クリスティーヌ「本でも読んで文才磨け」
その日は、ファミリアの面々には内緒でダンジョンに来ていた。まだまだ私は弱いと、もっと強くならなければと強く思っていたがための行動だ。日帰りで行けるとしたら第二十階層程度、出てくるモンスターも今の彼女、アイズ・ヴァレンシュタインにとっては脅威とはなりえないため行ってもほとんど意味は無い。意味は無いのだが、ちょっとでもそれで強くなれるならばやるまでだ。
だからその日、日帰りで変えることも考えてちょっと速足で階段を下り下の階層へと歩を進めていっていた。
そんな時に、なんてことはないことではあるが、下の階層への階段の最短距離の道にウォーシャドウが一体、一体だけいたのだ。別に一体程度倒すのに時間はかからない。ただ剣を一回振るえばそれで終わり。こんなことも結構よくあったのでいつも通りに倒すために剣に手をかけた。
そして、ウォーシャドウは切り裂かれた。されど彼女の手によってではなく、別の者の手によってだが。
「‥……そこにいるのは」
ウォーシャドウを切り裂いた男は、手には指先に刃のついた手袋?のようなものをはめており、それを武器としているのだろう。一撃で切り裂いたことから切れ味の鋭さがうかがえる。そんな風変わりな武器と同様、その男の格好はダンジョンで不自然極まりないものであった。これが舞踏会の場や、屋敷で主に仕えてる者ならば違和感はない、そんな紳士のような恰好だった。そして顔は右半分だけ異形の仮面で隠している。
私は彼を知っている。いや、本名は知らないし実際に見たのは初めてだが、最近噂になっている『怪人』だ。冒険者はレベル2になるとその本人を表す二つ名がつけられるのだが、『怪人』というのは二つ名ではない。ダンジョンに単身で潜ってはことごとく生還、しかし毎回血まみれで帰ってくることからそう呼ばれるようになっただけだ。
この前、ベートが彼の噂について話しているのを思い出した。ダンジョンで彼の姿を見たのはごく少数、しかし魔石は持って帰っているしモンスターの血で血まみれになっていることから戦っていないわけがないのだ。このことから彼に対する噂は数知れず、ベート一人にしても大量の噂を語っていた。
曰く、特殊なスキルで透明化している。
曰く、彼は元殺人鬼で、その時の名残として人目を避けている。
曰く、彼は誰にも視認できない速さで動いている。
曰く、彼は志半ばで死んでいった冒険者たちの亡霊の集合体で、ダンジョンに入ると亡霊たちが分裂してモンスターを呪い殺している。分裂することで人間には視認できないのだ。
曰く、彼は悪魔の落とし子である。
一部信憑性のあるものから突拍子のないものまで様々。こういった噂の当事者は、基本本名も知れ渡って行く者なのだが、何故か彼の名は知れ渡っていない。所属しているファミリアだって何故か謎に包まれており、ヘファイストス・ファミリアやロキ・ファミリアの隠し刀だとかいう噂も聞いた。確かヘスティア・ファミリアというところに所属している、という噂が一番信憑性が高い、だったか。何でも複数の冒険者が好奇心で彼に対する情報をギルドの人間に聞いたのだそうだ。
「………おっと、これは失礼。
私の名前はファントム・オブ・ジ・オペラ、日々この爪を魔物の血で濡らし、ただピアノを奏でるだけに時間を割くただの冒険者。
よろしければお名前をお聞かせいただいても?麗しき女騎士殿」
たった今、怪人は、いやファントムと名乗った彼は礼儀正しく礼をした。態度や言葉遣いはまさしく紳士のそれだ。
「ファントム、という名前だったのね。
私はアイズ・ヴァレンシュタイン。
あなたの噂はいつも聞いているから、つい話しかけてしまいました。」
一瞬、少し考えたような素振りを見せた彼は、すぐに噂を否定した。
「そうでしたか。
噂、といっても私にはこれといって外見以外で特徴的なものはありません。
ただ影に忍ぶのが上手いだけの、格下にも正面から挑まない臆病者にすぎません。」
「その評価は自分を卑下しすぎているように思えますが。」
「そう言っていただけるとありがたい。」
ただの臆病者に過ぎない?何を言うか。経歴実力本名全てにおいて謎に包まれていてダンジョンにたった一人で潜って大した怪我もせず大量の魔石を毎回持ち帰っておいてただ影に忍ぶのが上手いだけ?これはもはや謙遜を通り越して皮肉ととられてもおかしくはない。
それに……不思議だ。この男の声、綺麗な声だとは思う。ただ、それだけだ。普段なら、それだけの感想を抱いて終わりだ。しかし、なぜだかこの男と話していると気分が落ち着く、いや無理矢理落ち着かされているといった表現の方が正しい。まるで、優しく包み込むような声。温かさを感じさせる声。親しい友人のような安心する声。しかし明らかにこの感情は不自然、言い方が悪いがまるで洗脳でもされているかのよう。
※注 気になる女の子と話しているせいでファントムが無意識に魅惑の美声を発動させてるだけ
それに彼からは、なぜだか人とは違う気配がする。普通の人とは違う、失礼だとは思うがそのまま人間とはまた違ったものの気配がする。・・・・・・・・・・本当に、何者なの、彼は?
