ファイアーエムブレム風花雪月 番犬のカスパル 作:ヒラメもち
今更ながら気づきましたが、エーデルガルトの髪型の変更が最も嬉しいです。もしかすると、皇帝の座を降りた後なのかもしれませんね。
べレトの目の前には、1つの小さなお墓。
『おぬし、揉みくちゃじゃったのう。』
(人気者は辛い、とでも言えばいいか。)
宴はいまだ続いているが、少しずつ部屋に戻る生徒が出てきた。
山の上にある修道院は空に近く、雄大な自然をその場所からは一望できる。すでに萎れている花を見て、その儚さを感じた。一体何色をしていたのだろうと、べレトは疑問に思う。
そして、暗闇の中から足音が聞こえたが、その気配に敵意はない。
「よう。こんな夜更けに墓参りか?」
「父さんこそ。」
騎士団として、ジェラルトは修道院外部の仕事に出ていることが多い。
「俺は仕事帰りだ。……ったく、俺のことは団長と呼べと言っただろうに。」
そう言われたが、咎める気はないのだろう。むしろ嬉しそうな表情で、その武骨な手で萎れた花を手に取って、代わりに小さな花を供えた。べレトの母親は花が好きだったらしく、生前も行っていたことらしい。
マリアンヌの髪の色を思い出す、そんな青い花。
「その花は?」
『おぬしが花に興味を示すとは珍しいのう。』
「お前が花に興味を持つとはな。人生わからんものだ。こっちはアネモネで、新しいやつは勿忘草だ。」
「ワスレナグサ、か?」
「おう。あいつは花言葉だのなんだの言っていたが、俺には花の名前と色しかわからん。」
騎士団での任務の帰りに、偶然見つけた珍しい花を彼は持って帰るだけだ。ちなみに修道院にある温室にもフォドラ各地の植物が集められて育てられているが、べレトの母が主導して作ったものらしい。
さぞ、ジェラルトはあちこち馬を走らせたのだろう。
「べレト、教師生活はどうだ?」
「楽しい、という感情があてはまるかもしれない。」
「はっはっは、お前もようやく人間臭さが出てきたか!」
常に厳格で、気を張っている、そんな彼が大笑いするのは初めて見る。
「ああ。体がどこかおかしい。」
「遅れてやってきた成長痛とでも思え。」
「そういうものか?」
「そういうものだ。どんなことがあっても人間なんだよ、お前もな。」
ぽんっと心臓を軽く叩かれる。
その一瞬の『振動』は心地いいものだった。
「あいつもそうだった。自分の心臓が動いていないことをいつも嘆いていた。自分は血が通っていないから人間じゃないのかって、いつも泣いていた……」
綺麗に手入れされた墓を武骨な手で撫でながら、そう呟く。
「修道院から絶対に出してもらえないが、それなのに不思議なことばかり知っていた。まあ、俺がこっそり町に連れて行っていたけれどな。あいつは、二ホンという国にいたんだって伝えてくれたんだぞ。俺だけにな……」
「二ホン……?」
「異界にある、遠く東の国らしい。思い出に残っている食べ物と花を俺に持ってきてほしいって、……あいつはずっと、サクラが見たいって言っていてな。こんな俺なんかに懐いて、最期まで子どもみたいなやつだった。」
いまだその花を見つけられていないのだろう。
フォドラの喉元の向こうを、昔から東を遠く見ていた。
「まっ、俺も先は短いだろうが、サクラだけは見つけてきてやるさ。」
いまだ彼をこの世界に繋ぎとめているのは、その花を探すことを使命とすら思っているからなのだろう。そして忘れ形見のべレトを見守るために、父親として最期まで戦い続けるつもりなのだろう。
『父親というものは存外強いものじゃの。』
だから、初めての『悩み』はお見通し。
「お前、生徒のことで悩んでいるんだろう?」
「ああ。彼は隠し事が多すぎる。」
「隠し事で今も昔も何年も悩まされている俺からすれば、お前が自分で明かせばいい。散りばめられた糸を手繰り寄せて、その先にあるものを掴み取れ。」
「……それもそうだな。」
べレトは、その剣で自分の道を斬り開いてきた。
「隠し事と言えば、もうなんとなく察しているんだろう?」
「俺には女神の紋章石が埋め込まれているということか。」
