まさかの事態に、自分も驚きを隠せませんでした……。
私は走る。ただ、一心不乱に走る。あの、醜悪な『なにか』に捕まらないためにも、必死に走った。
「くけけけけっ、人間の小学生だ。うまそうだ、うまそうだぞぅ」
なにか言っていたが気にしてなんていられない。とにかく、逃げる。
だけど、長い間走り続けたせいか、体力が切れて、転けてしまった。
あぁ、私の人生はここまでなんだ。あんな父親と母親と離れることができて嬉しいけど、死ぬのはやだなぁ。
私は、口を大きく広げ私を丸のみにしようとする『なにか』を受け入れるように、目をつむった。
そんなときだった。
「大丈夫か!?」
私に
私は、体を起こして再び走り出した。王子様に、今の私の姿を見られたくないから。
服はボロボロ、汗はだらだら、髪はボサボサと女の子として、そんな姿を命の恩人には見せたくない。ちょっとした、私の虚勢だ。
「逃げてくれたか……会長」
「よくやってくれました、サジ。それでは、このはぐれ悪魔を退治するとしましょう」
そんな会話が聞こえた気がしたけど、今の私はその場から離れることに必死だから、会話の内容を吟味する余裕はなかった。
いつか、また会える。私はあるチラシを手に、帰りたくない家へと帰っていった。
※※※
「何をしていたの! こんな時間まで。あなたが、帰ってこなくて心配したのよ。理由を言いなさい」
これは、ポーズだ。心配していたと思わせ、また、ちゃんと注意をしていて、ネグレクトをしていないと近所に知らしめるための。
「友達と遊んでただけ」
「そう? それなら、いいんだけど、あなた、最近帰りが遅いじゃない? 勉強とかちゃんとやってるの? あなたには一流の大学に行って、安定した職についてもらわないといけないんだから」
「うん」
「わかってる? お父さんはあてにならないの。あなたが、頑張って稼いで、私たちの暮らしをよくしてくれなきゃいけないんだからね?」
「うん」
いやだ。こんな生活。なんで、私が私の稼ぐお金を親に利用されながら生活しないといけないのか、とにかく、この生活から抜け出したかった。
私はあやなとかかれたプレートのかけられた扉を潜ると、そのチラシを読んだ。
「あなたの願いを叶えます?」
胡散臭いチラシだな。そんなこと叶うわけがない。私は知っているのだ。願いが叶わないということくらい。
だけど、私のなかで、このチラシにどこか魅力を感じる。ちょっと、試してみよう。
そうだな、例えば、私を助けてくれた人にお礼をしたいでどうだろうか。
私はそのチラシに少し、念じてみた。やり方があっているのかはわからない。けれど、チラシが光始めたから、あっていたのだろう。
その光が止んで、現れたのは人だった。
「えっと、呼び出されたので来ました。ソーナ・シトリー眷属の
その言いぐさに少しイラッとしたが置いておく。重要なのは、そこではないのだ。今、私に重要なのはあの『なにか』から救ってくれた王子様の情報だ。
私は、一般より身長が低くて体重も軽い。これが普通の親だと、病院に連れていくのだが、うちの親だと、病院に連れていくお金がないからと言って連れていってもらうことはなかった。
「あのー、匙、先輩ですよね?」
私が声をかけると、現れた人、匙元士郎先輩が下向き、私の存在に気づいた。
すると、匙先輩は謝り、目線を会わせるためか、しゃがんでくれる。
「えっと、君が依頼主でいいのか?」
「はい。このチラシを外で拾って、そのまま興味本位で……」
「そうか。まあ、俺も仕事だし、君の願いはなんだ? 対価さえあれば叶えられると思うけど」
「えっと、それじゃあ、こっちにきて、座ってもらっていいですか?」
「いいけど、何をするつもりなんだ?」
説明もなしに言ったのに、匙先輩は言われた通りに、腰を下ろしてくれた。あとは、私が深呼吸して……えいっ。
