ファイアーエムブレム風花雪月 番犬のカスパル   作:ヒラメもち

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第18話 振り返ることと進むこと、2つ同時に。

もう思い出になったことだ。

過ぎてしまった時間は取り戻すことができない。

 

 

****

 

同盟にあるコーデリア伯爵家の領地は、裕福な場所でも貧しい場所でもない。

 

 

フォドラ十傑カロンの紋章をその血に宿すが、どちらかというと魔導に優れている。『英雄の遺産』の剣は王国のカロン伯爵家が代々有しており、武人を輩出することはほとんどないからだ。そして庶民に魔道を広げようと考えている、そんなのどかな領地だった。

 

それもリシテアにとっては、遠く昔のことのように思える。

 

 

「なんで私なんですかね。なんで私だけ……」

 

さらに牢屋の隅で、身を縮こませる。

 

石で敷き詰められた暗闇の空間に風が吹く度に、揺れる瞳で周囲を見渡してしまう。両親が助けに来てくれたのかもしれないと思ったのは最初だけで、奴らが自分たちを連れていく合図なのだ。

 

 

「なんでだっけ……」

 

始まりは、帝国の内乱だったか。

 

内乱を起こした家と繋がりがあったからと難癖をつけられて、統治の実権を帝国貴族たちに奪われた。その時にはすでに帝国は皇帝は傀儡となっていたらしい。それ以降、コーデリア領民は重税を課された。

 

屋敷には奇妙な仮面の魔導士が巣食い、使用人たちは奴隷のように扱われ、そしてリシテアを含むコーデリア伯爵家の血筋の子どもは地下の世界に閉じ込められた。もう何年過ぎてしまったか分からない。

 

 

「なんで紋章なんてあるんだろう……」

 

 

世界に対する疑問はどんどん湧いてくる。

 

カロンの紋章を持っていた子どもたちに、さらにもう1つの紋章を宿す実験だ。各自1種類ずつ輸血したらしい。もちろん何も問題がなく、そのような実験が上手くいくはずはない。すぐにショック症状を起こした男の子、呼吸困難を訴えた女の子、高熱を出してそのまま息を引き取った赤ちゃん。

 

奇跡的に生き残ったリシテアも例外ではない。

 

 

「結局、失敗なんですよね……」

 

経過観察ということでいまだ閉じ込められているとはいえ、リシテアの寿命は長くないと診断された。『人』の世のための名誉ある礎となったなどと告げた奴らを、呪い殺したくて仕方がない。

 

 

「ひっ……」

 

天井が揺れて、小石が目の前に降ってくる。

 

耳を塞ぐが、それよりも大きい音だ。自分より幼い子たちが、生き残った自分を怨んでいるのではないかと思ってしまう。未練を残して、幽霊となって、自分を呪おうと、彷徨っているのかもしれないと。

 

 

「上で暴れすぎだ。崩れるぞ!?」

 

ドタバタと階段を駆け下りてくる足音で現れたのは、水色の髪を持つ少年だ。どうやらあいつらの仲間ではないらしい。謎の魔導士たちはカラスのような仮面だが、彼は何かの黄色い動物の仮面を身に着けている。

 

クリクリとした目と、赤い頬が可愛い。

 

「誰かいるのか?」

「あんたは、誰……?」

 

「俺はカ……」

 

そこで、彼は一度黙った。

 

「カ……?」

 

彼は、『闇に蠢く者』の紋章に関する研究資料があるかもしれないからと、ここに来た。少女を見つけたのは偶然にすぎないし、あくまで帝国にも同盟にも内緒で1貴族が独断行動をしているのだ。

 

つまり、今は正体を明かすことのできない仮面の騎士として活動している。

 

「仮面ライダーだ。」

「いや、明らかに偽名でしょうが。」

 

「うっ……」

 

それより、と彼は焦るように鉄格子を両手で掴んだ。

 

 

「仮面ライダーって……?」

「俺も上手くは言えないけれどな。人知れず、誰かのために戦える、そんなかっこいい人たちだ。正義の味方という一言では表せない。もちろん俺も、ごっこ遊びだ。」

 

腕でこじ開けて、小柄な2人なら通れるくらいの隙間ができる。

 

 

「ほら、行くぞ。悪いが、急ぎなんだ。」

「ちょ、ちょっと……」

 

強引に横抱きをされて、彼は階段を駆け上がっていく。

 

 

「あんた以外にも誰かいるんですか?」

「ああ。兄貴や親父たちが来ている。金は払わせるから、家は後で建て直してくれ。」

 

「いいですよ。あいつらの根城にされた屋敷なんて、いっそ壊してほしいです。」

「……そろそろだな。」

 

 

あまりの眩しさに、リシテアは思わず目を閉じてしまう。

 

 