天帝の剣を、べレトは扱えて、エーデルガルトは扱えない理由。
「元々、子を成せるかどうかも危うかったくらいだ。だからあいつはその運命に従って、お前に心臓を託した。」
「母さん……」
べレトはおそらく、母親似なのだろう。
「まあ、お前が女神ソティスに変わることは決してない。なぜなら、お前は俺とあいつの息子だからな。」
『その通りじゃ、父よ。おぬしに為って変わろうとする気はないぞ。』
「……なるほど。そうやって母を口説いたのか。」
「お前、ずいぶんと生意気になったな。どの生徒の影響だ?」
べレトは、フッと笑みを零す。
「さあな。全員かもしれないな。」
乱れた足音が近づいてくる。
「師、ここに……いた……」
よほど急いできたのだろう。
肩で息をしているのは、エーデルガルト。
「ヒューベルトもカスパルもいないの!私、どうしたら……」
リシテアと、1人の女子生徒も遅れてやってくる。
これほど動揺している彼女は見たことはない。
かつて聞いた『依存』という言葉が思い浮かぶ。
「お前の学級の生徒か?」
「ああ。」
「エーデルガルトさん、落ち着いて?」
赤髪の女子生徒は、モニカ。黒鷲の学級の上級生で、死神騎士に攫われたフレンと一緒に救出された。1年間も失踪していたことに対して、早く馴染んだこととその回復速度は、怪しさが残る生徒だ。
エーデルガルトの両肩を心配そうに掴んでいる彼女を、リシテアは睨んでいる。
「あの2人が何も言わずいなくなるときはいつもそうなの。無茶をしてたまにケガをしてくるの。」
「行き先ならわかるよ。なんとなくだけどね。」
暗闇からさらに現れたリンハルトは、この時間にはすでに眠っていると思っていたが。
「どこにいるの!?」
「カスパルが置き手紙していったんだけど、ルミール村だね。炎帝が現れたとなんとか……いや、まあ、詳しくは向かいながら話すよ。」
早口でそう告げる。
あの死神騎士に命令して逃がした、炎帝。
いまだその足取りは掴めていない。
「急いで、モニカさんは騎士団の人に伝えてくれるかな?」
「は、はいっ!」
彼女をこの場から離したことを、べレトやジェラルトは察した。
「厩舎に行きましょうかね。」
「そうだな。ルミール村の案内なら俺に任せろ。」
「ジェラルトさんが来てくれるなんて、心強いわ。」
傭兵なら、疲れた身体のまま仕事することには慣れている。
「なあ、お前らって馬に乗れるのか?」
「私は走らせるくらいなら可能よ。」
エーデルガルト、リシテア、リンハルトの中で乗れるのは、エーデルガルトのみだ。
「べレトは馬にはまだ乗れないんだろ?」
身体は冷たいこと、心臓の鼓動がしないこと、多くの動物は彼を本能的に恐れているのか、近づくことすらしない。
「宛てならある。」
厩舎に行くとべレトに対して告げたマリアンヌが、いまだ馬たちの世話をしていた。先月にべレトも立ち会ったのだが、仔馬を出産したばかりの雌馬がこちらをじっと見つめている。
「えっと、先生……?」
「緊急事態だ。馬を走らせてほしい。」
「わかりました。聞いてみます。」
優しく撫でながら、彼女は問いかける。
やがて、頷いた。
「ドルテは私以外を乗せたことはありませんが、先生なら大丈夫のようです。」
「助かる。」
「いえ、お役に立てたら幸いです……」
「ほほう。」
顎をさすりながら、ジェラルトは感嘆の声を出す。動物と会話できるマリアンヌの技能に対してだろうかと、べレトは首を傾げた。
「それじゃあ、そこの少年は俺の後ろに乗りな。」
「ありがとうございます。」
「師、準備できたわ。」
あっという間に手懐けられた黒馬が、蹄で地面をかく。
リシテアもすでに後ろに乗っている。
「一刻も早く向かうべきなんだろうな。」
「そうですね。あの2人だけじゃなくて、ルミール村の人たちも危ないですから。」
血を使った実験が、今この瞬間そこで行われている。
「それは一体、どういうことだ?」
「『闇に蠢く者』が、本格的に動き始めたんですよ。」
曇り空が、フォドラの夜明けを隠した。