(ラグナロク)は終わってるんだ。今更人間を集めたところで戦う相手なんていねぇだろ」

 

 巨人の王は死んだ。巨人族もあの戦いで全滅した。あの最終決戦が過ぎ去った今、戦う相手すらいないのに人の戦力なんて必要ないはず。

 

 「戦う為に、ヒトを集めているのではないのだろう。アレは既に戦乙女(ワルキューレ)としての目的を変更している」

 「というと?」

 「憶測ではあるがな。アレは人の繁栄を望んでいるのだ。これからの時代、多くを占めるヒトの時代を考慮して、ヒトが長く永遠に続いていく為の手段を行使している」

 「訳が分からない。なら俺達人間に任せてくれればいい。神の手など必要ない」

 「それは人間の主張にすぎん。神は下の存在の意義など耳になどいれぬ。あるのは使命感。やると決めたら神はやる。それに欲望が強く、破滅に近づきやすいヒトの性質は神はよく知っている。だからこそ管理をしやすいように手を広めている」

 「ハッ、それじゃあまるで籠の中の鳥だ。飼育箱なんぞに入れられてたまるか」

 

 兵士は腰にぶら下げている剣の柄を力強く握り締める。

 人は神々の決定を甘んじて受け続けた。雲の上の存在であった神の運命に翻弄され続けた。そんな時代が長く、永く続いた。これ以上にないほど人類は神々の為に踊って魅せた。

 だから、もう、十分だろう。人類が神々に対して(こうべ)を垂れるのは。

 

 「俺は認めねぇ。たとえその神の言う通りにしていたら人類が長続きするとしてもだ」

 「ほう、それは何故?」

 「そんな繁栄は虚栄だ。長続きすりゃいいってもんじゃない。俺達は俺達の決定で生きていく。それで長続きしないってんなら、そこが人類の限界なんだろうさ。甘んじて受け入れてやらぁ………だがな、これだけは言わせてもらう」

 

 兵士は謳う。

 

 「俺達人間は神に守られ続けてもらうほど弱くねぇってな」

 

 それは小さい存在が放つ力強い宣言だった。人の可能性の具現とも言えた。もしこの場に領主がいたならば、この男こそ英雄なきこの時代で英雄の器足りえるものだと進言してしまえるほどに。

 だからこそ、大魔術師はその輝きを放つ兵士の身を危うく感じさせる。この世界で、それほどの意思を持つ者ほど天上の存在は放置しない。

 

 「君は―――」

 

 逃げた方がいい。そう、大魔術師が忠告しようとしたその時だった。

 『目標地点:到達。魔術防壁及び人間の生体反応多数確認』

 澄んだ声が、この鉄壁に守られし都市に木霊する。

 人々が行き交う騒音で満たされていた都市は、一瞬にして静まった。多くの人間が住まう大都市ではまず有り得ないほどの静寂。人間の本能が思考を停止させたが如く、人々はぴたりと動きを止めたのだ。

 

 『開城を求める。ヒトよ。今すぐこの結界を解き、門を開け』

 

 脳へと直接語りかけてくる美しい女の言葉。まるで穢れを知らぬ無垢な聖女とも思わせる、心地の良い声質。何も知らない人間であればどんな内容であれ操り人形のように指示通りに動くだろう。

 

 「……来たか。遂に」

 

 大魔術師は体を浮かせ、大門ある場所までさも当たり前のように滑空して向かう。

 どれだけの戦力を引き連れているかは知らないが、このまま何もせずに沈黙していても始まらない。問答無用で奇襲されなかっただけマシと思うべきか。それともそんなことをするに値しないと値踏みされたと怒るべきか。

 

 「お、おい!」

 

 魔術により飛行する大魔術師に対して兵士も慌てて追う。重力を無視して鳥のように飛ぶ魔術師とガッシャンガッシャンと重そうな鎧を鳴らしながら全力疾走する兵士。皆が呆然としている中で我を忘れず動けていたのはこの二人だけだった。

 

 「君は来るな。邪魔になるだけだ」

 「はいそうですかと言えるかバカ!」

 「そうは言うが、真っ先に攫われるのは君かも知れんぞ」

 「そりゃ光栄だが丁重にお断りしてやる!」

 「若い、そんなのだから老いぼれを残して皆いなくなるのだ」

 

 大魔術師は意地でも逃げないと覚悟を決める兵士に呆れ果てた。先ほどまでの会話でこの兵士が意思の強い男であるのは重々理解できていた。だからこそ、この男にこそ逃げてほしかった。しかしそれも叶わない。なにせこの兵士自身がそれを拒むのだから。

 ならば仕方あるまい。彼が兵士としての本懐を脱ぎ捨てず全うしたいというのであれば、これ以上の安い気休めの言葉は不要。本当に必要なのは、彼を一つの戦力として認めることのみと魔術師は悟る。

 