私は腰をおろした匙先輩の膝の上に座った。うーん。気持ちいい。初めて人の温もりに触れた気がする。お父さんは一日中パチンコやってて、帰ってくること自体が稀だし、お母さんも時々ご飯を作ってくれるけど、パートが終わると直ぐにパチンコで、稼いでくるということをする、生粋のパチンカス親だ。
そんな、親が子供の面倒を見るはずがない。きっと、私の耳が良いのも、この親がネグレクトをしている事実を隠蔽するために、連れ出したりして、うるさい環境下で、親の声を聞き分けるために発達してしまったのだろう。
困惑する匙先輩を私は放っておいて、匙先輩に体を委ねた。ちょっと、恥ずかしいけど、匙先輩が必死に目をそらしているから、私の顔が赤く染まっているのは見えていないはずだ。
「あ、あの、えっと」
「雨月彩南です。駒王学園の高等部一年です。匙先輩」
「うちの生徒か……それじゃあ、会長を──」
「待ってください。あ、あの、もう少し、このままいさせてくれませんか?」
「でも、なぁ……」
「依頼主の願い、じゃあダメですか?」
「…………」
匙先輩は相当悩んだ末に、了承してくれた。やった。
私が、こうするのは、匙先輩が、私の王子様だと気づいたからだ。どうやって気づいたのかというと、私の耳はパチンカスの親がよく、パチンコで儲けようとして、けど、私の面倒も見ないといけない、というので、パチスロ店に隠して連れていかされ、発達した結果、どんな状況であれ人の声を聞き分けるようになった。
つまり、あの時、匙先輩が声をかけてきて、匙先輩と今、話をしている。あとは、その声を私の脳内で補正を抜いて、照合すればいいだけの話である。
「ずっと、このままって言うのもつまらないですね。何か話をしましょう」
「あ、あぁ」
「匙先輩、照れてます?」
「この状況で照れないやつの気が知れないよ……」
匙先輩が照れているのがなんとなく嬉しくて、からかいたくなってしまう。
「私の親、ギャンブルとかが好きなんです。お金がなくなったらパチンコ、お金が入るとパチンコ、職業パチンコを打つこと。そんな生活で、最近だと、私が就職して稼げるようになったら、もっと、パチンコが打てるようになるから、もっと勉強して、良い大学入って、稼げる職場に就職しろって言うんですよ」
「…………」
匙先輩はなにも言わない。私の不幸な女の子アピールに気づいているのだろうか。まあ、私にとってこの事は事実だし気にする必要のない、当たり前のことになっている。自分の分は自分で稼ぐ、それが私のやり方だし、世間一般に広まっている当たり前というやつだろう。
「まあ、私は別に良いんですけどね。どうせ、私より先に死ぬのがあの両親です。私の人生はそこから始まるんですから」
「親のこと、そんなに悪く言うことはないだろ。どんな親であれ、子供のことを嫌う親はいないと思うから」
何か不機嫌になるようなことをいったのだろう。匙先輩の機嫌があからさまに悪くなっていた。さぞ、良い親に育ててもらっているのだろう。私も匙先輩の妹として生まれたかった。もし、いるのであれば匙先輩の弟妹が羨ましい。
「そうですよね。ですけど、私にとって親って言うのは、私の財源を片っ端から取ってパチンコに当てる人なんです」
「いや、小遣いとかあるだろ?」
「この部屋をちゃんと見ました?」
私は匙先輩に部屋を見ることを勧める。少し恥ずかしいが、気にしないようにした。
「なにもないですよね? ここ、私の部屋なんですよ。お金は両親が管理するからっていって、全部ギャンブルにつぎ込んでしまって、好きなことができなかったんですよ。昔、友達から殺風景だなんて言われたこともあります。机とベッドしかないので、当たり前なんですけどね」
「なるほどな。じゃあ、願いってのは、愚痴を聞いてもらいたかった。ってものか?」