「外なんて、久しぶりです。」

「ああ。ずいぶん白くなってしまったな。元々かもしれないけど。」

 

うっすらと。

目を開けば、今にも崩れそうな屋敷の外にいた。

 

視界に入るのは、伸び放題の白くなった自分の髪。

 

「髪、白くなったんですね……はぁ」

「知り合いに同じ色をしたやつがいるな。たぶん、事情も同じだ。」

 

「私以外にも……?」

 

先に実験を受けたのか、後に実験を受けたのかはわからない。でも会ってみたいと、リシテアは思った。闇の世界から光の世界へと、この鍛えた腕で強引に引き上げられて、それでいてこの世界をどう思っているのか、気になった。

 

 

「まあ、俺の水色の髪の方がファンタジー感強いけど。」

「そういうものなんですかね。」

「そういうものだ。俺って元は黒だったんだけどな。」

 

おっ、と彼は声を出す。

 

「お父さん……お母さん……」

 

リシテアは、いまだはっきりしない視野で大切な人の姿を見つけた。

 

 

「嬉し泣きか?」

 

「はいっ……」

 

涙なんてとっくに枯れていたと思っていた。

 

 

「じゃあ、俺は行くぞ。」

「ねぇ、名前を教えてくれませんか?」

 

「通りすがりの仮面……」

「だーかーらー、実名を明かしてくださいよ!!」

 

ほんの少し残った体力で、彼の腕の中でリシテアはじたばたする。

 

 

「わかった!わかったから!? 秘密にしておいてくれよ。」

 

告げる。

それはいまだ、誰にも名乗ったことはない本名。

 

 

 

*****

 

エーデルガルトにとって落ち着く場所は、清潔であって心地よい静寂である。だから次期皇帝であるにも関わらず、彼女の個室には質素かつ新品の最低限の家具しかない。最も目立つのはフォドラ各地から集められた学問書の山。

 

「風が強い日は骨が折れるな。」

「いらっしゃい。」

 

彼女は王族であり、第4皇女としてゆくゆくは降嫁することになるはずだったので、物心ついたときから常に厳しい教育を受けてきた。古典、歴史、語学、礼儀作法、音楽、美術、政治学、帝王学、そして戦い方。

 

「次期皇帝の部屋へ、色恋や暗殺でもないのに窓から忍び込むのは貴方くらいよ。」

 

それでも、かつては次期皇帝という立場ではなかった。

 

 

「どうせ見張りもいないんだろう。」

 

彼からすれば、友達の家に遊びに行くという当たり前のこと。

 

「ヒューベルトというお目付け役は隣の部屋で控えているわ。あまり騒がしくしないでね。」

「おう。」

 

普通の令嬢として育っていたはずの彼女。

今も昔も、彼女を『物』として扱う『敵』が多い。

 

「その荷物は?」

 

早速、背負ってきた革袋に気づいてくれる。

カスパルは笑顔でその中身を出す。

 

「ぬいぐるみだ。ヴァーリの引きこもり令嬢さんに頼んだ。眠るのがつらいときには、これが一番だと思ってな。」

 

呪いの人形騒ぎで何かと話題になっていたので、カスパルはベルナデッタに依頼してみたというわけだ。もちろん手紙で。

 

「ネコ、かしら……?」

「ああ。ネズミには猫だろ。こいつの名前はニャースって呼んでやってくれ。」

 

まあ、2足歩行する猫なんて想像できないかと言いながら、カスパルは苦笑する。

 

 

「ネズミの天敵は、ネコだとでもいうの?」

「あれ、こっちの世界では違うのか。」

 

「私が知らないだけかもしれないわ。ねぇ、今日は何を話してくれるの?」

 

精巧に造られたぬいぐるみを抱えて、エーデルガルトは異世界の話をしてくれように、促す。学問や民主制政治の内容はもちろん為になるし、彼女では想像もつかない物語の話を聞くことも楽しみにしている。

 

この瞬間だけは、彼女は『皇帝』というより、塔に閉じ込められた『姫』の気分でいられる。

 

 

「天気が悪い日は部屋に閉じこもって……、そこのボードゲームとかどうだ?」

「盤面遊戯ね。」

 

 

向かい合うように置かれている椅子と、盤面が乗っているテーブルがある。昔から付き人のヒューベルトとは、それで束の間の空き時間を費やした。彼女が子どものときに唯一、『遊び』を経験したこと。

 

今は亡き兄弟姉妹との仲は決して悪くはなかったけれど、1人1人別々に厳しい教育を受けていた。

 

「これの経験なら、私の方が上よ。」

「ゲームと名の付くものでそう簡単に負ける気はないぞ。チェスみたいなものだろう。」

 

均等に区切られた陣地に、青と赤の駒を並べ始める。

 

「えっ……なんだ、その配置。」

「貴方こそ、それでいいの?」

 