 「………やれやれ。私の足を引っ張るなよ、小僧」

 「そりゃこっちの台詞だ魔術師殿! 力みすぎて腰砕けるなよ!?」

 「そのような心配は必要ない。魔術師だからな。腰が砕けても即治療だ」

 「便利だな、それ。この戦いが終わったら教えてくれ」

 「ふっ……君が最後まで残っていたら、魔導の素質があるかどうかくらいは見てやろう」

 

 この歳で弟子を取るのも悪くない。そう、魔術師も冗談ながらに思ってしまった。

 

 「この街に在沖している戦力は心細い。既に戦争を終えた世界だ。元より戦いを忘れた人間も多かろう。対して相手は」

 「戦う為に特化した戦乙女(ワルキューレ)だろ? 笑えない戦力差だ」

 「ああ。しかし奴らはヒトを殺さない。それだけでも唯一の救いと思っていた方がいい」

 「殺さず敵を無力化するなんて、圧倒的な力の差がなければ土台無理な話だがな!」

 

 戦乙女(ワルキューレ)はヒト勇士足りえる素質を生むことができるであろう母体を狙っている。より強き人間を構成できるものを望んでいるのであれば、悪戯に人間を減らそうなどとは考えまい。元より彼らの目的は人類の繁栄。ヒトを殺戮しては元も子もない。

 だからこそ彼らは人間を殺さずに生け捕ることを大前提としている。そして戦いにおいて相手を殺さず生け捕りにすることがどれだけ困難かは言うまでもない。大人と子供。それだけの力の差がなければ到底不可能。同レベルの人間同士の相手では望まずとも死人が出るであろうが、戦乙女(ワルキューレ)は違う。それが可能な存在だ。

 

 「人間は、仲間を殺された時が一番恐ろしい。何故だか分かるか」

 「そりゃ許せないからだろ」

 「そうだ、許せないからだ。殺されたとなると、人は復讐に走る。敵討ちにその心を燃え上がらせる。そして対抗心を募らせる。それが戦争における一つのモチベーションに繋がる。あまり褒められたことではないが、生物として当然の理」

 「………ああ、なるほど。敵を生け捕り、そして新しいヴァルハラに誘う今の戦乙女(ワルキューレ)のやり方は、真に心の底から憎みきれないってことか」

 

 昔のヴァルハラならば、魂を刈り取らなければならなかった。ソレ即ち、殺してでも死んでもらわなければならないということ。戦いが本懐である今は亡きヴァイキング、戦士達でもなければ到底許容できない招き方であった。しかし今の新生ヴァルハラはその工程がない。たとえ攫われたとしても殺されるわけでもなく、今より待遇の良い生活が待っている。むしろ至れり尽くせりなところがあり、それを憎むとなると中々に難しい。

 

 「ヴァルハラに閉じ込められたとして、その中では安住の生活が待っている。それを思うなれば、逆に志願する人間もいるだろう。甘い蜜そのものだ。たとえその選ばれた対象が愛おしい家族と引き裂かれたとしても、相手が生きていると思えば妥協という境地に至りやすい」

 「ハンッ。最初から人間の飼育箱で一生を過ごしたいってのは負け犬の思考だ。牙を抜かれた家畜の人生だ。残された者は愛する者を奪われたと躍起になるべきだ」

 「皆がみな、君のように強くはない。無論、そう思える人間も少なくないだろうが、ともかく。彼らのあり方は人々から憎悪を受けにくい性質にある。これは兵士たちの士気に関わるものだ」

 「殺されないは殺されないで、厄介な話だな………っと」

 

 戦乙女(ワルキューレ)と戦う前に、戦乙女(ワルキューレ)との戦いが何たるものなのか再確認しながら大門にまで駆けていた二人は、ついにその目的場所へと到着した。そこには既に総勢500人余りの兵士が集結していた。この大都市を守る戦力としては、及第点といったところだ。

「めたわけではないな。きちんと各々の持ち場、配置場所に分かれたと見える」

 

 「360°全方位を壁で囲っている都市だかんなぁ。他の護りを手薄にするわけにも行かねぇ……人間との戦い相手には申し分ない戦力ではあるっちゃあるが」

 「戦乙女(ワルキューレ)相手ではほとほと心細い。しかし無い者ねだりしても致し方ない。外敵に対する訓練通りに動けただけ上出来だと思うべきだ」

 

 烏合の衆と言われればそれまでだが、民間人の兵士を含まずにこの戦力を保持しているだけでも上等と言える。しかし、先ほどまでから戦乙女(ワルキューレ)側になんの動きも見られない。この門の向こうでいったい何をしている。

 

 『―――門を、開けないのですね』

 

 また、美しい声が脳に直接響く。

 

 「賢明な対応を期待していましたが、この都市は我々に歯向かうものと判断します」

 

 分かった。分かってしまった。ただただ戦乙女(ワルキューレ)は自分たちが大人しく門を開くのを待っていたのだ。それが当たり前なのだと。それが当然であるのだと言わんばかりに、待っていただけ。

