ファイアーエムブレム風花雪月 番犬のカスパル   作:狩る雄

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第17話 燃える村、そして虚無の世界

べレトたちが辿り着いた時にはルミール村は燃えていた。

 

「そんなっ……」

 

マリアンヌは両手で口を覆い隠す。

リシテアやエーデルガルトも険しい顔をしている。

 

「見知った顔もいる。間違いなくルミール村のやつらだな、くそっ」

 

人が、親しい人を。

血走った眼の人が手当たり次第に襲い掛かる。

 

「カスパルの置き手紙によると……いやまあ、そういう設定なんですけどね。カスパルやヒューベルトから、先に村に救援に行くって直接言われました。」

 

「貴方たちは3人揃って、何を企んでいるの? わざわざ炎帝を名乗って3人で入れ替わりながら、フォドラ各地に現れるとは思いもよらなかったわ。」

「人知れず、村を襲う盗賊や謎の魔導士を倒すという他の仮面騎士も、あんたたちなんでしょう?」

「死神騎士をワープで逃がしたのは、リンハルトか。」

 

フレン誘拐事件の時。

戦意は欠片もなく、死神騎士より強くはないように思えた。

 

 

「ああもう……だから、やめようって言ったんだよ……エーデルガルトにバレたら怖いって……」

「リンハルト?」

「降参です。レスキューを扱えるベルナデッタにも協力してもらいましたよ。」

「それで、狙いは?」

「お二人は知っての通り、紋章学の研究は思う通りに進んでいないんですよ。レア様やセテスさんは何も話してくれないし、ハンネマン先生でも紋章を消す方法についてまではお手上げ。こうなったら、『闇に蠢く者』の懐に潜り込もうって、それはもう、士官学校に入る前から、いろいろと」

 

早口でそう告げる。

あまり時間はないが、冷静に誤解を解く。

 

「生徒たちが敵でないならいい。詳しい話は後で聞くとするぞ。今は村のことだ。」

「そうだな。」

 

このまま手をこまねいているわけにはいかない。

 

リシテア、マリアンヌ、リンハルトを村の集会所で待機させて、救護所とする。エーデルガルトは防御に徹し、村のことをよく知っているジェラルトとべレトが少しでも多くの人を救う。

 

 

 

その采配に、ジェラルトは大きく頷いた。

 

「こういうのはなんだが、久々にお前とは共闘になるな。」

「行くぞ、父さん。」

 

べレトは腰の鉄の剣を引き抜く。

複数の武器からジェラルトは、鉄の槍を選んだ。

 

「コロス……コロス」

 

元が村人とはいえ、その身体能力は過剰に上がっている。

 

 

『どうやら、紋章の血を入れられたらしいの。気をつけよ。』

(わかっている。)

 

 

剣の峰で、時には拳で村人を攻撃した。

それでもなお立ち上がってくる。

 

「気絶しないか。仕方ない、数を減らすぞ!」

 

ジェラルトは一度目を閉じて、意を決した。

 

 

「仇は取ってやる。」

 

斬り伏せた血は、真紅。

 

「……悪いな。」

 

かつて『死神』と呼ばれた彼なら何も考えずに父の言うことにただ従っていただろう。

 

 

「た、たすかった!」

「ジェラルトさん、これは一体?」

 

「わからん。お前らは集会所の守りを頼む。」

 

ジェラルトに近づいてきた村人は大きく頷いて、駆けて行く。ルミール村に滞在していた期間はそこまで長くはなかったのに、父の人望の高さが伝わってくる。

 

 

 

「……死神騎士。」

『若き教師、また会ったな。』

 

「どう見ても怪しいんだが、こいつは味方なのか?」

『それはお前たちが決めればいい。だが、我にスパイは合わないと生徒に伝えておけ。』

 

「……わかった。」

 

巨大な鎌で、暴れる村人の命を狩る。

何を切り捨てるかどうか、何を優先すべきか、彼も覚悟はできている。

 

 

もちろん、べレトやジェラルトも躊躇いはなく、その武器を振るう。

 

 

『混じっているな。奴らの扱う魔導には気をつけろ。』

 

「どうやら、そのようだ。」

「……助かる。」

 

『たまにだが、あいつが世話になっているようだからな。礼には及ばん。』

 

闇魔法が、火に紛れて向かってくる。

 

 

彼らがこの事件を引き起こした張本人なのだろう。

べレトたちは魔法を見切って、己の武器で斬り裂いた。

 

 

「お前がリーダー格か?」

 

「ほう。このようなところで相まみえるとはな。我らは運がいい。」

 

べレトの天帝の剣を見て、老人がそう告げる。

人ならざる容姿の男は、嗤った。

 

 

『幹部の、ソロンだ。……どうやら運命の日が来てしまったようだな。』

 

「死神騎士か。これはこの駄犬が望んだことだと知っているはず。」

 

彼の足元にはカスパルが倒れていた。

 

 

 

「……何をした。俺の生徒はそう弱くはないぞ。」

「なに、取引だ。」

 

