ファイアーエムブレム風花雪月 番犬のカスパル 作:ヒラメもち
黒髪の青年と、生徒たちが扉の前で談笑している。
その距離は以前よりもずっと近く。
「おっ、先生とマリアンヌも来たか。」
「成長したな、カスパル。」
「ああ。背が伸びてよかったぜ。」
「カスパルさんも、無事でよかったです。」
教師仲間、生徒たち、父親、そしてマリアンヌやソティス、母親と、『安寧の時間』を過ごしたいというべレトの願いは聞き入れられた。ソティスの力の大幅をその身に宿すことで、虚無からの脱出を行った。
「重ね重ね、みんなには心配かけたな。」
「全員、無事でよかった。」
その代償として1日の睡眠時間が増えたソティスや母親は、今日も幸せそうな寝顔だろう。意識すればその姿が脳裏に浮かぶのだが、見ると怒られる。
「あのー、ところでー?」
「師、その髪の色は……?」
「どこかで見たような薄緑色ですね。」
「エーデルガルトたちの髪型はともかく、カスパルや先生までイメチェンか?」
「女神が力を貸してくれた。」
級長たちに迎え入れられる。
カスパルやべレトの変化は受け入れられた。
「あら~」
「何であれ、先生が無事でよかった。」
何かきっかけがあったのか、少し大人びた表情。
それでも、まだ幼さがちゃんと残っている。
「さて、答え合わせといこうか!」
「クロードくん、元気いっぱいだねー。」
扉を開けば。
レアや、セテスとフレン。
べレトの雰囲気に対して、目を見開いた。
「ああっ……べレト、無事でよかった!」
「ああ。」
「何も言わずともわかっています。主の力を借りたのですね。それなら、これからあなたは聖墓に行き、主の啓示を受けて、そして……」
彼女らしくなく、興奮している。
何百年も待ちわびた瞬間なのだろう。
「レア、やはり君は!」
「まさか!本当に禁忌に手を出したんですの!?」
激情したセテスやフレンを、べレトは制する。
「大丈夫だ。俺は女神にはならない。」
「なん、ですって……」
なぜなら、と言葉を紡ぐ。
「ソティスは望んでいない。」
その一言が、『答え』なのだ。
いつだって、べレトを依代にすることはできた。
「そんな……お母様は私が絶対に……」
絶望に染まった表情のレアは、これまで『答え』に気づかなかった。
「嘘をついているのですね。べレト、どうか嘘だと……」
「本当だ。」
何体もの『失敗作』を創ってきた。
彼女の執念は『人間』を悠に超えている。
「この際だ。もう腹を割って話そうぜ、レアさん。」
「何も……なにも……」
「レア、教えてくれ。」
「私が話そう。」
放心しているレアに代わって、セテスが口を開いた。
「今もなお、フォドラに巣食んで暗躍する『闇に蠢く者』は、アガルタの一族の末裔だ。彼らは、神祖ソティスとその眷属が与えた『知恵』と『力』を戦いに転用した。」
「人々が争うことはいつの時代でも、見たくはありませんわ。」
フレンも、その惨状を何度も見てきた。
「やがて彼らは叛逆を始めた。我々がフォドラの実権を握っていたことが気に入らなかったらしい。」
「人の世を取り戻すためかしら?」
「ああ。だが、紋章の有無による優劣など、その時は決してなかった。君たちと違って、彼らは自分たちが上に立ちたかっただけだ。」
「わかっているわ。元・叔父上の野心は、途方もないものだったから。」
エーデルガルトやリシテアの脳裏には、女神を憎悪する彼ら彼女の表情が焼き付いている。彼女たちの髪が白くなった理由を知っているセテスは、いまだ沈んだ表情を見せているレアを一瞥した。
「言い訳にはなるだろうが、説明させてくれ。そのためにも『紋章』と『英雄の遺産』について話さねばなるまい。まず紋章については、2種類あると言っていい。」
「十傑と女神の眷属、ですか?」
クロードやディミトリたちの紋章は、十傑から継いだものだ。
エーデルガルトやマリアンヌは女神の眷属から。
「その通りだ。そして、その性質は同じだ。紋章とは、『血』に宿った女神の力にすぎない。」
だから、人の価値を決めるほどの役割など、本来はないのだ。
「そのおかげで、私もエーデルガルトも、よくわからない『血』を入れられましたね。」
「アナフィラキシーショック起こしそうな話だよな、ほんと。」
「実際に、拒絶反応を見せたのでしょうね。私の兄弟姉妹は。」
やるせない気持ち。
紋章のために命をかけさせられた2人が、一番強い。