「まあ、もうオープンしてしまったからな。」

 

縦3マスの範囲で、限られた兵力をどう配置するかが鍵となる。カスパルはまず兵士を横一列に並べて、後衛も横一列に並べる。対するエーデルガルトは、アーマーと騎士へ、兵士を持たせて隊を作り、後衛からメイジの援護を行う配置。

 

 

「次期皇帝だからと自分に言い聞かせて手加減をする、そんなことをしないのは貴方やヒューベルトくらいよ。」

「いや、こっちは冷や汗ものなんだけど。」

 

「必死だからいいのよ。それにしても、均等に割り振られた盤面で、よくそこまで守ることができるわね。その粘り強さは称賛に値するわ。」

 

勇猛果敢で速攻。

エーデルガルトの戦法はまさにそれ。

 

「これが使い慣れているだけだ。別に、俺が考えたわけじゃない。」

「そういうところが、貴方の直すべきところなのかもしれないわね。」

 

 

エーデルガルトやヒューベルトは自分でいくつもの配置と戦法を考えて編み出した。対するカスパルはルールに則った配置にすぎない。彼が異世界から持ち込んだのは、『価値観』と『知識』だけ。

 

そこに『誇り』はない。

 

 

「チェックメイトよ。」

「完敗、か……」

 

自分では彼女には勝てないと、カスパルはそんな気がしてならない。

 

 

「ふふっ、またリベンジしなさい。」

「おう、もう一度だ。次は俺なりのアレンジで……」

 

やがて、カスパルの助けがいらないほどに、エーデルガルトは強く成長していくのだろう。

 

いつか教えることは何もなくなるからだ。異界の科学技術を実現する器量もないことはともかく、そして未知を広める『覚悟』がない。決して自重することもなく、有用な知識を求めて未知を全て奪わんとする者もいる。

 

―――あいつらだ。

 

『闇に蠢く者』の医学・科学技術には異界人が関わっている、そう考えられる。

 

 

 

「なあ、あの短剣は?」

「『決意』の証と言えばいいかしら。あれがなければ、私はいつ生きることを諦めてもおかしくなかったわ。」

 

真紅のハンカチに包まれているだけで鞘には入っていない、古びた短剣。

 

 

「昔、友達にもらったのよ。彼も、元気にしているといいわね。」

 

大事そうに机の上に置かれていることを、カスパルは気づいた。

 

 

 

****

 

果てまで続く、暗闇だ。

何もなく何も感じない。

 

「ここは……?」

 

光り輝いて人の形を成す。

大きく背伸びをした後、少年は腕を回す。

 

「さあな、よくわからん。」

「出口は、あっちか。」

「おっ、エーデルガルトやリシテアが示してくれたみたいだな。」

 

指で示した方向へ、光輝く道ができている。

温かい光を感じた。

 

 

「なあ。」

「どうした?」

 

「オレ達、初めて会ったな!」

 

今まで時折り重なることはなかったけれど、人格は歪だったことは確かだ。

 

焦り、必死になって、そんな時に起きた鍛錬中のミスが彼の意識を失わせ、それでも立ち止まることを躊躇うという彼の信念は、『奇跡』を起こした。だから俺は全部、彼の強さに甘えてきただけだ。

 

 

「また難しいこと考えているんだな。」

「なあ。俺は、いてもいいのか?」

「おいおい。オレたちは一心同体だろ?」

 

楽観的だな。

それでいて、危うい。

 

「わかった。俺でいいなら『力』を貸す。これからも。」

「よろしくな。えっと。」

 

初めて、向き合うことになる。

 

「オレの名は、カスパル!」

「俺は、イッキだ。」

 

日本もフォドラも、四季が移り変わる。

明けない夜はない。

 

雪の下で春を待つ花、自由の空へ羽ばたく鳥、熱さを冷ます心地よい風、涼しい夜空で優しく輝く月、そういった季節が過ぎていく光景を愉しむ余裕なんてなかったように今なら思える。時が刻一刻と過ぎ去っていくことを実感してしまうことは、いつだって怖かった。

 

儚くて、美しい時間をもっと過ごしていたかった。エーデルガルトとリシテアもそう思っているのだと、今ならわかる。彼女たちと、みんなと歩む未来のためにまた立ち上がろう。

 

 

「優しいよな、オレの相棒は。」

 

強さだけではダメだ。

 

「俺の迷いを背負ってほしい。」

 

優しさだけでは駄目だ。

 

 

2人だから、目指せるものがある。

 

 

「俺がお前で。」

「お前がオレで!」

 

拳を合わせる。

2人で、少しでも理想のヒーローに近づけるように。

 

 

「ちゃんと還るから、待ってろよ。」

 

みんなと出会えた奇跡が、『誇り』

だから、手が届く限り多くの人を守りたい。

 

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