「……取引?」

「やはり知らなかったか。冥土の土産に教えてやろう。『失敗作』の寿命を伸ばす薬をくれてやる代わりに呪いを受けること、そして甘くなった『炎帝』に対する枷を自分が代わりに受けることだ。」

 

駄犬では目標が定まらなかったがなと、ソロンは呟く。

 

 

「おれは、番犬だからな……」

 

未来あるリシテアやエーデルガルトを救うためなら、『一度失ったはずの人生』なんて惜しくはない。

 

「こやつは散々、我らの計画を邪魔してくれた。楽には殺さんぞ。」

 

もし学院内にトマシュとして忍び込んだままでいれば、いつだって機をうかがえたのだ。入学してすぐに正体を明かすと脅して取引を持ち掛けてきて、そして中途半端な強さを持つ番犬が、トマシュにとって今でも腹立たしい。

 

 

「せんせい、か……?」

 

兆候さえあれば、いつでもその命を絶てるようにしていた愚者。

 

 

「もう少し、離れたほうがいいぞ……」

 

カスパルは薄っすらと目を開けた。

そして、重い身体を引きずって遠くへ行く。

 

 

「カスパル、今から助ける。だから止まれ。」

 

心臓からは、すでに鮮血が溢れていた。

 

自己犠牲。

その手に持つ短剣で自分でやって、そして。

 

 

彼は、生きて伝える。

 

「せんせい、にげてくれ……こいつの狙いは……」

 

最期まで、助けを求めない。

 

 

 

「こやつの役目は『起点』だ。」

 

『おぬし、ここは退くのじゃ!?』

「生徒を置いて逃げる教師がいると思うか?」

 

ソロンは、英断を嘲笑うだけだ。

 

 

「女神の心臓を宿す者よ、まずはお前だ。」

 

『これは禁呪魔法じゃ!』

(足元が……)

 

マイクランが英雄の槍に呑まれた影よりも、ずっと黒くて暗い。

 

 

「身動きがっ!」

 

この焦りが原因なのか、禁呪のせいなのか、『時』を戻すことができない。

 

 

 

「ごめん、先生……」

「カスパル。お前を愛してくれる彼女たちが望んだことかどうか、もう一度考えてくれ。」

「そうか、そうだったのか……失うものばかりかんがえていたんだ、俺……、たしかに、もうすこし一緒にいたかったなぁ、俺も……」

 

 

****

 

(終わるんだ、両親にも別れを告げずいきなり始まった『旅』が。)

 

居場所はあった。ずっと続けばいいと思った時間も確かにあった。しかしそれは有限であっていつか終わりを告げるし、急に終わることを1度経験した。

 

覇道に生きるが故に短命なエーデルガルト、その身に受けた実験のせいで短命なリシテア。大切だったから、俺は必死になってフォドラを駆けずり回った。仮面で素顔を隠して、運命に抗い続けたのだ。愛おしい時間を守るために。

 

 

でも彼女たちは、俺のいない未来をあげても悲しむくらいには大切だと思っていてくれて。

―――やはり俺はまた間違った。

 

 

この世界にもまた、未練ができたらしい。

 

 

 

****

 

 

「時は満ちた。ザラスの禁呪よ、その顎を開くがよい!」

 

べレト、そして女神の残痕はこの世界から消えた。

 

「数多くの同胞たちよ。長年の悲願は、ここに叶いましたぞ………」

 

ただひたすらに虚無を彷徨うのみ。

 

 

 

 

「「せんせい!カスパル!!」」

 

「そんなこと……って……」

 

村が燃える音が、耳に入るだけ。

彼女たちにとっての光は、ここで失われた。

 

「どうして、独りで抱え込んだのよ……」

「私たち、あんたを犠牲にしてまで生きたいなんて……」

 

 

炎帝もずいぶん(ほだ)されたものだと、ソロンは深々と溜息をつく。

 

炎帝に『枷』をつけるように命令されたことも頷ける。感情に流されて使ってしまったとはいえ、駄犬は惜しい足枷だったと今なら思える。

 

 

まあ、また作ればいい。

 

「さらばだ。」

 

天から、『光の柱』が墜とされた。

 

 

「『失敗作』共々、『炎帝』も消えよ。」

 

 

鋼鉄の細長い物体が迫る。

カスパルならば、『ミサイル』だとわかっただろう。

 

 

 

『上だ! 貴様ら、間に合わんぞ!?』

 

死神騎士は焦った声を発する。

 

フォドラにある溶岩地帯を創ったのは、数十発の『光の柱』なのだ。たった1発とはいえ、周囲を塵も残さず破壊するだけの力はある。死神騎士の特別な鎧や、強靭な肉体がなければ地獄の業火を生き抜くことはできない。

 

 

 

だから、ジェラルトの答えは決まっている。

 

「べレト! お前の生徒は、俺が守ってやるからな!!」

 

エーデルガルト、リシテア、マリアンヌを地面に押し倒して、その大きな身体で覆いかぶさった。

 


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