※注 無辜の怪物のせいです。
「‥‥……して、今日はお一人で?」
「今日は仲間には内緒でソロで来ています。」
ほう、と顔に笑みを浮かべると、こんな提案をしてきた。
「よろしければですが‥‥‥‥私がお供いたしましょうか?」
「………‥いいんですか?」
「ええ、見たところもう少し下の階層まで赴くご様子。
しかしダンジョン内での女性の一人歩き、それは危険極まりないというもの。
よろしければエスコートでもさせていただきましょう。」
‥‥‥‥チャンスだ。前々から気になっていた。彼がどれほど強いのかどうかを。それに、これは予感、ただの予感だが、この男は恐らく強い。謎に包まれた怪人、その強さの一端を見れば私もさらなる高みへと行けるかもしれない。
私を騙そうとでもしているのかもしれない、と思うレベルにはまだ信頼できない相手だ。まず私と共に潜るメリットが見えてこない。だが、別に構わない。騙したいのなら騙せばいい。私はあなたの強さの一端を見て自分の糧にするだけだ。
※注 ただの善意+下心です。
「‥‥‥‥じゃあ、お願いします。」
ダンジョンの階層をどんどん下っていくが、彼からは何の言葉もない。何の言葉もない、つまりはどの階層でも彼の脅威となるものはないということだ。まさか無理でもしているのか、とも思ったがそんな様子はない。気が付けば二十階層まで来てしまった。日帰りすることも考えるとこれ以上下の階層までいくことはできない。
これで判明した、彼は私と同等かそれ以上の実力を持っている。
※注 不意打ちしたとしても普通に負けます。精々手傷を負わせて終わり。
この階層に出てくるモンスター、ガン・リベルラが出てくる。空を飛んでいるうえに針を飛ばしてくる。昔は結構倒すのに苦労したが、今では取るに足らない存在だ。
チラ、と彼のいたところを見てみるが、彼の姿は影も形もない。また気配を消したのだろう。どうやらまず姿を隠すのが彼の戦法のようだ。
私の方も戦闘を始めよう。
剣を抜き、相手に向けて降り続ければいつもすぐに殲滅できる。今日もすぐに殲滅できた。辺りを見渡してみると、彼はガン・リベルラをまるで魚のように三枚におろしていた。あの爪、どこで作られたものなのだろうか?あれだけ簡単にガン・リベルラを切り裂けるのならばやはりヘファイストス・ファミリアだろうか。しかし、あのような特殊な武器は扱っていただろうか。恐らくは特注品か掘り出し物、もしくは別のファミリア製なのだろう。
「そちらも終わりましたか。」
「ええ、襲い来るモンスターはすべて崩れ落ち、灰となって虚空に消えてゆきました。」
本当に未知数すぎる。あの爪、あの気配を遮断しての不意打ちの戦法、どう考えても一対多には向かない。なのに彼は傷どころか服に汚れ一つついてないのはなぜ?