「いえ、私を助けてくれた人に会いたかったってだけです。ですけど、それは叶っちゃいました。対価用意しないといけないですね」
「あぁ、そんな高価なものじゃなくても良いみたいだから、鉛筆とかそんなものにしてくれ」
私はごそごそと棚を漁る。あ、あったあった。
「はい、どうぞ」
「えっと、これは?」
「私のパンツです」
「要らねぇよ!!」
「なんでですか!? 思春期の男の子のおかずに欲しいものでしょ!?」
「思春期の男子だからたよ!! 女子からパンツ送られて罪悪感抱かねぇ男がいると思うな!!」
「くっ! それなら、脱ぎたてで……」
「痴女か!!」
「うぅー、じゃあ、なんだったら受け取ってくれるんですかぁ……」
「だから、鉛筆とか消ゴムとか、よくわからない御守りとか、色々あるだろ」
「だったら、少し待っててください。クッキー焼いてきますので」
「最初からそうしてくれよ……」
匙先輩のために頑張って作ろう。
私のことが忘れれないように、うんと美味しく作ろう。これでも某ファミリーレストランでパフェとか、喫茶店でお菓子とか作っているのだ。
クッキーくらい簡単なものなら、少し凝るくらいでちょうど良い。
「あ、匙先輩も来ます?」
「あぁ……いや、それは遠慮する。それと、会長も呼んで良いか? 少し、俺のことも含めしっかり話しときたい」
「うー。まあ、いいですよ」
匙先輩と二人きりの空間がなくなるのはいやだけど、仕方ない。
匙先輩が話しておきたいというのだ。納得しよう。
「それじゃあ、いってきますね」
私は匙先輩に背を向け、リビングに歩いていく。
※※※
リビングにつくと、お酒の臭いが鼻について、気分が悪くなる。床に投げっぱなしになっている空き缶を広い、ごみ袋に入れていく。
ごみ袋を部屋のすみに追いやると、踏み台を用意して、上の方に保管してある調理器具や小麦粉とかを取り出していく。背が足りないところは、いつも通り届くように洗面台に上がって取り出す。百二十センチ台の弊害だ。
「ふう。よし、がんばるぞー」
うんと、背伸びをして踏み台にのって、生地を作っていく。
親が休んでいる時間でよかった。きっと、見つかったらつまみ食い感覚ですべて食べられてしまうのだろう。
生地が出来上がると、電子レンジに入れ、加熱する。
その間、ジュースをコップに注いで、自分の部屋に戻る。
そして、そこには、いつの間にか支取会長もいた。
「あなたが、雨月彩南さんですね? お邪魔してます」
「あ、はい。どうも、支取会長。どうやって、うちに?」
「それも含めて、話させてもらいます」
何を話すのか、よくわからないけど、クッキーが焼き上がるまで、待ってもらおう。
私は時間を気にしながら、匙先輩と支取会長にいろんなことを話した。
そんなことをしていると、気づけばクッキーも焼き上がっていた。
私は、クッキーを取りにリビングに戻って、電子レンジを覗くと、数が少し減っていた。
「あんの、くそ親父……」
おっと、いけない、いけない。女の子のしていい口調じゃなかった。
なぜ、お父さんがクッキーを食べたのかわかったかと言われると、お父さんの部屋から私の作ったクッキーを食べる音が聞こえるからだ。
「匙先輩用なのに……」
支取会長の分は考えていない。そも、私は匙先輩に渡す対価として、作っていたものなのだ。支取先輩用に作るわけがない。
私は袋に三つに減ったクッキーを入れて、部屋に再び戻った。
プロローグにしては、多すぎる情報量になってしまった……。
主人公の身長が低すぎる?毒親のせいです。学校から通知がきても、治療費をパチンコに当ててるから、治療もできない、まともな飯も食べられない、そもそも、身長が伸びにくい体質、それらが合わさった結果ですね。
ちなみに次の話もプロローグです。
主人公が悪魔にならないと、タイトル詐欺になっちゃいますからね。
それでは、また次回お会いしましょう。