 そして此方に開く気がないと分かれば、もはや彼女達の動きに迷いはない。

 

 『この愚考こそ、我々の存在意義の証明。愚かなヒトは、我々の手で管理するべきもの』

 

 神の考えこそ絶対な正義というプログラムが透けて見える。対して此方の意思はまるで無視。傲慢を通り越して呆れ果てる。こうも無機質な対応を受けるとおぞましいとすら思える。

 

 「気合を入れろ、小僧―――来るぞ」

 「ああ」

 

 大魔術師と兵士の会話は、短かった。

 ただその会話を皮切りに………轟音。鼓膜を破るかの如き爆音と共に、正門が砕かれた。まるで結界は意味を成さず、てこずることもなく、粉微塵に吹き飛ばされたのだ。

 ああ、やはりあの程度の結界では通用しなかったかと、魔術師は溜息と共に破られた正門を見据える。分かってはいたことだがこうも他愛もなく破られると大魔術師としての看板も下ろしたくなる。

 

 「この地にもはや勇士は存在せず」

 「されどもその勇士になり得る可能性は確認できる」

 「回収。可能性は須らく回収すべし」

 「命は取りません。ですが、歯向かうのであれば、行動不能になって頂きます」

 

 彼女らは一糸乱れぬ歩調でコツコツと甲高い音を立てながら歩き、立ち込める爆発によって舞った粉塵の中から堂々と姿を現した。

 それは、美しい美女の軍勢であった。

 あまりにも現実離れした光景に、誰も彼もが唾を飲み込んだ。

 

 「お……おお」

 

 兵士はその圧倒的な神気を前に、震える足に、喝を入れた。その意気込みは喉を通り越し、声に出して、勇気を振り絞らんと口を大きく開け―――。

 

 「オオオォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」

 

 叫んだ。静まり返った皆に届くように、自分の心に届くように、声を張り上げた。腰にぶら下げた剣を掲げ、鼓舞を全体的に広めるように、己が強き意志を証明した。

 それにハッとなり、我に返ったほかの兵士達。そして彼らも、彼に負けじと武器を掲げた。彼の鼓舞に応え、共鳴し、士気を地の底から天に昇る覚悟で声を張り上げた。

 

 「「「「「「オォォォォォォォォォォ!!!!!」」」」」

 

 足踏みを! 剣を鳴らせ! 神に魅せつけろ、人の意地を!!

 たった一平卒の行動が畏怖により身を縮こまらせていた軍隊に火を点した。

 

 「小僧め、やりおる」

 

 大魔術師はニヤリと笑った。陰湿な魔術師には到底真似できないことだ。

 「だが、奴らにも目をつけられたぞ」

 都市の兵を鼓舞した兵士を見た瞬間、戦乙女(ワルキューレ)の目が明らかに変わった。それは獲物を見定めた瞳。対象を定めた、獣の目だ。

 

 「驚愕。同調。この世界に勇士そのものの資格を持つと思われる人間を補足。同時に他のヒトも優れた勇士の素質を確認。終焉(ラグナロク)後、初めてのモデルケース」

 「武装展開。武装展開。ただちにこの都市を落とします」

 

 此方の士気の向上に伴い、戦乙女(ワルキューレ)も認識を改めた。今この場にいる人間は須らく、自分達の喉を掻き切るに足る戦士であると。そして同時に、自分達が求めていた勇士の素質を強く持つ対象であることも。

 構えられるは黄金の槍。銀製の盾。殺さずに捕縛しろ。この命令(オーダー)が今ほど窮屈であると感じたことはないだろう。

 

 「やれやれ。原初のルーンを持つ戦乙女にどれだけ通ずるかは分からんが、私も気合を入れるとしよう……ククッ。魔術師が気合とは、私も感化されてしまったかな」

 

 大魔術師としてのプライドか。

 それとも人間としての意地か。この雄叫びを上げる兵達を見て、人界と乖離した場所に生きた魔術師の胸にも熱い何かが燈った。

 

 「私が君たちの肉体、武器、その全てに魔術的付加(エンチャント)を与える! 存分に暴れろ、人間ッ!!」

 「「「「「おっしゃあああああああああああああああああ!!!」」」」」

 「「「「「これより交戦を開始します。迅速なる無力化を、ここに」」」」」

 

 神の徒と人の軍。

 その力の差は絶対的なものであるはず。

 生まれたその時から生物としての優劣は決まっている。

 それでも彼らは武器を取り、叛逆する。

 誰のためでもない。己自身の尊厳の為に、彼らは挑むのだ。

 そうでなければ―――人としての矜持に反し、人ですら無くなるのだと理解しているのだから。

 

 

 




 名もなき兵士、名もなき魔術師。勇士はここから生まれる。
 物語でも主人公や名ありのキャラではなく無銘のモブが活躍するシーン、かなり好み。FGOなら剣豪の武将やオケアノスの海賊の命張った活躍が良い。
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