※注 アイズにヘイトが集まっていたのとアイズが一瞬でほとんどを片付けたからです。
「そのようですね―――――――――――避けて!!!」
少し、ほんの少し話していた隙に大量のガン・リベルラの接近を許してしまった。ガン・リベルラは尻から針を発射する。一本や二本程度ならば問題はないのだ、しかしこれだけ量が多いとなると話は別。私は立ち位置の都合で気づいたが、彼は反応に遅れて良くて負傷、悪くて死亡してしまうかもしれない。
などという疑問は浮かんだ。が、しかし彼はまるでその位置に攻撃が来ることが分かっていたかの如くバク転で避けて見せた。
これは明らかにおかしい。立ち位置からしてアン・リベルラは彼の背後に現れた。それにガン・リベルラは羽音があまりしない。一体どうやって気付いたというのか。
「‥‥‥……仕方がない」
仕方がないとはどういうことなのだろうか?そんな疑問を口にする前に彼は何やらつぶやき始めた。
「――――――――私は歌う。
この世界を呪いながら」
「一体、何を………」
私の言葉など気にせず、彼はつぶやき続ける。
「私は歌い続ける、君への愛を、世界への憎悪を。
何故ならこの世に君ほど価値のあるものはないのだから、君の声を隠すこの世界に価値など無いのだから。」
突然、まるでこれからオペラやミュージカルの始まる舞台のように辺り一帯が暗くなった。
いったい彼は何をしているの?何をつぶやいているの?
魔法―――――――?
―――――――いや、違う。魔法のようには見えない、されどスキルならば詠唱があるのはおかしい。
呪詛―――――――?
―――――――いや、違う。言葉選びからして呪詛だが、なぜだか恨みつらみといった感情を感じない。
「‥‥……孤独」
孤独、それに伴う寂しさ、なぜだかそれらは感じられた。それは果たして彼が作った真っ暗な空間のせいか、それとも彼本人のせいなのか、あるいはその両方か。
ポツポツと、紫色の小さな明かりがついていきアイズや大量のガン・リベルラ、そして辺りを照らす。どうやらその明かりは蝋燭にともされているようだが、果たしてこの蝋燭はどこから来たのか、それはわからない。しかしその明かりは弱弱しく、この空間全体を照らすには至らない。
しかしそれは、まるで死者を送り出す祭事の時の小さな明かりのような印象を受けた。
「私と唄おう、あの舞台でもう一度。
陽の光など忘れるほど暗く、固く閉ざされた石と鎖と革の部屋で、喉が枯れるまで何度でも!」
明かりはとうとう彼、ファントムの姿も映しだした。
「唄え唄え我が天使――――――――」
まるで演劇のような身振り手振りで、誰かに語り掛けるようにそうつぶやく。そうすると地面から巨大なパイプオルガンに似た演奏装置がまるで植物のように、されどそれとは比にならないスピードで生えてくる。
何?なんなの?さっきから起こっているこの現象は一体?それにあのパイプオルガンもそうだ、巨大で、まるでどこかの大聖堂のもののように緻密な造りではあるが、そこからは先ほど彼から感じなかった恨み、怒り、憎悪、様々な感情が渦巻いているように見える。それに、まるで人の顔のように見える部分が一つ‥‥……
「
彼はそれを奏でだした。するとそこから、まるでとてつもない衝撃波が放たれているかの如くガン・リベルラたちが粉々になっていく。
――――――――――さっき、仕方がないといったのはこういうことなのだろうか。この巨大な演奏装置は、
そして、それと同時に彼の傷だ。それも、心の。
私は今までに――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――あれほど悲しそうな顔をした人を見たことが無い。
※注 初めて扱う宝具かつ失敗したらやばいということで精神に余裕がないだけです。彼は悲しんでなんかいません。
・ファントム 色々と余裕のなかった人。頑張ってかっこつけようとしたりしたが余裕が無かった。
・アイズ 盛大に勘違いをした。その勘違いのスピードはヘスティアも超える。ファントムに恋心を抱かれているが恐らく気付かない。
・ロキ まだ登場していないアイズのところの主神。あなたのうちの子、不審者に絡まれてますよ。
・ベル ファントムと同じ相手に恋心を抱いたことで後の苦悩する予定。しかしその苦悩は単なる時間の無駄でしかない。
・ガン・リベルラ
・ファントム(fate) この主人公を見た時彼は何を思うだろうか。