「『英雄の遺産』については、アガルタの民が解放王ネメシスに墓荒らしをさせたことから始まる。」
「あの憎き盗賊王は!!」
レアは髪をかきむしりながら、泣き叫ぶ。
「愚かにもお母様の!!その亡骸と心臓を奪った!……はぁはぁ」
「どうか、落ち着いてくださいまし。」
「忌々しくも……」
セテスも、力強く手を握った。
「神祖ソティスの骨と心臓から造ったものが『天帝の剣』であり、同様に、眷属の亡骸から造ったものが他の『英雄の遺産』だ。」
「剣が、ソティスさんの身体だなんて……そして心臓はべレトさんの……」
「ははっ、笑えねぇ……、この弓も誰かさんの遺体だって言うのかよ……」
「それって、うちにもあるんですけど!?」
「マイクランが『血』に呑まれたことも頷ける。この槍にも、執念が宿っているんだな。」
「いつか、休ませてあげたいわね。」
子どもの頃から家宝だと言われてきた武具が、骨と心臓からできているなんて思うはずもない。
「『英雄の遺産』は女神がもたらした『神造武器』にも劣ることはない。その武器を用いて、彼らが我々と争ったのはもう深く過去のことだ。」
それが『英雄戦争』の真実。
「やはり、貴方たちは本物なのね。」
「ああ。赤き谷ザナドと今は呼ばれている聖域における虐殺から生き残った女神の眷属が、我々4聖人と呼ばれる者だ。しかし私やフレンは数百年ほどの眠りから目覚めたところで、大幅に力を失っている。」
「他のお二方については、生きているかどうかわかりませんわ。」
「……レアは、セイロス本人なのか?」
「はい。お母様を主神とするセイロス教の教祖、セイロス本人であり……、私はお母様の最後の眷属です。」
1000年の時を、たった独りで生きてきた。
人間とは違う種族で、帝国を築いてからずっと孤独。
「英雄戦争や十傑についての事実を、あんたらが捻じ曲げたってこと……か」
「混乱するフォドラを治めるためには必要なことでした。亡き同胞の『血』と『武具』を頼らずには、アガルタや外の世界からフォドラを守ることができませんでした。」
「フォドラが閉鎖的な理由、か……」
「貴方も、無力を感じたのね。」
エーデルガルトはまだ許したわけではない。
それでも、レアの『弱さ』を理解した。
「そのアガルタってやつが、あのダスカーの悲劇でも暗躍したんだろうな。」
「それは、先日まで帝国にいたアランデル公が引き起こしたと考えているわ。」
「そうか。あいつが……」
力強く握った手を、メルセデスが包み込んだ。
だからもう、ディミトリは死に急ぐことはない。
「あいつらには、姿を変えられる技術があるってことか。厄介だな。」
「それって同盟にもいるかもしれないってこと? やだなぁ」
「アガルタの末裔は、今この瞬間もフォドラ各地に潜んでいるのだろう。例えば、王国を乗っ取らんと画策しているコルネリアはその可能性が高い。」
「そうね~。いつだったか、人が変わったみたいという噂を聞いたことがあるわ。」
姿を変えて入れ替わっているなど、想像つかないことだ。
「モニカは、今は学校からいなくなっているみたいですね。」
「わざと泳がせていたのだけれど、私の監視という名目もあったのでしょうね。」
エーデルガルトに悪意を持って付き纏っていた女がいなくなって、リシテアはすっきりした顔をしている。
「この修道院にいた、トマシュって爺さんもそうだったな。」
「それにしても。あんたは敵の幹部に喧嘩を売ったんですか……」
まさか幹部だとは思わず、と言いつつカスパルは頭をかく。
「あの者たちは『光の柱』を持っています。その本拠地もわからず、迂闊に手を出すことは愚策です。」
「だからといって、数百年も手をこまねいていたのね。」
「はい……、その通りです……」
「カスパルには、あれが何かわかりますよね。」
「ミサイルっていうんだが……、落下式の爆発物みたいなものだ。それは異界の武器で、どれくらい持っているのかはわからないけれど、数には限りがあるだろうな。」
「それも、帝都の宮城を盾にして、その数を減らしておいたわ。」
この世界では異質な科学技術の産物なのだ。記録上では、過去に一度しか使われたことがなかった。
「それと、俺たちはただ手をこまねいていただけじゃない。」
「この音は……?」
扉の外を守っている騎士たちを叩き伏せる音がする。
強引なところは、リーダー譲り。
「お待たせしました。エーデルガルト様。」
「貴方も生きていたのね。よかったわ。」
「ええ。番犬も飼い主のもとへ帰ってきましたか。」
「おう。そういえばお揃いの黒髪だな。ヒューくん!」
「ククク。番犬の背を超えるように、精進しなければ。」
「あんたら、本当に仲が良いんですかね?」
ヒューベルトに続くのはリンハルトとフェルディナント。
ここに仮面騎士が勢揃いというわけだ。アドラステア国のために、数年前に立ち上がった俺たちに、エーデルガルトやリシテア、ベルナデッタ、ペトラ、ドロテア、そして先生も加わってもらえば、敵なしだ。
いや、もっともっと多く。
開け放たれた扉の向こうに、学友がいる。
「生徒というのは、賑やかなものだな。」
べレトは微笑んだ。
「いいや。今年の生徒は問題児ばかりだからだろう。」
「そういうあなたも気になってここに来たのだと思うわよ、あたくし。」
誰もが居ても立っても居られなくて様子を見に来たということだ。ぞろぞろと謁見の間に入ってきて、広かった場所はすぐに人でいっぱいになった。この場所には、フォドラの未来を担う若者のリーダーが揃っている。
「よっしゃー! これで全員勢揃いだな!」
「ヒューベルト、報告を。」
「『光の柱』発射時の魔導検知より、敵の本拠地を割り出しました。」
「あいつらは、同盟の地下にいるみたいですよ。」
「貴方たち、よくやったわ。………でも覚えておきなさい。」
「エーデルガルトに内緒でやったことは、褒められないことですからね。」
拗ねている2人の頭を、カスパルはそれぞれ撫でる。
危険な道でも一緒に歩もうと、心に刻んで。
「ああ。心配かけて悪かったな。」
1000年間も戦力を蓄え続けて、近年になって暗躍してきた。同盟に巣食い、帝国の政治に干渉し、王国でダスカーの悲劇を画策した。ここにいる生徒たちの中にも『アガルタの民』によって人生を狂わされた者は多い。
「またも奴らは、お母様を狙うというのですね。」
「ええ。戦争がまた始まるのですわね。」
「私たちの残した『禍根』だ。衰えた我々でどこまで役に立てるかわからないが、力を貸そう。」
べレトは一度、目を閉じた。
生徒たちも、教師仲間たちも、発言を待つ。
「エーデルガルト、ディミトリ、クロード。」
皇帝、国王、盟主に問う。
「何のために、その『力』を使う?」
紋章。
英雄の遺産。
そして、仲間。
「「「自分のため」」」
まっすぐな目に、答えを返した。
願い、誇り、覚悟、そういう譲れないものだ。ちゃんと自分自身で考えた正義のために戦う。もし間違ったとしても、対等の関係を結べている学友が正してくれる。だから、3人は迷うことを恐れない。あくまで自分なりに、フォドラをよりよく変えるために尽力するつもりなだけ。
「私たちでもまだ掴めていないほど、強大な敵よ。」
あの『思い出』の先に、それぞれ起きた悲劇。
エーデルガルトは鎖で囚われて傷つけられた。
「ディミトリ、貴方は過去に立ち向かえるかしら?」
「俺は、過去を乗り越えなければいけない。」
ディミトリの目の前で倒れていく人たち。
2人とも『屍』の上に立っていることは、同じだ。
「ようやく。あんたらも歩み寄ってくれたか。」
パルミラとフォドラを結ぶ存在として生まれたことは、クロードにとっては運命だと思っていた。閉鎖的な空気を変えることを望んでいたはずだった。それがまさか自分も大きく変わるとは。
「これでも、皇族として貴方には負い目を感じていたのよ。」
「王として、もうあんな悲劇を起こさせはしないさ。そのためにも。」
「もう全員わかってることだろ。俺たちでフォドラの明日を守ろうぜ!」
「ええ。」
「ああ。」
このフォドラの地に現れた、三者三様の『ロード』
すれ違い、争い合う未来があったかもしれない。
でも、この3人で共闘できることは熱い気持ちになる。
ここは、いつの間にか絆されてしまう場所らしい。
ーーーこの学校に来てよかった
それは生徒全員がそう思っていること。
「そうそう、英雄の遺産についてなんだが……」
「紋章のこともよ。」
「ああ。わかっているさ。」
今も未来も守るために。
その『力』を使うのは最後にしようと頷き合った。
微笑む先生たちを、まっすぐ見る。
共に成長してくれる、べレト
その貫禄で安心感をくれる、ハンネマン
母親のような、マヌエラ
「「「師(先生)」」」
「俺たちの自慢の生徒なら、やれるさ。」
今の『フォドラの縮図』は、確かにこの場所にあった。